過保護なセブンスター
夢小説設定
この小説の夢小説設定二人組シンガーソングライターユニット「こんばらりあ」
マネージャー→東海林(40代男性)、木野(20代女性歳下)
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「着替え、歯ブラシ、お風呂セット……ヘアオイルと洗顔、眼鏡は明日の朝か。よし」
仕事柄泊まりで遠くへ行くことも多い磨は、手馴れた様子で持ち物をメモした携帯電話を片手に、目の前に並べた日用品を順々に確認する。だが、これらはすべて磨の所有物でなければ、磨が遠征に行くわけでもない。
「磨ちゃん、いつもごめんな……ありがとお」
入浴を終えてリビングに戻ってきた、今回遠征をする張本人——R-指定は目の前に広がる露店のような光景を見て、眉尻を下げた。
磨がR-指定の遠征の持ち物にまで世話を焼いているのは、何も彼が彼女にそうしろと言ったのではない。天性の遅刻魔であるR-指定は、それと同じく忘れ物の才能も頭一つ抜きん出ていた。前日からちゃんと準備を済ませても、何か一つは必ず忘れてきてしまうのだ。そして新幹線や飛行機の中、挙句の果てにはホテルに到着しそれを今使う、というところで決まって忘れたことに気がつく。そうなったら現地で調達して事なきを得るのだが、自宅に使いかけのストックが溜まっていく上に出費もかさむ。塵も積もればなんとやらである。そういった理由で、同居を始めてしばらくしてからは磨が代わりにR-指定の遠征時の持ち物を用意するようになった。
「いいんだよ〜。あとはこれバッグに詰めればとりあえず終わり」
「おん、それは俺やるわ」
「うん。じゃあ私夕飯作ってるから何かあったら呼んでね」
「あ、待って」
「ん?」
「あの……あれ、もらってもええすか」
“あれ”とは何か。磨は一瞬首を傾げかけたが、すぐに理解した。
前回自分とR-指定が大阪へ遠征した時——正しくは磨の大阪遠征に伴いR-指定が無理やり大阪での仕事を入れ着いてきた時——その際に、彼が自分と会えない寂しさゆえに遠征の都度自分が愛煙している煙草を購入して吸っていることを知ったのだった。
「いいよぉ〜、何本いっとく?」
「2本。あ、いや〜……4本」
「いくねえ〜。はい、どーぞ」
磨はテーブルに置いていたボックスから煙草を取り出し、R-指定に差し出す。受け取って自身のセブンスターのボックスに入れようとしたが、開けたばかりのそこには入るスペースがない。
「あ、2本しか入らん……」
「あらら。あ、じゃあ私も恭平さんの欲しい。2本ちょーだい」
「2本でええの?」
「……じゃあ、4本」
磨に自分の煙草を渡し、もらった煙草は綺麗にボックスへと収まった。
「これで明日私がいなくても大丈夫。だね!」
「なに言うてん。“応急処置”やろ、これは」
「あはは、そうだね」
たとえ1泊でも愛する同居人と離れる夜は寂しい。R-指定はその想いを隠そうともせず磨の手を引いて目の前に座らせ、首筋に顔を埋めた。
「ちょっと、夕飯作るよ?」
「うんー……」
「もう。ご飯食べ終わってから、ね?」
「……はい」
いい子、と言うように自分の頭に手を置いてからキッチンへ向かう磨を見送り、R-指定は食後の時間を楽しみにしつつバッグに荷物を詰め込んだ。
明くる夜。
磨が自宅で久々の一人の時間を過ごしていると、携帯電話が着信音を鳴らす。来た、とばかりに顔をぱっと晴らした磨は嬉々として通話アイコンをタップした。
「はい、お疲れ様。もう終わったの?」
『おん……なあ、聞いてほしいねんけど』
「うん? どうしたの」
電話口の恋人はやけに神妙な声色をしていた。まさか忘れ物? いや、そんなことはない。昨夜も今朝も、メモと照らし合わせてちゃんと確認した。であれば彼に何かよくないことが起こったのか。磨は嬉しい気持ちもそぞろに身構えた。
『あんな、今自分の煙草吸お思て火ぃ点けたんやけどさ』
「うん」
『……めっちゃスースーすんねん』
「え?」
『磨ちゃんの煙草吸ってる時みたいに、めっちゃスースーするんよ。何本吸い直しても全部』
磨はR-指定の話を聞きながら、以前相方である潔から教えてもらった話を思い出した。
——レギュラーの煙草の箱にメンソ入れると、全部メンソに変わるんだって
——マジで〜? メンソつよつよじゃん
——そうなんだよ。だから間違えてレギュラー買っちゃった時とか有効なライフハック
——そんなことある……?
聞いた時は半分冗談に思っていたが、潔の言っていたことはどうやら本当らしい。R-指定の困惑しきった声がそれを物語っていた。
今しがた思い出したその話を教えると、R-指定は感心したようなため息をついた。
『マジで? メンソ最強やん』
「ふっふふ、そうだね。いや〜ごめん恭平さん、私が昨日それ思い出してたらセッタと一緒にしなかったのに……」
『いや、ええんよ。……あ、なあ。磨ちゃんまだ俺の煙草吸ってない?』
「ん? うん、まだ取っといてる」
『俺のがメンソになってるってことはさ、俺が磨ちゃんにあげたやつも』
「……あ、ちょっと待って。今吸うから」
磨はボックスからセブンスターを取り出し、火を点ける。喉を灼いたのは倍のタールの重さと、清涼感だった。
「なってる。メンソになってる!」
『なはは、やっぱそぉか』
「すご〜い! 面白いね」
二人の煙草が合わさったような味を、二人で堪能しつつ笑い合う。離れていても傍にいるかのような空気が互いの間に流れているのを感じ取った磨は安堵するように目を瞑りつつ、話題が移り今日立った現場について話すR-指定の声に耳を傾けた。