短編
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「ノーネーム。私です。……起きているのでしょう?」
来た。
いつもの通りの時間。夜中の3時に彼女は私の部屋の扉をノックする。
ここ、エピメテウスの塔の最上階に住んでいるこの世界の創造主である彼女──リグレットは、どういうわけか私を溺愛しているのだ。
作曲の手……いや、弄っていたスマホをベッドに放り重い身体を起こして立ち上がって、部屋の扉に向かう。その間の扉の前から彼女の気配は消えなかった。
『……毎回今何時だと…っ』
いつも通り扉を開けて文句を言おうとしたけれど、その言葉はリグレットに思いっきり抱きつかれて遮られてしまった。
私は文句を言う気も失せて、ちゃっかり部屋に入り込んでいる彼女にため息を吐きつつ、ブラフマンに見つかって面倒にならぬよう扉を片手で閉めた。
『それで、今日はどうしたの?』
彼女がこんな風に私に抱きついて胸元に頬を擦り寄せて来るのは十中八九何かがあった時だ。面倒だとは思いつつも、理由を聞かずにはいられず問いかければ、リグレットは女神めいたミステリアスな雰囲気を投げ捨てただの弱気な少女のようにめそめそと涙を流した。
「ブラフマンが、」
やっぱり。
その名前が出た瞬間、おおよその想像がついてしまって私はうんざりする。
「私はもう無理って、嫌だって言ってるのに、まだ女神みたいに振る舞えって言うの。こんなにつらいってわかってたなら、最初からこんなとこ来たりしなかったのにっ!」
『リグレット…』
宥めるように彼女の背をそっと撫でる。すると、リグレットは安心したように徐々に落ち着きを取り戻し、私に更に強く抱きついてきた。
「やっぱり私にはノーネームだけだよ。こんなとこもう嫌だし、ブラフマンも何考えてるかわけわかんなくて怖いけど、で、でも、ノーネームがいるから頑張れるよ。ノーネームは、まだこの世界にいたいんだもんね?」
『……』
楽士にまでなったのだから、当たり前……と言いたいところだけれどそうではない。
エピメテウスの塔の隠された部屋に住む私は、楽士ということになってはいるものの、ブラフマン以外には存在すら知られていないし、なんなら作曲だってしたことがない所謂幽霊部員……いや、それよりもっと存在感がない存在だ。なんせこの塔に住んでいることすらブラフマン以外の楽士にバレていないのだから。
──全てのはじまりは、私がリドゥに連れてこられた日だった。
最初は私もリグレットのことを神や、女神のように思っていた。けれど、そうでないことはすぐにわかった。
何処か寂しそうな一人の少女。
そんな彼女を置いていけないと私は思った。そして、彼女に声をかけた。……かけてしまったのだけど、きっとその言葉が悪かった。
『寂しいの?』
「……え?」
扉をくぐる寸前で振り返って、かけた言葉にリグレットは驚いた。しかし、それは一瞬ですぐに無表情に戻ったけれど、続けた私の言葉を聞いてまたその表情は驚きに満ちていく。
『実は私、寂しいんだ。よかったら、私と一緒に来てくれない?友達になろうよ』
「友達……?私と…、ですか……?」
『うん。あなた以外にいないよ!』
「…………………………………………………………………………………………ほんとに?」
長い沈黙の後の彼女のか細い声の問いに私が頷けば、彼女は表情を輝かせた。
そこに女神はいない。
私と同じ、普通の人間の女の子だった。
「嬉しい!私、ずっと友達なんていなかったから……あなたが初めてだよ!……あのね、私はここから出ることはあまり許されてないから外には行けないんだ……行けるのはイベントとかライブとかの日とブラフマンの目を盗んで少し出かけることぐらい……。でもね、私もあなたと一緒にいたいんだ。だから、ずっとここで一緒にいようよ!」
『え?ま、待って。ずっとここに?でも私、家に帰らなきゃ……』
「家?もー、何言ってるの」
くすくすと可笑しそうに笑った彼女はその後すぐに私に語ったこの世界の真実と、そして自分のことを。
「──そうだ!あなたも楽士ってことにすればここに住めるよ!ブラフマンには私から言えばたぶん大丈夫だと思うし…」
『え、そんな…。私は』
「帰りたくないでしょ?嫌なことがあるからこの世界に呼ばれたんだし。それに帰りたくなったとしても私にも帰り方がわからないんだ。多分、死んだら出れるんじゃないかな?でも、死ぬのは苦しいし痛いよ。そんなの嫌でしょ?」
──それから私は、偽りの楽士としてこの場所に囚われている。
リグレットに異常な愛と執着を向けられながら。