気になるあの子は恋敵!


恋敵とは、恋の競争相手、自分が恋する人に、同様に恋している人。

某サイトより参照、私は目の前の光景に思わず苦笑いを浮かべた。

私と雲雀さんがお付き合いをはじめ、最初の頃はおっかなびくびくしていたのだが最近はそんなこともなく。
わりと仲良く過ごしている、と勝手に私は思っていた。

学生同士のお付き合いということもあり、一緒に登下校したり学校が休みの日には見回りと称して一緒にお出かけしたりと、健全なお付き合いをしている。
雲雀さんからお付き合いの申し出をされた時には、何故私なんだ、どうしたら良いのだろうかと頭を抱えたが、雲雀さんの優しい一面や、あぁこの人私のことちゃんと好きなんだなという態度から、今は頭を抱えずのんびりとしたお付き合いをしていた、が。

「あら、貴女も来たの?」

鈴木アーデルハイトさん、彼女の存在が今の私の悩みだった。

「こ、こんにちは」

私は苦笑いを悟られないよう、口角を上げぎこちなく挨拶をする。
並中の応接室、彼女と、そして雲雀さんは向き合いながらお話しをしていたようだった。

「来て早々悪いけど、お茶いれてくれる?」
「はぁい、、、」

雲雀さんから頼まれ、私は給湯室へと向かう。
デイモンスペードとの戦いから雲雀さんは並盛外へ出かけることが多くなり、その間の相談でもしているのだろう。
そうですか、所詮私はお茶くみ要員ですかと、今までだったら気にならなかったことが気になってしまう。
二人分のお茶をいれ、お茶菓子でも出しましょうかね、どうせお茶くみ要員ですものとお菓子入れをがさごそと漁る。
あぁやだな、すごい卑屈で嫌味っぽい。
私は顔を両手でおさえ、聞こえないようにため息をついた。

「お茶ですよ~」

お盆に湯呑みと栗まんじゅうをのせ、二人の前へ
すっすっと置く。
栗まんじゅうは個装されているものだし、苦手だったらそのまま置いていくか残すだろう。
好みも分からず出してしまったことに少しだけ罪悪感を抱く。

「私の分も?」

流石にそこまで意地悪じゃないぞ。
私は良かったらどうぞと答える。

「ありがとう」
「いえ、お気になさらずに」

どうしようか、もうすることがない。
自分が腰をすえ話し合いに参加するイメージが全くわかなかった。
今日はもう帰ろう、給湯室にお盆を戻しに行き、鞄を掴む。

「あの、雲雀さん」
「なに?」

いつもと変わらないはずの雲雀さん。
でも、なんだか、怒られているような、お呼びじゃないと言われているような気がしてしまった。

「あっと、その、忙しそうなので今日は帰りますね?お疲れ様でしたっ」

そのまま応接室を流れるように出ていき、少しだけ駆け足で廊下を走る。
雲雀さんはなにか言いかけていたが聞こえなかったことにしてしまおう。

「ぬぁ、あぁぁぁぁ」
「なんだよ、変な声だして」

次の日の放課後、幼馴染みでもある沢田綱吉から話しかけられ、私は昨日の出来事を思い出し、また唸り声をあげてしまう。

「どうしたんだよ?今日は応接室に行かなくて良いのか?」
「行かない、、、」
「ヒバリさんに呼び出されてないのか?」
「呼び、出されてるけど、」

そう言うと幼馴染みは冷や汗をかきながら、それは不味いだろう、早く行けと私を急かす。

「行ったって、どうせお茶くみ要員だもん」
「お茶くみ?なに言ってるんだよ?」
「もう!私のことは良いから!それよりもツナヨシ君は終わったの?」
「やろうとしたらお前が変な声だすからだろ!」

いまだに真っ白なノートを指差し、私とツナヨシ君はぴぎゃぴぎゃと騒ぐ。
小テストで赤点をとってしまった幼馴染みは今日中に答えを出し直さなくてはいけなかった。
山本君は部活に、獄寺君はしとっぴちゃんからの追跡から逃れている最中だ。

「二人とも、そんなに騒いでどうしたの?」

ひょこひょこと教室に入ってきたのは炎真くんだった。

「コイツがヒバリさんに呼び出されてるのに行かないって言ってて」
「な、別に良いでしょ!ツナヨシ君には関係ない!」
「あるんだって!」
「ヒバリさんって、学ランの人だよね?風紀委員の」

私と幼馴染みは首を縦にふり頷く。
あ、そうだ、と私の頭の中にある電球がぴかりと光る。

「鈴木さんって、どういう人、なのかな?」
「鈴木さん?」

炎真くんは本当に分からないのか、きょとんとした顔をしていた。

「あの、ほら、アーデルハイトさん」
「あぁ、アーデルのことか」
「うん」
「どういう人って言うのは?」

え゛と思わず声を上げてしまう。
質問が抽象的すぎたかと頭を捻る。
幼馴染みは顔に疑問の色を浮かべていた。

「た、例えばだけど、」
「うん」
「す、好きな人とか、いるのかなぁって!」
「そういう話は本人に聞いたら?」

ひぇっと思わず声が出て立ち上がってしまった。
それもそうだろう、いつの間にか後ろに鈴木アーデルハイトさんが立っていたのだから。

「こ、こんにちは」
「こんにちは」

にこりとも笑みを浮かべずに挨拶を返す彼女はクールだ、クールすぎる。
あぁ雲雀さんもやっぱりこういう人の方が好きなのかなと心がちりちりとひりつく。

「アーデル、どうしたの?」
「伝言を頼まれたのよ」
「伝言?」

そう、と答える彼女はやっぱりクールだった。
鋭い眼孔で私を見つめ、たんたんと口を動かす。

「彼、今日は校外に出るから貴女に先に帰るようにって」
「そう、ですか」

わざわざ私じゃなくて彼女に言ったのか、別にどうでも良いが。
いや、それは嘘だ。本当は気になってしょうがなかった。

「貴女、この後予定ある?」
「ない、ですけど」

そして何故か、私は彼女と一緒に公園のベンチに座っていた。
お茶のペットボトル片手に、何故こんなことにと先程の出来事を思い出す。
幼馴染みはテストを教えてくれるんじゃないのかと騒いでいたが、炎真くんが代わりに教えてくれることになった。
僕もギリギリだったけど、分かる範囲で手伝うから、と。

「良い天気ですね」
「そうね」

沈黙、沈黙、沈黙、である。
やだもう、どうしたら良いのだろうかと公園をきょろきょろと視線だけで動かし、何か会話のきっかけはないかと焦る。

「私に聞きたいことがあるんでしょう?」
「え、あ、まぁ、、、」

あの瞳で見つめられるとどうにも萎縮してしまう。
お付き合いしたての雲雀さんをふと思い出し、ため息をつきたくなった、が、ぐっと堪える。
私が黙ったままだったからか、私から聞いても良いかしらと彼女は口を開く。

「どうして貴女は風紀委員に所属しているの?」
「え?」
「血生臭いのが好きな性格には見えないのにどうして?」
「それは、」

確かに、血生臭いのは好きではない。
どうして風紀委員に所属しているのか、私は雲雀さんから渡された風紀の文字の腕章を見る。
最初は雲雀さんに言われた、というよりも腕章を渡され、なかば無理矢理着けておけと言われたからだった。
雲雀さんに言われたから、でもこれはきっと彼女が納得する答えではないのだろう。

「私は、」

そこから先の言葉が思い付かず、口を閉じる。
彼女は私の腕章をゆるく指を引っかけ、私の顔をまっすぐ見つめ、はっきりと口を開く。

「貴女にこの腕章は似合わないわ」

なんでそんなことを言われなくちゃいけないんだと顔が熱くなる。
感情が先に動き、大きな声を出そうとした時だった。
ぽこんと頭に何かが当たり、私は衝撃により下を向いてしまう。
痛くはなかったが、なんだなんだと当たりを見渡すと、カラーボールが転がっていた。

「ごめんなさい!だいじょうぶですか?」

小学生低学年ぐらいの男の達が慌てて私達にかけより、頭をぐっと下げ謝罪をしてくれた。
あぁ、この子達の持ち物かと私はカラーボールを拾いに行く。
彼らと目線が合うように腰をおろし、ボールを手渡す。

「大丈夫ですよ、気をつけて遊んでくださいね」
「本当にごめんなさい、、、」
「平気平気、でも危ないからあっちの原っぱで遊んだ方が良いですよ」
「はいっ、ありがとうございましたっ」

彼らは先程と同じように頭を下げ、原っぱに向かって走っていった。

「優しいのね」

ふと彼女から声をかけられ、まのぬけた声を出してしまう。

「そんなことないですよ。謝ってくれましたし、痛くなかったから」
「そういう事じゃないわ」

鋭い眼孔で見つめられ、その場をやり過ごすためにへらりと笑ったらため息をつかれた。

「あの、鈴木さんは、」
「アーデル」
「え?」
「アーデルで良いわ」

ぷいと顔を横にそらされ、はぁだとかへぇだとかまぬけな声を出してしまう。

「アーデルさん」
「なに?」
「いや、あの、呼んでみただけです、、、」

名前を呼んだ瞬間、怒ったかのような不機嫌な顔を向けられ、私は誤魔化すかのようにへらへらと笑う。
そろそろ帰りましょうかと、沈黙に耐えきれずに私は別れの言葉を告げる。
途中まで一緒に帰り、やっと帰れるとアーデルさんの背中を見て安心しようとしたら。

「貴女、私に好きな人がいるか聞いてたわよね」

くるりとこちらを振り返り、アーデルさんの断言的な物言いに肩が跳ね上がる。
そうか、炎真くんとの会話を聞かれていたのかと心臓の鼓動が早くなる。

「え、あぁ、はい」
「好きな人はいないわ」
「あ、そうなんですか!」

なんだ、そうなのか!
胸を撫でおろし、ほっとした瞬間、

「ただ、気になってる子ならいるわ」

アーデルさんは、またねと帰っていった。
クールだ、クールすぎる。

布団の上で目を開けると、まだ日はうっすらとしか昇っていなかった。
はぁとそのまま横にごろごろと動いてしまうと完全に目が覚めてしまう。
気になってる人、気になってる人、気になってる人、、、。
やだなぁ、誰なんだろう、雲雀さんだったらどうしよう。
ごろごろ、ぐるぐる、ごろごろ、、、。
駄目だ、もう眠れるわけがない。
私はごそごそと布団から這い出て、ジャージに着替えることにした。

うっすらと日が出ているなか、たったかと並盛の町を走り、途中犬の散歩をしている女性や同じように走っているおじいちゃんと挨拶をかわす。
朝の新鮮な空気のなか、走るのもなかなか良いなと私の足取りは随分と軽快だった。
そのまま走り続けていると、ふと後ろの方から足音が聞こえた。
私よりも速そうな足音に、少しだけ横にずれるが、するりと追い越されることはなく段々と足音が近づいてくる。
なんだか薄気味悪く、私は先程よりも速く足を動かす。
後ろの人もスピードをあげたのが足音で分かり、私はいよいよ短距離走を走るがごとく足をふり腕をふる。
肩をぎゅっと掴まれ、大声を出そうとした瞬間、

「オレだよ!オレだって!」
「え?あ、山本くん!」

後ろに立っていたのは同じクラスの山本くんだった。

「驚かせちまって悪かったな」

アーデルさんとお喋りをした公園で、今度は山本くんとベンチに腰をおろし話をしていた。
山本くんからお詫びにお茶をご馳走するからと言われ、喉が渇いていた私はお言葉に甘えることにする。

「気にしないで。まぁ、ちょっと怖かったけど」
「名前呼んだの気づかなかったか?」
「気づかなかったデス、、、。ごめんなさい」

山本くんが言うには、私に気づき何度か名前を呼んだのだがそのまま走り去ろうとしていた、とのことだった。

「別に良いって、それよりどうしたんだ?こんな早くから」
「あ、その、ダイエット?的な?」
「ダイエット?」

山本くんは私のことを上から下に眺め、太ってないのにと言われ、本人を目の前にして太っているとは言えないだろうと苦笑いで言葉を返す。

「いやホントに太ってねぇって、それ以上痩せてどうするんだよ?」
「お腹周りとか結構ぷにぷにだよ?」

前に雲雀さんから、ぷにぷにしてて気持ちが良いねと言われたときのことを思い出す。
アーデルさんは細いし、キレイだもんなと思わずため息をついてしまう。

「なんかあったんだろ?」

山本くんに顔を覗き込まれ、吐き出してしまいたい気持ちと、言ったって困らせてしまうだろうと気持ちがせめぎ合う。

「べーつにっ、なんでもないよ」
「嘘つくな。誰にも言わねぇからさ」
「いや、ほんとになんでもないよ」
「オレってそんなに信用ねぇかな」

山本くんが寂しそうな顔で笑うものだから、私は少しずつ自分の気持ちをこぼしていく。
なにも言わず、時々頷きながら私の話をただ黙って聞いてくれる山本くん。

「それで、雲雀さんもアーデルさんと仲良しで、なんとなく一緒に居づらくて、」
「そっか」
「そりゃ、アーデルさんの方が綺麗だし、スタイルも良いし、私なんて敵わないけどさ」
「そうじゃねぇって」

今まで話を聞いてくれていたのに、急に否定されてしまい私は口をへの時に曲げる。

「まぁ、蓼食う虫も好き好きって言うもんね」
「そういう意味じゃねぇって」

山本くんから顔を反らし、少しだけ眉にしわを寄せると頬を突っつかれた。
いきなり頬を触られて、びっくりして思わず立ち上がると、悪い悪いと少しも悪そうとは思っていない顔で謝られた。

「ほっぺた膨らませてたから、なんか触りたくなっちまって、、、」
「ふ、膨らませてないよ!」

不機嫌になって頬を膨らませるなんてあまりにも幼稚すぎる。
山本くんも立ち上がり、頭をわしゃわしゃと撫でられた。

「ヒバリはお前のこと好きだって」

私が黙っていると、その顔は納得してないなと笑う山本くんの声が聞こえてくる。

「自信持てよ、な?」
「じしん」

そうそうと言う山本くんは私の頭を撫でたままだった。

「自信、かぁ、、、」
「おうっ」

自信、なんてものはこれっぽっちもなかった。
なんで雲雀さんは私と付き合っているのか、どうして私だったのか、気の迷いなのではないだろうか。
駄目だ、考え出したらキリがない。

「おーい!お前ら!何してるんだー!?」

大きな声が聞こえ、なんだなんだと私と山本くんが声の出所に視線を向ける。
見ると、公園の入り口に京子ちゃんのお兄さんが立っていた。
ぶんぶんと腕をふる姿に、私は犬が喜んで尻尾をふる姿を重ねてしまう。
私達の方に走ってくるお兄さんはトレーニング中なのだろう、ジャージ姿で首にタオルをまいていた。
私と山本くんが朝の挨拶をすると、お兄さんも元気良く挨拶を返してくれた。

「お前たちもトレーニングか?」
「俺はそうっすけど」
「あ、まぁ、私もそんなところです」

そうかそうかとお兄さんは嬉しそうだ。
トレーニングは大事だなと頷き笑みを浮かべていた。

「俺もトレーニングの最中だ!」

でしょうね、とは言えず言わず、そうですかとだけ返事をする。
お兄さんは私の顔を見ると、どうしたんだと少しだけ真面目な顔を向けられた。

「え、」
「浮かない顔をしてるな、何かあったのか?」

ずずいと顔を近づけてきたお兄さんに思わず腰を後ろにひく。
山本くんは私とお兄さんの間に緩く腕を置き、近いっすよと苦笑いを浮かべていた。

「おぉ、悪い悪い。それで、何かあったのか?」

お兄さんはすっと背筋を伸ばし、私も後ろにひいていた腰を元の位置に戻す。
どうしようかと私が悩んでいると、山本くんが代わりに答えてくれた。

「自信をつけるにはどうしたら良いのかって話をしてたんすよ」

自信と聞き返すお兄さんのイントネーションが若干ちぐはぐな気もしたが、私と山本くんは首を縦にふる。

「今のお前に足りないのは自信ではないっ」
「え?」
「今のお前に足りないのは」
「足りないのは、」
「筋肉だ!!」

私たちの声に、お兄さんは腕を組み大きく頷く。
そして熱く語り始めてきた。

「今のお前に足りないのは自信ではない!筋肉だ!筋肉をつけることが自信を持つことにも繋がるんだ!!」

山本くんは、まぁそうっすねと若干疑問系な答えだったが、私は目から鱗だった。

「た、確かに、、、!」
「え?」
「体を鍛えれば痩せますし、力もつきますよね!?」
「そうだ!筋肉は偉大だ!!」
「お、おぉ、、、!」
「よし!俺が直々に鍛えてやる!」
「良いんですか!?」

え、という山本くんの声が聞こえたが、私とお兄さんは止まらなかった。
肩をがしりと抱かれ、大分日の出てきた空に向かって指を伸ばすお兄さん。

「一緒にボクシングの星を目指そうではないか!」
「はい!よろしくお願いします!星見えてませんけど!」
「ちょ、ちょっと待てって!」
「どうした?山本」

私とお兄さんが顔だけ山本くんに向ける。
山本くんは苦笑いを浮かべ、頬をかいていた。

「いや、ヒバリが知ったら怒るんじゃねぇのか?」

あ、確かにと私とお兄さんは顔を見合わせる。
誰よりも群れることを嫌う雲雀さんの耳に入ったら咬み殺されてしまうかもしれない。
別に、雲雀さんは関係ないと私が言うと二人は少しだけ驚いた顔をした。

「雲雀さんも、アーデルさんと仲良くしてるし、、、」

山本くんは何か言いたそうに口を開くが、お兄さんに遮られてしまう。
肩をばしっと掴まれ、分かったと大きな声で顔を近づけてきた。

「ヒバリには秘密にしておこう!秘密のトレーニングだな!」
「お兄さん、」
「何か悩んでいるんだろう?そういう時は体を動かすに限る!」
「はい!」

とは言ったものの、雲雀さんに見つかったから怒られるかなと少しだけ気が重たくはなった。
お兄さんは秘密でと言ってくれたものの、時間も限られてしまう。
どうしようかなと悶々と考えながら迎えた放課後。
教室の入り口がざわざわと騒がしく、なんだろうと視線を向けると風紀副委員長の草壁さんが立っていた。
名前を呼ばれ、慌てて駆け寄り廊下へと出る。

「委員長からの伝言だ」
「雲雀さんから?」

草壁さんは眉間にしわを寄せ、それはもう困ったなぁと言う顔で話し始めた。

「用事があって放課後は会えない、とのことだ」
「あ、そうなんですか、分かりました」
「あぁ、1ヶ月程で方はつくと思うが、、、」
「1ヶ月?」

これまた随分と長い。
外回りですかと私が聞くと、草壁さんは腕を組み、外回りのような、そうではないようなと天を仰ぎながら歯切れ悪く答える。

「放課後は1ヶ月ぐらい学校にいないと言うことですか?」
「まぁ、そうだ」

好都合だと心の中で笑みを浮かべた。

「そうですか、分かりました!」
「え?」
「私なら大丈夫ですよ、雲雀さんによろしく伝えといてください」

草壁さんは不思議そうな顔で私のことを見つめ、やけに嬉しそうだなと口を開く。
まずいまずい、ここでバレてしまうわけにはいかない。

「そんなことないですよっ、風紀委員のお仕事だったらしょうがないですから、、、」

しおらしい態度で伝える私に草壁さんは納得してくれた。
幼馴染みや炎真くんから、どうしたんだと聞かれるが今の私はそれどころではない。
何でもないと答え、そのまま足早に教室から飛び出していく。
向かった先はボクシング部だった。
入り口の扉を勢いよく開くと、お兄さんが驚いた目で私のことを見ている。

「おぉ、どうしたんだ?」
「あ、あの、それが雲雀さん、今日から1ヶ月ぐらい放課後いないみたいで!」

お兄さんも私の言いたいことが分かったのか、ぱっと笑顔がはじける。
他のボクシング部の人も集まり、あぁこの子が部長の言ってた、頑張ろうね、よろしくねと歓迎してくれた。

「笹川センパイ、女の子用のメニュー作ったんですか?」
「モチロンだ!」

お兄さんがぴらりと1枚の紙を取り出し、私が受け取ろうとした瞬間、紙がひょいと上に動く。
肩に少しだけ重みを感じたかと思ったら、山本くんが私の肩を肘置きにし、トレーニングメニューを見ているところだった。

「ちょ、山本くん!重いってば!」
「ん?悪い悪い」

少しも悪いとは思っていない顔で言われたものだから、思わず眉間にしわを寄せてしまう。

「なにしにきたの?部活は?」
「そんな邪険にすんなって、先輩が無茶なメニュー作ってないか心配で見にきたんだから」
「そ、そっか、ありがとう」

素直にお礼を伝えると、山本くんはメニューをふんふんと頷きながら見始めた。

「良いメニューだな、ちゃんと考えられてる」
「当たり前だろう!体が出来上がっていないのに無茶などさせられるか!」

わざわざ考えてくれたのかと、申し訳ない気持ちになってしまう。
申し訳ないと思うぐらいなら、最初から断っておけば良いのに。
私は自分の図々しさに、お腹が重たくなるような気がした。

「コラァ!そんな顔するな!」
「ひぇ、」

お兄さんから大きな声で言われ、思わず体が硬直する。
そんな私の様子を見たお兄さんはニカッと人懐っこい笑みを浮かべた。

「ほら!着替えてこい!早速ウォーミングアップから始めるぞ!」
「は、はい!」

ボクシング部の先輩に、更衣室はあっちだよと教えてもらい、私は体操服を抱えたまま走る。
急げ急げと慌てて着替えると、山本くんは部活に戻ったのかいなくなっていた。

「よろしくお願いします!」
「うむ!良い挨拶だ!こっちの方こそ、よろしく頼む!」

その日から、私とお兄さんの秘密のトレーニングが始まった。

柔軟体操から始まり、ジョギングや縄跳びの有酸素運動、家でもできる筋トレの方法を教えてもらい、最後はストレッチで締める。
トレーニングメニューを終えた頃には疲労困憊、体は疲れていたものの嫌な疲れではなかった。

「よし、初日はここまで!よく最後までついてきたな!」
「が、頑張りましたぁ、、、」

自分の体力のなさに落ち込みながらも、また明日頑張ろうと思えるのは心地が良いなと学校をあとにする。

その日の夜は久しぶりにぐっすりと眠るのことができた。
そして必然的に朝の目覚めもよくなり、私は自主的にジョギングを始めることにした。
この間走った時とは違い、なんだか体が軽く感じる。
トレーニングは1日しかしていないのに、とんだプラシーボ効果だなと私は苦笑いを浮かべながら並盛の町を走った。

「つ、疲れた、、、」

調子に乗りすぎたと反省しながら朝のホームルームの時間を待つ。
誰もいないのを良いことに、机の上でだらしなく腕を伸ばしていると京子ちゃんと花ちゃんが教室へ入ってきた。
随分早いなと体を起こし手を振ると、京子ちゃんは心配そうな顔で私の席へと近づいてくる。
その横にいる花ちゃんは少しだけ呆れた顔をしていた。

「おはよう、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!ちょっと走りすぎちゃって、、、」
「お兄ちゃんに変なこと言われてない?嫌だったら正直に言ってもらって大丈夫だからね!」
「京子から聞いたわよ、トレーニングに付き合ってるんだって?」

私は慌てて腕を横にふり、違う違うと訂正する。
トレーニングに付き合ってもらってるのは自分の方だと伝えると、二人は何でまたと不思議そうな顔をしていた。
幸い教室には私達しかいない。
山本くんへ話した内容を二人にも伝えることにした。

「そんなことがあったんだ、、、」
「心配しすぎじゃない?ヒバリはあんたにゾッコンじゃない」

花ちゃんから考えすぎよと頭を撫でられる。
そうじゃないかもと言葉を漏らすと、二人は顔を見合わせた。

「雲雀さんが、というよりも、私が雲雀さんの横に立っても恥ずかしくないように、したいのかも」
「恥ずかしくないようにって」

花ちゃんが何か言いたそうに口を動かすが、京子ちゃんは緩く首を横にふる。

「無理はしないでね、私達は応援することしかできないけど、、、」

京子ちゃんは私の手をとり、きゅっと優しく握られたかと思ったら、花のような笑顔を向けられた。
ありがとうとお礼を伝えると、花ちゃんからは背中を力強く叩かれる。

「あ、あと、雲雀さんには内緒でトレーニングしてるんだ。だから、その、ね?」
「だからお兄ちゃん、私に言った後に秘密にしてって慌ててたんだ」
「秘密なのに京子に言っちゃったの?」

お兄さんらしいと言えばらしい、私達は顔を見合わせて少しだけ笑った。

私とお兄さんの秘密のトレーニングは粛々と進み、ボクシング部の人とも大分打ち解けることができた。
たまに他の人にもトレーニング中の姿は見られたが、そもそも雲雀さんや風紀委員に話しかける人は少ないのだから問題はなかった。
自身のメニューをこなすためにお兄さんとは途中で解散し、私は熱さを逃がすために校庭の水飲み場の蛇口を捻る。
冷たい水を頭から流す音に紛れて、校庭からは部活動に勤しむ生徒の声が聞こえてきた。
置いてあったはずの場所に手を伸ばすとタオルが見つかない。
どこ置いたっけと薄く目を開くと、視界いっぱいにタオルが入ってきてそのまま頭をごしごしとふかれる。

「ちょ、ちょっと!だれ、」

慌ててタオルをめくると思った通り、笑った顔の山本くんがいた。

「びっくりしたか?風邪ひくぞ~」
「びっくりした、というか!自分でふけるってば!」

タオルの下の方を掴み、そのまま乱暴に髪の毛の水滴をしみこませる。
ほら差し入れと飲み物を手渡され、山本くんも水飲み場で頭を濡らし始めた。

「どうなんだよ」
「どうって、何が?」

一通り髪の毛を濡らし、山本くんは蛇口を締めると私の方を見る。
風邪ひくよと先程の山本くんを真似して私が言うと、ふいてくれるのかと腰をかがめてきた。
そんなわけないだろうと私は眉と口をまげる。

「トレーニング、上手くいってるのか?」
「うん!お兄さんも付き合ってくれてるし、筋肉がついた気がする!」
「そっかそっか」

トレーニングを始めて3週間しか経っていないが、心なしか二の腕の筋肉がかたくなった気はしていたし、お腹周りの肉も減った気がしていた。

「自信はついたか?」
「そっちは、もう少し、」

まぁ無理はするなと山本くんに言われ、私達もそれぞれのトレーニングへと戻っていった。

私と雲雀さんが久しぶりに会ったのは、そんな話をした翌日の土曜日のことだった。
学校は休みのため、雲雀さんの家へお邪魔することになった。

「どうしたの?」
「え、何がですか?」
「緊張してる?」

確かに、久しぶりの雲雀さんの姿に私はいつもより緊張していた。
私のことを後ろから抱き締めながら映画を見ていて、雲雀さんはつらつらと感想を述べていたが私はそれどころではない。
まっすぐと見つめてくる目から逃げるかのように、視線を下に向ける。

「き、緊張、してます、、、」

嘘を言ってもしょうがないだろうと素直に白状した。
雲雀さんは不機嫌そうな顔で、どうしてだと尋ねてくる。

「久しぶりだから、どこを見たら良いのか分からなくて、、、」
「なにそれ」

それもそうだ、映画を見ていろと言う話だろう。
映画に集中しますと私はテレビ画面へと視線を戻す。

「ひゃ、ちょ、くすぐったい」

不意に首周りがくすぐったくなったかと思ったら、雲雀さんがぐりぐりと頭をおしつけていた。

「え、雲雀さん?映画見ないんですか?」
「見てるよ」
「わ、どこ触って、」

ごそごそとお腹周りを触る雲雀さんの手が止まり、確認するかのように何度が同じ場所をぐるぐると触られる。

「あの、雲雀さん?」
「痩せた?」

そっか、雲雀さんは私の体をよく触っているもんなと、思わぬ誤解を招くようなことを考える。

「ダイエット、みたいなことをしてまして、」
「ダイエット?君が?」
「これでも頑張ってるんですよ?」

少しだけ意地悪な雲雀さんの言い方に、私は顔をそらす。
雲雀さんは相変わらず、私のことを後ろから抱き締めたままだった。

「する必要ないだろう」
「ぷにぷにしてるって言ったのは雲雀さんじゃないですか」
「気持ちが良いって意味でだよ」
「あ、ちょ、そこ、そこは、」

思わず体を丸めるが雲雀さんの手はゆるまない。
もうだめだ、堪えきれない。
私はお腹の底から笑い声をあげた。

「あっ、はっ、はぁ~!むり!ギブ!ギブアップです!雲雀さん!」

腰周りをくすぐる力が悔しくもちょうど良い塩梅で、私はなんとか雲雀さんの腕の中から脱出しようと体をひねる。

「雲雀さん!やだ、やだぁ!も、むり!ひ、あぁ~!ひゃ、あはっ、はははっ!!おこる、怒りますよ!もう!」

私が本当に怒りそうなのが分かったのか、雲雀さんはぴたりとくすぐるのをやめてくれた。
やめてくれた代わりに、雲雀さんは私のことをぎゅうぎゅうと真正面から抱き締める。
どうしたんだろうかと顔を覗きこむと、視線がぱちりと交わり、恥ずかしさから慌てて顔をそらす。

「顔見せて」

雲雀さんは私の頬を優しく両手で挟んだかと思ったら、少しだけ乱暴に顔を持ち上げられる。
どうしたら良いんだと目を一文字に閉じると、雲雀さんからは笑われてしまった。

「病院に連れてこられた犬みたい」
「へ?」

わしわしと頬を、それこそ犬を撫でるみたいに触られたものだから少しだけ顔をしかめる。
犬かぁと、確かに可愛いけど少し違うような気もしてしまう。
そういえばと口を開き、雲雀さんの横へ逃げるかのように座り直す。

「放課後も忙しいみたいで、なにしてるんですか?」
「別に。大したことじゃないよ」

そう言った雲雀さんの横顔はむすっとしていて、なんだか怒っているように見えた。
聞いてはいけなかったのか、そうでしたかとだけ返事をしておくことにしよう。
不意に雲雀さんは私の顔をじっと見つめ、というか睨んでいた。

「なんですか?」
「好き?」
「なにがですか?」

私が聞き返すと頬をくすぐられ、思わず体がはねる。
ため息にも似た声を吐き出したかと思ったら鈍いと怒られてしまった。

「僕のこと」
「え、あ、そっちですか!」

てっきり今流れている映画のことや、用意してもらった飲み物やおかしのことかと思い、まのぬけた声を出してしまう。

「相変わらず鈍いね」
「だ、主語がないと分からないですよ!」

この流れだったら分かるだろうと頬をつままれる。
横に伸ばされ、いつも主語がないと不機嫌な顔で言うのは雲雀さんの方なのにと口をへの時に曲げた。

「僕のこと好き?」

今度はちゃんと主語をいれたと私が感心していたら、そのまま押し倒されていた。
私の上で早く答えろと言う雲雀さんに、やっぱり傍若無人な人だなと苦笑いを浮かべてしまう。

「好き、じゃなかったら、一緒にいませんよ」 
「顔真っ赤」
「な、しょうがないじゃないですか!降りてくださいよ!」
「やだ」

私の体に覆い被さりながら、ぎゅうぎゅうと抱き締められた。
私も雲雀さんの背中へ腕をまわし、優しくぽんぽんと叩く。 
雲雀さんがぽそぽそと私の耳元で喋る声が聞こえたものの、よく聞き取れなくてもう一度聞き返す。

面倒なことはあと少しで終わるから、そう言った雲雀さんの声は私にじゃなくて自分自身に言っているようにも聞こえた。

私とお兄さんのトレーニングが始まってから、24日がたった。今日は25日目ということになる。
いつもよりやけに騒がしいなと思いながらも、ボクシング部の部室へと向かう。
部室の周りには円でかこむかのような人集りができており、どうしたどうしたと顔を覗かせる。
人集りの理由は一つしかなかった。
ロープで囲まれた四角い場所、リングの上で雲雀さんとアーデルさんが睨みあっていたからだった。
お互いの手には、ご丁寧にグローブも装着されている。

「え、雲雀さんにアーデルさん!なにしてるんですか!」

二人とも私に気づいたのか、良いところに来たと名前を呼ばれリングの上へと引っ張りあげられた。
どういうことだと、意味も分からず周りをきょろきょろと見渡す。
先に口を開いたのはアーデルさんからだった。

「私が彼に勝ったら、貴女には粛正委員会に入ってもらうわ」
「え!?」

ぐいと肩を引き寄せられ、まっすぐに見つめてくる瞳に思わず背筋が伸びてしまう。

「私が粛正委員会に入って、アーデルさんが風紀委員会に入るってことですか?」
「なに言ってるの?」

どういうことだ、アーデルさんは雲雀さんのことが気になっているのではないかと頭に疑問符が踊る。

「あんな男のところに置いておきたくないのよ。貴女に血生臭い場所は似合わないわ」
「え?」
「随分勝手なことを言ってくれるね」

雲雀さんが私の右腕を掴むとアーデルさんからは左腕を掴まれた。
お互い力はいれてないから痛くはないものの、状況がよく分からず困惑してしまう。

「僕は彼女に血生臭いことなんてさせていないよ」
「どうかしら」
「ちょ、ちょっと、意味が分からないと言うか、どういうこと、」

私を遮るかのように、アーデルさんは雲雀さんへと言葉を続ける。

「大体、長い付き合いなのに未だに名前で呼ばれていないのね」
「今そのことは関係ないだろう」
「ちょ、いた、痛い!痛いですって!」

雲雀さんもアーデルさんも私の腕をお互い引っ張りながら会話を続け、私は思わず顔をしかめてしまう。

「痛がってる、離しなよ」
「貴方が離したらどうかしら?」

ばちばちと見えない火花が飛び散り、こんな話を見たことがあるなと記憶を辿る。
あの話では手を離した方が母親として認められるんだっけと考えるものの、二人は一向に手を離さず、むしろ力は強くなるばかりだった。
グローブをつけていると言うのに、器用だなとどこか他人事のように考える。

「二人とも、痛いですって!いたい!」

誰か助けてくれとリングを見渡すものの、他のボクシング部の人もこの状況に困惑していた。
この絶望的な状況を救える人は一人しかいない。

「コラァ!なにしてる!お前ら!」
「お兄さん!」

お兄さんは人混みを掻き分け、リングの上へと登ると雲雀さんとアーデルさんを私から引き離してくれた。

「痛がっているではないか!神聖なリングの上で喧嘩など許さん!」

雲雀さんとアーデルさんの喧嘩じゃないと言う声が重なる。
私とお兄さんが不思議そうな顔をすると、俺が説明しようと言う声が聞こえてきた。

「草壁さん!加藤さんも!」

リングの下にいたのは草壁さんと加藤ジュリーさんだった。
私は慌てて二人へ駆け寄ると、ジュリーで良いってと苦笑いを浮かべられた。

「どういうことなんですか?」
「委員長達は、お前がどちらの委員会に所属するのか勝負をしていたんだ」
「勝負?」

殴り合いの喧嘩じゃないかと私が眉を寄せると、ジェリーさんから一枚の紙を手渡される。

「そ!それが勝負の内容な」

紙には二人の名前、そして100メートル走や10キロマラソン、ボーリングやら二人麻雀(十七歩)とやら書かれていた。
まるとばつの数を数えると、どうやら現状は12勝12敗の引き分けのようだった。
最後の空いている欄にはボクシングと書いてある。
二人の会瀬に少しだけ心がざわざわとした。
そんな私にジェリーさんと草壁さんは眉をひそめる。

「あのな、そんな穏やかで楽しいモンじゃねぇから」
「そうだ。負けた方は納得がいかないと、最終的には肉弾戦みたいなことになっていたしな、、、」

二人は遠い目をしながら勝負のことを思い出しているようだった。
その顔は疲労により少しだけげっそりとしている。
大変でしたねと私が二人を労うと少しだけ嬉しそうな顔をされた。

「12勝12敗、今日で決着がつく予定なんだ」
「はぁ、そうですかぁ、、、」

そうですかじゃないだろうと、いつの間にか私の後ろに立っていた雲雀さんとアーデルさんは私のことを見下ろしながら睨んでいる。
おまえのせいだろうと言われている気もしたが、私のせいではないはずだ。

「待たんか!お前ら!」

雲雀さんとアーデルさんの間に体を挟み、お兄さんは大きな声で話し始める。

「コイツの知らぬところで、そんな話をするなんて言語道断!」
「お兄さん、、、」

助け船を出してくれたお兄さんに感動していると、次に放たれた言葉に思わず目を大きく開いてしまう。

「そんな奴らにコイツは預けておれん!俺が引き受けよう!」
「え、えぇ!?」

私だけじゃない、雲雀さんもアーデルさんもびっくりしていた。
お兄さんはそんな私達のことは気にせず、私の肩をがしっと力強く掴む。

「安心しろ!お前を立派に育て上げてみせる!」
「育て、育て上げる?」
「おう!一緒にボクシングの星を目指すと約束したではないか!!」

そう言ったお兄さんの目はきらきらと燃えていた。
そう言えばそんな話をしたなと斜め上を見つめながら思い出す。

「ちょっと待ちなよ、なに勝手なこと言ってるの?」
「そうよ。急に出てきて迷惑だわ」

雲雀さんとアーデルさんがお兄さんを睨むが、お兄さんには通用しなかった。

「現にコイツは俺と共にトレーニングを実施している!」
「あ、」

トレーニングと二人の声が重なり、視線が私へと移る。
秘密のトレーニングと言ったのはお兄さんなのにと私は視線を動かすが、お兄さんは全くなにも気づいていない顔をしていた。

三人がああでもないこうでもないと騒いでるのをよそに、私はのそのそとリングからおりる。
草壁さんもジェリーさんも黙ったままだった。
私は二人に小さく頭を下げ、人混みを掻き分けボクシング部の扉に手をかけようとした、その時だった。

「待ちなよ」

油が足りない機械のように首を曲げる。
雲雀さん、アーデルさん、お兄さんは腕を組みながら私のことを見ていた。

「なに逃げようとしているの?」
「逃げようなんてそんなそんな、、、」

乾いた笑い声が喉から出て、私は三人に見えないように扉の取っ手を持つ。
取っ手を掴みじりじりと後ろへと下がり、そして、

「今日は帰ります!お疲れさまでしたっ!!」

後ろを振り返らずに走り出す。
大丈夫だろうなと横目に後ろを振り返ると、三人が私のことを追いかけてきていた。

「ひぇ、勘弁してくださぁい!」

三人のうち約二名、鬼の形相で追いかけてきている。もちろん雲雀さんとアーデルさんだ。

場所は変わり、沢田綱吉と古里炎真は河原の土手に座っていた。
せせらぎの音をBGMに談笑をしているようだ。

「大丈夫かなぁ」
「大丈夫ってなにが?」

古里炎真の心配をよそに、沢田綱吉はのんびりと聞き返す。
沢田綱吉はそこで初めて、鈴木アーデルハイトと雲雀恭弥の勝負のことを知ったのだった。

「あの二人、似てるよね」
「確かに、二人とも風紀委員と粛正委員だし」

沢田綱吉は二人が出会った時のことを思い出し苦笑いを浮かべる。
それもそうだけどと、古里炎真は土手に咲いている花を触った。
花びらが散らないように、茎がおれないように、優しく触れる。

「二人とも可愛いものが好きなとこ、とか」
「かわいいもの?」

沢田綱吉の声に古里炎真は頷く。
小さな声で大丈夫かなと呟いた。

「ひぃ、ちょ、もう追っかけないでくださいよぉ!」
「止まりなさい!」
「待たんか!」
「逃げられると思ってるの?」
「ちょ、学校!学校の中だから!武器は、武器はしまってくださいよぉ!」

なんでこんなことに、私は自分の行いを振り返りながら必死に、腕と足を動かし校庭内を走りまわった。
ここで逃げられたとしても明日からどうなってしまうのか。
背中に嫌な汗はかいたが、今はひとまず三人を振りきることだけ考えることにしよう。

おまけ
「そう言えば、どうだったの?」
「なにが?」

少しだけ長い黒髪を揺らした男は自分の対面にいる男をみる。
白い髪をふわりと揺らしながら会話を切り出した男の表情は何時ものごとく、なにを考えているのか全くといって良い程分からなかった。
話しかけられた男は自分の手元にある麻雀牌を指で擦り、悪くない手だと心の中で笑みを浮かべる。

「この間来た中学生だよ、どっちが勝ったの?」
「あぁ、そのことか」

寂れた雀荘に突如現れた四人組、そのうちの二人は疲労困憊、早く解放してくれというような顔をしていた。
てっきり四人で打つのかと思ったら、二人だけで打ちたいと言われ、困った顔の店主に助け船を出したのは黒髪の男だった。

「二人麻雀だっけ?」
「十七歩な」
「それで?どっちが勝ったの?」
「男の方だよ」

黒髪の男はその時のことを思い出し苦笑いを浮かべる。
麻雀は初めてと言っていたが、あんな打ち方をする男は見たことがない。
いや一人いた。
目の前にいる白髪の男は視線に気づいたのか、少しだけ顔を上げる。

「なに?」
「なんでもねーよ」

黒髪の男は牌を掴む。
タンと心地良い音が響き、白髪の男は河に出た牌を見つめ、広角を上げた。

「ロン」 

頭を抱えしょぼくれている黒髪の男を、白髪の男は喉をならしながら見つめている。
それもそうだろう。
黒髪の男は上手くいけば満貫、逆転できるはずだった点数に対して白髪の男の勝ち取った点数は2000点しかない。

「俺も会ってみてぇな」

窓の外を見ながら呟いた白髪の男の独り言は、黒髪の男の嘆き声に紛れて消えていった。
1/1ページ
    スキ