短編
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「お、キリちゃんみっけ!」
目線の先にキリちゃんを見つけて、追いかけようとした時、横を通った女生徒に刹那、猛烈な既視感。
可愛い子だったが帰宅部の女の子たちよりイケているわけじゃない。が、オレはなんでだかキリちゃんを追いかけることをやめてその子の腕を掴んだ。
『え、な、なんですか……!?』
驚きと恐怖を滲ませて声を上げる彼女の顔を正面から見た時、既視感は更に強まってオレは食い入るように彼女の顔を見つめる。
すると、その子の顔は火でも吹きそうなぐらいに真っ赤に染め上がり、弱々しくオレを睨んだ。
『手、離してください。風祭先輩』
「……オレのこと知っててくれてるなんて嬉しいぜ!そうだ!これもきっと何かの縁!ってことでWIREの交換…」
『縁とかじゃないです。風祭先輩は良くない意味で有名なので知っていただけです!』
「有名なんてテレるなぁ」
『良いように聞こえてる!?』
恐がったり、恥ずかしがったり、驚いたりと、ころころ表情を変える彼女に思わず顔が緩んだ。
……可愛い。そう素直に思った時には既視感は確信に変わっていた。
「じゃあ、とりあえず名前とクラスだけでも教えてくンね?今日はそれだけでいいからさ」
『えぇ……』
「オレは別にずっとこのままだっていいんだぜ?」
そう握る手に少し力を加えてウインクしてみせれば、彼女は思いっきり顰めっ面をした。
『…… 苗字名前です。クラスは2ー2』
「うっそ…。ブッチョたちと同じクラスじゃん!やっぱこれ、運命っしょ!なぁなぁ、どうしてもWIRE交換してくれねぇの?」
『嫌です。約束は守ってください。……手、離して』
弱々しい声と泣きそうな顔を見てしまえば、バッと手を離すしかなかった。
手が離れた瞬間、今のうちだと言わんばかりに彼女は駆け出してオレの視界から消えて行く。
それを無理に追いかけようとは思えなかった。
オレは男の中でも特に、女の子の泣き顔には弱い自覚があるが、名前の泣き顔には更に弱いようだ。
……泣かせたり、悲しませたくねぇ。
なんでかはまだわからない。それでも強くそう思った。
※※※※
「あだ名!」
『げっ。風祭先輩……』
目の前に、ニコニコ笑ってひらひらこちらに手を振り近寄ってくる風祭先輩の姿を捉えた。
1ヶ月ぐらい前に急に声をかけてきたひとつ上の先輩は、なんでなのかそれ以来、頻繁に私の目の前に現れるようになった。
それも嫌なことに、クラスの人気者である能登くんたちと親しいようで、「小鳩さんも悪い人じゃないからさ、露骨に避けないでやってよ」なんて言われてしまっては、無視することもできなかった。
能登くんたちが慕っている人だ。それに関わってみて悪い人じゃないとは私も思っている。ただ、やっぱり──
「今日も可愛いね。オレ以外の男に、言い寄られたりしてない?大丈夫?」
距離が近いし、馴れ馴れしい!!
悪いところを一つ上げるなら、風祭先輩は女好きすぎるのだ。
関わる前からそれは有名だったから知っていたけれど、噂に聞くのと自分で実際に味わうのとでは全く違う。
私はあまり男の人に免疫がないから、至近距離まで近寄って来られたり、軽々しく甘い言葉を言われるとどうしたらいいのかわからず、つい素っ気なく顔を背けてしまうし、風祭先輩とどう接すればいいのかもわからない。
「ホント、心配してるから。オレ」
何処か真剣味を帯びた声音に先輩を見上げた。
「あだ名のこと、ほっとけねぇんだよ」
目と目が合う。
その瞳を見て、嘘を言っていないのはすぐにわかった。
『どうして風祭先輩は、私に構うんですか?私より可愛い女の子は沢山いるし、風祭先輩とよくいる女の人達の方が先輩とお似合いなのに……。なのに、どうして私?』
美人で品行方正な生徒会長の天吹さん。不良だと噂で近寄り難い雰囲気だけど整った顔立ちの宮迫さん。明るく天真爛漫で可愛らしい駒村さん。穏やかで優しく美人な編木先輩。みんなモテる人ばかりだ。
それなのに、その人たちと話をしていても私が通りかかれば私の方に先輩は来る。その理由が私には分からなくて、不思議で、でも、誰よりも私を選んでくれて嬉しいと思ってしまう。
「それは…」
『それは?』
「運命だから。じゃ、ダメ?」
『……帰ります』
「待て待て!別に冗談とかじゃなくて本気でそう思ってンだって!」
『わかりました。だから、帰らせてください』
「いーや!その反応はわかってねぇっしょ!!」
真剣に聞いたのにと半ば呆れながら、追い縋ってくる先輩を無視して行こうとすれば、腕を掴まれて制止されてしまった。
ぎゅっと強い力で握られてしまえば、力でかなうはずがないからと私は降参して先輩に振り返る。
『もう、風祭せんぱ…』
「小鳩。──って呼んで。前みたいにさ」
窓から入り込んできた強い風が、私の制服のスカートと髪を揺らした。それでも、そのどちらも押さえることなく、ただ風祭先輩から目を逸らせない。
先輩も自身の揺れる髪など気にせずに私を見つめていた。やがてその瞳を緩ませて笑んだ風祭先輩に私の胸は高鳴って、苦しい……。
『それってどういう…』
「やっぱ覚えてないか…。でもオレも思い出せたのが奇跡って感じだったし、それぐらいあだ名への愛が強かったっていうか…?」
『何言ってるんですか?』
「冷たい視線を向けてくるあだ名も愛してるぜ?」
『私はそういうことサラッと言っちゃう先輩嫌です』
「ちぇっ。つれねぇなー!」
ほんの僅かに唇の先を尖らせて拗ねる先輩がちょっと可愛く見えて笑ってしまえば、風祭先輩は不機嫌そうに握ったままだった私の腕を引き、そのまま流れるように私の頬に唇を──
『っっ!?!?な、なにを……!?』
「顔、真っ赤で可愛いね」
『うぅっ……変態セクハラ……風紀委員長に言いつけてやりますから…』
「ちょ、ゴン太には絶対言うなよ!?」
恥ずかしいしビックリしたけれど、でも全然嫌じゃなかった。
それを悟られるのも気恥ずかしくて、怒っているふりをすれば風祭先輩は少し寂しそうに笑っていた。
「でもまぁ、ホント、嘘とか冗談なんかじゃないから。いつか思い出してくれればオレは満足ってだけ!」
『風祭先輩…』
先輩はたまによくわからないことを口にする。
それはきっと風祭先輩がおかしいのか、それともこの世界が──
「ってことでこの後暇?暇ならオレと、駅前のカフェにでも…」
『ごめんなさい。先約があるので私はこれで』
「え、待って、それって男じゃないよね!?オレ以外とデートとか笑えねぇからね!?」
『さぁ、どうでしょう?』
「ごめん。さっき許可なくキスしたの謝るからそれだけは勘弁してくんねぇ?」
『……女の子となので安心してください』
「だよね!オレ以外とかありえねぇもんな!」
『調子に乗らないでください』
放課後。今日も騒がしく隣を歩いてくるナンパな先輩を今日もどう撒こうか私は思案するのだった。