私と雲雀さんの潜入捜査事件簿
「申し訳ありません、一人にしてしまって」
風さんが眉を下げながら私の元に戻ってきたのは、お爺ちゃんとの話を終えてすぐだった。
「大丈夫です、お疲れ様でした」
「先程、男性と話をしていたようでしたが、、、」
「私が緊張してたから気にかけてくれただけですよ」
「なんだか妬けてしまいますね」
風さんは先程と同じように頬を膨らませる。
不思議な人だ、頼りになって優しいのにこんな子供みたいな顔もするし、それでたまに、
「こんばんは、パーティーは楽しんでいただけてるかな?」
不意に声をかけられ、思わず少しだけ肩が上がってしまう。
声のするほうを見ると、資料写真で何度も顔を見たチェルトラファミリーのボス、ミメティーズモと、金髪をオールバックにした若い男性がいた。
「晚上好」
「おや、中国語か!私も最近習い始めてね、いやぁ、中国語ってのは奥が深いね」
ミメティーズモはシャンパンを片手に風さんの背中をバシバシと叩いている。
本人に悪気がないのは顔を見れば一目瞭然だ。
風さんのニコニコと笑う姿を見て、確かに雲雀さんには難しいだろう、幼なじみの言っていた適材適所とはあながち間違いではなかったのだなと思い返す。
「ボス、それぐらいにして下さい。彼も困っております」
「お、おお!これはすまんな!つい力が入ってしまった!」
「いえ、お気になさらずに」
「挨拶が遅れてしまったな。私はミメティーズモ、恥ずかしながらこのパーティーの主催者をやらせてもらっている」
「そうでしたか、貴方が、、、。本日はお招きいただきありがとうございます」
流石だ、まるで今始めてあなたのことを知りましたという顔をし風さんは挨拶をしている。
私のこともさりげなく紹介してくれて、上手く会話に入ることが出来た。
「ここだけの話なんだがな、実はパーティーで麻薬の売買が行われているという噂があるんだ」
「そうでしたか、それは怖いですね、、、」
風さんはいけしゃあしゃあと会話を続けている。
なるほど、流石風さんと言うしかない。
「あぁ、しかも麻薬の売買をしているのが私達じゃないのかなんて噂も流れてきてね」
「根も葉もない噂です。ボス、人様にそのように言っては不安をあおるだけですよ」
ミメティーズモの横にいる若い男性がぴしゃりと言い、その言い方がまるで子供を注意する親のように見え思わず和んでしまう。
「おぉ、それもそうだな。申し訳ない」
「そちらの彼は、」
「挨拶が遅れました。カマレと言います」
ペコリと綺麗な角度でお辞儀をし、ニコリとも笑わず私達に挨拶をする。
ミメティーズモに話しかける目とは違い、警戒心を隠そうともしない。
「申し訳ないね、カマレは随分とシャイな男なんだ。でも腕は一流だ、彼が来てからはうちも大分立て直すことが出来てねぇ」
「ボス、人様にそんなことを言う必要はありませんよ」
「ハハッ、彼には怒られっぱなしだ。私がボスになってからは部下にも随分と苦労をさせてしまった。ただ、誓って私達は麻薬の売買なんて卑劣な真似はしていないんだ」
そう言うミメティーズモの目は嘘を言っているように思えなかった。
彼らと別れてから、私と風さんは作戦会議も含め中庭で涼むことにした。
「どうなんでしょうかね、私は彼らが嘘を言っているようには見えなくて」
私がベンチに座り、ぐっと体を伸ばすと風さんは顎に手を起きながら何かを考えている様子だった。
私が風さんの名前を呼ぶと、ハッとした顔をしこちらへ顔を向ける。
「早合点してはいけませんよ。あれぐらいの嘘だったら誰でもつけます。もう少し様子を見ましょう」
嘘、という言葉に少しだけ胸がちりつく。
そう言えばと先程のお爺ちゃんのことを思いだし、私が口を開こうとした瞬間、なにかが爆発する音が会場から響き渡る。
「すぐ戻ります!貴女はここにいてください!」
風さんがそう言い走り始めた。
ここにいてくださいと言われたものの、私も任務できているのだと風さんの後を追う。
会場の扉は壊れ、窓ガラスは粉々に割れている。
扉の奥からは黒々とした煙が上がっていた。
参加者達は突然の出来事に対処できるわけもなく、右往左往動き回り悲鳴を上げている。
良かった、怪我人はそこまでいないと安心したのも束の間、私と話をしていたお爺ちゃんが膝を抱え倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
「お嬢さんか、足をやってしまったみたいでね、、、。私のことは良いから早く逃げなさい」
「大丈夫ですよ、私が安全な場所までお連れします!」
お爺ちゃんの腕を肩にまわし、よいしょと掛け声と共に立ち上がる。
お爺ちゃんは痛みで顔が歪んでいるが耐えてもらうしかない。
「危ない!!」
風さんの声が聞こえ、振り返ると黒スーツの男が銃を撃っている姿が見えた。
まずい、避けることが出来ない、せめてお爺ちゃんに当たらないようにしなければ、迫り来る痛みをやり過ごすため目に力を込めて閉じる。
キィンと金属のぶつかる音がし、ゆっくりと目を開けるとストールを拾ってくれた女性の背中が見えた。
「だから言っただろう、気をつけなよって」
女性の手には、私が学生時代から幾度となく見たトンファーを握っていて、もしかして、もしかして、
「まだ気づかない?どんだけ鈍いの、君」
昔見た、怪盗が主人公のアニメのようにベリベリベリと顔の皮を剥がしていく女性。
間違いない、この人は、
「雲雀さん!どうして、ここに」
「話しは後だ、早く戻っておいで」
私のすっとんきょうな声を聞いて雲雀さんは横目で私の方を見る。
「僕に良いところ、見せるんだろう?」
一瞬、言われたことの意味を認識するのに時間がかかってしまったが私は大きく頷く。
「はい!お爺ちゃん、ごめんなさい!担がせてもらいますね」
了承を得る前に、お爺ちゃんをおんぶしてしまう。
おぉとお爺ちゃんは声を上げるが、私の首へ腕を回し大人しくしてくれている。
「雲雀さん!すぐ戻ります!」
「はいはい、待ってるからね」
私はこんな状況だと言うのに、少しだけ口角を上げてしまう。
早く、早く戻って雲雀さんのお役にたたなければ、そんな思いで足を動かす。
雲雀は彼女が走り出したのを見届け、銃を放った相手の姿を見る。
少しだけニキビの跡を残した男は雲雀達よりも年下に見えた。
「お、お前ら!こんなことしてどうなるか分かってんのか!?」
「ふぅん、どうなるのか是非教えて欲しいね」
「なんだと、、、!?」
男は慣れない手つきで銃のハンマーをガチャガチャと鳴らす。
「最近勢力を伸ばしているチェルトラファミリーを隠れ蓑にしていたんだろう、まぁ作戦としては悪くなかったんじゃない?」
「なっ、」
「君たちの属しているファミリーも分かっている。弱者が生き残るためにすることなんて、たかが知れてるからね」
雲雀は鼻をならし笑う。
その顔は目の前の相手をどういたぶってやろうかと考えている肉食獣と同じだった。
「ふざけんな!相手が俺だけだと思うなよ!?すぐに応援部隊が」
「応援部隊とは彼らのことですか?」
風がドサドサと重い荷物を下ろすかのように、スーツ姿の男達を積み上げていく。
パンパンと手をはたき、微笑みを浮かべるその顔には汗一つもかいていない。
「修行が足りませんね」
「僕一人で充分だ、なに余計なことしてるの?」
「何処かで聞いたことのある台詞ですね」
雲雀は眉をひそめ、風を睨む。
男の顔はどんどん青ざめていった。
「お前達、忘れてねーか!こっちには人質だって、」
「恭さん!こちらの方はほとんど終わりました!」
「人質っつーか、パーティーの参加者も全員避難させたぜ。怪我人の手当ても間に合ってる」
後ろの壊れた扉には草壁とシャマルが、そして目の前には雲雀と風が。
男は逃げ場を失ったことをやっと理解したところだった。
「クソッ!」
最後の抵抗だったのだろう。
男は雲雀に向かい銃を放つが、当の本人は避けようともせず弾丸の動きを見つめていた。
相手に一矢報いることが出来たと男は下品に笑う。
弾丸はあと数メートルで雲雀の胸へと着地しようとし、その瞬間に何かがはじけた音が聞こる。
銃弾の軌道は見事に雲雀から逸れ、男は目を丸くした。
音の方へ振り向くと、一人の女性が自分よりも小さな銃を撃ち、弾を打ち落としたことに気づく。
「なっ、ちくしょう!」
男は銃口を己の頭に向け、リボルバーを引こうとする。
彼にとって、この仕事が失敗に終わるのは自分の死を意味するのと同じことだった。
「させません!」
彼女はいち早くその動きに気づく、再び銃口を引く。
弾は男の銃へと当たり、痛みと衝撃で男は銃を離してしまう。
しまったと慌てて銃を拾おうとするが、気づいた時にはもう取り押さえられていた。
「雲雀さん、遅くなりました!無事確保です!」
雲雀は彼女の顔を見つめ、満足そうに笑った。
「いつから分かっていたのですか?」
後始末を終えている最中、風は雲雀へと話しかける。
雲雀は面倒くさそうに最初からだと告げ、補足をするように草壁が言葉を続けた。
「恭さんはお二人の潜入捜査が始まる前から、犯人の目星をつけていました。ただ証拠がなく長々動くことが出来なくて、彼らに協力を依頼したんです」
彼らと言う草壁の視線の先には、チェルトラファミリーのボス、ミメティーズモとカマレだった。
とは言ってもミメティーズモは状況がよく分かっていないのか怪訝な顔をしている。
「私には何がなんだか、、、。おい、どういうことなんだ?」
「ボス、貴方は嘘が苦手です。今回の作戦はボスには言わずに実行させていただきました」
「言わずにってお前、」
「ボス、分かっています。私は貴方に指示を仰ぐことなく自己判断をし、勝手に作戦を決行しました。怪我人もいます、会場も滅茶苦茶にしてしまいました。今回の件で、私はいかなる処罰も受けます」
カマレはミメティーズモへ頭を下げ、申し訳ございませんでしたと声を絞り出す。
「良いんじゃないの」
声を発したのは雲雀だった。
草壁は驚いた顔をし雲雀を見つめる、彼も思うところがあるのだろう。
「部下に考えさせるのも、上司として必要な教育だろう。指示に従ってばかりでは成長に繋がらないからね。彼がいてくれたお陰でスムーズに事が運べた」
「それもそうだな、実際こうやって犯人達は確保されたんだ。よくやった!」
もともと処罰をするつもりもなかったのだろう。
ミメティーズモはカマレの背中をバシバシと叩く。
「しかし、それでは私の気が、、、」
「君の気なんて知らないよ」
雲雀はぴしゃりと言い、それにと言葉を続ける。
「君が処罰を受けると言うなら、僕もあの子に処罰を受けさせないといけなくなる。彼女も頑張っていたからね、出来ればそんなことはしたくない」
風は少しだけ黙り、雲雀に向かって一言だけ声をかける。
「貴方、そんな顔もするんですね」
シャマルさんに声をかけられたのは獄寺君と山本君が現場に集まり、後片付けをしている最中の時だった。
「シャマル!なんでテメェがここにいんだよ!」
「よぉ、久しぶりだなお前ら」
獄寺君はシャマルさんに噛みつくかのように話していて、山本君はそんな獄寺君をどうどうとなだめている。
なんだか学生時代を思い出すなと懐かしい気持ちになった。
「少しだけ話があるんだが良いか?」
獄寺君でも山本君でもなく、私に向かってシャマルさんは頭の横で親指をクイと動かしこっちにこいと言うジェスチャーをしている。
山本君から大丈夫だから行ってこいと言われ、現場を離れた。
「なんでしょうか?」
「お前、風とかいう男に告白されてんだろ?」
「な、なんで知って、、、」
「アイツらの顔見てりゃ分かる、モテる女も大変だな」
からかわれるように笑われ、思わずしかめっ面をしてしまう。
というより、アイツらとは風さん以外に誰のことを言っているのだろうか。
「ヒバリのやつ、大分化けただろ?」
「はい、ビックリしました。まさか女の人に変装してるとは思わなくて」
「だろ?あれ、俺のアイデアなんだよ」
「シャマルさんの?」
シャマルさんは慣れた様子で煙草に火をつけ、まだ原型をとどめているベンチに腰を下ろすと煙を吐き出した。
「冗談で言ったつもりだったんだけどな、あの野郎マジに捉えちまって。話を聞いたときは焦ったぜ」
「というか、どうしてシャマルさんがここにいたんですか?」
「頼まれたからだよ、お前んとこの上司にな」
「雲雀さんに?」
「どこで聞き付けたか知らねえけど、俺が日本いるって知ったみたいでな。それでオファーがきたんだよ」
そうだったのかと驚く。
この世界でシャマルさんに仕事を依頼すると言うことは、それなりにお金がかかると言うことだ。
「なんでだって思っただろ?」
そんな私の考えが分かったのか、シャマルさんは煙草を吸いながら私の顔をニヤニヤと見る。
「俺も聞いたんだよ、なんでだって。そしたらアイツ、」
シャマルは雲雀から話を持ちかけられたときのことを思い出していた。
「ドンパチした時の怪我人を見るんだったら、俺じゃなくても良いだろうが」
「何かあった時のための保険だよ」
「保険?」
雲雀とシャマルはソファに腰を下ろし、草壁は雲雀の右横、手を後ろに回し行儀よく背筋を伸ばし起立している。
シャマルは用意されたコーヒーを飲み、雲雀の言葉を繰り返すかのように呟く。
「あの子は甘いからね、怪我人に気を取られてたら意味がない」
「あー、そう言うことか。変わってねぇな、アイツも」
「それで、どうするんだい?」
「どうするって、何が?」
「受けるの、受けないの」
表面上は涼しい顔をしている雲雀が、実は焦っているという事実にシャマルはいやらしく笑う。
シャマルは雲雀をからかっているのだろう、どうしようかなぁ受けようかなぁとのんびりと悩む真似をし始めた。
「ちなみに、断った場合はどうなるんだ?俺の代わりの目星はついてんのか?」
雲雀は小さく笑みを浮かべ、トンファーを構える。
「大丈夫、断りたいなんて思わせないぐらい咬み殺すだけだ」
「ちょ、ちょっと待て!お前もヒバリの右腕ならなんとか言ったらどうだ!?」
シャマルは雲雀の後ろに立っている草壁へ声を張り上げた。
「自分は恭さんの意思に従うだけです」
「キリッ、じゃねーよ!大体それがモノを頼む態度か!?頭ぐらい下げたらどうなんだよ!?」
「下げてるじゃないか」
「下げてねーよ!出会ってから1ミリも下げられてねーよ!」
「馬鹿には見えない頭の下げかたをしてるからね、可哀想に」
「可哀想に、、、じゃねーよ!お前は裸の王様か!たく、、、」
シャマルは髪の毛をボリボリと乱暴にかき、ふぅと溜め息をつく。
「しょうがねぇなぁ、アイツも絡んでんだろ?協力してやるよ」
ありがとうございます、と礼をのべたのは勿論草壁である。
シャマルは俺が断ったらどうするつもりだったんだと雲雀をじとりと睨む。
雲雀は足を組みフンと鼻をならした。
「あの子が絡んでると聞いたら協力すると思ったからね」
「あぁそうかよ、、、。そういや、パーティーに参加する時はどうするんだ?」
「どうするって何が?」
「このパーティー、男女同伴だろ?俺はなんとかなるけど、お前も準備できるのか?」
ピクリと雲雀と草壁の動きが止まる。
そうなのだ、今回の作戦をする際にカマレからは
女性同伴で参加するように言われていた。
草壁は黒服としての参加では駄目なのかと打診をするが、警備はこちらの方でやる、怪しまれるから参加者と言う体で紛れ込んで欲しいと言われているところだった。
黙ったままの雲雀に代わり、草壁が苦し紛れに声をあげる。
「それは、これから考えているところで、」
「つうかよ、お前アイツ以外の女と仲良く歩けるのか?」
愚問だった。
雲雀は彼女以外の女性と歩く姿を想像するだけで蕁麻疹が出そうになっていた。
「いざとなったら、哲に女装してもらう」
「きょ、恭さん、それは、」
「無理があるんじゃねぇのか?」
草壁とシャマルは雲雀が本気で言っていないだろうと乾いた笑い声を出すが、雲雀は優雅にコーヒーを飲んでいる。
本気だ、本気で自分に女装をさせようとしているのだと草壁は青ざめる。
「恭さん!それは流石に無理があります!」
「そうだぞ!落ち着け!流石に無理がある!」
「君、さっき僕の意思に従うと言ったばかりだろう」
草壁の方へ目線をうつす雲雀の目元にはうっすらと隈が出来ていた。
無理もない、今回の作戦は隠密に行っているため膨大な数の日常業務は変わらず、そして彼女のことを考え眠れない日々が続いている。
草壁は助けを乞うようにシャマルの方へと顔を向けた。
シャマルは顎髭をなぞりながら雲雀の顔を見つめている。
「もうお前が女装すれば?」
「な、えぇ!?」
「いや、お前わりと綺麗な顔してるし、ワンチャンいけんじゃねぇの?こう、メイクとかしてよ。そしたら俺も準備しなくて良いしな」
「恭さんになんてことを、、、!」
草壁はわなわなと震えていた。
自分の尊敬する人物になんと言う提案をしているのかと机を引っくり返したくなったが、彼の理性がそれを止めていた。
「化粧は嫌だ、映画で使われてる特殊メイクの皮を使う。哲、当日までに覚えてきて」
雲雀は考えることも面倒だったのだろう、シャマルの作戦を受け入れて始めている。
「恭さん、本気ですか!?それに自分は特殊メイクの技術なんて、、、」
「君になら出来るだろう。頼んだからね」
草壁に残された言葉は、「はい」もしくは「分かりました」だけだった。
その日から、草壁の業務に特殊メイクの練習が加わる。
食事の時間を惜しみ、夜なべをし、動画と本を片手に必死に練習を続けた。
素材にもこだわり、極力肌に優しいものを入手し、練習のかいもあり段々と形になっていく。
「よし!これなら、、、!!」
そう、彼は出来る男なのだ。
どんな無理難題も、雲雀のためならばと努力を惜しまず結果を出す。彼、草壁哲矢はそういう男だった。
そして迎えた作戦決行当日、草壁は今までにないほど上出来に雲雀を仕上げることが出来た。
「恭さん、どうでしょうか?」
雲雀の顔色をうかがうように、草壁はおずおずと話を切り出す。
雲雀は姿見を確認しながら頷く。
「流石だね」
「恭さん、、、!!」
草壁の目には思わず涙が滲む。
自分の努力は間違っていなかったのだと、思わず叫びたくなるのをグッとこらえる。
そう、草壁も疲れていたのだ。
「おーおー、随分と化けたなぁ」
「シャマルさん!お疲れ様です」
白いスーツに身を纏い、髪の毛もワックスで整えられていたが無精髭は相変わらずだった。
シャマルは雲雀の姿を上から下まで眺め、うんうんと首を縦にふる。
「良い部下をもったな、お前」
「まぁね」
雲雀の呟きに草壁の目頭がまた熱くなった。
一生この人についていこうと、草壁の決意は改めて固くなるが、それは誰も知るよしもないことだった。
「それにしても、お前にしちゃ無理するな。霧のリングで化ける方法もあっただろ?」
「リングだと探知される可能性がある。出来れば使いたくない」
「そうかよ。でもよ、今回アイツ頑張ってるんだろ?そう心配せずにドーンと任せてやれば良いじゃねーか」
「心配は、していない。あの子が僕に良いところを見せたいって言いふらしてるようでね」
シャマルはいまいち意味が分からなかったのか唇を尖らせ雲雀の言葉を待つ。
「上司として、部下の頑張りは目の前で見て評価しないといけないからね」
それだけが理由じゃないくせに、シャマルは頬をポリポリとかいた。
「雲雀さん、知ってたんですね」
シャマルさんから事の顛末を聞いた私は少しだけ心臓がきゅっと縮こまる。
「まぁ、アイツ素直じゃないしな。でもよ、お前のこと認めてるのは確かだと思うぜ」
「なんでそう思うんですか?」
「認めてないヤツを十何年もそばに置いておく性格じゃないだろう。それはお前も分かってるんじゃないか?」
シャマルさんが私の頭を力強く撫でる。
確かにそうかもしれない、でも私は、
「汚い手で触るな」
思わず後ろを振り返ると雲雀さんがシャマルさんの手を掴んでいるところだった。
「雲雀さん!あの、」
「68点」
急に数字を告げられ、目が点になる。
しかも68点とは随分微妙な点数だ。
雲雀さんはシャマルさんの手をポイと投げ捨て、私のことをじっと見ていた。
「今回の君の働きだよ」
「それは、70点満点中ですか?」
「そんなわけないだろう、100点満点中だよ」
「68点、、、」
ずぅんと肩を落とす。
雲雀さんは容赦なく今回の私のダメだった箇所を上げ始めた。
「まず潜入捜査なのにガチガチに緊張して周りをキョロキョロ見ていた。
しかも彼が主治医じゃないと気づいたのになにも言わなかっただろう?
あと怪我人の救助をする時に弾を避けずに受け止めようとしていたね、ああいう時はどうすれば良かったんだっけ?
銃も直ぐ取り出せるように携帯しておけって言ったのも忘れたの?」
返す言葉もなく黙るしかない。
うぅっと反省の声が少し漏れただけだ。
最後に、と雲雀さんが一呼吸置く。
良かった、これで終わると肩の力を少しだけ抜く。
「君、僕だって気づかなかっただろう」
「そ、それはぁ、、、」
「ムカつく」
「だっ、それはしょうがないじゃないですか!雲雀さんの変装が完璧だったってことですよ!流石雲雀さんです!」
「やったのは哲だよ」
「あ、そうでしたね、草壁さんも流石、、、。やっぱりお二人には敵わないや、、、」
雲雀さんに見直してほしかったのに、これではダメダメだ。
風紀財団を追い出されてしまったらどうしよう、謝ったら置いといてくれるのかな、それとも、
「でもまぁ、平均点は越えてるから。頑張ったね」
雲雀さんが私の頭を優しく撫でる。
思わず顔を上げると、雲雀さんは私が今までに見たことのない顔をしていた。
そう言えば、雲雀さんが私に触る時は大抵怒られていたときだから、こんな風に優しく触られるのは始めてのことだ。
「雲雀さん、勝手なことしてすみませんでした」
「うん、良いよ。君も良い勉強になったんじゃない?」
「はい!」
雲雀さんはまだ私の頭を撫でていて、少し恥ずかしいなと顔を下に向け目をきゅと細める。
「ここにいましたか」
「風さん!」
「なに、君まだいたの?早く帰りなよ」
雲雀さんは一気に機嫌の悪い顔へと変わるが、私の頭は先程と同じように撫でたままだった。
するりと雲雀さんのもとから離れ、風さんへ頭を下げる。
「あの!風さんの足を引っ張ってしまってすみませんでした!」
「顔を上げてください。始めてであれだけ出来れば充分ですよ。花丸です」
「はなまる、」
「はい、100点です」
「それは、200満点中ですかね?」
「何を言ってるんですか?100点満点中ですよ」
私と雲雀さんの会話を聞いていたのかとも思ったが、どうやら違うみたいだった。
「あの、風さん!この間のこと、なんですけど!あっちでちょっとお話しできませんか!?」
「えぇ、分かりました」
風さんはふわりと微笑み、雲雀さんの方を振り向くとシャマルさんが雲雀さんのことを抑え込んでいるところだった。
行ってこい行ってこいとシャマルさんはニヤニヤ笑っている。
「行きましょうか」
風さんはそう言うと私の手を握ってこようとした、が、私は慌てて両手を上にしバンザイの形をとる。
「アハハッ、疲れちゃったなぁと思って」
「そうですか」
そう何度も同じては食わないぞと言う気持ちで私は苦笑いをした。
二人がその場を離れても、シャマルは涼しい顔で雲雀のことを抑え込んでいた。
ふざけるなと睨む雲雀に対し、おぉ怖い怖いとシャマルは笑いながら言う。
「ちょっと、どういうつもりだい?」
「まぁまぁ落ち着けって、最終的に決めるのはお前じゃない。アイツだ」
そうだろうと言うシャマルに対して、雲雀は歯軋りをするしかなかった。
「あの、風さんがこの前言ってくれたことなんですけど、あれは本気ですか?」
「勿論。公私ともに私のパートナーになってくれませんか?不自由はさせません、どんな危険な任務でも必ず貴女を守ります」
風さんはきっと優しい。
風さんに着いていけば、仕事の面でも女性としてもきっと幸せになれる。
だからこそ、言わなければならないのだ。
「私、風さんとは一緒に行けません」
風さんは少しだけ沈黙し、それはと言葉を続けた。
「この間のことが原因ですか?」
「この間?」
「食事の帰りに、私が貴女にキスをしようとしたからですか?」
ふとその時のことを思い出し顔が熱くなる。
風さんに頬を挟まれ、私達の距離が近くなりお互いの口と口がくっつきそうになった瞬間。
私はすんでのところで風さんの口を手のひらで隠したのだ。
「嫌、でしたか?」
「いや!嫌とか良いとかじゃなくて!お付き合いもしてないのに、そういうことするのはあんまり良くないと思っただけで」
「お付き合いを始めたらしても良いと?」
「お付き合い、してるなら良いと思いますよ!個人達の自由ですから!」
「分かりました。ごめんなさい、焦りすぎましたね。返事、待ってます」
「あ、はい」
その日はそう言って別れたのだった。
「私が貴女に無理矢理迫ったからですか?」
「そう、じゃないです。あの、正直な話、告白?していただいて嬉しかったんです。今までそう言うふうに言ってくれる人もいなかったし、風さんは優しい人ですから」
「それでは、何故ですか?」
「今の自分は、まだまだ力不足です。もっともっと、雲雀さんのもとで、100点を取れるまで頑張りたいんです。だから、今は誰かと付き合うとか考えられなくて、でも風さんのことが嫌いとか、そう言う訳じゃなくて、、、」
あぁ、頭の中がぐるぐると回り、自分でも何を言っているのか分からなくなる。
大丈夫かな、伝わるかな、風さん嫌な気持ちになってないかなと、そろそろ私の頭はオーバーヒートしそうになる手前だ。
風さんは私の口に人差し指を当て、いつもと変わらない顔で笑ってくれている。
「貴女の気持ちは分かりました。ありがとうございます」
「えっと、その、」
「もし、また任務で一緒になる時はよろしくお願いします。私も貴女の成長を楽しみにしていますから」
「はい!」
そうだ、今よりも強くなろう。
そしたらきっと雲雀さんも風さんも驚くだろうなと私は少しだけニヤニヤと笑ってしまう。
「それに私は諦めの悪い男ですから。いつか貴女に好きになってもらえるよう、私も頑張ります」
「そ、そんな!それに風さんはもう強いじゃないですか!」
「今よりももっと強くなりますよ」
そう言った風さんは子供のように笑い、私もつられて笑ってしまった。
「なんだ、アイツ断っちまったのか」
「当たり前だろ。フン、ざまあないね」
「お前な、、、」
茂みから二人の様子を覗き見していたシャマルと雲雀。
雲雀は今までに見たことのない下卑た笑みを浮かべており、流石のシャマルも引いている。
大変なヤツらに目をつけられたもんだな、アイツもとシャマルは彼女の行く末を案じた。
「今回の任務はある意味成功と言うことで、風も雲雀さんもお疲れ様でした」
ボンゴレファミリーのボスでもある沢田綱吉は、にこやかな笑みを浮かべ、預かった書類をトントンと机の上でまとめていた。
「ただ、この損害額はどうにかならなかったんですかねぇ!?雲雀さん!」
「僕に言うのはお門違いだ。今回の目的は首謀者を根絶やしにすることだろう」
「違いますよ!俺は首謀者を突き止めてほしいって言ったんです!」
「突き止めたとしても、証拠がないと意味がない。今回はタイミングが良かったんだ」
「全く、、、。子供のような人ですね」
風は呆れた顔で雲雀の顔を見つめる。
雲雀も風と同じように呆れた顔をし、鼻をならした。
「よく言うよ。今回の仕事でなんの役にもたってない君には言われたくないね」
ピクリと風の肩が揺れる。
沢田綱吉はあれ、もしかして不味いのでは、と冷や汗を流す。
「大体、君いつまでいるの?振られたんだから早く自分の国に帰りなよ」
「まだこちらでの仕事が残っているんです。あと、私は振られていません。タイミングが合わなかっただけです」
「ワォ、二回目があると思ってるの?随分と能天気な脳味噌をしているみたいだね」
「貴方こそ、彼女に好かれていると思っているんですか?彼女は貴方のことを上司としか見ていませんよ」
雲雀の背中には虎が、風の背中には龍が見え始め、沢田綱吉はこそこそと部屋から脱出をはかる。
部屋の備品は死んでしまうだろうが致し方ない、必要な犠牲だったのだと諦めることにする。
「待ちなよ」
「ひぇ、」
雲雀がトンファーを構え、沢田綱吉の前で仁王立ちをしていた。
「書類と書類の端を糊付けして渡してくるなんて、随分と姑息なことをしてくれたね」
「あ、あれは、風が仕事を引き受けるのに必要だったことで、、、。俺のせいじゃないと言うか、風に言ってほしいと言うか、、、」
「関係ないよ、久しぶりに咬み殺してあげよう」
ボンゴレファミリーのボス、沢田綱吉の声がアジト内に響き渡った。
「お前、風からの告白断ったんだって?」
獄寺君と書類整理をしている最中に、不意に会話を振られ私はあぁと声を上げる。
「断ったと言うか、まぁそうですね。お断りしました」
「ふぅん、結局ヒバリのとこに戻ることにしたんだろう?」
「うん、雲雀さんに100点もらいたいからね!頑張りますよ」
「なんだ100点って、、、」
獄寺君はクルクルと器用にボールペンを指でまわしていた。
「獄寺君もありがとうございました」
「なんもしてねーよ」
「やっぱり獄寺君は優しいですよ」
「な、別に優しくなんてしてねーよ!」
獄寺君はパイプ椅子に背中を預け、天井を見ている。
告白を断ったのは仕事だけが理由なのかと聞かれ、鋭いなと思わず苦笑いをこぼす。
「獄寺君、誰にも言わないですか?」
「なんだよ急に、言わねーよ」
「あの、実は」
私が風さんの告白を断った、もうひとつの理由を話し始めた。
彼女が風紀財団の執務室へと戻り、獄寺はコーヒーをいれるために腰を上げる。
コポコポと心地良い音を立てるコーヒーメーカーを見つめ、先程の会話を思い出しているところだった。
ー風さん、良い人だと思うんですけど、
ーけど?なんだよ?
ーいや、やっぱり雲雀さんと似てるんですよね。風さんに優しくされると、なんか雲雀さんに優しくされてるみたいで。鳥肌がたつと言うか何て言うか、、、
ーはぁ?お前、ヒバリのこと好きじゃねーのかよ?
ーいや!上司としては好きですよ!認めてもらいたいと思うし、役に立ちたいと思ってます。ただ、そう言う目では見れないんですよね
「アイツらも大変だな、、、」
獄寺の呟きは誰もいない事務所へと吸い込まれていき、コーヒーができあがった機械音だけがその呟きを聞いていた。
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