エジプトまでの道程編
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次の日。ホテルにてゆっくりと身体を休めた紫苑達は、ジョセフに連れられて港方面へと向かっていた。
「昨日スピードワゴン財団にチャーターを依頼した船が既に港に入っているはずじゃ……ん?」
大きなコンテナの間を抜けいざ港へと出ようとした時、コンテナの影から一人の男が姿を現した。
「どうした。まだ何か?……ポルナレフ」
そこに居たのは、昨日病院で別れたはずのポルナレフであった。アヴドゥルが声をかけると、ポルナレフは紫苑達の正面に向き直り、姿勢を正す。
「まだDIOの呪縛を解いてもらった礼を言ってない。それに、手当してくれた礼もだ」
「だったら私でなくJOJOと紫苑に言え」
「いらないな」
「私もお礼が欲しくてやったわけではないので。気にしないでください」
ポケットに手を入れながら速攻でいらないと返す承太郎に続いて、紫苑も微笑みながらやんわりと礼を断った。紫苑にとって、これは自分がやりたいと思ったからやった事なのだ。それがたまたまポルナレフの利に繋がっただけであり、礼を貰う程の事はしたと思っていない。きっと承太郎もそう思っているだろう。
「フッ……せっかくの礼だが、受け取り手はいないらしい」
「ッ…………わかった。くどいのは俺も嫌いだからな。だが用はもう一つ、ムッシュジョースター。もの凄く奇妙な質問をさせていただきたい……」
承太郎達の返答にポルナレフは一瞬くしゃりと顔を歪めた。しかしすぐに表情を真剣なものに切り替えると、人差し指を立てながらジョセフの方へと歩み寄る。
「奇妙な質問?」
「詮索するようだが、あなたは食事中でも手袋を外さない。まさか、その左腕は右腕ではないだろうな?」
「ん……?左腕が右腕……?」
よくわからない質問に、ジョセフは自身の両腕を見つめながら首をかしげる。
「確かに奇妙な質問じゃ。どういうことかな?」
「妹を殺した男を探している」
「ッ!!」
衝撃の告白に、一行は目を見開く。
「顔はわからない。だが、そいつの腕は両腕とも右腕なのだ」
ポルナレフはそう言ってジョセフの方へと視線を向けた。ジョセフはポルナレフと視線を合わせると、左手にはめていた手袋を丁寧に抜き取る。そこには生身の左手ではなく、メタリックな義手が顔をのぞかせていた。
「50年前の闘いによる、名誉の負傷じゃ」
「……失礼な詮索であった、許してくれ」
「良ければ何があったのか聞かせてくれんか」
ポルナレフは顔を悲痛そうに歪めながらうつむくと、くるりとジョセフに背を向けて海の方へと歩き出す。そしてゆっくりと、その忌まわしい過去について語り始めた。
「もう3年になる……」
それは、とある雨の日のフランスの田舎道での出来事だった。ポルナレフの妹は、学校からの帰り道をクラスメートと2人で歩いていた。道の端には男が一人、背を向けて立っていた。不思議なことに、雨が降っているにも関わらず男は一切濡れていなかった。その男の周りに透明な膜でもあるかのようにして雨がよけて通っていたのだ。
突然、クラスメートの胸がかまいたちにでもやられたかのように裂けた。そして次に、ポルナレフの妹が辱めを受けて殺された。男の目的は、ただそれだけだった。
一命をとりとめた友人の証言によると、男の顔はわからないが、その男は両腕とも右腕だったということだった。
「誰もそれらの証言を信じなかったが、俺には理解できた。俺がそれまで誰にも言うことなく隠していた『能力』と同じものを、その男も持っていると思ったからだ」
「明らかにスタンド能力じゃな……」
まさかそんな酷いことをする人間がいるだなんて。紫苑はポルナレフの話を聞き、同じ女性として怒りがおさまらなかった。
ポルナレフは悔しそうに顔を歪めると、拳を握りしめながらジョセフ達の方へ振り返った。
「俺は誓ったッ!わが妹の魂の尊厳と安らぎは、そいつの死でもって償わなければ取り戻せんッ!俺のスタンドが然るべき報いを与えてやる!!……そして一年前、俺はDIOに出会った……奴は俺に水晶を使って両右手の男の像を見せ、この男を探し出す代わりとして君達の抹殺を俺に命じたのだ」
DIO。相手が望む言葉、欲しい言葉を的確に与え、人の心を掌握してゆく。聞けば聞くほど恐ろしい奴だ。
「肉の芽のせいもあるが、なんて人の心の隙間に忍び込むのがうまいやつなんだ」
「うむ……しかし話から推理すると、どうやらDIOはその両腕とも右腕の男を探し出し、仲間にしているな」
「そうですね。もしかすると、ポルナレフに接触した時点でその男を既に仲間にしていた可能性も少なくありません」
花京院の推察に紫苑も同意する。その2人の言葉に、ポルナレフは苦虫を噛み潰したような表情をした。そしてバッと顔を上げると、決意に満ちた目で承太郎達を見つめる。
「俺はあんたたちと共にエジプトへ行くことに決めたぜッ!DIOを目指していけばきっと妹のかたきに出会える!」
「……どうします?」
花京院の問いに、アヴドゥルは「異存はない」と言い、承太郎はフン、と鼻で笑い、ジョセフは「どうせ断ってもついて来るじゃろうしなぁ」と呆れた顔で笑った。紫苑もポルナレフが仲間になることに異論はなく、寧ろ強い味方が増えて心強いと思ったので「いいと思いますよ」と賛同した。
「宜しく頼むぜ!……ああそうだ紫苑、先程は礼なんていらないと言っていたがやっぱり言わせてくれ。君のおかげで俺は苦しまずに済んだんだ、ありがとう。……そこで質問なんだが、何か好きなものはあるかい?」
「え?うーん……甘い物、とかですかね……」
「そうか!それじゃあ今度、俺と美味しいスイーツでも食べに行かないか?いい店を知ってるんだ、勿論俺の奢りだぜ」
「お、奢り……!ハッ、い、いやでも申し訳ないですし……」
何故か急にいきいきと話しかけてくるポルナレフに対し、紫苑はなんかさっきまでと雰囲気が違うなと思いながらも当たり障りのない対応をしておく。いくらなんでも初対面の男性と2人で出かけるなんて紫苑にとってはハードルが高すぎるのだ。途中、奢りという言葉につられそうになりながらもそれに耐えてお誘いを遠慮していると、背後から突然「やかましいッ!他のやつに言えッ!!」という承太郎の大声が聞こえてきた。声がした方へ振り向くと、そこでは承太郎が観光客らしき女の子二人組に声をかけられていた。女の子達の表情からは『かっこいい〜!』『きっかけつくっちゃお〜!』といった感情がありありと読み取れる。まぁ先輩かっこいいもんな……と紫苑が心の中で思っていると、先程まで紫苑の目の前にいたポルナレフがいつの間にか女の子達のそばへと移動していた。
「まぁまぁ、写真なら私が撮ってあげよう」
そう言ってポルナレフはカメラを受け取り、女の子達の腰を抱きながら優しく海岸沿いまでエスコートする。
「君キレイな足してるから全身入れようね〜……おお〜!いいねェ〜〜!もう一枚行くよ〜〜!!」
海をバックにした女の子達に、ポルナレフは上機嫌でカメラのシャッターをたくさん切っていく。
「トレビアン!シャッターボタンのように君のハートも押して押して押しまくりたいな〜〜」
「……なんか、よくわからぬ性格のようだな」
「随分気分の転換が早いな」
「というより、頭と下半身がハッキリ分離しているというか」
「女性が大好きなんですねぇ」
「……やれやれだぜ」
写真を撮り終わってもなお女の子達に話しかけ続けるポルナレフを、他の5人は呆れたように見つめる。紫苑が最初に話しかけられたときも似たような感じだった為、女性に対しては多分誰にでもああなんだろう。
「……翠川さん、多分ポルナレフにはあの 治療法はやらないほうが良いですよ」
「……肝に命じておきます」
花京院の言うとおり、ポルナレフにあの『(スタンドが)抱きついて全身一気に治す』という治療を行う、またはそれを見せた日には少しめんどくさいことになりそうだ。
これからはあの治療法は控えよう。そんなことを考えながら、紫苑はまだ楽しそうに女の子達と喋り続けているポルナレフを見つめていた。
「うわぁ……!凄く大きな船ですね!」
「わはは!そうだろう、ここからシンガポールまで丸3日は海の上だからな。ゆっくりと英気を養うためにも、過ごしやすい大きな船にしたんじゃよ」
あの後一行はジョセフがチャーターした船に乗りこみ、甲板でそれぞれ自由に寛いでいた。初めて船に乗った紫苑が甲板をうろつきながら感嘆の声を零すと、その様子を微笑ましげに見ていたジョセフが得意げにうなずいた。
「紫苑、お前さんもそこのビーチチェアで休んだらどうじゃ?あのパラソル付きのやつは紫苑専用だぞ〜」
「わ、ありがとうございます!早速使ってきますね!」
紫苑はパアッと顔を輝かせると、花京院の隣に置いてあるパラソル付きのビーチチェアへと駆けていく。腰掛けてみると、甲板に降り注ぐ暑い日差しがパラソルによって遮断され中々快適であった。
「うーん……何だかこうやって腰掛けてるだけでも楽しいかも……全てが新鮮だぁ……」
「ワハハ、よろこんでもらえて何よりじゃ!……それにしてもお前らなぁ、その学生服はなんとかならんのか?その格好で旅を続けるのか〜、クソ熱くないの?」
そう言ってジョセフは先程から学生服を着たままビーチチェアで寛いでいる学生組に話しかける。そういうジョセフは赤いボーダ柄のシャツの袖を捲りあげノースリーブにしており、とても涼しそうな格好だ。
「ぼくらは学生でして……ガクセーはガクセーらしく、ですよ。という理由はこじつけか……」
「……」
花京院が読書をしながらそう答え、承太郎は手を後ろで組み目をつむったままだんまりを決め込んでいる。どうやら、2人とも着替える気は更々ないようだ。
「ふふ、そうですね。……と言っても、私はスカートなので2人よりも幾分かは涼しいですよ」
理由をつけるとしたら花京院の言うとおりだろうなと思った紫苑はその意見に同意した。誰一人として薄着にならない3人に対し、ジョセフはわけが分からんといった様子で腕を組む。
「フン、日本の学生はお硬いのォ〜」
「なるほど、これが武士道。心頭滅却すれば火もまた涼し」
「アヴドゥルさん、それはちょっと違うような……」
「しかしお前ら、そんなんじゃあモテねぇぜ〜〜?紫苑以外はな!」
ポルナレフはお硬い男子2人に何か言いたいことがあるのか、手すりに寄りかかっていた身体を起こそうとする。
「離せ、離しやがれこのボンクラがあッ!!」
その時、聞き慣れない少年の喚く声が聞こえてきた。何事かと思い皆で声のする方へと視線を向けると、そこには船員に捕らえられた一人の少年がいた。
「静かにしろッ!ふてぇガキだ!」
「おい、どうした!わしらの他には乗客は乗せない約束だぞ」
「すみません、密航です!このガキ、下の船倉に隠れてやがったんです」
「密航だと?」
船員に抱えられながらジタバタと暴れまくる少年。所々で「タマキンけりつぶしてやるど!」などといったとんでもない言葉までも吐き出している。
「海上警察に突き出してやるッ!」
「えっ、警察?」
少年は警察という言葉を聞くと、途端にさっきまでの悪あがきをピタリとやめ、見逃してくれと懇願し始める。どうやら、シンガポールにいる父親に会いにいくためにこの船に乗ったようだ。船員は急にしおらしくなった少年のほっぺたをつまんで「どうしようかなぁ」と考えるフリをし始める。そして一通り少年のほっぺたをもてあそんだ後、「やっぱりだめだねッ!ヤーダよっ!」と言って少年のおでこにデコピンを食らわせていた。少年は絶望した表情になり、目には涙を浮かべている。
紫苑がその光景を見ながら、そんなに意地悪しなくても良いのになどと思っていると、少年は突然船員の腕に思い切り噛みつき、船員が怯んだすきを見て海へと飛び込んでしまった。
「おほ〜〜っ飛び込んだぞ。元気いーっ」
「ここから陸まで泳ぐ気なのか?」
「だいぶ距離がありますよね?大丈夫かな……」
少年が心配になった紫苑は椅子から立ち上がり、先に立ち上がっていた花京院のあとに続いて手すりの方へと歩いていく。
「どうする?」
「けっ……ほっときな。泳ぎに自身があるから飛び込んだんだろーよ」
心配そうな声を上げる他の面々に対し、承太郎はビーチチェアに寝転がったままぶっきらぼうに答える。確かに少年は焦った様子もなく、そこそこの速さで陸へ向かって泳いでいる。今日は気温も高いし、時間はかかるだろうがこのままであれば無事泳ぎ切ることも可能だろう。
しかしそんな承太郎達をよそに、船員だけはとても焦った様子で手すりから身を乗り出して少年の方を見ていた。
「ま、まずいっすよ……この辺はサメが集まっている海域なんだ」
「何だって!?」
船員の言葉を聞いたジョセフ達が慌てて少年の方を見ると、泳いでいる少年の数メートル後ろにゆらりと大きな魚影が現れた。
「おい小僧!戻れーッ!」
「サメだぞぉ!サメがいるぞ!」
「後ろから来てる!早くこっちへ!!」
少年がジョセフ達の呼びかけに気が付き、後ろを振り向く。そして自分へと真っすぐ向かってくサメの背びれを見ると、少年は恐怖から身体が固まり、動けなくなってしまったようだ。
その間も猛スピードでサメが少年に接近している。このままだと襲われてしまう。誰もがそう思った途端、海面から何故かスタープラチナが現れた。
「オラァ!!」
スタープラチナはサメの腹をひと殴りして空中へと飛ばす。そして空中で拳を数発叩き込むと、サメは口から血を流しながら力尽きて海へと放り投げられた。少年は、一体何が起こったのかわからないといった様子であ然としている。承太郎はそんな少年の首根っこをわしづかむと、船の方へ引き寄せようとした。しかし突然その手を離すと、何を思ったのか少年の胸をペタペタと触り始めたのだった。その様子を上から見ていた紫苑が一体何をしてるんだろうと疑問に思っていると、承太郎は少年の被っていた帽子を奪い取り海に投げ捨てた。すると帽子の無くなった少年の頭から長い髪の毛が現れる。
「あの子、女の子だったんだ……」
「帽子で髪の毛を隠していたのか……」
あの子供が女の子であった事に驚きの声を上げる紫苑と花京院。海上では、承太郎に胸を触られた女の子が顔を赤くさせながら承太郎に殴りかかっている。確認するためとはいえ、そりゃあ女の子の胸を触ったら怒られるに決まってるよな、と紫苑は内心呆れながら承太郎を見つめた。と、その時。承太郎達の背後に浮かんでいたサメが急に海へと沈んだ。
「……ん?何あれ?」
「どうした紫苑。……!あれは!」
先程までサメがいた場所が赤く染まり、真っ二つに裂かれたサメと何かの黒い影が現れる。そしてその黒い影は物凄いスピードで承太郎達に近づき始めた。
「じょ、承太郎!下だ!か、海面下から何かが襲ってくるぞッ!サメではない!」
「し、しかも物凄いスピードですッ!」
影に気がついた承太郎が急いで船へ戻ろうとするが、引き上げる為のうきわまでの距離が遠すぎる。その間にも影は着々と距離を詰めてきており、段々とその姿が鮮明になっていく。
「あの距離ならぼくにまかせろッ!法皇の緑 !!」
承太郎がある程度の距離まで近づいた瞬間、花京院がハイエロファントグリーンを呼び出し承太郎の腕を掴んで引き上げる。海面には、ズタズタに引き裂かれたうきわだけが無惨に浮いていた。
「き、消えたぞッ……今のは『スタンド』だッ!」
「海底のスタンド……このアヴドゥル……うわさすら聞いたこともないスタンドだ……」
そして一行の目は引き上げられた女の子へと向けられる。まさか、この女の子が『スタンド使い』なのか?誘い込むためにわざとサメのいる海へと飛び込んだのではないか?一行はそう思い始めた。
「な……なんだぁテメーらッ!寄ってたかって睨みつけてきやがって……何がなんだかわからねーが、や、やる気かァ!」
そう言って女の子は懐からサバイバルナイフを取り出すと、左手でかかってこいというジェスチャーをし始める。
「このアン様が相手になってやる!タイマンだッ!タイマンでかかってこいこのビチグソどもがぁッ!!」
本当にただの密航者の子供らしい振る舞いをする女の子を鋭い目で見つめながら、一行は小声で会話する。
「とぼけてやがるぞ。もういっぺん海に突き落とすか?」
「早まるな。本当にただの密航者ならサメに食われるだけだ」
「そうですよ。相手はまだ子供なんですから」
「しかし、この女の子以外の身元は全てチェック済み……何か正体を掴む方法はないかね」
強硬手段に出ようとするポルナレフを咎めつつ、どうしたものかと紫苑は頭をひねった。正直、女の子があのサメを見たときの反応は本当であるような気がするのだ。しかも海へとおびき寄せるなら船を爆破させたりしたほうが手っ取り早いし、確実性が高い。女の子を敵だと安易に決めつけるのも良くないよなと紫苑が考えていると、先程まで黙って腕を組んでいたアヴドゥルが先陣を切って女の子に話しかけた。
「おい、DIOの野郎は元気か?」
「……DIO?何だそれはァ!」
アヴドゥルがDIOについて訊ねると、女の子はやはり『何言ってるんだコイツ?』といった表情で声を上げる。
「とぼけるんじゃあねーこのガキッ!」
「このチンピラども、オレと話してーのかそれとも刺されてーのか、どっちだッ!アア!?この妖刀が早えーとこ340人目の血をすすりてえって慟哭しているぜ!」
女の子はぺろりと舌を出し、ナイフの刃を舐めるような仕草をしながら人差し指をクイっと曲げると、一行を挑発的な目で見つめる。その仕草を見た花京院がこらえきれないといった様子で「ぷっ」と吹き出すと、女の子は瞳を揺らしながら「な、何がおかしいこのドサンピン!」と怒鳴りつける。
「ドサンピン……なんか……この女の子は違うような気がしますが」
「私もそう思います。第一、この女の子が本当にスタンド使いならこんな目立つような事しないと思いますし」
「うむ……しかし……」
「この女の子かね、密航者というのは……」
そうやって紫苑達が話し合っていると、女の子の背後から帽子を被った大男がやってくる。
「船長……」
「私は密航者には厳しいタチでね……女の子とはいえ舐められると限度なく密航者がやってくる」
船長は女の子の両肩を掴むと、身体を拘束し腕をひねり上げる。身体を締め付けられた女の子は苦しそうにうめき声を上げており、ついに痛みに耐えきれなくなったのか手からナイフがカランと落ちた。
「そんな力任せにやらなくても……相手は女の子ですよ」
「何だね君は。これは部外者が口出しするようなものじゃあない」
船長はそう言って紫苑をギロリと睨みつける。確かに部外者である紫苑はそう言われてしまっては何も言えなくなり、バツが悪そうにしながら視線を床に落とした。
「さて。君は港につくまで下の船室に軟禁させて貰うよ……ところで!」
船長は突然くるりと振り返ると、承太郎がいつの間にかくわえていた煙草を奪い取る。
「甲板での喫煙はご遠慮願おう……君はこの灰や吸殻をどうするつもりだったんだね?この美しい海に捨てるつもりだったのかね?君はお客だが、この船のルールには従ってもらうよ。……未成年君」
船長はそう言うと承太郎の帽子に火のついたままの吸殻をぐりぐりと擦り付ける。その様子を、一行はあ然としながら見ていた。何せそれをやられているのは承太郎だ。いくら承太郎がマナー違反をしたとはいえ、こんなコケにするような行動をされたら黙ってはいられないだろう。そして船長は完全に火の消えた煙草を承太郎のズボンのポケットへと入れると、女の子を連れて船室へと移動しようとする。
「待ちな。口で言うだけで素直に消すんだよ……大物ぶってカッコつけてるんじゃあねぇこのタコ!」
「……何?」
「おい承太郎!船長に対して無礼はやめろッ、今のはお前が悪い!」
ジョセフが慌てて承太郎を咎める。
「フン!無礼は承知の上だぜ。こいつは船長じゃあねぇ!今わかった、スタンド使いはこいつだ!」
「な、何ぃ――――!!」
「スタ……ンド……?何だねそれは?」
承太郎の言葉に一行は驚きの声を上げる。しかし船長は聞き慣れない言葉に首を傾げているようだ。
「それは考えられんぞ承太郎!この船長はSPW財団を通じて紹介された人物、身元は確かだ!」
「おいJOJO!いい加減な憶測は皆を惑わすだけだぞ!」
「何か証拠はあるのか?」
皆が口々に承太郎に疑問を投げかける。紫苑も声は上げなかったものの、何故そう言い切れるのだろうかと訝しげに承太郎を見つめた。
「スタンド使いに共通する見分け方を発見した。スタンド使いは少しでも煙草の煙を吸うとだな……鼻の頭に、血管が浮き出る」
「えっ!」
一行は驚いた顔で一斉に自分の鼻の頭を触る。
「嘘だろ承太郎!」
「ああ嘘だぜ!だが……マヌケは見つかったようだな」
承太郎はそう言うと、船長の方へと視線を向ける。そう、スタンド使いで無いはずの船長も驚いた顔で鼻の頭を触っていたのだ。この場で鼻の頭を触っていないのは、未だ怪訝そうな表情をしている女の子だけだ。
「アッ!」と声を上げながら一行は船長を見る。自分がやらかしてしまった事に気がついた船長はしまったという表情になった。
「承太郎、何故船長が怪しいとわかった?」
「いや、全然思わなかったぜ。だが…………船員全員にこの手を試すつもりでいただけのこと……だぜ」
承太郎の機転に、紫苑は素直に感心した。承太郎が居なければこの人がスタンド使いだとは誰も思わなかっただろうし、もしかするとやられていたかもしれない。
正体を暴かれた偽船長は取り繕うことを止めたのか、帽子を脱ぎ捨て雰囲気をガラリと変える。
「シブイねぇ……まったくおたくシブイぜ。確かにおれは船長じゃねぇ……本物の船長は今頃海底で寝ぼけてるぜ」
「それじゃあてめーは、地獄の底で寝ぼけな!!」
承太郎の言葉に偽船長がニヤリと笑うと、偽船長のスタンドが海から現れ女の子の足をわしづかみにした。
「きゃああああッ!!」
「しまったッ!」
「水のトラブル! 嘘と裏切り!未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード、その名は『暗青の月 』! 」
捉えられた女の子を見て、油断した、と紫苑は思った。彼女はこの中で唯一スタンドが使えない一般人なのだ。人質を取るなら真っ先に狙われるだろうとわかっていたはずなのに。
全貌を現した偽船長のスタンドは魚のような鱗や水かき、背びれなどがついた半魚人のような見た目をしていた。ダークブルームーンは女の子を抱えあげると船の縁へと飛び移る。
「てめーらと5対1じゃあ流石の俺も骨が折れるから正体を隠して一人づつ始末してやろうと思っていたが……バレちまったらしょうがねぇ。だがしかし、この小娘が手に入ったのは運がいい。今からこの小娘と一緒にサメの海に飛び込むぞ。当然てめーらは海中に追ってこざるを得まい!俺のホームグラウンド、水中でなら5対1でも相手できるぜ、ククク……」
「人質なんかとって舐めんじゃあねーぞ。この空条承太郎がビビりあがると思うなよ」
「舐める?これは予言だよ。とくにあんたの『星の白金 』すばやいんだってなぁ。おれの『暗青の月 』も水中じゃ素早いぜ、フフフ……」
偽船長は片手でひょいと手すりに飛び乗ると、さらに言葉を続ける。
「ひとつ比べっこしてみないか……ついてきな。海水たらふく飲んで死ぬ勇気があるならな」
偽船長はそう言うと手すりを蹴ってスタンドと共に海へ飛び込もうとする。
「オラオラオラオラ!」
その瞬間、容赦ないスタープラチナのラッシュがダークブルームーンを襲った。ボコボコに殴られたダークブルームーンは顔面から血を出しながら海へと落ちていく。それを尻目に、スタープラチナは投げ出された女の子の腕を掴んで救出した。
「ら、落下するより早く攻撃してくるなんて……そんな……」
「海水をたらふく飲むのはてめーひとりだ。アヴドゥル、なにか言ってやれ。」
「占い師のわたしをさしおいて予言するなど……」
「10年早いぜ! 」
アヴドゥルの言葉にポルナレフが続く。攻撃を受けた偽船長はプカプカと浮きながら波に乗って遠くに流されていった。
「暗青の月 ……自分のスタンドの能力自慢を散々していたわりには大ボケかましたヤツだったな」
「承太郎どうした? さっさと女の子をひっぱりあげてやらんかい」
ジョセフは手すりから身を乗り出したまま動かない承太郎を怪訝そうな顔で見つめる。何かあったのだろうかと思った紫苑が顔を覗き込むと、承太郎の顔には汗と苦悶の表情が浮かんでいた。
「ち、ちくしょう……ひきずり込まれる……」
「え!?」
「何だって!」
何か尋常ではない事が起きていると感じた一行は承太郎に駆け寄る。スタープラチナの両手には、いつの間にか大量のフジツボがびっしりとこびりついていた。フジツボは物凄いスピードで増殖していき、承太郎の両手から血が吹き出す。
「奴はまだ闘う気だ……さっき殴った時くっつけやがった。どんどん増えやがる……俺のスタンドから力が抜けていく!」
海へと落ちそうになっている承太郎をジョセフや花京院達が後ろから引っ張って支える。
紫苑は船べりに駆け寄って偽船長が流されていったであろう方向を見るが、まだそんなに時間が経っていないにも関わらず偽船長の姿はどこにも見当たらなかった。
「いつの間にか船長が居なくなってる……!」
「何!?海中に逃げたのかッ!」
「承太郎!スタンドを引っ込めろ!」
ジョセフがそう叫ぶものの、承太郎は冷や汗をかくだけで動かない。
「それができねーから……ヌウウ……かきたくもねー汗をかいているんだぜ」
「あっ、承太郎!」
「先輩!」
ついに耐えきれなくなったのか、承太郎の身体はジョセフの腕をすり抜け海へと投げ出される。
咄嗟に花京院がハイエロファントグリーンを出し承太郎を掴もうとするが、彼が掴めたのは最後の力を振り絞って承太郎が上に放り投げた少女だけだった。
「し、しまった……」
「ま、まずい……翠川さん、女の子を頼みます」
「わかりました」
花京院は素早く女の子を船に引っ張り上げて紫苑に託すと、海へと沈んでいった承太郎の様子を見にまた船べりへと戻っていく。
紫苑は未だ混乱している女の子のそばに近寄ると、しゃがみこんで女の子と視線を合わせた。
「驚かせてごめんね。アンちゃん……だっけ?私は紫苑って言うの。怪我は無い?」
「怪我はねーけど……あんたら一体、何ものなの?」
「うーんと……色々な理由があって皆で旅をしている、ただの旅行者だよ」
「そんなふうには見えないけど……あんな男ばっかの所に女のアンタが一人いるってのも変だし……痛っ」
紫苑のぼかした回答に目の前の少女――アンは信じられないといった様子で首をかしげる。そしてアンは右腕を動かそうとした途端、痛みで顔をしかめた。
「腕が痛むの?……ちょっと見せて」
紫苑がアンの服の袖を捲って患部を見る。腫れてはいないものの、手で触れると肩や手首といった関節が少しだけ熱を持っているのがわかる。きっと偽船長に腕をひねり上げられたときに筋を痛めたのだろう。
「ねえアンちゃん、私が今から痛みをどこかへ吹き飛ばすおまじないしてあげるから、見ててくれる?」
「はぁ?そんな子供だまし、あたしに効くわけないじゃん」
「良いからじっとしていて。……『痛いの痛いの飛んでいけ!』」
紫苑が無理矢理言い聞かせると、渋々といった様子でアンが大人しく腕を差し出す。紫苑はそんなアンの腕を優しく持つと、こっそりとアイオーンを呼び出してアイオーンの手を自分の手と重ね合わせる。そしてよく小さい頃に使われた言葉と共に、器用に指先を動かして同時に患部に触れた。
すると先程まで半信半疑だったアンの様子が一変する。『おまじない』が終わり紫苑が手を離した途端、驚いた表情で肩や手首をぐるぐると回し始める。
「あ、あれ……?痛くない……?」
「本当?よかった。おまじない、効いたみたいだね」
「す、すごい……!紫苑は魔法が使えるの!?」
アンが目を輝かせながら紫苑へ詰め寄る。
「ふふ、少しだけね。……でも、これは皆には内緒にしておいてね。たくさんの人にバレちゃうと大変だから」
「うん、わかったよ」
紫苑が人差し指を口に当て『内緒』のポーズをすると、アンも同じように真似をする。そうやって2人でクスクスと笑い合っていると、突然船のあちらこちらから爆発音が聞こえた。
「……ッ!な、何が起きたの……!?」
「翠川さん!」
ガタガタと大きく揺れる船から投げ出されないよう、紫苑は咄嗟にアンを抱きかかえる。爆風とともにあたり一面に立ちあがる煙を呆然としながら眺めていると、船べりの方から花京院が駆け寄ってきた。
「この船、爆弾が仕掛けられていたみたいです。もうすぐ沈みますから、早くボートへ!」
「はい!……行こう、アンちゃん」
「う、うん……」
紫苑はアンの手を引きながら甲板を走り抜け、ボートへと飛び乗る。その後ろから花京院も着いてきた。紫苑が乗り込んだボートには既に承太郎やジョセフ達も乗っており、無事脱出できた紫苑達を見てほっと息をついていた。
紫苑がボートに腰掛けながら先程まで乗っていた船を見上げると、船は爆発により浮力を失い、轟音と共に海へと沈んでいく所だった。
「はぁ……どうしてこうも私達の乗る乗り物は大破するんだろう……」
遠い目をしながらそう呟く紫苑。それに対して、承太郎は学帽のつばをキュッと引き下げながらこう答えた。
「……じじいの呪い、だぜ」
承太郎の返答に、紫苑はジョセフに悪いとは思いながらも頭を抱える他無かった。
「昨日スピードワゴン財団にチャーターを依頼した船が既に港に入っているはずじゃ……ん?」
大きなコンテナの間を抜けいざ港へと出ようとした時、コンテナの影から一人の男が姿を現した。
「どうした。まだ何か?……ポルナレフ」
そこに居たのは、昨日病院で別れたはずのポルナレフであった。アヴドゥルが声をかけると、ポルナレフは紫苑達の正面に向き直り、姿勢を正す。
「まだDIOの呪縛を解いてもらった礼を言ってない。それに、手当してくれた礼もだ」
「だったら私でなくJOJOと紫苑に言え」
「いらないな」
「私もお礼が欲しくてやったわけではないので。気にしないでください」
ポケットに手を入れながら速攻でいらないと返す承太郎に続いて、紫苑も微笑みながらやんわりと礼を断った。紫苑にとって、これは自分がやりたいと思ったからやった事なのだ。それがたまたまポルナレフの利に繋がっただけであり、礼を貰う程の事はしたと思っていない。きっと承太郎もそう思っているだろう。
「フッ……せっかくの礼だが、受け取り手はいないらしい」
「ッ…………わかった。くどいのは俺も嫌いだからな。だが用はもう一つ、ムッシュジョースター。もの凄く奇妙な質問をさせていただきたい……」
承太郎達の返答にポルナレフは一瞬くしゃりと顔を歪めた。しかしすぐに表情を真剣なものに切り替えると、人差し指を立てながらジョセフの方へと歩み寄る。
「奇妙な質問?」
「詮索するようだが、あなたは食事中でも手袋を外さない。まさか、その左腕は右腕ではないだろうな?」
「ん……?左腕が右腕……?」
よくわからない質問に、ジョセフは自身の両腕を見つめながら首をかしげる。
「確かに奇妙な質問じゃ。どういうことかな?」
「妹を殺した男を探している」
「ッ!!」
衝撃の告白に、一行は目を見開く。
「顔はわからない。だが、そいつの腕は両腕とも右腕なのだ」
ポルナレフはそう言ってジョセフの方へと視線を向けた。ジョセフはポルナレフと視線を合わせると、左手にはめていた手袋を丁寧に抜き取る。そこには生身の左手ではなく、メタリックな義手が顔をのぞかせていた。
「50年前の闘いによる、名誉の負傷じゃ」
「……失礼な詮索であった、許してくれ」
「良ければ何があったのか聞かせてくれんか」
ポルナレフは顔を悲痛そうに歪めながらうつむくと、くるりとジョセフに背を向けて海の方へと歩き出す。そしてゆっくりと、その忌まわしい過去について語り始めた。
「もう3年になる……」
それは、とある雨の日のフランスの田舎道での出来事だった。ポルナレフの妹は、学校からの帰り道をクラスメートと2人で歩いていた。道の端には男が一人、背を向けて立っていた。不思議なことに、雨が降っているにも関わらず男は一切濡れていなかった。その男の周りに透明な膜でもあるかのようにして雨がよけて通っていたのだ。
突然、クラスメートの胸がかまいたちにでもやられたかのように裂けた。そして次に、ポルナレフの妹が辱めを受けて殺された。男の目的は、ただそれだけだった。
一命をとりとめた友人の証言によると、男の顔はわからないが、その男は両腕とも右腕だったということだった。
「誰もそれらの証言を信じなかったが、俺には理解できた。俺がそれまで誰にも言うことなく隠していた『能力』と同じものを、その男も持っていると思ったからだ」
「明らかにスタンド能力じゃな……」
まさかそんな酷いことをする人間がいるだなんて。紫苑はポルナレフの話を聞き、同じ女性として怒りがおさまらなかった。
ポルナレフは悔しそうに顔を歪めると、拳を握りしめながらジョセフ達の方へ振り返った。
「俺は誓ったッ!わが妹の魂の尊厳と安らぎは、そいつの死でもって償わなければ取り戻せんッ!俺のスタンドが然るべき報いを与えてやる!!……そして一年前、俺はDIOに出会った……奴は俺に水晶を使って両右手の男の像を見せ、この男を探し出す代わりとして君達の抹殺を俺に命じたのだ」
DIO。相手が望む言葉、欲しい言葉を的確に与え、人の心を掌握してゆく。聞けば聞くほど恐ろしい奴だ。
「肉の芽のせいもあるが、なんて人の心の隙間に忍び込むのがうまいやつなんだ」
「うむ……しかし話から推理すると、どうやらDIOはその両腕とも右腕の男を探し出し、仲間にしているな」
「そうですね。もしかすると、ポルナレフに接触した時点でその男を既に仲間にしていた可能性も少なくありません」
花京院の推察に紫苑も同意する。その2人の言葉に、ポルナレフは苦虫を噛み潰したような表情をした。そしてバッと顔を上げると、決意に満ちた目で承太郎達を見つめる。
「俺はあんたたちと共にエジプトへ行くことに決めたぜッ!DIOを目指していけばきっと妹のかたきに出会える!」
「……どうします?」
花京院の問いに、アヴドゥルは「異存はない」と言い、承太郎はフン、と鼻で笑い、ジョセフは「どうせ断ってもついて来るじゃろうしなぁ」と呆れた顔で笑った。紫苑もポルナレフが仲間になることに異論はなく、寧ろ強い味方が増えて心強いと思ったので「いいと思いますよ」と賛同した。
「宜しく頼むぜ!……ああそうだ紫苑、先程は礼なんていらないと言っていたがやっぱり言わせてくれ。君のおかげで俺は苦しまずに済んだんだ、ありがとう。……そこで質問なんだが、何か好きなものはあるかい?」
「え?うーん……甘い物、とかですかね……」
「そうか!それじゃあ今度、俺と美味しいスイーツでも食べに行かないか?いい店を知ってるんだ、勿論俺の奢りだぜ」
「お、奢り……!ハッ、い、いやでも申し訳ないですし……」
何故か急にいきいきと話しかけてくるポルナレフに対し、紫苑はなんかさっきまでと雰囲気が違うなと思いながらも当たり障りのない対応をしておく。いくらなんでも初対面の男性と2人で出かけるなんて紫苑にとってはハードルが高すぎるのだ。途中、奢りという言葉につられそうになりながらもそれに耐えてお誘いを遠慮していると、背後から突然「やかましいッ!他のやつに言えッ!!」という承太郎の大声が聞こえてきた。声がした方へ振り向くと、そこでは承太郎が観光客らしき女の子二人組に声をかけられていた。女の子達の表情からは『かっこいい〜!』『きっかけつくっちゃお〜!』といった感情がありありと読み取れる。まぁ先輩かっこいいもんな……と紫苑が心の中で思っていると、先程まで紫苑の目の前にいたポルナレフがいつの間にか女の子達のそばへと移動していた。
「まぁまぁ、写真なら私が撮ってあげよう」
そう言ってポルナレフはカメラを受け取り、女の子達の腰を抱きながら優しく海岸沿いまでエスコートする。
「君キレイな足してるから全身入れようね〜……おお〜!いいねェ〜〜!もう一枚行くよ〜〜!!」
海をバックにした女の子達に、ポルナレフは上機嫌でカメラのシャッターをたくさん切っていく。
「トレビアン!シャッターボタンのように君のハートも押して押して押しまくりたいな〜〜」
「……なんか、よくわからぬ性格のようだな」
「随分気分の転換が早いな」
「というより、頭と下半身がハッキリ分離しているというか」
「女性が大好きなんですねぇ」
「……やれやれだぜ」
写真を撮り終わってもなお女の子達に話しかけ続けるポルナレフを、他の5人は呆れたように見つめる。紫苑が最初に話しかけられたときも似たような感じだった為、女性に対しては多分誰にでもああなんだろう。
「……翠川さん、多分ポルナレフには
「……肝に命じておきます」
花京院の言うとおり、ポルナレフにあの『(スタンドが)抱きついて全身一気に治す』という治療を行う、またはそれを見せた日には少しめんどくさいことになりそうだ。
これからはあの治療法は控えよう。そんなことを考えながら、紫苑はまだ楽しそうに女の子達と喋り続けているポルナレフを見つめていた。
「うわぁ……!凄く大きな船ですね!」
「わはは!そうだろう、ここからシンガポールまで丸3日は海の上だからな。ゆっくりと英気を養うためにも、過ごしやすい大きな船にしたんじゃよ」
あの後一行はジョセフがチャーターした船に乗りこみ、甲板でそれぞれ自由に寛いでいた。初めて船に乗った紫苑が甲板をうろつきながら感嘆の声を零すと、その様子を微笑ましげに見ていたジョセフが得意げにうなずいた。
「紫苑、お前さんもそこのビーチチェアで休んだらどうじゃ?あのパラソル付きのやつは紫苑専用だぞ〜」
「わ、ありがとうございます!早速使ってきますね!」
紫苑はパアッと顔を輝かせると、花京院の隣に置いてあるパラソル付きのビーチチェアへと駆けていく。腰掛けてみると、甲板に降り注ぐ暑い日差しがパラソルによって遮断され中々快適であった。
「うーん……何だかこうやって腰掛けてるだけでも楽しいかも……全てが新鮮だぁ……」
「ワハハ、よろこんでもらえて何よりじゃ!……それにしてもお前らなぁ、その学生服はなんとかならんのか?その格好で旅を続けるのか〜、クソ熱くないの?」
そう言ってジョセフは先程から学生服を着たままビーチチェアで寛いでいる学生組に話しかける。そういうジョセフは赤いボーダ柄のシャツの袖を捲りあげノースリーブにしており、とても涼しそうな格好だ。
「ぼくらは学生でして……ガクセーはガクセーらしく、ですよ。という理由はこじつけか……」
「……」
花京院が読書をしながらそう答え、承太郎は手を後ろで組み目をつむったままだんまりを決め込んでいる。どうやら、2人とも着替える気は更々ないようだ。
「ふふ、そうですね。……と言っても、私はスカートなので2人よりも幾分かは涼しいですよ」
理由をつけるとしたら花京院の言うとおりだろうなと思った紫苑はその意見に同意した。誰一人として薄着にならない3人に対し、ジョセフはわけが分からんといった様子で腕を組む。
「フン、日本の学生はお硬いのォ〜」
「なるほど、これが武士道。心頭滅却すれば火もまた涼し」
「アヴドゥルさん、それはちょっと違うような……」
「しかしお前ら、そんなんじゃあモテねぇぜ〜〜?紫苑以外はな!」
ポルナレフはお硬い男子2人に何か言いたいことがあるのか、手すりに寄りかかっていた身体を起こそうとする。
「離せ、離しやがれこのボンクラがあッ!!」
その時、聞き慣れない少年の喚く声が聞こえてきた。何事かと思い皆で声のする方へと視線を向けると、そこには船員に捕らえられた一人の少年がいた。
「静かにしろッ!ふてぇガキだ!」
「おい、どうした!わしらの他には乗客は乗せない約束だぞ」
「すみません、密航です!このガキ、下の船倉に隠れてやがったんです」
「密航だと?」
船員に抱えられながらジタバタと暴れまくる少年。所々で「タマキンけりつぶしてやるど!」などといったとんでもない言葉までも吐き出している。
「海上警察に突き出してやるッ!」
「えっ、警察?」
少年は警察という言葉を聞くと、途端にさっきまでの悪あがきをピタリとやめ、見逃してくれと懇願し始める。どうやら、シンガポールにいる父親に会いにいくためにこの船に乗ったようだ。船員は急にしおらしくなった少年のほっぺたをつまんで「どうしようかなぁ」と考えるフリをし始める。そして一通り少年のほっぺたをもてあそんだ後、「やっぱりだめだねッ!ヤーダよっ!」と言って少年のおでこにデコピンを食らわせていた。少年は絶望した表情になり、目には涙を浮かべている。
紫苑がその光景を見ながら、そんなに意地悪しなくても良いのになどと思っていると、少年は突然船員の腕に思い切り噛みつき、船員が怯んだすきを見て海へと飛び込んでしまった。
「おほ〜〜っ飛び込んだぞ。元気いーっ」
「ここから陸まで泳ぐ気なのか?」
「だいぶ距離がありますよね?大丈夫かな……」
少年が心配になった紫苑は椅子から立ち上がり、先に立ち上がっていた花京院のあとに続いて手すりの方へと歩いていく。
「どうする?」
「けっ……ほっときな。泳ぎに自身があるから飛び込んだんだろーよ」
心配そうな声を上げる他の面々に対し、承太郎はビーチチェアに寝転がったままぶっきらぼうに答える。確かに少年は焦った様子もなく、そこそこの速さで陸へ向かって泳いでいる。今日は気温も高いし、時間はかかるだろうがこのままであれば無事泳ぎ切ることも可能だろう。
しかしそんな承太郎達をよそに、船員だけはとても焦った様子で手すりから身を乗り出して少年の方を見ていた。
「ま、まずいっすよ……この辺はサメが集まっている海域なんだ」
「何だって!?」
船員の言葉を聞いたジョセフ達が慌てて少年の方を見ると、泳いでいる少年の数メートル後ろにゆらりと大きな魚影が現れた。
「おい小僧!戻れーッ!」
「サメだぞぉ!サメがいるぞ!」
「後ろから来てる!早くこっちへ!!」
少年がジョセフ達の呼びかけに気が付き、後ろを振り向く。そして自分へと真っすぐ向かってくサメの背びれを見ると、少年は恐怖から身体が固まり、動けなくなってしまったようだ。
その間も猛スピードでサメが少年に接近している。このままだと襲われてしまう。誰もがそう思った途端、海面から何故かスタープラチナが現れた。
「オラァ!!」
スタープラチナはサメの腹をひと殴りして空中へと飛ばす。そして空中で拳を数発叩き込むと、サメは口から血を流しながら力尽きて海へと放り投げられた。少年は、一体何が起こったのかわからないといった様子であ然としている。承太郎はそんな少年の首根っこをわしづかむと、船の方へ引き寄せようとした。しかし突然その手を離すと、何を思ったのか少年の胸をペタペタと触り始めたのだった。その様子を上から見ていた紫苑が一体何をしてるんだろうと疑問に思っていると、承太郎は少年の被っていた帽子を奪い取り海に投げ捨てた。すると帽子の無くなった少年の頭から長い髪の毛が現れる。
「あの子、女の子だったんだ……」
「帽子で髪の毛を隠していたのか……」
あの子供が女の子であった事に驚きの声を上げる紫苑と花京院。海上では、承太郎に胸を触られた女の子が顔を赤くさせながら承太郎に殴りかかっている。確認するためとはいえ、そりゃあ女の子の胸を触ったら怒られるに決まってるよな、と紫苑は内心呆れながら承太郎を見つめた。と、その時。承太郎達の背後に浮かんでいたサメが急に海へと沈んだ。
「……ん?何あれ?」
「どうした紫苑。……!あれは!」
先程までサメがいた場所が赤く染まり、真っ二つに裂かれたサメと何かの黒い影が現れる。そしてその黒い影は物凄いスピードで承太郎達に近づき始めた。
「じょ、承太郎!下だ!か、海面下から何かが襲ってくるぞッ!サメではない!」
「し、しかも物凄いスピードですッ!」
影に気がついた承太郎が急いで船へ戻ろうとするが、引き上げる為のうきわまでの距離が遠すぎる。その間にも影は着々と距離を詰めてきており、段々とその姿が鮮明になっていく。
「あの距離ならぼくにまかせろッ!
承太郎がある程度の距離まで近づいた瞬間、花京院がハイエロファントグリーンを呼び出し承太郎の腕を掴んで引き上げる。海面には、ズタズタに引き裂かれたうきわだけが無惨に浮いていた。
「き、消えたぞッ……今のは『スタンド』だッ!」
「海底のスタンド……このアヴドゥル……うわさすら聞いたこともないスタンドだ……」
そして一行の目は引き上げられた女の子へと向けられる。まさか、この女の子が『スタンド使い』なのか?誘い込むためにわざとサメのいる海へと飛び込んだのではないか?一行はそう思い始めた。
「な……なんだぁテメーらッ!寄ってたかって睨みつけてきやがって……何がなんだかわからねーが、や、やる気かァ!」
そう言って女の子は懐からサバイバルナイフを取り出すと、左手でかかってこいというジェスチャーをし始める。
「このアン様が相手になってやる!タイマンだッ!タイマンでかかってこいこのビチグソどもがぁッ!!」
本当にただの密航者の子供らしい振る舞いをする女の子を鋭い目で見つめながら、一行は小声で会話する。
「とぼけてやがるぞ。もういっぺん海に突き落とすか?」
「早まるな。本当にただの密航者ならサメに食われるだけだ」
「そうですよ。相手はまだ子供なんですから」
「しかし、この女の子以外の身元は全てチェック済み……何か正体を掴む方法はないかね」
強硬手段に出ようとするポルナレフを咎めつつ、どうしたものかと紫苑は頭をひねった。正直、女の子があのサメを見たときの反応は本当であるような気がするのだ。しかも海へとおびき寄せるなら船を爆破させたりしたほうが手っ取り早いし、確実性が高い。女の子を敵だと安易に決めつけるのも良くないよなと紫苑が考えていると、先程まで黙って腕を組んでいたアヴドゥルが先陣を切って女の子に話しかけた。
「おい、DIOの野郎は元気か?」
「……DIO?何だそれはァ!」
アヴドゥルがDIOについて訊ねると、女の子はやはり『何言ってるんだコイツ?』といった表情で声を上げる。
「とぼけるんじゃあねーこのガキッ!」
「このチンピラども、オレと話してーのかそれとも刺されてーのか、どっちだッ!アア!?この妖刀が早えーとこ340人目の血をすすりてえって慟哭しているぜ!」
女の子はぺろりと舌を出し、ナイフの刃を舐めるような仕草をしながら人差し指をクイっと曲げると、一行を挑発的な目で見つめる。その仕草を見た花京院がこらえきれないといった様子で「ぷっ」と吹き出すと、女の子は瞳を揺らしながら「な、何がおかしいこのドサンピン!」と怒鳴りつける。
「ドサンピン……なんか……この女の子は違うような気がしますが」
「私もそう思います。第一、この女の子が本当にスタンド使いならこんな目立つような事しないと思いますし」
「うむ……しかし……」
「この女の子かね、密航者というのは……」
そうやって紫苑達が話し合っていると、女の子の背後から帽子を被った大男がやってくる。
「船長……」
「私は密航者には厳しいタチでね……女の子とはいえ舐められると限度なく密航者がやってくる」
船長は女の子の両肩を掴むと、身体を拘束し腕をひねり上げる。身体を締め付けられた女の子は苦しそうにうめき声を上げており、ついに痛みに耐えきれなくなったのか手からナイフがカランと落ちた。
「そんな力任せにやらなくても……相手は女の子ですよ」
「何だね君は。これは部外者が口出しするようなものじゃあない」
船長はそう言って紫苑をギロリと睨みつける。確かに部外者である紫苑はそう言われてしまっては何も言えなくなり、バツが悪そうにしながら視線を床に落とした。
「さて。君は港につくまで下の船室に軟禁させて貰うよ……ところで!」
船長は突然くるりと振り返ると、承太郎がいつの間にかくわえていた煙草を奪い取る。
「甲板での喫煙はご遠慮願おう……君はこの灰や吸殻をどうするつもりだったんだね?この美しい海に捨てるつもりだったのかね?君はお客だが、この船のルールには従ってもらうよ。……未成年君」
船長はそう言うと承太郎の帽子に火のついたままの吸殻をぐりぐりと擦り付ける。その様子を、一行はあ然としながら見ていた。何せそれをやられているのは承太郎だ。いくら承太郎がマナー違反をしたとはいえ、こんなコケにするような行動をされたら黙ってはいられないだろう。そして船長は完全に火の消えた煙草を承太郎のズボンのポケットへと入れると、女の子を連れて船室へと移動しようとする。
「待ちな。口で言うだけで素直に消すんだよ……大物ぶってカッコつけてるんじゃあねぇこのタコ!」
「……何?」
「おい承太郎!船長に対して無礼はやめろッ、今のはお前が悪い!」
ジョセフが慌てて承太郎を咎める。
「フン!無礼は承知の上だぜ。こいつは船長じゃあねぇ!今わかった、スタンド使いはこいつだ!」
「な、何ぃ――――!!」
「スタ……ンド……?何だねそれは?」
承太郎の言葉に一行は驚きの声を上げる。しかし船長は聞き慣れない言葉に首を傾げているようだ。
「それは考えられんぞ承太郎!この船長はSPW財団を通じて紹介された人物、身元は確かだ!」
「おいJOJO!いい加減な憶測は皆を惑わすだけだぞ!」
「何か証拠はあるのか?」
皆が口々に承太郎に疑問を投げかける。紫苑も声は上げなかったものの、何故そう言い切れるのだろうかと訝しげに承太郎を見つめた。
「スタンド使いに共通する見分け方を発見した。スタンド使いは少しでも煙草の煙を吸うとだな……鼻の頭に、血管が浮き出る」
「えっ!」
一行は驚いた顔で一斉に自分の鼻の頭を触る。
「嘘だろ承太郎!」
「ああ嘘だぜ!だが……マヌケは見つかったようだな」
承太郎はそう言うと、船長の方へと視線を向ける。そう、スタンド使いで無いはずの船長も驚いた顔で鼻の頭を触っていたのだ。この場で鼻の頭を触っていないのは、未だ怪訝そうな表情をしている女の子だけだ。
「アッ!」と声を上げながら一行は船長を見る。自分がやらかしてしまった事に気がついた船長はしまったという表情になった。
「承太郎、何故船長が怪しいとわかった?」
「いや、全然思わなかったぜ。だが…………船員全員にこの手を試すつもりでいただけのこと……だぜ」
承太郎の機転に、紫苑は素直に感心した。承太郎が居なければこの人がスタンド使いだとは誰も思わなかっただろうし、もしかするとやられていたかもしれない。
正体を暴かれた偽船長は取り繕うことを止めたのか、帽子を脱ぎ捨て雰囲気をガラリと変える。
「シブイねぇ……まったくおたくシブイぜ。確かにおれは船長じゃねぇ……本物の船長は今頃海底で寝ぼけてるぜ」
「それじゃあてめーは、地獄の底で寝ぼけな!!」
承太郎の言葉に偽船長がニヤリと笑うと、偽船長のスタンドが海から現れ女の子の足をわしづかみにした。
「きゃああああッ!!」
「しまったッ!」
「水のトラブル! 嘘と裏切り!未知の世界への恐怖を暗示する『月』のカード、その名は『
捉えられた女の子を見て、油断した、と紫苑は思った。彼女はこの中で唯一スタンドが使えない一般人なのだ。人質を取るなら真っ先に狙われるだろうとわかっていたはずなのに。
全貌を現した偽船長のスタンドは魚のような鱗や水かき、背びれなどがついた半魚人のような見た目をしていた。ダークブルームーンは女の子を抱えあげると船の縁へと飛び移る。
「てめーらと5対1じゃあ流石の俺も骨が折れるから正体を隠して一人づつ始末してやろうと思っていたが……バレちまったらしょうがねぇ。だがしかし、この小娘が手に入ったのは運がいい。今からこの小娘と一緒にサメの海に飛び込むぞ。当然てめーらは海中に追ってこざるを得まい!俺のホームグラウンド、水中でなら5対1でも相手できるぜ、ククク……」
「人質なんかとって舐めんじゃあねーぞ。この空条承太郎がビビりあがると思うなよ」
「舐める?これは予言だよ。とくにあんたの『
偽船長は片手でひょいと手すりに飛び乗ると、さらに言葉を続ける。
「ひとつ比べっこしてみないか……ついてきな。海水たらふく飲んで死ぬ勇気があるならな」
偽船長はそう言うと手すりを蹴ってスタンドと共に海へ飛び込もうとする。
「オラオラオラオラ!」
その瞬間、容赦ないスタープラチナのラッシュがダークブルームーンを襲った。ボコボコに殴られたダークブルームーンは顔面から血を出しながら海へと落ちていく。それを尻目に、スタープラチナは投げ出された女の子の腕を掴んで救出した。
「ら、落下するより早く攻撃してくるなんて……そんな……」
「海水をたらふく飲むのはてめーひとりだ。アヴドゥル、なにか言ってやれ。」
「占い師のわたしをさしおいて予言するなど……」
「10年早いぜ! 」
アヴドゥルの言葉にポルナレフが続く。攻撃を受けた偽船長はプカプカと浮きながら波に乗って遠くに流されていった。
「
「承太郎どうした? さっさと女の子をひっぱりあげてやらんかい」
ジョセフは手すりから身を乗り出したまま動かない承太郎を怪訝そうな顔で見つめる。何かあったのだろうかと思った紫苑が顔を覗き込むと、承太郎の顔には汗と苦悶の表情が浮かんでいた。
「ち、ちくしょう……ひきずり込まれる……」
「え!?」
「何だって!」
何か尋常ではない事が起きていると感じた一行は承太郎に駆け寄る。スタープラチナの両手には、いつの間にか大量のフジツボがびっしりとこびりついていた。フジツボは物凄いスピードで増殖していき、承太郎の両手から血が吹き出す。
「奴はまだ闘う気だ……さっき殴った時くっつけやがった。どんどん増えやがる……俺のスタンドから力が抜けていく!」
海へと落ちそうになっている承太郎をジョセフや花京院達が後ろから引っ張って支える。
紫苑は船べりに駆け寄って偽船長が流されていったであろう方向を見るが、まだそんなに時間が経っていないにも関わらず偽船長の姿はどこにも見当たらなかった。
「いつの間にか船長が居なくなってる……!」
「何!?海中に逃げたのかッ!」
「承太郎!スタンドを引っ込めろ!」
ジョセフがそう叫ぶものの、承太郎は冷や汗をかくだけで動かない。
「それができねーから……ヌウウ……かきたくもねー汗をかいているんだぜ」
「あっ、承太郎!」
「先輩!」
ついに耐えきれなくなったのか、承太郎の身体はジョセフの腕をすり抜け海へと投げ出される。
咄嗟に花京院がハイエロファントグリーンを出し承太郎を掴もうとするが、彼が掴めたのは最後の力を振り絞って承太郎が上に放り投げた少女だけだった。
「し、しまった……」
「ま、まずい……翠川さん、女の子を頼みます」
「わかりました」
花京院は素早く女の子を船に引っ張り上げて紫苑に託すと、海へと沈んでいった承太郎の様子を見にまた船べりへと戻っていく。
紫苑は未だ混乱している女の子のそばに近寄ると、しゃがみこんで女の子と視線を合わせた。
「驚かせてごめんね。アンちゃん……だっけ?私は紫苑って言うの。怪我は無い?」
「怪我はねーけど……あんたら一体、何ものなの?」
「うーんと……色々な理由があって皆で旅をしている、ただの旅行者だよ」
「そんなふうには見えないけど……あんな男ばっかの所に女のアンタが一人いるってのも変だし……痛っ」
紫苑のぼかした回答に目の前の少女――アンは信じられないといった様子で首をかしげる。そしてアンは右腕を動かそうとした途端、痛みで顔をしかめた。
「腕が痛むの?……ちょっと見せて」
紫苑がアンの服の袖を捲って患部を見る。腫れてはいないものの、手で触れると肩や手首といった関節が少しだけ熱を持っているのがわかる。きっと偽船長に腕をひねり上げられたときに筋を痛めたのだろう。
「ねえアンちゃん、私が今から痛みをどこかへ吹き飛ばすおまじないしてあげるから、見ててくれる?」
「はぁ?そんな子供だまし、あたしに効くわけないじゃん」
「良いからじっとしていて。……『痛いの痛いの飛んでいけ!』」
紫苑が無理矢理言い聞かせると、渋々といった様子でアンが大人しく腕を差し出す。紫苑はそんなアンの腕を優しく持つと、こっそりとアイオーンを呼び出してアイオーンの手を自分の手と重ね合わせる。そしてよく小さい頃に使われた言葉と共に、器用に指先を動かして同時に患部に触れた。
すると先程まで半信半疑だったアンの様子が一変する。『おまじない』が終わり紫苑が手を離した途端、驚いた表情で肩や手首をぐるぐると回し始める。
「あ、あれ……?痛くない……?」
「本当?よかった。おまじない、効いたみたいだね」
「す、すごい……!紫苑は魔法が使えるの!?」
アンが目を輝かせながら紫苑へ詰め寄る。
「ふふ、少しだけね。……でも、これは皆には内緒にしておいてね。たくさんの人にバレちゃうと大変だから」
「うん、わかったよ」
紫苑が人差し指を口に当て『内緒』のポーズをすると、アンも同じように真似をする。そうやって2人でクスクスと笑い合っていると、突然船のあちらこちらから爆発音が聞こえた。
「……ッ!な、何が起きたの……!?」
「翠川さん!」
ガタガタと大きく揺れる船から投げ出されないよう、紫苑は咄嗟にアンを抱きかかえる。爆風とともにあたり一面に立ちあがる煙を呆然としながら眺めていると、船べりの方から花京院が駆け寄ってきた。
「この船、爆弾が仕掛けられていたみたいです。もうすぐ沈みますから、早くボートへ!」
「はい!……行こう、アンちゃん」
「う、うん……」
紫苑はアンの手を引きながら甲板を走り抜け、ボートへと飛び乗る。その後ろから花京院も着いてきた。紫苑が乗り込んだボートには既に承太郎やジョセフ達も乗っており、無事脱出できた紫苑達を見てほっと息をついていた。
紫苑がボートに腰掛けながら先程まで乗っていた船を見上げると、船は爆発により浮力を失い、轟音と共に海へと沈んでいく所だった。
「はぁ……どうしてこうも私達の乗る乗り物は大破するんだろう……」
遠い目をしながらそう呟く紫苑。それに対して、承太郎は学帽のつばをキュッと引き下げながらこう答えた。
「……じじいの呪い、だぜ」
承太郎の返答に、紫苑はジョセフに悪いとは思いながらも頭を抱える他無かった。