エジプトまでの道程編
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カルカッタの中心部から少し離れた所にある大きな病院。SPW財団の経営するその病院に運ばれたアヴドゥルは何とか一命を取り留め、更に紫苑の治療の効果もあってかすぐに意識を取り戻した。
処置も終わり集中治療室から一般病床の個室へと移動した後、看護師や医師達によるバイタルチェックが行われていく。そして検査の結果、アヴドゥルの身体機能に問題はないと判断されたため面会の許可が降りた。その報告を受けたジョセフは待合室にいた承太郎と紫苑を呼び寄せると、共にアヴドゥルの病室へと向かう。そして205号室と書かれた部屋の前まで来ると、綺麗に磨かれた白い扉を2度ノックした。
「アヴドゥル、居るか。ジョセフだ。今入っても平気かね」
「ジョースターさんですか。どうぞ」
ガラリと音を立てて室内に入ると、ベットから身体を起こしているアヴドゥルの姿があった。入院着を着たアヴドゥルの額には痛々しく包帯が巻かれており、いつもよりもほんの少しだけ顔色が悪いようだった。
「身体に大事はないか?」
「問題ありません。今はまだ少し貧血気味ですが、すぐにそれも回復するでしょう」
「本当に無事で良かったです。倒れている姿を見たときはとても肝が冷えたので……」
「君たちにも心配をかけてすまなかった。……いや、ここは助けてくれてありがとう、の方が正しいか」
そう言ってアヴドゥルは額に巻かれた包帯を擦ると、ベッド脇に立つ紫苑と承太郎を交互に見つめた。
「吊られた男 に背中を刺された拍子に身体がのけ反ったお陰で弾丸の直撃を免れたとは言え、かなりの出血をしてしまっていた。早めに見つけて貰えなかったらどうなっていたかわからなかったし、紫苑の治療がなかったらこんなに早く目覚める事も出来なかっただろう。……改めて礼を言う」
「いえ、そんな……」
「……早く怪我を治すんだな」
「ハハ、そうさせてもらうさ」
恐縮したように縮こまる紫苑とぶっきらぼうに返す承太郎に対して、アヴドゥルは朗らかな笑みを浮かべながらおかしそうに肩を揺らす。そんな彼らの様子を見たジョセフは満足気に頷くと、「さて、」と声を発して皆の注目を集めた。
「こうして皆に集まってもらったのは、アヴドゥルの今後の動きについて話しておきたかったからだ」
「傷が癒え次第、花京院達と合流するんじゃあなかったのか」
「始めはそうしようと思っておったんじゃが……ちょいとイイコトを思いついてな?」
ジョセフはニヤリと口角を上げながら人差し指をピンと立ててウインクする。それを見た承太郎がわずかに眉間に皺を寄せると、ジョセフは慌てて仕切り直すように一つ咳払いをした。
「実はな……アヴドゥルはあと一歩の所で助からず死亡したということにし、それを利用して怪しまれる事なく別行動をとってもらおうと思っとるんじゃ」
「何?」
「どういうことですか?」
ジョセフの発言を聞いた承太郎は訝しげに片眉を上げ、紫苑は不思議そうに首を傾げた。言葉は発さないもののアヴドゥルも同様に疑問を呈したような表情をしていたが、すぐに気を持ち直すとジョセフに視線で続きを促す。それを受けたジョセフはうむ、と頷いて言葉を続けた。
「順を追って話そう。まず、これから先は暫く陸路で進んで行くんだが……エジプトに上陸する際には海路で行こうと思っている。公共の船を乗り継いでも良いんじゃが、何せ時間がかかってしまうし、海上だと力 のような襲撃を受ける可能性もある。そこで、潜水艦を買って乗ろうと思った」
「潜水艦、ですか?」
紫苑はそう言って不思議そうに首を傾げる。するとアヴドゥルは顎に手をあてながら考え込んだ後、ジョセフの方へと顔を向けながらこう答えた。
「……なるほど、海の中に潜ってしまえばそう簡単に襲撃出来ないだろうという事ですね」
「そうじゃアヴドゥル。話が早いな」
アヴドゥルの発言に対し、腕を組みながら頷くジョセフ。そんな中、潜水艦を買うなどといった規格外の話についていけない紫苑は、潜水艦はいくらぐらいするんだろうかなどといったどうでもいい事をぼんやりと考えた。
「だがしかし、わしが普通に潜水艦を手配したり購入したりすればすぐにヤツらにバレてしまう。そこでだ。死んだ事になっているアヴドゥルにアラブの富豪に化けてもらい、潜水艦を購入してもらおうという算段だ。……頼めるか、アヴドゥル」
「ええ、もちろんです。上手く演じてみせますよ」
そう言うとアヴドゥルは楽しみでたまらないといったように笑ってみせる。それを聞いたジョセフは「決まりじゃな!」と笑うと具体的な作戦についてアヴドゥルと話し始めた。初めの方は真面目に段取りを話し合っていた二人だったが、段々と面白くなってきたのか話の内容がふざけたものに変わっていった。そんな彼ら二人の話を黙って聞く承太郎と紫苑。すると丁度話し合いのキリが良くなった所で、承太郎がおもむろに口を開いた。
「花京院とポルナレフにはいつこのことを伝えるんだ」
「敵の居ない時を見計らってこっそり伝えるいうことになるだろう。だがしかし……花京院は大丈夫だと思うんだが、ポルナレフがなぁ……事実を伝えたらうっかり口を滑らせそうで怖いわい」
「ポルナレフもそうだが翠川。てめーはウソとかつけるタイプなのか?」
「え?」
ぼんやりとしていた所にいきなり話しかけられた紫苑は慌てて脳をフル稼働させ、承太郎達の会話を反芻する。そして暗に「お前演技できるのか」と心配されている事に気がつくと、ギクリとした表情でうろうろと視線を彷徨わせた。
「う、うーん、どうでしょう……アヴドゥルさんの話をするたびに泣くとか……?でも嘘泣きなんてやったことないし……」
「1回目はまだいいが、毎回はあからさま過ぎるんじゃあないか……?」
「そうじゃのぉ……」
「……てめーは黙って俯いてる事だな」
「そうします……」
紫苑が苦し紛れに考えた演技の案に、戸惑いの表情を浮かべるアヴドゥルとジョセフ。そんな紫苑を見かねた承太郎がため息混じりに一番マシな方法を提案すると、紫苑はガックリと肩を落としながら同意した。
ジョセフは苦笑いを浮かべながらも「そんな落ち込む事はない」と言い紫苑を励ます。そして壁に掛かっている時計をちらりと見て、考えるように顎に手を当てた。
「うむ……そろそろここを出るか。ポルナレフと花京院とは早めに合流した方が良いだろうからな。……それではアヴドゥル、先程言ったように今後の連絡はSPW財団を通して行っていく。くれぐれも無理はせんようにな」
「わかりました。任せてください」
ジョセフの言葉に対し、アヴドゥルは胸を叩いて答える。それを見たジョセフは真面目な表情で頷くと、踵を返し承太郎と紫苑を引き連れて病室をあとにした。
再びカルカッタの町中に戻ってきたジョセフ達は、町の人に聞き込みを行いつつ仲間の行方を追った。そうして暫く情報を聞いて回っていると、近くの大通りで血だらけの男と緑色の服を着た男が、テンガロンハットを被った男と言い争っているという情報が手に入った。アヴドゥルから敵の容姿を聞いていた事もあり、彼らがまさに自分達が探している人物だと確信したジョセフ達は足早にその現場へと向かう。そして丁度大通りに出ようとしたところで、紫苑の前を走っていた承太郎が、いきなり止まれと言わんばかりに紫苑の事を手で制した。
「誰か来るぜ」
「そのようじゃな」
「花京院くん達でしょうか?」
「うむ……一人が走り出した後、それを追いかけるようにして二人分の足音が聞こえてきた。恐らく、アヴドゥルの言っていたホル・ホースという男とポルナレフ達のものだろう。そして先に走り出したのはホル・ホースの方だろうな」
ジョセフがそう言うと、承太郎はグッと拳を握り気配を伺い始める。紫苑もそれに習って耳を澄ますと、左の方からザッザッザッと乾いた土の上を走る音が聞こえてきた。その音は段々と大きくなり、紫苑達の方へと近づいてくる。そして誰かが路地に曲がり込んで来たのが紫苑の視界に入った途端、承太郎が間髪入れずにその人に殴りかかった。
「何ッ!!グビャーッ!」
「……ああ!ジョースターさん!承太郎!翠川さんも!」
大通りから飛び出して来たのはジョセフの予想通りホル・ホースだった。承太郎に顔面を思い切り殴られたホル・ホースは、カエルが潰れたような悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。そしてその後ろから息を切らせた花京院とポルナレフがやってきて、花京院は承太郎達を見つけると上ずった声で名前を呼んだ。
名前を呼ばれた承太郎達は神妙な面持ちで花京院とポルナレフに視線を向ける。そして承太郎と紫苑が無言で顔を伏せると、ジョセフが一歩前に出て静かに口を開いた。
「……アヴドゥルのことは既に知っている。彼の遺体は簡素ではあるが埋葬してきたよ」
「……」
ジョセフの言葉を聞いたポルナレフと花京院は数秒息を呑んだあと、悔しそうな表情を見せる。そしてポルナレフはバッと地面に這いつくばっているホル・ホースの方を向き、彼を思い切り睨みつけた。その視線に気がついたホル・ホースは情けない声を漏らしながらズリズリと後ろに下がる。そんなホル・ホースをさらに追い詰めるかのように、承太郎達は一斉にホル・ホースの目の前に立ち塞がった。
「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは両右手の男だが、直接の死因はこのホル・ホースの『弾丸』だ……この男をどうする?」
「俺が判決を言うぜ」
花京院の問に対し即座に声を上げたポルナレフは険しい表情でホル・ホースへと近づいていく。
「死刑!」
そして高らかにそう宣言してシルバーチャリオッツを出した途端――横から飛び出して来た女にタックルされ、バランスを崩した。
「うおッ!」
「お逃げください!ホル・ホース様!」
「!」
「な!何だあーッこの女はッ!」
ポルナレフを羽交い締めにしているのは、頭に布を被り、耳には大きなリング、額には赤い印を付けた、褐色肌の美しい女性であった。その女性は困惑した表情でもがくポルナレフを全力で抑え込んでいる。そして呆気にとられたような顔のホル・ホースに対し懇願するような視線を向けると、さらに言葉を続けた。
「ホル・ホース様!わたくしには事情は良くわかりませぬが、あなたの身をいつも案じておりまする!それがわたくしの生きがい!お逃げください、早く!」
「このアマ、離せッ!何考えてんだぁ!……承太郎!花京院!ホル・ホースを逃がすなよ!」
「……もう遅い」
「えっ?……あっ」
ポルナレフと女性が取っ組み合っている間に、ホル・ホースはどこからともなく馬を呼び寄せて騎乗していた。驚きに目を見開いているポルナレフを尻目に馬が鳴き声を上げ、そしてホル・ホースは勝ち誇ったような笑みで女性に話しかける。
「よく言ってくれたベイビー!おめーの気持ち、ありがたく受け取って生き延びるぜ!」
そして勢いよく手綱を引き、承太郎達の反対方向へと馬で駆けていった。
「逃げるのはおめーを愛しているからだぜベイビー!永遠 にな!」
「野郎!待ちやがれッ!」
ホル・ホースの捨て台詞を聞いたポルナレフは悔しげに顔を歪めると、女性が巻き付いているのを気にも止めずに力ずくで立ち上がり、ホル・ホースが逃げた方向へと歩き出す。女性はポルナレフを逃さないようにと必死に縋り付くが、やはり力の差は埋められず、歩き出したポルナレフに引きずられるような形になっていた。
「ああ……!」
「『ああ』じゃねえッ!このアマ!」
それでもなお進もうとするポルナレフと、意地でもポルナレフを放そうとしない女性。その為、引きずられている女性の腕は擦り傷だらけで血が出ており、それを見かねたジョセフがポルナレフに声をかけた。
「ポルナレフ、その女性も利用されている一人にすぎん。それにヤツはもう戦う意志はなかった。かまっている暇はない!」
そう言うとジョセフはハンカチを取り出して丁度いい大きさに引き裂き、怪我をした女性の隣にしゃがみこんで手当を行い始める。
「アヴドゥルはもういない……しかし先を急がねばならんのだ……。もう既に日本を出て15日が過ぎている」
ジョセフがそう言いながら布をキュッと結び、ポルナレフを見上げる。ジョセフの言葉を神妙な面持ちで聞いていたポルナレフだったが、やがて天を仰ぎ一つ深呼吸をすると「まぁ、しょうがねぇ」と呟いて歩き出した。
「さぁ、エジプトへの旅を再開しようぜ。いいか、DIOを倒すにはよ、皆の心を一つにするんだぜ。一人でも勝手なことをするとよ、やつらはそこにつけ込んでくるからよ。いいなッ!」
くるりと承太郎達の方を振り返りながら説法を説くようにペラペラと話すポルナレフ。そんなポルナレフの様子に承太郎や花京院、紫苑は呆れたように笑い、ジョセフはお前が言うなよと言わんばかりに指を差した。
「先を急ごうぜッ!」
「はぁ……全く」
「切り替えが早いですね」
「やれやれだぜ」
「ポルナレフらしいな」
意気揚々と歩き出すポルナレフに対し、承太郎達は三者三様の反応を示しながらも何処か安心したかのような表情で後を追いかける。するとポルナレフがあ、と声を上げ、くるりと振り向いて紫苑を見た。
「そういやよ紫苑、おめー大丈夫だったか?」
「え?どういうこと?」
紫苑がまるで心当たりが無いと言わんばかりに首を傾げると、ポルナレフはパチパチと目を瞬かせた後、花京院と目を合わせる。そして二人揃って微妙な表情を浮かべると、再び紫苑の方へ向き直った。
「ホル・ホースと対峙した時、アイツが言ったんだよ。『例の紅一点はいねぇのか。上手く分断できてこちらとしちゃあラッキーだが……可哀想に、あの女にあんなに恨まれてちゃあロクな死に方できねーだろーなァ』ってな」
「それを聞いて、きみを個人的に狙っているヤツがいるんじゃあないかって思ったんだ。ぼくと承太郎は翠川さんを待たずにポルナレフを探しに出てしまっていたから、もしかして一人でいる所を襲われてやしないかと思ってね……大丈夫だったかい?」
そう言って心配そうに紫苑を見るポルナレフと花京院。そんな二人の話を聞いてレイラの事を思い出した紫苑は、納得したように手を叩いた。
「ああ、多分彼女かな……襲われはしたけど、ジョースターさんも一緒だったし、最終的には先輩が殴って気絶させてくれてたから平気だったよ」
「そうか。なら良かった」
花京院は紫苑の返答を聞くと、緊張が解けたかのように柔らかい笑みを浮かべた。ポルナレフもはじめはからりと笑っていたが、何故か急に面白いものを見つけたかのようにニヤニヤしだすと、花京院の肩を組み口を開いた。
「そういえば花京院、お前ホル・ホースが紫苑の事を大したことないヤツって言った時、すげー怒ってたよな。あの返事にはしびれたぜ~」
「……ポルナレフ、別にそれは言わなくてもいい事だろう」
「なんて返したの?」
「翠川さんも興味を持たなくていい……!」
「なんとだな……『翠川さんを見くびっていると、痛い目を見ることになるぞ。彼女は……強い』だってよ!いやーカッコいいぜ!」
ポルナレフが拳を握りしめながら感涙にむせぶ。そんなポルナレフに肩を組まれている花京院はじっとりとした目線をポルナレフに向けつつ、少し居心地が悪そうにしながら気まずそうに頬を染める。そして暫くキョロキョロと視線を彷徨わせたかと思うと、困ったような表情で紫苑を見た。
紫苑はそんな花京院をきょとんとした顔で見ていたが、やがて堪えきれないといったふうにクスクスと笑い、照れたように頬を掻いた。
「あはは、なんかちょっと照れるけど……そう言い返してくれて嬉しいな。ありがとう」
「いや……そう思ってくれたなら良かったよ」
「ま、言いはしなかったが俺だってお前がそう安々とやられるタマじゃあねーって事くらいわかってたぜ。なんたって俺たちが寝てる間、たった一人で刺客を返り討ちにした経歴もあるんだからな!」
「ポルナレフもありがとう。次ホル・ホースにあったらギャフンと言わせてやりたいね。……あ、そうだ。そういえば私新しい事できるようになったんだよね」
「お、何だ何だ?」
「うーん、そうだなぁ…………!」
そう言って紫苑は何かを探すようにして周りを見渡していたが、後ろを振り向いた途端ほんの僅かに動きを止め、言葉を詰まらせた。しかしすぐにポルナレフ達の方へ向き直ると、違和感をおくびにも出さずに言葉を続けた。
「今は丁度いいものが無いし、今日泊まるホテルに着いた時にでも見せてあげるよ」
「……そうか。それじゃあ仕方がないな。今度見れるのを楽しみにしておくよ」
「何だここでお預けかよ……ま、仕方ねえ。ホテル着いたら絶対見せろよな、忘れんなよ!」
「わかってるって」
「それよりポルナレフ、肩を組むのをやめてくれないか……歩きづらいぞ」
「良いじゃあねーか、一緒に戦った仲だろ?」
「全く……」
ポルナレフは花京院と肩を組んだままビシッと紫苑の事を指差して念を押す。それに対して紫苑は笑顔で返事をし、無理矢理肩を組まれている花京院は呆れたような表情を浮かべた。そしてその後ろを、ジョセフと承太郎が黙ってついて歩く。
そんな彼らの後ろ姿を、手当された女性は地べたに座りながら、ただじっと見つめていた。
処置も終わり集中治療室から一般病床の個室へと移動した後、看護師や医師達によるバイタルチェックが行われていく。そして検査の結果、アヴドゥルの身体機能に問題はないと判断されたため面会の許可が降りた。その報告を受けたジョセフは待合室にいた承太郎と紫苑を呼び寄せると、共にアヴドゥルの病室へと向かう。そして205号室と書かれた部屋の前まで来ると、綺麗に磨かれた白い扉を2度ノックした。
「アヴドゥル、居るか。ジョセフだ。今入っても平気かね」
「ジョースターさんですか。どうぞ」
ガラリと音を立てて室内に入ると、ベットから身体を起こしているアヴドゥルの姿があった。入院着を着たアヴドゥルの額には痛々しく包帯が巻かれており、いつもよりもほんの少しだけ顔色が悪いようだった。
「身体に大事はないか?」
「問題ありません。今はまだ少し貧血気味ですが、すぐにそれも回復するでしょう」
「本当に無事で良かったです。倒れている姿を見たときはとても肝が冷えたので……」
「君たちにも心配をかけてすまなかった。……いや、ここは助けてくれてありがとう、の方が正しいか」
そう言ってアヴドゥルは額に巻かれた包帯を擦ると、ベッド脇に立つ紫苑と承太郎を交互に見つめた。
「
「いえ、そんな……」
「……早く怪我を治すんだな」
「ハハ、そうさせてもらうさ」
恐縮したように縮こまる紫苑とぶっきらぼうに返す承太郎に対して、アヴドゥルは朗らかな笑みを浮かべながらおかしそうに肩を揺らす。そんな彼らの様子を見たジョセフは満足気に頷くと、「さて、」と声を発して皆の注目を集めた。
「こうして皆に集まってもらったのは、アヴドゥルの今後の動きについて話しておきたかったからだ」
「傷が癒え次第、花京院達と合流するんじゃあなかったのか」
「始めはそうしようと思っておったんじゃが……ちょいとイイコトを思いついてな?」
ジョセフはニヤリと口角を上げながら人差し指をピンと立ててウインクする。それを見た承太郎がわずかに眉間に皺を寄せると、ジョセフは慌てて仕切り直すように一つ咳払いをした。
「実はな……アヴドゥルはあと一歩の所で助からず死亡したということにし、それを利用して怪しまれる事なく別行動をとってもらおうと思っとるんじゃ」
「何?」
「どういうことですか?」
ジョセフの発言を聞いた承太郎は訝しげに片眉を上げ、紫苑は不思議そうに首を傾げた。言葉は発さないもののアヴドゥルも同様に疑問を呈したような表情をしていたが、すぐに気を持ち直すとジョセフに視線で続きを促す。それを受けたジョセフはうむ、と頷いて言葉を続けた。
「順を追って話そう。まず、これから先は暫く陸路で進んで行くんだが……エジプトに上陸する際には海路で行こうと思っている。公共の船を乗り継いでも良いんじゃが、何せ時間がかかってしまうし、海上だと
「潜水艦、ですか?」
紫苑はそう言って不思議そうに首を傾げる。するとアヴドゥルは顎に手をあてながら考え込んだ後、ジョセフの方へと顔を向けながらこう答えた。
「……なるほど、海の中に潜ってしまえばそう簡単に襲撃出来ないだろうという事ですね」
「そうじゃアヴドゥル。話が早いな」
アヴドゥルの発言に対し、腕を組みながら頷くジョセフ。そんな中、潜水艦を買うなどといった規格外の話についていけない紫苑は、潜水艦はいくらぐらいするんだろうかなどといったどうでもいい事をぼんやりと考えた。
「だがしかし、わしが普通に潜水艦を手配したり購入したりすればすぐにヤツらにバレてしまう。そこでだ。死んだ事になっているアヴドゥルにアラブの富豪に化けてもらい、潜水艦を購入してもらおうという算段だ。……頼めるか、アヴドゥル」
「ええ、もちろんです。上手く演じてみせますよ」
そう言うとアヴドゥルは楽しみでたまらないといったように笑ってみせる。それを聞いたジョセフは「決まりじゃな!」と笑うと具体的な作戦についてアヴドゥルと話し始めた。初めの方は真面目に段取りを話し合っていた二人だったが、段々と面白くなってきたのか話の内容がふざけたものに変わっていった。そんな彼ら二人の話を黙って聞く承太郎と紫苑。すると丁度話し合いのキリが良くなった所で、承太郎がおもむろに口を開いた。
「花京院とポルナレフにはいつこのことを伝えるんだ」
「敵の居ない時を見計らってこっそり伝えるいうことになるだろう。だがしかし……花京院は大丈夫だと思うんだが、ポルナレフがなぁ……事実を伝えたらうっかり口を滑らせそうで怖いわい」
「ポルナレフもそうだが翠川。てめーはウソとかつけるタイプなのか?」
「え?」
ぼんやりとしていた所にいきなり話しかけられた紫苑は慌てて脳をフル稼働させ、承太郎達の会話を反芻する。そして暗に「お前演技できるのか」と心配されている事に気がつくと、ギクリとした表情でうろうろと視線を彷徨わせた。
「う、うーん、どうでしょう……アヴドゥルさんの話をするたびに泣くとか……?でも嘘泣きなんてやったことないし……」
「1回目はまだいいが、毎回はあからさま過ぎるんじゃあないか……?」
「そうじゃのぉ……」
「……てめーは黙って俯いてる事だな」
「そうします……」
紫苑が苦し紛れに考えた演技の案に、戸惑いの表情を浮かべるアヴドゥルとジョセフ。そんな紫苑を見かねた承太郎がため息混じりに一番マシな方法を提案すると、紫苑はガックリと肩を落としながら同意した。
ジョセフは苦笑いを浮かべながらも「そんな落ち込む事はない」と言い紫苑を励ます。そして壁に掛かっている時計をちらりと見て、考えるように顎に手を当てた。
「うむ……そろそろここを出るか。ポルナレフと花京院とは早めに合流した方が良いだろうからな。……それではアヴドゥル、先程言ったように今後の連絡はSPW財団を通して行っていく。くれぐれも無理はせんようにな」
「わかりました。任せてください」
ジョセフの言葉に対し、アヴドゥルは胸を叩いて答える。それを見たジョセフは真面目な表情で頷くと、踵を返し承太郎と紫苑を引き連れて病室をあとにした。
再びカルカッタの町中に戻ってきたジョセフ達は、町の人に聞き込みを行いつつ仲間の行方を追った。そうして暫く情報を聞いて回っていると、近くの大通りで血だらけの男と緑色の服を着た男が、テンガロンハットを被った男と言い争っているという情報が手に入った。アヴドゥルから敵の容姿を聞いていた事もあり、彼らがまさに自分達が探している人物だと確信したジョセフ達は足早にその現場へと向かう。そして丁度大通りに出ようとしたところで、紫苑の前を走っていた承太郎が、いきなり止まれと言わんばかりに紫苑の事を手で制した。
「誰か来るぜ」
「そのようじゃな」
「花京院くん達でしょうか?」
「うむ……一人が走り出した後、それを追いかけるようにして二人分の足音が聞こえてきた。恐らく、アヴドゥルの言っていたホル・ホースという男とポルナレフ達のものだろう。そして先に走り出したのはホル・ホースの方だろうな」
ジョセフがそう言うと、承太郎はグッと拳を握り気配を伺い始める。紫苑もそれに習って耳を澄ますと、左の方からザッザッザッと乾いた土の上を走る音が聞こえてきた。その音は段々と大きくなり、紫苑達の方へと近づいてくる。そして誰かが路地に曲がり込んで来たのが紫苑の視界に入った途端、承太郎が間髪入れずにその人に殴りかかった。
「何ッ!!グビャーッ!」
「……ああ!ジョースターさん!承太郎!翠川さんも!」
大通りから飛び出して来たのはジョセフの予想通りホル・ホースだった。承太郎に顔面を思い切り殴られたホル・ホースは、カエルが潰れたような悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。そしてその後ろから息を切らせた花京院とポルナレフがやってきて、花京院は承太郎達を見つけると上ずった声で名前を呼んだ。
名前を呼ばれた承太郎達は神妙な面持ちで花京院とポルナレフに視線を向ける。そして承太郎と紫苑が無言で顔を伏せると、ジョセフが一歩前に出て静かに口を開いた。
「……アヴドゥルのことは既に知っている。彼の遺体は簡素ではあるが埋葬してきたよ」
「……」
ジョセフの言葉を聞いたポルナレフと花京院は数秒息を呑んだあと、悔しそうな表情を見せる。そしてポルナレフはバッと地面に這いつくばっているホル・ホースの方を向き、彼を思い切り睨みつけた。その視線に気がついたホル・ホースは情けない声を漏らしながらズリズリと後ろに下がる。そんなホル・ホースをさらに追い詰めるかのように、承太郎達は一斉にホル・ホースの目の前に立ち塞がった。
「卑怯にもアヴドゥルさんを後ろから刺したのは両右手の男だが、直接の死因はこのホル・ホースの『弾丸』だ……この男をどうする?」
「俺が判決を言うぜ」
花京院の問に対し即座に声を上げたポルナレフは険しい表情でホル・ホースへと近づいていく。
「死刑!」
そして高らかにそう宣言してシルバーチャリオッツを出した途端――横から飛び出して来た女にタックルされ、バランスを崩した。
「うおッ!」
「お逃げください!ホル・ホース様!」
「!」
「な!何だあーッこの女はッ!」
ポルナレフを羽交い締めにしているのは、頭に布を被り、耳には大きなリング、額には赤い印を付けた、褐色肌の美しい女性であった。その女性は困惑した表情でもがくポルナレフを全力で抑え込んでいる。そして呆気にとられたような顔のホル・ホースに対し懇願するような視線を向けると、さらに言葉を続けた。
「ホル・ホース様!わたくしには事情は良くわかりませぬが、あなたの身をいつも案じておりまする!それがわたくしの生きがい!お逃げください、早く!」
「このアマ、離せッ!何考えてんだぁ!……承太郎!花京院!ホル・ホースを逃がすなよ!」
「……もう遅い」
「えっ?……あっ」
ポルナレフと女性が取っ組み合っている間に、ホル・ホースはどこからともなく馬を呼び寄せて騎乗していた。驚きに目を見開いているポルナレフを尻目に馬が鳴き声を上げ、そしてホル・ホースは勝ち誇ったような笑みで女性に話しかける。
「よく言ってくれたベイビー!おめーの気持ち、ありがたく受け取って生き延びるぜ!」
そして勢いよく手綱を引き、承太郎達の反対方向へと馬で駆けていった。
「逃げるのはおめーを愛しているからだぜベイビー!
「野郎!待ちやがれッ!」
ホル・ホースの捨て台詞を聞いたポルナレフは悔しげに顔を歪めると、女性が巻き付いているのを気にも止めずに力ずくで立ち上がり、ホル・ホースが逃げた方向へと歩き出す。女性はポルナレフを逃さないようにと必死に縋り付くが、やはり力の差は埋められず、歩き出したポルナレフに引きずられるような形になっていた。
「ああ……!」
「『ああ』じゃねえッ!このアマ!」
それでもなお進もうとするポルナレフと、意地でもポルナレフを放そうとしない女性。その為、引きずられている女性の腕は擦り傷だらけで血が出ており、それを見かねたジョセフがポルナレフに声をかけた。
「ポルナレフ、その女性も利用されている一人にすぎん。それにヤツはもう戦う意志はなかった。かまっている暇はない!」
そう言うとジョセフはハンカチを取り出して丁度いい大きさに引き裂き、怪我をした女性の隣にしゃがみこんで手当を行い始める。
「アヴドゥルはもういない……しかし先を急がねばならんのだ……。もう既に日本を出て15日が過ぎている」
ジョセフがそう言いながら布をキュッと結び、ポルナレフを見上げる。ジョセフの言葉を神妙な面持ちで聞いていたポルナレフだったが、やがて天を仰ぎ一つ深呼吸をすると「まぁ、しょうがねぇ」と呟いて歩き出した。
「さぁ、エジプトへの旅を再開しようぜ。いいか、DIOを倒すにはよ、皆の心を一つにするんだぜ。一人でも勝手なことをするとよ、やつらはそこにつけ込んでくるからよ。いいなッ!」
くるりと承太郎達の方を振り返りながら説法を説くようにペラペラと話すポルナレフ。そんなポルナレフの様子に承太郎や花京院、紫苑は呆れたように笑い、ジョセフはお前が言うなよと言わんばかりに指を差した。
「先を急ごうぜッ!」
「はぁ……全く」
「切り替えが早いですね」
「やれやれだぜ」
「ポルナレフらしいな」
意気揚々と歩き出すポルナレフに対し、承太郎達は三者三様の反応を示しながらも何処か安心したかのような表情で後を追いかける。するとポルナレフがあ、と声を上げ、くるりと振り向いて紫苑を見た。
「そういやよ紫苑、おめー大丈夫だったか?」
「え?どういうこと?」
紫苑がまるで心当たりが無いと言わんばかりに首を傾げると、ポルナレフはパチパチと目を瞬かせた後、花京院と目を合わせる。そして二人揃って微妙な表情を浮かべると、再び紫苑の方へ向き直った。
「ホル・ホースと対峙した時、アイツが言ったんだよ。『例の紅一点はいねぇのか。上手く分断できてこちらとしちゃあラッキーだが……可哀想に、あの女にあんなに恨まれてちゃあロクな死に方できねーだろーなァ』ってな」
「それを聞いて、きみを個人的に狙っているヤツがいるんじゃあないかって思ったんだ。ぼくと承太郎は翠川さんを待たずにポルナレフを探しに出てしまっていたから、もしかして一人でいる所を襲われてやしないかと思ってね……大丈夫だったかい?」
そう言って心配そうに紫苑を見るポルナレフと花京院。そんな二人の話を聞いてレイラの事を思い出した紫苑は、納得したように手を叩いた。
「ああ、多分彼女かな……襲われはしたけど、ジョースターさんも一緒だったし、最終的には先輩が殴って気絶させてくれてたから平気だったよ」
「そうか。なら良かった」
花京院は紫苑の返答を聞くと、緊張が解けたかのように柔らかい笑みを浮かべた。ポルナレフもはじめはからりと笑っていたが、何故か急に面白いものを見つけたかのようにニヤニヤしだすと、花京院の肩を組み口を開いた。
「そういえば花京院、お前ホル・ホースが紫苑の事を大したことないヤツって言った時、すげー怒ってたよな。あの返事にはしびれたぜ~」
「……ポルナレフ、別にそれは言わなくてもいい事だろう」
「なんて返したの?」
「翠川さんも興味を持たなくていい……!」
「なんとだな……『翠川さんを見くびっていると、痛い目を見ることになるぞ。彼女は……強い』だってよ!いやーカッコいいぜ!」
ポルナレフが拳を握りしめながら感涙にむせぶ。そんなポルナレフに肩を組まれている花京院はじっとりとした目線をポルナレフに向けつつ、少し居心地が悪そうにしながら気まずそうに頬を染める。そして暫くキョロキョロと視線を彷徨わせたかと思うと、困ったような表情で紫苑を見た。
紫苑はそんな花京院をきょとんとした顔で見ていたが、やがて堪えきれないといったふうにクスクスと笑い、照れたように頬を掻いた。
「あはは、なんかちょっと照れるけど……そう言い返してくれて嬉しいな。ありがとう」
「いや……そう思ってくれたなら良かったよ」
「ま、言いはしなかったが俺だってお前がそう安々とやられるタマじゃあねーって事くらいわかってたぜ。なんたって俺たちが寝てる間、たった一人で刺客を返り討ちにした経歴もあるんだからな!」
「ポルナレフもありがとう。次ホル・ホースにあったらギャフンと言わせてやりたいね。……あ、そうだ。そういえば私新しい事できるようになったんだよね」
「お、何だ何だ?」
「うーん、そうだなぁ…………!」
そう言って紫苑は何かを探すようにして周りを見渡していたが、後ろを振り向いた途端ほんの僅かに動きを止め、言葉を詰まらせた。しかしすぐにポルナレフ達の方へ向き直ると、違和感をおくびにも出さずに言葉を続けた。
「今は丁度いいものが無いし、今日泊まるホテルに着いた時にでも見せてあげるよ」
「……そうか。それじゃあ仕方がないな。今度見れるのを楽しみにしておくよ」
「何だここでお預けかよ……ま、仕方ねえ。ホテル着いたら絶対見せろよな、忘れんなよ!」
「わかってるって」
「それよりポルナレフ、肩を組むのをやめてくれないか……歩きづらいぞ」
「良いじゃあねーか、一緒に戦った仲だろ?」
「全く……」
ポルナレフは花京院と肩を組んだままビシッと紫苑の事を指差して念を押す。それに対して紫苑は笑顔で返事をし、無理矢理肩を組まれている花京院は呆れたような表情を浮かべた。そしてその後ろを、ジョセフと承太郎が黙ってついて歩く。
そんな彼らの後ろ姿を、手当された女性は地べたに座りながら、ただじっと見つめていた。