代償を払った先の未来
「起きろ」
「……うぅ」
重い目を開けるとモール先生が私を起こしていた。
「もう大丈夫……」
「どこがだ」
体を起こそうと上半身を動かすとそっとそれを止める。
「俺は出勤しなければならない」
「……大丈夫、すぐ良くなるから」
「何かあれば電話しろ、それか救急車を呼べ」
「ん」
頭を優しく撫でて足速に家を出ていく。
その後ろ姿を見送り、スマホでランディにメッセージを送る。
怠い。
うまく文字が打てない。
打ち直しも面倒だ、このまま送ろう。
一応伝わるだろ。
震える指で送信ボタンを押し、
朦朧としたまま気を失った。
どれくらい経ったのだろうか。
ふと目を覚まし、枕元のスマホを手に取る。
20時? もう21時か。
何か、食べないと。
しかしパンぐらいしかない。
いいか、食べるのも億劫だ。
布団に包まり震える体を抱きしめ再び目を閉じる。
ピンポーン、とチャイムがなる。
出る体力はない。
しばらくした後、ガチャッとドアが開く音がする。
「ロアッ」
「マスター……?」
薄く目を開ければマスターがベッドの前に膝をついて私の頬を撫でる。
「薬を買ってきた。飲みなさい」
彼に介抱されながら体を起こし、薬を流し込む。
ゆっくりと体を戻し、袋を持ってキッチンへ足を向ける。
「マスター」
「大丈夫だ、食事を用意するだけだ。
何か食べなくては、良くなるものも良くならない」
「いらない」
「駄目だ。食べなさい」
「いい」
「ロア、良い子だから」
「やだ」
食事よりも今はそばにいて欲しい。
その方がずっと楽だ。
お願い、と力を振り絞って裾を引く。
「……はぁ……わかった……」
彼はベッドの隣に腰を下ろし、私の頬を撫でる。
スマホを操作し、電話を始めた。
「すまない。誰か手の空いている者はいないか?
少し……困ったことになっている。……嗚呼。
わかった…………ああ、頼んだ」
「マスター」
「大丈夫だ」
通話を終了し、おでこに貼られた冷却ジェルシートが張り替えられる。
気持ちいい。
「もう少ししたら食事を取るんだ」
「……食べなくても、良くなる」
「食べた方が回復は早い」
「大丈夫」
「はぁ」
押し問答を続けた頃、また家のチャイムがなる。
マスターは『すぐ戻る』と言って玄関に向かった。
言葉通り、すぐに戻ってくた。
キットを連れて。
「なんでキットが」
「私が呼んだ。少しロアを見ておいてくれ」
「ああ、任せてくれ」
マスターがキッチンに向かい、代わりにキットがベッドの隣に座る。
冷たい手が頬に当てられる。
「気持ちいい」
「それは良かった」
彼の手を握り、手のひらにキスをする。
「……ッ」
ふるり、と彼の肩が揺れる。
「この前の、お返しね」
「それは……卑怯だろう……」
はぁ、とため息を吐く。
「ロア、お粥だ。少しでも良いから食べるんだ」
「……はい、マスター」
キットに体を起こされ、マスターが用意してくれたお粥を
胃に流し込む。
何とか半分ほど食べ、食器をマスターに返す。
「よく食べた」
頭を撫でて食器を下げていく。
体を再度寝かせられる。
マスターは奥で洗い物をしている。
「キット」
「何だ?」
私は何でもない、と言いながら彼の手を頬に当てる。
そのまま目を閉じて眠りについた。
