私と雲雀さんの約三十日闘争


己の欲せざる所は人に施すこと勿れ
自分のしてもらいたくないことは、人もまた、してほしくないのだから、押しつけてはいけない

某サイトより参照、全くもってその通りだと思う。
とある日の放課後、暑くもなく寒くもなく、時折吹く風は心地良い、そんな日に事件は起きた。
事件というと大袈裟かもしれないが、私にとっては大事件、もとい大事故だった。
教室で国語の教科書とノートを開き、うーんうーんと唸っているのは、私と私の幼馴染みでもある沢田綱吉と山本君の三人だ。

「漢文ってさ」

私の言葉に二人が顔を上げるが、私は視線をノートに向けたままだった。

「意味がわからないよね。どうして上に行ったり下に行ったりするんだろうね?」

そうだなぁと山本君は頷き同意してくれたが、幼馴染みはそういうものだからと随分と冷たい。

「お前、国語得意じゃなかった?」

そう言う幼馴染みの声は少しだけぶっきらぼうだったが、付き合いが長いものだから全く気にならず消しゴムで間違えた答えを消していく。

「得意なのは漢字とか文章問題だもん。漢文はよくわかんないよ」
「せっかく教えてもらおうと思ったのに、、、」
「まぁまぁ、三人もいればナントカって言うし、このまま終わらせちまおうぜ」

山本君は歯を見せながら笑みを浮かべる。
おそらく三人寄れば文殊の知恵と言いたかったのだろう。
大人しく私達は教科書とノートに視線を戻す。
五分もたたずに声をかけてきたのは幼馴染みからだった。

「ヒバリさんに呼ばれてたんじゃないのかよ?」

私はシャーペンから手を離さずに、あぁそうだねと返事をする。
行かなくて良いのかと幼馴染みから聞かれ、あぁそうだねと先程と同じように返事をすると幼馴染みは声高く私を難詰してきた。

「ヒバリさんに呼び出されてるなら早く行けよ!」
「大丈夫だって、雲雀さんも宿題なら分かってくれるだろうし」
「俺達と一緒に群れてるのが知られたら、、、」
「その時はツナヨシ君を差し出すから大丈夫だよ」
「な、お前なぁ!」
「うるせーぞ、ダメツナ」

その瞬間、幼馴染みの後頭部になにかがクリティカルヒットし、ノートに顔を擦り付けるかのように倒れる。

「ボスとしてファミリーをまとめるのも大切な仕事だぞ」
「リボーン!」
「リボーン君!元気にしてた?」

山本君も片手を上げ笑顔で挨拶をする。
彼のトレードマークでもある黒いボルサリーノの帽子は相変わらず手入れが行き届いておりピカピカだった。

「ちゃおっス、そういうお前も元気にしてたか?」
「元気、って言っても昨日商店街で会ったじゃない」
「お前が先に聞いてきたんだぞ」

リボーン君は背筋をピンと伸ばし、机の上に立っていた。
後頭部を擦り、若干目に涙をためながら体を起こした幼馴染みはリボーン君に対して声をかける。

「なんで学校にいるんだよ!来るなって言ってるだろう!」
「うっせーぞ、今日は見せたいものがあったからな」

見せたいもの、私と山本君は見事に声が重なり顔を見合わせる。
リボーン君はニヤリと笑い、頷く。

「10代目!お久しぶりです!」

聞いたことのある声が響き、私達三人はきょろきょろと教室内を見渡すが姿は見えず。

「ここですよ!ここ!」

先程より少しだけ大きい声が聞こえるものの姿は見えず。

「こっちです!こっち!」
「ひぎゃああ!!」

その瞬間、幼馴染みは丸い大きな機械の下敷きになり叫び声を上げていたが、そんなことは気にしないと言うかのように、しゃっと透明ガラスが開く。

「ジャンニーニさん!なんでここに!」
「お久しぶりです!皆様!」

中にいたのは武器チューナーのジャンニーニさんだった。
ジャンニーニさんは丸い顔を綻ばせながら、私と山本君に挨拶をしてくる。

「あの代理戦争以降、新しい発明品の製作に着手しておりまして、、、。今日はその試作品のお披露目で参りました!」
「お、それは楽しみだな」
「製作って、また改悪しただけなんじゃ、、、」

私は獄寺君が大変な目に遭っていたときのことを思いだし、苦笑いをしてしまう。

「あと、その機械に乗ってるのも久しぶりに見ましたよ。どういう心境で?」
「これは初心を忘れないため、久しぶりに起動させたんです。上手く動いて良かったですよ」

ほっほっほっと頬の肉を少しだけ揺らしながらジャンニーニさんは笑みを浮かべていた。

「いつまでのってんの!?」
「あ、これは失礼」
「ふんぎゃ!!」

幼馴染みは抗議の声を上げるも、ジャンニーニさんが礼儀正しく頭、もとい機械を動かしたせいで更に呻き声をもらす。
リボーン君から、もしよかったら見ていって欲しいと言われた私と山本君は顔を縦に動かした。

「ちょ、お前はヒバリさんに呼び出されてるんだから、早く応接室行かないと不味いって!」
「酷いですよツナヨシ君、除け者にするなんて」

私が口を尖らせると、時間はそんなにかからないから、是非見ていって欲しいとジャンニーニさんからはお声がかかる。
雲雀さんとは時間の約束をしたわけではないから、お披露目が終わったらすぐ向かえば特に問題はないだろう。
大体、何故毎回呼び出されるのか、いまいち理由も分からなかった。

私達三人はお行儀よく椅子の上に座り、リボーン君は山本君の肩の上に立ち、ジャンニーニさんの発明品を見せてもらう。
おぉ、これはなかなか、という品もあれば、いや、ちょっとこれは、と言う品もあった。

「最後はこちらです!」

てってれーと効果音を思わずつけたくなるが、ぐっと堪える。
ジャンニーニさんは私達がよく見慣れた、薄紫色のバズーカを取り出す。

「それって、十年後バズーカだよな?」

ツナヨシ君がジャンニーニさんに確認し、私と山本君の顔を見る。
私達の目から見ても、確かに十年後バズーカで間違いないことを頷き伝えると、ジャンニーニさんはちっちっちっと人差し指を横にふった。

「これは十年後バズーカではありません。百聞は一見に如かず、えい!!」

じゃきりと音を鳴らし、銃口を私へ向けるジャンニーニさん。
あれ、私に、と思うものの時既に遅し。
ジャンニーニさんは引き金に指をかけていた。
思わず両腕で頭をガードするが、既に弾は発射された後だった。
薄く目を開くと、弾から何かが弾き出され眩しされたが我慢できずに目をぎゅっと閉じる。

「ジャンニーニ!何してるんだよ!」
「おい!大丈夫か!」

幼馴染みと山本君の声が聞こえ、目を開ける。
もくもくとピンク色の煙で周りが全く見えず、大丈夫だと声を出すものの、いつもより若干声が高く聞こえてきた。
煙が薄くなり、まず気づいたのは自分の目の高さだ。
先程は教壇や黒板が見えていたのに今は見えない。
いや、見えないというよりかは上の方にある、が正しい。
そして、幼馴染みと山本君がいつもより大きい。
人間的に成長した、という訳ではなく、物理的に大きいという意味だった。
リボーン君は面白いなと笑みを浮かべる。

「な、これって」

幼馴染みの顔はひきつっており、私も自分のクリームパンのような手を見て、頬に手を当ててみる。
いつもより大分お肉のついた頬はぷにぷにという擬音がよく似合っており、そして自分の短い足、そしてやけに身近に感じるリボーン君、これだけで充分だった。

「小さくなってるー!!」
「すげぇな、これ」

山本君は私の二の腕をぷにぷにと握り、おぉ柔らかいと感心していた。
リボーン君は山本君の肩から降り、私の手をもみもみと触っていた。
ジャンニーニさんは目を細め、にこっと嬉しそうに笑う。

「はい、十年後バズーカを改造した時のことを思い出し作り直したんです。成功ですね」
「いや、前に作ったモノなんだから作れるのは当たり前なんじゃ、、、」
「10代目!それは違います!あの時は偶然の産物でしたが今回は一から作りあげたんです、偶然の産物と緻密な計算により作り上げた発明品は天と地程の差があるんですよ!」

ジャンニーニさんは人差し指をちっちっちっと横に揺らしながら得意気に幼馴染みへと話していた。
山本君が腰を曲げしゃがみ、呆然と椅子に座っている私を見る。
私は困ったな、どうしようという意味を込めて山本君を見るものの、かわいいなぁと山本君は私の頭を撫でた。自分の身に起きたことではないにしろ、呑気なものである。

「じゃ、ジャンニーニさん!流石ですね!」
「いやぁ、それほどでも、、、」
「ジャンニーニさんの腕前は前から知ってましたが、これ程までとは!」

私の言葉にジャンニーニさんはそれほどでも、それほどでもと言いながら顔は緩みっぱなしだ。

「そしたらほら!凄いのは分かったので!元に、元に戻してください!」

そうだ、機嫌を損ねるわけにはいかない。
何で実験台が私なんだという気持ちを押さえながら、早く元に戻してもらわなければという考えで頭のなかはいっぱいだった。

「戻す?」
「そうですよ!元の大きさに!戻すのもありますよね?」
「ないですよ」

私は自分が思うよりすっとぼけた声を出してしまう。
え、ない、ないってなにが、と一生懸命意味を考えるも、ジャンニーニさんはいつもと変わらない様子で言葉を続ける。

「まだ作ってないです」

少しの間が空き、そして、

「うそぉ!なんでですか!?」
「いやぁ、出来上がった発明品をまずは見せたくて、、、。ほら、そういうのってあるじゃないですか?」
「あぁ、なるほど、、、じゃなくて!じゃあ私は一生このままってことなんですか!?」

椅子からぴょんと飛び降り、短い足をいつもの倍以上動かし、ジャンニーニさんの元へ駆け寄る。
ジャンニーニさんはそんなわけはないと笑い、私は胸を撫で下ろす。

「まぁ大体作るのに三週間ぐらいですかね!」
「さ、三週間、、、」

膝から崩れ落ち、そのままうずくまる。
三週間、三週間、、、三かける七で二十四日間、、、。

「って!長すぎませんか!」
「おい、落ち着けって!獄寺君も三日で元に戻ったし、もっと早まるかもしれないだろう?」

そうだ、獄寺君も三日で元に戻ったんだったと幼馴染みの言葉で思い出す、が。

「いえ、元に戻りません」

え、と私と幼馴染みの言葉が重なる。
ジャンニーニさんは、全くこれだから素人は、とでも言うように話を進めた。

「あの時は偶然の産物だったと言ったじゃないですか、今回は一から組み上げましたからね。時間が経てば元に戻るなんて事は絶対おきません」
「そ、そんなぁ、、、」

落ち込んでいる私の横で、薄情な幼馴染みの、俺じゃなくて良かったと呟くのが聞こえ、思わずツナヨシ君に詰め寄る。

「ちょっと、どうしてくれるのよぉ!」
「俺のせいじゃないだろう!」
「ジャンニーニさんはツナヨシ君お抱えの発明家でしょ!」
「発明家ではなく武器チューナーと呼んでください」

山本君はまぁまぁと私達のことを宥めていたが、落ち着けるわけもなかった。
私達が騒いでいると、がらがらと教室の扉が開く。

「ねぇ、そこ群れすぎ」
「ヒ、ヒバリさん!」

幼馴染みは小さく悲鳴をあげ、少しだけ後退りをする。
雲雀さんは私がどこにいるのかを尋ねると、みんなの視線がゆっくりと下に、私に向けられた。
とは言ってもリボーン君は横に向けられただけだが。

「ワォ、なにしてるの?」

見つかった、見つかってしまった。
いつもより大きい雲雀さんを見上げ、告げ口というにはあまりにも大きい声を出す。

「ツナヨシ君にやられました!」
「ちが、違います!俺のせいじゃないです!」

ぶんぶんと首を横にふる幼馴染みへと、雲雀さんは視線を動かす。
リボーン君が雲雀さんの前へ立ち、事の顛末を話すものの、雲雀さんは聞いているのか聞いていないのか、いまいち分からなかった。
まぁ興味もないのだろう。

「そう、事情はわかった。それで?君はどうするのかな?」
「どうするって、」

なにがですか、と聞こうとした瞬間、雲雀さんの手がのびてきた。
頬を優しく触られたかと思ったらそのまま横に引っ張られる。

「いた、いひゃい!」
「ワォ、いつもより伸びるね」
「おい、ヒバリ!」

慌てて山本君が止めにはいるも、雲雀さんはそのまま反対の頬も引っ張りはじめた。
雲雀さんの笑う姿は、小さいころに見た絵本の大魔人のようだ。
ぱっと手を離され、少しだけ痛む両頬をおさえ、抗議したい気持ちでいっぱいになるものの今は止めておこうとぐっと堪える。

「意地悪すんなよ、大丈夫か?」
「山本君、、、私のほっぺた落ちてない?ちゃんとある?」

あるから、大丈夫だからと頬に水筒をあてられる。
ひんやりとした冷たさが気持ち良かった。

「それで、どうするの?」

雲雀さんから先程と同じように聞かれ、私はなにがですかと聞き返す。

「君、今日から家に誰もいないんだろう?その姿で生活できるの?」
「あ、そっか!親父さん達今日からだっけ?」

幼馴染みが思い出したかのように声をあげる。
確かに、今日から家には誰もいない。
誰もいない理由については、例えば旅行だとか仕事だとか色々あるのだろうが、まぁひとまず割愛させてもらおう。
幼馴染みが知っている理由については、私の親が沢田家に頼んでいたからだ。
幼馴染みのお母さんから、ぜひお世話させてねと笑顔で話しかけられたのを思い出す。

「そしたらこのまま俺の家に」
「しょうがないな」

幼馴染みの言葉を遮ったのは雲雀さんだった。

「僕が預かるよ」

雲雀さんはそう言うと、後ろからひょいと私のことを持ち上げた。

「え、えぇ!?」
「なに?なにか不満でもあるのかい?」

雲雀さんはくるりと私の向きを変え、お互いの顔が真正面に見える状態になる。

「不満なんてそんなそんな、、、。でも雲雀さんに迷惑はかけれないですよ、一人でも大丈夫ですから!」
「遠慮しなくていいよ、君と僕の仲だろう?」

そんな仲じゃないはずだ、私と雲雀さんは。
私は首を後ろにひねり、何とかしてくれと視線を送るが、幼馴染みの顔は青ざめ、どうぞどうぞと手のひらを差し出していた。

「ヒバリ、お願いできるか?」

リボーン君に言われて頷く雲雀さんはどこか嬉しそうで楽しそうだった。

「ほら行くよ」
「あ、ちょ、そんな、、、ラグビーボールみたいに、頭を持たないでくださぁい!」

私の悲痛な声が廊下へと響きわたった。


「わぁ、でっかい、、、」

目の前の家はお屋敷と呼ぶに相応しい門構えだった。
前に京子ちゃんのお兄さんから聞いてはいたが、これ程までとは、とたじろいでしまう。
お屋敷の中はやはりと言うか、そうでなくちゃと言うほどまでに和風の造りだった。

凄いですねと私が言うと雲雀さんは素っ気なく別にと答える。
感覚が麻痺してるのだろうかとも思いつつ、私はおとなしく抱えられていた。
流石にラグビーボールみたいに持つのは止めてくれたのだが、小脇に抱えられたままなのは変わらなかった。
玄関を開くと砂一つ落ちていない土間が見え、その先に続く式台も廊下も掃除が行き届いておりぴかぴかと光っている。
こんな大きいおうちだと、ばあやさんでもいそうな雰囲気だ。

「坊っちゃん、お帰りなさいませ」
「ただいま、ばあや」

いたよ、本当にいたよ。
奥から出てきたおばあちゃんは優しく笑みを浮かべていた。

「そちらのお客様は」
「しばらく僕のところで預かることになったから」
「あら、左様でございましたか」

納得されてしまった。
眉一つ動かさずに納得されてしまった。

「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは」

優しそうな人だなぁと緊張感がゆるむ。
おうちにはどうやら、雲雀さんとばあやさんしかいないみたいだった。

「ここ、使っていいから」
「ありがとうございます、すみません」
「気にしなくていいよ。身の回りの世話はばあやに頼んでおくから」
「身の回りの世話って?」

私が本当に分からないと言う顔をしていると、雲雀さんはため息をつく。

「お風呂とかだよ、そんな短い手じゃ洗えないだろう」
「な、洗えますよ!中身は変わってないですからね!?」

私が大きな声をだした瞬間、ばあやさんの落ち着いた声が聞こえてきた。

「坊っちゃん、開けてもよろしいでしょうか?」

雲雀さんが返事をすると、するすると襖が横に動く。
側に置いてあったお盆には、お茶菓子と湯呑みとプラスチックのコップがのせられていた。

「お菓子と飲み物を持って参りました。お嬢様には牛乳を」
「悪いね、ありがとう」
「ありがとうございます」

お嬢様と呼ばれ、少しだけくすぐったい気持ちになった。

「いえいえ、お夕飯はどうしましょうか」
「僕達と同じので構わないよ。この子、好き嫌いないから」
「分かりました」

するすると襖が閉まる前に、慌ててお礼を伝えると、ばあやさんは口に手をあて、お上品に笑う。

「可愛らしいですね」
「可愛らしいなんて、そんな、、、」

私が照れて頭をかいていると、雲雀さんは私の頬を横に引っ張り、ばあやさんに話しかけた。

「こうするともっと可愛いだろう?」
「ひゃめてくだひゃいよ、、、」

夕御飯を食べ終え、ばあやさんが用意してくれたお茶を飲みながら休んでいた。
雲雀さんと二人っきりになり、何を話したら良いんだろうと話題を探し口を開く。

「今日はすみませんでした」
「何が?」
「呼ばれてたのに、来るのが遅くなって、というか今のこの状況もなんですけど、、、」

なにか用事があったんですかと聞くと、雲雀さんは黙ってしまった。
あれ、なんか変なこと言ったかな、やっぱり家に帰った方が良いのかなと思いながら私はお茶を一口飲む。
雲雀さんが口を開こうとした瞬間、ばあやさんに声をかけられる。

「お嬢様、お風呂入りましょうか」
「え゛」

ばあやさんが持つお風呂の桶にはタオルと寝間着と何故かアヒルの人形が入っていた。

「お風呂は自分でなんとかなるので、、、」
「いけません、お風呂で溺れてしまわれては大変ですよ。大丈夫ですから、ね?」
「大丈夫というか、なんというか」
「さっ、参りましょう」

そのままひょいと持ち上げられ、優しくだっこされる。
雲雀さんの名前を呼ぶも、よろしくねと言われてしまい努力むなしくそのままお風呂場へと連行されてしまった。

お湯の入った桶に足をいれながら頭を洗われ、ばあやさんは懐かしいと一人言のように呟く。

「懐かしいって、なにがですか?」
「すみません、声に出てしまってましたか?」

申し訳なさそうに声を出すばあやさんに、私は気にしないでくださいと慌てて口を開く。

「私も、洗ってもらっちゃってすみません」
「それこそお気になさらず、、、。坊っちゃんが小さい頃も、こうやって洗ってさしあげたことを思い出してしまって」
「雲雀さんの小さい頃?」

そうか、雲雀さんにも小さい頃があったのかと当たり前のことを考える。
前に見せてもらった写真は幼稚園ぐらいのときの写真だったろうか。
既にその頃から腕には風紀の腕章をつけていた記憶がある。

「はい、とっても可愛らしかったんですよ」
「へぇ、あの雲雀さんが、、、」
「まぁ私のようなおばあちゃんから見れば今も昔も変わらず、坊っちゃんは可愛らしいですけどね」

お風呂場の鏡にうつるばあやさんは目の皺をくしゃりと崩しながら笑った。
寝間着に着替え、仕上げにと言わんばかりに腹巻きも装着させられる。

脱衣所を出て歩いていると、ばあやさんからは抱っこしましょうかと何回か確認されるものの首を横にふる。
部屋に戻ると何故か雲雀さんがいた、ドライヤー片手に、首にはタオルをかけて。

「あら、こちらにいらしていたんですか?」
「まぁね。お風呂気持ち良かった?」

いつもより高い位置から雲雀さんに見下ろされ、私はぎこちなく返事をし、ばあやさんと雲雀さんにお礼を伝える。
ばあやさんは、どういたしましてとやっぱり優しく笑ってくれた。

「お嬢様、髪の毛乾かしちゃいましょう。風邪をひいてしまいますよ」
「あの、髪の毛ぐらいは自分で、、、」
「遠慮なさらずに、さぁさぁ」

じりじりと詰められる空気を変えたのは雲雀さんだった。

「僕がやるよ」

どうしてこんなことに、雲雀さんは私の頭にタオルを一枚被せると、その上からドライヤーの風をあててきた。
こうした方が早く乾く、と師曰く、雲雀さん曰くだ。

「熱くない?」
「はい、大丈夫です」

ドライヤーが終わり、そのまま手櫛で髪の毛を整えようとしたら雲雀さんから動くなと言われ思わず固まってしまう。
背筋をこれでもかと伸ばし、目をぎゅっとつぶると、しゃっしゃっと何かをすくような音が聞こえてくる。
目を開けると雲雀さんが櫛を片手に私の髪の毛を整えていたところだった。

「なに?」
「なんでもないです、、、」

雲雀さんは短く返事をすると、私の前髪を集めはじめた。
なにをしているのだろうかと不思議に思っていたら、そのままひとつ結びにしばられる。
見せてみろと言われ、立ち上がり体の向きを変えると雲雀さんはニヤニヤと笑っていた。

「なんですか、、、」
「なんでもないよ」
「わ、笑ってるじゃないですか!変なことしないでくださいよ!」
「笑ってない、良いんじゃないの。可愛いよ」

ひとつ結びにされ、はねた前髪をぽんぽんと優しく叩く雲雀さんはいつもより機嫌が良い。
跡になってしまうからとゴムを外そうとしたら雲雀さんから手を握られた。

「外したら駄目」
「え?でも、」
「外すな」

圧を感じる雲雀さんの声に思わず体が固まってしまい、慌てて謝罪の言葉を呟く。

「怒ってないよ。君、前髪伸びてただろう?結んでおいた方が良いよ」
「あ、はい、分かりました」

私も雲雀さんも口を閉じたまま、少しだけ気まずい空気が流れる。
どうしようと悩んでいたら、雲雀さんはお風呂に入ってくると立ち上がった。
私がいってらっしゃいと見送ると、頭を撫でられ、その感触が少しだけくすぐったい。
雲雀さんが部屋を出ていったのを確認し、私はそのまま畳の上へ寝ころぶ。
雲雀さんはよく分からない、それが私の正直な気持ちだった。
畳の上で目をつむっていると、部屋の外からばあやさんに声をかけられる。

「お嬢様、お布団ひいちゃってよろしいですか?」
「自分で用意するので、大丈夫」
「遠慮なさらずに、坊っちゃんからも言われていますので」

ばあやさんにお布団をひいてもらってる間、確かにこの大きさは自分では用意出来ないなと苦笑いをこぼす。

「結構、大きいんですね」
「そうですか?干したばかりなので気持ちいいと思いますよ」
「干したばかり?」

私が聞き返すと、ばあやさんは手の動きを止めずに話を続けてくれた。

「坊っちゃんから連絡がありまして、干す時間は少し遅かったんですけど、今日はお天気も良かったので間に合いましたよ」
「雲雀さんが?」

ばあやさんは嬉しそうに、はいと笑みを浮かべ、口を開こうとした瞬間、襖の開く音が聞こえる。

「余計なことは言わなくていいから」
「あら坊っちゃん、お風呂の湯加減はいかがでしたか?」
「ちょうど良かったよ」

寝間着姿の雲雀さんは、濡れた髪を乱暴にタオルでふきながら部屋の中へ足をふみいれた。

「左様でございましたか。お嬢様のお布団は準備できましたので、、、」
「悪いね、ありがとう」

私も慌ててお礼を伝えると、気にしないでくださいと、ばあやさんはやっぱりお上品に笑ってくれた。
流石にまだ眠くはないが、布団の中へ足をいれようとしたら雲雀さんに声をかけられる。

「もう寝るの?」
「ばあやさんがせっかくひいてくれましたから」
「眠い?」
「眠くはない、ですけど」

やばい、墓穴をほった気がする。

「そう、それだったら少しお喋りでもしようか」

やっぱり、墓穴をほってしまった。

雲雀さんから誘われ、布団にはいることを諦めた私は机の前に正座をする。
熱いから気をつけてと雲雀さんのいれてくれたお茶を飲みながら、お喋りをしようと言われたもののなにを話せば良いのか皆目検討もつかなかった。
沈黙は重苦しく、私はお茶を口に含む。
最初に口を開いたのは雲雀さんからだった。

「学校は最近どう?」
「どうと言うのは、」
「楽しい?」

そういうことかと納得し、楽しいですよと返事をする。
このままでは会話が終わってしまうと、雲雀さんはどうですかと聞き返す。
他校の目障りな群れを咬み殺しに行く予定だと言われ、それは楽しい予定なのかそれとも違うのか分からず、私は言葉を逃がした。

やばい、会話が終わってしまうと焦った私は最近の授業で楽しかった話をし始めることにした。
雲雀さんは先生の顔を思い出しているのか、私があのおじいちゃん先生ですよと伝えると、ああと納得した顔をする。

「物理の彼か」
「そうですそうです、あの先生好きなんですよ」
「どうして?」
「なんだか、見てると懐かしい気持ちになるからですかね?授業も面白いですし」
「そう」

あぁ、また会話が終わってしまった。
雲雀さんは最初から会話を広げる気がないのだろう。
というか、この時間はなんなのだろうか。
雲雀さんは楽しいのだろうか、いまいち分からない。

「雲雀さんは眠くないですか?」
「眠くないよ」
「そうですか、、、」

いや、本当になんなのだろうか、この時間は。
緊張からか思わずあくびが出てしまいそうにり、慌ててぐっと口を閉じ、なんとかおしころそうとしたが時既に遅し。

「そろそろ寝る?」

これ幸いと私は頷く。
確かに今日は疲れてしまったのは嘘でない。いきなり赤子と同じサイズにされ、雲雀さんやばあやさんに気をつかい、いつもよりも疲れていた。
雲雀さんを見送ろうと立ち上がるも、良いから布団に横になれと雲雀さんから言われ、先程と同じように布団へ足をいれる。
電気を切らなければときょろきょろと部屋を見渡していると、雲雀さんが電気のスイッチに手を伸ばしていた。
どうらや電気は雲雀さんが切ってくれるみたいだった。

「じゃあ、おやすみなさい。雲雀さん」
「おやすみ」

ぱちりと豆電球が光り、真っ暗で大丈夫ですよと言おうとした瞬間、雲雀さんが布団の横、畳の上へ寝っ転がり始めた。

「え?雲雀さん?」
「なに?」
「なにしてるんですか?」
「横になってるけど」

ダメだ、中途半端に会話が噛み合っていない。

「私寝ますよ?」
「うん」

雲雀さんは自分の腕を枕にして体を横にしたままだった。
もう良いかと私はおやすみなさいと挨拶をし、目を閉じる、が。
雲雀さんのことが気になってしまい、体を横に向け目をうっすらと開く。
豆電球の優しい光りに照らされ、目をがっつりと開き私のことを見ている雲雀さんと視線が交わる。

「あの、雲雀さん?」
「なに?」
「そんなに見られたら寝れないですって、、、」

私は苦笑いをこぼしながら、やんわりと雲雀さんへ部屋から出ていってほしいことを伝える。
だがやっぱり雲雀さんへは伝わらなかった。
その日は私の様子を見にきたばあやさんにより、雲雀さんはやっと部屋から出ていってくれた。


「暇だなぁ」

私は畳の上でごろりと体を横にし、天井の模様を見ていた。
小さくなってから三日が経ち、学校に行くわけにもいかず、かといってどこかへ出掛けることも出来ず暇をもて余していた。
唯一の救いは、ばあやさんのお手伝いをすることだが、この体では大したことはできなかった。
買い物やお風呂洗いの手伝いを申し出たのだが、ばあやさんと雲雀さんから止められてしまい今の私の仕事はちょっとした料理の下ごしらえと洗濯物を畳むぐらいだ。

ジャンニーニさんからは三週間はかかると言われた。
まだまだ先は長いなと溜め息をつく。

「あら、こちらにいらしていたんですか?」
「ばあやさん、すみません横になってて」

慌てて起き上がり、何かお手伝いできることはないか尋ねると、ばあやさんはそうですねぇと考え始めてくれた。
あぁ、申し訳ないなという気持ちになり、私は少しだけ顔を下に向ける。

「お嬢様、少しだけよろしいですか?」

ばあやさんの後をひょこひょこと歩き、着いた場所は台所だった。

「さやえんどうの筋とりをお願いできますか?」
「はい!」

ばあやさんから、さやえんどうのはいったっボウルを渡され私は筋をとっていく。
何かしらしていた方が気が紛れるし、なによりもただ居候しているよりかはずっと気持ちが楽だった。

「お上手ですね」
「いやぁ、それほどでも、、、」

ばあやさんから誉められ、私はでへへとだらしなく笑ってしまう。
筋を取りながら、私とばあやさんは色々な話をした、とは言ってもほとんどが雲雀さんの話だったが。

「実は坊っちゃんには気になる子がいるみたいで」
「雲雀さんに?」
「えぇ、坊っちゃんは楽しそうにお話ししてくれるんですよ。坊っちゃんから人を連れてくると連絡があった時は、てっきりその方がお見えになるかと思ったんですけどねぇ」

ばあやさんは不思議そうな顔で私を見ている。
それはそうだろう、てっきり雲雀さんの意中の相手が来るかと思ったら連れてきたのが私だったのだから。私は苦笑いをこぼし、さやえんどうの筋取りに戻ることにした。


「ここにいたの」

その日の夜、お風呂から上がった私は、部屋に戻る前に少し涼んでいこうと縁側に腰をおろしていたところだった。

「ちょっと暑かったので、風が気持ちいいですね」
「そう」

雲雀さんはそのまま私の横に座り始めた。
時に話すことも思いつかず、私はあと少しで満月になりそうな月を見上げる。

「どう?」
「どうって言うのは、」
「この体の生活は」
「ひっぱらないでくだひゃいよ、、、」

雲雀さんは私の頬を引っ張り始めた。
痛くはないが、もにゅもにゅと頬を触られ嫌でもこの体の不便さを思い出してしまう。

「慣れないですよ、早くもとに戻りたいです」

雲雀さんはあまり興味がなさそうだった。
私は思わず愚痴をこぼしてしまう。

「学校にも行けないし、これじゃあ授業に遅れちゃいますよ」
「授業受けたいの?」
「そりゃ、まぁ、京子ちゃんや花ちゃんにも会いたいなぁ、、、」
「そう、じゃあ行く?」


アイツが小さくなってから四日が過ぎた。
あの日以来、なぜかリボーンの姿も見えず、俺は久しぶりのゆっくりとした学校生活を味わっていたところだった。
途中で合流した山本と獄寺君と一緒に教室へ向かうと、生徒たちのざわざわとした声が聞こえてきた。
なんだなんだと俺たちは顔を見合せ、教壇に近い入り口から教室の中へと入る。
誰が入ってきたのだと一斉に俺達へ視線が向けられ、理由はすぐに分かった。

「あ、おはよう!」
「やあ」

教壇の一番前の机。
教師の目の前だからと普段から人気のない席を陣取っていたのは、小さくなった幼馴染みと雲雀さんだった。

「な、なんでヒバリさんが教室に」
「私が学校に行きたいって言ったら、連れてきてくれたんだ」

机の上に座る幼馴染みは笑みを浮かべ、その様子は本当に嬉しそうだった。
対照的に、皆少しでもヒバリさんと距離をとりたいのか、教室の後方へミステリーサークルのように円形に固まっている。

「というか、その席って」
「あぁ、彼が快く譲ってくれてね」

ヒバリさんが机の持ち主へと視線を向けると、首を痛々しいほど縦に降る同級生の姿が見えた。
快くというか、なんというか。
俺は同級生に同情した。

「アンタ、まぁた変なことに巻き込まれてるの?」
「おはよう、久しぶりだね!」
「花ちゃん、京子ちゃん!おはよ!」

黒川と京子ちゃんは特別ヒバリさんのことは気にしていないのか、幼馴染みに挨拶をしている。
幼馴染みは先程よりも嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「なによ、このちょんまげスタイルは」

黒川は幼馴染みの、ひとつに結ばれぴょこぴょこと動いている前髪をくるくると触り、にやにやと楽しそうに笑う。
幼馴染みは慌てて両手で前髪を隠し、恥ずかしそうに黒川のことを見上げていた。

「これは雲雀さんが、、、」
「そうなんだ、とっても可愛いね!」

京子ちゃんの言葉に幼馴染みは照れくさそうに頭をかく。まんざらでもなさそうだった。

「でもこのままだとはねちゃうから、ピンでおさえておいた方が良いかも、、、。ちょっと待っててね」

ごそごそと京子ちゃんは鞄の中を探り、幼馴染みの前髪をぱちんぱちんととめ始める。

「ほら、どうかな?」
「え、え~、さっきとあんまり変わんない気もするけど、、、」

黒川から手鏡を渡され、顔を左に右に動かし自分の髪を見る幼馴染み。
ヒバリさんはおでこをぺちぺちと叩き、良いんじゃないのとからかっていた。

てっきり雲雀さんは応接室にでも行くのかと思ったら、そのまま教室に残り、幼馴染みと一緒に授業を受けはじめた。
ほとんどの教師はヒバリさんに気づくと、顔を青ざめ短く悲鳴を上げ、今日は自習にしますと教室から出ていってしまった。
その日、まともに授業を進めることができたのは物理の先生だけだ。

「おや、雲雀くんじゃないですか」
「やぁ、久しぶり」
「珍しいですねぇ、君が教室で授業を受けるなんて」
「彼女の付き添いでね」

幼馴染みの存在に気づいた物理のおじいちゃん先生は笑顔で挨拶をし、何時もののんびりとした授業が始まった。

お昼休みのチャイムが鳴り、ほとんどの生徒が教室から慌てた様子で出ていく。
黒川と京子ちゃんは幼馴染みの元へとかけ寄り、お昼ご飯はどうするのだと尋ねていた。

「ご飯は、ばあやさんが持たせてくれたけど、、、」

そう言うと、幼馴染みはちらりとヒバリさんを見上げる。

「良いよ、彼女達と食べておいで」
「え、良いんですか?」
「久しぶりだからね、ほら」
「ありがとうございます!雲雀さん!」

ヒバリさんは幼馴染みの頭を撫で、お弁当を渡すと椅子から立ち上がった。

「あの子のこと、お願いね」

京子ちゃんは元気よく返事をし、黒川は幼馴染みのことを抱き上げる。
教室から出ていったヒバリさんを見送り、三人は楽しそうにお弁当を食べはじめた。

「意外と優しいんすね、ヒバリの野郎」
「そうだね、っていうか、ヒバリさんの場合はアイツにだけだと思うけど、、、」
「だな」

俺と獄寺君と山本の会話は、幼馴染み達の楽しげな声に紛れていった。


その日の夜、私と雲雀さんが縁側で涼んでいると、気を利かせたばあやさんがお饅頭を用意してくれた。

「雲雀さん、ありがとうございました」
「なにが?」
「私がこんな姿になってから、いろいろと迷惑をかけちゃって、、、。今日は学校にも連れていってくれましたし」
「あぁ、別に気にしなくて良いよ」
「雲雀さんは優しいです」

雲雀さんは私の頭を撫で、風が少しだけ強く吹いたせいか目を細める。
この姿になってから、雲雀さんはからはよく頭を撫でられているなと私も目を細めた。

「もとに戻ったら、ちゃんとお礼しますね」

私がそう言うと、雲雀さんは黙ったまま夜空を見上げている。
あれ、聞こえなかったかなと私は言葉を続けた。

「雲雀さんにも、ばあやさんにも、京子ちゃんも花ちゃんにも、お礼したいんです」
  
雲雀さんはお礼とぽつりと呟く。
良かった、今度は聞こえていたみたいだ。

「はい、大したことは出来ないですけど、、、」
「戻りたい?」
「え?」
「悪くないんじゃないの、この生活も」
「悪いとか良いとかじゃなくて、自分のことが自分で出来ないのは辛いですよ。申し訳ない気持ちになります」
「僕は気にしないけどね、この大きさなら持ち運びやすいし」
「持ち運びやすいって、そんな荷物みたいに、、、」

私はお饅頭に手を伸ばし、そのままかぶりつく。
もちもちとしたお餅の中にあんこがはいっており思わず口角がゆるんでしまう。

「ほら、粉ついてるよ」

雲雀さんのからかうような声に慌てて口をぬぐう。

「そこじゃない、ここ」

再度口をぬぐうが、どうやら違うみたいで見かねた雲雀さんがウェットティッシュで口をふいてくれた。
ちなみに、ウェットティッシュも気を利かせたばあやさんが置いていってくれたものだった。

「すみません、ありがとうございました」
「良いよ」

私は雲雀さんの横顔を見つめながら、お茶を飲んだ。


幼馴染みが小さくなってから一週間がたった。
ヒバリさんは最初の頃のように授業を受けることはなくなり、幼馴染みは京子ちゃんか黒川の机の上で授業を受けている。
最初の頃は幼馴染みの存在に同級生達も不思議がっていたが、ヒバリさんの恐怖に比べれば圧倒的にマシなのか、最近は誰も気にしなくなってきていた。

放課後、教室に残っていたのは何時ものようにヒバリさんの迎えを待っている幼馴染みと、宿題を忘れ居残り勉強をさせられている俺だけだった。
時間を持て余していた幼馴染みは俺の宿題に付き合ってくれていた。
答えを埋め終えた俺は、幼馴染みの少しだけ疲れたような顔が気になり、どうしたんだと声をかける。

「早く戻りたいなって」
「そうだよな、、、ゴメン」
「いや、ツナヨシ君のせいじゃないよ!ほら、この体はやっぱり不便だから」
「ジャンニーニにもっと早く元に戻れないか聞いてみるから」
「ありがとう」

気まずい空気を変えるためにか、幼馴染みはでもねと続けた。

「この姿になって、気づいたこともある!」
「気づいたことって?」

幼馴染みは、むふふと笑い内緒話をするかのように俺の耳元で話し始める。

「雲雀さんは意外と優しいってことにっ」
「あぁ、そうかよ」

内緒話が終わったのか、幼馴染みはそう言えばと元の位置に戻った。

「リボーン君どうしたの?最近見てないけど」
「実は俺もジャンニーニが来てから姿を見てなくて」
「え、それって大丈夫なの?」

心配そうな顔をする幼馴染みに、俺は慌てて置き手紙が置いてあったことを伝える。

「それに、リボーンがいない方が俺もゆっくりできるし、、、」
「甘えたこと言ってんじゃねーぞ」

ん?と教室の天井を見上げると何かが良い勢いで落ちてくるのが見えた。
それがリボーンであることに気づいたのは、俺が情けない声を上げた瞬間のことだった。

「いって~!」
「これぐらい避けろ」
「無茶言うなよ!というか、今までどこ行ってたんだよ!?」
「リボーン君!今回は本当に久しぶりだねぇ」

リボーンと同じサイズの幼馴染みは嬉しそうに挨拶をしている。
幼馴染みに気づいたリボーンは、ん?と不思議そうな声を出した。

「まだ戻ってなかったのか?」
「まだって、ジャンニーニさんも三週間はかかるって、、、」
「元に戻す薬ならできてるぞ」
「本当か!?リボーン!」

俺が聞き返すとリボーンはこくりと首を縦にふる。
幼馴染みの顔はぱあっと明るくなり、嬉しそうに俺の方へ顔を向けた。

「良かった!」
「うん!思ったより早かったね!それでリボーン君が薬を貰ってきてくれたの?」
「もう渡してあるぞ」
「まだ貰ってないよ?」

幼馴染みは、きょとんとした顔でリボーンのことを見ている。
どうしたんだろうか、なんで渡さないのだろうかと俺も不思議に思い始めたらリボーンは口を開いた。

「ヒバリに渡してあるぞ」
「ヒバリさんに?」

少しだけ、少しだけ疲れた顔をしている幼馴染みの代わりに俺はリボーンへと聞き返すと、ああとうなづいた。

「ちょ、ちょっと待てよ!薬っていつできたんだよ?」
「コイツが小さくなって、三日後の夕方にはヒバリへ渡しておいたぞ」
「で、でも、元々三週間はかかるって、」

幼馴染みが慌てた様子で声を上げると、リボーンは何時もの様子で話し始めた。

「ジャンニーニのやつ、今抱えてる仕事を計算して三週間って言ってたからな。俺が三日三晩付きっきりで見てやったんだ」

にやりと笑うリボーンの顔に、少しだけジャンニーニに同情したが、事の発端は間違いなくジャンニーニが悪いのだからと、あまり気にしないことにした。

「え、でも、それじゃあヒバリさんが薬を持ってるってことなのか?」
「さっきからそう言ってるだろう」

俺がリボーンへ確認をしていると、教室のドアが開く。
そこにいたのはヒバリさんだった。
ヒバリさんはリボーンに気づくと、ふぅと息をこぼし、何食わぬ顔で話しかけはじめる。

「やぁ、赤ん坊」
「久しぶりだな、ヒバリ」
「暫くイタリアにいるって聞いてたんだけど、もう帰ってきたのかい?」
「オレが帰ってくると都合の悪いことでもあったか?」 

ぴりぴりとした空気が肌をさし、緊張感からか冷や汗をかいてしまう。
幼馴染みはヒバリさんの方へ体を向けると、そのままの勢いで口を開いた。

「あ、あの!リボーン君から元に戻れる薬を、雲雀さんに渡してるって、」
「うん、赤ん坊から預かってるよ」
「な、なんで!」

ここで怒ってもしょうがないと思ったのか、幼馴染みは一度深呼吸している。

「分かりました、薬持ってるなら、ください」
「どうして?」
「ど、どうしてって!もとに戻るためですよ!」

俺とリボーンは二人の会話を黙ってみていた。
口を挟める空気でもなく、二人の間にはきっとなにかあったのだろう、俺達は口を閉じたまま二人の様子をみていた。

「君、元に戻る必要ある?」

ヒバリさんは本当に分からないと言った口調でそう答えた。
ダメだ、流石にこれは見ていられないと俺が口を開こうとした瞬間、ぽつりと幼馴染みの呟いた言葉が聞こえてくる。
え、と聞き返すと先程とは比べ物にならないくらいの、腹から声を出す音量で幼馴染みは叫んだ。

「雲雀さんの、あほんだらーー!!」
「お、おい!ちょっと!」

幼馴染みはくるりと後ろをふりかえり、そのまま教室の窓から飛び出してしまう。
確かに目の前にはヒバリさんがいるから簡単に捕まってしまうだろう。
だからといって窓から飛び降りるなんて。
幼馴染みは両腕を目一杯伸ばし、教室の横に生えている木の幹へ掴まると、そのまま器用に下へ滑り落ちていった。
下についた瞬間、どてりと後ろへ倒れるが起き上がると走ってどこかへと行ってしまった。

「ヒバリさん!アイツのこと探さないと!」
「良いよ、必要ないから」
「必要ないって、アイツのこと好きじゃなかったんですか!?」

ヒバリさんから睨まれ、いつもの俺だったら慌てて謝るところだが、幼馴染みの顔を思い出すとそんな気持ちにはならなかった。

「あの子の居場所は分かってる。だから探す必要はないって言っているんだ」
「それって、」

どういう意味ですかと聞く前に、ヒバリさんは教室から出ていってしまった。


教室を文字通り飛び出した私は行く宛もなく並盛を歩き回っていた。
流石に疲れてしまったと公園のベンチへとよじ登り、ふうとため息をつく。
私が小さくなってから三日後、三日後は確か雲雀さんに学校に行きたいって言ったんだよなと思い出す。
これからどうしたら良いのだろうか、もう元には戻れないのだろうか。
目に水がたまりそうになり、慌てて腕でこすると少しだけ目元が痛くなった。

「久しぶりだな」
「あ、、、」

そこにいたのは、思いもよらない人物だった。


夕方、雲雀は並盛にある一つの公園へと足を運んでいた。
彼女がいるであろうベンチへと近づいていくが、そこには誰もいない。
唯一、彼女へ渡した髪留めが落ちているだけだった。

-後編へ続く
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