代償を払った先の未来
ジリリ
ピッ
私はすぐに起き、食パンを温め昨日と比べてだいぶ軽い鞄を用意し、
トースターから口へトーストを運び、平げて歯磨きと洗顔を済ませる。
ピンポーン
インターホンが鳴り、すぐにドアを開ける。
「おはよう、ヴォーン」
「ああ、おはよ」
家の鍵をかけ、一緒に学院へ向かう。
近所の視線など気にもならなかった。
それほどに自分が浮かれていると思うと少し恥ずかしい。
彼は”私”を見てくれている。
それだけで十分だった。
この世界は孤独すぎて。
話ながら歩いていればあっという間に学院についてしまう。
「じゃあ」
「ああ、またな」
ランディは普通科の校舎へ向かい、私も教室へ向かった。
「おはようヴォーン!」
「……はよ」
アソーカは朝から元気だ。
「ほら、全員席に着け」
「オビ=ワン・ケノービ先生よ」
「そうか」
彼女から紹介を受け、席に着く。
つまらない。
訳ではないが、あくびが出る。
「そこ、集中だぞ?」
「っす」
私は返事をし、ちゃんと話に集中することにした。
今までで割とマシな教師だからだ。
それからは特に何もなく授業が終わり、
あっという間に昼食の時間になった。
私はスマホを片手にランディの姿を探す。
ぶぶっとバイブし、メッセージに目を通していた時。
「初めまして、私はオビ=ワン・ケノービ。
もし良ければ一緒に食事はどうかな?」
「……先約があるのですが」
「おっと、それはすまない。なに、気にせず行ってきなさい。
代わりに明日はどうかな?」
「……わかりました」
私は一応教師に頭を下げてその場を去る。
「ランディ……!」
「席を取っておいた」
「ありがと」
やっと合流を果たした私はそのままランディと昼食を取った。
「実は明日、教師と昼食を取ることになってしまった」
「大丈夫だ。夕食はどうだ?」
「空いてる」
「じゃあ一緒に食べれるな」
「……そうだな」
向けられる周囲の目に少し申し訳なさを感じる。
私が一緒に居るだけでランディは奇怪な目を向けられる。
「……周りの事なんか気にするな」
「……ああ」
彼から気遣いを感じる。
ランディは微笑んで話題を全く違うものに変え、
気分を晴れやかにしてくれた。
やはり、彼は優しい。
食事を終え、ランディに別れを告げて教室へ戻った。
「最近彼と仲良さげだけど?」
「友達だよ。何ニヤニヤしてんだ、ぶっ飛ばすぞ」
「ヴォーンって案外恥ずかしがり屋?」
「よし、殴る」
「やっぱ恥ずかしがり屋さーん」
きゃっきゃと教室に逃げ込み揶揄ってくるアソーカ。
「2人とも。仲が良いのは結構だが、もう授業が始まる。
席に着きなさい」
そう言って後ろから現れたのはケル・ドアの教師。
マスクの中でモゴモゴ話ながら教材を置く。
「プロ・クーン先生よ。この学校一尊敬出来る人」
「……ふーん」
私は興味なさげに返事をし、席に着く。
そうして始まった3限目。
聞き取りにくいが、心地良すぎる声に安心感を覚える。
待て、今は授業中だ。
なに安楽してるんだ。
しっかりしろ。
軽く手の甲を抓り、正気に戻ろうとする。
あいつは”私にとって”何でもない。
そう言い聞かせて、どうにか集中をしようとした。
結局無駄だったが。
授業が終わり、奴が去ってもまだ安らいでいる心に嫌気が差し
思わず教室を飛び出た。
アソーカに引き止められたがお構いなしだ。
これじゃ、まるで、私が。
奴を。
受け入れ難い考えが脳裏をよぎり、発狂してしまいそうだった。
私は、私だ。
私は”ロア”じゃない。
走って走って、気づけば知らない庭に立っていた。
懸命に息を整える。
気が動転しているだけだ。
何でもない。
すぐに良くなる。
そう言い聞かせて。
「こんな所でどうしたのかね?
今は授業中だろうに」
奥から1人の老人が姿を表した。
一瞬、呼吸を忘れるがすぐに気を取り戻して返答をする。
「……サボりです」
「それは良くない事だ。早く戻りなさい……と言いたい所だが、
顔色が優れない様だ。こちらに来なさい」
「……はい」
私は彼に手招かれ、後ろをついて歩く。
「そこに掛けなさい。今お茶を用意しよう」
「……大丈夫です」
「気持ちが落ち着くぞ?」
彼はそう言って一杯のお茶を私の前のテーブルに置いた。
「……いただきます」
その言葉に甘え、お茶を飲み干す。
「改めて自己紹介をしよう。私は、シーヴ・パルパティーン。
この学院の理事長を務めている」
「私は……ロアーズ・ヴォーン、です」
「ああ、話は聞いているとも。最近話題の子だね」
彼の声は優しく、安心感を与える。
初対面なのに末恐ろしい。
「安心しなさい。ここに君を否定する者はいない」
その言葉に顔をあげれば、優しい微笑みを向ける。
「ずっと孤独と戦って来たのだろう。たった独りで」
微かに唇が震える。
まるで心を見透かされているようだ。
私の、私の心臓をその手に握っているのか?
理解者なのでは、と思う反面背筋がゾッとする。
「皆君をある人物に重ねて、”君を”否定する。
そんな残酷な世界を必死に、独りで生きて来たのだな」
優しく、強引に心へ入り込もうとするこの男が恐ろしい。
それを受け入れそうになる自分もまた、恐ろしい。
「痛ましい事だ。だが、私は君の味方だ。もう独りではない」
酷く冷たい指が私の頬を撫でる。
「全て投げ出してしまいなさい。私は赦そう」
体が動かない。
逃げたい。
恐ろしい。
嫌な汗が背中を伝う。
私には耐え難い、酷く甘い言葉。
涙が溢れそうだ。
助けて。
誰か。
お願い。
そう思った時、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「……どうしたのかね」
理事長の冷たい声。
「……生徒を迎えに来ました」
低い声でまるで牽制をしているかのようだ。
浅い呼吸の中、必死に誰だろうと考えるが脳は働きやしない。
「そうか。顔色が悪いから休ませていたのだが」
「医務室に連れて行きます」
体が宙に浮き、抱き抱えられたのだと理解した頃には
医務室にたどり着いていた。
「息をしろ、深く、深呼吸だ」
ベッドに降ろされ、優しく背中を撫でられて初めて
正常の呼吸に戻る。
緊張の糸が緩み、堰を切ったように涙が溢れ出した。
私たち以外誰も居ない部屋で、まるで子供のように。
彼はひたすら隣に腰掛けて背を摩る。
恐ろしかった。
私の全てを見透かされているようで。
耐えられない。
そう感じた。
震える体をその教師は優しく抱きしめた。
普段なら絶対に許さないが、今だけは甘えていたかった。
それほどに私の心はあの一瞬で虚勢を引き剥がされて
無防備になっていた。
「よく耐えた」
その言葉を最後に意識は途切れた。
