ディーノさんの育児備忘録


ノイローゼ(ドイツ語: Neurose)とは、精神医学用語としての神経症(英: neurosis)を指し、感情に問題があり比較的軽度な状態を含んだ総称的な診断名である。診断名としては、含める幅が広すぎるため現在では廃止されている。
育児が関わっている場合は育児ノイローゼと称される。

某サイトより参照、俺は目の前のしっちゃかめっちゃかした状況を見て思わず泣きそうになった。

事の発端は俺の不注意だ。そう、俺の。
ジャッポーネにいる、俺の愛弟子に会いに行った時に事件は起きてしまった。
愛弟子がいるであろう並盛中学へとたどり着き、応接室と呼ばれる部屋のドアを開ける。

「よ!師匠が遊びに来た」

ぞ、と声を上げようとしたが部屋の空気はいやにピリピリとしており、思わず口をつぐむ。

「何?今立て込んでるんだけど」
「ディーノさんが来たから帰ります、お疲れ様でした」
「話はまだ終わってないよ」

愛弟子は目の前にいる人物に対して、怒ったような、でもなんとか頑張って怒っているのを圧し殺したような声を出している。

「もう今日は帰ります」
「待ちなよ」
「わーわーわー!ちょっと待てって!どうしたんだよ、お前ら」

慌てて二人の間に飛び込みどうどうと落ち着かせる、が。

「何が気に入らないの?」
「そういう態度が好きじゃないんです」
「随分と抽象的だ。はっきり言いなよ」
「なんでもかんでも思い通りになると思ってる態度が好きじゃないと言ってるんです」
「ちょ、俺を挟んでケンカするなって!」

ずいずいと二人の距離が近くなり、ぎゅうぎゅうと挟まれる。

「ディーノさんが勝手に挟まれにきたんでしょう」

目の前の相手は不機嫌さを隠さない。
その姿は小型犬が一生懸命グルグルと唸っている姿を思い出させた。
ひとまず二人を落ち着かせ、ソファに座らせる。

「どうしたんだ?お前がそんなに怒るなんて珍しいじゃねーか」
「別に、怒ってなんていませんよ」
「コイツがこんなに怒るなんて、なにしたんだ?」

俺の愛弟子、雲雀恭弥へと視線を向けると腕を組みフンと鼻をならしただけだった。
お互い顔も見たくないと言うふうにそっぽを向いているもんだから笑ってしまいそうになる。

「どうしたどうした?お前ら仲良かったじゃねーか?」
「はっ!私と雲雀さんが仲良しなわけないじゃないですか」
「お、おい、ちょっと」
「なにそれ、どういう意味?」

恭弥はきっと目をつり上がらせ、横にいる相手の顔をみる。
いつもだったら先に折れ、まぁ雲雀さんだから、と言うのに依然として怒っているんですよオーラを隠そうともしない。

「わーわーわー!落ち着けって!あ、オレ面白いもの持ってきたんだ!」

ぐぐぐと距離が近づき、戦闘態勢に入ろうとしていた二人の視線がオレに移る。

「なんですか、それ?」

テッテッレーとオレが掲げたのはプラスチック製の小分け袋だった。
中には小麦粉のような細かい粉が入っており、二人は顔を近づける。

「フッフッフッ、最近巷で流行ってると言われている」
「ちょっと、並盛に変なものを持ち込まないで」
「わかったわかった!仕舞うから!お前もソレ仕舞え!」

ジャキンと仕込みトンファーを構えはじめる恭弥にオレは慌てて両手をあげ、参りましたのポーズをとる。
恭弥がトンファーを畳んだのを確認し、相変わらず血の気の多いヤツだなとオレも小分け袋を仕舞おうとした。

仕舞おうとした、のだが。

何が起きたのか分からなかった。
小分け袋はビリビリと破れ、白い粉がキラキラと舞う。
その時のオレの目には全てがスローモーションに見えた。
そして、目の前にいる二人はもろに粉を被ってしまったのだ。
ボフンボフン!と爆発音が響き、白い煙に視界を覆われる。

「おい!大丈夫か!?二人とも!」
「相変わらずだな、ディーノ」
「リ、リボーン!」

声の聞こえた方向を見ると、窓のヘリにニヤニヤとした笑みを浮かべたリボーンが立っていた。

「やっちまったな、その薬って最近噂になってるやつだろう?なるほど、こうなるのか」
「こうなるのかって、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!どうしたら、、、」
「どうするも何も、お前が面倒見るしかないだろう」
「え゛」

当然だろうと言うリボーンにオレは思わず固まってしまう。

「お前の不注意のせいなんだから、お前が責任とれ。コイツらの親はなんとかしてやるから」

事の発端は俺の不注意だ。そう、俺の。
だから愚痴なんてものは言ってはいけない、それがどんなに困難であっても、どんな理不尽なことであっても、だ。


授業が終わり、俺と山本と獄寺君の三人はいつものように廊下を歩いていた。

「最近、アイツどうしたんすかね?」

不意に獄寺君が遠くを見ながら呟く。
アイツとはおそらく俺の幼なじみのことだ。
なにか聞いていないのかと山本から聞かれ、俺は首を横にふる。
ここしばらくの間、学校には来ておらず京子ちゃんや黒川、ハルもどうしたのかと心配していたことを思い出す。

「ヒバリさんの姿も見てないよね」

そういえばと山本と獄寺君は顔を見合わせた。
なにもないと良いけど、と言った瞬間、後ろの方から高い声とドタバタとした足音が響く。

「わぁー!だっこしてくださぁい!」

なんだなんだと俺達が後ろを振り返ると、小さい女の子が必死に山本へ腕を伸ばしぴょんぴょんと跳ねていた。

「え、ちょっとどこの子!?なんで学校に、」
「ごしょーです!ごしょーですからー!」

恐らく後生ですから、と言っているのだろう。
女の子は山本の膝に抱きつき、早く早く、来ちゃう来ちゃうと急かしている。

「あれ、俺、この子見たことあるような、、、」
「十代目のお知り合いっすか?」

山本が女の子を慣れた様子で抱き上げ、何が来るんだと尋ねていた。
女の子はがばっと顔を上げ、そして俺達もよく知っている人物の名前を口にした。

「ひばりさん!」
「え、ヒバリってあのヒバリさん?」
「ねぇ、それボクのだからかえして」

俺達の視線は一斉に下に向き、見るとそこには黒髪の男の子が立っていた。

「あわわ、きたぁ!」

女の子は慌てた様子で山本の腕をよじ登り肩車の要領で頭へしがみついている。

「なんだなんだ?坊主、女の子をいじめちゃダメだろう?」
「いじめてない、あそんであげてるんだ」

男の子はむすっとした顔で山本を見ていた。
女の子と男の子を同時に見て、思わず俺は声を上げる。

「そうだ、この子アイツに似てるんだ」

遠い記憶のなか、一緒に遊んだ幼なじみの顔を思い出す。
目の前にいるこの子は小さい頃の幼なじみに瓜二つ、というか全く同じ顔をしていた。

「よく分かったな、ツナ」

ガチャンと赤いホース格納箱の扉が開いたかと思うと、そこにはリボーンがコーヒーカップを片手に優雅に座っていた。

「リボーン!なんでお前がここにいるんだよ!それに、この子達って」
「まぁ待て、事情ならアイツが話すだろうからな」
「こらぁ!お前ら、勝手に動き回るな!」

リボーンの視線の先を辿ると、そこにはひーこらひーこらと走っているディーノさんの姿が見えた。

「ディーノさん!」

ディーノさんも俺達に気づくと、来賓用のスリッパをきゅっとならしながら足を止める。

「ツナ!獄寺に山本も!」
「ディーノさん、この子達って」

俺は未だに山本に肩車をされている女の子と、山本を睨んでいる(と言っても所詮小さい男の子の睨みだからたいして恐怖感はない)男の子を交互に見た。

「いいかげんかえしなよ」
「やだぁ、おろさないでくださぁい、、、」
「ボクよりそいつのほうがいいっていうの?」
「だって、ひばりさんすぐ叩いてくる、、、」

やっぱりそうだと納得する。
この子達は俺の幼なじみと並盛最恐の風紀委員長のヒバリさんだ。


「ツナ、俺は全人類のママンとパパンを尊敬する。人を一人育て上げるってのはとんでもなく大変なことなんだな」
「というか、なんでこんなことに」

遠い目をしながら話すディーノさんはどこか哀愁が感じられた。
ここじゃなんだから、と応接室に移動し、幼なじみはディーノさんの横でクレヨンを片手にグリグリと絵をかいている。
ヒバリさんは風紀副委員長の草壁さんに連れられ散歩に行っていた。

「俺が間違って二人に薬をぶっかけちまったんだ」
「薬って?」
「これだ」

ディーノさんは小分け袋に入った粉薬を俺達に見せてくる。
まじまじと袋を見つめるが、なんの薬かなのかは分かるはずもなかった。

「この薬って」
「己の欲望を満たすことが出来るって、最近巷で噂になってるんだ」

獄寺君が何かに気づいたのか、少しだけ声をあげると俺の方に顔を向ける。

「俺、聞いたことあります。使ってみたヤツに話を聞くと「実際に使ってみないとコイツの素晴らしさはわからない」って口を揃えて言うらしいんすよ」
「お、よく知ってるじゃねーか」
「あったり前だ!十代目のためにも情報収集は欠かさずやってんだからよ。つーかなんでそんな物持ってきたんだ?」

別にいらないんだけどな、と言えるわけもなく。
俺はひきつった顔をするしかなかった。

「見せるつもりはなかったんだよ、たまたまこっち来る前に貰っちまって」

そういえば、とディーノさんは何か思い出したかのように顔を上げ俺達三人の顔を交互に見る。

「恭弥とコイツ、ケンカでもしてたのか?」
「え?」
「いや、俺が遊びに来たとき滅茶苦茶バチバチしててさ。場の空気を和ませようと薬を出したら二人に直撃しちまって」
「災難だったな、お前」

獄寺君は幼なじみの頭を撫でながら、しみじみと言った。
頭を撫でられた幼なじみは顔を上げ「なんですかぁ?」と少しだけ大人びた、でも間の抜けた声をあげる。

「俺は聞いてないですけど、山本と獄寺君はなにか聞いてた?」

山本も獄寺君も首を横にふる。

「つーか、コイツがヒバリに対してバチバチしてる姿が想像できねぇんだけど」

それは俺も同感だった。
ヒバリさんに対して不機嫌な感情をむき出しにするなんて、一体何があったのだろうか。
ディーノさんは腕を組み、うーんと唸りながら幼なじみを見つめる。

「そうなんだよなぁ、何かあったのかって聞いてもこの姿だしな」
「記憶はそのままじゃないんすか?さっきヒバリのことヒバリさんって」

そう言う山本にディーノさんは苦笑いを浮かべる。

「あぁ、あれは本能みたいなもんなんだろうな」
「本能って、、、」

俺と獄寺君をよそに、山本だけが納得していた。
ヒバリさん、すきじゃないですと小さい声で呟いたのは幼なじみだった。
俺達三人が顔を見合わせ、ディーノさんを見る。

「なんでかは分からないんだが、恭弥がコイツに意地悪ばっかりするんだよ、、、」

ディーノさんはため息をつきながら、ヒバリさんの幼なじみに対する行動を話し始めた。

「一人で遊べないのか、本読んでたり絵描いてるところを邪魔して、じゃあ一緒に遊ぶかってなったらほっぺを引っ張ったり、泣くまでくすぐってたりするんだよ。俺も気づいたら慌てて離すようにしてるんだけどな、、、」
「はぁ、そうなんですか」

群れることを嫌い、誰よりも一匹狼なヒバリさん。
そんなヒバリさんでも好きな相手はやはり別なのかと勝手に納得をすることにした。
幼なじみはもう一度、小さい声でヒバリさんすきじゃありませんと口を開く。

「そうだよなぁ、恭弥意地悪だもんな」
「でも、嫌いとは言わないんですね」

俺がそう言うと、ディーノさんの表情は少しだけ明るくなり幼なじみの頭を撫でる。

「そうなんだ、嫌いとは絶対に言わないんだよな」
「キライは、かなしいキモチになっちゃうから」

幼なじみは画用紙から顔をそらさずにモゴモゴと口を動かしていた。

「お前ってヤツは、、、!えらい~!!」
「な!?離れろ!跳ね馬!」

むぎゅうと抱き締められた幼なじみは、おおうと驚きながらもディーノさんの頭をよしよしと撫でている。

「戻りました」

応接室のドアが開き、草壁さんとヒバリさんが戻ってくると、幼なじみは慌てた様子でディーノさんの後ろへ隠れる。

「委員長、お渡ししなくて良いんですか?」

腰を曲げ、小さくなったヒバリさんに対しても敬語を崩さない草壁さんに笑ってしまいそうになった。
ヒバリさんは小さく頷くと、両方の手を丸めたまま幼なじみの前へつき出す。

「あげる」
「わたしに?」

仲直りのしるし、と言うことだろうか。
ヒバリさんがパッと手を離した瞬間、細長いカピカピと乾いた平べったい紐のようなものが出てきた。

「い、委員長!!そっちじゃなくて!」

草壁さんの悲痛な声が響く。
幼い二人はそんな草壁さんの事を気にせず会話を続けていた。

「なぁに、これ?」
「へび」

へびと言う単語を聞いた瞬間、幼なじみは短い悲鳴を上げディーノさんへ飛びついていた。

「へびっていってもヌケガラだよ、あげる」
「い、い、いらないよぉ!」

本当にただの善意からだったのだろう。
幼いヒバリさんは草壁さんの顔を見て首をかしげていた。

「子供ってほんと不思議だよなぁ」
「現実逃避してる場合じゃないですよ!」

草壁さんはディーノさんに向かって、早くなんとかしてくださいと声を荒げていた。
ヒバリさんもディーノさんへとよじ登り始め、危機感を覚えたのか慌てて応接室の中を走り始める。
ヒバリさんの方が少しだけ体を動かすのが得意なのか、幼なじみはあっという間に捕まりそうになっていた。

「こーら!だからいじめるなって」

山本はヒバリさんの襟首をつかみ、動きを止める。
パタパタと足を動かしているヒバリさんも前に進まないことに気付き、山本を見上げていた。

「いじめてない、あの子もたのしいっていってる」
「た、たのしくないよぉ、やめてよぉ」

山本によって動きを止められているヒバリさんを前に、少しだけ気が大きくなっているのだろうか。
幼なじみはディーノさんの足に隠れながらプルプルと主張していた。

「ほら、やーめーてって言ってるんだから」
「子どもあつかい、しないでくれる?」
「子供だろうが、、、」

獄寺君の声に俺も思わず苦笑いをしてしまう。

「どうしたもんか、、、」
「オレのところで良ければ、あずかりましょうか?」
「え!?」

こめかみをおさえるディーノさんに、山本はいつも通りあっけらかんとしていた。
オレと獄寺君とディーノさんの声がユニゾンで重なる。

「いや、でも山本に迷惑をかけるわけには、、、」
「気にしなくて良いっすよ。親父も喜ぶだろうし、どうだ?オレんとこ来るか?」

幼なじみの顔はパァッと明るくなり、良いのですか良いのですかと繰り返す。

「ディーノさんも二人見るのは大変だろ?」
「や、山本ぉ、、、!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!それだったらオレの家のほうが、、、」
「ツナの家にはちっこいのがいるじゃねーか。獄寺は子供苦手だろ?任せろって」
「そ、それはそうだけど、、、。でも山本のお父さんに聞かないと」
「野球バカ、お前なんか企んでねぇか?」
「企むって、何をだよ?」

山本は不思議そうな顔で獄寺君の事を見ている。
待ったをかけたのはヒバリさんだった。

「かってにはなしをすすめないでくれる?その子はよるひとりでトイレにもいけないんだから」
「だ、だいじょーぶだもん!」
「ボクがいなきゃなにもできないんだから。ほら、はやくかえろうよ」

そう言ったヒバリさんは悪い悪い顔をしていた。
三つ子の魂百まで、ならぬヒバリさんはいくつになっても、だ。

「山本、本当に良いのか、、、?」

ディーノさんは泣きそうな顔でプルプル震えていて、山本は力強く返事をした。

「悪い山本!頼んだ!風呂とかトイレとか、一通りのことは自分で出来るから!」
「ウッス!よし、じゃあオレんち行くか!」
「ありがとーございます!よろしく、おねがいします!」
「お、偉いなぁ」

山本は幼なじみをひょいと抱き上げ、そのまま肩車をする。
いつもより視線が高いからか、幼なじみは興奮した顔つきで山本へとしがみつく。

「後で荷物持ってくな!山本の言うこと聞くんだぞ?あと、挨拶は大きな声でな!」
「はい!ディーノさん、ヒバリさん、くさかべさん!いってきまーす!」

山本の後ろをついていこうとするヒバリさんに気付いたディーノさんは、慌てて脇下を持ち上げる。
ヒバリさんの抵抗は虚しく、足は空中を蹴っているだけだった。

「恭弥!お前は少しガマンすることを覚えろ!山本、頼んだぞー!」


山本の自宅でもある竹寿司へ到着し、扉を横に動かす。
店の入り口でもあるため、来客にすぐ気づける様にだろう。扉はガラガラと音を立てた。

「帰ったぜ」
「おぉ、おかえりって、どこの子だ?」

自分の息子の横にいる小さい女の子を見つめ、はじめて見る子だなと首をひねる。

「ツナの知り合いみたいでさ、しばらくウチで面倒見てもいいか?」
「そりゃ、お前構わねぇけど、、、。女の子が喜びそうなもんなんてあったかぁ?」

ディーノから言われた、大きな声で挨拶をという言葉を彼女は思い出したのだろう。
うーんと考える山本の父親に向かって彼女は出来るだけ大きな声で挨拶をした。

「こんにちは!おじゃまに、ならないようすごします!よろしく、おねがいします!」
「おっ、嬢ちゃん偉いなぁ!男所帯だけどゆっくりしてけよ」

山本の父親はニコニコと笑みを浮かべ、その姿に少しだけ彼女は安堵したのだろう。
ありがとうございますと頭を下げる。


夜遅く、とは言ってもそこまで夜も更けていたわけではないが、物音に気付き布団から体を起こす山本。
音を立てないよう、静かに廊下に出ると壁に寄りかかるように歩く彼女の後ろ姿が見えた。
足を前に進めようとするも、すっと元の位置に戻し、今度はじりじりと足を前に出すが、やはりするりと元の位置に戻る。

「どうした?」

山本の声に文字通り彼女は少しだけ飛びはねた。
後ろを振り返り声の主に気づくと、ふぅと胸を撫で下ろし、不安そうな顔で山本のことを見上げている。

「な、なんでもないですっ、おさわがせしてごめんなさい」

小声で謝り頭を下げる彼女に山本は腰をしゃがみこみ視線を合わせる。
もう一度、どうしたのかと聞いてみるが彼女は口をもごもごと動かすだけだった。
山本はふと、昼間の雲雀の言葉を思い出し口を開く。

「俺さ、トイレ行きたいんだけどついてきてくれねーか?」
「おてあらい?」

彼女は少しだけ訝しむ顔をし、山本の顔をじっと見つめる。廊下の電気は切っていたが月明かりもあり、二人とも暗闇にも目が慣れてきたところだった。


「おう、一緒についてきてくれるか?」
「しょ、しょうがないですねぇ、いっしょにいってあげますよぉ」
「ありがとな」

山本は彼女の頭を撫でると、二人で手を繋ぎトイレへと向かう。
そろそろ限界をむかえそうな彼女へ、お先にどうぞとトイレは譲った。

「おわりましたか?」

次は山本さんの番ですよ、待っててあげますからね、彼女からそう言われた山本は笑みを浮かべ、彼女の頭を撫でた。

「おう、ありがとな!じゃあもう寝るか」

彼女が寝泊まりすることになった客間へ連れていき、布団へ入ったのを確認し自分の部屋へ戻る山本。
少しだけ目が冴えてしまったのだろう、天井を見つめていた山本の耳に再び物音が届く。
先ほどと同じように、静かに廊下を覗くと枕を抱き締め下を向く彼女の姿があった。

「どうした?眠れなくなっちまったか?」
「あの、そのぉ、、、」
「ん?」
「やまもとさんがこわかったら、いっしょにねてあげてもいーですよっ」

視線をそらすかのように後ろを振り返り、ちらちらと山本を盗み見ていた。

「お、じゃあ一緒に寝るか!」

彼女は一人言のように、しょうがないですね、やまもとさんのおねがいならしょうがないですねぇと山本の部屋へ入り、山本の布団へと横になる。
彼女へ布団をかけ、山本自身も彼女の横へと体を倒す。掛け布団がもぞもぞと動き、山本はどうしたんだと尋ねる。

「やまもとさん」
「ん?」
「ほんとは、わたしがこわかったからいっしょにねてほしかったんです。ごめんなさい」

布団から体を起こし、しょんぼりと、目線を下に向けながら白状する彼女。
山本は彼女の頭を優しく撫で、歯を見せながら笑う。

「一人じゃこわいもんなぁ」
「わらわない?」
「ん?笑わねぇよ」
「そっかぁ」
「どうした?」
「ひばりさんは、いつもわたしがひとりでねれないとわらってくるから、、、」
「そうなのか?」
「うん、そうなの。ひばりさんは、どうしてわたしにいじわるするんだろう、、、」
「なんでだろうなぁ」
「やまもとさんは、やさしいです」
「そんなことねぇって」
「でぃーのさんも、くさかべさんもやさしいけど、やまもとさんもやさしいです」
「ありがとな」
「これじゃあ、ふぇあじゃありませんっ」
「フェア?」

恐らくフェアと言いたいんだろうな、と言う意味も込めて山本は言葉を繰り返す。
少しだけ舌足らずな口調ではいまいち自信がなかったのだろう。
そんな山本をよそに、彼女は大きく首を縦にふり、はいっと返事をした。

「おねがいごとをきいてもらったら、おなじようにかえさないと、ふぇあじゃないって!ひばりさんがいってました!」

人差し指を掲げ、自信満々に宣誓する彼女に山本は少しだけ苦笑いを浮かべる。

「良いって良いって、俺がしたくてやってるんだから」
「だめですよっ、なんでもがんばりますよっ」

彼女はリスやハムスターのように頬を膨らまし山本の服を引っ張りはじめた。
山本は少しだけ困ったような顔をするが、その顔はどこか嬉しそうにも見える。

「じゃあ、、、」

山本はこしょこしょと内緒話をするかのように彼女の耳元で囁く。
最初はうんうんと首を大きく縦に動かしながら聞いていた彼女だが、山本が話し終わる頃には随分と動きが小さくなっていた。

「そんなことでいいんですか?」
「おうっ」
「もっとすごいこと、できますよっ」
「俺の頼みごと、聞いてくれるんだろう?」
「そうですけどぉ」

相変わらず笑みを浮かべる山本に、彼女は眉間にシワを寄せてみたが、ぷにぷにとした顔ではどうにも迫力がない。

「ほら、もう寝るぞ~」
「わかりましたよぉ、おやすみなさい、、、」
「おう、おやすみ」
「ごめんなさい、、、。めーわくかけて、、、」
「迷惑なんて思ってねーよ。それによ、こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言えば良いんだぜ」
「ありがとぉ」
「ん!じゃあホントに寝るぞ?」
「うん、おやすみなさい、、、」

数秒もしないうちに規則正しい寝息が聞こえてくる。
山本は彼女の寝顔をただじっと見つめていた。


並盛中学校の廊下、あぁそう言えば、とでも言うかのように、沢田綱吉はずっと気になっていたことを、悟られないように口に出す。

「アイツどうしてる?山本や山本の親父さんに迷惑かけちゃってない?」

獄寺も気になっていたのだろう、山本のことを横目で睨みつけていた。

「ん?あぁ、めっちゃ行儀よく過ごしてるぜ」
「テメェ変なこと教えてねぇだろうな?」
「変なことってなんだ?」
「あのさ、もし大変ならオレのところでも」

沢田綱吉は努めて明るい声を出すが山本は手を横に振った。必要ないと言うことだろう。

「大丈夫だって!親父もスゲェ楽しそうでさ、時間あるんだったら俺んち寄ってくか?」

山本の提案により、その日の放課後に竹寿司に寄ることになった二人。
所変わって竹寿司の店内では楽しそうな声が聞こえていた。

「お嬢ちゃん、今日のおすすめはなにかな?」
「きょうのおすすめは、ながさきけんのぶりです!あぶらがてきどにのってて、とってもおいしいです!ねだんは、じかです!」

少しだけ舌足らずな口調とは裏腹に、自信満々な顔つきに店内は笑いに包まれる。

「いやぁ、かわいいねぇ。大将、どこから拐ってきたんだい?」
「人聞きの悪いこと言うなっての!武の知り合いの子だよ」
「冗談冗談!大将、このかわいい板前さんに飲み物出してあげて。あと、ブリとお酒追加で頂戴」
「え!そんな、わるいです!」
「良いって良いって!こういう時は、笑顔で貰っておけば良いんだよ」

ちらりと山本の父親を見る彼女。
山本の父親は笑顔でオレンジジュースにするかと瓶を掲げ尋ねていた。

「ありがとう、ございます!」

ぺこりと頭を下げ、山本の父親からオレンジジュースの入ったグラスを受け取り乾杯をする。

「いただきますっ」
「はいどうぞ。いやぁかわいいねぇ」
「ほんとね、連れて帰りたくなっちゃうわ」

周りから聞こえてきた声に頬を染め、照れ隠しをするためになのか、彼女は酒の徳利を持ちあげた。

「おつぎしますっ」
「おや、良いのかい?」
「いっぱいめは、さーびすです!」
「ちょっと大将、なーに教えてるの!商売上手だねぇ」
「違うって!俺がやってるところ見て覚えちまったみたいなんだよ!」

再び竹寿司が笑い声で包まれた頃に、山本達三人は竹寿司へ到着した。

「親父、帰ったぜ」
「おう、おかえり!ってツナヨシ君達も一緒か、いらっしゃい!」

久しぶりに会った山本のお父さんは俺と獄寺君に向かって大きな声で挨拶をしてくれた。
声の大きさに圧倒されながらも何とか返事をする。
幼なじみはというと、なぜか頭にねじり鉢巻を巻きお盆を持っていた。
そして、

「おかえりなさーい!たけしくん!」
「た、武くんって、、、」
「野球馬鹿、お前、、、」

若干頬をひきつらせながら山本を見る俺と獄寺君。
それもそうだろう、だって幼なじみは山本のことを山本君と呼んでいたのだから。

「違うって!山本さんだとくすぐったいし、名前の方が短いからそっちで呼んでるだけだって」
「ホントかよ、、、」

獄寺君はあんまり信じていないようだった。

「というか、アイツは何してるの?」

山本の部屋に移動した俺達。
色々と聞きたいこともあるが、まずは幼なじみのあの格好から聞くことにした。

「お世話になってる礼をしたいって言ってよ、あの通り客受けも良いんだぜ」
「ガキを働かせるなよ、、、」

獄寺君の言うことはもっともだろう。
俺も若干顔をひきつらせたが、山本は全く気にしていなかった。

「別に気にすんなって言ったんだけどさ、それじゃ気が済まないからって」
「そ、そっか」

こんこんとノックの音が二回、控え目に響く。
山本が扉に向かって話すと幼なじみの声が聞こえてきた。

「あけても、いーい?」
「お、ちょっと待ってろ」

三人分の飲み物とお菓子をお盆にのせた幼なじみが立っていた。

「たいしょーがもっていってあげてって!」

倒しても大丈夫なようにだろう。
飲み物はペットボトルにお菓子の封は閉じたままだった。

「ありがとな」
「どういたましてっ」
「店はまだ忙しいか?」

首を横に振る幼なじみに、山本はお盆を片手で受け取り、もう片方の手で彼女の頭を優しく撫でる。
幼なじみは猫のように目を細めていた。

「さわださんに、ごくでらさんも、いらっしゃいませぇ」

さん付け呼びに少しだけドキリとしながらも返事をする俺と獄寺君。
廊下が少しだけ軋む音がし、山本のお父さんかなと最初は思ったのだが、現れたのは意外な人物だった。

「オレもいるぜ」
「あ、でぃーのさん!」
「よ!久しぶり、でもないか?良い子に元気にしてたか?」

幼なじみを持ち上げ、高いたかいーとくるくるとまわるディーノさん。
きゃーきゃーと甲高い声を上げながらも、幼なじみは興奮した顔で笑っていた。

「うりゃりゃ!山本にも迷惑かけなかったか~?」

ディーノさんは幼なじみをすとんと床におろし、首回りをこちょこちょとくすぐりはじめた。

「ひゃ!くすぐったいですよぉ!」

幼なじみは亀のように首をすくめ、短い足を一生懸命動かし、胡座をかいている山本の足へ頭を隠すように飛び込む。

「良い子に元気にしてたよなっ」

くるりと体を仰向けにした幼なじみの頬を、山本は両方の手でむにむにと挟んだ。

「ほらっ、おにぎり~」
「やだぁ、おにぎりじゃないよぉ」
「な、なんだ、随分と仲良くなったんだな、お前ら、、、」

ディーノさんは少しだけ拗ねたように苦笑いを浮かべている。

「ディーノさんはどうして山本のところに?」
「いや、そろそろ寂しがってるかと思って迎えに来たんだが、、、」
「さみしくないですよぉ、たけしくん、いっぱいあそんでくれてますもん!」

幼なじみはというと、相変わらず山本に体を預けたまま、顔を綻ばせていた。
そんな幼なじみの様子にディーノさんは少しだけ眉を下に動かし、参ったなという顔をしている。

「山本にも迷惑かけられないし、そろそろ」
「迷惑じゃないっすよ、俺んとこは大丈夫なんで」

山本はディーノさんの言葉を遮るように話をしていて、なんだか少しだけ違和感を覚えた、が。
なんと伝えたらいいのか分からず、そのまま黙って見ていることにした。
膝にのせられたまま、目の前にある山本の指で遊びはじめた幼なじみ。山本もされるがままだ。

「いや、山本が良くても山本の親父さんが、、、」
「ディーノさん、コイツに帰ってきて欲しい理由が別にあるんじゃないすか?」

図星だったのだろう。
ディーノさんは少しだけ息をはき、幼なじみの名前を呼び話し始めた。
名前を呼ばれ幼なじみは、山本の指は持ったまま、間延びした声で返事をする。

「恭弥がお前に会えなくて寂しがってるんだ」
「ひばりさんが?」
「あぁ。もう見るからにズゥゥンって落ち込んじまって、、、。いつ戻ってくるんだって俺にずっと聞いてくるんだよ」

幼なじみは黙ったままだった。
ディーノさんは最後まで聞いてほしいという声で、言葉の先を続ける。

「アイツも反省してるし、そろそろ戻ってきてくれないか?」
「でも、ひばりさん、いじわるだもん、、、」

顔を下に向け、なんとか異を唱える幼なじみ。
ディーノさんは両手をぱんと合わせ、お参りをするかのように頭を下げた。

「恭弥が意地悪しないように俺からもきつく言っておく!だから、恭弥に最後のチャンスをやってくれないか?」

俺と獄寺君はなにも言えず、気まずい空気が山本の部屋を包み込む。

「わかりましっ」

力なく答えようとした幼なじみの頬を、山本はぷにりと掴んだ。

「ほら、アヒルさ~ん!ぐわぐわぐわ~!お、そろそろ親父が夜の仕込みする時間だな。手伝ってきてくれるか?」
「でも、」

ディーノさんのことをちらりと見上げる幼なじみ。
山本は不安そうな幼なじみの頭を優しく撫で、いつものように笑っていた。

「大丈夫だから、な?」

そんな山本の姿をみた幼なじみは安心したのか、顔を綻ばせた。

「わかった!でぃーのさん、いってきます。たけしくん、またあとでね!」

ぺこりと頭を下げると、そのまま廊下を走り去る幼なじみ。

「それはずるいんじゃないっすか、ディーノさん?」

幼なじみが去ったことを足音で確認した山本は、ディーノさんへ少しだけ厳しい声を上げてた。

「優しいアイツに、あんな言い方したら嫌でも帰るって言うに決まってるじゃないっすか」
「それは、そう、だけど、」
「帰るかどうかはアイツが決めることで、俺達が決めることじゃない」

いつになく真剣な表情をする山本に軽口をたたく、なんてことが出来るわけもなく、今日はそのままお開きになった。


夜遅く、とは言ってもそこまで夜も更けているわけでもない時間。
山本と彼女はいつものように一枚の布団の上で横になっていた。

「でぃーのさん、おこってるかな、、、」
「怒ってなんかないって、大丈夫だから」

山本は彼女の方へ体を向け、優しく頭を撫でる。
彼女は天井を見たまま、少しだけ眠気をはさんだ声で話しかけた。

「ひばりさん、さみしいのかなぁ」
「ヒバリが、よりも、お前はどうしたい?」
「わたし?」

まさかそう言われるなんて、目をいつもより丸くし山本を見る彼女。
山本と彼女の視線が暗闇で混じりあう。

「帰りたいか?」
「わかんない、、、。でも、わたしは、たけしくんがいるからさみしくないけど、ひばりさんがさみしいのは、かなしい」
「そっか、じゃあヒバリと仲直りするか?」

彼女は山本の顔を不安そうに見つめる。
どうしたと山本が聞くと、内緒話をするかのように山本の耳元へと近づく。

「たけしくん、いっしょについてくれますか?」
「もちろん、お前が望むなら」

彼女の顔は途端に明るくなり、嬉しそうに目を輝かせた。じゃあ、じゃあね、となるべく音量をおさえた声を上げ、山本の腕の中に飛び込む。
ぷはっと山本の胸元から顔を出し、そのまま話し始めた。

「じゃあ、ひばりさんとなかなおりするっ。それで、やなことされたらちゃんとおこるっ」
「お、そーかそーか!困ったことがあったらちゃんと言えよ~?」
「えへへっ、やっぱりたけしくんはやさしいねぇ。もてもて、なんでしょ?」
「そーでもねぇよ。好きなヤツからは振られちまったしなぁ」
「え、たけしくん、かっこいーのに?」
「ん?」
「だってだって!たけしくん、いっしょにあそんでくれるし、おはなしもきいてくれるし、といれもついてきてくれるし、やさしいし!」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ」
「ほんとだよ、ほんとにほんとだよっ」
「でもヒバリのとこ帰るんだろう?」

少しの静寂が部屋のなかを支配し、彼女も山本もお互いがどんな顔をしているのかは分からなかった。

「悪い、冗談だから。お前がいなくなったら寂しいからって、思わず意地悪言っちまった。ゴメン」
「たけしくん、」
「ほらっ、もう寝るぞ~。明日ディーノさんに連絡しとくから」
「たけしくん、あのね、わたしね、たけしくんのこと」

山本は彼女の唇に人差し指を伸ばした。

「今はまだ、な?」

山本の指は少しだけ、彼女の唇へと触れていた。

とある日、まだ明るい時間帯の公園は少しだけ騒がしかった。

「良いか?アイツに会ったらちゃんとゴメンナサイって謝ること!もう意地悪はしないこと!優しくすること!分かったか?」
「うるさいな、言われなくてもわかってる」
「うるさいってお前なぁ、、、」

ディーノは腰に置いていた手を頭に移動させ、少しだけ息をはく。

「というか、元に戻る方法が分かれば丸く収まるのでは?」

風紀副委員長の草壁も同席していた。
成人男性、成人男性顔負けの学生服姿の男性、子供。
端から見たらなんの集まりなんだと怪しさは文句なしの満点だった。

「それが分かれば苦労しないって、、、。お、きたか」

公園の入り口に二人の姿が見えた。
手を繋ぎ、内緒話でもするかのように顔を近づけ、その度に顔を綻ばせる山本と彼女の姿が見えた。

「あ、ひばりさーん!」

雲雀にも見えるように腕を大きく振り、山本の手を引っ張りながら走り出す彼女。
三人の前に到着すると、ペコリと頭を下げる。

「でぃーのさん、くさかべさんも、こんにちは!」
「はい、こんにちは」
「今日は来てくれてありがとな。ほら恭弥、言いたいことがあるんだろ?」

雲雀は黙ったまま、俯いたままだった。
彼女がどうしたのかと雲雀の顔を覗き込もうとした瞬間、パチンと小さな音が聞こえてくる。

「きょ、恭弥!」
「委員長!」

雲雀が叩いたのだ、彼女の頬を。
ディーノと草壁の声も気にせず、雲雀は彼女へ掴みかかろうとしていた。
山本は慌てて彼女のことを抱きあげ、雲雀と距離をとる。
彼女の頬は赤くはなっていないものの、じわじわと痛みが広がってきているのだろう。
目を大きく開き、ひっひっと短い息と共に肩が上がっていた。

「痛かったな、ビックリしたよな、大丈夫だからな」
「ふぇ、ふっ、うぅ、」

山本が彼女の背中を叩くも、もう限界だった。

「やだぁぁぁ!もう、ひばりさん、きらいっ!きらい!いじわる、ばっか、もう!きらい!」

彼女は今までに聞いたことのないような声で叫ぶ。
山本の首に腕をまわし顔をこすりつける。

「なんで、いじわるばっかり!するのっ!もう、きらい!きらいだもん!」
「だって!ぼくはきみのことだけ、すきなのに!ぼ、ぼくといっしょに、いるときは、あんなかおして、わらったことないのに!」
「委員長、、、」
「恭弥、、、」
「きみも、ぼくがきみをすきなのとおなじぐらい、ぼくのことをすきになってよ!ほかのヤツとなんて、仲よくしないで!ぼくのことだけ見てよ、みて、ほしくてっ、、、」

顔を下に向け自分の手を握りしめる雲雀。
途中何度か腕を使い顔を乱暴にこすり、その隙間から水滴が地面に落ちてるのは気のせいではなさそうだった。
彼女は山本の首元から顔を上げ、洋服をくいくいとひっぱり、地面に降ろしてもらうようにお願いをする。

「い、いじわるして、ごめん」
「ひばりさん、、、」
「きみのことが、すき、だいすきだよ、なかなおり、したい」
「いーいよっ」

彼女が右手を差し出し、雲雀が手をきゅっと握った瞬間。
ぼむっとなにかが破裂するような音がし、白煙が立ち上がり二人の姿が隠れてしまう。
煙はすぐに薄くなり、小さくなる前の学生服姿の二人の姿がそこにはあった。
先ほど同様、握りあった手は固く結ばれたままだった。


「本当に!すみませんでした!」

土下座をしそうな勢いの彼女とは裏腹に、雲雀はふんぞり返ったまま微動だにしない。

「いや、元はと言えば俺が悪かったんだし、、、」
「そうだよ、元はと言えば彼が悪いんだから。君が謝る必要はないよ」
「なに言ってるんですか!ディーノさんも、草壁さんも、山本君も、お手を煩わせてすみませんでした!」

気にしなくて良いと言う山本と草壁に、彼女は眉をしょぼしょぼとひそめた。

「もう恥ずかしすぎる、、、恥ずかしすぎる!!」

いやぁ!と顔を手で覆う彼女。
その顔はリンゴのように赤くも見えたが青ざめているようにも見える。
ディーノは慌てて彼女へ質問をした。

「記憶は残ってるのか?」
「いや、断片的なところだけ、、、。山本君、本当にすみませんでした、、、」

うぅ、と彼女は今にも泣き出しそうな顔をし、山本に向かって頭を下げる。
山本は気にするなと言うものの、彼女の耳にはあまり届いていないようだった。

「それによ、こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言えば良いんだから」

頭を優しく撫でられ目を細める彼女、そして。

「ありがとう、たけしくん!」

その瞬間、空気が重苦しくなり一番最初に口を開いたのは雲雀だった。

「これはどういうことかな?」
「ひ、雲雀さん、アハハ、ハハ、、、。今日はこれで!さよーなら!!」
「待ちなよ」
「ひぇ」

雲雀に追いかけられた彼女に残された道は一つだけ。
彼女は全速力で逃げることにした。

-そういえば、山本君はあの時、私になんのお願いをしたのだろうか?

「じゃあーーーー」

-思い出せない、そうだ明日にでも山本君に聞いてみよう、あんなに迷惑をかけてしまったのだから、なにかお返しをしなければ、

「考え事なんて随分と余裕だね」
「って、あわ、ぎゃーー!」
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二人が去ったあと、なぜだが直ぐに解散する気持ちにはなれず、そのまま井戸端会議を繰り広げていた。

「なるほどなぁ、子供に戻ってやりたい放題したら確かに欲望は満たせるかもな」
「委員長のは、なんとなく分かってましたが、、、」
「まぁ、恭弥とケンカしてたぐらいだから謝ってほしかったのかもな。山本も悪かった、ありがとう」
「大丈夫っすよ、アイツと約束もしたし」
「約束?でも子供になってた時の記憶はあまり残っていないんじゃ、」
「ディーノさんも草壁さんも知ってると思うんですけど、ほらアイツ義理堅い性格だから」
「?」
「今から楽しみだなーって」

山本はいつものように笑みを浮かべ、それ以上のことは話さなかった。
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咬み殺される、そう思った彼女は目にぎゅっと力を込めるがいつまで経っても痛みはこず。
薄く目を開くと、雲雀は彼女の腕を掴んだままだった。

「え、あの、雲雀さん?」
「君に、言いたいことがあるんだけど」
「あ、はい、なんですか?」
「僕は君のことがー」

山本と彼女のした約束とはなんだったのか。
それが分かるのはもう少し先の話、そして約束の内容を知った彼女にどんなことが待っているのか。

それは山本だけが知っていることだった。
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