私と雲雀さんの潜入捜査事件簿
「おい、お前大丈夫かよ?」
風さんとご飯を食べに行った次の日。
私は獄寺君と一緒に仕事をしていたのだが、不意に話しかけられ変な声をだしてしまう。
「な、なにがです?」
「なにがって、さっきから全然手が動いてねーじゃねぇか」
「アハ、ハハハ。昨日寝るの遅かったから疲れちゃってるのかも、、、」
チッと獄寺君から舌打ちをされ、慌てて書類にガリガリとボールペンを走らせる。
急いで終らせないとだ~、なんて少しだけ上擦った声を出しながら書類の整理を続けていく。
「そういや、風と潜入捜査の仕事が入ったんだろ?」
獄寺君は小休憩に入ったのかボールペンを机の上に転がしパイプ椅子で伸びをし始めた。
「よくヒバリが許したな」
「ま、まあね!私も色んなこと出来るようになった方が良いですから!」
頬をつきながら、どうだかなと鼻で笑う。
私は少しだけ居心地が悪くなり、コーヒーをがぶがぶと飲む。
「お前、もしかして風に告白でもされたか?」
「ブボッ」
「おい!大丈夫かよ」
まさかの図星をつかれ、コーヒーを吹き出してしまう。
幸い吹き出す前に体を横に向けたため、書類は無事だった。
おじいちゃんよろしくゲホゲホ咳をこみ、ふうとなんとか一息つく。
「や、やだなぁ、極寺君、、、。そんな訳ないじゃないですか、、、」
「説得力ねぇぞ、それ、、、」
場所は変わり、風紀財団の執務室の前。
彼はいつもの袖あまりのカンフー服ではなく長袍を纏っていた。
執務室の扉を軽く叩き、返事がないのを気にせず扉を開ける。
「您好」
風紀財団の設立者、雲雀恭弥は訪問者の顔をみて眉間に皺を寄せた。
己と瓜二つな顔立ちに三つ編み姿、訪問者とは元アルコバレーノの風だった。
「僕は忙しいんだ。君に構っている暇はない」
「そうでしたか、それは失礼致しました。心配せずともすぐ帰りますよ」
雲雀はと言うと目の前にある書類から顔を上げることなく、万年筆を走らせている。
「おや、良い万年筆ですね。彼女からの贈り物ですか?」
「、、、煩い」
万年筆を渡された日のことを思い出す。
学生時代からの想い人でもある彼女は何時ものように大きく口を開き、誕生日プレゼントだと渡してくれたものだった。
「雲雀さんに万年筆って、すごい似合うかと思って、、、」
彼女は照れくさそうに頭をかき、趣味じゃなかったらごめんなさいと雲雀へと頭を下げる。
渡された万年筆は雲雀の手へと存外馴染み、彼が万年筆を使わない日はなかった。
風は雲雀の態度を気にせず、そう怒らないでとふわりと微笑む。
雲雀はその態度が気に入らないのだろう、風へ要件を言えと詰め寄る。
「彼女は昔と変わりませんね。素直で、少しだけ恥ずかしがり屋で、そしてとても可愛らしい」
雲雀の眉がピクリと動いたのを風は見逃さなかった。
「潜入捜査の件は僕から沢田へ断りの連絡を入れておく。彼女の代理なら用意しておくからそれで問題ないだろう」
「彼女は任務を受けると言っていましたよ」
「彼女の上司は僕だ。仕事の割り振りは僕が決める」
「そうやって職権乱用するは如何なのかと思いますよ。それに、近いうちに彼女は貴方の部下ではなくなるかもしれませんね」
雲雀は少しだけ間を起き、何が言いたいと風へ言葉を返した。
風はクスクスと笑みをこぼすが、その顔はどう見ても雲雀を馬鹿にしたような笑い方だった。
「君は存外演技が上手いみたいだ、流石潜入捜査に慣れているだけのことはある。いつもの優男な君しか知らないあの子が見たらどう思うだろうね」
「これは失礼しました。そんなつもりはなかったんですけどねぇ、、、」
目の前で笑う風を見て、雲雀は狐のようだと考えた。風は目を三日月のように細め、口角をニタリと上げる。
「私は彼女へ告白をしました。仕事だけではなく人生のパートナーになって欲しいと」
「そんなの僕が許すと思っているのかい?」
「不思議に思っていたのですが、どうして貴方は彼女の全てをコントロール出来ると思っているのですか?彼女は一人の人間であり、意思があります」
雲雀は黙ったまま、風はそのまま流暢に話を続ける。
「彼女も貴方に対して信頼の情があり、側にいた。今まではそれで上手くいっていたのでしょう。でももし、彼女が貴方のもとを去ると言ったら貴方はどうするつもりなのですか?」
「黙れ」
雲雀がトンファーを取り出そうとした時だった。
間延びした声と共に執務室の扉が開く。
「失礼しまーす。雲雀さぁん、草壁さんから荷物渡されました、って、どうしたんですか?お二人とも、、、」
獄寺君との書類整理が終わり、私は風紀財団の執務室へ向かう途中、たまたま草壁さんと鉢合わせ、雲雀さん宛の荷物を渡される。
執務室に寄らないのかと草壁さんに聞いたのだが、他の仕事があるからとそのまま廊下を小走りで去ってしまった。
荷物は重くはなかったのだが、随分と大きな段ボールを渡されたせいで前が見えにくい。
片手で段ボールを支え、執務室の扉を開けると雲雀さんと風さんが対峙していて雲雀さんはトンファーを構えていたところだった。
「我又遇见你了」
「え、えっと、昨日はどうも、、、」
風さんからまた流暢な中国語?で話しかけられ、意味はわからなかったが昨日の食事の件も含めてお礼を伝える。
雲雀さんは一先ずトンファーをしまってくれたが、空気がピリピリしている。
「昨日?」
私が昨日のことを伝えるために口を開くが、風さんの方が早かった。
「デートしたんですよ、私と一緒に」
「デートって、あれは、別に、」
「次のデートの約束もしてるんです、彼女から誘ってくれて。ね?」
有無を言わせない風さんの笑顔に思わず苦笑いをしてしまう。
意外と強引だな人なんだなと雲雀さんと風さんの顔を交互にみる。
「私はそろそろ退散します。それでは、また」
ペコリと私と雲雀さんへお辞儀をし、風さんは執務室から出ていった。
雲雀さんは私から段ボールを受け取るとガムテープを開けずに机の上に置く。
やだなぁ、雲雀さんいつもよりイライラしてる気がする。
こういう時は早めに退室するのが吉だ。
それでは失礼しましたと執務室を出ていこうとしたら雲雀さんから呼び止められた。
「昨日の件って何?」
「昨日?あぁ、風さんと打ち合わせの件かと思ってご飯食べに行ったんです」
「彼はデートだと言っていたけど?」
獄寺君から図星をつかれたときは醜態をさらしてしまったが、今は大分落ち着いて受け答えが出来るようになった。
「まぁ、どうなんですかね?」
「何それ、自分のことだろう」
「そうですけど、、、」
「彼が君に告白をしたと言っていた。それは事実なのかい」
思わずひきつった声が出てしまい焦る。
と言うか風さんはどういうつもりで雲雀さんへ言ったのだろうか、検討もつかない。
「それは、からかわれてるのもあると思うんですけど」
「誤魔化すな」
いつもよりきつい雲雀さんの口調に背筋がピンと伸びる。
雲雀さんが私のところへコツコツと革靴を鳴らして近づいてきていた。
「あの、雲雀さん?」
「僕は潜入捜査の件について君になんて言った?」
「断りを入れておくと、言っていました」
「そうだよね?僕は昨日そう言ったはずだ。それなのに君は勝手に話を進めているのかい?」
「それは、」
ふと昨日の風さんとの出来事を思い出す。
風さんはまるで壊れ物を触るかのように、優しく両方の手で頬を挟まれたが、目の前にいる雲雀さんからは片方の手だけで乱暴に頬を挟まれる。
頬を掴む手は強くはなく、痛くはなかったが雲雀さんとの距離が近くなる。
「君の上司は誰だ」
「雲雀さん、です」
「僕の許可なく動くな。君は僕の大切な部下だ。僕の言うことを聞いてさえいれば良い。今まで通り、これからもずっと、ずっとね」
満足そうに笑う雲雀さん。
その顔を見た瞬間、頭とお腹の辺りが熱くなり思わず眉をひそめてしまう。
「雲雀さんは、私のことを信じてないですよね」
「なに、急に」
「だってそうじゃないですか、潜入捜査の件についても私には出来ないと言って」
「へぇ、上司の僕に向かってそんな口をきくのかい?」
頬を掴まれる手に力が入り、私の口は動かしづらくなる。
「元々、雲雀さんも書類を確認していたはずです。私のことを信じて、潜入捜査の仕事を受けてくれたんじゃないですか?」
「言ったはずだ、僕は聞いていないと」
「約束したことを反故にするところは変わらないんですね」
代理戦争の時のことを思いだし、先程よりも頭とお腹の辺りが熱くなった。
そうか、私は雲雀さんに対して怒っているのかと気づく。
この時の私は、潜入捜査の依頼書がやけにピッタリと他の書類にくっついていたことなんて頭から抜け落ちていて、雲雀さんの腕を掴み力をこめる。
「何してるんだい?」
「はなひて、くだひゃい」
「出来るものならやってみな」
頬が少しだけ痛い、腕をぎゅっと掴むが悔しいことにびくともしない。
雲雀さんは意地の悪い顔で笑い、どうしたとわざとらしく聞いてきた。
「フフッ、可愛い。ねぇ、君も分かっているだろう?力で僕に敵うわけないって、僕の言うことを聞いていれば悪いようにはしない」
「そんらの、わかんひゃいでひゅよ」
「そう、、、。君は躾直しが必要みたいだね」
ぐいっと雲雀さんとの距離が近くなり、私は今しかないと少しだけ頭を後ろに引き、そのまま勢いをつける。
ゴツンと鈍い音が執務室に響き渡り、雲雀さんは口元をおさえて私と距離をとった。
雲雀さんがボスウォッチを壊した時と同じように、私は頭突きを食らわせたのだ。
「雲雀さんともあろう方が、油断しましたね。私は雲雀さんの部下です、私もちゃんと雲雀さんのお役に立って見せます!」
雲雀さんが何か言おうと体勢を整える前に執務室から飛び出る、と、そこには先程出ていったはずの風さんがいた。
私が声を出してしまいそうになったのが分かったのか、口に人差し指を当てられ、そのまま手を掴まれ風さんは走り始めてしまう。
「あ、あの、風さん!」
「どうしましたか?」
「ここまで来れば大丈夫ですから!」
大分長いこと走ったおかげで、風紀財団の廊下をぬけボンゴレアジトの方まで来てしまっていた。
途中、何事だと数人からは怪訝な目で見られてしまっても風さんが手を離すことはなかった。
「あの、どうしてあそこに?」
「貴女のことが心配になってしまって、、、」
雲雀さんに対して生意気な口をきいたり、頭突きをしたことも聞いていたのだろうか。
もしそうなら、とても恥ずかしいなと顔が熱くなる。
「よく、頑張りましたね」
風さんから頭を優しく撫でられるが、何に対して頑張ったと言うのだろうか。
いまいち分からず、苦笑いを浮かべるしかない。
「風さん」
「はい」
「あの、その、」
「どうしましたか?」
風さんはニコニコと嬉しそうに笑っていて、何がそんなに楽しいのだろうかと、私の頭のなかは疑問符が踊っている。
「手を、離して欲しいです」
私がそう伝えると風さんは先程と打って変わって、少しだけ軽蔑したかのような、冷たい表情をした、ような気がした。
「どうしてですか?」
「どうしてって、それは、」
手を離して欲しいと言って理由を聞かれるとは思わず、私は思わず心臓がきゅっと縮こまる。
理由を聞かれたからだけじゃない、多分、私は、
「こんなところでイチャついてんじゃねーよ」
「獄寺君!」
「まだ書類整理終ってねぇだろうが、いつまでサボってやがる。戻るぞ」
「う、うん!ごめんなさい」
風さんの力が緩まった瞬間にするりと手を抜け、獄寺君のもとへと駆け寄る。
「風さん、また任務の時によろしくお願いします」
風さんと距離をとり、頭を下げ、少しだけ先を歩いている獄寺君の横へ並んで歩く。
コツコツと二人分の足音がボンゴレアジトの廊下へと響き、先程書類整理をしていた部屋へと何食わぬ顔で入る。
「獄寺君、ありがとうございます。助かりました」
「おい、大丈夫かよ」
私は腰がぬけてしまいその場で座り込んでしまった。
「駄目かも、しれません」
「何があったんだよ」
私が黙ったまま、これからどうしようかと悩んでいたら獄寺君からは舌打ちをされてしまう。
そうだよな、呆れてしまうよなと悲しくなり、まずは雲雀さんへ謝るべきかと腰を上げる。
いつの間にか獄寺君は事務所の奥の給湯室へ移動していたみたいで、ホルダーに入ったインサートカップを二つ持っていた。
ほらよとそのうちの一つを渡され、部屋の中にはコーヒーの香りが充満していることに気づく。
「ありがとうございます。あれ、カフェオレですか?」
「カフェオレっつーか、コーヒーに牛乳いれただけだ。ブラック飲めないだろ、お前」
私から少しだけ顔をそらし、コーヒーを飲み始める。
学生時代の獄寺君は私に突っかかってくることが多かった、と言うか、今も突っかかってくることの方が多いが、本当は優しいことも充分に分かっていた。
「言いたくねぇなら無理には聞かねぇ。でも話すことで楽になるならいくらでも聞いてやる」
「獄寺君は、優しいですよね」
「なっ、別に優しくなんてねーよ!お前の辛気臭い面を見てるのがムカつくだけだっつーの!」
少しだけ学生時代に戻ったかのような獄寺君を見て私は笑ってしまう。
私達は向かい合うように椅子に座り、私が話し始めた事の経緯を、獄寺君は黙ったまま聞いてくれた。
苦虫を噛み潰したような顔をし、ポツリと、そうかと呟く。
「お前も大変だな」
「いや、私なんて別に、、、。でも雲雀さんに偉そうなこと言っちゃいましたし、これから戻るところもなくなっちゃいました。家なき子ですよ、家なき子」
「戻らなければ良いだろう」
あっけらかんと獄寺君は言い、私は言葉に詰まってしまう。
そういう訳には、と言葉を続けようとすると獄寺君は机の上に肘をつきヒバリのことが好きだからかと聞いてきた。
「雲雀さんのことが好きだから、とかじゃなくて」
「そもそもお前が風紀財団にいるのは成り行きでだろ?俺のところでよければお前一人ぐらいは面倒を見る」
「獄寺君、、、」
「別に今すぐ決めなくても良い。ただ、そういう方法もあるってことを頭に入れておけ」
私がお礼を伝えると獄寺君は機嫌が悪そうな顔でコーヒーを飲む。
「今は一先ず、風さんとの潜入捜査のことだけ考えます。潜入捜査で良いところを見せれば、雲雀さんも私のことを見直してくれるかもしれませんし」
「見直すと言うとか、ヒバリのは、、、。まぁ良いか、取り敢えず頑張ってみろ」
乱暴に私の頭をがしがしと撫でられ、やっぱり獄寺君は優しいなと改めて思った。
それからの私は風さんと打ち合わせをしたり、新人の教育研修をしたり、獄寺君や山本君の仕事を手伝ったり、草壁さんと風紀財団のことで電話のやりとりをしていた。
草壁さんは事情を分かっているのか、電話口で言いづらそうに、でも話をしてくれた。
「恭さんはお前のことを信じていないわけじゃないんだ。ただ、、、」
「ただ?ただ、なんだって言うんですか?」
別に草壁さんのことを責めたいわけではないのに、こんな言い方では失礼になってしまうと一度呼吸を落ち着ける。
「恭さんはお前のことが心配なだけなんだ。それだけは分かって欲しい」
「心配って、、、。私も雲雀さんの下で働いて長いんですよ?そりゃ、たまに怒られることもありますけど、殆どの任務は成功しています。もう新人じゃないんです。って、ごめんなさい。草壁さんに言うんじゃなくて雲雀さんに言わなくちゃいけないことですよね」
「俺のことは気にするな。恭さんのことは一先ず気にせず、頑張れよ」
たまに風紀財団の執務室に戻っても、タイミングが良いのか悪いのか雲雀さんと鉢合わせることはなかった。
そして迎えた、潜入捜査当日。
いつもより少しだけ高いヒールに膝下丈のパステルブルーのドレス、肩にはストールをかける。
お化粧なんかもスタッフさんがやってくれたおかげで、何時もよりなかなか良いのではないかと自画自賛したくなる。
「良く似合っていますね」
風さんはいつものカンフー服ではなく、ネイビーのスーツにジレを着込み、孔雀のような柄のポケットチーフを挿していた。
「アハハ、馬子にも衣装ってやつですかね?」
「とんでもない、貴女はいつだって可愛らしいですよ」
「誉め上手ですねぇ、、、。風さんも似合ってますね、格好いいです」
「謝謝」
あの日以来、風さんは私に告白の返事を催促することはなく、やはりからかわれていただけなのではないかと普段通りに過ごす。
「会場の地図は頭に入っていますか?」
「大丈夫です」
「今回の潜入捜査で目をつけているのはルチェルトラファミリーのボス、ミメティーズモです。元々そこまで大きな力はなかったファミリーですがここ最近勢力を拡大しています」
「麻薬の売買をして資金源が増えた、かもしれないと言うことですよね」
風さんはその通りですと頷く。
いよいよ始まるのかと、口を一文字にぎゅっと結ぶ。
「大丈夫、私が側にいますからそんなに肩の力を張らないでください」
「そ、そうですよね。怪しまれてしまいますし、気をつけます」
「それでは行きましょうか、私の可愛い奥さん」
「はい!」
赤い絨毯の上を風さんと腕を組み歩く。
周りをキョロキョロ見たくなるのをこらえたせいか、思わず力が入ってしまう。
風さんは受付をすましてくると言い、腕をするりとほどかれた。
「大丈夫、すぐ戻ってきますから良い子で待っていてくださいね」
「子供じゃないんですから、、、」
少しだけ頬を膨らませると風さんは楽しそうに私の頬をつついてくる。
風さんの後ろ姿を見送り、ふぅと息を吐き出す。
邪魔にならないように端へ避けていようと振り返った瞬間、人にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて謝り、相手の顔を見る。
茶色のミディアムヘアの毛先を少しだけ巻き、ズボンスーツに革靴を合わせた女の人が目の前にはいた。
殆どの女性がドレスを着ているこの会場には少しだけ似合っていないような気もしたが、すらりと伸びた手足はまるで女優やモデルみたいだ。
私がぶつかったことに怒っているのか、相手は冷たい目で私のことを黙ったまま見下ろしている。
「あ、あの、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
女性にしては随分と背の高い人だ。
私は首を少しだけ伸ばし、改めて女性へと謝罪をする、が、目の前の相手は黙ったまま。
先程と変わらず私のことを見下ろしている。
「おーい、俺の可愛い子猫ちゃん、こんなところにいたのかい?」
「シャマルさん!」
黒髪のセンター分けに無精髭、白いスーツ。
女性の肩を抱き寄せたのは並中の養護教諭として働いていたシャマルさんだった。
「ん?おぉ、久しぶりじゃねぇか。元気してたか?」
シャマルさんも私が分かったのだろう、乱暴に髪の毛をわしゃわしゃと撫でられる。
女性は面白くないと言う顔をし、シャマルさんの手を勢いよく叩く。
「って!なんだよ、焼きもち妬くなって」
「あ、あの、そちらのかたは?」
「あぁ、俺の新しい子猫ちゃんだ。綺麗な顔だろー?性格はとんでもねぇけどな、、、。いてて!嘘だよ、嘘!」
女性はシャマルさんの頬を思いっきりつねり、横に引き伸ばしていた。
私が苦笑いをし、二人の様子を見つめていたら肩に手を置かれ優しく抱き寄せられる。
この香りはと振り向くと、やはり風さんだった。
「私の妻に何か?」
シャマルさんは風さんの顔をまじまじと見つめ、納得したかのような声をあげる。
「お前、リボーンとよく一緒にいたやつだろう?なんだぁ、やけに懐かしい顔に会うな」
「貴方はDr.シャマル、、、。何故ここに?」
風さんの顔つきが少しだけ厳しくなるがシャマルさんは気にせず、昔と同じようにのんびりとした口調で話し始めた。
「なぜって、俺達も招待されたんだよ。ほら、あそこに腹のでた爺さんいるだろ?今は俺が主治医やってんだよ」
「貴方は女性しか診ないと有名でしたが?」
「何十年前の話してんだよ?あの爺さん、羽振りも良いからな。それよりお前ら、付き合ってたのか?」
私は思わず心臓が跳ねてしまったが、風さんは何時もと変わらない様子で受け答えをし始める。
「はい、今はまだ婚約中ですが、、、。そろそろ籍をいれようかと思ってまして、ね?」
私が答えようとしたら、シャマルさんは興味がなさそうに、遮るように、ふぅんと声を出し無精髭を撫で私のことをじっと見つめる。
「お前はてっきりアイツが好きなのかと思ったぜ。ほら、あの黒髪の、俺が桜クラ病にした、」
「雲雀さんのことですか?」
私が雲雀さんの名前を出すと、シャマルさんはポンと手のひらをならした。
その仕草が少しだけ古臭く見えてしまい、思わず笑ってしまいそうになる。
「そうそう!ヒバリだ、ヒバリ!お前らよく一緒にいただろう?アイツ、元気か?」
「最近、会えてなくて」
「なんだぁ?ケンカでもしたか?」
「いや、喧嘩と言うか、私が雲雀さんのこと怒らせちゃったんです」
絨毯を少しだけ蹴り、目線を下に落とす。
そうだ、なんとかして今回の任務を成功させて、雲雀さんに良いところを見せないと。
「人混みに酔ってしまったようですね。少しだけ外に出ましょうか」
私が答えるより先に、風さんは私の肩を抱いたまま歩き始め、肩にかけていたストールが抜け落ちてしまう。
ストールはシャマルさんの横にいる女性の前へひらひらと落ちていった。
「ごめんなさい、自分で拾います!」
女性は黙ったまま、腰を曲げストールを拾い、そのまま私の肩へかけてくれた。
「ありがとうございます」
「気をつけな」
女性にしては随分とハスキーな声だ。
風さんが私の肩を再度抱き寄せ、シャマルさん達に挨拶をし、歩き始める。
私は女性のことが気になり頭だけを少し動かす。
二人もその場から歩き出している姿が見えた。シャマルさんが女性の腰を引き寄せようとしたら思いっきりどつかれている場面を目撃してしまい苦笑いをこぼす。
「どうしましたか?」
「あ、いや!別に、、、」
「駄目ですよ、私という者がありながら浮気するなんて」
少しだけ頬を膨らませた風さんを見て、思わず頬をつつく。
私が触ったことに驚いたのか、風さんは少しだけ目を丸くし、優しい顔で笑ってくれた。
パーティーが始まると風さんはいろんな人から声をかけられていた。
知り合いなのかと思って静観しているとどうやら初対面の人ばかりのようだった。
そうか、潜入捜査だもんな。
素性がばれてしまっていては難しいだろう。
風さんがパーティーの参加者に捕まってしまい話し込んだいる最中、端のほうで大人しく過ごしていたら男性から声をかけられた。
「これはこれは、綺麗なお嬢さん。初めましてかな?」
「あ、初めまして、です」
声をかけてきたのはシャマルさんが主治医をしていると話していたお爺ちゃんからだった。
「パーティーはどうだね?楽しんでいるかい?」
「はい、楽しいです」
私が緊張しているのが分かったのか、お爺ちゃんはケラケラと笑う。
笑うたびに白い顎髭と膨れ上がったお腹がリズミカルに揺れ、私の緊張は少しだけほぐれた。
「せっかくのパーティーだ、お嬢さんも楽しむといい。そう言えば、君はあのDr.シャマルと知り合いなのかい?」
「はい、前にお会いしたことがあって、、、」
「そうかそうか、いやぁ彼は優秀な医者だからねぇ。彼の診察を受けたいと思っているんだけどね、貴方のはただの運動不足と食べ過ぎでしょ!って妻に怒られてね。これでも最近は控えているのだがね、歳には勝てないってやつかな」
お爺ちゃんは先程よりもお腹を揺らしながら頭をポリポリとかく。
「せっかくのパーティーだ、お嬢さんも楽しみなさい。私も妻の目を盗んで久しぶりに揚げ物でも食べてこようとしよう」
ニコニコと楽しそうに言い、お爺ちゃんは少しだけスキップをしながらビュッフェに向かっていった。
どういうことだろうか。
シャマルさんの言っていたことと、お爺ちゃんの言っていたことの辻褄が合わない。
場所は変わってパーティー会場の廊下ではこんな会話が繰り広げられていた。
「お前なぁ、もうちょっと上手くやれよ」
「うるさいな」
「うるさいってお前なぁ、、、。それにしても、あの二人、随分とお似合いなんじゃねぇか?これだと本当に持ってかれちまうかもなぁ、って!冗談だよ冗談!」
男は無精髭を触りながら相手の顔を見つめ、ため息をつく。
「惚れた女には優しくしろよ?」
「優しくしてる」
「お前のは分かりづらいんだよ、あのカンフー男みたいにやれば十年来の片想いにならねーだろうが」
目の前の相手から睨まれ、男は口をつぐむ。
はいはい、分かりましたよと言うふうに両手を軽く上げ降参のポーズをとる。
「それより大丈夫なの?」
「大丈夫ってなにがだ?」
「君、本当は彼の主治医じゃないだろう」
「大丈夫だろ、奴はただの大富豪の爺さんだ。アイツらと喋ることもないだろうよ。それに忍び込むためにはそれなりの理由が必要だからな」
「よくそんなふうに口がまわるね、分けて欲しいくらいだ」
「お前、それ嫌味で言ってねぇか?」
男はそろそろ戻るかと目の前の相手の腰を抱き寄せる、が、その瞬間手のひらを思いっきりつねられた。
「いてぇ!お前、それやめろよな!」
「必要以上に触るな。それとも、そっちに目覚めでもしたのかい?」
「んな分けねぇだろうが!お前は知らないだろうけどな、こういう場所で男女がくっついてないと怪しまれるからやってるだけだっつーの!」
「面倒だ、もう手っ取り早く始めたほうが早い」
くるりと背中を向ける相手に向かい、男は慌てて止めにはいる。
「待てって!やっと足を掴んだんだろう?ここでおじゃんにするつもりか?」
肩を掴まれ、唇を固く結ぶ。
男が言いたいことが分かったのだろう、大人しく歩みを止める。
「まぁあとちょっとの辛抱だ。あとな、俺だってごめんだよ。お前みたいな奴の相手はな」
男、Dr.シャマルはネクタイを緩め、口を尖らせながら相手に向かって独り言のように呟いた。
ー後編へ続く
