エジプトまでの道程編
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紫苑達が乗っていた飛行機は、ジョセフの操縦により香港沖35kmに不時着した。救助ヘリや救助船が出動し、乗客達は皆無事に救助されたものの、エジプトへ向かうはずであった一行は香港への上陸を余儀なくされた。
「少し電話をしてくる。数分で終わるじゃろうから、皆ここで待っててくれ」
多くの人で賑わっている香港の市街地を皆で歩いていると、道路脇に設置されている公衆電話を見つけたジョセフがそう言い残して電話ボックスへと入って行く。紫苑達はその言葉に従って、通行人の邪魔にならないよう道路の端により、ジョセフの電話が終わるまで待機することになった。
「よぉ、そこのデカい兄ちゃん!」
「……ん?」
しばらくそこで待っていると、後ろの方から陽気な声が降ってくる。いきなり話しかけられた承太郎達が何だというように振り向くと、そこには笑顔の店主がいた。店の看板を見ると『河畔粥』と書かれており、メニューにはたくさんのお粥の写真が載っている。
「あんたら観光客かい?どうだいお粥、香港に来たら天津かお粥食べなくちゃあ。ホットコーラもあるでよ!」
お粥屋の店主はそう言うと、店の商品をこれでもかと言うほど勧めてくる。メニューに載っている美味しそうな写真と食欲をそそるいい香りに、紫苑は思わずお腹を擦った。何せ先程まで乗っていた飛行機で機内食を食べた後から食べ物を一切口にしていないので、とてもお腹が空いているのだ。紫苑としては美味しそうだし是非食べたいと思っているが、今電話しているジョセフがもしかしたらお店を予約しているかもしれない。迂闊に食べるのもなぁとも思い紫苑がどうしようかと思案していると、隣にいた花京院が口を開いた。
「お粥か、悪くない。知っているかJOJO、日本とは違って、香港では主食としてお粥を食べることが多いんだ」
花京院の説明に紫苑は「へぇ」と漏らし、その知識に感心する。彼は家族でエジプト旅行へ行ったことがあるようだし、香港にも来たことがあるのかもしれない。
「じゃあ、ぼくはポピュラーなピータンと豚肉のお粥を貰おうかな。翠川さんはどうします?」
「ええと、じゃあ私も……」
「おおい!!お前ら何を食おうとしとるんじゃ。これからわしの馴染みの店に行こうというのに」
花京院に習って紫苑も同じものを注文をしようと口を開いたところで、電話を終えたジョセフに大声で話しかけられる。ぬしぬしと大股で店の方へと近づいてくるジョセフを見て売るチャンスだと思ったのだろうか、店主はウキウキとした声でジョセフにも商品を勧め始める。
「おっ、そこのダンディな旦那!香港名物ホットコーラはいかがですかな?」
「ホットォ!?コーラは冷たいモンと相場が決まっとるんじゃ!」
拳を握りオーバリアクションをしながらジョセフが声を荒げる。どうやらジョセフは温かいコーラはあまり好きではないようだ。紫苑もあったかいコーラは飲んだことがないが、アレは確かに冷たいほうが美味しいだろうな、とジョセフの様子を見ながらぼんやり考えた。
「おいじじい、どこに電話していた?」
未だぐぬぬ……としかめっ面で店主を見つめているジョセフに承太郎が問いかける。するとジョセフは途端に真剣な表情になり、静かな声で話し始めた。
「んん?ああ、詳しいことは店に行ってから説明するが……この先、安全かつ最短の距離でエジプトへ到達するには色々策を講じなければならんということだ」
「それで……策、って何でしょう?」
「ジョースターさん、我々はもう一般人の犠牲を出すわけにはいきません。最短とはいえど、飛行機の使用は……」
紫苑達はジョセフの馴染みの店である高級中華料理屋に入り、そこで腹ごしらえと共に今後の方針について話し合っていた。
ジョセフの言う策とはどんなものなのか想像つかない紫苑はポツリと疑問の言葉をこぼす。それに続けて紫苑の左隣に座っているアヴドゥルが念を押すように飛行機の使用を控えるよう言うと、ジョセフは両肘を机の上に立て、口元で両手を組みながら剣呑な表情で話し始める。
「確かに、我々はもう飛行機でエジプトへ向かうのは不可能になった。またあのようなスタンド使いに飛行機内で出会ったなら、今度という今度は大人数を巻き込む大惨事となるだろう。陸路か……海路をとってエジプトへ入るしかない」
「しかし、50日以内にDIOに出会わなければ……」
アヴドゥルはそこで言葉を詰らせると、キュッと握り拳を作り視線を左下に落として黙り込む。その先に続くであろう言葉は、この場にいる全員が理解していた。50日以内にDIOに出会わなければ、ホリィの命が危ない。迫るタイムリミットに、一行の間に重苦しい雰囲気が漂う。
「あの飛行機なら今頃はカイロに着いているものを……」
歯噛みする花京院の言葉で、皆の表情に悔しさともどかしさが滲み出る。紫苑も、あの時飛行機内に刺客が居ることにもっと早く気がつけていれば……と心の中でやるせない気持ちになっていた。
「……分かっている。しかし、案ずるのはまだ早い」
「……え?」
すると先程まで小難しい顔をしていたジョセフが突然、この重苦しい空気を吹き飛ばすかのように急に明るい声を上げ、おちゃめにウインクをした。
「百年前のジュールベルヌの小説では80日間で世界一周4万キロを旅する話がある。汽車とか蒸気船の時代にだぞ。飛行機でなくても50日もあれば1万キロのエジプトまでわけなくいけるさ」
皆を安心させるようにそう言うと、ジョセフは懐から地図を取り出してテーブルの上に広げ、現在地である香港のあたりに指をトンと置いた。
「そこでルートだが、わしは海路を行くのを提案する。適当な大きさの船をチャーターし、マレーシア半島をまわってインド洋を突っ切る……いわば『海のシルクロード』を行くのだ」
「私もそれがいいと思う。陸は国境が面倒だし、ヒマラヤや砂漠があってもしもトラブッたら足止めをくらう危険がいっぱいだ」
年長者二人から具体的な代替案が出てきたことにより、希望が見え始めて場の空気が明るくなってゆく。ジョセフは自分の案に賛同したアヴドゥルと目を合わせ静かに頷くと、紫苑達の方へ顔を向け「君達はどう思うかね?」と訪ねた。
「私はそんな所両方とも行ったことが無いのでなんとも言えない。お二人に従うよ」
「私も海外の事には疎いので……お二人の提案に従います」
「同じく」
花京院がジョセフ達の案に従うことを伝えると、紫苑と承太郎もそれに続いて同意する。海外旅行に行ったことがなく、他に思い当たる案もない紫苑にとって、ジョセフの案を却下する理由はなかった。大まかにではあるが、今後の方針が決まったことにより安堵した紫苑はふっと肩の力を抜く。
「だがやはり一番の危険はDIOの差し向けてくる『スタンド使い』だ。いかにして見つからずにエジプトに潜り込むか……」
ジョセフがそう言い顎に手を当てて考えている横で、紫苑の右隣に座っている花京院がカチャリと茶びんの蓋を持ち上げたかと思うと、元の位置から少しずらした場所に置きなおした。一体何をしているのだろうと疑問に思った紫苑が首を傾げてその光景を見ていると、視線に気がついた花京院が紫苑の方に振り向いた。
「フフ、これはお茶のおかわりを欲しいのサインですよ。香港では茶びんの蓋をずらして置いておくとおかわりを持ってきてくれるんです」
すると店の奥から可愛らしいチャイナドレスを着た店員がやってきて、花京院の茶碗にお茶を注ぎ始める。
「また、人にお茶をお茶碗に注いでもらった時は人差し指でトントンと2回テーブルを叩く。これがありがとうのサインです」
花京院がテーブルを指先でトントンと叩くと、お茶を注いでくれた店員が軽く会釈をしてまた店の奥へと去ってゆく。
「へぇ……花京院くん、色んな事を知ってるんですね」
「両親が旅行好きでね。前に香港へ行ったときに教えてもらったんです」
「凄い……!他にもこういったサインとかあるんですか?」
「ええ、ありますよ。例えば……」
異国の文化に触れる機会なんて中々なかった紫苑は、目をキラキラさせながら花京院の話を聞き始める。そうやって2人で話に花を咲かせていると、急に「すみません、少しいいですか?」という声とともに誰かにトントンと肩を叩かれた。誰だろうかと思いながら声のする方へと振り向くと、そこには片手にメニューを持ち銀色の髪の毛を真っ直ぐに逆立てた男が、眉を下げ困った表情で立っていた。
「ええと……どうかされましたか?」
紫苑がそう訊ねると、目の前の男は少し屈んで紫苑の右手をうやうやしく取り懇願するような表情になる。
「美しいマドモアゼル、私はフランスから来た旅行者なのですがどうも漢字が難しくてメニューがわからないのです。助けてほしいのですが……」
「え、マド……?えっ?」
「……すみません、彼女が困ってますから手を離して頂いても?」
「ああ、すまない!怖がらせてしまったかな?」
突然距離を詰められ困惑する紫苑。その様子を見た花京院は、未だ紫苑の手を握ったままでいるフランス人の腕を掴むと、苦笑いを浮かべながら手を離すように言う。すると男はパッと手を離し両手を上げ、その手をひらひらさせながら申し訳無さそうに謝罪した。
「やかましい!向こうへ行け」
「おいおい承太郎……まあいいじゃあないか」
承太郎はいきなり入ってきた部外者がうっとおしく感じたのだろうか、彼を睨みつけながら言外にほかを当たりなと言い放つ。ジョセフはそんな承太郎を咎めると、立ったままのフランス人の方を見て「困っているのだろう?ここに座るといい」と言い朗らかな笑みを浮かべながら自分の隣の空いているスペースを指差す。そして彼からメニューを受け取るとパラパラとめくり始めた。
「わしゃ何度も香港は来とるからメニューくらいの漢字はだいたいわかる。……で、何を注文したい?……エビとアヒルとフカのヒレとキノコの料理?」
フランス人が席に着いたのを確認してからジョセフが皆の食べたいものを聞き取ると、右手を挙げて店員を呼び出し「コレとコレと……あとコレも貰おうかな」とメニューを指差しながら注文をし始める。
「花京院くん、さっきはありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
紫苑が花京院に先程助けてくれたお礼を言うと、花京院はにこやかに手を振った。そんなやり取りをしつつ、紫苑はこのあと出てくる料理は一体どんな味なのだろうかと心を踊らせた。
注文してからしばらく経ち、料理が運ばれてくる。店員の手によってテーブルの上に置かれていったのは、貝料理に魚料理にお粥、そしてカエルの丸焼き。机上に出された料理は、何故かジョセフが先程言っていたものとはどれも異なっていた。
「牛肉と魚と貝と……カエルの料理に見えますが……」
「カエル……」
「確かに、全然違いますね……」
「こうなるだろうと思ってたぜ……」
想像していたものとは全く違う料理、しかも一部は普段食べないような生き物を使っている料理が目前に置かれ一同は唖然とする。ジョセフの隣に座っているフランス人の男に至ってはぽかんと口を開けたまま固まっており、まさに開いた口が塞がらないようであった。
「わははははは!ま、いいじゃあないか、わしのおごりだ!何を注文しても結構うまいものよ!さ、みんなで食べよう」
ジョセフは気を取り直すように大きな笑い声を上げると、率先していそいそと料理を小皿に取り分け始める。始めはただその様子を見ていただけだった承太郎達も、まぁ出されてしまったものはしょうがないと腹をくくり、それぞれ意を決して料理に手を付け始める。
そんな中、紫苑はどれを先に食べようか少し迷っておりまだ料理に手を付けられないでいた。周囲を見渡してみると花京院は貝料理、アヴドゥルは魚料理、承太郎は牛肉のお粥を自分の皿によそっているのが見える。そうしたらまだ誰も手を付けていないカエルの丸焼きを食べてみようかなと思った紫苑は、こんがりと焼かれたカエル一匹を自分の皿にのせた。
「翠川さんは……それ、食べるんですか?」
「え、はい。この料理を食べる人誰もいないみたいだから、どんな味なのか気になって」
皆がさり気なく避けていたカエルの丸焼きを食べようとしている紫苑に気がついた花京院が、若干引いたように話しかけてくる。それに対して紫苑はけろりとした顔で答えると、早速丸焼きになっているカエルを箸で掴みお腹のあたりにかぶりついた。パリッという小気味よい音と共に、口の中に肉汁が溢れ出す。特にくさみなどもなく肉自体の味はあっさりとしており、またその淡白な味は濃いめのタレとの相性も抜群であった。
「……ん、美味しい!」
「おお!これは……!」
「……うむ!」
思っていたよりも断然美味しいその味に、紫苑は顔をほころばせる。そんな紫苑に続いて花京院やアヴドゥルも恐る恐るといった様子で料理を口に運ぶが、意外と美味しかったのか、2人はそれぞれ感嘆の声を上げていた。承太郎は終始無言ではあったものの、料理を口へと運ぶ手を休めることのない様子から味には満足している事が伺える。
「翠川さん、君の食べたそれはどんな味なんです?」
「お肉自体は鶏肉みたいな味ですね。意外とあっさりとしてます」
「なるほど……手羽先みたいな感じなのかな」
「そんな感じですね。花京院くんも後で食べてみたらどうですか?意外といけますよ」
花京院は興味深そうに紫苑の食べているカエルを見つめている。皆がなんだかんだ言いながら美味しそうに食べている光景を見たジョセフは「どうじゃ、美味いモンだろう!」と言いながら笑い声を上げていた。
「おおこれは!手間ひまかけてこさえてありますなぁ。」
皆が思い思いに食事を摂る中、男は付け合わせの野菜の中から星の形にくり抜かれた人参を箸で器用につまみとった。
「ほら、この人参の形……星 の形……な~んか見覚えあるなァ〜」
「ッ!!」
男は星型の人参を目前に掲げ、わざとらしく『見覚えがある』などと言いながら承太郎達の目の前でちらつかせる。その行動に一行は息を呑み、緊張感が走った。
「そうそう、わたしの知り合いが首筋にコレと同じ形のアザを持っていたな……」
「貴様、新手のッ!」
男の確信的な物言いに花京院が叫び、場には更に緊迫した空気が流れる。ここまで白状していれば『自分は刺客である』と言っているのと同じようなものだ。何処から何を仕掛けてくるのだろうか。そう考えながら紫苑が男の挙動を見逃さないようにジッと見つめていると、男はニヤリと笑いながら星型にくり抜かれた人参を自分の首筋にぺたりと貼り付けた。
すると突然、男とジョセフの間に置かれていたお粥がブクブクと異様な音を立てながら沸騰したかと思うと、次の瞬間お粥の中から銀色に鈍く光るレイピアが飛び出した。
「ジョースターさん危ないッ!」
「スタンドだッ!」
アヴドゥルがいち早く声を上げたものの、突如現れたレイピアはヒュンヒュンと空気を切り裂いた後ジョセフの左手ヘと突き刺さった。この通常ではありえない光景に、ジョセフは目の前の男がスタンド使いであることを悟る。
「『魔術師の赤 』!!」
アヴドゥルはジョセフに突き刺さったレイピアを退ける為テーブルを思い切りひっくり返すと、攻撃の構えを取り己のスタンドを呼び出す。そして続けざまに男のスタンド目掛けて炎を解き放った。
それを見た男が「ケッ!」と笑うと、男のスタンドが円を描くようにしてレイピアを素早く振り、マジシャンズレッドの炎を絡め取った。
「なにッ!」
「炎を、剣で絡め取った!?そんなことできるの……!?」
攻撃が無効化され、驚きの声を上げるアヴドゥル。剣では炎に太刀打ちできないだろうと思っていた紫苑も、そんな考えを覆すようなこの光景に目を見開いた。マジシャンズレッドの放った炎は、男のスタンドの持つ剣身にとぐろを巻くようにして巻き付いている。そしてスタンドが剣を一振りすると、巻き付いていた炎が横倒しになっているテーブル目掛けて飛んでいき、テーブルは火時計へと変貌した。その見事な剣さばきに、紫苑達は思わず冷や汗をかく。
「俺のスタンドは戦車のカードを持つ『銀の戦車 』!モハメド・アヴドゥル、始末してほしいのは貴様からのようだな……そのテーブルに火時計を作った!火が12時を燃やすまでに貴様を殺す!!」
シルバーチャリオッツが剣の切っ先をアヴドゥルへと向け、声高らかに宣戦布告をする。戦いを挑まれたアヴドゥルは険しい表情のままほんの数秒考えを巡らせたあと、ゆっくりと口を開いた。
「恐るべき剣さばき……見事なものだが、テーブルの炎が『12』を燃やすまでにこの私を倒すだと?相当うぬぼれがすぎないか?ああーっと……」
「ポルナレフ……名乗らして頂こう、J・P ポルナレフ!」
「ありがとう 、自己紹介恐縮のいたり。しかし……」
アヴドゥルが人差し指を上げヒュンと横に振る。するとボォォン……という鈍い音とともにテーブルが大きく燃え上がり、そのテーブルの下半分だけが燃やし尽くされた。
「ムッシュ・ポルナレフ、私の炎が常に自然通り常に上の方や風下へ燃えていくと考えないでいただきたい。炎を自在に操れるからこそ『魔術師の赤 』と呼ばれている」
マジシャンズレッドの放った炎から飛び散った火の粉があたり一面に舞う。そんな中ポルナレフは剣先を地面に突き刺すと、持ち手の部分に肘を掛けながら話し始めた。
「フム……この世の始まりは炎に包まれていた。さすが始まりを暗示し、始まりである炎を操る『魔術師の赤 』!しかしこの俺をうぬぼれと言うのか?この俺の剣さばきが……」
そう言ってポルナレフは懐から5枚のコインを取り出し、手のひらに乗せて見せる。
「うぬぼれだとッ!!」
その声とともに勢いよくコインを空中へと投げると、シルバーチャリオッツが目にも留まらぬ速さでコイン目掛けて剣を一突きする。その後ゆっくりとした動きで見せびらかすようにアヴドゥルの目前に剣を掲げた。その剣の切っ先には、先程投げたコインすべてが突き刺さっていた。
「コイン5つをたったの一突き!重なり合った一瞬を貫いた!」
「いや、よーく見てみろ……」
驚愕の声を上げるジョセフに対し、承太郎はもっとよく見てみろと言わんばかりに目線を剣先へと向ける。紫苑も承太郎の視線の先を辿り目を凝らしてよく見てみると、先程は俊敏な動きに翻弄されてわからなかったが、すべてのコインとコインとの間にマジシャンズレッドの炎が挟まれている事に気がついた。
「う……う、なるほど。コインとコインの間に火炎をも取り込んでいる」
「そんな……コイン5枚を一突きで全部取るのだって難しいのに……!」
ただコインを一突きするだけでなく間に炎をも取り込むという人並み外れた芸当を見せつけられ、一行は更に表情を険しくさせた。アヴドゥルに至っては動揺した様子で唸り声を上げている。
「これがどういう意味を持つかわかったようだな。うぬぼれではない……私のスタンドは自由自在に炎をも切断できるということだ……フフ……空気を裂き、空と空の間に溝を作れるということだ……つまり、貴様の炎は私の『銀の戦車 』の前では無力ということ」
シルバーチャリオッツは剣を大きく振り、突き刺さっていたコインと炎を振り落とすとスッと姿を消した。チャリンと音を立ててコインが床に転がる。その音が耳に入った紫苑は、反射的にコインを目で追う。すると突如、背後のドアが開かれる音がした。急いで振り返ると、先程まで正面にいたはずのポルナレフがこちらに背を向けてドアを開いているのが見えた。
「いつの間にッ!」
アヴドゥルが声を上げると、ポルナレフは顔だけ振り向いてこちらを見つめる。
「俺のスタンド……『戦車 』のカードの持つ暗示は侵略と勝利。そんなせまっ苦しい所で始末してやってもいいがアヴドゥル、お前の炎の能力は広い場所の方が真価を発揮するだろう?そこを叩きのめすのが俺の『スタンド』に相応しい勝利……」
ポルナレフはそこで一息つくと、扉の外へと出る。そして大きな声でこう言い放った。
「全員表へ出ろ!順番に切り裂いてやる!」
「少し電話をしてくる。数分で終わるじゃろうから、皆ここで待っててくれ」
多くの人で賑わっている香港の市街地を皆で歩いていると、道路脇に設置されている公衆電話を見つけたジョセフがそう言い残して電話ボックスへと入って行く。紫苑達はその言葉に従って、通行人の邪魔にならないよう道路の端により、ジョセフの電話が終わるまで待機することになった。
「よぉ、そこのデカい兄ちゃん!」
「……ん?」
しばらくそこで待っていると、後ろの方から陽気な声が降ってくる。いきなり話しかけられた承太郎達が何だというように振り向くと、そこには笑顔の店主がいた。店の看板を見ると『河畔粥』と書かれており、メニューにはたくさんのお粥の写真が載っている。
「あんたら観光客かい?どうだいお粥、香港に来たら天津かお粥食べなくちゃあ。ホットコーラもあるでよ!」
お粥屋の店主はそう言うと、店の商品をこれでもかと言うほど勧めてくる。メニューに載っている美味しそうな写真と食欲をそそるいい香りに、紫苑は思わずお腹を擦った。何せ先程まで乗っていた飛行機で機内食を食べた後から食べ物を一切口にしていないので、とてもお腹が空いているのだ。紫苑としては美味しそうだし是非食べたいと思っているが、今電話しているジョセフがもしかしたらお店を予約しているかもしれない。迂闊に食べるのもなぁとも思い紫苑がどうしようかと思案していると、隣にいた花京院が口を開いた。
「お粥か、悪くない。知っているかJOJO、日本とは違って、香港では主食としてお粥を食べることが多いんだ」
花京院の説明に紫苑は「へぇ」と漏らし、その知識に感心する。彼は家族でエジプト旅行へ行ったことがあるようだし、香港にも来たことがあるのかもしれない。
「じゃあ、ぼくはポピュラーなピータンと豚肉のお粥を貰おうかな。翠川さんはどうします?」
「ええと、じゃあ私も……」
「おおい!!お前ら何を食おうとしとるんじゃ。これからわしの馴染みの店に行こうというのに」
花京院に習って紫苑も同じものを注文をしようと口を開いたところで、電話を終えたジョセフに大声で話しかけられる。ぬしぬしと大股で店の方へと近づいてくるジョセフを見て売るチャンスだと思ったのだろうか、店主はウキウキとした声でジョセフにも商品を勧め始める。
「おっ、そこのダンディな旦那!香港名物ホットコーラはいかがですかな?」
「ホットォ!?コーラは冷たいモンと相場が決まっとるんじゃ!」
拳を握りオーバリアクションをしながらジョセフが声を荒げる。どうやらジョセフは温かいコーラはあまり好きではないようだ。紫苑もあったかいコーラは飲んだことがないが、アレは確かに冷たいほうが美味しいだろうな、とジョセフの様子を見ながらぼんやり考えた。
「おいじじい、どこに電話していた?」
未だぐぬぬ……としかめっ面で店主を見つめているジョセフに承太郎が問いかける。するとジョセフは途端に真剣な表情になり、静かな声で話し始めた。
「んん?ああ、詳しいことは店に行ってから説明するが……この先、安全かつ最短の距離でエジプトへ到達するには色々策を講じなければならんということだ」
「それで……策、って何でしょう?」
「ジョースターさん、我々はもう一般人の犠牲を出すわけにはいきません。最短とはいえど、飛行機の使用は……」
紫苑達はジョセフの馴染みの店である高級中華料理屋に入り、そこで腹ごしらえと共に今後の方針について話し合っていた。
ジョセフの言う策とはどんなものなのか想像つかない紫苑はポツリと疑問の言葉をこぼす。それに続けて紫苑の左隣に座っているアヴドゥルが念を押すように飛行機の使用を控えるよう言うと、ジョセフは両肘を机の上に立て、口元で両手を組みながら剣呑な表情で話し始める。
「確かに、我々はもう飛行機でエジプトへ向かうのは不可能になった。またあのようなスタンド使いに飛行機内で出会ったなら、今度という今度は大人数を巻き込む大惨事となるだろう。陸路か……海路をとってエジプトへ入るしかない」
「しかし、50日以内にDIOに出会わなければ……」
アヴドゥルはそこで言葉を詰らせると、キュッと握り拳を作り視線を左下に落として黙り込む。その先に続くであろう言葉は、この場にいる全員が理解していた。50日以内にDIOに出会わなければ、ホリィの命が危ない。迫るタイムリミットに、一行の間に重苦しい雰囲気が漂う。
「あの飛行機なら今頃はカイロに着いているものを……」
歯噛みする花京院の言葉で、皆の表情に悔しさともどかしさが滲み出る。紫苑も、あの時飛行機内に刺客が居ることにもっと早く気がつけていれば……と心の中でやるせない気持ちになっていた。
「……分かっている。しかし、案ずるのはまだ早い」
「……え?」
すると先程まで小難しい顔をしていたジョセフが突然、この重苦しい空気を吹き飛ばすかのように急に明るい声を上げ、おちゃめにウインクをした。
「百年前のジュールベルヌの小説では80日間で世界一周4万キロを旅する話がある。汽車とか蒸気船の時代にだぞ。飛行機でなくても50日もあれば1万キロのエジプトまでわけなくいけるさ」
皆を安心させるようにそう言うと、ジョセフは懐から地図を取り出してテーブルの上に広げ、現在地である香港のあたりに指をトンと置いた。
「そこでルートだが、わしは海路を行くのを提案する。適当な大きさの船をチャーターし、マレーシア半島をまわってインド洋を突っ切る……いわば『海のシルクロード』を行くのだ」
「私もそれがいいと思う。陸は国境が面倒だし、ヒマラヤや砂漠があってもしもトラブッたら足止めをくらう危険がいっぱいだ」
年長者二人から具体的な代替案が出てきたことにより、希望が見え始めて場の空気が明るくなってゆく。ジョセフは自分の案に賛同したアヴドゥルと目を合わせ静かに頷くと、紫苑達の方へ顔を向け「君達はどう思うかね?」と訪ねた。
「私はそんな所両方とも行ったことが無いのでなんとも言えない。お二人に従うよ」
「私も海外の事には疎いので……お二人の提案に従います」
「同じく」
花京院がジョセフ達の案に従うことを伝えると、紫苑と承太郎もそれに続いて同意する。海外旅行に行ったことがなく、他に思い当たる案もない紫苑にとって、ジョセフの案を却下する理由はなかった。大まかにではあるが、今後の方針が決まったことにより安堵した紫苑はふっと肩の力を抜く。
「だがやはり一番の危険はDIOの差し向けてくる『スタンド使い』だ。いかにして見つからずにエジプトに潜り込むか……」
ジョセフがそう言い顎に手を当てて考えている横で、紫苑の右隣に座っている花京院がカチャリと茶びんの蓋を持ち上げたかと思うと、元の位置から少しずらした場所に置きなおした。一体何をしているのだろうと疑問に思った紫苑が首を傾げてその光景を見ていると、視線に気がついた花京院が紫苑の方に振り向いた。
「フフ、これはお茶のおかわりを欲しいのサインですよ。香港では茶びんの蓋をずらして置いておくとおかわりを持ってきてくれるんです」
すると店の奥から可愛らしいチャイナドレスを着た店員がやってきて、花京院の茶碗にお茶を注ぎ始める。
「また、人にお茶をお茶碗に注いでもらった時は人差し指でトントンと2回テーブルを叩く。これがありがとうのサインです」
花京院がテーブルを指先でトントンと叩くと、お茶を注いでくれた店員が軽く会釈をしてまた店の奥へと去ってゆく。
「へぇ……花京院くん、色んな事を知ってるんですね」
「両親が旅行好きでね。前に香港へ行ったときに教えてもらったんです」
「凄い……!他にもこういったサインとかあるんですか?」
「ええ、ありますよ。例えば……」
異国の文化に触れる機会なんて中々なかった紫苑は、目をキラキラさせながら花京院の話を聞き始める。そうやって2人で話に花を咲かせていると、急に「すみません、少しいいですか?」という声とともに誰かにトントンと肩を叩かれた。誰だろうかと思いながら声のする方へと振り向くと、そこには片手にメニューを持ち銀色の髪の毛を真っ直ぐに逆立てた男が、眉を下げ困った表情で立っていた。
「ええと……どうかされましたか?」
紫苑がそう訊ねると、目の前の男は少し屈んで紫苑の右手をうやうやしく取り懇願するような表情になる。
「美しいマドモアゼル、私はフランスから来た旅行者なのですがどうも漢字が難しくてメニューがわからないのです。助けてほしいのですが……」
「え、マド……?えっ?」
「……すみません、彼女が困ってますから手を離して頂いても?」
「ああ、すまない!怖がらせてしまったかな?」
突然距離を詰められ困惑する紫苑。その様子を見た花京院は、未だ紫苑の手を握ったままでいるフランス人の腕を掴むと、苦笑いを浮かべながら手を離すように言う。すると男はパッと手を離し両手を上げ、その手をひらひらさせながら申し訳無さそうに謝罪した。
「やかましい!向こうへ行け」
「おいおい承太郎……まあいいじゃあないか」
承太郎はいきなり入ってきた部外者がうっとおしく感じたのだろうか、彼を睨みつけながら言外にほかを当たりなと言い放つ。ジョセフはそんな承太郎を咎めると、立ったままのフランス人の方を見て「困っているのだろう?ここに座るといい」と言い朗らかな笑みを浮かべながら自分の隣の空いているスペースを指差す。そして彼からメニューを受け取るとパラパラとめくり始めた。
「わしゃ何度も香港は来とるからメニューくらいの漢字はだいたいわかる。……で、何を注文したい?……エビとアヒルとフカのヒレとキノコの料理?」
フランス人が席に着いたのを確認してからジョセフが皆の食べたいものを聞き取ると、右手を挙げて店員を呼び出し「コレとコレと……あとコレも貰おうかな」とメニューを指差しながら注文をし始める。
「花京院くん、さっきはありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
紫苑が花京院に先程助けてくれたお礼を言うと、花京院はにこやかに手を振った。そんなやり取りをしつつ、紫苑はこのあと出てくる料理は一体どんな味なのだろうかと心を踊らせた。
注文してからしばらく経ち、料理が運ばれてくる。店員の手によってテーブルの上に置かれていったのは、貝料理に魚料理にお粥、そしてカエルの丸焼き。机上に出された料理は、何故かジョセフが先程言っていたものとはどれも異なっていた。
「牛肉と魚と貝と……カエルの料理に見えますが……」
「カエル……」
「確かに、全然違いますね……」
「こうなるだろうと思ってたぜ……」
想像していたものとは全く違う料理、しかも一部は普段食べないような生き物を使っている料理が目前に置かれ一同は唖然とする。ジョセフの隣に座っているフランス人の男に至ってはぽかんと口を開けたまま固まっており、まさに開いた口が塞がらないようであった。
「わははははは!ま、いいじゃあないか、わしのおごりだ!何を注文しても結構うまいものよ!さ、みんなで食べよう」
ジョセフは気を取り直すように大きな笑い声を上げると、率先していそいそと料理を小皿に取り分け始める。始めはただその様子を見ていただけだった承太郎達も、まぁ出されてしまったものはしょうがないと腹をくくり、それぞれ意を決して料理に手を付け始める。
そんな中、紫苑はどれを先に食べようか少し迷っておりまだ料理に手を付けられないでいた。周囲を見渡してみると花京院は貝料理、アヴドゥルは魚料理、承太郎は牛肉のお粥を自分の皿によそっているのが見える。そうしたらまだ誰も手を付けていないカエルの丸焼きを食べてみようかなと思った紫苑は、こんがりと焼かれたカエル一匹を自分の皿にのせた。
「翠川さんは……それ、食べるんですか?」
「え、はい。この料理を食べる人誰もいないみたいだから、どんな味なのか気になって」
皆がさり気なく避けていたカエルの丸焼きを食べようとしている紫苑に気がついた花京院が、若干引いたように話しかけてくる。それに対して紫苑はけろりとした顔で答えると、早速丸焼きになっているカエルを箸で掴みお腹のあたりにかぶりついた。パリッという小気味よい音と共に、口の中に肉汁が溢れ出す。特にくさみなどもなく肉自体の味はあっさりとしており、またその淡白な味は濃いめのタレとの相性も抜群であった。
「……ん、美味しい!」
「おお!これは……!」
「……うむ!」
思っていたよりも断然美味しいその味に、紫苑は顔をほころばせる。そんな紫苑に続いて花京院やアヴドゥルも恐る恐るといった様子で料理を口に運ぶが、意外と美味しかったのか、2人はそれぞれ感嘆の声を上げていた。承太郎は終始無言ではあったものの、料理を口へと運ぶ手を休めることのない様子から味には満足している事が伺える。
「翠川さん、君の食べたそれはどんな味なんです?」
「お肉自体は鶏肉みたいな味ですね。意外とあっさりとしてます」
「なるほど……手羽先みたいな感じなのかな」
「そんな感じですね。花京院くんも後で食べてみたらどうですか?意外といけますよ」
花京院は興味深そうに紫苑の食べているカエルを見つめている。皆がなんだかんだ言いながら美味しそうに食べている光景を見たジョセフは「どうじゃ、美味いモンだろう!」と言いながら笑い声を上げていた。
「おおこれは!手間ひまかけてこさえてありますなぁ。」
皆が思い思いに食事を摂る中、男は付け合わせの野菜の中から星の形にくり抜かれた人参を箸で器用につまみとった。
「ほら、この人参の形……
「ッ!!」
男は星型の人参を目前に掲げ、わざとらしく『見覚えがある』などと言いながら承太郎達の目の前でちらつかせる。その行動に一行は息を呑み、緊張感が走った。
「そうそう、わたしの知り合いが首筋にコレと同じ形のアザを持っていたな……」
「貴様、新手のッ!」
男の確信的な物言いに花京院が叫び、場には更に緊迫した空気が流れる。ここまで白状していれば『自分は刺客である』と言っているのと同じようなものだ。何処から何を仕掛けてくるのだろうか。そう考えながら紫苑が男の挙動を見逃さないようにジッと見つめていると、男はニヤリと笑いながら星型にくり抜かれた人参を自分の首筋にぺたりと貼り付けた。
すると突然、男とジョセフの間に置かれていたお粥がブクブクと異様な音を立てながら沸騰したかと思うと、次の瞬間お粥の中から銀色に鈍く光るレイピアが飛び出した。
「ジョースターさん危ないッ!」
「スタンドだッ!」
アヴドゥルがいち早く声を上げたものの、突如現れたレイピアはヒュンヒュンと空気を切り裂いた後ジョセフの左手ヘと突き刺さった。この通常ではありえない光景に、ジョセフは目の前の男がスタンド使いであることを悟る。
「『
アヴドゥルはジョセフに突き刺さったレイピアを退ける為テーブルを思い切りひっくり返すと、攻撃の構えを取り己のスタンドを呼び出す。そして続けざまに男のスタンド目掛けて炎を解き放った。
それを見た男が「ケッ!」と笑うと、男のスタンドが円を描くようにしてレイピアを素早く振り、マジシャンズレッドの炎を絡め取った。
「なにッ!」
「炎を、剣で絡め取った!?そんなことできるの……!?」
攻撃が無効化され、驚きの声を上げるアヴドゥル。剣では炎に太刀打ちできないだろうと思っていた紫苑も、そんな考えを覆すようなこの光景に目を見開いた。マジシャンズレッドの放った炎は、男のスタンドの持つ剣身にとぐろを巻くようにして巻き付いている。そしてスタンドが剣を一振りすると、巻き付いていた炎が横倒しになっているテーブル目掛けて飛んでいき、テーブルは火時計へと変貌した。その見事な剣さばきに、紫苑達は思わず冷や汗をかく。
「俺のスタンドは戦車のカードを持つ『
シルバーチャリオッツが剣の切っ先をアヴドゥルへと向け、声高らかに宣戦布告をする。戦いを挑まれたアヴドゥルは険しい表情のままほんの数秒考えを巡らせたあと、ゆっくりと口を開いた。
「恐るべき剣さばき……見事なものだが、テーブルの炎が『12』を燃やすまでにこの私を倒すだと?相当うぬぼれがすぎないか?ああーっと……」
「ポルナレフ……名乗らして頂こう、
「
アヴドゥルが人差し指を上げヒュンと横に振る。するとボォォン……という鈍い音とともにテーブルが大きく燃え上がり、そのテーブルの下半分だけが燃やし尽くされた。
「ムッシュ・ポルナレフ、私の炎が常に自然通り常に上の方や風下へ燃えていくと考えないでいただきたい。炎を自在に操れるからこそ『
マジシャンズレッドの放った炎から飛び散った火の粉があたり一面に舞う。そんな中ポルナレフは剣先を地面に突き刺すと、持ち手の部分に肘を掛けながら話し始めた。
「フム……この世の始まりは炎に包まれていた。さすが始まりを暗示し、始まりである炎を操る『
そう言ってポルナレフは懐から5枚のコインを取り出し、手のひらに乗せて見せる。
「うぬぼれだとッ!!」
その声とともに勢いよくコインを空中へと投げると、シルバーチャリオッツが目にも留まらぬ速さでコイン目掛けて剣を一突きする。その後ゆっくりとした動きで見せびらかすようにアヴドゥルの目前に剣を掲げた。その剣の切っ先には、先程投げたコインすべてが突き刺さっていた。
「コイン5つをたったの一突き!重なり合った一瞬を貫いた!」
「いや、よーく見てみろ……」
驚愕の声を上げるジョセフに対し、承太郎はもっとよく見てみろと言わんばかりに目線を剣先へと向ける。紫苑も承太郎の視線の先を辿り目を凝らしてよく見てみると、先程は俊敏な動きに翻弄されてわからなかったが、すべてのコインとコインとの間にマジシャンズレッドの炎が挟まれている事に気がついた。
「う……う、なるほど。コインとコインの間に火炎をも取り込んでいる」
「そんな……コイン5枚を一突きで全部取るのだって難しいのに……!」
ただコインを一突きするだけでなく間に炎をも取り込むという人並み外れた芸当を見せつけられ、一行は更に表情を険しくさせた。アヴドゥルに至っては動揺した様子で唸り声を上げている。
「これがどういう意味を持つかわかったようだな。うぬぼれではない……私のスタンドは自由自在に炎をも切断できるということだ……フフ……空気を裂き、空と空の間に溝を作れるということだ……つまり、貴様の炎は私の『
シルバーチャリオッツは剣を大きく振り、突き刺さっていたコインと炎を振り落とすとスッと姿を消した。チャリンと音を立ててコインが床に転がる。その音が耳に入った紫苑は、反射的にコインを目で追う。すると突如、背後のドアが開かれる音がした。急いで振り返ると、先程まで正面にいたはずのポルナレフがこちらに背を向けてドアを開いているのが見えた。
「いつの間にッ!」
アヴドゥルが声を上げると、ポルナレフは顔だけ振り向いてこちらを見つめる。
「俺のスタンド……『
ポルナレフはそこで一息つくと、扉の外へと出る。そして大きな声でこう言い放った。
「全員表へ出ろ!順番に切り裂いてやる!」