オーレリア戦記
夢小説設定
この小説の夢小説設定二人組シンガーソングライターユニット「こんばらりあ」
マネージャー→東海林(40代男性)、木野(20代女性歳下)
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「なあ、聴いた? こんばの新曲」
唐突に地雷を踏み抜かれた松永は、くしゃりと顔を歪めながらR-指定を睨む。
「……俺、お前はもっと優しい奴だと思ってたわ」
「聴いてへんの?」
「聴いてない」
「なんで」
「今聴けねーよ……」
こんばらりあがリリースもなく急に新曲を配信したこと、それが良曲だと話題を呼んでいることはもちろん松永の耳にも入っていた。だが振られてもなお諦めきれない想い人が書き、そして歌っている曲など今の自分にとっては猛毒でしかない。浴びれば即死である。それを察してくれとばかりに大きなため息をつきながらテーブルに突っ伏した。
「勇気出えへんやったら今流したろか」
「なんでそんなことすんの? 絶対やめろ、今聴いたら確実にこの後の仕事に支障出るレベルで泣けるわ」
冗談めかして言ったが、今みすの歌声を聴いたら本当に泣けてくる気がする。なんなら思い出すだけで涙が出そうだ。珍しくデリカシーのない相方に少々困惑しつつも再生を阻止した。
「うーん……これは松永さん聴いた方がええと思うんやけどなあ……」
R-指定が再生アイコンから親指を離しため息をつこうとしたところで、二人の携帯電話が同時に鳴る。マネージャーからの一報に松永はさらに顔を歪め、R-指定は人知れず口を歪めた。
「な〜んでよりによって今日Creepyさんと共演なのよ……」
「ほんと、持ってるよね〜」
「運がねえっつーのよ、こういう時は」
キー局内の喫煙所でリハーサル後の一服と洒落込む二人は、正反対の表情をしていた。先ほどからニヤニヤとした笑いが止まらない潔に対して、みすは苦虫を噛み潰したような顔で煙を吐いた。
みすが自らの想いに任せて書いた詞は潔の才能溢れるトラックがつけられ、一つの曲になった。締切前の作曲を放り出して完成された楽曲は、マネージャーに聴かせた瞬間ゴリ押しされ、世に出す予定はなかったが急遽リリースすることになったのだった。
告知もなくリリースされたその楽曲は瞬く間に話題を呼び、こうして音楽番組からオファーをいただいたわけだが、収録直前に知らされた共演者の中にはできれば目の前で歌うことはどうしても避けたいと思っていた彼の所属するユニットも名を連ねていたのである。
「まあまあ。でも楽屋挨拶だって無事終わらせたし、あとは本番サクッと歌って終わりよ」
「そのサクッとがサクッといけるといいんだけどね……」
先ほどの楽屋挨拶を思い出す。R-指定はいつもどおり、だがなぜか僅かに楽しそうな雰囲気を醸し出していたが、松永は自分の顔を見るなり気まずそうに俯きがちに会釈をするのみであった。少し悲しく思いつつ、あれだけしつこくアプローチして違う女性と付き合った後じゃ、それもそうか。とも思う。
スタジオに入り、本番が始まる。先に出番が回ってきたのは松永とR-指定であった。みすは平常心を保っているものの、視線だけはターンテーブルを華麗に弾きこなす彼に集中してしまう。結局自分は、あの彼が一番好きらしい。人知れず困ったように笑うみすを、潔だけが少々心配そうに見つめる。
「みす、もしかして怖気付いちゃった?」
「まさか。完璧に歌ってみせるよ」
CMに入り、スタッフからスタンバイを告げられる。ステージに立ち、潔といつもどおりのアイコンタクトを交わし、深呼吸をした。大丈夫。いつもどおり、カメラの向こうの聴衆に歌を届けるだけ。でも、ほんの少しだけ、ひと握りだけでも、この想いが彼に届いたら幸せなだけ。
ドラムのカウントが静寂を裂くのと同時に、息を吸い込んだ。
「——“浮遊する心 着地などできず揺蕩うだけ 気づけばもう 手遅れ”」
想いが伝わるよう、定められたリズムと音程を外さないように正確に、丁寧に、感情を込めて歌う。その脳裏で、出会ってから今までの松永を思い浮かべる。貴方のことが好きな私も、私に向けていた笑顔が今違う人に向けられている切なさもすべて、どうか貴方に届きますように。
「“貴方の中 自ら毒で痺れる私を この想いごと 溶かして欲しい”」
みすが最後、カメラから目線を外すために横を向いた瞬間、出演者席に座りこちらを真っ直ぐ見つめる松永とベール越しに目が合う。やってしまった。だが不自然に逸らすこともできず、咄嗟にかつ自然に俯いてその場をやり過ごした。
「はあ〜……まさか目線の先にいるとは……」
「ほんと、まあでもよく表に出さずにやり切ったよ」
「えへへ、そこはプロだからね」
本番を終え、帰り支度を済ませて楽屋を出る。思いがけないアクシデントはあったものの、みすの胸中は暗雲が過ぎ去ったようであった。伝わったかどうかはさておき、本人の前で想いの丈をぶちまけると思いの外スッキリするらしい。きっと、これで自分も前を向けるだろう。晴れやかな心持ちで、喫煙所寄っていこうかなどと話しながら廊下を歩いていると、背後の奥から誰かの叫び声と慌ただしい足音が聞こえた。
「松永待て! 待てって‼︎」
「え……?」
振り向くと、松永が真顔のまま全力で走り、その後ろをR-指定が焦りながら追いかけてきていた。何がどうしてそうなっているのかまったくわからないが、自分に向かって一直線に走っている。本能的にそう直感したみすは踵を返し走り出した。
「ちょっと! みす⁉︎」
潔はみすが走っていき、松永がそれを追いかけ自分の横を駆け抜けていくのを呆然と見送るが、すぐに我に返りR-指定と一緒にあとを追いかける。おそらく彼は、みすの想いを一言一句違わずに受け取ったのだろう。久しぶりに、いや過去最大の松永の奇行に狼狽しつつも胸が躍るのを感じた。
一方、みすは訳もわからないまま必死に松永から逃げていた。もうどうしてなどと考える余裕もない。ただただ真顔で追いかけてくる松永が怖い。だが元々足が速くないみすは駐車場に出たところで捕まってしまった。腕を掴みそのまま力いっぱい抱きすくめられ体が軋みながら悲鳴をあげる。
「いだだだだだだ折れ、折れる! 背骨が折れる‼︎」
「折ったら殺す! 折ったら殺す‼︎」
「松永落ち着け! ステイ! みすちゃん死んでまうて‼︎」
やっと追いついた潔がバシバシと松永の背中を叩きながら怒鳴る声も、R-指定が必死に宥めようとする声も聞こえていないかのように松永はなおもみすを抱きしめる力を強める。ああもう折れる、死ぬ……とみすの意識が遠のく手前、彼女にしか聞こえないほどの小さな声で、松永が呟いた。
「……溶かすなんて、できるわけねえだろ」
「え……?」
みすが声を上げると、松永はやっと彼女を解放し、じっと見つめる。その顔は今まで見たことがないほどに切なく、苦しそうに歪められていた。
「諦めきれねえじゃん、あんな歌聴いたら」
「え? いや、ちょっと待ってください。あの女の子とお付き合いしたんじゃ」
「え、なんの話」
「ええ……?」
四人以外誰もいない地下駐車場内に、みすの困惑しきった声が響いた。
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「……で、無事くっついたわけ」
「うん……まあ、そうなるかな」
翌日。所属事務所が所有するレコーディングスタジオの副調整室で、みすは潔による取り調べという名の昨夜のその後の説明を求められていた。
楽屋前から地下駐車場に及ぶ史上最悪の追いかけっこの後、潔とR-指定の計らいによりみすと松永はキー局近くの飲食店の個室でお互いのすれ違いの答え合わせをすることとなった。
「で、なんで俺とあの人が付き合ってるなんて思ってたの」
「あれから連絡もないし、事務所とかで鉢合わせることもなくなったから、てっきり」
「それは、俺みすさんに振られたと思ってたから」
「べつに振ってはな……あ」
答え合わせは松永のにやけ顔を見たみすによって一時停止される。思えば彼のこの顔を見たのは久しぶりな気がする。まずい、と思い訂正しようとするがもう手遅れだった。
「ふーん。振ってはないんだ」
「いや、その」
「みすさん。俺ずっとみすのことしか見てないんだけど。みすさんはどうなの」
勝ち誇ったような笑顔を浮かべ自分を見つめてくる松永を前に、みすはまた以前のように突っぱねてしまいたいと不機嫌そうに顔を歪める。だが、せっかく何の因果かもう一度素直になれるチャンスを与えられたのだ。今度こそ間違えてはいけない。みすは目を閉じて深呼吸を一往復したのち、松永の目を真っ直ぐ見つめた。
「……私もずっと、松永さんのことしか見えてなかった、みたい、です」
みすの言葉を聞くなり、松永は深いため息をついてテーブルに突っ伏した。
「あー……俺今人生で一二争うくらい幸せかもしんない」
「随分大袈裟じゃありません」
「そんなことねえから。全然盛ってねえから。……あ、でも待って」
待っても何もない状況だが、松永はみすの前に手を出したかと思えば急に立ち上がり彼女の隣に移動する。まだ終わりじゃない。自分が告白をするべき相手は、もう一人いるのだ。
「えっ、え……な、なんです」
壁に後ずさるみすに手を伸ばし、かけていたサングラスを外した。あの夜、刹那に垣間見た彼女が再び目の前に現れる。
「…… 石橋さん、下の名前なんていうの」
「え? あ、磨、です。石橋 磨」
「…… 石橋 磨さん」
初めて見る、真剣に自分を見つめる松永の顔。みすは頬に血が集まる感覚を覚えた。
「は、はい」
「好きです。みすさんも、石橋 磨さんも。だからこれからは、俺に全部、いっぱい見せて。……ください」
「……びっくりした。キスでもされるのかと」
「キっ……いやそれは、まだ早い、でしょ」
恥ずかしそうに顔を背けて俯く彼は、最後の最後でかっこつけきることができない。なんだかいつも追い詰められてばかりの自分が初めて松永を追い詰める立場になれたような気がして、みすは内心面白くなってきていた。しつこいほどの口説き文句に、待ち伏せ、多すぎる連絡、そして要らぬ嫉妬。してやられてばかりの彼に、今日だけは仕返しをしてやろう。
みすはサングラスを持ったままの松永の手を引き、バランスを崩して前のめりになった彼の頬に唇を寄せた。
「私も好きです、DJ松永さん、松永 邦彦さん。いっぱい見せるから、全部受け止めてください」
斯くして、仲の良い先輩後輩になるはずだった不器用な男と素直になれない女の仁義なき恋の攻防戦は勝負に勝ち戦いに負けた松永に軍杯が上がり、やっとその幕を下ろしたのであった。
「んふふ……ニコニコしちゃう」
「やめてよ。恥ずかしいじゃん」
半ば自棄になりながら昨夜の答え合わせの経緯を話すみすを潔はニコニコというより、ニヤニヤしながら見つめる。彼女が面白がっているのが手に取るようにわかるみすはむくれながらテーブルに置いたままのボックスとジッポーを手に取った。
「もう、煙草吸いに行ってくる!」
「あ待って、私も行く」
なんだよ着いてくんなよ、いいじゃん一緒に吸お、などと言い合いじゃれ合いながら喫煙所へ向かうと、ガラスの向こうに見慣れた全身真っ黒のロングヘアの男と、入口横に良質な無地の服を纏った男が立っていた。
「げ、松永さん」
「げ、って酷くね? 俺もうみすさんの恋人になってるはずなんだけど」
「ここでそういうこと言うのやめてください。というかなんでいるんですか……」
「あーるに着いてきた。みすさんたち来るかなーって」
「……さいですか」
恋人同士になったところで、奇行は変わらないらしい。もういちいち相手にするのも面倒くさい、というよりは恋人同士になったことで尚更相手にしづらい。みすは松永の横を通り抜け、潔と一緒に喫煙所へ入った。
中にいたR-指定と挨拶を交わし、煙草に火を点けながらもガラスの外から視線が刺さる。目を合わせてはいけないというように頑なに松永がいる方向を見ないみすを見て潔とR-指定が面白そうにくつくつと喉を鳴らした。
「……いや、怖いわ」
「なんかなあ、みすちゃんが煙草吸うてる姿好きなんやって」
「はあ……」
「みす、あっち向いてあげなよ。ファンサ待ってるよ」
「ファンサ言うな」
二人に促されるままちらりと見れば、嬉しそうに手を振る松永と視線がかち合う。みすはため息をつき、終えるにはまだ長さの残っている煙草を火消し水に落として喫煙所をあとにした。
「はは、みすちゃん優しいなあ」
「あれがあいつのいいところですよ」
「ところで、潔ちゃんは良かったん? 松永さんで」
R-指定の問いかけに、潔は一瞬考える素振りを見せてから悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「まあ、あれだけ惚れてりゃみすを泣かすことはないかなーと。この間のすれ違いはノーカンにしてあげますが。あとはくっそ面白かったんで。Rさんは?」
R-指定も、潔の答えを聞くなり同じような笑みを浮かべる。
「んー、まあみすちゃんええ子やし、あいつがあんなんなってんの初めて見たからなあ。確かに、くっそおもろかったわ」
二人はガラスの向こうの恋人たちを眺める。一方は笑顔、もう一方は呆れ顔をしているものの、彼らの間にはどこか穏やかで柔らかく、幸せな雰囲気が漂っていた。
「……無事にくっついてよかった、本当に」
「そやなぁ……あの、次は俺らとか、どうすか」
「え?」
R-指定の唐突な言葉によって、潔の手から吸いかけの煙草が離れ、水の中へ飛び込む。
仲の良い先輩後輩になるはずだった不器用な男と素直になれない女の仁義なき恋の攻防戦は、その主役を替え第2ラウンドを迎えようとしていることを、喫煙所の外にいる二人はまだ知る由もない。