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「忠将さま、見てくださいな!もう蕗の薹が出ておりますよ!」
澄んだ声で私を呼ぶのは、多恵という。

私の幼馴染であり、友であり、そして愛しい許嫁だ。

「多恵、前を見て走りなさい。転げても助けはしないぞ?」
そんないたずらな私の言葉にも負けることなく微笑む彼女は、一体どれだけのことを許してきたのだろう。

「忠将さまはいつもそう仰りますが、いつも助けてくださる優しいお方だと、多恵は分かっておりますよ」
少し顔を赤らめていう多恵が、好きだ。


ある日の朝、まだ日も上りきっていない時刻に私は起きた。
何やら外が騒がしいのだ。

「何かあったのだろうか…?」
着替えて部屋から出ると、空が不自然に明るい。
いや、赤いと言ったほうが適切か。

「まさか、火か?」
私の部屋の前から見える方角に何があるのか考えた後、私は走り出した。
そちらの方向には、多恵の家がある。

まさか、まさか、まさか…!

草履も履かずに外へ出ると、最悪なことが現実になっているのが見えてしまった。
多恵の家が、赤い炎で覆い尽くされているのだ。

「多恵…!」
周りを見ても多恵の姿がないが、多恵の父上、母上が泣き崩れているのが見える。
そうなると、もう居ても立っても居られなかった。

「忠将さま!入ってはいけません!早く離れてください!」
中へ入ろうとする私を、多恵の父上が止める。

「しかし、多恵は中にいるのではないのですか?!」
父上の目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。

「もう、手遅れなのです…」
その言葉とともに、家屋は崩れた。

「多恵、多恵が…!」
「忠将さま、多恵はもうこの世にはいないのです」
父上の言葉に私は驚いた。

多恵はこの中にいて、火の熱さに苦しんでいるだろうに。

「多恵はこの火がまわる前に、何者かに殺されたのです。そして、その者が多恵の部屋に火、火を…」
何を言っているのだろうと、初めは思った。
何故このような大嘘を私にしているのだろうと。

だけど、多恵が此処にいなくて、家は火で崩れおちたことは紛れもない真実だ。

そして、理解できていなかった体と心が漸く理解すると、私が大声をあげて泣いた。

多恵は、まだ大好きだった桜も見ていないのに、私を此の世にのこして死んだのだ。
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