エジプトまでの道程編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「な、なんじゃあここは!」
「タイガーバームガーデンですよ」
「……何だか、不思議な場所ですね……」
ポルナレフに連れられやってきたのは、タイガーバームガーデン。タイガーバームガーデンとは、香港島のタイハンロード山腹斜面に存在する庭園であり、奇抜な色彩で彫刻された動物たちがそこかしこに点在する中々奇妙な場所である。
ポルナレフは庭園の中へ入るとどんどん奥へと進んでいき、巨大な階段を登り始める。紫苑達もそれに続いて階段を登っていくと、そこは開けた広場となっていた。ポルナレフはこの広場の真ん中で足を止めるとこちらを振り返る。どうやらここで決着をつけるつもりのようだ。
「ここで予言をしてやる。まずアヴドゥル……貴様は貴様自身のスタンドの能力で滅びるだろう……」
ポルナレフはニヤリと笑いながら自身のスタンドを出現させ、剣を構える。
「アヴドゥル……」
「承太郎、手を出さなくて良いぞ……やつの言うとおりこれだけ広い場所なら思う存分スタンドを操れるというもの……」
アヴドゥルはそう言うと、「フンッ!」という掛け声とともにスタンドを出現させ戦闘態勢に入る。それを見たジョセフが小声で「ここはアヴドゥルに任せよう」と言い、皆に後ろに下がるようにとジェスチャーを送った。その言葉に承太郎達は皆後ろへと下がる。紫苑も言われた通り後ろへと下がり、遠くから2人の様子を見守る事にした。彼等は未だお互いに睨み合い、出方を伺っているようである。
「ホラ〜ッ!ホラホラ、ホラッ!」
先に仕掛けたのはポルナレフの方だった。シルバーチャリオッツが剣をふるい、マジシャンズレッドに切りかかっていく。
「どうした!得意の炎を思う存分はかないのか?はかないのなら、こっちから行くぞッ!ホラホラホラホラホラホラホラホラホラ、ホラーぁッ!!」
襲いかかる剣を淡々と躱していくだけで中々攻撃してこないアヴドゥルに痺れを切らしたポルナレフは、その掛け声と共に更にスピードを上げ、目にも留まらぬ速さで剣をふるい始める。そのスピードを追いきれない紫苑には、まるで剣が2本、3本に増えているように見えた。
そしてここでアヴドゥルの方も動き出す。雄叫びと共にマジシャンズレッドが炎を勢いよく吐き出し、シルバーチャリオッツに向けて火炎の玉を飛ばしていく。火の玉はシルバーチャリオッツを捉えたものの、彼が剣を一振りするとあっさりと跳ね返され、アヴドゥルの背後にある鷲の彫刻に直撃した。紫苑は燃え上がりガラガラと崩れていく彫刻をしばらく見つめたあと、視線を上にあげ絶句した。なんと粉々になった彫刻の後ろには、マジシャンズレッドそっくりの石像が彫られていたのである。
「い、いつの間にこんなものを……!」
「野郎ッ!こ……こけにしているッ……!」
この衝撃的な光景に一行は絶句し、驚きの声を上げる。ジョセフはポルナレフの挑発に拳を握りしめ、怒りを滲ませていた。
「なかなか……クククク、この庭園にぴったりマッチしとるぞ『魔術師の赤 』……」
アヴドゥルとマジシャンズレッドの石像を交互に見ながらニヤニヤと悪どい笑みを浮かべるポルナレフ。
すると突然、アヴドゥルの纏う空気がガラリと変わった。目つきを更に鋭くさせ深呼吸すると、両手を上げ独特の構えを取り始める。
何か凄いものが来る。紫苑は何だか漠然とそんな感じがした。
「おい!何かに隠れろ!アヴドゥルのあれ が出る!」
「あれだと?」
アヴドゥルのその構えに何か思い当たる節があるのだろうか、ジョセフはそう言うや否やその場から駆け出して大きな岩場の影へと移動する。承太郎や花京院も頭に疑問符を浮かべながらも、ジョセフの言うとおり後に続いて避難していった。
しかしアヴドゥルから発せられている圧に気を取られていた紫苑は少し出遅れてしまった。急いで駆け出したものの、アヴドゥルが今にも大技を放とうとしているのが横目で確認できた。急がなければ、巻き添えを食らうだろう。そう思った紫苑は走るスピードをあげようとするが、焦りからか足がもつれ、身体が前に傾いてゆく。
「うわっ!!……っと、あれ……?」
転ぶ、と思ったところでキラキラと輝くエメラルド色の紐が紫苑の身体に巻き付いた。顔をあげると、岩陰に居る花京院がハイエロファントグリーンを出しているのが見える。
「こっちへ、翠川さん」
「っあ、ありがとう」
巻き付いたハイエロファントグリーンの触脚は紫苑の身体を持ち上げると、花京院達の居る岩陰まで運んでくれた。
「クロスファイヤーハリケーン!」
紫苑が岩陰へ到着したのとほぼ同時に、アヴドゥルの声が聞こえた。瞬間、あたり一辺に一気に熱風が吹き付ける。岩陰から様子を伺うと、大きなアンク型の炎がポルナレフ目掛けて飛んでゆくのが見えた。
「これしきの威力しかないのかッ!この剣さばきは空と空の溝を作って炎を弾き飛ばすと言ったろーがアアアア――――ッ!!」
叫び声と共に、シルバーチャリオッツが剣を真一文字にふるう。先程より威力もスピードも上回る攻撃であったが、ポルナレフの言うとおりマジシャンズレッドの炎は弾き飛ばされ、放った攻撃がそのまま自分に返ってくる結果となった。自身の炎に全身が包まれてしまったマジシャンズレッドとアヴドゥルは苦しそうなうめき声を上げている。
「アヴドゥル!炎があまりにも強いので、自分自身が焼かれているッ!」
「アヴドゥルさん……!」
「ッぐぅ……」
業火に身を焼かれ立つこともままならなくなったアヴドゥルは、ついに膝を付き地面へと倒れ伏す。
「ふはは、予言どおりだな。自分の炎で焼かれて死ぬのだ、アヴドゥル……」
ポルナレフは地面に倒れているアヴドゥルを勝ち誇った表情で見つめている。アヴドゥルはポルナレフの言葉に眉をしかめると、力を振り絞るようにして未だ炎に包まれたままのマジシャンズレッドをポルナレフの方へと放った。
「やれやれやれやれだ!悪あがきで襲ってくるか、見苦しいな!」
既に勝利を確信しているポルナレフは、自身へと向かってくるマジシャンズレッドをこれでとどめだと言わんばかりに切り裂いた。しかし剣をふるいマジシャンズレッドの胴体を真っ二つに切り裂いた途端、表情を一変させる。
「み……妙な手応えッ!これは……!?」
すると切断した断面から大量の炎が現れ、シルバーチャリオッツの全身を包み込んだ。
「バカな……ありえん!切断した体内から、炎が出るなんて……」
自分の分身とも言えるスタンドが超火力の炎で燃やされたことにより、ポルナレフの身体からはプスプスと白煙が登りだす。その光景を、ポルナレフはあ然とした表情で見つめていた。
「あれはスタンドではない、人形だッ!」
違和感にいち早く気がついたジョセフが、カシャン、と音を立てて床に転がったマジシャンズレッドを指差しながら叫ぶ。その硬いものが割れたような音や欠片が飛び散っている様子から、紫苑にもそれがマジシャンズレッド本体ではないという事がわかった。それではその人形とやらは一体何処から、と思った紫苑が周囲をよく見てみると、先程までアヴドゥルの後ろにあった石像が消えているのに気がついた。紫苑達がマジシャンズレッドだと思って見ていたものは、どうやらポルナレフの彫った石像だったらしい。
「炎で目がくらんだな。貴様が切ったのは『銀の戦車 』が彫った彫刻の人形だ!」
「何ッ!?」
「私の炎は自在と言ったろう。お前が打ち返した火炎が人形の関節部をドロドロに溶かし動かしていたのだ。自分のスタンドの能力にやられたのはお前の方だったな!」
アヴドゥルは何事もなかったかのように立ち上がると、先程の攻撃の種明かしを行う。
「そして改めて喰らえッ!クロスファイヤーハリケーン!!」
アヴドゥルが両手を交差させ、再びクロスファイヤーハリケーンを放つ。今度こそ炎はポルナレフをしっかりと捉え、反撃の余地もなくシルバーチャリオッツもろとも大きな炎に包まれた。
「占い師の私に予言で戦おうなどとは……10年早いんじゃあないかな」
まともに攻撃をくらったポルナレフは、全身火だるまになりながら広場の端へと吹き飛ばされていく。微かに見えるスタンドの甲冑は、炎によってドロドロに溶けていた。そして地面へ勢いよく叩きつけられると、炎は消え、ポルナレフの身体からシュウウウ……という焼けた音が鳴った。
「アヴドゥルの『クロスファイヤーハリケーン』、恐るべき威力……!まともにくらったヤツのスタンドは溶解して、もう終わりだ!」
「ひでー火傷だ、こいつは死んだな。運が良くて重症……いや、運が悪けりゃあかな……」
「全身に火傷を負っているのでショックで失神しているでしょうし、このまま放っておいたら確実に死んでしまいますよ……どうします?」
ピクリとも動かなくなったポルナレフを見つめながら、ジョセフ、承太郎、紫苑が口々に言葉を発する。すると3人の背後にいた花京院が、3人に背を向けて階段を降りながら声をかけてきた。
「どっちみち、救助されたとしても3ヶ月は立ち上がれんだろう。スタンドもズタボロで戦闘は不可能……」
「さあ!ジョースターさん、我々は飛行機には乗れぬ身……エジプトへの旅を急ぎましょう」
「うむ。そうじゃな……」
アヴドゥルもジョセフの傍まで近づいてきて、先を急ごうと皆に伝えるとこの場から離れようとする。するとその直後、ボンッ!!と大きな音が辺りに鳴り響いた。驚いて振り向くと、ボンボンボンという音とともにポルナレフがいた場所から複数の煙が上がっていくのが見えた。
「な、何だッ!ヤツのスタンドがバラバラに分解したぞ!」
ジョセフが煙と共に遠くへと飛んでゆく銀色の破片を目で追いながら驚きの声を上げる。そしてひときわ大きな爆発音がしたかと思うと、ポルナレフが勢いよく空中へと飛び上がった。
「ヤツが寝たままの姿勢で空へ飛んだッ!」
「ブラボー、おお、ブラボー!!」
ポルナレフは仰向けの姿勢のまま空中で静止し、両手で拍手をしている。その声は、何だか嬉しそうであった。
「こ……こいつはッ!」
「し……信じられん……!」
「ピンピンしている!」
「よく見ると火傷もほとんど軽症みたい……!」
「……しかし、ヤツの身体が何故宙に浮くんだ!?」
「フフフ……感覚の目でよーく見てみろ!」
重症を負わせたと思った相手がまだ動けること、それもほぼ無傷に近い状態である事に、一行は驚きを隠せない。得意げなポルナレフの言葉を受け、紫苑達は彼の身体をじっくりと見てみた。すると、ポルナレフの身体を下から持ち上げているシルバーチャリオッツの姿が目に入る。しかしそのシルバーチャリオッツは、先程とは何処か姿かたちが異なっているように見えた。
「うっ!?これはッ!」
アヴドゥルが驚きの声を上げると、ポルナレフは空中で一回転しながら華麗に着地する。そして得意げな表情はそのままにスタンドを呼び出した。
「そうこれだ。甲冑を外したスタンド、『銀の戦車 』!」
「甲冑を外した……!?」
「あっけにとられているようだが、私の持っている能力を説明せずにこれから君を始末するのは騎士道に恥じる、闇討ちにも等しい行為……どういうことか、説明する時間をいただけるかな?」
「……恐れ入る。説明して頂こう」
フッと笑いながらそう言うと、アヴドゥルは再び前へと出てポルナレフの正面に立つ。
「私のスタンドはさっき分解して消えたのではない。シルバーチャリオッツには防御甲冑が付いていた、今脱ぎ去ったのはそれだ。君の炎に焼かれたのは甲冑の部分、だから私は軽症で済んだのだ……そして甲冑を脱ぎ捨てた分、身軽になった」
ここで一息つくと、ポルナレフはアヴドゥルの後ろに立っていた紫苑達の方へと視線を向けた。
「私を持ち上げたスタンドの動きが見えたかね?そう、それほどのスピードで動けるようになったのだ!」
「フム、なるほど。先程は甲冑の重さゆえ、私のクロスファイヤーハリケーンをくらったということか……」
アヴドゥルはそう言うと、右足をザッと前に出し構えの姿勢を取る。
「しかし!逆に今はもう裸!プロテクターが無いということは、今度再びくらったら命は無いということ!」
「フム……ウィ、ごもっとも……だが、無理だね!」
「無理と?試してみたいな」
「なぜなら今から君に、『ゾッ』とするものをお見せするからだ……」
「ほう、どうぞ」
ここまで言うのだから、よほど今から見せるものに自信があるのだろう。新しい能力があるのか、はたまた予想外の現象を引き起こすのか……紫苑がそう考えながらポルナレフの様子を見ていると、突如ポルナレフの背後にいたシルバーチャリオッツが7体に分裂したのが目に入った。
「な、なんじゃ!?スタンドが増えたぞッ!」
「ば、馬鹿な……スタンドは1人1体のはず……!」
通常のスタンドのルールでは到底ありえない光景に、皆それぞれ驚きを隠せない。その様子にポルナレフはこらえきれないといったように笑みを浮かべている。
「『ゾッ』としたようだな、これは残像だ……フフフ……視覚ではなく君の感覚にうったえるスタンドの残像群だ。君の感覚はこの動きについてこれないのだ……」
「クッ……!」
ポルナレフは自身の頭をトンと指で突きながら、挑発的な瞳でアヴドゥルを見つめている。何度見ても彼のスタンドは動いているようには見えず、やはり分裂して静止しているかのようにしか見えない。異次元すぎるシルバーチャリオッツのスピードに、紫苑は思わず身震いした。
「今度の剣さばきはどうだァアアアアア―――――ッ!!」
7体のシルバーチャリオッツが、それぞれ異なる動きをしながらマジシャンズレッド目掛けて襲いかかる。マジシャンズレッドは次々と襲いかかる剣をひらりと交わすと、攻撃の止んだ一瞬のすきを見て反撃に出た。
「レッドバインド!!」
マジシャンズレッドの両手から細長くねじれた炎が現れた。炎は縄のようにしなりながらシルバーチャリオッツ達に巻き付こうとする。しかし炎が触れた途端、シルバーチャリオッツはまるでそこから瞬間移動したかのように姿を消してしまう。アヴドゥルはその後何度も攻撃を試みるがマジシャンズレッドの炎がシルバーチャリオッツに当たることはなく、ただひたすら誰もいない空間が炎に包まれるだけであった。
「手当たり次第か……少々ヤケクソがすぎるぞ、アヴドゥル……どんなにやろうと君の攻撃が当たることはない」
「うおおおおおお!!クロスファイヤーハリケーン!!」
アヴドゥルは再び巨大なアンク型の炎をシルバーチャリオッツ目掛けて放つ。しかし炎はポルナレフの目前で粉々に切り刻まれ、勢いよく弾き飛ばされて地面に穴を開けた。ポルナレフは余裕の表情で人差し指を立てると、チッチッと舌を鳴らす。
「ノンノンノンノンノンノン!それも残像だ、私のスタンドには君の技は通じない!ホラホラホラ、ホラッ!!」
シルバーチャリオッツはアヴドゥルの目前まで接近すると高速で剣を振るった。するとアヴドゥルの顔にアンク型の傷が無数に現れ、そこかしこから血が吹き出した。
「アヴドゥル!」
「アヴドゥルさん!」
攻撃を受けたときの衝撃により、アヴドゥルの身体は後方にふっ飛ばされていく。大丈夫かと声を上げる紫苑達に対し、アヴドゥルは下がっていろというふうに左手をさしだすと、右手で傷口を抑えながら体勢を整える。
「何という正確さ……こ、これは、相当訓練されたスタンド能力!」
「ふむ……理由あって10年近く修行をした……さあいざまいられい、次なる君の攻撃で君にとどめをさす」
「……いや、待て。騎士道精神とやらで手の内を明かしてからの攻撃、礼に失せぬ奴……故に私も秘密を明かしてから次の攻撃にうつろう」
「……ほう」
ポルナレフは腕を組み話を聞く体勢に入り、アヴドゥルに先を促す。
「実は私のクロスファイヤーハリケーンにはバリエーションがある。十字架 の形の炎だが、1体だけではない。分裂させ数体で飛ばすことが可能!」
そう言うとアヴドゥルは指先を鉤爪のような形にして両手をクロスさせ、自身を中心に炎の渦を作り出す。
「クロスファイヤーハリケーンスペシャル!!かわせるか
ッ!!」
掛け声とともに、炎の渦が次々とアンク型の炎へと変貌しポルナレフ目掛けて放たれた。
「くだらん!アヴドゥル!!」
ポルナレフがカッと目を見開き左腕を上げると、数体のシルバーチャリオッツがポルナレフを囲うようにして周りをクルクルと回り始める。
「あまい、あまいあまいあまいあまいあまいあまいっ!前と同様このパワーをそのまま貴様にィ――――ッ!!」
シルバーチャリオッツは円陣を組みながら自らも炎へと接近してゆく。
「切断、弾き返してェェェッ!!」
そうして先程と同様、アンクの炎を切り刻もうと剣を振り上げた。刹那、ボゴォッ!!という大きな音と共にシルバーチャリオッツの真下から巨大なアンク型の炎が出現した。
「な、なにィッ!!」
正面から来る炎にのみ気を取られていたシルバーチャリオッツが咄嗟に避けきれるはずもなく、残像の個体も全てまとめて炎に包まれた。スタンドのプロテクターはもうなくなっている為、スタンドが受けた攻撃は全てポルナレフへと返ってくる。ポルナレフもスタンドと同じように炎に包み込まれ、地面へと倒れ込んだ。
「何故地面から炎が……ん?アレはッ!」
ジョセフがしゃがみこんだアヴドゥルの足元に何か見つけたらしく、指を指しながら声を上げた。その地面には穴が空いており、穴の中には溶岩のような液体が入っていた。
「さっき開けた穴だ!……そうか、一撃目の炎はトンネルを掘るためだったのだ!」
「なるほど、そこからクロスファイヤーハリケーンを……」
ただ闇雲に攻撃しているように見えたのは、実は勝利への布石であったのだ。
「言ったろう、私の炎は分裂、何体にもわかれて飛ばせると!」
そう言いながらアヴドゥルが立ち上がる。ポルナレフは腕を立てもう一度起き上がろうとするが、それは叶わなかった。生身に近い状態で最高火力の攻撃を浴びたのだ。もう体力は残っていないも同然であった。
そんな満身創痍の状態のポルナレフを上から見下ろしていたアヴドゥルは、懐から短剣を取り出すとポルナレフの目の前に放り投げた。
「炎に焼かれて死ぬのは苦しかろう。その短剣で自害すると良い……」
そう言うと、アヴドゥルはくるりとポルナレフに背を向けて紫苑達のいる階段の方へと歩き始める。
ポルナレフは目前に突き刺さっている短剣を引き抜くと、無防備にもこちらに背を向けているアヴドゥルへと剣先を向けようとし、それを取りやめる。今度は自身の喉元に短剣を向け自害しようとしたが、それもまた取りやめ、握っていた短剣を捨てると再び地面に仰向けに転がった。
「自惚れていた。炎なんかに私の剣さばきが負けるはずがないと……。やはりこのまま、潔く焼け死ぬとしよう……それが君との闘いに破れた私の、君の能力への礼儀。自害するのは、無礼だな……」
そうつぶやきながらポルナレフは静かに目を閉じる。そののつぶやきを聞いたアヴドゥルは直ぐに振り向くと、指をパチンと鳴らしポルナレフの身体を覆う炎を消し去った。
その意図に気がついた承太郎や紫苑達は、黙ったままその様子を見守った。
「あくまでも騎士道とやらの礼を失せぬ奴……しかも、私の背後からも短剣を投げなかった!DIOからの命令をも超える誇り高き精神、殺すのは惜しい……ん?」
アヴドゥルは気を失っているポルナレフを抱き起こし、その様子をまじまじと観察する。額の髪の毛をかき分けてみると、そこには花京院の時と同じく肉の芽が埋め込まれていた。
「何か訳があるな、こいつ……。JOJO!」
「うむ」
承太郎がスタープラチナを出し、ポルナレフの額に埋まった肉の芽を摘出しようとする。
「うえええええ〜〜〜〜この触手が気持ち悪いんじゃよなぁ〜〜ッ!承太郎!早く抜き取れよォ!」
「うるせえぞじじい」
身体をくねらせながら「早く早くゥ〜!!」と急かすジョセフを紫苑は苦笑いで見つめる。一方承太郎は騒ぐジョセフを一喝すると、2回目だから慣れたのだろうか、花京院の時よりもスムーズな手付きで肉の芽を摘出し、日光に当てて消滅させた。
「……と!これで肉の芽が無くなってにくめ ないヤツになったわけじゃな!ジャンジャン!ヒヒ」
「花京院、翠川、お前ら、こういうダジャレを言うやつってよぉーっ、無性に腹が立ってこねぇか」
「ハハ……」
まぁここは何も言うまい。そう思った紫苑は苦笑いだけを浮かべておく。花京院も同じことを思っているのか、「フフ」と笑いながら肩をすくめていた。
「そうじゃ紫苑、この後ポルナレフを病院へ連れて行こうと思っとるんだが、その前にある程度怪我を治してやってくれんか?流石に全身大やけどの状態で連れて行ったらわしらが疑われてしまうからな」
「はい、わかりました。ポルナレフさんの治療が終わったら、アヴドゥルさんも手当てしますね」
「ありがとう。礼を言う」
紫苑はアイオーンを呼び出し「彼の火傷を治してあげて」とお願いする。それを聞いたアイオーンはこくりとうなずくと、ジョセフに抱えられているポルナレフに近づいて真正面から抱きついた。スタンドから伝わるポルナレフの体温はとても熱い。どうやら、だいぶ深い熱傷を負っているようだ。これは治すのにしばらく時間がかかるなと紫苑は思った。
「やっぱり、全身を治すときはそのスタイルなんですね……」
「まぁ、これが一番手っ取り早く接触面積が増やせるので。……少し、恥ずかしさはありますが」
花京院が治療中のアイオーンを見ながら、何か言いたげな表情でポツリと言葉を零す。何故花京院がそんな表情をしているのか紫苑には理解できなかったが、とりあえずこれは効率的な治療のために行っているということを伝えておいた。
「ハハハ!そういえば花京院もハグで治療されとったのぉ〜。……なんじゃあ花京院、もしかしてアレは自分だけにやって欲しいとかそういう……?」
「ち、違いますよッ!!ただ、治療とはいえ誰彼構わず抱きつくのは……その……」
ジョセフの茶化しに対して花京院が慌てた様子で言葉を返す。そして言葉尻をもごつかせながらチラチラとこちらを見ていた。多分、私に言いたいことがあるのだろう、そう思った紫苑は頭の中で花京院の言葉を反芻した。『治療とはいえ、誰彼構わず抱きつくのは』………ああ、もしかして。
「あっなるほど、いくら気絶しているとはいえ、さっきまで敵だった人にここまで接近するのは危険ですもんね。すみません、迂闊でした……」
「あ〜、確かに急所を晒しとるようなモンじゃからのぉ……まぁでも、今はポルナレフも気絶してるし肉の芽も抜いたし大丈夫じゃろう。次からは花京院の言うとおり、きちんと安全が確保出来てから頼むとしよう」
「…………ええ。そうした方が良いと思います」
真面目な言葉を発しているのにも関わらず何故かジョセフはニヤニヤしながら花京院を見ているし、花京院もまた何故か顔をほんのりと赤らめながら手のひらで口元を覆っている。大方、ジョセフは『紫苑の事ちょっと気になってるんじゃあないの〜』みたいな感じで茶化しているのだろう。確かに花京院の反応は面白いが、思春期の青年にとってはデリケートな問題なので程々にしてくださいね、と紫苑は心の中で独りごちた。
そうこうしているうちにアイオーンがポルナレフのそばを離れ、紫苑の方にやってくる。治療が完了したようだ。
「よし、ポルナレフさんの方は終わりました。次はアヴドゥルさんですね」
「すまないな、手間をかけて」
「いえ、大丈夫ですよ」
治療しやすいようにと不思議な形をしたオブジェに腰掛けたアヴドゥルの正面にまわり、傷の様子を見る。血はたくさん出ていたようだが、どうやらそこまで深い傷は無いようだ。
「これくらいなら直ぐ治せそうですね。アイオーン、お願い」
アイオーンがアヴドゥルの傷をひと撫ですると、みるみるうちに切り傷が消え去ってゆく。傷口自体もそこまで数が多くなかったのもあり、ものの数秒で治療は完了した。
「…………はい、終わりましたよ」
「ありがとう。……凄いな、本当に傷が無くなっている」
「おお、治療が終わったのか、ありがとう。……うーむ、何度見ても凄いのォ……火傷のあとも綺麗サッパリなくなっておる」
「ふふ、どういたしまして」
アヴドゥルやジョセフが感心したように自身の肌やポルナレフの皮膚をまじまじと見つめる。紫苑はそんな彼らの様子が少しだけこそばゆく感じた。
「そういえば、病院の時間は大丈夫なんです?」
「おおそうじゃったな、そろそろここを出るとしよう。ポルナレフを病院へ運んだあとは今日泊まるホテルへと向かうぞ、チャーターした船が来るのは明日だからな……おおい承太郎!そんな所で何してる、もう出発するぞ!」
「……ああ。今行くぜ」
ジョセフがよっこいせと言いながらポルナレフを背負い立ちあがる。そうしてまずは病院へと向かうため、皆で大きな階段を降り始めたのだった。
「タイガーバームガーデンですよ」
「……何だか、不思議な場所ですね……」
ポルナレフに連れられやってきたのは、タイガーバームガーデン。タイガーバームガーデンとは、香港島のタイハンロード山腹斜面に存在する庭園であり、奇抜な色彩で彫刻された動物たちがそこかしこに点在する中々奇妙な場所である。
ポルナレフは庭園の中へ入るとどんどん奥へと進んでいき、巨大な階段を登り始める。紫苑達もそれに続いて階段を登っていくと、そこは開けた広場となっていた。ポルナレフはこの広場の真ん中で足を止めるとこちらを振り返る。どうやらここで決着をつけるつもりのようだ。
「ここで予言をしてやる。まずアヴドゥル……貴様は貴様自身のスタンドの能力で滅びるだろう……」
ポルナレフはニヤリと笑いながら自身のスタンドを出現させ、剣を構える。
「アヴドゥル……」
「承太郎、手を出さなくて良いぞ……やつの言うとおりこれだけ広い場所なら思う存分スタンドを操れるというもの……」
アヴドゥルはそう言うと、「フンッ!」という掛け声とともにスタンドを出現させ戦闘態勢に入る。それを見たジョセフが小声で「ここはアヴドゥルに任せよう」と言い、皆に後ろに下がるようにとジェスチャーを送った。その言葉に承太郎達は皆後ろへと下がる。紫苑も言われた通り後ろへと下がり、遠くから2人の様子を見守る事にした。彼等は未だお互いに睨み合い、出方を伺っているようである。
「ホラ〜ッ!ホラホラ、ホラッ!」
先に仕掛けたのはポルナレフの方だった。シルバーチャリオッツが剣をふるい、マジシャンズレッドに切りかかっていく。
「どうした!得意の炎を思う存分はかないのか?はかないのなら、こっちから行くぞッ!ホラホラホラホラホラホラホラホラホラ、ホラーぁッ!!」
襲いかかる剣を淡々と躱していくだけで中々攻撃してこないアヴドゥルに痺れを切らしたポルナレフは、その掛け声と共に更にスピードを上げ、目にも留まらぬ速さで剣をふるい始める。そのスピードを追いきれない紫苑には、まるで剣が2本、3本に増えているように見えた。
そしてここでアヴドゥルの方も動き出す。雄叫びと共にマジシャンズレッドが炎を勢いよく吐き出し、シルバーチャリオッツに向けて火炎の玉を飛ばしていく。火の玉はシルバーチャリオッツを捉えたものの、彼が剣を一振りするとあっさりと跳ね返され、アヴドゥルの背後にある鷲の彫刻に直撃した。紫苑は燃え上がりガラガラと崩れていく彫刻をしばらく見つめたあと、視線を上にあげ絶句した。なんと粉々になった彫刻の後ろには、マジシャンズレッドそっくりの石像が彫られていたのである。
「い、いつの間にこんなものを……!」
「野郎ッ!こ……こけにしているッ……!」
この衝撃的な光景に一行は絶句し、驚きの声を上げる。ジョセフはポルナレフの挑発に拳を握りしめ、怒りを滲ませていた。
「なかなか……クククク、この庭園にぴったりマッチしとるぞ『
アヴドゥルとマジシャンズレッドの石像を交互に見ながらニヤニヤと悪どい笑みを浮かべるポルナレフ。
すると突然、アヴドゥルの纏う空気がガラリと変わった。目つきを更に鋭くさせ深呼吸すると、両手を上げ独特の構えを取り始める。
何か凄いものが来る。紫苑は何だか漠然とそんな感じがした。
「おい!何かに隠れろ!アヴドゥルの
「あれだと?」
アヴドゥルのその構えに何か思い当たる節があるのだろうか、ジョセフはそう言うや否やその場から駆け出して大きな岩場の影へと移動する。承太郎や花京院も頭に疑問符を浮かべながらも、ジョセフの言うとおり後に続いて避難していった。
しかしアヴドゥルから発せられている圧に気を取られていた紫苑は少し出遅れてしまった。急いで駆け出したものの、アヴドゥルが今にも大技を放とうとしているのが横目で確認できた。急がなければ、巻き添えを食らうだろう。そう思った紫苑は走るスピードをあげようとするが、焦りからか足がもつれ、身体が前に傾いてゆく。
「うわっ!!……っと、あれ……?」
転ぶ、と思ったところでキラキラと輝くエメラルド色の紐が紫苑の身体に巻き付いた。顔をあげると、岩陰に居る花京院がハイエロファントグリーンを出しているのが見える。
「こっちへ、翠川さん」
「っあ、ありがとう」
巻き付いたハイエロファントグリーンの触脚は紫苑の身体を持ち上げると、花京院達の居る岩陰まで運んでくれた。
「クロスファイヤーハリケーン!」
紫苑が岩陰へ到着したのとほぼ同時に、アヴドゥルの声が聞こえた。瞬間、あたり一辺に一気に熱風が吹き付ける。岩陰から様子を伺うと、大きなアンク型の炎がポルナレフ目掛けて飛んでゆくのが見えた。
「これしきの威力しかないのかッ!この剣さばきは空と空の溝を作って炎を弾き飛ばすと言ったろーがアアアア――――ッ!!」
叫び声と共に、シルバーチャリオッツが剣を真一文字にふるう。先程より威力もスピードも上回る攻撃であったが、ポルナレフの言うとおりマジシャンズレッドの炎は弾き飛ばされ、放った攻撃がそのまま自分に返ってくる結果となった。自身の炎に全身が包まれてしまったマジシャンズレッドとアヴドゥルは苦しそうなうめき声を上げている。
「アヴドゥル!炎があまりにも強いので、自分自身が焼かれているッ!」
「アヴドゥルさん……!」
「ッぐぅ……」
業火に身を焼かれ立つこともままならなくなったアヴドゥルは、ついに膝を付き地面へと倒れ伏す。
「ふはは、予言どおりだな。自分の炎で焼かれて死ぬのだ、アヴドゥル……」
ポルナレフは地面に倒れているアヴドゥルを勝ち誇った表情で見つめている。アヴドゥルはポルナレフの言葉に眉をしかめると、力を振り絞るようにして未だ炎に包まれたままのマジシャンズレッドをポルナレフの方へと放った。
「やれやれやれやれだ!悪あがきで襲ってくるか、見苦しいな!」
既に勝利を確信しているポルナレフは、自身へと向かってくるマジシャンズレッドをこれでとどめだと言わんばかりに切り裂いた。しかし剣をふるいマジシャンズレッドの胴体を真っ二つに切り裂いた途端、表情を一変させる。
「み……妙な手応えッ!これは……!?」
すると切断した断面から大量の炎が現れ、シルバーチャリオッツの全身を包み込んだ。
「バカな……ありえん!切断した体内から、炎が出るなんて……」
自分の分身とも言えるスタンドが超火力の炎で燃やされたことにより、ポルナレフの身体からはプスプスと白煙が登りだす。その光景を、ポルナレフはあ然とした表情で見つめていた。
「あれはスタンドではない、人形だッ!」
違和感にいち早く気がついたジョセフが、カシャン、と音を立てて床に転がったマジシャンズレッドを指差しながら叫ぶ。その硬いものが割れたような音や欠片が飛び散っている様子から、紫苑にもそれがマジシャンズレッド本体ではないという事がわかった。それではその人形とやらは一体何処から、と思った紫苑が周囲をよく見てみると、先程までアヴドゥルの後ろにあった石像が消えているのに気がついた。紫苑達がマジシャンズレッドだと思って見ていたものは、どうやらポルナレフの彫った石像だったらしい。
「炎で目がくらんだな。貴様が切ったのは『
「何ッ!?」
「私の炎は自在と言ったろう。お前が打ち返した火炎が人形の関節部をドロドロに溶かし動かしていたのだ。自分のスタンドの能力にやられたのはお前の方だったな!」
アヴドゥルは何事もなかったかのように立ち上がると、先程の攻撃の種明かしを行う。
「そして改めて喰らえッ!クロスファイヤーハリケーン!!」
アヴドゥルが両手を交差させ、再びクロスファイヤーハリケーンを放つ。今度こそ炎はポルナレフをしっかりと捉え、反撃の余地もなくシルバーチャリオッツもろとも大きな炎に包まれた。
「占い師の私に予言で戦おうなどとは……10年早いんじゃあないかな」
まともに攻撃をくらったポルナレフは、全身火だるまになりながら広場の端へと吹き飛ばされていく。微かに見えるスタンドの甲冑は、炎によってドロドロに溶けていた。そして地面へ勢いよく叩きつけられると、炎は消え、ポルナレフの身体からシュウウウ……という焼けた音が鳴った。
「アヴドゥルの『クロスファイヤーハリケーン』、恐るべき威力……!まともにくらったヤツのスタンドは溶解して、もう終わりだ!」
「ひでー火傷だ、こいつは死んだな。運が良くて重症……いや、運が悪けりゃあかな……」
「全身に火傷を負っているのでショックで失神しているでしょうし、このまま放っておいたら確実に死んでしまいますよ……どうします?」
ピクリとも動かなくなったポルナレフを見つめながら、ジョセフ、承太郎、紫苑が口々に言葉を発する。すると3人の背後にいた花京院が、3人に背を向けて階段を降りながら声をかけてきた。
「どっちみち、救助されたとしても3ヶ月は立ち上がれんだろう。スタンドもズタボロで戦闘は不可能……」
「さあ!ジョースターさん、我々は飛行機には乗れぬ身……エジプトへの旅を急ぎましょう」
「うむ。そうじゃな……」
アヴドゥルもジョセフの傍まで近づいてきて、先を急ごうと皆に伝えるとこの場から離れようとする。するとその直後、ボンッ!!と大きな音が辺りに鳴り響いた。驚いて振り向くと、ボンボンボンという音とともにポルナレフがいた場所から複数の煙が上がっていくのが見えた。
「な、何だッ!ヤツのスタンドがバラバラに分解したぞ!」
ジョセフが煙と共に遠くへと飛んでゆく銀色の破片を目で追いながら驚きの声を上げる。そしてひときわ大きな爆発音がしたかと思うと、ポルナレフが勢いよく空中へと飛び上がった。
「ヤツが寝たままの姿勢で空へ飛んだッ!」
「ブラボー、おお、ブラボー!!」
ポルナレフは仰向けの姿勢のまま空中で静止し、両手で拍手をしている。その声は、何だか嬉しそうであった。
「こ……こいつはッ!」
「し……信じられん……!」
「ピンピンしている!」
「よく見ると火傷もほとんど軽症みたい……!」
「……しかし、ヤツの身体が何故宙に浮くんだ!?」
「フフフ……感覚の目でよーく見てみろ!」
重症を負わせたと思った相手がまだ動けること、それもほぼ無傷に近い状態である事に、一行は驚きを隠せない。得意げなポルナレフの言葉を受け、紫苑達は彼の身体をじっくりと見てみた。すると、ポルナレフの身体を下から持ち上げているシルバーチャリオッツの姿が目に入る。しかしそのシルバーチャリオッツは、先程とは何処か姿かたちが異なっているように見えた。
「うっ!?これはッ!」
アヴドゥルが驚きの声を上げると、ポルナレフは空中で一回転しながら華麗に着地する。そして得意げな表情はそのままにスタンドを呼び出した。
「そうこれだ。甲冑を外したスタンド、『
「甲冑を外した……!?」
「あっけにとられているようだが、私の持っている能力を説明せずにこれから君を始末するのは騎士道に恥じる、闇討ちにも等しい行為……どういうことか、説明する時間をいただけるかな?」
「……恐れ入る。説明して頂こう」
フッと笑いながらそう言うと、アヴドゥルは再び前へと出てポルナレフの正面に立つ。
「私のスタンドはさっき分解して消えたのではない。シルバーチャリオッツには防御甲冑が付いていた、今脱ぎ去ったのはそれだ。君の炎に焼かれたのは甲冑の部分、だから私は軽症で済んだのだ……そして甲冑を脱ぎ捨てた分、身軽になった」
ここで一息つくと、ポルナレフはアヴドゥルの後ろに立っていた紫苑達の方へと視線を向けた。
「私を持ち上げたスタンドの動きが見えたかね?そう、それほどのスピードで動けるようになったのだ!」
「フム、なるほど。先程は甲冑の重さゆえ、私のクロスファイヤーハリケーンをくらったということか……」
アヴドゥルはそう言うと、右足をザッと前に出し構えの姿勢を取る。
「しかし!逆に今はもう裸!プロテクターが無いということは、今度再びくらったら命は無いということ!」
「フム……ウィ、ごもっとも……だが、無理だね!」
「無理と?試してみたいな」
「なぜなら今から君に、『ゾッ』とするものをお見せするからだ……」
「ほう、どうぞ」
ここまで言うのだから、よほど今から見せるものに自信があるのだろう。新しい能力があるのか、はたまた予想外の現象を引き起こすのか……紫苑がそう考えながらポルナレフの様子を見ていると、突如ポルナレフの背後にいたシルバーチャリオッツが7体に分裂したのが目に入った。
「な、なんじゃ!?スタンドが増えたぞッ!」
「ば、馬鹿な……スタンドは1人1体のはず……!」
通常のスタンドのルールでは到底ありえない光景に、皆それぞれ驚きを隠せない。その様子にポルナレフはこらえきれないといったように笑みを浮かべている。
「『ゾッ』としたようだな、これは残像だ……フフフ……視覚ではなく君の感覚にうったえるスタンドの残像群だ。君の感覚はこの動きについてこれないのだ……」
「クッ……!」
ポルナレフは自身の頭をトンと指で突きながら、挑発的な瞳でアヴドゥルを見つめている。何度見ても彼のスタンドは動いているようには見えず、やはり分裂して静止しているかのようにしか見えない。異次元すぎるシルバーチャリオッツのスピードに、紫苑は思わず身震いした。
「今度の剣さばきはどうだァアアアアア―――――ッ!!」
7体のシルバーチャリオッツが、それぞれ異なる動きをしながらマジシャンズレッド目掛けて襲いかかる。マジシャンズレッドは次々と襲いかかる剣をひらりと交わすと、攻撃の止んだ一瞬のすきを見て反撃に出た。
「レッドバインド!!」
マジシャンズレッドの両手から細長くねじれた炎が現れた。炎は縄のようにしなりながらシルバーチャリオッツ達に巻き付こうとする。しかし炎が触れた途端、シルバーチャリオッツはまるでそこから瞬間移動したかのように姿を消してしまう。アヴドゥルはその後何度も攻撃を試みるがマジシャンズレッドの炎がシルバーチャリオッツに当たることはなく、ただひたすら誰もいない空間が炎に包まれるだけであった。
「手当たり次第か……少々ヤケクソがすぎるぞ、アヴドゥル……どんなにやろうと君の攻撃が当たることはない」
「うおおおおおお!!クロスファイヤーハリケーン!!」
アヴドゥルは再び巨大なアンク型の炎をシルバーチャリオッツ目掛けて放つ。しかし炎はポルナレフの目前で粉々に切り刻まれ、勢いよく弾き飛ばされて地面に穴を開けた。ポルナレフは余裕の表情で人差し指を立てると、チッチッと舌を鳴らす。
「ノンノンノンノンノンノン!それも残像だ、私のスタンドには君の技は通じない!ホラホラホラ、ホラッ!!」
シルバーチャリオッツはアヴドゥルの目前まで接近すると高速で剣を振るった。するとアヴドゥルの顔にアンク型の傷が無数に現れ、そこかしこから血が吹き出した。
「アヴドゥル!」
「アヴドゥルさん!」
攻撃を受けたときの衝撃により、アヴドゥルの身体は後方にふっ飛ばされていく。大丈夫かと声を上げる紫苑達に対し、アヴドゥルは下がっていろというふうに左手をさしだすと、右手で傷口を抑えながら体勢を整える。
「何という正確さ……こ、これは、相当訓練されたスタンド能力!」
「ふむ……理由あって10年近く修行をした……さあいざまいられい、次なる君の攻撃で君にとどめをさす」
「……いや、待て。騎士道精神とやらで手の内を明かしてからの攻撃、礼に失せぬ奴……故に私も秘密を明かしてから次の攻撃にうつろう」
「……ほう」
ポルナレフは腕を組み話を聞く体勢に入り、アヴドゥルに先を促す。
「実は私のクロスファイヤーハリケーンにはバリエーションがある。
そう言うとアヴドゥルは指先を鉤爪のような形にして両手をクロスさせ、自身を中心に炎の渦を作り出す。
「クロスファイヤーハリケーンスペシャル!!かわせるか
ッ!!」
掛け声とともに、炎の渦が次々とアンク型の炎へと変貌しポルナレフ目掛けて放たれた。
「くだらん!アヴドゥル!!」
ポルナレフがカッと目を見開き左腕を上げると、数体のシルバーチャリオッツがポルナレフを囲うようにして周りをクルクルと回り始める。
「あまい、あまいあまいあまいあまいあまいあまいっ!前と同様このパワーをそのまま貴様にィ――――ッ!!」
シルバーチャリオッツは円陣を組みながら自らも炎へと接近してゆく。
「切断、弾き返してェェェッ!!」
そうして先程と同様、アンクの炎を切り刻もうと剣を振り上げた。刹那、ボゴォッ!!という大きな音と共にシルバーチャリオッツの真下から巨大なアンク型の炎が出現した。
「な、なにィッ!!」
正面から来る炎にのみ気を取られていたシルバーチャリオッツが咄嗟に避けきれるはずもなく、残像の個体も全てまとめて炎に包まれた。スタンドのプロテクターはもうなくなっている為、スタンドが受けた攻撃は全てポルナレフへと返ってくる。ポルナレフもスタンドと同じように炎に包み込まれ、地面へと倒れ込んだ。
「何故地面から炎が……ん?アレはッ!」
ジョセフがしゃがみこんだアヴドゥルの足元に何か見つけたらしく、指を指しながら声を上げた。その地面には穴が空いており、穴の中には溶岩のような液体が入っていた。
「さっき開けた穴だ!……そうか、一撃目の炎はトンネルを掘るためだったのだ!」
「なるほど、そこからクロスファイヤーハリケーンを……」
ただ闇雲に攻撃しているように見えたのは、実は勝利への布石であったのだ。
「言ったろう、私の炎は分裂、何体にもわかれて飛ばせると!」
そう言いながらアヴドゥルが立ち上がる。ポルナレフは腕を立てもう一度起き上がろうとするが、それは叶わなかった。生身に近い状態で最高火力の攻撃を浴びたのだ。もう体力は残っていないも同然であった。
そんな満身創痍の状態のポルナレフを上から見下ろしていたアヴドゥルは、懐から短剣を取り出すとポルナレフの目の前に放り投げた。
「炎に焼かれて死ぬのは苦しかろう。その短剣で自害すると良い……」
そう言うと、アヴドゥルはくるりとポルナレフに背を向けて紫苑達のいる階段の方へと歩き始める。
ポルナレフは目前に突き刺さっている短剣を引き抜くと、無防備にもこちらに背を向けているアヴドゥルへと剣先を向けようとし、それを取りやめる。今度は自身の喉元に短剣を向け自害しようとしたが、それもまた取りやめ、握っていた短剣を捨てると再び地面に仰向けに転がった。
「自惚れていた。炎なんかに私の剣さばきが負けるはずがないと……。やはりこのまま、潔く焼け死ぬとしよう……それが君との闘いに破れた私の、君の能力への礼儀。自害するのは、無礼だな……」
そうつぶやきながらポルナレフは静かに目を閉じる。そののつぶやきを聞いたアヴドゥルは直ぐに振り向くと、指をパチンと鳴らしポルナレフの身体を覆う炎を消し去った。
その意図に気がついた承太郎や紫苑達は、黙ったままその様子を見守った。
「あくまでも騎士道とやらの礼を失せぬ奴……しかも、私の背後からも短剣を投げなかった!DIOからの命令をも超える誇り高き精神、殺すのは惜しい……ん?」
アヴドゥルは気を失っているポルナレフを抱き起こし、その様子をまじまじと観察する。額の髪の毛をかき分けてみると、そこには花京院の時と同じく肉の芽が埋め込まれていた。
「何か訳があるな、こいつ……。JOJO!」
「うむ」
承太郎がスタープラチナを出し、ポルナレフの額に埋まった肉の芽を摘出しようとする。
「うえええええ〜〜〜〜この触手が気持ち悪いんじゃよなぁ〜〜ッ!承太郎!早く抜き取れよォ!」
「うるせえぞじじい」
身体をくねらせながら「早く早くゥ〜!!」と急かすジョセフを紫苑は苦笑いで見つめる。一方承太郎は騒ぐジョセフを一喝すると、2回目だから慣れたのだろうか、花京院の時よりもスムーズな手付きで肉の芽を摘出し、日光に当てて消滅させた。
「……と!これで肉の芽が無くなって
「花京院、翠川、お前ら、こういうダジャレを言うやつってよぉーっ、無性に腹が立ってこねぇか」
「ハハ……」
まぁここは何も言うまい。そう思った紫苑は苦笑いだけを浮かべておく。花京院も同じことを思っているのか、「フフ」と笑いながら肩をすくめていた。
「そうじゃ紫苑、この後ポルナレフを病院へ連れて行こうと思っとるんだが、その前にある程度怪我を治してやってくれんか?流石に全身大やけどの状態で連れて行ったらわしらが疑われてしまうからな」
「はい、わかりました。ポルナレフさんの治療が終わったら、アヴドゥルさんも手当てしますね」
「ありがとう。礼を言う」
紫苑はアイオーンを呼び出し「彼の火傷を治してあげて」とお願いする。それを聞いたアイオーンはこくりとうなずくと、ジョセフに抱えられているポルナレフに近づいて真正面から抱きついた。スタンドから伝わるポルナレフの体温はとても熱い。どうやら、だいぶ深い熱傷を負っているようだ。これは治すのにしばらく時間がかかるなと紫苑は思った。
「やっぱり、全身を治すときはそのスタイルなんですね……」
「まぁ、これが一番手っ取り早く接触面積が増やせるので。……少し、恥ずかしさはありますが」
花京院が治療中のアイオーンを見ながら、何か言いたげな表情でポツリと言葉を零す。何故花京院がそんな表情をしているのか紫苑には理解できなかったが、とりあえずこれは効率的な治療のために行っているということを伝えておいた。
「ハハハ!そういえば花京院もハグで治療されとったのぉ〜。……なんじゃあ花京院、もしかしてアレは自分だけにやって欲しいとかそういう……?」
「ち、違いますよッ!!ただ、治療とはいえ誰彼構わず抱きつくのは……その……」
ジョセフの茶化しに対して花京院が慌てた様子で言葉を返す。そして言葉尻をもごつかせながらチラチラとこちらを見ていた。多分、私に言いたいことがあるのだろう、そう思った紫苑は頭の中で花京院の言葉を反芻した。『治療とはいえ、誰彼構わず抱きつくのは』………ああ、もしかして。
「あっなるほど、いくら気絶しているとはいえ、さっきまで敵だった人にここまで接近するのは危険ですもんね。すみません、迂闊でした……」
「あ〜、確かに急所を晒しとるようなモンじゃからのぉ……まぁでも、今はポルナレフも気絶してるし肉の芽も抜いたし大丈夫じゃろう。次からは花京院の言うとおり、きちんと安全が確保出来てから頼むとしよう」
「…………ええ。そうした方が良いと思います」
真面目な言葉を発しているのにも関わらず何故かジョセフはニヤニヤしながら花京院を見ているし、花京院もまた何故か顔をほんのりと赤らめながら手のひらで口元を覆っている。大方、ジョセフは『紫苑の事ちょっと気になってるんじゃあないの〜』みたいな感じで茶化しているのだろう。確かに花京院の反応は面白いが、思春期の青年にとってはデリケートな問題なので程々にしてくださいね、と紫苑は心の中で独りごちた。
そうこうしているうちにアイオーンがポルナレフのそばを離れ、紫苑の方にやってくる。治療が完了したようだ。
「よし、ポルナレフさんの方は終わりました。次はアヴドゥルさんですね」
「すまないな、手間をかけて」
「いえ、大丈夫ですよ」
治療しやすいようにと不思議な形をしたオブジェに腰掛けたアヴドゥルの正面にまわり、傷の様子を見る。血はたくさん出ていたようだが、どうやらそこまで深い傷は無いようだ。
「これくらいなら直ぐ治せそうですね。アイオーン、お願い」
アイオーンがアヴドゥルの傷をひと撫ですると、みるみるうちに切り傷が消え去ってゆく。傷口自体もそこまで数が多くなかったのもあり、ものの数秒で治療は完了した。
「…………はい、終わりましたよ」
「ありがとう。……凄いな、本当に傷が無くなっている」
「おお、治療が終わったのか、ありがとう。……うーむ、何度見ても凄いのォ……火傷のあとも綺麗サッパリなくなっておる」
「ふふ、どういたしまして」
アヴドゥルやジョセフが感心したように自身の肌やポルナレフの皮膚をまじまじと見つめる。紫苑はそんな彼らの様子が少しだけこそばゆく感じた。
「そういえば、病院の時間は大丈夫なんです?」
「おおそうじゃったな、そろそろここを出るとしよう。ポルナレフを病院へ運んだあとは今日泊まるホテルへと向かうぞ、チャーターした船が来るのは明日だからな……おおい承太郎!そんな所で何してる、もう出発するぞ!」
「……ああ。今行くぜ」
ジョセフがよっこいせと言いながらポルナレフを背負い立ちあがる。そうしてまずは病院へと向かうため、皆で大きな階段を降り始めたのだった。