エジプトまでの道程編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
露店で買ったココナッツジュースを飲みながらシンガポールの街を歩く紫苑と花京院。2人であの店のアレが面白かった、ここが気になった……などと話していると、ふと花京院が時計に目をやった。
「……もうこんな時間か。チケットを買いに行った2人が戻ってきてもおかしくない時間だし、そろそろホテルに戻った方がいいだろう」
「ほんとだ。あっと言う間だったなぁ」
花京院が時計を見ながらそう呟いたのを聞いて、紫苑も同じように時計を覗き込む。見ると、確かにそろそろホテル戻らなければいけない時間だった。
紫苑は慌てて手に持っていたココナッツジュースの残りを一気に飲み干していく。そして丁度飲み終わった所で、ふとこれを買ったときの出来事を思い出した。
「そういえば、さっきココナッツジュースを買った露店の店員さん、何だかやけにビクビクしてたよね。どうしたんだろう?」
「ああ、ぼくもそれはちょっと気になっていたんだ。始めはまた新たな刺客なのかと身構えていたが、ぼくのハイエロファントグリーンも見えないようだったし、本当にただの店員だったんだとは思う。ただ、ぼくを見て異様に怯えていたり、『あんちゃん、さっきバックブリーカーしてた……』だなんて、まるでぼくとついさっき会ったばかりみたいな反応だった」
花京院も何か引っかかりを感じていたのか、紫苑の言葉に同意を示す。しかし花京院も違和感の正体まではわからない為、もどかしそうな表情で考え込んでいた。
「うーん、何処かで花京院くんのそっくりさんにでも会ったのかな。でも、学ランを着て歩いている人なんてここら辺では滅多に見かけないし……」
「……そっくりさん、か」
「ん?どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。それより、早くホテルに戻ろう。そろそろ集合時刻だ」
「あっ、そうだった」
紫苑は手に持っていたココナッツの殻をゴミ箱へ捨てると、花京院と共に急いでホテルへと足を進める。ホテルに着いた頃には時間もギリギリだった為、2人は自室には戻らずそのままジョセフ達が泊まっている部屋へと向かった。
扉の前までやって来ると、何やら中で話し込む声が聞こえてきた。花京院は思わず扉を開こうとする手を止め、耳をすませる。詳しい会話の内容までは聞き取れなかったものの、『花京院』という単語だけは聞き取れた。
「何か、花京院くんの名前を呼んでない?」
「そうだな……とりあえず、中に入ってみよう」
紫苑も花京院と同じように『花京院』という単語だけは聞き取れていた為、何か彼に用事でもあるのかな、などと考えながら花京院の方を見上げる。
花京院は何か思い当たる節があるのか、少しだけ表情を強張らせながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。
「ぼくがどうかしたんですか?」
「か、花京院!それに紫苑も!」
2人が部屋へと入ると、中にいたジョセフとアヴドゥルが勢いよくこちらを振り返る。そして彼らは花京院の姿を確認すると驚いたように目を見開き、何故か警戒心をあらわにしだした。
「お前達、今まで何処に……」
「……?JOJOに置いていかれたので、翠川さんと共に買い物へと」
「ホテル近辺のお店を見て回ってたんです」
「……2人だけでか?」
「そうですが……それが?」
何処かに電話をかけているらしいジョセフやアヴドゥルの問に淡々と答えていく花京院。紫苑はそんな彼らの何処かピリピリとしたやり取りに若干の戸惑いを感じつつも、自身も受け答えを行った。するとジョセフは何やら納得がいったのか、アヴドゥルと目を合わせて頷き合うと急に警戒心を解いて電話を再開し始める。
「大丈夫、コイツは本物だ。ということはアン、そっちの花京院は偽物だ!」
ジョセフがそう言うと、受話器越しに「わかってるわよッ!」とアンの切羽詰まった大声が聞こえてくる。状況がわからない紫苑が何があったのか尋ねると、電話中のジョセフに代わりアヴドゥルが答えてくれた。
「JOJO達が敵に襲われたらしい。しかもその敵というのは、花京院なんだそうだ」
「……え?花京院くん?」
アヴドゥルの説明により、承太郎とアンが敵に襲われたという事は理解できた。しかし敵が花京院というのがよくわからない。紫苑が脳内に疑問符を浮かべながら首を傾げていると、その隣で何やら考え込んでいた花京院がハッと息を呑み勢いよく顔を上げた。
「……そうか。そういうことか」
「えっ、何かわかったの?」
「さっき、あのココナッツジュースの店員の反応がおかしいという話をしただろう。ぼくは初対面なのにも関わらず、向こうは会ったことがある風に話していたということも。きっと、ぼくになりすましていた"誰か"が先にあの店に行って何かやらかしたんだ。あの店はケーブルカーへと向かう道すがら必ず通る場所だからな」
店員がやけに花京院に対して怯えていたこと。そっちの花京院は偽物だというジョセフの発言。そしてその電話の相手はアンであるということ。そういった事を踏まえ、花京院の言葉を反芻しながら噛み砕いていくうちに、紫苑の中で一つの答えが導き出される。
「もしかして、今ジョースターさんが言っていた偽物の花京院くんと、あの店員が見た花京院くんは……」
「ああ、十中八九同一人物だ。そしてそいつはぼくが忘れ物を取りに行った隙にぼくに成り代わり、JOJOやアンと共にチケットを買いに行ったんだ」
「だから先輩達は花京院くんを置いてホテルを出ちゃったんだ……花京院くんに変装した敵が、先に先輩達と合流したから」
紫苑の呟きを聞いた花京院は顔を顰めながら頷くと、すぐにジョセフの方へと向き直る。
「ジョースターさん、JOJOは今何処に?」
「ん?ううむ、それがだな……たった今、承太郎がケーブルカーから飛び出したと連絡があったんじゃ」
「飛び出した……!?」
何だかとんでもない事になっているらしい向こうの状況に、紫苑達は驚きと戸惑いを隠せない。詳しい話を聞こうとするものの、今はスタンド使いではないアンの証言しか情報が無い。その為、ジョセフも詳しい状況まではわからないようで、困ったように頬をかいていた。
「すまん、アンも混乱しているようで詳しい話が聞けなくてなぁ……」
「ええと……とりあえず、JOJO達はまだケーブルカー乗り場近辺に居るんですよね?」
「話を聞くに、多分そうじゃろう」
「なら、ぼくと翠川さんでJOJOの所にいってきますよ。ジョースターさん達はこれからポルナレフの迎えに行かなければならないでしょう」
「そうしてくれるとこちらも有り難い。アンにはわしから伝えておくから、すまないが君達で行ってきてくれるか?」
「ええ、わかりました」
花京院と紫苑はジョセフの言葉に頷くと、急いで部屋を出て承太郎の元へと向かう。ホテルからケーブルカー乗り場まではそこそこの距離があった為、2人は走りながらシンガポールの街並みを駆けていった。
ようやくケーブルカー乗り場へと到着した花京院と紫苑は、上がった息を整えながらまずはアンの姿を探していく。事前にジョセフから伝えられていたように、アンはバルコニー近くの公衆電話の所にいたので、比較的すぐにその姿は見つかった。紫苑達は急いで彼女に駆け寄り、声をかける。
「アンちゃん!大丈夫だった?」
「あ、紫苑に花京院さんまで……!ええ、あたしは平気だけど、JOJOが……!」
アンは紫苑達の姿を視認すると、必死の表情で紫苑に縋り付いてきた。紫苑はそんなアンを安心させるように目線を合わせ、背中を優しく撫でてやる。そして大分落ち着いてきたのを見計らって、花京院も同じようにアンと目線を合わせた。
「JOJOは何処にいるかわかるかい?」
「い、今ちょうどあそこの水辺に落ちていったの……!知らない上裸の男と一緒に!」
そう言ってアンが指差したのは、ケーブルカー乗り場から少し離れた場所にある大きな水辺だった。それを聞いた花京院は急いでバルコニーから水辺を見下ろし、承太郎の姿を探し始める。続いて紫苑とアンもバルコニーへと出て一緒に承太郎を探し始めると、水面から真っ黒な物体が出てくるのを視界の端に捉えた。
「あ!あの黒いのって……」
「JOJOだ!JOJOが上がってきたぞ!」
「JOJO、大丈夫?」
「ん?あれは……」
承太郎が水の中から顔を出した数秒後に、上裸の男が水から勢いよく顔を出してくる。彼らは数度言葉を交わした後、上裸の男はスタープラチナに背後から抑え込まれ、承太郎は右手に握りこぶしを作っていた。
「ピンチかと思って来てみたけれど……何だか大丈夫そうじゃあない?」
「……そうだな」
「あっ、殴られた。痛そォ〜」
承太郎から鋭いパンチを食らった男が水中へ沈んでいくのを、アンは両手の指の隙間から覗き見している。そして再び浮き上がってきた男へラッシュをきめる承太郎の姿を上から見ていた紫苑達は、安心したようにホッと息を吐いた。
紫苑達が下につく頃には、承太郎はきっと敵を再起不能にしている事だろう。そう考えた紫苑達は、とりあえず承太郎を水辺から引き上げて合流する為にケーブルカー乗り場をあとにした。
なんやかんやあったものの無事チケットを購入できた承太郎達は、ジョセフとアヴドゥル、そして彼らによって釈放されたポルナレフと合流して列車へと乗り込む。駅までは紫苑達と一緒にいたはずのアンはというと、いつの間にかその姿を消していた。
承太郎と花京院と紫苑、ジョセフとアヴドゥルとポルナレフといった2グループに分かれてそれぞれテーブル付きの座席に座り、承太郎が敵から聞き出した、ポルナレフの妹のかたきだという人物の情報を皆で聞いていく。彼の名前はJ・ガイル。DIOにスタンドを教えた魔女の息子で、カードの暗示は『吊られた男』。スタンドの詳細はわからないが、どうやら鏡を使うらしい、との事だった。
「両手とも右手の男、J・ガイル、か……」
一通り情報を聞き終えたポルナレフは、険しい表情で窓の外を見つめている。しかしそんな暗い表情だったのも一瞬で、すぐに表情を一変させるといつもどおりの調子で口を開いた。
「そういや、アンはどうした?」
「列車の出発間際までシンガポール駅に居たんだがな」
「きっとお父さんとの約束の時間が来たので、会いに行ったのでしょう」
アヴドゥルはアンの言葉を完全に信じているようで、彼女も当初の目的を果たしに行ったのだろうと述べている。しかしポルナレフはそうは思っていないのか、薄く笑いながら肩をすくめた。
「あのガキ、どうもお父さんに会いに来たってのがうそくせーんだよなぁ。ただの浮浪児だぜありゃあ……」
「私達と一緒にいたかったから咄嗟についた嘘っぽいよね」
「そーそー。ま、居ないとちょいとさびしい気もするが……なぁJOJO」
そう言ってポルナレフが承太郎へと視線を向けると、承太郎はいつもよりも柔らかい笑みを浮かべながらフン、と鼻で笑った。承太郎の斜め向かいに座っていた紫苑はそんな承太郎の表情を見て、これは凄いレアかも……なんて感想を抱いていた。
「しかしシンガポールでのスタンドだが、まったく嫌な気分だな。ぼくそのものに化けるスタンドだなんて……」
「ホテルを出る時から、もう既に変身していたらしい」
「やはりそうだったのか。ぼくだけ置いていかれた謎が解けたよ」
「花京院くん、先輩に置いていかれちゃった事気にしてたもんね」
「はは……まぁ、確かに少しショックだったけれど」
紫苑の言葉に、花京院は苦笑いを浮かべながら頬をかく。それを見た承太郎はほんの少し片眉を上げると、学帽の鍔を引き下げながら細い息を吐いた。
「すまなかったな、花京院」
「いや、気にしないでくれ。ぼくが居ないときに合流されてしまっては仕方がないよ」
「そういえば、そんなに花京院くんと似てたんですか?体格とかまで似せるのは難しいだろうに」
「中身はともかく、喋らなきゃあ外面だけは似てたと思うぜ。背格好含めてな」
「へぇ、凄いですねぇ。でも偽物の花京院くんもちょっと見てみたかったかも。確かバックブリーカー決めてたんですよね?」
「ああ。あれはたまげたな」
「それ以上はぼくの矜持に関わるからやめてくれ……いや決してぼくがやった事ではないんだが……」
紫苑の言葉で偽花京院の突飛な行動を思い出したのか、承太郎は腕を組みながらクツクツと笑っていた。それにつられて紫苑も笑いながら花京院を見上げる。2人に笑われた花京院はいたたまれない表情で額に手を当てていたが、承太郎の皿の上にチェリーが残っているのを見ると途端に表情を明るくさせた。
「JOJO、そのチェリー食べないのか?ガッつくようだがぼくの好物なんだ……くれないか?」
「ああ」
「サンキュー」
承太郎の許可を得た花京院は嬉しそうにしながらチェリーを摘むと、ヒョイと口の中に入れてヘタを取る。そしてそのまま――チェリーを舌の上で高速で転がし始めたのだった。
「レロレロレロレロレロレロレロレロ」
「……」
「おっ、フラミンゴが飛んだぞ」
「……やれやれだぜ」
承太郎は何か思い当たる節があるのか、その食べ方を見た瞬間顔を引きつらせる。紫苑はというと随分と不思議な食べ方をするんだな、と思いながらも、何だか触れてはいけないような気がしたのでそうっと花京院から視線を外した。
微妙な空気が紫苑達のテーブルに流れる。しかしその空気を作った本人である花京院はそれに気がつく事なく、呑気に窓の外を眺めていた。
「おーい紫苑、ちょっと聞きてぇ事があるんだけどよ」
「なに?」
その時、隣のテーブルに座っているポルナレフから声をかけられる。紫苑が振り向くと、ポルナレフは紫苑の頭の方を指差しながら不思議そうに口を開いた。
「合流したときからずっと気になってたんだが、そのバレッタどうしたんだ?自分で買ったのか」
「ううん、違うよ。これは花京院くんから貰ったの」
「そうかそうか、花京院に貰ったのか!」
紫苑の言葉にポルナレフは満面の笑みを浮かべながら何度も頷く。そして前屈みになりながら、自身の前に座っているジョセフへと詰め寄った。
「おいジョースターさん!やっぱ俺の言ったとおりだぜ!」
「いや、しかしまだわからんぞ。これだけの情報では、お前の言った事が確定した訳じゃあない」
しかしジョセフはそんなポルナレフを軽くあしらい「甘いのぉ」と言いながら指を振っている。余裕そうな表情のジョセフを見たポルナレフは「ならもっと踏み込んで聞いてやるぜ」と意気込むと、再び紫苑の方へと振り返った。
「なぁなぁ、どっちから言ったんだ?」
「言う……?いや、私から言ったら図々しくない?花京院くんからに決まってるでしょ」
「くーっ!花京院もやるじゃあねーか!でも紫苑から言うのが図々しいだなんて事は全くねーぜ?女の子から言われるってのも悪くないもんだ……なぁ花京院?」
紫苑の隣で我関せずと言った様子で窓の外を眺めていた花京院は、ポルナレフから話を振られると呆れた表情でポルナレフの方を見る。そしてため息を一つこぼすと、腕組みしながら口を開いた。
「……ポルナレフ、さっきから薄々思っていたんだが……君、何か勘違いをしてないか」
「勘違いだぁ?」
「そもそも、ポルナレフは何の話をしてると思ってるんだ?」
「そりゃあお前、どっちから告白したのかっていう話だぜ」
「えっそんな話だったの!?」
「は、違うのか!?」
「はぁ……やっぱりそんな事だろうと思ったさ」
紫苑がポルナレフの言葉に驚くと、そのリアクションに対してポルナレフも驚きの声を上げる。花京院は驚いて固まったままのポルナレフに向かって、自分たちはそんな関係性ではないことを伝えた。
「まったく……友達同士でもプレゼントくらいあげるだろう」
「何だ、お前ら付き合うことになったわけじゃあねーのかよ……と、いうことは……くっそ〜俺の負けかぁ」
「ワハハ、わしらの勝ちじゃな」
ポルナレフが頭を抱えて項垂れると、それを見たジョセフがニシシ、とあくどい笑みを浮かべた。
「ジョースターさんが『日本人はシャイだから特別な時にしか贈り物なんてしない』って言うから俺はそっちに賭けたっていうのに!」
「わしの言葉に惑わされるお前が悪いんじゃよ〜。こういうのも戦術の一つだからな」
「私はよくわからなかったからジョースターさんと同じ方に賭けたが……結果的に正解だったな」
「く、くそ〜、悔しいぜ」
そうやってワイワイと盛り上がる隣のテーブルの会話を聞くうちに、何か引っかかるものを感じた紫苑は思わず首をひねる。そしてしばらく考え込んだ後あることに気がつくと、勢いよくジョセフ達の方へと振り向いた。
「待ってくださいジョースターさんにアヴドゥルさん。もしかして、私達の事で賭けをしてたんですか!?」
「ああそうだぞ。ポルナレフが持ちかけてきたんじゃ」
「すまないな紫苑。最初は止めたんだが、私もちょっと気になってしまって」
「もう……賭けるならもっと他のことにしてくださいよ」
「ハハハ、すまんすまん」
不服そうに眉間にシワを寄せる紫苑に、やれやれといった様子でため息をつく花京院。そんな彼らの様子に対して悪びれることなく笑い声をあげるジョセフと、申し訳無さそうに笑みを浮かべるアヴドゥル。そして未だ悔しそうにしているポルナレフに我関せずを貫く承太郎。
列車内には賑やかな声が響いている。こうして列車での移動を楽しみながら、一行は次の目的地であるインドへと向かっていった。
「……もうこんな時間か。チケットを買いに行った2人が戻ってきてもおかしくない時間だし、そろそろホテルに戻った方がいいだろう」
「ほんとだ。あっと言う間だったなぁ」
花京院が時計を見ながらそう呟いたのを聞いて、紫苑も同じように時計を覗き込む。見ると、確かにそろそろホテル戻らなければいけない時間だった。
紫苑は慌てて手に持っていたココナッツジュースの残りを一気に飲み干していく。そして丁度飲み終わった所で、ふとこれを買ったときの出来事を思い出した。
「そういえば、さっきココナッツジュースを買った露店の店員さん、何だかやけにビクビクしてたよね。どうしたんだろう?」
「ああ、ぼくもそれはちょっと気になっていたんだ。始めはまた新たな刺客なのかと身構えていたが、ぼくのハイエロファントグリーンも見えないようだったし、本当にただの店員だったんだとは思う。ただ、ぼくを見て異様に怯えていたり、『あんちゃん、さっきバックブリーカーしてた……』だなんて、まるでぼくとついさっき会ったばかりみたいな反応だった」
花京院も何か引っかかりを感じていたのか、紫苑の言葉に同意を示す。しかし花京院も違和感の正体まではわからない為、もどかしそうな表情で考え込んでいた。
「うーん、何処かで花京院くんのそっくりさんにでも会ったのかな。でも、学ランを着て歩いている人なんてここら辺では滅多に見かけないし……」
「……そっくりさん、か」
「ん?どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。それより、早くホテルに戻ろう。そろそろ集合時刻だ」
「あっ、そうだった」
紫苑は手に持っていたココナッツの殻をゴミ箱へ捨てると、花京院と共に急いでホテルへと足を進める。ホテルに着いた頃には時間もギリギリだった為、2人は自室には戻らずそのままジョセフ達が泊まっている部屋へと向かった。
扉の前までやって来ると、何やら中で話し込む声が聞こえてきた。花京院は思わず扉を開こうとする手を止め、耳をすませる。詳しい会話の内容までは聞き取れなかったものの、『花京院』という単語だけは聞き取れた。
「何か、花京院くんの名前を呼んでない?」
「そうだな……とりあえず、中に入ってみよう」
紫苑も花京院と同じように『花京院』という単語だけは聞き取れていた為、何か彼に用事でもあるのかな、などと考えながら花京院の方を見上げる。
花京院は何か思い当たる節があるのか、少しだけ表情を強張らせながらドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。
「ぼくがどうかしたんですか?」
「か、花京院!それに紫苑も!」
2人が部屋へと入ると、中にいたジョセフとアヴドゥルが勢いよくこちらを振り返る。そして彼らは花京院の姿を確認すると驚いたように目を見開き、何故か警戒心をあらわにしだした。
「お前達、今まで何処に……」
「……?JOJOに置いていかれたので、翠川さんと共に買い物へと」
「ホテル近辺のお店を見て回ってたんです」
「……2人だけでか?」
「そうですが……それが?」
何処かに電話をかけているらしいジョセフやアヴドゥルの問に淡々と答えていく花京院。紫苑はそんな彼らの何処かピリピリとしたやり取りに若干の戸惑いを感じつつも、自身も受け答えを行った。するとジョセフは何やら納得がいったのか、アヴドゥルと目を合わせて頷き合うと急に警戒心を解いて電話を再開し始める。
「大丈夫、コイツは本物だ。ということはアン、そっちの花京院は偽物だ!」
ジョセフがそう言うと、受話器越しに「わかってるわよッ!」とアンの切羽詰まった大声が聞こえてくる。状況がわからない紫苑が何があったのか尋ねると、電話中のジョセフに代わりアヴドゥルが答えてくれた。
「JOJO達が敵に襲われたらしい。しかもその敵というのは、花京院なんだそうだ」
「……え?花京院くん?」
アヴドゥルの説明により、承太郎とアンが敵に襲われたという事は理解できた。しかし敵が花京院というのがよくわからない。紫苑が脳内に疑問符を浮かべながら首を傾げていると、その隣で何やら考え込んでいた花京院がハッと息を呑み勢いよく顔を上げた。
「……そうか。そういうことか」
「えっ、何かわかったの?」
「さっき、あのココナッツジュースの店員の反応がおかしいという話をしただろう。ぼくは初対面なのにも関わらず、向こうは会ったことがある風に話していたということも。きっと、ぼくになりすましていた"誰か"が先にあの店に行って何かやらかしたんだ。あの店はケーブルカーへと向かう道すがら必ず通る場所だからな」
店員がやけに花京院に対して怯えていたこと。そっちの花京院は偽物だというジョセフの発言。そしてその電話の相手はアンであるということ。そういった事を踏まえ、花京院の言葉を反芻しながら噛み砕いていくうちに、紫苑の中で一つの答えが導き出される。
「もしかして、今ジョースターさんが言っていた偽物の花京院くんと、あの店員が見た花京院くんは……」
「ああ、十中八九同一人物だ。そしてそいつはぼくが忘れ物を取りに行った隙にぼくに成り代わり、JOJOやアンと共にチケットを買いに行ったんだ」
「だから先輩達は花京院くんを置いてホテルを出ちゃったんだ……花京院くんに変装した敵が、先に先輩達と合流したから」
紫苑の呟きを聞いた花京院は顔を顰めながら頷くと、すぐにジョセフの方へと向き直る。
「ジョースターさん、JOJOは今何処に?」
「ん?ううむ、それがだな……たった今、承太郎がケーブルカーから飛び出したと連絡があったんじゃ」
「飛び出した……!?」
何だかとんでもない事になっているらしい向こうの状況に、紫苑達は驚きと戸惑いを隠せない。詳しい話を聞こうとするものの、今はスタンド使いではないアンの証言しか情報が無い。その為、ジョセフも詳しい状況まではわからないようで、困ったように頬をかいていた。
「すまん、アンも混乱しているようで詳しい話が聞けなくてなぁ……」
「ええと……とりあえず、JOJO達はまだケーブルカー乗り場近辺に居るんですよね?」
「話を聞くに、多分そうじゃろう」
「なら、ぼくと翠川さんでJOJOの所にいってきますよ。ジョースターさん達はこれからポルナレフの迎えに行かなければならないでしょう」
「そうしてくれるとこちらも有り難い。アンにはわしから伝えておくから、すまないが君達で行ってきてくれるか?」
「ええ、わかりました」
花京院と紫苑はジョセフの言葉に頷くと、急いで部屋を出て承太郎の元へと向かう。ホテルからケーブルカー乗り場まではそこそこの距離があった為、2人は走りながらシンガポールの街並みを駆けていった。
ようやくケーブルカー乗り場へと到着した花京院と紫苑は、上がった息を整えながらまずはアンの姿を探していく。事前にジョセフから伝えられていたように、アンはバルコニー近くの公衆電話の所にいたので、比較的すぐにその姿は見つかった。紫苑達は急いで彼女に駆け寄り、声をかける。
「アンちゃん!大丈夫だった?」
「あ、紫苑に花京院さんまで……!ええ、あたしは平気だけど、JOJOが……!」
アンは紫苑達の姿を視認すると、必死の表情で紫苑に縋り付いてきた。紫苑はそんなアンを安心させるように目線を合わせ、背中を優しく撫でてやる。そして大分落ち着いてきたのを見計らって、花京院も同じようにアンと目線を合わせた。
「JOJOは何処にいるかわかるかい?」
「い、今ちょうどあそこの水辺に落ちていったの……!知らない上裸の男と一緒に!」
そう言ってアンが指差したのは、ケーブルカー乗り場から少し離れた場所にある大きな水辺だった。それを聞いた花京院は急いでバルコニーから水辺を見下ろし、承太郎の姿を探し始める。続いて紫苑とアンもバルコニーへと出て一緒に承太郎を探し始めると、水面から真っ黒な物体が出てくるのを視界の端に捉えた。
「あ!あの黒いのって……」
「JOJOだ!JOJOが上がってきたぞ!」
「JOJO、大丈夫?」
「ん?あれは……」
承太郎が水の中から顔を出した数秒後に、上裸の男が水から勢いよく顔を出してくる。彼らは数度言葉を交わした後、上裸の男はスタープラチナに背後から抑え込まれ、承太郎は右手に握りこぶしを作っていた。
「ピンチかと思って来てみたけれど……何だか大丈夫そうじゃあない?」
「……そうだな」
「あっ、殴られた。痛そォ〜」
承太郎から鋭いパンチを食らった男が水中へ沈んでいくのを、アンは両手の指の隙間から覗き見している。そして再び浮き上がってきた男へラッシュをきめる承太郎の姿を上から見ていた紫苑達は、安心したようにホッと息を吐いた。
紫苑達が下につく頃には、承太郎はきっと敵を再起不能にしている事だろう。そう考えた紫苑達は、とりあえず承太郎を水辺から引き上げて合流する為にケーブルカー乗り場をあとにした。
なんやかんやあったものの無事チケットを購入できた承太郎達は、ジョセフとアヴドゥル、そして彼らによって釈放されたポルナレフと合流して列車へと乗り込む。駅までは紫苑達と一緒にいたはずのアンはというと、いつの間にかその姿を消していた。
承太郎と花京院と紫苑、ジョセフとアヴドゥルとポルナレフといった2グループに分かれてそれぞれテーブル付きの座席に座り、承太郎が敵から聞き出した、ポルナレフの妹のかたきだという人物の情報を皆で聞いていく。彼の名前はJ・ガイル。DIOにスタンドを教えた魔女の息子で、カードの暗示は『吊られた男』。スタンドの詳細はわからないが、どうやら鏡を使うらしい、との事だった。
「両手とも右手の男、J・ガイル、か……」
一通り情報を聞き終えたポルナレフは、険しい表情で窓の外を見つめている。しかしそんな暗い表情だったのも一瞬で、すぐに表情を一変させるといつもどおりの調子で口を開いた。
「そういや、アンはどうした?」
「列車の出発間際までシンガポール駅に居たんだがな」
「きっとお父さんとの約束の時間が来たので、会いに行ったのでしょう」
アヴドゥルはアンの言葉を完全に信じているようで、彼女も当初の目的を果たしに行ったのだろうと述べている。しかしポルナレフはそうは思っていないのか、薄く笑いながら肩をすくめた。
「あのガキ、どうもお父さんに会いに来たってのがうそくせーんだよなぁ。ただの浮浪児だぜありゃあ……」
「私達と一緒にいたかったから咄嗟についた嘘っぽいよね」
「そーそー。ま、居ないとちょいとさびしい気もするが……なぁJOJO」
そう言ってポルナレフが承太郎へと視線を向けると、承太郎はいつもよりも柔らかい笑みを浮かべながらフン、と鼻で笑った。承太郎の斜め向かいに座っていた紫苑はそんな承太郎の表情を見て、これは凄いレアかも……なんて感想を抱いていた。
「しかしシンガポールでのスタンドだが、まったく嫌な気分だな。ぼくそのものに化けるスタンドだなんて……」
「ホテルを出る時から、もう既に変身していたらしい」
「やはりそうだったのか。ぼくだけ置いていかれた謎が解けたよ」
「花京院くん、先輩に置いていかれちゃった事気にしてたもんね」
「はは……まぁ、確かに少しショックだったけれど」
紫苑の言葉に、花京院は苦笑いを浮かべながら頬をかく。それを見た承太郎はほんの少し片眉を上げると、学帽の鍔を引き下げながら細い息を吐いた。
「すまなかったな、花京院」
「いや、気にしないでくれ。ぼくが居ないときに合流されてしまっては仕方がないよ」
「そういえば、そんなに花京院くんと似てたんですか?体格とかまで似せるのは難しいだろうに」
「中身はともかく、喋らなきゃあ外面だけは似てたと思うぜ。背格好含めてな」
「へぇ、凄いですねぇ。でも偽物の花京院くんもちょっと見てみたかったかも。確かバックブリーカー決めてたんですよね?」
「ああ。あれはたまげたな」
「それ以上はぼくの矜持に関わるからやめてくれ……いや決してぼくがやった事ではないんだが……」
紫苑の言葉で偽花京院の突飛な行動を思い出したのか、承太郎は腕を組みながらクツクツと笑っていた。それにつられて紫苑も笑いながら花京院を見上げる。2人に笑われた花京院はいたたまれない表情で額に手を当てていたが、承太郎の皿の上にチェリーが残っているのを見ると途端に表情を明るくさせた。
「JOJO、そのチェリー食べないのか?ガッつくようだがぼくの好物なんだ……くれないか?」
「ああ」
「サンキュー」
承太郎の許可を得た花京院は嬉しそうにしながらチェリーを摘むと、ヒョイと口の中に入れてヘタを取る。そしてそのまま――チェリーを舌の上で高速で転がし始めたのだった。
「レロレロレロレロレロレロレロレロ」
「……」
「おっ、フラミンゴが飛んだぞ」
「……やれやれだぜ」
承太郎は何か思い当たる節があるのか、その食べ方を見た瞬間顔を引きつらせる。紫苑はというと随分と不思議な食べ方をするんだな、と思いながらも、何だか触れてはいけないような気がしたのでそうっと花京院から視線を外した。
微妙な空気が紫苑達のテーブルに流れる。しかしその空気を作った本人である花京院はそれに気がつく事なく、呑気に窓の外を眺めていた。
「おーい紫苑、ちょっと聞きてぇ事があるんだけどよ」
「なに?」
その時、隣のテーブルに座っているポルナレフから声をかけられる。紫苑が振り向くと、ポルナレフは紫苑の頭の方を指差しながら不思議そうに口を開いた。
「合流したときからずっと気になってたんだが、そのバレッタどうしたんだ?自分で買ったのか」
「ううん、違うよ。これは花京院くんから貰ったの」
「そうかそうか、花京院に貰ったのか!」
紫苑の言葉にポルナレフは満面の笑みを浮かべながら何度も頷く。そして前屈みになりながら、自身の前に座っているジョセフへと詰め寄った。
「おいジョースターさん!やっぱ俺の言ったとおりだぜ!」
「いや、しかしまだわからんぞ。これだけの情報では、お前の言った事が確定した訳じゃあない」
しかしジョセフはそんなポルナレフを軽くあしらい「甘いのぉ」と言いながら指を振っている。余裕そうな表情のジョセフを見たポルナレフは「ならもっと踏み込んで聞いてやるぜ」と意気込むと、再び紫苑の方へと振り返った。
「なぁなぁ、どっちから言ったんだ?」
「言う……?いや、私から言ったら図々しくない?花京院くんからに決まってるでしょ」
「くーっ!花京院もやるじゃあねーか!でも紫苑から言うのが図々しいだなんて事は全くねーぜ?女の子から言われるってのも悪くないもんだ……なぁ花京院?」
紫苑の隣で我関せずと言った様子で窓の外を眺めていた花京院は、ポルナレフから話を振られると呆れた表情でポルナレフの方を見る。そしてため息を一つこぼすと、腕組みしながら口を開いた。
「……ポルナレフ、さっきから薄々思っていたんだが……君、何か勘違いをしてないか」
「勘違いだぁ?」
「そもそも、ポルナレフは何の話をしてると思ってるんだ?」
「そりゃあお前、どっちから告白したのかっていう話だぜ」
「えっそんな話だったの!?」
「は、違うのか!?」
「はぁ……やっぱりそんな事だろうと思ったさ」
紫苑がポルナレフの言葉に驚くと、そのリアクションに対してポルナレフも驚きの声を上げる。花京院は驚いて固まったままのポルナレフに向かって、自分たちはそんな関係性ではないことを伝えた。
「まったく……友達同士でもプレゼントくらいあげるだろう」
「何だ、お前ら付き合うことになったわけじゃあねーのかよ……と、いうことは……くっそ〜俺の負けかぁ」
「ワハハ、わしらの勝ちじゃな」
ポルナレフが頭を抱えて項垂れると、それを見たジョセフがニシシ、とあくどい笑みを浮かべた。
「ジョースターさんが『日本人はシャイだから特別な時にしか贈り物なんてしない』って言うから俺はそっちに賭けたっていうのに!」
「わしの言葉に惑わされるお前が悪いんじゃよ〜。こういうのも戦術の一つだからな」
「私はよくわからなかったからジョースターさんと同じ方に賭けたが……結果的に正解だったな」
「く、くそ〜、悔しいぜ」
そうやってワイワイと盛り上がる隣のテーブルの会話を聞くうちに、何か引っかかるものを感じた紫苑は思わず首をひねる。そしてしばらく考え込んだ後あることに気がつくと、勢いよくジョセフ達の方へと振り向いた。
「待ってくださいジョースターさんにアヴドゥルさん。もしかして、私達の事で賭けをしてたんですか!?」
「ああそうだぞ。ポルナレフが持ちかけてきたんじゃ」
「すまないな紫苑。最初は止めたんだが、私もちょっと気になってしまって」
「もう……賭けるならもっと他のことにしてくださいよ」
「ハハハ、すまんすまん」
不服そうに眉間にシワを寄せる紫苑に、やれやれといった様子でため息をつく花京院。そんな彼らの様子に対して悪びれることなく笑い声をあげるジョセフと、申し訳無さそうに笑みを浮かべるアヴドゥル。そして未だ悔しそうにしているポルナレフに我関せずを貫く承太郎。
列車内には賑やかな声が響いている。こうして列車での移動を楽しみながら、一行は次の目的地であるインドへと向かっていった。