エジプトまでの道程編
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暫く歩いたのち細い路地裏へと到着すると、ジョセフはゆっくりと紫苑を地面に下ろす。紫苑は足を不用意に動かさないように気をつけながら地面に足を着けた。ジョセフはそんな紫苑の隣に立ち、視線を合わせるとゆっくりと頷く。そうしてその場から動かずに待っていると、路地の奥からカツカツとヒールの音が聞こえてきた。
「こんな所に居たのね。全く、とんだ手間だったわ」
そう言いながら紫苑達の前に現れたのは、レイラだった。見るとレイラのローブは先程よりもシワが目立っており、紫苑達の事をあちこち探しまわっていたのだろうという事が容易に伺えた。
ゆっくりと距離を詰めてくるレイラをジッと見つめる紫苑とジョセフ。何も言葉を発さず、また動こうともしない2人を見たレイラは怪訝そうに眉を顰めると、ああ、と言葉を零しながら目を細めた。
「ふうん……もしかして、動かなければ不運な事が起こらないっていうことに気がついたのかしら?でも残念ね。動かなければ更に不運を奪われて、動いたときのリスクが大きくなる。それに私がアナタの事をちょっとでも押したら、アナタは強制的に動かざるを得なくなるのよ」
「……」
レイラの言葉に紫苑は思わず右手をギュッと握りしめる。そんな紫苑の様子を目敏く見ていたレイラは、こぼれ出る笑みを隠そうともせず紫苑の目の前に立った。そして紫苑の方へと顔を寄せ、耳元で囁く。
「ふふふ……貴女の『不運』が最大まで溜まったらどうなってしまうのかしらね……不運にも死んでしまうのかしら?それとも……」
レイラの右手が、紫苑の胸元に添えられた。
「『不運にも』貴女の大切なお仲間の誰かか命を落としてしまうのかも」
「……それは、どうかな」
「……ッ!何よこれッ!」
刹那、レイラの身体は何者かによって拘束される。即座に自身の身体を見下ろすと、そこには紫色の茨がびっしりと巻き付いていた。レイラは咄嗟にもがいて拘束から逃れようとするものの、全身が拘束されているせいで上手く力が入らず中々抜け出せない。視線だけで茨の先を辿ると、したり顔のジョセフと目がかち合う。するとレイラは舌打ちをして紫苑を思い切り睨みつけた。
「私を拘束して勝ったつもり?お前が動けない今、ジョースターを含めたお前等に攻撃手段が無いことはわかっているのよ」
「……今まではただその手段を使っていなかっただけだとしたら?」
「……はぁ?どういうことよ」
「私のスタンドの射程距離に入ってくれてありがとうってことッ!」
紫苑がそう叫びながらホワイトアイオーンを呼び出す。するとホワイトアイオーンは茨でぐるぐる巻にされているレイラに抱きつき、能力を発動させた。
レイラは初めは驚き目を見開いていたものの、ホワイトアイオーンが自分に対して能力を使っているという事がわかるとすぐに余裕の笑みを浮かべた。
「私に治癒能力を使うだなんて、とうとう頭までおかしくなっちゃったのかしら?」
「そう余裕こいていられるのも今のうちじゃない?」
「……ッ!か、身体がッ!焼けるように熱いッ!?」
突如、激痛がレイラの全身を襲う。気がつくと、レイラの身体からはシュウシュウと白い湯気が立ち上っていた。思いもよらぬ現象にパニックになったレイラはわなわなと身体を震わせ、唇をかみしめながら紫苑に目線を向ける。するとレイラと目が合った紫苑は、おもむろに口を開いた。
「貴方の細胞を活性化させて、ものすごいスピードで分裂するように仕向けたの。細胞は無限に分裂できる訳じゃあないから、限界まで分裂したら寿命を迎える。……つまり貴方は今、急速に老いていってるってことだよ」
「なん、ですって……!」
レイラが慌てて自身の身体を見れば、確かに己の皮膚がハリを失い、老婆のようにシワを刻んでいくのが視界に入る。本能的にこれは不味いと感じ取ったレイラは、咄嗟にアジャストメントの名を呼んだ。
「アジャストメント!コイツを振りほどきなさいッ!」
「アジャストメントとアイオーンのパワーは同等だって、自分で言ってたでしょ。それに身体も衰えている今、スタンドの能力も同様に衰えてる。どうあがいても振り解けるはずがない」
「チッ……!このクソアマが……!」
レイラはギリリと歯を食いしばり、それでもなんとか拘束から逃れようと身体をひねりもがき続ける。しかし身体が老化していくにつれ段々ともがく力は弱々しくなっていき、ついに力尽きたのか手足をだらりと伸ばしたままアイオーンにもたれかかった。その生気のない様子を見た紫苑の心臓がどくりと嫌な音を立てる。紫苑はじっとりと湿った手のひらを握りしめ、足を動かさないよう気をつけながらレイラの顔を覗き込んだ。
「……やった?」
「油断するな!ヤツはまだ意識があるッ!」
「ッ!!」
紫苑がジョセフの言葉にハッとなった瞬間、腹部に重たい衝撃が走る。拘束が緩んだ隙を見て、アジャストメントがアイオーンの腹部に拳を入れたのだ。その衝撃に耐えられなかった紫苑は思わず後ろによろめいてしまう。しまったと思ったのも束の間、急に動かした足は上手く地面を踏むことが出来ず、紫苑の右足首はぐにゃりと変な方向に曲がった。そしてバランスを崩した身体は、ボロボロにひしゃげた金網フェンスへと衝突する。打ち所が悪かったのか、フェンスの劣化によりほつれて飛び出た銅線が紫苑の背中に突き刺さり、更には銅線が制服にも引っかかって上手く身動きがとれない状況になってしまった。
「い゛ッ!う……ぁ……」
「大丈夫か紫苑!……クソッ、まだスタンドを操れるだけの精神エネルギーが残っていたのか……!」
「フン、パワーもスピードも落ちてはいるけれど、スタンドを使う分にはこんなものどうってことないわ。このまま再起不能にされるなんてまっぴらごめんよ。お前らを道連れにしてやるわ!」
レイラは目をギラつかせ、シワの刻まれた口元を大きく釣り上げながら大声で叫ぶ。そしてアジャストメントを呼び出すと、ハーミットパープルで未だレイラを拘束しているジョセフ目掛けて拳を放った。正面から放たれたアジャストメントの拳を、ジョセフはひらりと右に交わして難なく避ける。更に続け様に飛んできた小型のナイフをハーミットパープルで冷静に撃ち落としていった。
「こ、このナイフ捌き、ただ者じゃあないな……アイオーンで老化していなければ、全て避けるのは困難じゃっただろう」
「お褒めいただき光栄だわ。……さて、ジョセフ・ジョースター。ナイフを撃ち落とすのにスタンドを使っていていいのかしら?」
「……ハッ!まさかッ!」
レイラの問いにジョセフがハッと視線を巡らせると、丁度ジョセフの死角になっていた位置からアジャストメントが飛び出して来る。そしてアジャストメントはジョセフの懐へと入り込み、その身体から運気を奪っていった。
「あは、アハハハ!!いいザマねジョセフ・ジョースター!さぁ、これで一歩でも動いたら貴方は不運に見舞われる。そして貴方の左手は今私の拘束に使っている……これで私のナイフとスタンドの攻撃をどれだけ防げるのかしら?」
その言葉と共に、レイラは素早く次の攻撃を仕掛けていく。ジョセフはなんとか攻撃を避けていくが、足が動かせないというのは中々に厳しかった。なぜならジョセフは戦闘というものに慣れていた。だからこそ避けるべき攻撃は身体が勝手に避けてしまうのだ。だから足元に飛んできたナイフを避ける際、つい咄嗟に足を動かしてしまった。ジョセフの足元からズリ、と地面を擦る音がでる。マズイと思いながらも続けて飛んできたナイフを左手で弾き飛ばすと、なんと左手に着けていた義手が吹き飛んでいった。
「な、何じゃあ!いきなりわしの義手が取れおった!しっかり固定してあるハズなのに!」
「あら、運が無いわね。でもそのお陰で私の拘束が解けたわ。偶々この近くを通った人と運気を交換したのだけれど……いいお零れを貰えたわね」
レイラの言うように、ジョセフの義手から伸びていた紫色の茨は義手がジョセフの腕から離れた途端、融けるように消え去ってしまった。焦るジョセフを尻目に、身体の自由を得たレイラは凝り固まった四肢をほぐすように肩を回す。そして金網フェンスに引っかかったままの紫苑へと視線を向けると、あざ笑うかのように目を細めた。
「フフフ……貴女には覚悟が無いのよ。私を殺す覚悟が……本当の意味で戦う覚悟がね。だから優勢だった状況から劣勢になったのよ。そんなことじゃあ私を倒すことはできないし、ましてやこれから先、ただのお荷物に成り下がるわよ?」
「ッそんな……ことは、」
紫苑が絞り出すように声をこぼした時、レイラの背後にある細い道から足音が聞こえた。その微かな音を聞き取った3人が一斉に音のする方へと目を向けると、暗がりからゆらりとガタイの良い人影が現れる。
「おいじじい、こっちに義手が飛んできたぜ。……?誰だてめーは」
「その声は……承太郎か!?」
「先輩そいつ敵です!気をつけて!」
「何?」
細い路地から現れたのは、ジョセフの義手を持った承太郎だった。承太郎は目の前にいる見知らぬ老婆を見て怪訝そうな顔をしていたが、紫苑の言葉を聞き警戒心を顕にする。そんな承太郎に気がついたレイラは口角を上げると、標的を承太郎へと切り替えた。
「あら……これはツイてるわね。フフ、自分の運の無さを嘆くがいいわ!空条承太郎!」
「オラァ!!」
「ギャッ!!」
アジャストメントを使い承太郎の運気を奪おうとしたレイラだったが、スタープラチナの速度には叶わずカウンターをもろに喰らい、悲痛な声を上げながら地面に崩れ落ちた。すぐさまジョセフがレイラの方へと近づきしゃがみ込む。そして俯せのまま動かないレイラの肩を掴み仰向けにさせると、彼女は白目を剥いて気絶していた。
「うーむ、見事な右ストレート……こりゃあ一発KOじゃな。完全に気絶しておる」
「先輩ありがとうございます!……ところで運気取られてませんか?うっかり犬の糞とか踏んでません?大丈夫ですか?」
「あ?何訳のわからねぇ事言ってるんだ」
「いや何も無いなら良いです。……ところでちょっとお願いがあって……フェンスに制服が引っかかってしまったので取ってくれませんか?」
「自分で取れねぇのか」
「それがですね、運の悪い事に両腕と背中が引っかかって固定されてまして」
「わしも今左手が使えんからのぉ。頼むぞ承太郎」
「……やれやれだぜ」
承太郎は呆れたようにため息をつくと、手に持っていた義手をジョセフへと押し付け、フェンスへと近寄りスタープラチナで紫苑の制服に引っかかっている銅線を取り始めた。しかし粗方銅線を取り除いたその時、紫苑の背中に刺さっている銅線を見つけた承太郎は微かに目を見開いた。
「おい、背中のこいつはどうした」
「あ、刺さってるやつですか?とりあえず抜かないと治せないので景気よく私の身体を引っ張ってくれるとありがたいですね。あ、なるべく穴を広げないようにお願いします、痛いので」
「……やれやれ、注文が多いこった」
紫苑の言葉を聞いて少々顔を顰めながらも、承太郎は注文通りに紫苑の身体を引っ張り、刺さっていた銅線を抜く。銅線が刺さっていた部位は、制服が赤黒く染まっていた。
「ひえーっ、痛そうじゃのぉ……大丈夫か紫苑?」
「穴は小さいしそんなに深く刺さって無かったのですぐ治ると思いますよ」
ジョセフが顔を手のひらで覆い、指の隙間から傷口を見ながら心配そうに訪ねる。紫苑はそれに軽く答えると、ホワイトアイオーンを呼び出してそそくさと治癒を開始した。
その傍らジョセフはガチャガチャと音を立てながらとれてしまった義手を嵌めこみ、いつもより動きの悪くなってしまった義手をキリキリと動かして動作確認を行う。これは後で新しいものと交換しなければなどと思っていると、ずっと無言だった承太郎がジョセフの方へと視線を向けた。
「じじい、アヴドゥルは見つかったのか」
「いや、それがまだなんじゃ。何せさっきまでコイツと戦っていたからなぁ」
「……そうか」
そう言うと二人はまた黙り込み、アイオーンによる治療の様子を静かに見つめた。服に隠れて傷口の様子は良く見えなかったが、先程までしかめっ面だった紫苑の表情が穏やかなものに変わっていくところを見るに、後に響くような怪我では無かったのだろう。そう感じ取り安心したジョセフは誰にも悟られぬようゆっくりと息を吐きながら、大通りの微かな喧騒に耳を傾けた。そして数分もかからぬうちに、治療を終えた紫苑が立ち上がり二人の元へと駆け寄った。
「おまたせしました。そういえば、なぜ先輩はここに?」
「もう一つ向こうの大通りで何か事件があったらしい。おれは元々そこへ向かってる途中だったんだが……走っていたら丁度じじいの義手が飛んできたんだぜ。大通りの事件の情報を聞いたとき、ちょいと嫌な予感がしたんでな……もしもの時の為に翠川を連れて行きたかったから丁度良かったぜ」
「おお、そうじゃったか。……うーむ、もしかするとわしと運気を交換されたのは承太郎だったのかもしれんな」
「よく見ないで運気を交換したんですね。姉弟揃ってうっかりが過ぎるというか、何というか……」
「どちらも詰めが甘い所があるんじゃろうな。まぁ、今回はそれに救われたから良しとしよう。……それにしても、大通りで事件か……ふむ、それじゃあわしらもそこへ向かってみるか」
ジョセフの提案に賛同した承太郎と紫苑は連れ立って喧騒の中心部へと向かっていく。承太郎の先導で細い路地を抜け大通りを走っていると、段々とすれ違う人間の数が増えていった。彼らは皆一様に気の毒そうな顔をしながらヒソヒソと小声で話しており、内容は聞き取れないものの雰囲気から察するに良い内容ではない事は火を見るよりも明らかだった。募る不安を胸に抱えながらも3人は走り続け、ついに人だかりの元へと到着した。
「すまない、ちょいと通してくれ」
人だかりとは言え、かき分けられない程の人数ではなかったため詫びを入れながら3人は輪の中心へと進んで行く。
そして開けた視界の先にあったのは――眉間から血を流して地面に倒れているアヴドゥルの姿だった。
「!」
「アヴドゥル……お前……」
「そ、んな……アヴドゥル、さん」
「……紫苑。アヴドゥルの治療を、頼む」
「……ッあ、はい!治療します!」
変わり果てたアヴドゥルの姿を見た3人は息を呑み、その場に縛り付けられたかのように動けなくなる。沈痛な面持ちで発されたジョセフの言葉にハッとした紫苑は、慌ててアヴドゥルの方へと駆け寄ってホワイトアイオーンによる治療を開始した。
しかし、どんなに能力を使おうともアヴドゥルの額の傷は塞がらず、流れ出る血を止めることは出来なかった。
「……う、うそ……治らない……!」
「……アイオーンの能力は、生きている細胞にしか作用しないんじゃったな」
「……」
「治って……治ってよォッ!!」
紫苑の悲痛な叫びが木霊する。アヴドゥルの側にしゃがみこんだジョセフは手首を触って脈を確認していたが、やがてゆっくりと手を離し、深く帽子を被り直してうつむく。承太郎は傍に落ちていた血のついた布を握り締め、悔しそうな声を漏らした。
そうして悲しみに打ちひしがれる中、治癒を続けていた紫苑はある一つの違和感を覚えた。アヴドゥルの傷は一向に塞がらないものの、紫苑の中には何故か力を使っている感覚――スタンド能力が発動している 感覚が確かにあるのだ。先程ジョセフが呟いた通り、紫苑のスタンド能力は生きているものにしか発動しない。この現象が示す一つの答えに気が付いた紫苑は勢いよく顔を上げ、ジョセフの方を見た。
「ジョースターさん!まだ、間に合うかもしれません!」
「……何ッ!」
「傷は全然塞がらないけど、確かに能力を使っている感覚があるんです……!だとしても一刻を争う容態なのは変わりません……だから早く!」
「よしわかった。承太郎、アヴドゥルを運んでくれ。この近くにスピードワゴン財団系列の病院があったはずだ、わしがそこに電話しながらお前に道案内をする。紫苑は念の為アヴドゥルの治癒を続けていてくれ」
「了解だぜ」
「わかりました」
紫苑の言葉にジョセフは目を見開いて固まったものの、すぐに冷静になり的確に指示を飛ばす。そんなジョセフに触発され、紫苑達もそれぞれやるべき事に取り掛かった。
アヴドゥルは生きている。そんな一筋の希望を絶やさないよう、紫苑達は急いでアヴドゥルを病院へと運んでいく。彼らの目にはもう、悲しみの色は無かった。
「こんな所に居たのね。全く、とんだ手間だったわ」
そう言いながら紫苑達の前に現れたのは、レイラだった。見るとレイラのローブは先程よりもシワが目立っており、紫苑達の事をあちこち探しまわっていたのだろうという事が容易に伺えた。
ゆっくりと距離を詰めてくるレイラをジッと見つめる紫苑とジョセフ。何も言葉を発さず、また動こうともしない2人を見たレイラは怪訝そうに眉を顰めると、ああ、と言葉を零しながら目を細めた。
「ふうん……もしかして、動かなければ不運な事が起こらないっていうことに気がついたのかしら?でも残念ね。動かなければ更に不運を奪われて、動いたときのリスクが大きくなる。それに私がアナタの事をちょっとでも押したら、アナタは強制的に動かざるを得なくなるのよ」
「……」
レイラの言葉に紫苑は思わず右手をギュッと握りしめる。そんな紫苑の様子を目敏く見ていたレイラは、こぼれ出る笑みを隠そうともせず紫苑の目の前に立った。そして紫苑の方へと顔を寄せ、耳元で囁く。
「ふふふ……貴女の『不運』が最大まで溜まったらどうなってしまうのかしらね……不運にも死んでしまうのかしら?それとも……」
レイラの右手が、紫苑の胸元に添えられた。
「『不運にも』貴女の大切なお仲間の誰かか命を落としてしまうのかも」
「……それは、どうかな」
「……ッ!何よこれッ!」
刹那、レイラの身体は何者かによって拘束される。即座に自身の身体を見下ろすと、そこには紫色の茨がびっしりと巻き付いていた。レイラは咄嗟にもがいて拘束から逃れようとするものの、全身が拘束されているせいで上手く力が入らず中々抜け出せない。視線だけで茨の先を辿ると、したり顔のジョセフと目がかち合う。するとレイラは舌打ちをして紫苑を思い切り睨みつけた。
「私を拘束して勝ったつもり?お前が動けない今、ジョースターを含めたお前等に攻撃手段が無いことはわかっているのよ」
「……今まではただその手段を使っていなかっただけだとしたら?」
「……はぁ?どういうことよ」
「私のスタンドの射程距離に入ってくれてありがとうってことッ!」
紫苑がそう叫びながらホワイトアイオーンを呼び出す。するとホワイトアイオーンは茨でぐるぐる巻にされているレイラに抱きつき、能力を発動させた。
レイラは初めは驚き目を見開いていたものの、ホワイトアイオーンが自分に対して能力を使っているという事がわかるとすぐに余裕の笑みを浮かべた。
「私に治癒能力を使うだなんて、とうとう頭までおかしくなっちゃったのかしら?」
「そう余裕こいていられるのも今のうちじゃない?」
「……ッ!か、身体がッ!焼けるように熱いッ!?」
突如、激痛がレイラの全身を襲う。気がつくと、レイラの身体からはシュウシュウと白い湯気が立ち上っていた。思いもよらぬ現象にパニックになったレイラはわなわなと身体を震わせ、唇をかみしめながら紫苑に目線を向ける。するとレイラと目が合った紫苑は、おもむろに口を開いた。
「貴方の細胞を活性化させて、ものすごいスピードで分裂するように仕向けたの。細胞は無限に分裂できる訳じゃあないから、限界まで分裂したら寿命を迎える。……つまり貴方は今、急速に老いていってるってことだよ」
「なん、ですって……!」
レイラが慌てて自身の身体を見れば、確かに己の皮膚がハリを失い、老婆のようにシワを刻んでいくのが視界に入る。本能的にこれは不味いと感じ取ったレイラは、咄嗟にアジャストメントの名を呼んだ。
「アジャストメント!コイツを振りほどきなさいッ!」
「アジャストメントとアイオーンのパワーは同等だって、自分で言ってたでしょ。それに身体も衰えている今、スタンドの能力も同様に衰えてる。どうあがいても振り解けるはずがない」
「チッ……!このクソアマが……!」
レイラはギリリと歯を食いしばり、それでもなんとか拘束から逃れようと身体をひねりもがき続ける。しかし身体が老化していくにつれ段々ともがく力は弱々しくなっていき、ついに力尽きたのか手足をだらりと伸ばしたままアイオーンにもたれかかった。その生気のない様子を見た紫苑の心臓がどくりと嫌な音を立てる。紫苑はじっとりと湿った手のひらを握りしめ、足を動かさないよう気をつけながらレイラの顔を覗き込んだ。
「……やった?」
「油断するな!ヤツはまだ意識があるッ!」
「ッ!!」
紫苑がジョセフの言葉にハッとなった瞬間、腹部に重たい衝撃が走る。拘束が緩んだ隙を見て、アジャストメントがアイオーンの腹部に拳を入れたのだ。その衝撃に耐えられなかった紫苑は思わず後ろによろめいてしまう。しまったと思ったのも束の間、急に動かした足は上手く地面を踏むことが出来ず、紫苑の右足首はぐにゃりと変な方向に曲がった。そしてバランスを崩した身体は、ボロボロにひしゃげた金網フェンスへと衝突する。打ち所が悪かったのか、フェンスの劣化によりほつれて飛び出た銅線が紫苑の背中に突き刺さり、更には銅線が制服にも引っかかって上手く身動きがとれない状況になってしまった。
「い゛ッ!う……ぁ……」
「大丈夫か紫苑!……クソッ、まだスタンドを操れるだけの精神エネルギーが残っていたのか……!」
「フン、パワーもスピードも落ちてはいるけれど、スタンドを使う分にはこんなものどうってことないわ。このまま再起不能にされるなんてまっぴらごめんよ。お前らを道連れにしてやるわ!」
レイラは目をギラつかせ、シワの刻まれた口元を大きく釣り上げながら大声で叫ぶ。そしてアジャストメントを呼び出すと、ハーミットパープルで未だレイラを拘束しているジョセフ目掛けて拳を放った。正面から放たれたアジャストメントの拳を、ジョセフはひらりと右に交わして難なく避ける。更に続け様に飛んできた小型のナイフをハーミットパープルで冷静に撃ち落としていった。
「こ、このナイフ捌き、ただ者じゃあないな……アイオーンで老化していなければ、全て避けるのは困難じゃっただろう」
「お褒めいただき光栄だわ。……さて、ジョセフ・ジョースター。ナイフを撃ち落とすのにスタンドを使っていていいのかしら?」
「……ハッ!まさかッ!」
レイラの問いにジョセフがハッと視線を巡らせると、丁度ジョセフの死角になっていた位置からアジャストメントが飛び出して来る。そしてアジャストメントはジョセフの懐へと入り込み、その身体から運気を奪っていった。
「あは、アハハハ!!いいザマねジョセフ・ジョースター!さぁ、これで一歩でも動いたら貴方は不運に見舞われる。そして貴方の左手は今私の拘束に使っている……これで私のナイフとスタンドの攻撃をどれだけ防げるのかしら?」
その言葉と共に、レイラは素早く次の攻撃を仕掛けていく。ジョセフはなんとか攻撃を避けていくが、足が動かせないというのは中々に厳しかった。なぜならジョセフは戦闘というものに慣れていた。だからこそ避けるべき攻撃は身体が勝手に避けてしまうのだ。だから足元に飛んできたナイフを避ける際、つい咄嗟に足を動かしてしまった。ジョセフの足元からズリ、と地面を擦る音がでる。マズイと思いながらも続けて飛んできたナイフを左手で弾き飛ばすと、なんと左手に着けていた義手が吹き飛んでいった。
「な、何じゃあ!いきなりわしの義手が取れおった!しっかり固定してあるハズなのに!」
「あら、運が無いわね。でもそのお陰で私の拘束が解けたわ。偶々この近くを通った人と運気を交換したのだけれど……いいお零れを貰えたわね」
レイラの言うように、ジョセフの義手から伸びていた紫色の茨は義手がジョセフの腕から離れた途端、融けるように消え去ってしまった。焦るジョセフを尻目に、身体の自由を得たレイラは凝り固まった四肢をほぐすように肩を回す。そして金網フェンスに引っかかったままの紫苑へと視線を向けると、あざ笑うかのように目を細めた。
「フフフ……貴女には覚悟が無いのよ。私を殺す覚悟が……本当の意味で戦う覚悟がね。だから優勢だった状況から劣勢になったのよ。そんなことじゃあ私を倒すことはできないし、ましてやこれから先、ただのお荷物に成り下がるわよ?」
「ッそんな……ことは、」
紫苑が絞り出すように声をこぼした時、レイラの背後にある細い道から足音が聞こえた。その微かな音を聞き取った3人が一斉に音のする方へと目を向けると、暗がりからゆらりとガタイの良い人影が現れる。
「おいじじい、こっちに義手が飛んできたぜ。……?誰だてめーは」
「その声は……承太郎か!?」
「先輩そいつ敵です!気をつけて!」
「何?」
細い路地から現れたのは、ジョセフの義手を持った承太郎だった。承太郎は目の前にいる見知らぬ老婆を見て怪訝そうな顔をしていたが、紫苑の言葉を聞き警戒心を顕にする。そんな承太郎に気がついたレイラは口角を上げると、標的を承太郎へと切り替えた。
「あら……これはツイてるわね。フフ、自分の運の無さを嘆くがいいわ!空条承太郎!」
「オラァ!!」
「ギャッ!!」
アジャストメントを使い承太郎の運気を奪おうとしたレイラだったが、スタープラチナの速度には叶わずカウンターをもろに喰らい、悲痛な声を上げながら地面に崩れ落ちた。すぐさまジョセフがレイラの方へと近づきしゃがみ込む。そして俯せのまま動かないレイラの肩を掴み仰向けにさせると、彼女は白目を剥いて気絶していた。
「うーむ、見事な右ストレート……こりゃあ一発KOじゃな。完全に気絶しておる」
「先輩ありがとうございます!……ところで運気取られてませんか?うっかり犬の糞とか踏んでません?大丈夫ですか?」
「あ?何訳のわからねぇ事言ってるんだ」
「いや何も無いなら良いです。……ところでちょっとお願いがあって……フェンスに制服が引っかかってしまったので取ってくれませんか?」
「自分で取れねぇのか」
「それがですね、運の悪い事に両腕と背中が引っかかって固定されてまして」
「わしも今左手が使えんからのぉ。頼むぞ承太郎」
「……やれやれだぜ」
承太郎は呆れたようにため息をつくと、手に持っていた義手をジョセフへと押し付け、フェンスへと近寄りスタープラチナで紫苑の制服に引っかかっている銅線を取り始めた。しかし粗方銅線を取り除いたその時、紫苑の背中に刺さっている銅線を見つけた承太郎は微かに目を見開いた。
「おい、背中のこいつはどうした」
「あ、刺さってるやつですか?とりあえず抜かないと治せないので景気よく私の身体を引っ張ってくれるとありがたいですね。あ、なるべく穴を広げないようにお願いします、痛いので」
「……やれやれ、注文が多いこった」
紫苑の言葉を聞いて少々顔を顰めながらも、承太郎は注文通りに紫苑の身体を引っ張り、刺さっていた銅線を抜く。銅線が刺さっていた部位は、制服が赤黒く染まっていた。
「ひえーっ、痛そうじゃのぉ……大丈夫か紫苑?」
「穴は小さいしそんなに深く刺さって無かったのですぐ治ると思いますよ」
ジョセフが顔を手のひらで覆い、指の隙間から傷口を見ながら心配そうに訪ねる。紫苑はそれに軽く答えると、ホワイトアイオーンを呼び出してそそくさと治癒を開始した。
その傍らジョセフはガチャガチャと音を立てながらとれてしまった義手を嵌めこみ、いつもより動きの悪くなってしまった義手をキリキリと動かして動作確認を行う。これは後で新しいものと交換しなければなどと思っていると、ずっと無言だった承太郎がジョセフの方へと視線を向けた。
「じじい、アヴドゥルは見つかったのか」
「いや、それがまだなんじゃ。何せさっきまでコイツと戦っていたからなぁ」
「……そうか」
そう言うと二人はまた黙り込み、アイオーンによる治療の様子を静かに見つめた。服に隠れて傷口の様子は良く見えなかったが、先程までしかめっ面だった紫苑の表情が穏やかなものに変わっていくところを見るに、後に響くような怪我では無かったのだろう。そう感じ取り安心したジョセフは誰にも悟られぬようゆっくりと息を吐きながら、大通りの微かな喧騒に耳を傾けた。そして数分もかからぬうちに、治療を終えた紫苑が立ち上がり二人の元へと駆け寄った。
「おまたせしました。そういえば、なぜ先輩はここに?」
「もう一つ向こうの大通りで何か事件があったらしい。おれは元々そこへ向かってる途中だったんだが……走っていたら丁度じじいの義手が飛んできたんだぜ。大通りの事件の情報を聞いたとき、ちょいと嫌な予感がしたんでな……もしもの時の為に翠川を連れて行きたかったから丁度良かったぜ」
「おお、そうじゃったか。……うーむ、もしかするとわしと運気を交換されたのは承太郎だったのかもしれんな」
「よく見ないで運気を交換したんですね。姉弟揃ってうっかりが過ぎるというか、何というか……」
「どちらも詰めが甘い所があるんじゃろうな。まぁ、今回はそれに救われたから良しとしよう。……それにしても、大通りで事件か……ふむ、それじゃあわしらもそこへ向かってみるか」
ジョセフの提案に賛同した承太郎と紫苑は連れ立って喧騒の中心部へと向かっていく。承太郎の先導で細い路地を抜け大通りを走っていると、段々とすれ違う人間の数が増えていった。彼らは皆一様に気の毒そうな顔をしながらヒソヒソと小声で話しており、内容は聞き取れないものの雰囲気から察するに良い内容ではない事は火を見るよりも明らかだった。募る不安を胸に抱えながらも3人は走り続け、ついに人だかりの元へと到着した。
「すまない、ちょいと通してくれ」
人だかりとは言え、かき分けられない程の人数ではなかったため詫びを入れながら3人は輪の中心へと進んで行く。
そして開けた視界の先にあったのは――眉間から血を流して地面に倒れているアヴドゥルの姿だった。
「!」
「アヴドゥル……お前……」
「そ、んな……アヴドゥル、さん」
「……紫苑。アヴドゥルの治療を、頼む」
「……ッあ、はい!治療します!」
変わり果てたアヴドゥルの姿を見た3人は息を呑み、その場に縛り付けられたかのように動けなくなる。沈痛な面持ちで発されたジョセフの言葉にハッとした紫苑は、慌ててアヴドゥルの方へと駆け寄ってホワイトアイオーンによる治療を開始した。
しかし、どんなに能力を使おうともアヴドゥルの額の傷は塞がらず、流れ出る血を止めることは出来なかった。
「……う、うそ……治らない……!」
「……アイオーンの能力は、生きている細胞にしか作用しないんじゃったな」
「……」
「治って……治ってよォッ!!」
紫苑の悲痛な叫びが木霊する。アヴドゥルの側にしゃがみこんだジョセフは手首を触って脈を確認していたが、やがてゆっくりと手を離し、深く帽子を被り直してうつむく。承太郎は傍に落ちていた血のついた布を握り締め、悔しそうな声を漏らした。
そうして悲しみに打ちひしがれる中、治癒を続けていた紫苑はある一つの違和感を覚えた。アヴドゥルの傷は一向に塞がらないものの、紫苑の中には何故か力を使っている感覚――
「ジョースターさん!まだ、間に合うかもしれません!」
「……何ッ!」
「傷は全然塞がらないけど、確かに能力を使っている感覚があるんです……!だとしても一刻を争う容態なのは変わりません……だから早く!」
「よしわかった。承太郎、アヴドゥルを運んでくれ。この近くにスピードワゴン財団系列の病院があったはずだ、わしがそこに電話しながらお前に道案内をする。紫苑は念の為アヴドゥルの治癒を続けていてくれ」
「了解だぜ」
「わかりました」
紫苑の言葉にジョセフは目を見開いて固まったものの、すぐに冷静になり的確に指示を飛ばす。そんなジョセフに触発され、紫苑達もそれぞれやるべき事に取り掛かった。
アヴドゥルは生きている。そんな一筋の希望を絶やさないよう、紫苑達は急いでアヴドゥルを病院へと運んでいく。彼らの目にはもう、悲しみの色は無かった。