my sweet heart
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「ナツ、煙草吸ってくるね」
「うん。ハルが戻ったら私も行こかな」
「先に行かなくて大丈夫?」
「大丈夫よ、行ってきな〜」
打ち上げもいよいよ佳境にさし掛かろうという時、ハルは隣のナツに耳打ちし、席を立つ。各々酒が回りもはや誰が誰だかといった状態で、主役が一人二人姿を消したところで気がつく者もいない——はずだったが、店を出ていく背中を一人捉えていた人物がいた。ふらりと立ち上がり、ハルのあとを追うように外へ出る。それに気がついた者は今度こそ一人もいなかった。
店の裏口にひっそりと置かれた灰皿に灰を落としながら、ハルは体内のアルコールを抜くようにゆっくりと煙を吐いた。紫煙が徐々に体内と外気の温度差を示す白に変わっていく。その向こうに澄みきった深夜の空と小さい宝石のような星が瞬くのが見える。遠くの祭りに耳を傾けながら今度は清潔な冬の空気を吸い込んだ。意識もはっきりしているし不調も感じないが、体だけがふわふわと酩酊している感覚がする。戻ったらあとはソフトドリンクを飲んでおいた方がよさそうだと考えたところで、ハルに一人分の足音が近づいた。
「あっ、JENさんもお煙草ですか?」
「うん」
「結構飲んでましたね〜、お水飲みました?」
「うぅん」
「お水もちゃんと飲まないとだめですよ、戻ったら飲みましょうね」
「うん」
「……JENさん? ほんとに大丈夫ですか……?」
鈴木はハルの隣に立つが、一向に煙草を取り出す気配もなくそのまま、ただ彼女の言葉にふわついた返事をするばかりである。まさかもう気分が悪いのか。ハルが心配して顔を覗き込むように見上げると、妙に熱を帯びた瞳と視線がぶつかり合う。サングラスを隔てているのに、その瞳は確かにハルを正確に捉え、嬉しそうに下瞼に弧を描いた。
「……だいじょぶだよ」
まずい。と思った時には腰に鈴木の筋肉質な腕が添えられ、ぐっと抱き寄せられる。逃げることができない。
「JENさ、」
小さく身じろぎする白く冷たい頬に触れて間もなく、鈴木はハルの唇に吸い付いた。手から吸いかけの煙草が放れ、足元に落ちる。畏れていた事態にハルが塞がれた口から声を絞り出し、密着した体を離そうと必死に鈴木の胸を押すが、びくともしない。やがて閉じられた唇の隙間を這うように舌が侵入し、逃げるハルの舌を捕らえた。
「ん……っ、ぅ、ん」
溶かすように、愛玩するように舌を絡められ、苛めるように、支配するように僅かな反応を見逃さず敏感な箇所を執拗に蹂躙され、だめだとわかっているのに、離れなければならないのに、思考回路まで酩酊していく。邪魔に思ったのかサングラスも外されたが、抵抗しなければならないことすらもうハルは忘れかけていた。
脚が震え、腰から力が抜けて崩れ落ちそうになるハルの体を抱き、なおも口づけを続ける鈴木もまた、酩酊していた。柔らかい唇も、細くくびれた腰も、吐息に混じる小さな嬌声も、鈴木の判断力をさらに鈍らせる。もっと口や体の形を、体温を、体液の味を、自分が与える愛撫への反応を、それを受け取り返す時彼女がどうするのかを知りたくて、彼女のすべてが欲しくて堪らなかった。
「ん、っ、はあ、はあ……」
息が続く限りハルを籠絡し尽くし、小休止するように唇を離した鈴木の目に映ったのは見知らぬ女性だった。先ほどまで青紫色のレンズに隠されていた、温められた飴玉のように熱く溶ける瞳。酒ですら変えられなかった赤く熟れる頬。未だ自分に抱かれながら必死に酸素を求めつつも口づけに陶酔する表情は、未通女 のようなあどけなさと成熟した女性のような色気が綯い交ぜになっているように見えた。
「——あ……」
一つだけ見覚えのある蕾のような唇にもう一度口づけしようとした瞬間、鈴木の体が硬直し、頭からアルコールとともに血の気が引いていく。知らぬ女性などではない。ハルだ。数時間前同じステージに立っていた後輩だ。自分は後輩に、それもまだうら若い女の子に手を出したのだ。いや出したのは手というよりかは唇、いやいや今はそんな戯言を考えている場合ではない。どうしよう。まずは謝って……謝ってどうする? そもそもここで謝るのは男として最低な気がする。責任を取らなければ。何の責任なんだ? キスした責任? 責任を取るとは? お付き合い? 結婚? いや違う、それはハルも自分を好いていなければ成立しないものであって。
——ハル“も”?
芋づる式に思考が連なり鈴木の脳内をぐるぐると回り回って、蔓が絡まって収拾がつかなくなったところで店の戸が開く。鈴木とハルは我に返って互いに飛び退くように離れた。現れたのは中川である。
「あれ、JENいなくなったと思ったらここにいたんだ。ハルさんも…… ハルさんだよね?」
「あっ、う、うん! そうね、煙草、うん!」
「中川さんお、お、お疲れ様です! はいハルです!」
「……二人とも、なんかあった?」
「へっ? やだ中川さんたら何もないですよ! あっ私煙草落としてた! サングラスも! やだなあもう酔っ払っちゃって! JENさん拾ってくださってありがとうございます! じゃあ私ナツが待ってるんで先戻りますね!」
ハルは普段の三割増の速度でまくし立て、素早く足元のフィルターまで燃えかけた煙草を灰皿に捨て、鈴木の手からひったくるようにサングラスを取り足早に店へと戻っていく。中川とともにその場に取り残された鈴木は、「お、俺は、もう1本吸っちゃおっかなー……」と白々しく呟きながらやっと煙草を取り出した。
「……JEN、戻る前にちゃんと拭っとけよ」
「えっ?」
「めちゃくちゃ口紅ついてる」
「あー……中川ぁ、どうしよ」
「俺に訊くな」
自分のそっけない言葉に、煙とともに深いため息を吐く鈴木を見て、中川は内心驚いていた。彼の悪癖は昔から男女問わずであるが、一瞬で酔いが醒めるほどに反省している姿など今まで見たことがなかったからだ。おそらく彼の中でハルに対してのなんらかの感情の変化が起き、その末に酔った勢いで衝動的にことに及んだのだろう。とはいえ相手は後輩であり、ましてや親子でもおかしくないほど歳の離れた娘 だ。反対して今すぐ土下座してこいとでも言うべきなのかもしれないが、もし自分のたてた仮説が事実なのであれば、応援してやりたい気持ちもある。し、面白いのでしばらく傍観して楽しみたい気持ちもある。突如訪れた久方ぶりのロマンスに困惑する男を横目に、中川は呑んだ煙を美味そうに吐き出した。
一方、逃げるように店内へ戻ったハルは、周りに心中を気取られぬよう平静を装いつつナツの隣に座った。
「おかえり、遅かったね」
「うん。JENさんとまた話が盛り上がっちゃって」
「あ、いないと思ったらJENさんも喫煙所行ってたのか」
「うん……」
一見なんの違和感もないハルの返事から僅かな感情の機敏を感じ取ったナツは、「ハル」と彼女の腕を引き耳に唇を寄せた。
「盛り上がったのは話だけ?」
「……やっぱあんたには隠し事できないわね」
「まあ、この後うちおいで。二次会やろう。詳しい話はその時に」
「うん、ありがと……頼むわ」
「とりあえず、口紅。塗り直しといで」
ナツに促されるまま座ったばかりの席を立ち、御手洗へ向かう。鏡に映った唇は紅が落ちきって、少しはみ出してしまっている箇所もある。それを見て、ハルは困り果てたような、先ほどの口づけの余韻に浸るような、浅いため息をついた。
「うん。ハルが戻ったら私も行こかな」
「先に行かなくて大丈夫?」
「大丈夫よ、行ってきな〜」
打ち上げもいよいよ佳境にさし掛かろうという時、ハルは隣のナツに耳打ちし、席を立つ。各々酒が回りもはや誰が誰だかといった状態で、主役が一人二人姿を消したところで気がつく者もいない——はずだったが、店を出ていく背中を一人捉えていた人物がいた。ふらりと立ち上がり、ハルのあとを追うように外へ出る。それに気がついた者は今度こそ一人もいなかった。
店の裏口にひっそりと置かれた灰皿に灰を落としながら、ハルは体内のアルコールを抜くようにゆっくりと煙を吐いた。紫煙が徐々に体内と外気の温度差を示す白に変わっていく。その向こうに澄みきった深夜の空と小さい宝石のような星が瞬くのが見える。遠くの祭りに耳を傾けながら今度は清潔な冬の空気を吸い込んだ。意識もはっきりしているし不調も感じないが、体だけがふわふわと酩酊している感覚がする。戻ったらあとはソフトドリンクを飲んでおいた方がよさそうだと考えたところで、ハルに一人分の足音が近づいた。
「あっ、JENさんもお煙草ですか?」
「うん」
「結構飲んでましたね〜、お水飲みました?」
「うぅん」
「お水もちゃんと飲まないとだめですよ、戻ったら飲みましょうね」
「うん」
「……JENさん? ほんとに大丈夫ですか……?」
鈴木はハルの隣に立つが、一向に煙草を取り出す気配もなくそのまま、ただ彼女の言葉にふわついた返事をするばかりである。まさかもう気分が悪いのか。ハルが心配して顔を覗き込むように見上げると、妙に熱を帯びた瞳と視線がぶつかり合う。サングラスを隔てているのに、その瞳は確かにハルを正確に捉え、嬉しそうに下瞼に弧を描いた。
「……だいじょぶだよ」
まずい。と思った時には腰に鈴木の筋肉質な腕が添えられ、ぐっと抱き寄せられる。逃げることができない。
「JENさ、」
小さく身じろぎする白く冷たい頬に触れて間もなく、鈴木はハルの唇に吸い付いた。手から吸いかけの煙草が放れ、足元に落ちる。畏れていた事態にハルが塞がれた口から声を絞り出し、密着した体を離そうと必死に鈴木の胸を押すが、びくともしない。やがて閉じられた唇の隙間を這うように舌が侵入し、逃げるハルの舌を捕らえた。
「ん……っ、ぅ、ん」
溶かすように、愛玩するように舌を絡められ、苛めるように、支配するように僅かな反応を見逃さず敏感な箇所を執拗に蹂躙され、だめだとわかっているのに、離れなければならないのに、思考回路まで酩酊していく。邪魔に思ったのかサングラスも外されたが、抵抗しなければならないことすらもうハルは忘れかけていた。
脚が震え、腰から力が抜けて崩れ落ちそうになるハルの体を抱き、なおも口づけを続ける鈴木もまた、酩酊していた。柔らかい唇も、細くくびれた腰も、吐息に混じる小さな嬌声も、鈴木の判断力をさらに鈍らせる。もっと口や体の形を、体温を、体液の味を、自分が与える愛撫への反応を、それを受け取り返す時彼女がどうするのかを知りたくて、彼女のすべてが欲しくて堪らなかった。
「ん、っ、はあ、はあ……」
息が続く限りハルを籠絡し尽くし、小休止するように唇を離した鈴木の目に映ったのは見知らぬ女性だった。先ほどまで青紫色のレンズに隠されていた、温められた飴玉のように熱く溶ける瞳。酒ですら変えられなかった赤く熟れる頬。未だ自分に抱かれながら必死に酸素を求めつつも口づけに陶酔する表情は、
「——あ……」
一つだけ見覚えのある蕾のような唇にもう一度口づけしようとした瞬間、鈴木の体が硬直し、頭からアルコールとともに血の気が引いていく。知らぬ女性などではない。ハルだ。数時間前同じステージに立っていた後輩だ。自分は後輩に、それもまだうら若い女の子に手を出したのだ。いや出したのは手というよりかは唇、いやいや今はそんな戯言を考えている場合ではない。どうしよう。まずは謝って……謝ってどうする? そもそもここで謝るのは男として最低な気がする。責任を取らなければ。何の責任なんだ? キスした責任? 責任を取るとは? お付き合い? 結婚? いや違う、それはハルも自分を好いていなければ成立しないものであって。
——ハル“も”?
芋づる式に思考が連なり鈴木の脳内をぐるぐると回り回って、蔓が絡まって収拾がつかなくなったところで店の戸が開く。鈴木とハルは我に返って互いに飛び退くように離れた。現れたのは中川である。
「あれ、JENいなくなったと思ったらここにいたんだ。ハルさんも…… ハルさんだよね?」
「あっ、う、うん! そうね、煙草、うん!」
「中川さんお、お、お疲れ様です! はいハルです!」
「……二人とも、なんかあった?」
「へっ? やだ中川さんたら何もないですよ! あっ私煙草落としてた! サングラスも! やだなあもう酔っ払っちゃって! JENさん拾ってくださってありがとうございます! じゃあ私ナツが待ってるんで先戻りますね!」
ハルは普段の三割増の速度でまくし立て、素早く足元のフィルターまで燃えかけた煙草を灰皿に捨て、鈴木の手からひったくるようにサングラスを取り足早に店へと戻っていく。中川とともにその場に取り残された鈴木は、「お、俺は、もう1本吸っちゃおっかなー……」と白々しく呟きながらやっと煙草を取り出した。
「……JEN、戻る前にちゃんと拭っとけよ」
「えっ?」
「めちゃくちゃ口紅ついてる」
「あー……中川ぁ、どうしよ」
「俺に訊くな」
自分のそっけない言葉に、煙とともに深いため息を吐く鈴木を見て、中川は内心驚いていた。彼の悪癖は昔から男女問わずであるが、一瞬で酔いが醒めるほどに反省している姿など今まで見たことがなかったからだ。おそらく彼の中でハルに対してのなんらかの感情の変化が起き、その末に酔った勢いで衝動的にことに及んだのだろう。とはいえ相手は後輩であり、ましてや親子でもおかしくないほど歳の離れた
一方、逃げるように店内へ戻ったハルは、周りに心中を気取られぬよう平静を装いつつナツの隣に座った。
「おかえり、遅かったね」
「うん。JENさんとまた話が盛り上がっちゃって」
「あ、いないと思ったらJENさんも喫煙所行ってたのか」
「うん……」
一見なんの違和感もないハルの返事から僅かな感情の機敏を感じ取ったナツは、「ハル」と彼女の腕を引き耳に唇を寄せた。
「盛り上がったのは話だけ?」
「……やっぱあんたには隠し事できないわね」
「まあ、この後うちおいで。二次会やろう。詳しい話はその時に」
「うん、ありがと……頼むわ」
「とりあえず、口紅。塗り直しといで」
ナツに促されるまま座ったばかりの席を立ち、御手洗へ向かう。鏡に映った唇は紅が落ちきって、少しはみ出してしまっている箇所もある。それを見て、ハルは困り果てたような、先ほどの口づけの余韻に浸るような、浅いため息をついた。