エジプトまでの道程編
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――ジリリリリ、パチン
目覚ましを止め、紫苑はむくりと起き上がる。
そしていつものように彼女 の事を心の中で呼ぶ。すると紫苑の体から獅子のような耳と尻尾、天使のような翼を持ち、古代ギリシアの服飾に身を包んだ女性のような何かが現れた。
「おはよう」
紫苑が彼女に声をかける。いつも通りの朝だった。
「行ってきます」
支度も終え、学校へ向かうために家を出る。高校2年生ともなれば同級生と一緒に登校する人が多いであろうが、紫苑にはそのような人間がいないため、いつも1人で登校していた。
特別人付き合いが苦手だとか、いじめられられているとか、一人が好きであるとかそういうのでは無い。クラスメイトの中には話をする子だっている。しかし、ある事情から人と深く関わることを無意識のうちに避けていた。
紫苑には不思議な友達がいるのだ。自分以外には誰にも見えない友達。
それに加え、彼女は不思議な能力も持っていた。
こんなことを他の人に話したら、頭がおかしくなってしまったのかと心配されるのがオチである。実際、幼少期にその不思議な友達の事を話しても誰も信じてはくれなかったし、両親には気味悪がられ、挙句の果てにはお祓いに連れて行かれたりもした。そこでやっと自分は他人とは違うということに気がついたのだ。
それに気がついてから、紫苑は誰かと話していても孤独を感じるようになった。たとえ仲良くなれたとしても、本当の自分を分かってもらえることは無い。心からわかりあえる事は無いのだと。
そのうち他人と深く関わることを諦めるようになった。仲良くなればなるほど期待してしまうし、期待すればするほどショックが大きくなってしまうから。
しかし紫苑だって両親に迷惑はかけたくないし、同級生達から変な子だと思われるのはなるべく避けたいと思っていた。そのようなこともあり、違和感の無い程度に友人関係を築くように心がけていた。
「あ、JOJOだわ!」
「本当だ、JOJO!」
しばらく歩いていると、後ろの方から女子たちの黄色い声が聞こえた。
紫苑は眉をひそめる。油断した、と思った。
そもそも紫苑は目立つことは避けたかったし、ましてや女子たちに目をつけられるのはもっての外だったので、有名人――特に空条承太郎とは登校時間が被らないようにしていたのだ。承太郎は今留置場にいると噂で聞いていたので特に気にせずこの時間に登校したのだが、まさか時間が被るとは思っていなかった。朝から面倒なアクシデントに見舞われ、気分が沈んでいくのがわかる。
しかし落ち込んでいる場合ではない。承太郎はその身長の高さから歩くスピードが紫苑よりも速いであろうということは誰にだって簡単に予想がつくのだ。このペースで歩いていたらあの集団に捕まってしまうだろうと考えた紫苑は、今日は小走りで学校へと向かうことに決めた。
その後何事もなく学校へと到着し、ガラリと教室の扉を開ける。いつもよりも早い時間のため、教室にいる生徒の数は少数だった。
思いがけず早い登校となってしまったが、今日は保健委員の仕事がある。まぁ丁度良かったかな、と考えることにして、紫苑は仕事に取り掛かった。
「後は……トイレットペーパーの補充をして終わりかな」
一通りやることを終えて、最後の仕事であるトイレットペーパーを貰いに行くため保健室へと向かう。
「失礼します」
「はぁい、どうぞ〜」
コンコンとノックをして声をかけると、女医の間延びした声が聞こえてくる。それを確認してガラリと扉を開けると、そこにはいつも授業をサボって保健室にたむろしている不良達に加え、何故か承太郎がいた。どうやら足を怪我しているらしい。
本当に今日は運が悪い、と紫苑は思った。喧嘩で負け知らずの承太郎が保健室に来るなんて滅多に無いのに、今日に限って保健室にいるだなんて。
そう思いながら承太郎を見ていると、不意に目があってしまった。
紫苑は承太郎と話したことも無いが、一応先輩なので軽く会釈をして通り過ぎ、女医に要件を伝える。
「保健委員の翠川紫苑です、トイレットペーパーの補充にきました」
「あら、保健委員の子ね。あっちにストックがあるから、必要な個数を持っていってちょうだい。」
「わかりました」
女医はベッドの横を指差した後、机の上をゴソゴソとして何か探し始める。紫苑は言われた通りにベッド横へ向かい、自分のやるべきことに取り掛かった。
「さぁ、JOJOがズボンを脱いでいる間に君たちの体温を測って仮病だってことを証明したげるわ」
「風邪ですよぉ〜早退させてくださいよぉ〜」
「だーめ!」
紫苑が作業を行っていると、ベッドの方からそんな会話が聞こえてくる。横目でちらりとベッドの方を見ると、いつものサボりの常習犯である不良達が寝そべっていた。彼らは手を変え品を変え場所を変えながらしょっちゅう授業をサボっている。紫苑も何度かその光景を見たことがあるので、どう考えても先生の言うとおり仮病だろう。
そんなことを考えているうちに作業が終わったので、さぁ保健室を出ようと紫苑は後ろを振り返る。すると万年筆を振りながら不良たちに詰め寄っている女医の姿が視界に入り、紫苑は驚愕に目を見開いた。
「せ……先生何をッ……!?」
「なにをって……体温計をふって目盛りを戻してるんじゃないのッ!」
女医はビュンビュンと音がするほど万年筆を振ってインクをばら撒き、白目をむきながら不良達に詰め寄っている。言葉と行動のちぐはぐさや、口からガボガボと泡を吹いている様子からも正気で無い事が伺えた。
ベッドの上の不良達はいつも穏やかな女医が急に正気を失った事に混乱しており、目を白黒させながらベッドの上で身を寄せ合っていた。
「ひいいいいっ!?せ、先生っ!それは万年筆ですッ!!」
「あなた達これが万年筆に見えるのッ!?なんて頭の悪い子達でしょうッ!?」
「うわあああああっ!!」
恐怖から腰が抜けてしまった不良たちは必死に手に持っているそれが万年筆であることを伝えるが、女医は全く聞く耳を持たない。そればかりか大きく万年筆を振りかぶり、怯える不良の眼球めがけて突き刺そうとしてきた。
紫苑は咄嗟に万年筆を掴んで止めようとするが、女医の力はありえないほど強く、グサリと紫苑の手のひらにペン先が突き刺さる。
「痛ッ……!」
鋭い痛みに思わず力を緩めると、女医は紫苑の手のひらから万年筆を引き抜き、承太郎の方へくるりと向き直った。
「JOJOッ……あなたはまさか万年筆に見えるだなんて言わないわよねえッ!!」
そう言い放ちふらふらとおぼつかない足取りで承太郎に襲いかかる女医。承太郎はその振り上げられた腕を掴んで止めようとするものの、女性とは思えない力で押されてペン先が顔にめり込む。なんとか目を刺されることは回避したようだが、彼でさえも女医の腕を抑えるので精一杯のようであった。
紫苑はその間に不良達を外に逃し、自分はベッド横のカーテンの裏に身を隠した。そして室内の様子を伺いつつ、友達を呼び出す。
紫苑の体からするりと現れた友達は、どうしたのと問いかけるようにジッと紫苑を見つめる。その問いに答えるように紫苑が自分の手のひらを見せると、友達はその手を取り傷口にキスをする。すると傷はみるみる塞がってゆき、数秒後には跡形もなく消え去っていた。
きれいに塞がった傷口を見やり、感謝を伝えるために友人の頭を撫でる。息を殺しながらカーテンの外の様子を伺うと、そこにはいつの間にか承太郎以外の人物がいるようだった。
「花京院典明……きさまッ……な……何者だッ!?」
「私の幽波紋 の名は「法皇の緑 」。わたしは人間だがあのお方に忠誠を誓った……」
「だから!貴様を殺す!!」
緑の学生服を身にまとった青年――花京院がそう言い放つと、女医の体からメキメキと異様な音が鳴り始める。紫苑は何が起きているのかよく分からなかった為、物陰に隠れながら女医をジッと見つめていた。すると承太郎は女医の腕を振りほどいたかと思うと、突然女医にキスをしだしたのだ。
紫苑がその光景に目を見開き驚いていると、承太郎の体から出ている紫色のヒト型をした何かが緑色の光る物体をくわえ、そしてそれを女医の口内から引きずり出しているのが視界に飛び込んできた。
「この先生を傷つけはしねーさ!こうやって引きずり出してみればなるほど、とりつくしか芸のなさそうなゲスなスタンドだぜ、花京院!」
承太郎が不敵な笑みを浮かべながら言葉を放つ。引きずり出された法皇の緑を承太郎のスタンドがガシッと力強く鷲掴むと、花京院の額にくっきりと指の跡が浮かび上がり彼は痛みに顔を歪めた。
「これがてめーのスタンドか!緑色でスジがあってまるで光ったメロンだな!」
「……引きずり出したことを後悔することになるぞ……JO JO……」
「つよがるな、額に指の跡がくっきり浮き出てるぜ。このまま……きさまのスタンドの頭をメロンのように潰せば、きさまの頭も潰れるようだな。ちょいとしめつけさせてもらうぜ、気を失ったところできさまをおれのじじいの所へ連れて行く……お前にとても会いたいだろうよ、おれもDIOという男のことがすごく興味あるしな……」
(あれは……私の友達と同じ……?それにスタンドって何……?)
紫苑がそう疑問に思いながら2人のやり取りを眺めていると、法皇の緑の手からボトボトと緑色の液体が溢れているのが見えた。
「花京院!妙な動きをするんじゃあねぇ!」
すると承太郎もそれに気がついたのか、威嚇するように大声で叫ぶ。しかし、それに構わず花京院は意を決した表情で言葉を続けた。
「くらえ、我がスタンド『法皇の緑 』の!エメラルドスプラッシュ!!」
花京院がそう言い放つと、スタンドの手のひらから溢れていた液体がまるでエメラルドの宝石のような形となり承太郎へ向かって勢いよく発射される。これはまずい。そう思った時には紫苑の身体は無意識に走り出していた。
「先輩危ないッ!!」
「!てめーはッ!?」
エメラルドスプラッシュが発射された瞬間、紫苑が咄嗟に承太郎の前へと滑り込む。2人以外誰もいないと思っていた承太郎と花京院は突然の出来事に驚きの表情を浮かべるが、エメラルドスプラッシュの勢いはその間も止まることはなく、紫苑と承太郎の2人諸共吹き飛ばした。
吹き飛ばされた2人は保健室の扉を壊すほどの勢いで叩きつけられ、扉がガラガラと音を立てながら崩れていく。エメラルドスプラッシュをもろに食らった紫苑は全身から血を流しており、紫苑に庇われた承太郎もまた口から血を吹き出していた。
「ぐっ……おいてめー、大丈夫かッ!」
「う……うう……わ、私は大丈夫だから……」
承太郎は隣で血だらけになっている紫苑に声をかける。かろうじて意識のある紫苑は、なんとか言葉を絞り出して自身の無事を伝えた。
「まだここから逃げ出していない者がいたとは……しかも『スタンド』が見えるのか……?まあいい、承太郎を殺した後始末してやろう」
花京院は興味深そうに紫苑を横目でちらりと見る。しかし先に始末すべき者の存在を思い出すと、またすぐに承太郎の方へ向き直り薄く笑みを浮かべながら語りかけた。
「エメラルドスプラッシュ、我がスタンドの体液に見えたのは破壊のエネルギーの像 !貴様のスタンドとその女子高生の胸を貫いた……よって貴様らの内臓はズタボロよ。そして、その女医も」
花京院が女医の方を見ながらそう言うと、突如女医がうめき声をあげながら身体から血を吹き出して倒れた。
「な、なにィ〜〜!」
「ッ!せ、先生……!」
紫苑は思うように動かない身体にむち打ちぐったりとしている女医の方へと這い寄る。よく確認すると、気は失っているがしっかり治療をすれば助かりそうであることがわかった。
(良かった……きっと私の友達が治したら大丈夫だ)
命を落とすような怪我ではない事がわかりホッとする。
顔を上げると、花京院から「お前がやったのだ」と責め立てられ、ふらりと立ち上がった承太郎の姿が見える。先程とはガラリと雰囲気の変わった承太郎の姿を見て、ここは彼に任せたほうが良いだろうと考えた紫苑は、今まさに戦いを繰り広げようとしている2人から距離を取り、比較的安全な場所へと女医を引きずって運ぶとすぐに友達を呼び出した。
「お願い、先生の怪我を治してあげて……うん、私はその後で大丈夫だから」
あなただって血だらけなのに、と言いたげな友達を説得して女医の手当に取り掛からせる。友達が女医の体に触れると、止めどなく流れていた血は止まり、ゆっくりではあるが傷口が癒え始めた。
やはり他人の傷を治すのには時間がかかる、ぼんやりとそう考えていると不意に声をかけられた。
「おい」
「あ……な、何でしょうか……?」
いつの間に決着が付いたのだろうか、承太郎が血だらけの花京院を肩に担ぎながらこちらを見下ろしていた。相手が195センチの大男ということもあり、その光景に萎縮してしまう。
「てめーもスタンド使いか?」
「ええと……スタンド……?っていうのかはわかりませんが、先輩と似たような能力は持っていると思い……ます」
紫苑の脳裏に、スタンド使いだと言ったら問答無用でボコられるのでは?という思いがよぎる。もっとも、紫苑はスタンド使いではないのでそう言うつもりは全く無いのだが。
承太郎は縮こまって冷や汗をかいてる紫苑と、その隣で女医の傷を癒やしている紫苑の友達をジッと見つめている。その時ふと、一つの疑問が紫苑の頭の中をよぎる。今まで誰も見えなかったのに、何故承太郎は紫苑の友達の姿が見えているのか。紫苑はそのような事を考えながら相手の出方を待っていたが、それでもなお無言の時間が続く。段々と居心地が悪くなってきたなと感じていると、承太郎はフンと鼻を鳴らしてくるりと紫苑に背を向けた。
「てめーにも聞きてぇ事がある。今日はこのままフケるぜ。ついてこい。」
「は、はいッ!」
有無を言わさぬ威圧感に紫苑はすぐさま大きな声で返事をすると、怪我人とは思えない速さで立ち上がった。正直言って身体も心も疲弊しているし、紫苑としてはさっさと早退して今すぐにでも家に帰りたい気分だった。しかしこの状況では拒否権なんてあって無いようなものである。まぁ仕方がないかと諦めると、承太郎に聞こえないようにこっそりとため息をついた。そして視線で友達の事を呼び戻しながら、無言でヌシヌシと歩いていく承太郎の後をよろよろと追ったのだった。
目覚ましを止め、紫苑はむくりと起き上がる。
そしていつものように
「おはよう」
紫苑が彼女に声をかける。いつも通りの朝だった。
「行ってきます」
支度も終え、学校へ向かうために家を出る。高校2年生ともなれば同級生と一緒に登校する人が多いであろうが、紫苑にはそのような人間がいないため、いつも1人で登校していた。
特別人付き合いが苦手だとか、いじめられられているとか、一人が好きであるとかそういうのでは無い。クラスメイトの中には話をする子だっている。しかし、ある事情から人と深く関わることを無意識のうちに避けていた。
紫苑には不思議な友達がいるのだ。自分以外には誰にも見えない友達。
それに加え、彼女は不思議な能力も持っていた。
こんなことを他の人に話したら、頭がおかしくなってしまったのかと心配されるのがオチである。実際、幼少期にその不思議な友達の事を話しても誰も信じてはくれなかったし、両親には気味悪がられ、挙句の果てにはお祓いに連れて行かれたりもした。そこでやっと自分は他人とは違うということに気がついたのだ。
それに気がついてから、紫苑は誰かと話していても孤独を感じるようになった。たとえ仲良くなれたとしても、本当の自分を分かってもらえることは無い。心からわかりあえる事は無いのだと。
そのうち他人と深く関わることを諦めるようになった。仲良くなればなるほど期待してしまうし、期待すればするほどショックが大きくなってしまうから。
しかし紫苑だって両親に迷惑はかけたくないし、同級生達から変な子だと思われるのはなるべく避けたいと思っていた。そのようなこともあり、違和感の無い程度に友人関係を築くように心がけていた。
「あ、JOJOだわ!」
「本当だ、JOJO!」
しばらく歩いていると、後ろの方から女子たちの黄色い声が聞こえた。
紫苑は眉をひそめる。油断した、と思った。
そもそも紫苑は目立つことは避けたかったし、ましてや女子たちに目をつけられるのはもっての外だったので、有名人――特に空条承太郎とは登校時間が被らないようにしていたのだ。承太郎は今留置場にいると噂で聞いていたので特に気にせずこの時間に登校したのだが、まさか時間が被るとは思っていなかった。朝から面倒なアクシデントに見舞われ、気分が沈んでいくのがわかる。
しかし落ち込んでいる場合ではない。承太郎はその身長の高さから歩くスピードが紫苑よりも速いであろうということは誰にだって簡単に予想がつくのだ。このペースで歩いていたらあの集団に捕まってしまうだろうと考えた紫苑は、今日は小走りで学校へと向かうことに決めた。
その後何事もなく学校へと到着し、ガラリと教室の扉を開ける。いつもよりも早い時間のため、教室にいる生徒の数は少数だった。
思いがけず早い登校となってしまったが、今日は保健委員の仕事がある。まぁ丁度良かったかな、と考えることにして、紫苑は仕事に取り掛かった。
「後は……トイレットペーパーの補充をして終わりかな」
一通りやることを終えて、最後の仕事であるトイレットペーパーを貰いに行くため保健室へと向かう。
「失礼します」
「はぁい、どうぞ〜」
コンコンとノックをして声をかけると、女医の間延びした声が聞こえてくる。それを確認してガラリと扉を開けると、そこにはいつも授業をサボって保健室にたむろしている不良達に加え、何故か承太郎がいた。どうやら足を怪我しているらしい。
本当に今日は運が悪い、と紫苑は思った。喧嘩で負け知らずの承太郎が保健室に来るなんて滅多に無いのに、今日に限って保健室にいるだなんて。
そう思いながら承太郎を見ていると、不意に目があってしまった。
紫苑は承太郎と話したことも無いが、一応先輩なので軽く会釈をして通り過ぎ、女医に要件を伝える。
「保健委員の翠川紫苑です、トイレットペーパーの補充にきました」
「あら、保健委員の子ね。あっちにストックがあるから、必要な個数を持っていってちょうだい。」
「わかりました」
女医はベッドの横を指差した後、机の上をゴソゴソとして何か探し始める。紫苑は言われた通りにベッド横へ向かい、自分のやるべきことに取り掛かった。
「さぁ、JOJOがズボンを脱いでいる間に君たちの体温を測って仮病だってことを証明したげるわ」
「風邪ですよぉ〜早退させてくださいよぉ〜」
「だーめ!」
紫苑が作業を行っていると、ベッドの方からそんな会話が聞こえてくる。横目でちらりとベッドの方を見ると、いつものサボりの常習犯である不良達が寝そべっていた。彼らは手を変え品を変え場所を変えながらしょっちゅう授業をサボっている。紫苑も何度かその光景を見たことがあるので、どう考えても先生の言うとおり仮病だろう。
そんなことを考えているうちに作業が終わったので、さぁ保健室を出ようと紫苑は後ろを振り返る。すると万年筆を振りながら不良たちに詰め寄っている女医の姿が視界に入り、紫苑は驚愕に目を見開いた。
「せ……先生何をッ……!?」
「なにをって……体温計をふって目盛りを戻してるんじゃないのッ!」
女医はビュンビュンと音がするほど万年筆を振ってインクをばら撒き、白目をむきながら不良達に詰め寄っている。言葉と行動のちぐはぐさや、口からガボガボと泡を吹いている様子からも正気で無い事が伺えた。
ベッドの上の不良達はいつも穏やかな女医が急に正気を失った事に混乱しており、目を白黒させながらベッドの上で身を寄せ合っていた。
「ひいいいいっ!?せ、先生っ!それは万年筆ですッ!!」
「あなた達これが万年筆に見えるのッ!?なんて頭の悪い子達でしょうッ!?」
「うわあああああっ!!」
恐怖から腰が抜けてしまった不良たちは必死に手に持っているそれが万年筆であることを伝えるが、女医は全く聞く耳を持たない。そればかりか大きく万年筆を振りかぶり、怯える不良の眼球めがけて突き刺そうとしてきた。
紫苑は咄嗟に万年筆を掴んで止めようとするが、女医の力はありえないほど強く、グサリと紫苑の手のひらにペン先が突き刺さる。
「痛ッ……!」
鋭い痛みに思わず力を緩めると、女医は紫苑の手のひらから万年筆を引き抜き、承太郎の方へくるりと向き直った。
「JOJOッ……あなたはまさか万年筆に見えるだなんて言わないわよねえッ!!」
そう言い放ちふらふらとおぼつかない足取りで承太郎に襲いかかる女医。承太郎はその振り上げられた腕を掴んで止めようとするものの、女性とは思えない力で押されてペン先が顔にめり込む。なんとか目を刺されることは回避したようだが、彼でさえも女医の腕を抑えるので精一杯のようであった。
紫苑はその間に不良達を外に逃し、自分はベッド横のカーテンの裏に身を隠した。そして室内の様子を伺いつつ、友達を呼び出す。
紫苑の体からするりと現れた友達は、どうしたのと問いかけるようにジッと紫苑を見つめる。その問いに答えるように紫苑が自分の手のひらを見せると、友達はその手を取り傷口にキスをする。すると傷はみるみる塞がってゆき、数秒後には跡形もなく消え去っていた。
きれいに塞がった傷口を見やり、感謝を伝えるために友人の頭を撫でる。息を殺しながらカーテンの外の様子を伺うと、そこにはいつの間にか承太郎以外の人物がいるようだった。
「花京院典明……きさまッ……な……何者だッ!?」
「私の
「だから!貴様を殺す!!」
緑の学生服を身にまとった青年――花京院がそう言い放つと、女医の体からメキメキと異様な音が鳴り始める。紫苑は何が起きているのかよく分からなかった為、物陰に隠れながら女医をジッと見つめていた。すると承太郎は女医の腕を振りほどいたかと思うと、突然女医にキスをしだしたのだ。
紫苑がその光景に目を見開き驚いていると、承太郎の体から出ている紫色のヒト型をした何かが緑色の光る物体をくわえ、そしてそれを女医の口内から引きずり出しているのが視界に飛び込んできた。
「この先生を傷つけはしねーさ!こうやって引きずり出してみればなるほど、とりつくしか芸のなさそうなゲスなスタンドだぜ、花京院!」
承太郎が不敵な笑みを浮かべながら言葉を放つ。引きずり出された法皇の緑を承太郎のスタンドがガシッと力強く鷲掴むと、花京院の額にくっきりと指の跡が浮かび上がり彼は痛みに顔を歪めた。
「これがてめーのスタンドか!緑色でスジがあってまるで光ったメロンだな!」
「……引きずり出したことを後悔することになるぞ……JO JO……」
「つよがるな、額に指の跡がくっきり浮き出てるぜ。このまま……きさまのスタンドの頭をメロンのように潰せば、きさまの頭も潰れるようだな。ちょいとしめつけさせてもらうぜ、気を失ったところできさまをおれのじじいの所へ連れて行く……お前にとても会いたいだろうよ、おれもDIOという男のことがすごく興味あるしな……」
(あれは……私の友達と同じ……?それにスタンドって何……?)
紫苑がそう疑問に思いながら2人のやり取りを眺めていると、法皇の緑の手からボトボトと緑色の液体が溢れているのが見えた。
「花京院!妙な動きをするんじゃあねぇ!」
すると承太郎もそれに気がついたのか、威嚇するように大声で叫ぶ。しかし、それに構わず花京院は意を決した表情で言葉を続けた。
「くらえ、我がスタンド『
花京院がそう言い放つと、スタンドの手のひらから溢れていた液体がまるでエメラルドの宝石のような形となり承太郎へ向かって勢いよく発射される。これはまずい。そう思った時には紫苑の身体は無意識に走り出していた。
「先輩危ないッ!!」
「!てめーはッ!?」
エメラルドスプラッシュが発射された瞬間、紫苑が咄嗟に承太郎の前へと滑り込む。2人以外誰もいないと思っていた承太郎と花京院は突然の出来事に驚きの表情を浮かべるが、エメラルドスプラッシュの勢いはその間も止まることはなく、紫苑と承太郎の2人諸共吹き飛ばした。
吹き飛ばされた2人は保健室の扉を壊すほどの勢いで叩きつけられ、扉がガラガラと音を立てながら崩れていく。エメラルドスプラッシュをもろに食らった紫苑は全身から血を流しており、紫苑に庇われた承太郎もまた口から血を吹き出していた。
「ぐっ……おいてめー、大丈夫かッ!」
「う……うう……わ、私は大丈夫だから……」
承太郎は隣で血だらけになっている紫苑に声をかける。かろうじて意識のある紫苑は、なんとか言葉を絞り出して自身の無事を伝えた。
「まだここから逃げ出していない者がいたとは……しかも『スタンド』が見えるのか……?まあいい、承太郎を殺した後始末してやろう」
花京院は興味深そうに紫苑を横目でちらりと見る。しかし先に始末すべき者の存在を思い出すと、またすぐに承太郎の方へ向き直り薄く笑みを浮かべながら語りかけた。
「エメラルドスプラッシュ、我がスタンドの体液に見えたのは破壊のエネルギーの
花京院が女医の方を見ながらそう言うと、突如女医がうめき声をあげながら身体から血を吹き出して倒れた。
「な、なにィ〜〜!」
「ッ!せ、先生……!」
紫苑は思うように動かない身体にむち打ちぐったりとしている女医の方へと這い寄る。よく確認すると、気は失っているがしっかり治療をすれば助かりそうであることがわかった。
(良かった……きっと私の友達が治したら大丈夫だ)
命を落とすような怪我ではない事がわかりホッとする。
顔を上げると、花京院から「お前がやったのだ」と責め立てられ、ふらりと立ち上がった承太郎の姿が見える。先程とはガラリと雰囲気の変わった承太郎の姿を見て、ここは彼に任せたほうが良いだろうと考えた紫苑は、今まさに戦いを繰り広げようとしている2人から距離を取り、比較的安全な場所へと女医を引きずって運ぶとすぐに友達を呼び出した。
「お願い、先生の怪我を治してあげて……うん、私はその後で大丈夫だから」
あなただって血だらけなのに、と言いたげな友達を説得して女医の手当に取り掛からせる。友達が女医の体に触れると、止めどなく流れていた血は止まり、ゆっくりではあるが傷口が癒え始めた。
やはり他人の傷を治すのには時間がかかる、ぼんやりとそう考えていると不意に声をかけられた。
「おい」
「あ……な、何でしょうか……?」
いつの間に決着が付いたのだろうか、承太郎が血だらけの花京院を肩に担ぎながらこちらを見下ろしていた。相手が195センチの大男ということもあり、その光景に萎縮してしまう。
「てめーもスタンド使いか?」
「ええと……スタンド……?っていうのかはわかりませんが、先輩と似たような能力は持っていると思い……ます」
紫苑の脳裏に、スタンド使いだと言ったら問答無用でボコられるのでは?という思いがよぎる。もっとも、紫苑はスタンド使いではないのでそう言うつもりは全く無いのだが。
承太郎は縮こまって冷や汗をかいてる紫苑と、その隣で女医の傷を癒やしている紫苑の友達をジッと見つめている。その時ふと、一つの疑問が紫苑の頭の中をよぎる。今まで誰も見えなかったのに、何故承太郎は紫苑の友達の姿が見えているのか。紫苑はそのような事を考えながら相手の出方を待っていたが、それでもなお無言の時間が続く。段々と居心地が悪くなってきたなと感じていると、承太郎はフンと鼻を鳴らしてくるりと紫苑に背を向けた。
「てめーにも聞きてぇ事がある。今日はこのままフケるぜ。ついてこい。」
「は、はいッ!」
有無を言わさぬ威圧感に紫苑はすぐさま大きな声で返事をすると、怪我人とは思えない速さで立ち上がった。正直言って身体も心も疲弊しているし、紫苑としてはさっさと早退して今すぐにでも家に帰りたい気分だった。しかしこの状況では拒否権なんてあって無いようなものである。まぁ仕方がないかと諦めると、承太郎に聞こえないようにこっそりとため息をついた。そして視線で友達の事を呼び戻しながら、無言でヌシヌシと歩いていく承太郎の後をよろよろと追ったのだった。
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