雲雀さんと私のお互いが抱えている秘密について


秘密とは、個人ないしひとつの組織、団体が、外集団に対して公開することのない情報を指す言葉。外部に知られることによる不利益を回避するために用いられることが多い。また、軍や国家などにおいて特別な意味を持つ秘密を秘密と呼び、区別する。

某サイトより参照、ただ私の場合はそんな大袈裟なものじゃなくて恋人の前では素敵な女性を演じたいだけの話である。

私と雲雀さんが恋人同士になってからそれなりの年月がたった。
知り合った時期、つまり中学時代を含めば十何年のお付き合いだ。

雲雀さんは昔と変わらず傍若無人だし、私がそれに振り回されるのも変わっていない。
しかしながら、私は雲雀さんに対して見せられない、というか見せたくない姿がたくさんあるのも事実だった。

山本君と獄寺君の三人でお昼ごはんを一緒に食べた日のことだ。
私が頼んだものは親子丼だったのだが、食べ終わった私に獄寺君は苦笑いを浮かべている。
最初は獄寺君の食べている煮魚定食があまり美味しくなかったのかと思ったのだが、どうやら違うみたいだった。

「お前、食うの早すぎねぇ?」

え、と素っ頓狂な声を出すと確かに二人はまだ食べている途中だ。

「いや、そうですかね、、、?」
「成人男性二人を差し置いて食い終わってんだから早いだろうが。ちゃんと噛んでんのかよ、三十回は噛め、三十回は」
「獄寺、母ちゃんみたいだな」

ハハッと笑う山本君に獄寺君は誰が母ちゃんだ誰がと怒っている。

「まぁまぁ、良いじゃねーか。そんだけ腹減ってたんだろう」

山本君は優しくフォローしてくれるのが余計恥ずかしくなってしまった。
赤い顔のまま、空になった丼を見つめていると獄寺君が大体なと言葉を続ける。

「丼を、こうやってかっこんでんのもどうかと思うぞ」

先程の自分の食べる姿を真似され、さらに顔が赤くなってしまう。
そうなのだ、お腹の減り具合に我慢できず丼を持ち上げお箸でご飯をかきこんでしまったのだ。
確かに、お下品だったなと顔が先程より赤くなるのがわかった。まごまごとしている私に山本君はまた優しくフォローしてくれる。

「獄寺はうるさいのな。ほら、気にすんな」
「な、俺だって、別に悪いって言ってるんじゃねーよ!」

ぎゃいぎゃいと騒ぐ獄寺君を気にせず、山本君は話を続けた。

「そういや、ヒバリのやつは元気か?」
「雲雀さん?うん、毎日元気に噛み殺してるよ」

今朝も楽しそうに仕事に出掛けていった雲雀さんのことを思い出しながらお茶をすする。

「お前、雲雀の前でもそうやって飯食ってんのか?」

獄寺君から痛いところをつかれてしまい言葉に詰まる。
雲雀さんは食べる姿がめちゃくちゃ綺麗なのだ。
魚を出せば骨と頭しか残らない、箸使いもお手本のように綺麗だし、前に何かの記念日で夜ごはんにフレンチ?フランス?料理を食べに行ったのだが雲雀さんのテーブルマナーは完璧だった。
いや、完璧と言ったが正しいテーブルマナーはよく分からない。
ただあの雲雀さんのことだからきっとテーブルマナーも完璧なのだろう。
流石の私も、雲雀さんの前ではゆっくりご飯を食べるし丼をかっこんだりはしない。
ただ、目の前で雲雀さんの綺麗な食事姿を見ると、なんだかお腹がいっぱいになってしまうのも事実だった。

「まぁまぁ、獄寺のことは気にすんな。俺はお前が旨そうに飯食ってんの好きだぜ、今度は獄寺抜きで上手いもんでも食いに行くか」
「抜け駆けすんじゃねぇ!野球馬鹿!」

わーわー騒いでる二人を見ながらも、私の頭のなかは雲雀さんのことでいっぱいだ。
でもそれは胸がじんわりと暖かくなるような甘いものではなく、少しだけため息をつきたくなるようなものだった。

仕事を終え、バイクを走らせながら帰路を急ぐ。
雲雀さんから、今日は何時頃になるんだとショートメッセージが入っていたが、今日は自分の家へ帰ることにした。
雲雀さんへその旨を返信し、それ以降携帯は見ていない。というよりも充電が切れてしまっている。
なんだか今日は少しだけナイーブだし、こんな気持ちで雲雀さんの所へ帰るより一人で過ごした方が良いだろう。

「ただいまぁ」

誰もいない暗い部屋のなか、勿論返事はない。
まぁ、返事があった方がこわいのだが。
しばらく帰っていなかったからか、部屋のなかは熱がこもっている。
カラカラとベランダのドアを開けると夜風がフワリと室内へ侵入してきた。
1LDKの賃貸物件、賃貸ではあるが私のかわいいお城だ。
狭い部屋はすぐに涼しくなり、窓を開けたままシャワー室へと向かう。
前に雲雀さんから部屋を解約しないのかと言われたことを思い出した。

「か、解約?しませんよ、やっと見つけた安くて駅近の物件なんですから」
「どうせ僕の家へ入り浸ることになるんだから必要ないだろう」
「そんなの分かんないじゃないですか、私だって一人で過ごしたい時もあるんですから」
「ワォ、寂しがり屋の君がかい?」
「そりゃありますよ、というか、雲雀さんだって一人で過ごしたい時に私がいたら嫌でしょう?」
「別に」

私が若干引いた声を出したのが分かったのか、雲雀さんは涼しい顔で先を続ける。

「勘違いしないでくれる?もし一人になりたい時は他の家に行くだけの話だ」
「他の家?」

話を聞くと雲雀さんは自宅を何個も持っていた。
山の近く、海の近く、繁華街の近く、駅直結のマンション、一度は名前の聞いたことのあるタワマン、エトセトラエトセトラ、、、。
雲雀さんの体は一つしかないのに、こんなにたくさん家を持っててどうするだろうと庶民派の私には分からなかった。

「わぁ、すごーい、、、」
「君も好きなように使うと良いよ、はいこれ」

そう言って渡されたキーケースの中には鍵がジャラジャラと入っている。
自宅の鍵というよりかは、キャビネットやロッカーの鍵と言って渡された方がしっくり来る量だ。
どれがどこの家なのか、判断がつかない私はテプラで鍵にシールを貼って対処していた。

シャワーを浴び、冷蔵庫のなかを確認すると思った通り調味料しか入っていない。
はじめの頃は食材を買って自炊していたのだが、雲雀さんの家へ行くことが多くなり、最近は生ものは買わないようにしている。

コンビニで買った缶のチューハイをあけ、トランクスに半袖姿で室内をうろちょろと動き回る。
飲み歩きなんて、なんてお行儀が悪いんでしょうねと歌いながらもテレビのリモコンを探す。
チューハイを飲み干し、ケプッと小さい音を出すと、あぁ一人だなぁと気が楽になる。

雲雀さんのことは勿論好きだ、でもやっぱり雲雀さんと一緒にいると気が張るのも事実だった。
明日は休みだから夜更かししちゃおうかな、たまってたバラエティー番組を見るのもいいかも。
少しだけウキウキしながら、私は二本目の缶チューハイをあける。
ここでの私の敗因は、携帯を充電しているのにも関わらず電源をつけなかった、というよりも雲雀さんからの連絡を確認しなかったことだ。

朝、開けたままのカーテンから差し込む光によって目を覚ます。
失敗した、たまの休みなのに目が覚めてしまったと上半身を起こす。
何時だ何時だと携帯の電源をいれるとそこには、今まで見たことのない着信のお知らせとショートメッセージ数が表記されていた。
やばい、何かやらかしたかと一番上にある着信履歴に折り返しをする。
繋がったのは雲雀さんの右腕である草壁さんだった。

「あの、草壁さん!すみません!私なにか、やらかしましたか!?」
「やっと電話出たか、今まで何してたんだ?」

いつもは優しい草壁さんの声とは違い、怒っているのがすぐに分かる。
口調も柔らかいものではなく、ふと学生時代を思い出す。

「あの、その、今日は休みだったので寝てました!」

今日は休みだよな、間違いじゃないよなとシステム手帳を確認すると、確かに休みの文字が記されていた。携帯の時計を見ると、もし万が一仕事であったとして充分間に合う時間だ。

「恭さんから連絡入ってないか?」
「え、雲雀さん?ちょっと待ってください、、、」

携帯のスピーカーを使い、着信履歴とショートメッセージを確認する。
確かに殆どの連絡は雲雀さんからだった。

「あの、もしかして雲雀さん怪我でもしたんですか!?」
「恭さんが怪我?なに言ってるんだお前は」

おびただしい数の着信とショートメッセージに雲雀さんの身に何かあったのかと思ったがどうやら違うらしい。
ほっと安堵した瞬間、携帯から低い声が聞こえる。

「僕からの連絡を無視するなんて良い度胸してるね」

思わずベッドから二センチほど浮いてしまい、携帯を放り投げてしまう。
先程スピーカーに設定したため、否が応でも雲雀さんの声が聞こえてきた。

「今日の夜、家に来い」

スピーカーにしているのに、なぜか慌てて携帯を耳に当ててしまったため、雲雀さんの声がダイレクトに響く。しかもいつもだったら、「おいで」か「来て」なのに今日は命令形だ。あれ、来ても命令形かな?
雲雀さんはそんな私の様子を気にすることなく自宅の住所を告げる。

「今日の夜は、ちょっとぉ、、、」
「来い」
「あ、はい」

思わず私がそう言うと、ブツッと電話は切れてしまった。
まずい、まずいぞ、どうにかしなければ!
私は慌てて幼なじみに電話をかける。
この間、目の下にあった隈を思い出し、私が仕事を変わると言えば泣いて喜んでくれるであろう幼なじみに。
なにか一つでも遠出するような仕事があれば、取り敢えず、取り敢えず、今日の雲雀さんとのエンカウントは避けられる!
幼なじみとは二回目のコールで電話が繋がり、いつもだったら話しても平気かと確認するが今はそれどころではないのだ。

「あ、ごめん!今抱えてる仕事でどっか遠くに行けるやつない!?」
「本当に良い度胸してるね、君」

サァと、血の気が引いてく感じってこんな感じなんだろうと思った。聞こえてきたのは先程よりドスの効いた低い声、雲雀さんのものだった。

「今日の夜はどうするんだっけ?」
「雲雀さんの家へお邪魔しまぁす、、、」
「分かればよろしい、じゃあね」

ブツッと、またしても電話が切れる。
ズゥンとベッドの上でうなだれながらも、一つだけ命拾いしたことは先ほどの電話で「なんなら海外でも良いよ!」と言う前に雲雀さんの存在に気づけたことだけだ。

あの後、草壁さんから電話が入り、また雲雀さんだったらどうしようと思いながらも電話を取る。
声の主が本物の草壁さんだと分かり胸を撫で下ろす。

「草壁さぁん、きっと今日が私の命日です、、、」
「なに言ってるんだ。近くで恭さんが聞いてたらどうするつもりだ」
「え゛」
「安心しろ、今はいないから。それより、お前明日休みになったから」
「え、でも!無理ですよね!?私、明日過密スケジュールなんですけど!?」
「恭さんが無理やりねじ込んでたぞ、、、」

前に、雲雀さんと推理ドラマを見ていたときのことを思い出した。
雲雀さんに、完全犯罪をするためにはどうしたら良いか分かるかと聞かれ、私が首を捻ると雲雀さんは、死体が見つからないことだ、それが一番手っ取り早いと言っていたことを思い出す。
何故だろう、なぜこんな物騒なことを思い出しているのだろうか。

「どうしましょう、、、。というか、雲雀さんのこと怒らせるようなことしたかなぁ」
「大丈夫だろう。恭さんは少し、少しだけ過保護なだけだから」
「ひぃん、骨は拾ってくださいね、、、」
「滅多なことを言うもんじゃないぞ」

そして、夜。
雲雀さんから指定された住所、マンションのエントランスでどうしようどうしようと右往左往する。
ちなみに雲雀さんからのショートメッセージは見ていない、というかこわすぎて見れていない。
このままでは不審者扱いとして警察が呼ばれてしまいそうだ。
コンシェルジュのいるこのマンションは入り口から豪華絢爛、まるでホテルのようだった。
今日呼ばれた雲雀さんの家は今まで来たことのないマンションで、当然のことながら鍵は持っていない。
意を決して部屋番号を押し、インターフォンを鳴らす。

雲雀さんの声が聞こえ、自動ドアが音を立てずに開き、そのまま中に入る。
コンシェルジュのお姉さん達からにこりと微笑まれ、私もぎこちなく笑みを浮かべた。

「やぁ、よく来たね」
「はは、お邪魔します、、、」

私の自宅の玄関が五個は入るであろう、だだっ広い玄関で靴を脱ぎ綺麗に揃える。

「ご飯は食べてきたのかい?」
「いや、まだです」

刑務官について歩く受刑者よろしく、雲雀さんの後ろをついていく。
そのままダイニングへと案内され、雲雀さんはキッチンに置いてある冷蔵庫をガサガサと漁っているところだった。

「奇遇だね、僕もまだなんだ。一緒に食べよう」
「あ、はい」
「どうしたんだい?そんなに緊張して」

いや、そりゃ緊張するでしょうよ!
あんだけドスの効いた声で話されたら!
とは流石に言えないため、先手必勝、先に謝ることにした。

「あの、すみませんでした」
「あぁ、その事については後でゆっくり話したいから。先にお風呂入ってきなよ」

チーン、ナームと頭のなかで木魚の音が鳴り響く。
いや、まだだ、なにか突破口があるはずだ!
考えろ、考えるんだ!
そして私は一つの妙案を思いつく。

「あ、でも!今日パジャマとか下着とか、なにも持ってきてないんです!しかも始めて来た家じゃないですか!歯ブラシとか洗顔フォームとかも買ってきてないし、今日はご飯食べたら帰りますよ!」

上手い、これは上手いぞ。
ぐうの音も出ない、しかも嘘ではないのだから。
よし、よし!と頭のなかでファインティングポーズを決める。

「はい、これ」

雲雀さんから渡されたのは、バスタオルと寝巻き、化粧落としオイルに洗顔フォームと歯ブラシ、化粧水と乳液を手渡された。

「下着は乾燥機にかけておきな。シャンプーとトリートメントも一式用意してあるから。いつもので良いだろう?」
「はい、充分でございます、、、」

チーン、ナームと頭のなかで二回目の木魚の音が鳴り響いた。

脱衣所も浴室も浴槽も広く、思わずでかいなと声に出してしまう。
自宅は三点ユニットバスだし、足を伸ばしてお湯に浸かるのが難しい広さだ。

シャワーを捻り熱いお湯を出すと、ちょうど良い高さに私のお気に入りのシャンプーとトリートメントが置いてあった。
その横には雲雀さんが使っている男物のシャンプーイントリートメント。
スースーして気持ちいいから、夏場はたまに私も拝借している。
ボディソープは私と雲雀さんが好んで使っている、いつものやつがその横に並んでいた。
はじめて自宅へ招かれた時、雲雀さんと買い出しに行ったことを思い出す。
雲雀さんから、何を選んだらいいのか分からないから一緒に買いに行こうと言われ、それだったら自分で買って行きますと言ったときのことだ。

なにを遠慮してるんだ、良いから行くぞとなかば無理矢理、雲雀さんの車へ押し込まれ二人で商業施設へと向かった。

恋人の家へ泊まるのだから少し良いものを買おうと、何時もより少し値のはる商品を選び、レジに並んでいたら雲雀さんがカードを取り出していた。

「あ、いや、現金で!」
「一括で切って、レシートはいらないから」

お会計の人は、はいカードで一括ですねと言い、雲雀さんのカードを預かる。
あれ?私の姿は見えてないのかな?なんて少しだけ悲しい気持ちになった。

「すみません、後で返しますから」
「いらないよ、僕が誘ったんだから。たまにはこういうのも悪くないね」

こういうのってどういうのだと不思議に思いながらも、その時はお言葉に甘えることにした。

懐かしいなとお湯に浸かりながら当時のことを思い出し、お風呂から出たらどうなるんだろうかと少し考えてみる。
うん、どの未来を選んでも噛み殺されますね、、、。
はぁとため息をつくと脱衣所の扉が開く音がする。

「ご飯できたよ、まだお風呂入る?」
「あ、そろそろ出ます」

噛み殺されるなら早めに噛み殺されてしまおう、私はよいしょとお風呂からあがることにした。

ポカポカと温まった体に肌触りの良い寝巻き、あぁ財力の差を感じてしまう、、、。

「お風呂、ありがとうございます」
「気持ちよかったかい?」
「あ、へい、気持ちよかったです」
「髪の毛濡れてるよ、ちゃんと乾かさないと駄目だろう」

首にかけていたタオルで髪の毛をわしゃわしゃぐりぐりと揉まれ、抵抗する術もなく大人しく、されるがままだ。

「うぉ、うわ、あぁ」
「変な声」

タオルで雲雀さんの姿は見えないが、フフッと笑うその声は楽しそうだった。

「も、大丈夫です。後でドライヤーしますから」
「そう?じゃあ食べようか」
「あの、ご飯ごめんなさい。仕事で疲れてるのに用意してもらっちゃって」

ダイニングテーブルの上を見て、うっと声が詰まる。
丼からほかほかと湯気を立てている、それはまさしく親子丼だった。

「どうかした?」
「いえ、別に、、、」

このタイミングで親子丼?
この間、獄寺くんと山本君とご飯を食べたことを思い出す。
偶然なのかたまたまなのか、いや偶然もたまたまも一緒だな、、、。

「ほら食べな」
「あ、はい、いただきます」

お箸を手に取り親子丼を口に運ぶ。
かちゃかちゃと食器がぶつかる音がやけに響いて聞こえる。
この間、獄寺君に真似された食べ方を思い出し顔が熱くなってしまう。
雲雀さんは相変わらず食べるの綺麗なんだろうなぁと思いながらチラリと視線を向けると、私は思わず口をポカンと開いてしまった。
理由は一つ、雲雀さんは丼を持ち上げてお箸で流し込むかのように食べているからだ。

「ひ、雲雀さん?」
「ん、なに?」
「いや、その、お腹減ってたんですね」
「まぁね。ほら、君も食べな」

雲雀さんの豪快な食べ方に驚きながらも親子丼を食べ進める。
やっぱり雲雀さんは何をしてもさまになる、私は自分のお腹が何時もにまして重く感じたのはきっと雲雀さんが怒っているからという理由だけではないのだろう。

「それで、さっきの話の続きなんだけど」

二人で食事の後片付け終え、ダイニングテーブルで温かいお茶を飲んでいる時だった。
てっきりもう忘れてくれてるのかな、なんて考えは甘く、雲雀さんは湯呑みを置き話し始める。

「どうしてここに呼んだか分かるかい?」
「え、いや、連絡に気づけなかったからですか?」

私はお行儀よく膝の上に手を置き背筋を伸ばす。
雲雀さんはじっと私のことを見つめ、それもあるけどと話を続けた。

「ここの家、どう思う?」

突然部屋の感想を聞かれ、どういう意図なのかを考えるが検討もつかず、思ったことを素直に伝える。

「広くて綺麗で、良い家だと思います」

私がそう言うと雲雀さんは、良かったと言い椅子から立ち上がりチェストへと近づく。
チェストから紙が擦れ合うような音がきこえてくるが、雲雀さんの後ろ姿しか見えないから何をしているのかはよく分からない。

「あの、雲雀さん?」
「この家、君のだから」

はじめは冗談かと思ったのだ。
そりゃそうだ、私は家を買った記憶も、買う財力も持ち合わせていない。

「雲雀さんの冗談は凝ってますね、私のだったら良いんですけどねっ」
「冗談じゃないよ、ほら」

雲雀さんはチェストから取り出してきた書類を机の上にポンと投げ、私は書類をまじまじと確認する。
書類には重要事項説明書や売買契約書の文字が並んでおり、そこには私の名前が書いてある。 
思わず目が飛び出しそうになった。

「で、でも!私買ってないですよ!?買うお金もないですよ!?」
「知ってるよ、実際の契約は僕がしたからね」
「ちょ、ちょっと待ってください!だって、こういうの買うときって本人確認いりますよね!?私以外の私の人が買えないですよね!?」
「僕を誰だと思ってるの?」

すごい、雲雀さんの言う「僕を誰だと思ってるの?」はなにも言い返せない。
納得してしまう説得力がある。

「いや、いやいや!無理ですよ!私、こんな良い場所の家賃払えないです!」
「もう全部払い終わってるよ」
「なら、なおのこと受け取れないですよ!?」

こんな高そうなマンションを一括で買った?
というか一括で買えるものなの?ローンを組むものじゃないの?
頭と目がグルグルと回り、クラクラとしてしまう。

「さっき君も良い家って言っただろう」 
「言いましたけど、言いましたけど!もらえないですよ!もらう理由が見つかりませんもん!」
「理由ならあるよ」

理由?あるの?いや、ないわ!もらう理由はどう頑張っても思い付かなかった。

「これであの賃貸は解約できるだろう?」
「賃貸って、私の自宅のことですか?」

雲雀さんは満足そうに、上機嫌に頷いている。
いや、ちょっと待って?なんで私の自宅を解約する話になってるんだ??

「いや、解約しませんよ!?なんでそんな話に、、、」
「君こそ、どうしてあの部屋に拘るんだい?」
「それは、駅近で安い物件だし、」
「ここの家の方が駅に近いし、家賃は0円だ」
「いや、そういうことじゃなくて、、、」
「教えてよ、何が気に入らないの?」

不意に、前に雲雀さんへ自宅の鍵を返そうとしたことを思い出す。
好きに使えばいい、とは言われたがやはり家主のいない家を使う気にはならない。
雲雀さんのいる時に一緒に過ごすのだから、自分は持ってなくても良いだろうと軽い気持ちからだった。

「あの、雲雀さん」
「なに?」
「やっぱり、これ返します」

雲雀さんの自宅のソファー座りながら映画を見ていたとき、少し、いや大分重たいキーケースを机の上に置く。

「どうして?」
「え、いや、雲雀さんがいない時にはお邪魔しませんから」
「僕が遅くなるときもあるよ」
「まぁ、そうかもしれないですけど、、、。やっぱり良いです、お返しします」
「何が気に入らないの?」

私の膝枕で寝転んでいた雲雀さんは起き上がると私の腕を緩く握ってくる。
パチリと雲雀さんと視線が合い、なんだか恥ずかしくなってしまう。

「気に入らないって、そう言うことじゃないですよ」
「じゃあどうしてだい?」
「雲雀さんがいない時には行かないですもん。それにこんなにたくさん持ち歩くのは大変です」
「僕が遅くなるときもあるよ」

あれ?さっきと同じことを言ってるな?
私の顔が面白かったのか雲雀さんは小さく吹き出した。

「君、本当に可愛い」
「え、あ、ありがとうございます?」
「うん、君は昔と変わらず可愛いね。ほら、鍵閉まっときな。忘れたら大変だよ」

雲雀さんは私の頭をわしゃわしゃと撫でられ、満足したのか私の膝の上に頭を戻す。
あれ?あれぇ?鍵を返すはずがまた戻ってきてしまったぞ?
一度区切りがついた話を蒸し返す気にならず、その日はそのまま二人で映画を見た。

そうだ、その時と似ているんだ。
気づいたら雲雀さんに腕を握られていた。

「ねぇ、教えてよ」

鍵を返すと言った時とは違い、少しだけ力が強い。
どうして私はあの自宅に拘っているのだろうか?
確かに駅には近いし家賃も安い、でも雲雀さんの家みたいには広くはない。

でも、それはきっと、

「雲雀さんがいないと、生きていけないみたいで嫌だからです」

そうだ、私はこの家を貰ってしまったら雲雀さんに依存しているみたいで、それは健全な恋人関係とは言えないからだ。
無理だと分かってはいるが、私は雲雀さんと対等な関係でいたい。
大袈裟に聞こえるだろうが、そのためには私自身が自分で生きていくための力をつけないといけない。

「それの何がいけないの?僕がいないと生きていけないなんて最高じゃない」
「違います、雲雀さんがよくても私が嫌なんです」

今までだったらすぐに頷いていただろう、雲雀さんの眉間には皺がよっていた。

「私は、雲雀さんがいなくても大丈夫なようにならないと、そうじゃないと雲雀さんと一緒にいれないんです」
「なにそれ、僕と別れたいってこと?」
「いたっ、ちょっと、雲雀さん痛いです!」

ぎゅうっと腕を掴まれる力が強くなり、思わず腕をひこうとするがびくともしない。

「可愛いね、この程度の力でも抵抗できないなんて。君は弱いままで良いんだよ、僕がずっと守ってあげる。僕がいないと生きていけなくなればいい」

その言葉を聞いた瞬間、頭に血が登ったのが分かった。

「馬鹿にしないでください!」

雲雀さんの手をはじき、なんとか脱出する。
弱いまま、守られていればいいなんて冗談じゃない。

「そんなことを言う雲雀さんて、好きじゃありません!嫌いです!嫌い!」

今日はもう帰りますとだけ告げ、端の方に置いておいた荷物を取りに雲雀さんの横を通る。
その瞬間、雲雀さんが私の腕を掴み、そのまま米俵のように担ぎ込まれた。

「おろして!おーろーせー!」
「うるさい」

そのままヅカヅカと運ばれ、ベッドの上に乱暴におとされる。

「いたっ、ちょ、もう少し優しく」
「黙って」

そのまま、押し潰されるように真正面からぎゅうぅっと抱き締められ、ぐえっと蛙が潰れるような声が出てしまう。
ジタバタと足と腕を動かすがびくともしない。

「はな、離して!離せ!嫌い!」
「やめて」
「雲雀さんなんて嫌い!嫌いです!」
「それやめて、お願い、お願いだから」
「、、、雲雀さん、泣いてるんですか?」

自分で言っててそれはないだろうと思った。
あの雲雀さんが泣くなんて、それこそ私が雲雀さんを泣かすなんて、逆はあってもそれはないだろう。
とりあえず、目の前にある雲雀さんの後頭部をよしよしと撫でてみる。
柔らかい雲雀さんの髪の毛からはいい匂いがふわりと薫った。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
不意に雲雀さんが何か喋ったのか耳元がくすぐったくなる。
なんですかと聞き返すと蚊の泣くような声が聞こえてきた。

「ごめん」
「何に対してですか」
「だって君、怒ってる」
「そりゃ、怒ってますよ」

手持ち無沙汰になってしまった私は雲雀さんの髪の毛をいじる。
うぅーん、さらさらだなぁ、、、。

「僕も」
「ん?なんですか?」
「僕も怒ってる」

そう言えばそうだ。
私が連絡に気づかなかったのがいけないのか。

「雲雀さん、連絡気づかなくてごめんなさい」

雲雀さんは黙ったまま、私はそのまま大人しく抱き締められている。
さっき嫌いなんて言ってしまったからまだ怒っているのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。

「山本武と食事に行くって聞いた」
「山本君?え、それいつの話ですか?」

雲雀さんから詳しく聞き、記憶の箱を引っ張り出す。
どうやら獄寺君と山本君の三人でお昼ご飯を食べに行ったときの話みたいだった。

「あぁ、あれのことですか?あんなの山本君の社交辞令に決まってるじゃないですか」
「山本武から、君と食事に行くって話を聞いて、君が溜まってるみたいだから発散させるって言っていた」

山本君、何て言うことを、、、。
いや、山本君に責任転嫁するのは違うかとため息をつく。

「溜まってるのかい?」
「そりゃ、生きてれば色々ストレスは溜まりますよ」
「僕には言えないこと?」
「うーん、、、違いますね、雲雀さんだから言いたくないんです。好きな人の前では格好つけたいんですよ」

そうだ、雲雀さんの前では格好つけたいし可愛らしい恋人でいたいだけなのだ。
ただそれだけだけなのだ。

「僕がいないと生きていけなくなるくらい依存してほしい。僕のことをもっと独占してほしい。僕が君のことを好きなのと同じように、僕のことを好きになってほしい」
「それだとまるで、雲雀さんは私がいないと生きていけないみたいじゃないですか」

そう言うと雲雀さんは黙ってしまった、あれ、図星だったのかな?

「雲雀さん、仲直りしたいです」
「うん」
「嫌いなんて言ってごめんなさい、私は雲雀さんのこと大好きです」
「僕も、君のことが大好きだよ。酷いこと言ってごめん」
「じゃあ、仲直りのキスでもしますか?」

フフッと茶化しながら笑い合い、私達は無事に仲直りをした。
雲雀さんって随分私のこと好きなんだなぁとニヤニヤしてしまったのは私だけの秘密だ。


おまけ
夜遅く、自室でイヤフォンをつけ、楽しそうに笑う雲雀の姿がそこにはあった。
彼が聞いているのはラジオニュースでも流行りの曲でもない。
イヤフォンを伝い聞こえてくるのは愛しい恋人の生活音だった。

あー今日も疲れたぁ、あのババア本当にムカつく、今度会ったらどついてやろうかしね

今日は~酔いたい日だから~お酒をのむのよ~
ご飯は~面倒だから~お菓子!

ピリリリリ!
ん、電話だ、誰々、、、あ、

「雲雀さん!お疲れ様です」
「お疲れ、ちゃんとご飯食べてる?お菓子はご飯じゃないからね」
「食べてますよぉ、ちゃんと自炊もしてますから!」
「そう、なら良いよ。今度は何時来る?」
「そうですねぇ、少しこっちで過ごしたいんで三日後に遊び行っても良いですか?」
「何時でもおいでって言ってるだろう。待ってるからね」
「はーい、分かりました!それじゃあそろそろ寝ますので、お休みなさい雲雀さん」
「うん、お休み」

ブツリと電話が切れ、愛しい恋人の生活音が聞こえてくる。
寝るとは言っていたがまだ寝ないのだろう。
テレビから聞こえてくるバラエティー番組には恋人の好きな俳優が出ており日付を跨ぐまで放送される。
音だけじゃなくて映像もほしいなと雲雀の欲は止まることを知らない。

誰しもが抱えている秘密、それはきっと知らない方が幸せなこともたくさんあるのだろう。
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