エジプトまでの道程編
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無事貨物船から脱出した紫苑達は、再びボートに乗りこむと、先程まで乗っていた貨物船を見上げる。巨大だった船は蜃気楼のように歪み、縮んでいき、黒々とした煙を上げながら、やがて紫苑達が乗っているボートと遜色ないくらい小さな船へと変貌していった。
「し、信じられないわ、船の形が変わっていく……あんなにボロでちっちゃな船が今まで乗ってた船?」
「何ということだ……あの猿は自分のスタンドで海を渡ってきたのか……恐るべきパワーだった。初めて出会うエネルギーだった」
アンがボートの縁に手をかけ、目をまんまるにしながら絶句する。その後ろでアヴドゥルも同じように目を見開きながら冷や汗を流していた。
「我々は完全に圧倒されていた。承太郎が気が付かなければ、紫苑が足止めをしていなければ、そしてこの危機を花京院に伝えていなければ……間違いなくやられていただろう」
ジョセフはそう呟くと、更に「しかしコイツ以上の強力なスタンド使いとこれからも出会うのか?」とぼやきながら、複雑そうな顔で口元に手を当てた。ポルナレフはそんなジョセフを励ますかのようにガムを差し出す。そして「お前らもどうだ?」と言いながら他のメンバーにもガムを配り終えると、花京院の学ランを着ている紫苑と承太郎の学ランを着ているアンの方へと振り向き、2人の格好をまじまじと眺めた。
「それよりよぉ……お前ら2人は何で学ラン羽織ってるんだ?」
「JOJOが貸してくれたのよ、その格好じゃあ寒いだろうって」
「はぁ?花京院はまだしも、JOJOなんて上着脱いだらタンクトップ一枚だぜ?絶対JOJOの方が寒いだろ」
「……あたし達、今タオル一枚しか着てないのよ」
「なにィ!?それは本当なのか紫苑!」
「まぁ……恥ずかしながらそうですね」
アンがジト目でポルナレフを見ながら「デリカシーってものがないわね」と零す。身体をわなわなと震わせながら叫ぶポルナレフを見て紫苑は苦笑しつつ、心の中で『あまりその話題に触れないでほしいな』と呟いた。何せポルナレフの両隣に座っているジョセフやアヴドゥルからの視線が痛い。
「じゃ、じゃあお前らは紫苑のタオル一枚の無防備な姿を見たって事か……?」
「おれは見てねぇぜ。来てすぐにエテ公に吹き飛ばされてったからな。じっくり見てんのは花京院だろ」
「なッ、ぼ、ぼくだってそんなにじっくり見てないぞ!なるべく視界に入れないよう努力してたさ!」
「だーっ時間なんてどうでも良いんだよ!問題は見たか見てないかだ!花京院!お前は見たんだな!?」
「うぐッ…………そりゃあ、み、見たが……」
「あの、私別にもう気にしてませんから……」
「ならやることは一つだぜ花京院!男ならきちんと責任を取らなきゃならん!」
「……聞いてませんね」
ポルナレフは腰を浮かせ前のめりになると、わたわたと慌てている花京院の肩をガッチリと掴んで何かを力説しはじめる。紫苑はそんなポルナレフをなだめようとするものの、熱くなっているのか全く聞き入れて貰えなかった。
「はぁ……ジョースターさん、とりあえず私達ここで着替えてしまっていいですか?このまま夜を越したら風邪を引いてしまいそうで……」
「こ、ここでか?ううむ……」
「それにこのまま救助されたら皆さんとんでもない誤解を受けると思いますよ、多分。……上着を使って見えないようにしますし、すぐに着替え終わりますから……駄目ですか?」
夜の海はとにかく寒いのだ。ここで着替えておかないと後々死活問題になってしまうので、紫苑はなんとかして許しを貰おうと必死に粘る。
「……ああもうしょうがない、ポルナレフが見ていないうちに着替えるんじゃぞ。わしらも向こうを向いているから、終わったら声をかけなさい」
「やった、ありがとうございます」
ジョセフはウンウンと唸り決断を下しかねていたが、ここで風邪を引かれると今後の旅路にも影響するだろうと判断し、気は進まないが……と思いつつも許可を出す。紫苑はその言葉を受け取ると一目散にボートの隅っこへと移動し、花京院の学ランの中でモゾモゾと着替えを始めた。
「へぇ、随分器用に着替えるのね」
「体育の時とか、プールの時とかもこうやって着替えてるから慣れてるんだよね。……よし、終わり」
紫苑はものの数分でセーラー服に着替え終わると、羽織っていた花京院の学ランを脱ぐ。そして関心したように紫苑の着替えを見ていたアンの目の前にしゃがみ込んだ。
「さ、次はアンちゃんの番だよ。私が皆から見えないように盾になってあげるから、着替えちゃおうか」
「えーっ!せっかくJOJOが上着貸してくれたのに!」
「だーめ。身体冷やしちゃうし、早く上着返してあげないとそのJOJOが風邪引いちゃうかもしれないでしょ」
紫苑がボートを揺らさないようにしながら慎重に立ち上がり、花京院の学ランをカーテンのようにして持ってアンの目の前に立つ。するとアンは口を尖らせながらも、渋々元の洋服へと着替え始めた。
暫くすると「終わったわよ」という声と共に、カーテン代わりにしていた学ランの脇からアンがひょっこりと顔を出した。紫苑は花京院の学ランを掲げるのを止め、それを軽く畳みながらアンの方を見る。するとアンは「自分で返してくるから!」と言って承太郎の学ランを大事そうに抱えながらゆっくりと持ち主の元へ移動していった。紫苑はそんなアンを微笑ましく思いながら見送る。そしてジョセフに着替え終わった事を伝えると、未だにやんややんやとポルナレフと言い合いをしている花京院の元へと向かった。
「花京院くん、学ラン貸してくれてありがとう。これ、返すね」
「ああ翠川さん、いや、気にしないでくれ」
「何だ、いつの間に着替えちまったのか」
紫苑が2人の会話を中断するようにして花京院に話しかけると、ポルナレフはどこか残念そうな面持ちで紫苑を見る。花京院はそんなポルナレフに対し、もの言いたげな視線を向けた。
「何残念そうな表情をしてるんだポルナレフ」
「い、いやぁ何でもねぇぜ!……ん?何かお前らちょっと仲良くなってねえか?この前までお互い妙によそよそしかったのによ」
ポルナレフの言葉に紫苑と花京院はきょとんとしながら顔を見合わせる。紫苑はポルナレフの『妙によそよそしかった』という部分に心当たりがあったので、確かに言われてみればそうかもしれないな、と思った。
「そう……か?」
「自覚無かったのか?同い年だっていうのに堅っ苦しい感じで喋ってたりしてたじゃあねぇか」
あまりピンと来ていない花京院の様子に、ポルナレフは呆れたように肩をすくめる。すると何か思いついたのか、ニコニコと笑みを浮かべながら紫苑の方にズイッと顔を近づけてきた。
「ああそうだ紫苑、俺にも敬語を外して喋ってくれよ。敬語だとなーんかムズムズするんだよな」
「え、良いんですか?」
「良いに決まってるだろ?寧ろ話しやすくて大歓迎だぜ」
「わかった。それじゃあ敬語外して喋るね」
紫苑としても、比較的年齢が近く、明るくてお調子者のポルナレフと敬語で喋るのは少し違和感があったので願ったり叶ったりだった。
「……それにしても、これでまた漂流か」
「そうですね。そろそろちゃんとしたホテルに泊まって、身体を休めたいかも……」
アヴドゥルの呟きに紫苑は頷きつつ、凝り固まった身体をほぐすようにして伸ばす。
「無事救助されて、シンガポールに着けるよう祈るしかないな」
「……やれやれ。モクがシケちまったぜ」
「乾かす太陽と時間は十分あるぜ、JOJO」
「日本を出て4日か……」
それぞれが思い思いに呟く中、ゆっくりと時間は過ぎていく。そうして波に揺られながら、承太郎達は再び長い時間を海の上で過ごすことになったのであった。
そして新たに日が登り始めた明け方。運良く通りがかった漁船に救助され、承太郎達は無事シンガポールへと足を踏み入れる事ができた。久しぶりの陸地の感触に、紫苑は安心感を覚えた。
美しい湾沿いに佇むマーライオンを通り過ぎ、橋を渡って内陸へと進んでいく。この海周辺の地域では近代化が進み、それに伴って高層ビルや幾何学的な建物が多く立ち並んでおり、とてもきらびやかな雰囲気を醸し出していた。そんな多くの観光客が行き交う美しい街並みを歩いていると、突如背後から笛の音が聞こえてきた。
「コラッきさま!」
一行が立ち止まって振り向くと、そこには警官が一人立っていた。
「きさまゴミを捨てたな!罰金500シンガポールドルを課する!」
「罰金?」
その警官はポルナレフに対し、強い口調で罰金を払えと詰め寄る。
「500シンガポールドル……」
「いくら位なんです?」
「日本円で約4万か」
「ゴミ……?」
「我がシンガポールではゴミを捨てると罰金を課する法律があるのだ!わかったかね?」
「だからなんのことだ………あ」
訳がわからないといった様子のポルナレフに対し、警官は「ここだ」と言いながら地面を指さす。そこには、くたびれた袋が置いてあった。確かにその袋は少し薄汚れており、ゴミに見えなくもないが、これまでポルナレフと一緒に旅をしてきた紫苑達はそれが何なのか理解していた。あれはポルナレフの荷物なのだ。その大事な荷物がゴミと間違えられたのだと理解したアヴドゥルは、思わず吹き出した。ポルナレフもそのことに気がつくと、ムッとした表情で自分の荷物を指さしながら逆に警官に詰め寄った。
「俺には!自分の荷物の他にはなーんにも見えねーけど?どれがゴミか教えて貰えませんかねーッ!」
「え!」
そして悪どい笑みを浮かべながら、警官の肩をポンポンと叩く。警官は己の勘違いに気がついたのか、サーッと顔から血の気が引いていた。
「どこにゴミが落ちてんのよォ、あんた!」
「こ、これはあんたの荷物!?し、失礼した」
一連のやり取りに、一行は思わず大きな笑い声をあげる。すると道の端から、聞き覚えのある女の子の笑い声が聞こえてきた。
「ん?」
「あれ?」
振り返ると、そこにはシンガポールに着いた時点で別れたはずのアンがいた。アンは紫苑達の何でここにいるんだ?といった眼差しに気がつくと、ハッとした表情の後慌てて顔を背け、道端の植込みに座り込む。
「何だ、あのガキ?まだくっついてくるぜ」
「おい、おやじさんに会いにいくんじゃあないのか?」
「俺たちにくっついてないで早く行けばぁ」
「フン、5日後落ち合うんだよ。どこ歩こうとあたいの勝手だろ、てめーらの指図はいらねーよ」
ジョセフとポルナレフの言葉に対し、アンはぶっきらぼうにそう言うと、少し寂しそうな表情で承太郎達一行を見る。あの様子を見るに、きっと口ではああ言いながらもこっそりと承太郎達の後を着いてくるつもりなのだろう。それに気がついたアヴドゥルが、アンを横目で見ながら口を開く。
「あの子、我々と居ると危険だぞ」
「しかし、お金がないんじゃあないのかな」
「そしたら5日間も野宿?女の子一人だけでなんて、それこそ危険なんじゃあ……」
「しょうがない、ホテル代を面倒見てやるか。ポルナレフ、彼女のプライドを傷つけんよう連れて来てくれ」
「あいよ」
ポルナレフはお安い御用だというようにしてジョセフに対しひらりと手を挙げ、アンの方へと歩いていく。紫苑はそんなポルナレフの様子と今までのアンに対する態度を思い出して、何だか嫌な予感がするな、と思いながらポルナレフを見送った。
「おい」
「……?」
「ビンボーなんだろ?恵んでやるからついてきな」
ポルナレフの言葉に、アンは呆れた表情になる。ジョセフもこりゃ駄目だといった様子で額に手を当てて頭を振り、承太郎も無言で息を吐く。紫苑や花京院に至っては笑いが堪えきれずに吹き出してしまっていた。ポルナレフだけは状況がよくわかっていないのか、ポカンとした表情で首を傾げている。そんなポルナレフの様子見て、紫苑はぷるぷると肩を震わせながらやっぱりな、と心の中で思った。
「あー。ではチェックインを……」
「うむ……」
アヴドゥルの声かけにより、気を取り直して皆でホテルへと向かう。着いたホテルはとても立派な造りをしており、ロビーに入ると高級感溢れる装飾が紫苑達を出迎えた。また観光シーズンと被っているのか、紫苑達以外にもこのホテルに泊まるのであろう旅行客が大勢このロビーにたむろしていた。
ジョセフがフロントに声をかけ、チェックインの手続きを始める。他のメンバーはジョセフの後ろでチェックインが終わるのを待っていた。
「申し訳ありません、只今シーズン真っ盛りでして……お部屋はバラバラになってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「まぁやむを得ん。では部屋を……あー、わしとアヴドゥルでまず一部屋」
「ぼくと承太郎でもう一部屋を。学生は学生同士ということで」
「フン」
花京院は例のビーチチェアで放ったフレーズが気に入っているのか、似たようなセリフを言いながら笑みを浮かべている。紫苑はその学生は学生同士でというセリフが引っかかり、からかいの意味も含めて、少し寂しげな表情で花京院の顔を見上げた。
「私も学生だけど?」
「えっ……!いや、だって君は女の子……」
「んふふ、冗談だよ」
「何だ……驚かさないでくれ……」
慌てた様子で弁明する花京院を見て、紫苑は堪えきれずに肩を揺らす。そこでからかわれた事に気がついた花京院は、恨めしげに紫苑を見ながら胸を撫で下ろした。
そんな2人の様子を、ジョセフやアヴドゥルは微笑ましげに見つめていた。
「となると、もう一部屋は紫苑と……」
「紫苑、俺と一緒の部屋っていうのはどう」
「紫苑はあたしと一緒ね!」
「そうしよっか。ごめんなさいポルナレフ、そういう事だから」
「ちぇっ、残念」
アンが紫苑の腕をぐんと引いて胸に抱き込み、ポルナレフの誘いに強引に割り込む。まぁ常識的に考えてここはアンと同室になるのが一番妥当だろう。紫苑が苦笑しながら断ると、ポルナレフは残念そうな表情で肩を落とした。
「それではポルナレフが一人部屋として……君、部屋を4つ頼む」
「かしこまりました。こちらルームキーとなります」
「ま、一人の方が伸び伸びできるからな。……俺はこの部屋を選ばせて貰うぜ」
受付嬢がカウンターの上にルームキーを置くと、それをポルナレフが一番初めに選び取る。
「行くぞ。香港を出てからろくな目に合わなかったからな。早く安全な部屋でシャワーでも浴びようや」
足早に階段へと向かうポルナレフを見て、一行は仕方ないな、といった様子で薄く笑い、その後について行く。今回取ったのは9階の部屋が1つと10階の部屋が3つだった。紫苑とアンの部屋は1122号室だ。ポルナレフが9階の部屋を選んでいたので彼とは1つ下の階で別れ、他の男性陣とも10階で別れると、紫苑とアンは自分たちの部屋へと入った。
「ふかふかのベッドだぁ~ッ!」
「これでゆっくり休めるね」
アンが一目散にベッドへと駆けていき、思い切りダイブする。紫苑も荷物の整理を粗方終えると、隣のベッドへと腰掛けた。
「……ねぇ紫苑、前から聞きたかったんだけどさぁ」
「なに?」
アンはうつ伏せの状態から身体を起き上がらせ紫苑の隣へ座ると、不自然に目線を彷徨わせながら紫苑に声をかける。しかし中々言いづらいことなのか、紫苑がアンの顔を見て聞く体制に入っても、アンは思い詰めた表情で足をパタパタと動かすだけで、その先の言葉を紡ごうとしない。暫く無言の状態が続いたが、紫苑が何も言わずに根気よくアンの言葉を待っていると、アンは意を決した表情で顔を上げ口を開いた。
「紫苑とJOJOって、どういう関係なの……?」
「……え?」
とても真剣な表情で突拍子もない事を尋ねられ、紫苑はきょとんとする。目をぱちくりと瞬かせながらアンの言葉を心の中で繰り返す事数秒。その可愛らしい意図を理解した途端、紫苑は何だか微笑ましく感じ、思わず笑いが溢れてしまった。
「な、何で笑うの!こっちは真剣に聞いてるのよ!」
「い、いやごめんね、ふふ…………JOJO、先輩とは高校が同じなだけだよ。私のひとつ上の学年の先輩。ほんとに数日前までは話したことも無かったし、先輩に恋愛感情は抱いてないかなぁ」
「ほ、ほんとに?」
アンは先程までの表情を一変させパァッと顔を輝かせると、小声で「良かった」と呟いた。そして機嫌が良くなったのか鼻歌を歌いながら、更にこんな事を言い始めた。
「そうよね、恋人だったら先輩だなんて呼ばないものね!……じゃあちなみに、紫苑は誰だったら良いの?」
「誰ってどういう事?」
「あのメンツの中でお付き合いするなら誰が一番良いかって事よ!あっ、JOJOは無しだからね!」
「ええ……」
アンはベッドのシーツにシワが寄るのもお構いなしに、満面の笑みで紫苑にグイグイと詰め寄る。その好奇心に満ちた瞳を見るに、完全に恋バナモードに入っているようだ。
そんなアンの質問に紫苑は頭を悩ませた。適当に言ったら理由を聞かれて嘘はつかないでと怒られるだろうし、かと言って真剣に考えて答えを出すと、それはそれで面倒なことになりそうな予感がするのだ。……主に『紫苑の恋路を応援しよう!』のような方向性で。
どう答えれば一番穏便に済むかな、と紫苑が難しい顔をしながら頭を捻っていると、唐突にアンがハッとした表情で口元を覆う。
「そうだった、紫苑には花京院さんが居るんだったわね。うっかりしてたわ、ごめんなさい」
「……えっ!?」
からかっているわけでなく、本当にそうだと思っているように申し訳無さそうに項垂れるアンに、紫苑は思わず大きな声を上げた。アンはその声にビクリと身体を揺らすと、地面に下げていた視線を上げ、身体を前に倒して紫苑の顔を覗き込む。そして心底驚いたという顔をして固まっている紫苑を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「何とぼけた顔してるのよ。だってそうじゃない、あの猿に吹き飛ばされた時も花京院さんが助けに来てくれてたんでしょ?学ランまで着せてもらっちゃってさぁ……しかも彼、船を脱出するとき、紫苑の姿が他の人の目になるべく晒されないように盾になってくれてたわよ」
「確かに助けに来てくれてた事は事実だけど……って、そうだったの?」
最後の盾になってくれていた事に関しては紫苑は全く気がついていなかった。それを聞いた紫苑は、花京院に対して頭が上がらない思いでいっぱいになった。
何かお礼をすべきだろうかと考えていると、この部屋の呼び鈴が鳴った。腰を浮かせるアンに対して「私が出てくるよ」と言うと、紫苑はベッドから立ち上がり、ドアへと近づく。覗き穴を見ると、部屋の外には花京院と承太郎が立っていたので、何かあったのだろうかと疑問に思いながらドアを開けた。
「2人とも、どうかしましたか?」
「ポルナレフが敵に襲われたらしい。今からじじいの部屋……1212号室に行くぞ。作戦会議だそうだ」
「わかりました。……あ、でもアンちゃんはどうしよう」
「彼女を連れて行くのは危険だし、この部屋で待っていてもらった方がいいだろう。翠川さんから伝えてあげてくれないか?」
「そうだね。ちょっと待ってて」
紫苑は一旦ドアを閉めて部屋の中に戻る。そしてドレッサーの前で身だしなみをチェックしているアンに近づき、紫苑が今からジョセフの部屋に行く事と、アンにはこの部屋で待っていて欲しい事、紫苑以外の人間が来ても絶対に扉を開けないで欲しい事を手短に伝えた。アンは留守番していなければならない事に対し、少し不服そうに眉を寄せていたが、すぐに呆れたような表情になると「何か大事な話なんでしょ。あたしはちゃんとこの部屋で待ってるから」と言って再びベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「じゃあ、お留守番よろしくね」
「はぁーい」
アンが足をゆらゆらと揺らしながら気だるげに返事をする。紫苑はアンの寂しそうな雰囲気に少し心を痛めながらも部屋を後にし、承太郎達と共にジョセフの居る1212号室へと向かった。
目的の場所に着き、承太郎が扉を開けて中に入る。その後ろから花京院、紫苑の順で部屋に入っていくと、部屋の中で椅子に腰掛けていたジョセフが紫苑の周囲を見て首を傾げた。
「ん、3人だけか」
「あの少女はどうした?」
ジョセフの近くに立っていたアヴドゥルも不思議に思ったのか、顔だけ紫苑の方に向け、アンの所在を問う。
「アンちゃんには、私の部屋で待っていてもらってます」
「彼女はスタンド使いではありませんし、ここに呼んでは返って危険に晒す恐れがあるかと」
「確かに……では後はポルナレフだけか。しかし遅いな……」
「ポルナレフは何て?」
「5分後に来ると言っていたが、そんなのはもうとっくに過ぎておる」
ジョセフはそう言うと、上体を反らせて背後の壁に掛けられている時計を見た。
「おいじじい、現れた敵っていうのはどんなやつなんだ」
「うーむ、詳しい話はポルナレフも集まってからしようと思っていたが……待っている時間も勿体無いか」
紫苑達がテーブルの周りに集まると、ジョセフは椅子から立ち上がって腕を組む。
「ポルナレフを襲ったのは『悪魔』のカードの暗示……『呪いのデーボ』」
「アメリカインディアンの呪術師という触れ込みで商売する殺し屋だ。マフィア、軍人、政治家……彼を雇うものはたくさんいるという」
話によると、アヴドゥルは以前その呪いのデーボを見たことがあるという。曰く、全身傷だらけで、しかもその傷は相手を挑発して自分を痛めつけた事によりできたものらしい。そしてその受けた傷による恨みのパワーでもって自分のスタンドを操っているそうだ。だからスタンドの見えない一般の人間には、ターゲットが呪い殺されたように見えている。
「奴のスタンドについて知るものはいない。何故なら、出会ったものは全員殺されているからだ」
「そしてそいつは一人ずつ確実に我々全員を倒すことが可能じゃ。手がかりを知るためにも、まずはポルナレフに襲われた時の状況を聞きたいのだが……」
「まだ来ていない、と」
花京院は呆れたようにそう言うと、開く気配のない扉に目をやる。ジョセフも同じように扉へと目をやると、深いため息を吐きながら額に手を当てて首を振った。
「全く、何をしておるんじゃポルナレフは。既にデーボの術中にはまっているかもしれんというのにのんびりしおって」
「傷の手当に手間取っているのでしょうか」
「鍵でもなくしたんじゃあないのか?」
「でも、ここまで遅いと心配ですね。……私、見てきましょうか?」
「ガキじゃあねーんだ。もうしばらく待ってりゃ来るだろ」
承太郎は壁に寄りかかり、ポケットに入れていた手を出してタバコを取り出す。そして口にくわえると、ライターでタバコの先端に火をつけて吸い始めた。
「入れ違いになっても困るからな。あと5分ほど待って、それでも来なかったら迎えに行くとするか。……承太郎、ここは禁煙じゃぞ。吸うならベランダで吸いなさい」
「それがいいでしょう。ジョースターさんはここで待機していてください、私が紫苑と一緒に迎えに行きます。一人での行動は危険ですから」
「ああ、頼んだぞアヴドゥル。紫苑もそれで良いかね?」
「はい、大丈夫です。わかりました」
「……」
皆でそう話し合っていると、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開かれる。そこには、くたびれた様子のポルナレフが立っていた。
「おおポルナレフ、ようやく来たか」
「全く時間にルーズなヤツだ。よし皆、それでは早速だが呪いのデーボに襲われた時の対策を練るとするか。……どうしたポルナレフ、早くこっちにこんかい」
ポルナレフは後手でドアを閉めたあと、俯いたままそこから動こうとしなかった。そんなポルナレフに対してジョセフが呼びかけると、ポルナレフは扉に背を預け、力が抜けたようにズルズルと膝から崩れ落ちた。
「ど、どうしたのポルナレフ?」
「つ、疲れた……」
紫苑は力無く床に座り込むポルナレフに駆け寄り、身体を支える。敵に襲われ、怪我をしているとは聞いていたが、思っていたよりも傷だらけでボロボロの体に、紫苑は思わず目を見開いた。
「た、大変……今治療するね」
「何じゃ、さっき電話を寄越した時にはピンピンしとったのに。……まさか、もう一度襲われでもしたのか?」
「……そうだよ、そのまさかだ。……それに、もう敵は俺が倒してやったぜ……」
「な、なんじゃと!?」
衝撃の事実に、ジョセフは驚きの声を上げる。周りでその会話を聞いていた紫苑達も、思わず目を見開いた。
「それにしたってよぉ……誰か助けに来てくれたっていいじゃあねーか!何で誰もこねーんだよ!」
「いやぁスマンスマン、お前の事だから、トイレが長引いてるとか、鍵を探してるとかで遅れとるのかと思って……」
「日頃の行いってやつだな」
「チクショーッ!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
ジョセフや花京院になんとも悲しいことを言われ、ジタバタしながら喚き散らすポルナレフを鎮めながら、紫苑はアイオーンで治療を施していく。ポルナレフはその間も「労働料だ!」と言って、デーボとの戦いがどのくらい大変だったのかや、どのように倒したかなどを皆に永遠と語っていた。
「そういえばポルナレフ……その呪いのデーボの死体は、まだお前の部屋にそのままあるのか?」
「ああそうだぜ、早くお前らに敵を倒したことを伝えなくちゃあなと思ってたからな……あ」
「……多分、捕まるぞ。警察にな」
アヴドゥルが渋い顔でそう告げる。ことの重大さに気がついたポルナレフは、興奮して赤くなっていた顔を急に真っ青にさせ、途端にうろたえ始めた。
「ど、どうすりゃあいいんだ!あッそうだジョースターさん!アンタならなんとかできねーか!?」
「う、うーむ、とりあえず手は打つが……」
「せっかくゆっくりホテルで休めると思ったのに、留置所に行くのは嫌だーッ!なんとかしてくれよ!」
悲痛な声を上げてジョセフ泣きつくポルナレフ。しかしそれも虚しく、ポルナレフは目撃証言からジョセフの部屋にやってきた警察により捕まってしまい、署の方に連行されることになってしまったのであった。
「し、信じられないわ、船の形が変わっていく……あんなにボロでちっちゃな船が今まで乗ってた船?」
「何ということだ……あの猿は自分のスタンドで海を渡ってきたのか……恐るべきパワーだった。初めて出会うエネルギーだった」
アンがボートの縁に手をかけ、目をまんまるにしながら絶句する。その後ろでアヴドゥルも同じように目を見開きながら冷や汗を流していた。
「我々は完全に圧倒されていた。承太郎が気が付かなければ、紫苑が足止めをしていなければ、そしてこの危機を花京院に伝えていなければ……間違いなくやられていただろう」
ジョセフはそう呟くと、更に「しかしコイツ以上の強力なスタンド使いとこれからも出会うのか?」とぼやきながら、複雑そうな顔で口元に手を当てた。ポルナレフはそんなジョセフを励ますかのようにガムを差し出す。そして「お前らもどうだ?」と言いながら他のメンバーにもガムを配り終えると、花京院の学ランを着ている紫苑と承太郎の学ランを着ているアンの方へと振り向き、2人の格好をまじまじと眺めた。
「それよりよぉ……お前ら2人は何で学ラン羽織ってるんだ?」
「JOJOが貸してくれたのよ、その格好じゃあ寒いだろうって」
「はぁ?花京院はまだしも、JOJOなんて上着脱いだらタンクトップ一枚だぜ?絶対JOJOの方が寒いだろ」
「……あたし達、今タオル一枚しか着てないのよ」
「なにィ!?それは本当なのか紫苑!」
「まぁ……恥ずかしながらそうですね」
アンがジト目でポルナレフを見ながら「デリカシーってものがないわね」と零す。身体をわなわなと震わせながら叫ぶポルナレフを見て紫苑は苦笑しつつ、心の中で『あまりその話題に触れないでほしいな』と呟いた。何せポルナレフの両隣に座っているジョセフやアヴドゥルからの視線が痛い。
「じゃ、じゃあお前らは紫苑のタオル一枚の無防備な姿を見たって事か……?」
「おれは見てねぇぜ。来てすぐにエテ公に吹き飛ばされてったからな。じっくり見てんのは花京院だろ」
「なッ、ぼ、ぼくだってそんなにじっくり見てないぞ!なるべく視界に入れないよう努力してたさ!」
「だーっ時間なんてどうでも良いんだよ!問題は見たか見てないかだ!花京院!お前は見たんだな!?」
「うぐッ…………そりゃあ、み、見たが……」
「あの、私別にもう気にしてませんから……」
「ならやることは一つだぜ花京院!男ならきちんと責任を取らなきゃならん!」
「……聞いてませんね」
ポルナレフは腰を浮かせ前のめりになると、わたわたと慌てている花京院の肩をガッチリと掴んで何かを力説しはじめる。紫苑はそんなポルナレフをなだめようとするものの、熱くなっているのか全く聞き入れて貰えなかった。
「はぁ……ジョースターさん、とりあえず私達ここで着替えてしまっていいですか?このまま夜を越したら風邪を引いてしまいそうで……」
「こ、ここでか?ううむ……」
「それにこのまま救助されたら皆さんとんでもない誤解を受けると思いますよ、多分。……上着を使って見えないようにしますし、すぐに着替え終わりますから……駄目ですか?」
夜の海はとにかく寒いのだ。ここで着替えておかないと後々死活問題になってしまうので、紫苑はなんとかして許しを貰おうと必死に粘る。
「……ああもうしょうがない、ポルナレフが見ていないうちに着替えるんじゃぞ。わしらも向こうを向いているから、終わったら声をかけなさい」
「やった、ありがとうございます」
ジョセフはウンウンと唸り決断を下しかねていたが、ここで風邪を引かれると今後の旅路にも影響するだろうと判断し、気は進まないが……と思いつつも許可を出す。紫苑はその言葉を受け取ると一目散にボートの隅っこへと移動し、花京院の学ランの中でモゾモゾと着替えを始めた。
「へぇ、随分器用に着替えるのね」
「体育の時とか、プールの時とかもこうやって着替えてるから慣れてるんだよね。……よし、終わり」
紫苑はものの数分でセーラー服に着替え終わると、羽織っていた花京院の学ランを脱ぐ。そして関心したように紫苑の着替えを見ていたアンの目の前にしゃがみ込んだ。
「さ、次はアンちゃんの番だよ。私が皆から見えないように盾になってあげるから、着替えちゃおうか」
「えーっ!せっかくJOJOが上着貸してくれたのに!」
「だーめ。身体冷やしちゃうし、早く上着返してあげないとそのJOJOが風邪引いちゃうかもしれないでしょ」
紫苑がボートを揺らさないようにしながら慎重に立ち上がり、花京院の学ランをカーテンのようにして持ってアンの目の前に立つ。するとアンは口を尖らせながらも、渋々元の洋服へと着替え始めた。
暫くすると「終わったわよ」という声と共に、カーテン代わりにしていた学ランの脇からアンがひょっこりと顔を出した。紫苑は花京院の学ランを掲げるのを止め、それを軽く畳みながらアンの方を見る。するとアンは「自分で返してくるから!」と言って承太郎の学ランを大事そうに抱えながらゆっくりと持ち主の元へ移動していった。紫苑はそんなアンを微笑ましく思いながら見送る。そしてジョセフに着替え終わった事を伝えると、未だにやんややんやとポルナレフと言い合いをしている花京院の元へと向かった。
「花京院くん、学ラン貸してくれてありがとう。これ、返すね」
「ああ翠川さん、いや、気にしないでくれ」
「何だ、いつの間に着替えちまったのか」
紫苑が2人の会話を中断するようにして花京院に話しかけると、ポルナレフはどこか残念そうな面持ちで紫苑を見る。花京院はそんなポルナレフに対し、もの言いたげな視線を向けた。
「何残念そうな表情をしてるんだポルナレフ」
「い、いやぁ何でもねぇぜ!……ん?何かお前らちょっと仲良くなってねえか?この前までお互い妙によそよそしかったのによ」
ポルナレフの言葉に紫苑と花京院はきょとんとしながら顔を見合わせる。紫苑はポルナレフの『妙によそよそしかった』という部分に心当たりがあったので、確かに言われてみればそうかもしれないな、と思った。
「そう……か?」
「自覚無かったのか?同い年だっていうのに堅っ苦しい感じで喋ってたりしてたじゃあねぇか」
あまりピンと来ていない花京院の様子に、ポルナレフは呆れたように肩をすくめる。すると何か思いついたのか、ニコニコと笑みを浮かべながら紫苑の方にズイッと顔を近づけてきた。
「ああそうだ紫苑、俺にも敬語を外して喋ってくれよ。敬語だとなーんかムズムズするんだよな」
「え、良いんですか?」
「良いに決まってるだろ?寧ろ話しやすくて大歓迎だぜ」
「わかった。それじゃあ敬語外して喋るね」
紫苑としても、比較的年齢が近く、明るくてお調子者のポルナレフと敬語で喋るのは少し違和感があったので願ったり叶ったりだった。
「……それにしても、これでまた漂流か」
「そうですね。そろそろちゃんとしたホテルに泊まって、身体を休めたいかも……」
アヴドゥルの呟きに紫苑は頷きつつ、凝り固まった身体をほぐすようにして伸ばす。
「無事救助されて、シンガポールに着けるよう祈るしかないな」
「……やれやれ。モクがシケちまったぜ」
「乾かす太陽と時間は十分あるぜ、JOJO」
「日本を出て4日か……」
それぞれが思い思いに呟く中、ゆっくりと時間は過ぎていく。そうして波に揺られながら、承太郎達は再び長い時間を海の上で過ごすことになったのであった。
そして新たに日が登り始めた明け方。運良く通りがかった漁船に救助され、承太郎達は無事シンガポールへと足を踏み入れる事ができた。久しぶりの陸地の感触に、紫苑は安心感を覚えた。
美しい湾沿いに佇むマーライオンを通り過ぎ、橋を渡って内陸へと進んでいく。この海周辺の地域では近代化が進み、それに伴って高層ビルや幾何学的な建物が多く立ち並んでおり、とてもきらびやかな雰囲気を醸し出していた。そんな多くの観光客が行き交う美しい街並みを歩いていると、突如背後から笛の音が聞こえてきた。
「コラッきさま!」
一行が立ち止まって振り向くと、そこには警官が一人立っていた。
「きさまゴミを捨てたな!罰金500シンガポールドルを課する!」
「罰金?」
その警官はポルナレフに対し、強い口調で罰金を払えと詰め寄る。
「500シンガポールドル……」
「いくら位なんです?」
「日本円で約4万か」
「ゴミ……?」
「我がシンガポールではゴミを捨てると罰金を課する法律があるのだ!わかったかね?」
「だからなんのことだ………あ」
訳がわからないといった様子のポルナレフに対し、警官は「ここだ」と言いながら地面を指さす。そこには、くたびれた袋が置いてあった。確かにその袋は少し薄汚れており、ゴミに見えなくもないが、これまでポルナレフと一緒に旅をしてきた紫苑達はそれが何なのか理解していた。あれはポルナレフの荷物なのだ。その大事な荷物がゴミと間違えられたのだと理解したアヴドゥルは、思わず吹き出した。ポルナレフもそのことに気がつくと、ムッとした表情で自分の荷物を指さしながら逆に警官に詰め寄った。
「俺には!自分の荷物の他にはなーんにも見えねーけど?どれがゴミか教えて貰えませんかねーッ!」
「え!」
そして悪どい笑みを浮かべながら、警官の肩をポンポンと叩く。警官は己の勘違いに気がついたのか、サーッと顔から血の気が引いていた。
「どこにゴミが落ちてんのよォ、あんた!」
「こ、これはあんたの荷物!?し、失礼した」
一連のやり取りに、一行は思わず大きな笑い声をあげる。すると道の端から、聞き覚えのある女の子の笑い声が聞こえてきた。
「ん?」
「あれ?」
振り返ると、そこにはシンガポールに着いた時点で別れたはずのアンがいた。アンは紫苑達の何でここにいるんだ?といった眼差しに気がつくと、ハッとした表情の後慌てて顔を背け、道端の植込みに座り込む。
「何だ、あのガキ?まだくっついてくるぜ」
「おい、おやじさんに会いにいくんじゃあないのか?」
「俺たちにくっついてないで早く行けばぁ」
「フン、5日後落ち合うんだよ。どこ歩こうとあたいの勝手だろ、てめーらの指図はいらねーよ」
ジョセフとポルナレフの言葉に対し、アンはぶっきらぼうにそう言うと、少し寂しそうな表情で承太郎達一行を見る。あの様子を見るに、きっと口ではああ言いながらもこっそりと承太郎達の後を着いてくるつもりなのだろう。それに気がついたアヴドゥルが、アンを横目で見ながら口を開く。
「あの子、我々と居ると危険だぞ」
「しかし、お金がないんじゃあないのかな」
「そしたら5日間も野宿?女の子一人だけでなんて、それこそ危険なんじゃあ……」
「しょうがない、ホテル代を面倒見てやるか。ポルナレフ、彼女のプライドを傷つけんよう連れて来てくれ」
「あいよ」
ポルナレフはお安い御用だというようにしてジョセフに対しひらりと手を挙げ、アンの方へと歩いていく。紫苑はそんなポルナレフの様子と今までのアンに対する態度を思い出して、何だか嫌な予感がするな、と思いながらポルナレフを見送った。
「おい」
「……?」
「ビンボーなんだろ?恵んでやるからついてきな」
ポルナレフの言葉に、アンは呆れた表情になる。ジョセフもこりゃ駄目だといった様子で額に手を当てて頭を振り、承太郎も無言で息を吐く。紫苑や花京院に至っては笑いが堪えきれずに吹き出してしまっていた。ポルナレフだけは状況がよくわかっていないのか、ポカンとした表情で首を傾げている。そんなポルナレフの様子見て、紫苑はぷるぷると肩を震わせながらやっぱりな、と心の中で思った。
「あー。ではチェックインを……」
「うむ……」
アヴドゥルの声かけにより、気を取り直して皆でホテルへと向かう。着いたホテルはとても立派な造りをしており、ロビーに入ると高級感溢れる装飾が紫苑達を出迎えた。また観光シーズンと被っているのか、紫苑達以外にもこのホテルに泊まるのであろう旅行客が大勢このロビーにたむろしていた。
ジョセフがフロントに声をかけ、チェックインの手続きを始める。他のメンバーはジョセフの後ろでチェックインが終わるのを待っていた。
「申し訳ありません、只今シーズン真っ盛りでして……お部屋はバラバラになってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「まぁやむを得ん。では部屋を……あー、わしとアヴドゥルでまず一部屋」
「ぼくと承太郎でもう一部屋を。学生は学生同士ということで」
「フン」
花京院は例のビーチチェアで放ったフレーズが気に入っているのか、似たようなセリフを言いながら笑みを浮かべている。紫苑はその学生は学生同士でというセリフが引っかかり、からかいの意味も含めて、少し寂しげな表情で花京院の顔を見上げた。
「私も学生だけど?」
「えっ……!いや、だって君は女の子……」
「んふふ、冗談だよ」
「何だ……驚かさないでくれ……」
慌てた様子で弁明する花京院を見て、紫苑は堪えきれずに肩を揺らす。そこでからかわれた事に気がついた花京院は、恨めしげに紫苑を見ながら胸を撫で下ろした。
そんな2人の様子を、ジョセフやアヴドゥルは微笑ましげに見つめていた。
「となると、もう一部屋は紫苑と……」
「紫苑、俺と一緒の部屋っていうのはどう」
「紫苑はあたしと一緒ね!」
「そうしよっか。ごめんなさいポルナレフ、そういう事だから」
「ちぇっ、残念」
アンが紫苑の腕をぐんと引いて胸に抱き込み、ポルナレフの誘いに強引に割り込む。まぁ常識的に考えてここはアンと同室になるのが一番妥当だろう。紫苑が苦笑しながら断ると、ポルナレフは残念そうな表情で肩を落とした。
「それではポルナレフが一人部屋として……君、部屋を4つ頼む」
「かしこまりました。こちらルームキーとなります」
「ま、一人の方が伸び伸びできるからな。……俺はこの部屋を選ばせて貰うぜ」
受付嬢がカウンターの上にルームキーを置くと、それをポルナレフが一番初めに選び取る。
「行くぞ。香港を出てからろくな目に合わなかったからな。早く安全な部屋でシャワーでも浴びようや」
足早に階段へと向かうポルナレフを見て、一行は仕方ないな、といった様子で薄く笑い、その後について行く。今回取ったのは9階の部屋が1つと10階の部屋が3つだった。紫苑とアンの部屋は1122号室だ。ポルナレフが9階の部屋を選んでいたので彼とは1つ下の階で別れ、他の男性陣とも10階で別れると、紫苑とアンは自分たちの部屋へと入った。
「ふかふかのベッドだぁ~ッ!」
「これでゆっくり休めるね」
アンが一目散にベッドへと駆けていき、思い切りダイブする。紫苑も荷物の整理を粗方終えると、隣のベッドへと腰掛けた。
「……ねぇ紫苑、前から聞きたかったんだけどさぁ」
「なに?」
アンはうつ伏せの状態から身体を起き上がらせ紫苑の隣へ座ると、不自然に目線を彷徨わせながら紫苑に声をかける。しかし中々言いづらいことなのか、紫苑がアンの顔を見て聞く体制に入っても、アンは思い詰めた表情で足をパタパタと動かすだけで、その先の言葉を紡ごうとしない。暫く無言の状態が続いたが、紫苑が何も言わずに根気よくアンの言葉を待っていると、アンは意を決した表情で顔を上げ口を開いた。
「紫苑とJOJOって、どういう関係なの……?」
「……え?」
とても真剣な表情で突拍子もない事を尋ねられ、紫苑はきょとんとする。目をぱちくりと瞬かせながらアンの言葉を心の中で繰り返す事数秒。その可愛らしい意図を理解した途端、紫苑は何だか微笑ましく感じ、思わず笑いが溢れてしまった。
「な、何で笑うの!こっちは真剣に聞いてるのよ!」
「い、いやごめんね、ふふ…………JOJO、先輩とは高校が同じなだけだよ。私のひとつ上の学年の先輩。ほんとに数日前までは話したことも無かったし、先輩に恋愛感情は抱いてないかなぁ」
「ほ、ほんとに?」
アンは先程までの表情を一変させパァッと顔を輝かせると、小声で「良かった」と呟いた。そして機嫌が良くなったのか鼻歌を歌いながら、更にこんな事を言い始めた。
「そうよね、恋人だったら先輩だなんて呼ばないものね!……じゃあちなみに、紫苑は誰だったら良いの?」
「誰ってどういう事?」
「あのメンツの中でお付き合いするなら誰が一番良いかって事よ!あっ、JOJOは無しだからね!」
「ええ……」
アンはベッドのシーツにシワが寄るのもお構いなしに、満面の笑みで紫苑にグイグイと詰め寄る。その好奇心に満ちた瞳を見るに、完全に恋バナモードに入っているようだ。
そんなアンの質問に紫苑は頭を悩ませた。適当に言ったら理由を聞かれて嘘はつかないでと怒られるだろうし、かと言って真剣に考えて答えを出すと、それはそれで面倒なことになりそうな予感がするのだ。……主に『紫苑の恋路を応援しよう!』のような方向性で。
どう答えれば一番穏便に済むかな、と紫苑が難しい顔をしながら頭を捻っていると、唐突にアンがハッとした表情で口元を覆う。
「そうだった、紫苑には花京院さんが居るんだったわね。うっかりしてたわ、ごめんなさい」
「……えっ!?」
からかっているわけでなく、本当にそうだと思っているように申し訳無さそうに項垂れるアンに、紫苑は思わず大きな声を上げた。アンはその声にビクリと身体を揺らすと、地面に下げていた視線を上げ、身体を前に倒して紫苑の顔を覗き込む。そして心底驚いたという顔をして固まっている紫苑を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「何とぼけた顔してるのよ。だってそうじゃない、あの猿に吹き飛ばされた時も花京院さんが助けに来てくれてたんでしょ?学ランまで着せてもらっちゃってさぁ……しかも彼、船を脱出するとき、紫苑の姿が他の人の目になるべく晒されないように盾になってくれてたわよ」
「確かに助けに来てくれてた事は事実だけど……って、そうだったの?」
最後の盾になってくれていた事に関しては紫苑は全く気がついていなかった。それを聞いた紫苑は、花京院に対して頭が上がらない思いでいっぱいになった。
何かお礼をすべきだろうかと考えていると、この部屋の呼び鈴が鳴った。腰を浮かせるアンに対して「私が出てくるよ」と言うと、紫苑はベッドから立ち上がり、ドアへと近づく。覗き穴を見ると、部屋の外には花京院と承太郎が立っていたので、何かあったのだろうかと疑問に思いながらドアを開けた。
「2人とも、どうかしましたか?」
「ポルナレフが敵に襲われたらしい。今からじじいの部屋……1212号室に行くぞ。作戦会議だそうだ」
「わかりました。……あ、でもアンちゃんはどうしよう」
「彼女を連れて行くのは危険だし、この部屋で待っていてもらった方がいいだろう。翠川さんから伝えてあげてくれないか?」
「そうだね。ちょっと待ってて」
紫苑は一旦ドアを閉めて部屋の中に戻る。そしてドレッサーの前で身だしなみをチェックしているアンに近づき、紫苑が今からジョセフの部屋に行く事と、アンにはこの部屋で待っていて欲しい事、紫苑以外の人間が来ても絶対に扉を開けないで欲しい事を手短に伝えた。アンは留守番していなければならない事に対し、少し不服そうに眉を寄せていたが、すぐに呆れたような表情になると「何か大事な話なんでしょ。あたしはちゃんとこの部屋で待ってるから」と言って再びベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「じゃあ、お留守番よろしくね」
「はぁーい」
アンが足をゆらゆらと揺らしながら気だるげに返事をする。紫苑はアンの寂しそうな雰囲気に少し心を痛めながらも部屋を後にし、承太郎達と共にジョセフの居る1212号室へと向かった。
目的の場所に着き、承太郎が扉を開けて中に入る。その後ろから花京院、紫苑の順で部屋に入っていくと、部屋の中で椅子に腰掛けていたジョセフが紫苑の周囲を見て首を傾げた。
「ん、3人だけか」
「あの少女はどうした?」
ジョセフの近くに立っていたアヴドゥルも不思議に思ったのか、顔だけ紫苑の方に向け、アンの所在を問う。
「アンちゃんには、私の部屋で待っていてもらってます」
「彼女はスタンド使いではありませんし、ここに呼んでは返って危険に晒す恐れがあるかと」
「確かに……では後はポルナレフだけか。しかし遅いな……」
「ポルナレフは何て?」
「5分後に来ると言っていたが、そんなのはもうとっくに過ぎておる」
ジョセフはそう言うと、上体を反らせて背後の壁に掛けられている時計を見た。
「おいじじい、現れた敵っていうのはどんなやつなんだ」
「うーむ、詳しい話はポルナレフも集まってからしようと思っていたが……待っている時間も勿体無いか」
紫苑達がテーブルの周りに集まると、ジョセフは椅子から立ち上がって腕を組む。
「ポルナレフを襲ったのは『悪魔』のカードの暗示……『呪いのデーボ』」
「アメリカインディアンの呪術師という触れ込みで商売する殺し屋だ。マフィア、軍人、政治家……彼を雇うものはたくさんいるという」
話によると、アヴドゥルは以前その呪いのデーボを見たことがあるという。曰く、全身傷だらけで、しかもその傷は相手を挑発して自分を痛めつけた事によりできたものらしい。そしてその受けた傷による恨みのパワーでもって自分のスタンドを操っているそうだ。だからスタンドの見えない一般の人間には、ターゲットが呪い殺されたように見えている。
「奴のスタンドについて知るものはいない。何故なら、出会ったものは全員殺されているからだ」
「そしてそいつは一人ずつ確実に我々全員を倒すことが可能じゃ。手がかりを知るためにも、まずはポルナレフに襲われた時の状況を聞きたいのだが……」
「まだ来ていない、と」
花京院は呆れたようにそう言うと、開く気配のない扉に目をやる。ジョセフも同じように扉へと目をやると、深いため息を吐きながら額に手を当てて首を振った。
「全く、何をしておるんじゃポルナレフは。既にデーボの術中にはまっているかもしれんというのにのんびりしおって」
「傷の手当に手間取っているのでしょうか」
「鍵でもなくしたんじゃあないのか?」
「でも、ここまで遅いと心配ですね。……私、見てきましょうか?」
「ガキじゃあねーんだ。もうしばらく待ってりゃ来るだろ」
承太郎は壁に寄りかかり、ポケットに入れていた手を出してタバコを取り出す。そして口にくわえると、ライターでタバコの先端に火をつけて吸い始めた。
「入れ違いになっても困るからな。あと5分ほど待って、それでも来なかったら迎えに行くとするか。……承太郎、ここは禁煙じゃぞ。吸うならベランダで吸いなさい」
「それがいいでしょう。ジョースターさんはここで待機していてください、私が紫苑と一緒に迎えに行きます。一人での行動は危険ですから」
「ああ、頼んだぞアヴドゥル。紫苑もそれで良いかね?」
「はい、大丈夫です。わかりました」
「……」
皆でそう話し合っていると、ガチャリと音を立てて部屋の扉が開かれる。そこには、くたびれた様子のポルナレフが立っていた。
「おおポルナレフ、ようやく来たか」
「全く時間にルーズなヤツだ。よし皆、それでは早速だが呪いのデーボに襲われた時の対策を練るとするか。……どうしたポルナレフ、早くこっちにこんかい」
ポルナレフは後手でドアを閉めたあと、俯いたままそこから動こうとしなかった。そんなポルナレフに対してジョセフが呼びかけると、ポルナレフは扉に背を預け、力が抜けたようにズルズルと膝から崩れ落ちた。
「ど、どうしたのポルナレフ?」
「つ、疲れた……」
紫苑は力無く床に座り込むポルナレフに駆け寄り、身体を支える。敵に襲われ、怪我をしているとは聞いていたが、思っていたよりも傷だらけでボロボロの体に、紫苑は思わず目を見開いた。
「た、大変……今治療するね」
「何じゃ、さっき電話を寄越した時にはピンピンしとったのに。……まさか、もう一度襲われでもしたのか?」
「……そうだよ、そのまさかだ。……それに、もう敵は俺が倒してやったぜ……」
「な、なんじゃと!?」
衝撃の事実に、ジョセフは驚きの声を上げる。周りでその会話を聞いていた紫苑達も、思わず目を見開いた。
「それにしたってよぉ……誰か助けに来てくれたっていいじゃあねーか!何で誰もこねーんだよ!」
「いやぁスマンスマン、お前の事だから、トイレが長引いてるとか、鍵を探してるとかで遅れとるのかと思って……」
「日頃の行いってやつだな」
「チクショーッ!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
ジョセフや花京院になんとも悲しいことを言われ、ジタバタしながら喚き散らすポルナレフを鎮めながら、紫苑はアイオーンで治療を施していく。ポルナレフはその間も「労働料だ!」と言って、デーボとの戦いがどのくらい大変だったのかや、どのように倒したかなどを皆に永遠と語っていた。
「そういえばポルナレフ……その呪いのデーボの死体は、まだお前の部屋にそのままあるのか?」
「ああそうだぜ、早くお前らに敵を倒したことを伝えなくちゃあなと思ってたからな……あ」
「……多分、捕まるぞ。警察にな」
アヴドゥルが渋い顔でそう告げる。ことの重大さに気がついたポルナレフは、興奮して赤くなっていた顔を急に真っ青にさせ、途端にうろたえ始めた。
「ど、どうすりゃあいいんだ!あッそうだジョースターさん!アンタならなんとかできねーか!?」
「う、うーむ、とりあえず手は打つが……」
「せっかくゆっくりホテルで休めると思ったのに、留置所に行くのは嫌だーッ!なんとかしてくれよ!」
悲痛な声を上げてジョセフ泣きつくポルナレフ。しかしそれも虚しく、ポルナレフは目撃証言からジョセフの部屋にやってきた警察により捕まってしまい、署の方に連行されることになってしまったのであった。