短編
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※吟視点。
【ノーネーム】
正体不明の謎の楽士。顔出しは一切してしておらず、性別年齢何もかもが不明。曲からもヒントを見つけることはできそうにないミステリアスな楽士。
何処にいるかもわからず探すのも骨が折れた。……というか、探そうとしたところであちらから僕達の前に姿を現したのだ。
『楽士としては、はじめまして。ノーネームです』
ざわついた。そりゃそうだ。敵がのこのこ一人で帰宅部の根城であるキィトレインに入り込んできたのだ。
それに、ノーネームの正体は同級生の苗字名前だった。
面識がある人がほとんどだったし、その場の全員が驚いていた。
探そうとしていた楽士がわざわざやってきた幸運と、根城がバレていたという不幸と、正体不明の敵が見知った相手だったという衝撃とで僕らは言葉を失い、ただ彼女が次に何をするのかを見つめていた。
『信じて貰えないかもしれませんが、私は帰宅部と争うつもりないんです。貴方達の帰宅を止めるつもりも邪魔するつもりもありません。だから、私のこと詮索しないで下さい。私にとって現実はつらくてだからここで楽士をしているんです。私は、現実の私のことを少しだって知られたくない。ただそれだけなんです』
そう言って彼女は薄く微笑んだ。
その仄暗くも綺麗な笑みは、現実に疲れきって絶望しているようにも見える。そして、学校で接している彼女が絶対にしないであろう表情は、楽士としての顔なのだろうなと思った。
「わかったよ。君には手を出さない。だけど、代わりにできる範囲でいい。僕たちが帰れるように協力してくれないか?」
勝手に僕がそう言えば、すぐ後ろで小鳩さんが何か喚いた気がしたけど今はそんなの気にならなかった。
目の前の彼女から目を逸らさずにいれば、彼女は暗い表情を消して普段の表情で笑った。
『うん。いいよ。……ありがとう。吟くん。』
「……名前ちゃん。一つ聞いてもいい?」
『何?』
「どうやってこの場所を知ったんだ?」
『……あ、えっと、それは…』
「名前ちゃん?」
『吟くんと話したくて……後を追ってたまたまこの場所を知ったの。それで、みんなが帰宅部だってことも知って…。でも安心して、他の誰にも教えるつもりないからっ!』
恥ずかしそうに頬を赤く染めて言い捨てるように走り去って行った彼女はやっぱり可愛くて、楽士だなんて信じられない気持ちになった。
「はぁ……」
思わず重い溜息が漏れる。そりゃあ溜息のひとつも吐きたくなる。だって──
好きな子が敵だったなんて、ありがちな展開すぎて笑えないだろう!?
『吟くん』
名前を呼ばれて振り返る。
そこには予想通りの人物が僕を見上げていて、目が合ってキュンと鼓動が跳ねた。
彼女を前にするとこんな調子でどうにも落ち着かない気分になる。現実では誰かを前にしてこんな風になったことなかったかも…なんて考えてハッとした。
ダメだダメだ。いくら、名前ちゃんが魅力的な女の子でもこの子は楽士だ。帰るつもりがない子を好きになるのは良くない…。
「…名前ちゃん。どうしたの?」
邪念を振り払ってほんの少し警戒しながらそう聞けば、名前ちゃんはきょとんと不思議そうに僕を見た後、目元を和らげてふんわりと微笑んだ。
『ううん。用はないんだけど、吟くんと話したかったから声掛けちゃった』
「くっ!」
『ど、どうかした?』
「…気にしないで。ちょっと目が眩んだだけだから」
あまりの可愛さに消し炭になりそうになりながら、なんとか平静を装うことに成功?した。
これ以上深みに嵌るのはよくないのだ。
……あの日楽士としてキィトレインに来た彼女は何もかもが違っていた。
服装は見慣れた制服姿だったけれど、例えば、口調。まぁ、口調が敬語だったのは、あの場に先輩たちがいたからだろうけど、驚いたのは彼女の纏う雰囲気だ。
いつもの人好きされる感じはなりを潜め、何処か悲しげで冷たい瞳に、温度の低い声音、足の爪先から頭のてっぺんまで隙のない他人への拒絶が見受けられた。
まるで普段とは真逆。そして、あれこそが取り繕っていない彼女の本質なのだろう。でも、僕には今まで僕が接して、好きになった彼女が嘘だったなんてとても思えなくて……。
「その、名前ちゃんはどうして楽士なったの?」
『帰りたくないから』
間髪入れずに返された声は冷たかった。
『理由は教えられないけど、私は現実よりリドゥにいたいんだ。その為ならなんでもする。ただそれだけだよ』
「……そっか」
『でも、吟くんと離れるのは嫌だなぁ…』
「っ!」
──えっ?
それは、一体どういう意味で?
たった一言で、脳内が自分に都合のいい考えで埋め尽くされていく間も、彼女は意味深な視線を僕から逸らさない。
……参ったなぁ。名前ちゃんに見つめられると弱い。
「僕だって、名前ちゃんと離れたくないよ」
『えっ?じゃあ、』
「でも、帰る。そう決めたんだ」
僕の言葉に名前ちゃんの顔がみるみるうちに悲しみに染まっていく。泣きそうなのを誤魔化すように無理やりに笑った彼女を思わず引き寄せ抱きしめていた。
『ぎ、吟くん……ここ、廊下…………』
「一緒に帰ろうよ」
『っ……!そ、それは…』
「嫌?……そりゃ、嫌だよな。僕だって最初は帰るか悩んだよ。けど、このままここに居たら……。僕は名前ちゃんに死んでほしくない」
『………………ずるい』
肩口に拗ねるみたいな彼女の声が聞こえて、それを宥めるように抱きしめる力を強めた。
……この際ここが廊下の真ん中だとか、遠巻きにこっちを見てるやつらがいるとかは気にしない。
そんなことより、僕はどうすれば今腕の中にいるこの子が僕のものになってくれるかを考えるのでいっぱいいっぱいだから。
「ゆっくりでいいから、考えてみてよ」
『……うん。でも、期待しないで待っててね…』
なんて言う彼女の顔は言葉とは裏腹に真っ赤だった。
【ノーネーム】
正体不明の謎の楽士。顔出しは一切してしておらず、性別年齢何もかもが不明。曲からもヒントを見つけることはできそうにないミステリアスな楽士。
何処にいるかもわからず探すのも骨が折れた。……というか、探そうとしたところであちらから僕達の前に姿を現したのだ。
『楽士としては、はじめまして。ノーネームです』
ざわついた。そりゃそうだ。敵がのこのこ一人で帰宅部の根城であるキィトレインに入り込んできたのだ。
それに、ノーネームの正体は同級生の苗字名前だった。
面識がある人がほとんどだったし、その場の全員が驚いていた。
探そうとしていた楽士がわざわざやってきた幸運と、根城がバレていたという不幸と、正体不明の敵が見知った相手だったという衝撃とで僕らは言葉を失い、ただ彼女が次に何をするのかを見つめていた。
『信じて貰えないかもしれませんが、私は帰宅部と争うつもりないんです。貴方達の帰宅を止めるつもりも邪魔するつもりもありません。だから、私のこと詮索しないで下さい。私にとって現実はつらくてだからここで楽士をしているんです。私は、現実の私のことを少しだって知られたくない。ただそれだけなんです』
そう言って彼女は薄く微笑んだ。
その仄暗くも綺麗な笑みは、現実に疲れきって絶望しているようにも見える。そして、学校で接している彼女が絶対にしないであろう表情は、楽士としての顔なのだろうなと思った。
「わかったよ。君には手を出さない。だけど、代わりにできる範囲でいい。僕たちが帰れるように協力してくれないか?」
勝手に僕がそう言えば、すぐ後ろで小鳩さんが何か喚いた気がしたけど今はそんなの気にならなかった。
目の前の彼女から目を逸らさずにいれば、彼女は暗い表情を消して普段の表情で笑った。
『うん。いいよ。……ありがとう。吟くん。』
「……名前ちゃん。一つ聞いてもいい?」
『何?』
「どうやってこの場所を知ったんだ?」
『……あ、えっと、それは…』
「名前ちゃん?」
『吟くんと話したくて……後を追ってたまたまこの場所を知ったの。それで、みんなが帰宅部だってことも知って…。でも安心して、他の誰にも教えるつもりないからっ!』
恥ずかしそうに頬を赤く染めて言い捨てるように走り去って行った彼女はやっぱり可愛くて、楽士だなんて信じられない気持ちになった。
「はぁ……」
思わず重い溜息が漏れる。そりゃあ溜息のひとつも吐きたくなる。だって──
好きな子が敵だったなんて、ありがちな展開すぎて笑えないだろう!?
『吟くん』
名前を呼ばれて振り返る。
そこには予想通りの人物が僕を見上げていて、目が合ってキュンと鼓動が跳ねた。
彼女を前にするとこんな調子でどうにも落ち着かない気分になる。現実では誰かを前にしてこんな風になったことなかったかも…なんて考えてハッとした。
ダメだダメだ。いくら、名前ちゃんが魅力的な女の子でもこの子は楽士だ。帰るつもりがない子を好きになるのは良くない…。
「…名前ちゃん。どうしたの?」
邪念を振り払ってほんの少し警戒しながらそう聞けば、名前ちゃんはきょとんと不思議そうに僕を見た後、目元を和らげてふんわりと微笑んだ。
『ううん。用はないんだけど、吟くんと話したかったから声掛けちゃった』
「くっ!」
『ど、どうかした?』
「…気にしないで。ちょっと目が眩んだだけだから」
あまりの可愛さに消し炭になりそうになりながら、なんとか平静を装うことに成功?した。
これ以上深みに嵌るのはよくないのだ。
……あの日楽士としてキィトレインに来た彼女は何もかもが違っていた。
服装は見慣れた制服姿だったけれど、例えば、口調。まぁ、口調が敬語だったのは、あの場に先輩たちがいたからだろうけど、驚いたのは彼女の纏う雰囲気だ。
いつもの人好きされる感じはなりを潜め、何処か悲しげで冷たい瞳に、温度の低い声音、足の爪先から頭のてっぺんまで隙のない他人への拒絶が見受けられた。
まるで普段とは真逆。そして、あれこそが取り繕っていない彼女の本質なのだろう。でも、僕には今まで僕が接して、好きになった彼女が嘘だったなんてとても思えなくて……。
「その、名前ちゃんはどうして楽士なったの?」
『帰りたくないから』
間髪入れずに返された声は冷たかった。
『理由は教えられないけど、私は現実よりリドゥにいたいんだ。その為ならなんでもする。ただそれだけだよ』
「……そっか」
『でも、吟くんと離れるのは嫌だなぁ…』
「っ!」
──えっ?
それは、一体どういう意味で?
たった一言で、脳内が自分に都合のいい考えで埋め尽くされていく間も、彼女は意味深な視線を僕から逸らさない。
……参ったなぁ。名前ちゃんに見つめられると弱い。
「僕だって、名前ちゃんと離れたくないよ」
『えっ?じゃあ、』
「でも、帰る。そう決めたんだ」
僕の言葉に名前ちゃんの顔がみるみるうちに悲しみに染まっていく。泣きそうなのを誤魔化すように無理やりに笑った彼女を思わず引き寄せ抱きしめていた。
『ぎ、吟くん……ここ、廊下…………』
「一緒に帰ろうよ」
『っ……!そ、それは…』
「嫌?……そりゃ、嫌だよな。僕だって最初は帰るか悩んだよ。けど、このままここに居たら……。僕は名前ちゃんに死んでほしくない」
『………………ずるい』
肩口に拗ねるみたいな彼女の声が聞こえて、それを宥めるように抱きしめる力を強めた。
……この際ここが廊下の真ん中だとか、遠巻きにこっちを見てるやつらがいるとかは気にしない。
そんなことより、僕はどうすれば今腕の中にいるこの子が僕のものになってくれるかを考えるのでいっぱいいっぱいだから。
「ゆっくりでいいから、考えてみてよ」
『……うん。でも、期待しないで待っててね…』
なんて言う彼女の顔は言葉とは裏腹に真っ赤だった。