短編
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私と吟くんがいつ仲良くなったのか、だなんて具体的な時期は分からないけれど、気がついたら友達だったと思う。
転校してきた私に良くしてくれたこともあって、よく一緒にいた。
「なんか落ち着くんだよなー。名前ちゃんといると」
そう言って笑う吟くんに恋をした。
でも、ここが現実じゃないことに気づいた時、この恋が本当なのかが分からなくなってしまった。
今まで普通に、平然と、幸せに生きてきた世界が姿を変えた。
私の目に映っていたものは、正しくなかったのだ。
優しい家族も、親切な近所の人達も、仲の良い友達も、全部ゲームのNPCみたいな存在だということは私の心に強い衝撃とダメージを与えて襲いかかってくる。
街でバグったようなバケモノが彷徨いていることに気づいたのも同時期だった。
もちろん私と同じようにちゃんと人間の姿の人達もいるけれど、今となっては何が本物で何が偽りなのかわからない。
……吟くんも、吟くんだってもしかしたら偽物なのかもしれない。
そう思ったら苦しくて、誰のことも信用出来ず私は毎晩のように夢に見る吐き気のするような悪夢と偽りの現実にすっかり参ってしまい、正直、もう限界だった。
「名前ちゃん!大丈夫?凄い顔色だけど…」
『っ……ごめん。大丈夫。ありがとう』
放課後。一刻も早く帰ろうと、夕暮れに染まる廊下を歩いている際によろけた身体を横から支えてくれた吟くんは心配そうに眉を寄せていた。
ビックリして思わず彼の手を思いっきり振り払ってしまったにも関わらずだ。
『……それより吟くん。帰らないの?』
私より先に教室を出ていった少し前に転校してきて以来、吟くんとよくいるあの人を思い浮かべてそう口にすれば、吟くんは気まずそうに頬をかいた。
「えっと、今日は名前ちゃんと帰るってアイツにも言ったし大丈夫」
『…そっか。なんか久しぶりだね。一緒に帰るの』
「……そうだね」
『……』
「っ……」
前までだったら絶対にないぎこちない会話に、不自然な間。
数秒の沈黙の後、吟くんは強く私の目を見つめてきて、私はその瞳に釘付けになる。
何かが違う。……前までの吟くんとは。
そんな気がして、その違和感の理由を知りたくて私は彼を懸命に見つめた。
「その、単刀直入に聞くけどさ、僕、名前ちゃんに何かしちゃったかな…?」
『っ!う、ううん。吟くんは何もしてないよ』
「そっか。よかった。……じゃあ、最近何かあった?例えば、夢をみたりとか」
『えっ…?』
「あ、いや。みてないといいなって……僕、最近嫌な夢みて体調最悪だったからさ。ほら、この前の遅刻して早退した日あっただろ?あの日にみちゃって」
『そう、だったんだ…』
確かに吟くんが遅刻してきて、すぐに帰って行った日があった。
確か、その日からあの人とやけに一緒にいるようになった気がする……。
モヤッと胸のあたりを嫌なもので侵食されていく感覚がして、私はぎゅっと拳を握った
私、変だ。
ただでさえ、嫌なものが見えてしまっているのに、自分から吟くんを避けたくせに、吟くんを取られてしまったようで気に食わないと思っているなんて。
醜い嫉妬だ。そもそも嫉妬する権利なんてない。私は、吟くんにとってただの大勢いる中の友達の一人に過ぎないのだから。
「え、ちょ、名前ちゃん!?ごめんっ!本当は僕何かしちゃったんでしょ?」
『ち、違う。吟くんは、悪くないのっ!私が、っ、私が全部悪い……っ』
「名前ちゃん…」
ポロポロとみっともなく流れ落ちる涙に苛立つ。
泣きたくなんかない。
泣いて、吟くんを困らせるつもりなんか無かったのに。
「ゆっくりでいいから。だから、話し聞かせてよ。お願い」
そう言って優しく私の涙を指先で拭う吟くんに、苦しいくらいに胸が締め付けられた。
『……っ、あのね。嘘みたいなんだけどね ──』
私は吟くんに全て話した。
ある日、悪夢を見た日を境に私の世界が変わってしまったことを。
信じられないようなことなのに、吟くんは1度も笑わずに真剣に聞いてくれた。
優しい相槌に、安心して話すことが出来たし、話し終えた際には、「一人で怖かったよな。よく頑張ったよ」と優しく頭を撫でてくれた。
それにすっかり絆された私は、吟くんは偽物なんかじゃないと素直に信じることが出来た。それが堪らなく嬉しくて『ありがとう』と笑えば、彼は面食らったような顔をした後、ぎゅっと口を引き結び、ゆっくりと私の頭から手を離してしまった。
「……嫌われたんじゃないかって思ってたから、嬉しいよ。またこうして名前ちゃんと話せて」
『わ、私も!……私も吟くんと話せて嬉しい』
「そ、そっか!」
なんかテレくさくなって、お互いに目を逸らす。
さっきまでの気まずさはなく、なんだか胸がくすぐったくなるような甘い空気が漂っていた。
「その、さ。もしかしたらって思ってたんだけど、名前ちゃん部長に嫉妬してた?僕の思い上がりかもしれないんだけど……。そうだったら、めちゃくちゃ嬉しいなって…」
部長……というのは、あの人のことだろう。
最近、3年の編木先輩にもそう呼ばれているのを耳にした。
部長ちゃんって優しく呼ばれていたのをやけに覚えている。
なんで部長なんだろう……。転入してきて早々に部長になんてなれるのかな?
って今はそんなことを考えている場合じゃなくて、私の気持ちが彼に見透かされてしまっていたことについて考えた方がいいのに、まともに思考が回らない。
誰がいつ通ってもおかしくないこの場所が、
何かを期待するような私を見つめる吟くんの瞳が、
窓から差し込む夕暮れの光のせいか、それとも別の要因かで染まる吟くんの頬を見たせいか、
きっとそれら全てのせいで私は何も考えられずに、ただ真っ直ぐ吟くんだけを見つめていた。
否、目が逸らせない。逸らしたくない。
『……うん。嫉妬した。凄いした!だってそうでしょ?ずっと仲良かった吟くんをうだうだ悩んでる間に、転校生に取られちゃったんだから……』
「へへっ。うん。ありがとう。名前ちゃんには悪いけど、やっぱ、嬉しいよ」
『もう、吟くん』
「それにさ、今度は僕が嫉妬する番かもしれないし……」
『え?』
……それって一体?
「名前ちゃん。この後、時間大丈夫?連れていきたい場所と、紹介したい人たちがいるんだ」
『だ、大丈夫だけど…』
「よかった。…… 名前ちゃんはもう一人じゃないよ」
そう言ってはにかんだ吟くんの腕に思わず私は抱きついてしまったのだった。