私の就職活動記録
就職活動(しゅうしょくかつどう、英: job hunting)は、職業に就くための活動の総称。略す場合は「就活(しゅうかつ)」という。
また一般に、仕事をしていた人が一度退職し一定のブランク期間(働かない期間、離職期間、あるいは失業期間)を経て、再び就職することを再就職という。
某サイトより参照、私は応募した企業からことごとくお祈りメールを頂戴していた。
まずい、まずいぞと私は携帯のメールを見ていた。
就職活動も昔とは状況が変わり、今はほとんどの企業がモバイル端末を使っている時代だ。
今後のご活躍をお祈り申し上げます、届いたメール全ての文末にはそう記載されている。
ぜひそちらで活躍させてくれ、とため息をつきながら携帯端末の明かりを落とす。
どうしようどうしよう、どうしたらどうしたら。
ベッドに体を転がし、枕に顔をおしつけた。
「と、いうわけでして、、、!」
それからしばらく経ったある日のこと。
私は中学生時代の同級生でもある花ちゃんと喫茶店で話をしており、机に顔をうずめる。
「また落ちたの?」
「落ちたって言わないで、お祈りされたって言ってよぉ」
どっちも同じでしょと言う花ちゃんは手厳しい。
彼女は大分前に就職先が決まり、残り少ない学生生活を謳歌していた。
「アンタ、そんなに成績悪い訳じゃないのになんでかしらね?」
「私が聞きたいよぉ、面接対策も先生にお願いして問題ないって言われてるのに。何がダメなんだと思う?」
私は顔を上げ下唇をつきだし、のそのそと背筋を伸ばす。
カフェオレのストローをぐるぐるとまわし、口をつけ喉の乾きを潤す。
「ダメと言うか、アンタはてっきりヒバリのところに就職するのかと思ったわ」
カフェオレが喉の気管に入り込み、思わずむせてしまう。
花ちゃんは席に備え付けられている箱ティッシュを私へ差し出してくれた。
二枚ほど乱暴に引き抜き、鼻と口の辺りを覆う。
水の中で溺れたように、鼻がツーンとして痛い。
雲雀恭弥こと雲雀さん、私達の通っていた並盛中の風紀委員長だったお方だ。
傍若無人、恐怖政治、風紀委員の勢力をさらに拡大し、今は風紀財団という組織を牛耳って?いる。
「な、なんで、雲雀さん、が」
「なんでって、ねぇ?」
花ちゃんは明後日の方向を見ながら、私に同意を求めるような声を出していた。
私が首をかしげると、花ちゃんは少しだけ困ったように苦笑いをする。
「雲雀さんにお情けで拾ってほしくないし、一緒に仕事したら胃に穴が開いちゃいそう」
「それは大丈夫なんじゃない?」
「大丈夫じゃないよ、やだよ!」
「何が嫌なんだい」
低い声に体が固まり慌てて後ろを振り返る。
そこにいたのは黒いスーツに紫色のシャツ、黒いネクタイをしっかりと上まで締めた雲雀さんだった。
「ひ、雲雀さん!なんでここに」
思わず椅子から腰を上げ、いつでも逃げられるように鞄を掴む。
「どうせ暇だろう。付き合って」
「いや!今日は花ちゃんと遊ぶ予定があるので、、、」
雲雀さんは花ちゃんに向かって、私を連れていっても問題ないかどうか確認していた。
花ちゃんはどうぞどうぞと手の平を雲雀さんへ向け、まるで献上品のように私を差し出す。
そこに私の意思はないのである、悲しいことに。なんて、思わず倒置法を使ってしまう。
「花ちゃん!ちょっとぉ!」
「ほら行くよ。悪いね、黒川花」
雲雀さんは私の襟を掴みずりずりと引きずられる。
あ、お金置いていってないと思ったが、雲雀さんの手には伝票が握られていた。
いつの間にか支払いは終わっていたみたいだ。
車の助手席に詰め込まれると、運転席に乗り込んだ雲雀さんは慣れた手付きでエンジンをかける。
いつもの事だ、だが理不尽である。
「なんですか、これでも結構忙しいんですけど」
「嘘つき」
「う、嘘じゃないです!履歴書の写真も撮りに行かないといけなくて、だから今日は花ちゃんと遊ぶ日なのにスーツ着てるんですよ」
というかそもそも応募先を見つけなきゃいけないし、口をもごもごと動かしながら異を唱えた。
雲雀さんはそんな私の様子に鼻で笑う。
「まだやってるんだ、もういい加減諦めたら?」
「諦めないですよ!生きていくために必要なことですから」
「僕のところで雇ってあげるよ、君を採用するような奇特な企業はないだろう」
「ダイジョウブデス」
雲雀さんは信号が赤になったことを良いことに、私の頬を横に引っ張る。
「いひゃ、いひゃいです!」
「ワォ、相変わらずよく伸びるね」
信号が青になった瞬間、ぱっと雲雀さんは手を離し私は頬を撫でた。
もう、顔が大きくなったらどうしてくれるんだ、とは言えず私は雲雀さんを横目に見る。
「言いたいことがあるなら聞くよ」
「ナンデモナイデース、、、」
雲雀さんは次はどこの会社に応募するんだと聞かれ、会社名を告げる。
まぁ頑張ってみなよと、激励のお言葉を頂戴し私は笑みを浮かべた。
雲雀さんへ連れてこられた場所はとある町工場だった。
車を駐車場に停め、エンジンを落とすと雲雀さんはシートベルトを外す。
どうやらここが目的地のようだった。
私もシートベルトを外し車からおりる。
「ここに用事があるんですか?」
訳も分からず連れてこられたのだから理由ぐらい聞いても良いだろう。
「そうだよ、着いてきて」
ずんずんと前を歩く姿は昔から変わっておらず、私が慌てて雲雀さんを追いかけ、横を歩くのも昔と変わらなかった。
町工場にいたのは中年の男性だった。
首にはタオルを巻いており、灰色の作業服はところどころ油が付着しており黒ずんでいる。
男性は雲雀さんと私に気づくと挨拶をし、握手をしてくれた。
「この間は悪かったなぁ。あれ、そちらのお嬢さんは?」
私は頭を下げ、挨拶をする。
雲雀さんはスーツ姿の私を部下だと紹介していた。
「そうかそうか、今日は上司の仕事振りを見に来たのかな?」
「そうなんです、宜しくお願いします」
部下でもないし上司でもないのだが、とは訂正できず、そのまま差し出された手で握手をする。
ここは話を合わせるしかないだろう。
客間へ通された私と雲雀さんは上座へ勧められ、腰を下ろす。
私はなにをすれば良いのだろうと雲雀さんを横目で見るが、なにを考えているのか分かるはずもなかった。
「こんな格好で悪いねぇ。待ってね、飲み物持ってきてもらうから」
男性はタオルで頭をがしがしと拭きながら照れくさそうに笑みを浮かべる。
お気遣いなく、そう言う雲雀さんの顔はにこりとも愛想を浮かべておらず、二人がどういう関係なのか全く分からなかった。
こんこんと扉を叩く音がし、女性が客間へ入ってきた。
歳は男性と同じくらいだろうか、女性は人数分の湯呑みをお盆にのせており、私達の前に静かに置く。
何も言わない雲雀さんの代わりに私がお礼を伝える。
「ありがとうございます」
「いえいえ、暑いところお疲れ様ねぇ」
女性はそのまま立ち去るのかと思ったら、男性の横に腰を下ろし座りはじめた。
にこにこと笑顔を向けられ、少しだけくすぐったい気持ちになる。
「お茶、飲んでみて。最近のお気に入りなのよ」
飲んでも良いのだろうか、失礼にはならないのだろうかと私は雲雀さんを見る。
雲雀さんからも頂きなさいと言われ、湯呑みを口へ運ぶ。
「あ、美味しい」
思わず素で感想を言ってしまい慌てて謝罪をする。
ダメだ、こういうところがお祈りメールをもらう理由かもしれない。
「気にしないで、そう言ってもらえて嬉しいわぁ」
女性が本当に嬉しそうに笑うものだから。
私は思わず、温度もちょうど良くて飲みやすいですね、と的外れなことを言ってしまう。
目の前の二人は優しく目を細め笑ってくれたが、雲雀さんの顔は怖くて見ることができなかった。
「可愛らしいお嬢さんね、お歳はいくつ?」
「こら、初対面のお嬢さんに向かってなにを聞いてるんだ」
男性は女性をたしなめる様に注意をする。
私は気にしないで下さいと言い、年齢を口にした。
女性からは他愛もない質問をいくつかされ、私は特に意味も考えず答えていく。
「甘いものはお好き?もし良かったらパウンドケーキ食べない?」
女性がにこにこと嬉しそうに笑うものだから、私
は可愛らしい人だなと笑ってしまう。
「そんな、お気になさらず」
「良いじゃない。甘いもの嫌い?」
「大好きですけど、、、」
あら、じゃあちょっと待っててね、そう言うと女性は腰を上げ扉の奥へ消えていった。
男性はどこか安堵した顔をしており、ありがとうとお礼を言われる。
「むしろ、私の方こそ図々しくてすみません」
「とんでもない!妻は菓子作りが好きでね、今日のパウンドケーキもそうなんだよ。ボクは医師から甘いものを控えるように言われていてね、もし良かったら食べていって」
なるほど、二人は夫婦だったのかと合点がついた。
客間へ戻ってきた奥様はパウンドケーキののせたお皿を私と雲雀さんの前に置く。
白いお皿の縁には青い花が描かれており、金色のフォークはぴかぴかに磨かれていた。
パウンドケーキの横には生クリームがのせられており、まるで売り物のようだ。
私は手を合わせ、控えめに、いただきますと声に出す。
パウンドケーキを一口大に切り、生クリームをつけ口に運ぶ。
思わず顔が緩くなり、もぐもぐと咀嚼をし、細かくなったパウンドケーキが喉を通る。
私は先程よりも少しだけ大きい声で美味しいと口に出してしまい、恥ずかしさから顔が熱くなった。
しかし時既に遅し、である。
「あ、あの!すみません!美味しいです!」
「どうして謝るの?美味しそうに食べてくれて嬉しいわ」
「ほんとになぁ、見てるこっちも嬉しくなるよ」
そうですかねぇと頭をかきながら下を向く。
雲雀さんの前にはパウンドケーキが手付かずのまま置いてあった。
私の視線に気づいた雲雀さんは、食べるかと聞いてくる。
そんなにいやしんぼな目で見ていただろうか、私は慌てて首を横にふった。
そんな顔で見られたら食べにくい、ほら食べろと雲雀さんは私の前へお皿を移動させる。
もっと持ってきた方が良いかしらと奥様から言われたが、私と雲雀さんは同じタイミングで首を横にふった。
お菓子作り上手なんですねと言うと、奥様は嬉しそうに笑い、今までに挑戦したお菓子のレパートリーを話しはじめる。
そんな私達をよそに、雲雀さんとご主人は二人で話をしていた。
おそらく風紀財団に関係する仕事の話だろう。
たまに物騒な単語が聞こえてきたが気にしないことにした。
雲雀さんとの仕事の話が終わったのだろう。
ご主人は奥様に話しかけ、会話は中断される。
「ほら、あちらさんも忙しいんだから。いつまでも引き留めてちゃ悪いだろう」
「あら、ごめんなさい。もうそんな時間だったかしら?」
ご夫婦は雲雀さんと私を工場の入り口で見送り、奥様は手土産にと紙袋にお菓子をたくさん持たせてくれた。
また遊びに来てちょうだいね、と奥様から名残惜しそうに言われ、遊びに来たわけではないのだがと思いつつ笑顔で返事をする。
車を走らせている雲雀さんは、心なしか嬉しそうな顔をしていた。
私は膝の上にのせていたお菓子の紙袋の匂いをかいでみる。
紙袋のにおいに混じりバターの香りがし、何が入っているんだろうと胸が弾む。
不意に雲雀さんから名前を呼ばれ、紙袋から頭を上げ返事をする。
「助かったよ」
「え、私なにもしてないんですけど、」
強いて言えば雲雀さんのお菓子も食べたぐらいなんですけど、と言うと雲雀さんは茶化すかのように笑いはじめた。
なんだか恥ずかしくなってしまい、すみませんと謝罪を口にすると、雲雀さんからまた笑われた。
「私への用事はこれで終わりですか?」
赤信号になったタイミングで雲雀さんに聞くと、チラリと横目で見られ私は思わず固まってしまう。
「今日は朝から何も食べてなくてね、ご飯付き合って」
どうせ暇だろうと、先程と同じ、断定的な言われ方をされてしまい私はしぶしぶ頷いた。
一度財団に戻るからと言われ、車は風紀財団の施設へと向かう。
そのまま待ってようかとも考えたが雲雀さんから行くぞと言われ、後ろを着いていく。
何度か風紀財団の施設へ訪れたことはあるが、相変わらず大きい施設だなと、廊下の先を見つめる。
雲雀さんが執務室の扉を開けると、少しだけお疲れ気味の草壁さんの声が聞こえてきた。
「恭さん、お疲れ様です」
「お疲れ」
私は一応部外者といこともあり扉の前で待つ。
雲雀さんは先程訪れた工場の名前を口にし、契約を交わしてきたこと草壁さんに伝えていた。
「どこも苦戦されていたのに、流石です」
「僕じゃない、彼女のお陰だよ」
私は慌てて開けっ放しの扉の前に立ち草壁さんへ挨拶をする。
草壁さんも慌てた様子で挨拶を返し、私の顔を見て何か納得したような顔をしている。
「哲、今日はもう帰るから。あとは宜しくね」
「はい」
綺麗にお辞儀をする草壁さんへ私も頭を下げ、雲雀さんの後を着いていく。
雲雀さんが連れてきてくれたのは昔ながらの洋食屋さんだった。
店は繁盛していないのか、客は私達以外にはおらず静かなクラッシック音楽が流れている。
雲雀さんは慣れた様子で奥のテーブル席に座りメニュー表を手渡された。
「雲雀さんは何にするんですか?」
「A定食」
「私もそれにします」
思わずマスターと呼びたくなるような見た目のおじいちゃんがお冷やとおしぼりテーブルに置き、私はそのまま注文をする。
飲み物はどうしますかと聞かれ、雲雀さんはコーヒーと口にしたため、二つともコーヒーでお願いますと伝える。
かしこまりました、とおじいちゃんは厨房に戻っていった。
随分と疲れた顔をしていたと、先程の草壁さんの姿を思い出す。
働くと言うことは大変だ、まぁそもそも自分は働く先も見つかっていないのだが、と心のなかで自嘲した。
ふと横の椅子に置いた紙袋の存在を思いだす、袋の中身を控えめにさぐる。
「お菓子、どうしましょうか?さっき置いてくれば良かったですね」
「いいよ、持って帰りな」
「良いんですか?じゃあお言葉に甘えて、ありがとうございます」
私は雲雀さんへ頭を下げ、へっへっへっと笑う。
しばらくお菓子は買わなくても済みそうだ。
手作りだから早めに食べなければ、これはもう致し方ない、免罪符を手に入れた私に怖いものはないのである。
「そういえば、今日のお仕事って難しかったんですか?」
定食を食べ終え、食後に運ばれてきたコーヒーを飲みながら私達はお腹を休めていた。
「そうだね。沢田や跳ね馬も狙ってた工場みたいだから」
「あの二人がですか?」
幼なじみの名前と雲雀さんの自称師匠を名乗る人物の名前が出てきたことにも驚く。
てっきり、君には関係ないだろうと一蹴されるかと思ったが雲雀さんは答えてくれた。
機嫌が良いのだろう、ちなみにA定食はハンバーグ定食だった。
「あそこは婦人に決定権があるみたいでね。どんなに社長が良いと思っても、婦人が気に入らないと契約を交わす事ができないんだ」
「へぇ、そうなんですか。なんか意外ですね」
お菓子作りの楽しさを話していた女性を思いだす。
私と話しをしていたのだから契約の話しは聞いてないんじゃないですかと口を開く。
雲雀さんはパウンドケーキと言い、私は頷き感想をのべる。
「美味しかったですね」
「違う。パウンドケーキを出されたら契約成立って意味だったんだよ」
「え、そうなんですか!?」
そんなことあるのだろうか、にわかに信じ難い話だったが目の前の雲雀さんはにこりともせず(まぁ今までに一回も、にこりと微笑まれたことはないが)淡々と話を続けた。
「沢田も跳ね馬も都合がつかなかったみたいでね、商談を部下に任せたらパウンドケーキは出されなかったみたいだよ」
なるほど、だから雲雀さん自身が顔を出したのかと納得する。
しかし何故私を連れていったのか、理由を聞けば良かったのだがコーヒーカップに口をつけタイミングを逃してしまった。
まぁ上手くいったのだから良いかと考え、そのままコーヒーを飲む。
雲雀は目の前の彼女を見つめ、草壁と共に工場を訪れた日のことを思い出す。
その時も工場を営む夫婦は二人揃って商談の話を聞いていた。
主人は悪くないね顔を綻ばせていたが、妻である婦人は少しだけ顔を曇らせている。
草壁が婦人に向かい、なにか心配な点があるのかと尋ねると婦人はそうねと口を開く。
「責任者の方がわざわざ顔を出してくれてるんだもの、契約を交わすのは賛成よ」
「でしたら、、、」
「貴方の人となりが見えてこないのが、気になるのよ」
なんら問題はないのではないか。
草壁がそう言うよりも先に、婦人は雲雀のことを見つめ話し始める。
「誤解しないでちょうだいね、貴方が悪い人って言ってる訳じゃないの。草壁さんのことを信用してい連れてきているのは私にも伝わってくるわ。ただね、そうじゃないのよ」
なんて言ったら良いのかしらね、婦人が困ったように笑うため主人は慌てた様子で話しかける。
「そんな訳の分からないことを言って、あちらさんも困っているだろう?いいじゃないか、風紀財団さんのところで契約を交わすので」
決定権を持っているのが自分と言うことが分かっているのだろう、婦人は頷こうとはしない。
「貴方達も分かると思うけど、この世界って嘘や欺瞞ばかりでしょう?貴方の人となりが分かるものを見せてくれたら良いのだけど、、、」
婦人はそう言うとお茶を飲み黙ってしまう。
どうやら今日のところは帰るしかないようだった。
「難しい注文ですね」
車を運転しながら草壁は助手席に座っている雲雀へ声をかける。
「恭さん、どうしますか?」
「どうもしないよ」
雲雀はぴしゃりと反応をする。
草壁はてっきり、商談を辞退すると言う意味かと思ったが雲雀の考えはどうやら違うみたいだった。
「僕の人となりが分かれば良いんだろう?手は考えてる」
「そ、そうでしたか、、、。しかし何故あの工場に拘られてるんですか?」
草壁はずっと前から気になっていたことを、今しかないと訊ねる。
雲雀自身がわざわざ工場まで赴き、商談をし、そこまでして契約を結びたい理由がいまいち理解できずにいた。
「沢田と跳ね馬が失敗した話は聞いてるだろう」
草壁は頷き肯定する。
二人は都合がつかず、信頼している部下を商談の場に向かわせたようだった。
上手くいかなかった、そんな話を聞いていたからこそ、今回は雲雀自身が工場へ赴いたのだ。
「ウチが契約を結んだら、あの工場を独占できるからね」
そう言う雲雀の顔は悪い笑みを浮かべている。
帰る間際、主人からは申し訳ない、言い出したら聞かない性格なんだと頭を下げられた。
「ここだけの話なんだけどね、アイツがパウンドケーキ出したらオッケーの合図だから」
主人は雲雀と草壁にこそこそと告げ口をするように呟く。
パウンドケーキと言葉を発したのは草壁だった。
「アイツね、自分が良いと思った相手には毎回出してるんだよ。人を見る目は確かだから俺も強く言えなくてね」
主人は頭をかき、少しだけ誇らしげな、顔を赤く染め苦笑いをしていたのを草壁は思い出す。
車内は沈黙に包まれ、そのまま風紀財団へと走った。
雲雀の閉じた目蓋の裏側にいたのは目の前にいる彼女ことだった。
案の定、婦人は彼女を気に入り、その様子を見た主人もそのまま契約に入ろうと万年筆を握っていた。
「なんですか、雲雀さん」
雲雀の視線に気づいたのだろう。
彼女はコーヒーカップを受け皿に置き、雲雀の顔を見つめる。
「君、本当に僕のところで働くつもりはないの?」
「雲雀さんのところはちょっと、、、」
彼女はへらりと笑い、それ以降は雲雀が何を言っても明確な答えを言うことはなく話は終わってしまった。
まただめだった、私は道を歩きながらため息をつく。
お祈りメールを貰った回数は両の指では足りなくなってきており、そろそろ足の指も使わないと間に合わなくなってきてしまっていた。
不意に携帯端末が音をならし、誰からだと表示画面を見る。
久しぶりに見た名前に少しだけ驚きながらも通話を開始した。
「もしもし、どうしたんですか?」
「どうしたんですか?じゃないわよ~!せっかく連絡先交換したのに、アータったら全然連絡くれないんだもの~!」
「忙しくてなかなか、、、。用もないのに電話したらご迷惑かと思って」
「んもう!私とアータの仲じゃない!用がなくても連絡しなさいよぉ。思わず私からかけちゃったじゃない」
通話相手はぷりぷり怒りながら話し始め、私は苦笑いをする。
「すみません、今そっちは夜でしたっけ?」
通話相手との時差を思い出し聞いてみると、フフフと向うは上機嫌に笑いどこにいると思うと逆に質問された。
「どこにって、」
私が立ち止まり考えはじめた一瞬の出来事だった。
横に黒塗りの、まぁ俗に言うリムジンが止まる。
こんな町中でリムジンを見るのは珍しいなと思った時には後部座席のドアが開き、腕がにゅっと伸びてきて襟首を捕まる。
驚きの声を上げる暇もなく、半ば転がるようにリムジンへ連れ込まれた。
「正解はジャッポーネでした~」
「ルッスーリアさん!」
目の前にいたのは独立暗殺部隊ヴァリアーのルッスーリアさんだった。
「王子もいるっつーの」
声のした方を見るとベルさんもいた。
どうやら私を引っ張ったのはベルさんのようだ。
「なんで日本に?」
「たまたま仕事でね、せっかくジャッポーネに来たからお茶でもしようかと思って」
ルッスーリアさんはウフと笑うと、運転手にホテルまで向かってちょうだいと指示を出している。
ベルさんは私の肩をだき、相変わらず掴み所のない笑みをニヤニヤと浮かべていた。
「お嬢、元気してた?王子のところにも連絡ねーし、こうしてお出迎えしてやったんだから感謝しろよ?」
「お出迎えって言うか、拉致だと思うんですけど」
お嬢というのはベルさんが私につけたあだ名だった。
恐らく、以前一緒に見た時代劇映画が由来で、姫と呼ばれるよりかは幾分かましだと思い、敢えて訂正せずそのままにしている。
誰もいない時で良かった、町中でリムジンに押し込まれているところを誰かに見られたらあわや警察沙汰になってしまうところだった。
リムジンはそのまま町を走り、ホテルへと到着する。
運転手はホテル入り口で私達をおろすとそのまま迂回し、地下駐車場へと走り去っていった。
ホテルのレストランへ連れてこられ、ルッスーリアさんはアフタヌーンティーを頼んでいる。
お財布の中身を思いだし、あんまり高いものは頼めないことを伝えると奢るに決まってるだろうと二人からは笑われた。
ウェイターは音もなくアフタヌーンティーのセットを並べ、ごゆっくりお過ごしくださいと言い立ち去る。
ルッスーリアさんは頬杖をつき、最近どうなのかと近況を問われた。
私は就活が難航していることを伝えると二人は顔を見合わせる。
「シュウカツってなに?」
「トンカツの仲間じゃね?」
ベルさんの冗談か本気か分からない声に思わず気が抜けてしまう。
そうか、確かに二人には無縁の言葉かもしれないと私は噛み砕いて説明をする。
「あら、そんなことやってるの?」
「庶民は大変だな」
「そうなんですよ、庶民は大変なんですよ」
ベルさんはフォークをくるくると回し、ルッスーリアさんは眉を八の字にしていた。
「ねぇねぇ、それだったらお嫁さんなんてどう?」
「お嫁さん?」
随分と話が飛躍するなぁと思わず苦笑いこぼす。
目の前のルッスーリアさんはそうよんと人差し指を伸ばし、明暗だと言うように笑う。
「ルッスーリアさん、お婿に貰ってくれるんですか?」
「ちょっと、なんでアータがお婿なのよ!そうじゃなくて、ウチのボスのお嫁さんってことよぉ」
思わず目が点になってしまい、素っ頓狂な声を出してしまう。紅茶を飲む前で良かった、危うく吹き出してしまいそうになったと胸を撫で下ろす。
「ボスって、ザンザスさんのことですか?」
ルッスーリアさんは机に肘をたてにこにこと頷く。
独立暗殺部隊のボス、つまりはヴァリアーのボス、つまりはザンザスさんのことだ。
「いや、ザンザスさんも嫌でしょうよ、、、」
私はスクアーロさんが幾度となく理不尽な暴力に合っている現場を見たことがある。
というか、大分話が飛躍しているなぁと私は紅茶を一口飲む。
「九代目そろそろ孫の顔を見たいって言っててね。それならまずはお嫁さんを貰わなくちゃいけないわねって話してたところなのよ」
ねぇベルちゃん?とルッスーリアさんはベルさんを見る。
「そーそー、それにお嬢がボスのお嫁さんになったら俺らもおもしれーし。スクアーロなんて泣いて喜ぶんじゃね?」
ベルさんは私の肩に肘を置きニヤニヤと笑っていた。
他人事だと思ってと言う気持ちと、まさか本気じゃないだろうと言う気持ちで私は思わず言ってしまった。
まさかあんなことになるとも知らずに。
ルッスーリアさんとベルさんとお茶をした数日後、私はまた送られてきたお祈りメールを思い出し肩を落として歩いていた。
だめだ、もう無理かもしれない。
ふと路肩にリムジンが止まっているのが見えた。
なんだ、またリムジンか、金持ちめとリムジンの横を通りすぎようとした次の瞬間、後部座席のドアが開き、腕がにゅっと伸びてきて襟首を捕まる。
驚きの声を上げる暇もなく、半ば転がるようにリムジンへ連れ込まれた。
あれ、前にもこんなことあったな、またルッスーリアさんとベルさんかと連れ込まれた際にぶつけた頭を擦りながら声をあげる。
「ちょっと、ルッスーリアさん!ベルさん!毎回、」
目の前の相手と視線が合い、思わず硬直してしまう。
赤い瞳に黒い髪、顔の傷、私の目の前にいたのはザンザスさんだった。
とんでもない威圧感に私は思わず顔から血の気が引く。
「あ、あの!」
「出せ」
お金をですかと言う前に車は静かに走りはじめた。
どうやら私ではなく運転手に言ったみたいだ。
「お久しぶりです、、、」
沈黙。
「あ、この間ルッスーリアさんとベルさんに会いましたよ!ザンザスさんもこっち来てたんですね」
沈黙、沈黙。
「あのー、お元気、でしたか?」
沈黙、沈黙、沈黙である。
やだ、もう!会話にならないじゃない!と思わず泣きたくなった。
連れてこられた理由も分からず、ザンザスさんは黙ったまま、このまま海の餌となってもおかしくはない雰囲気だ。
えぇ、もうなんなんだよぉと泣きそうになったところでザンザスさんの口が開く。
「話は聞いているな」
「話って、あ、お嫁さん探してるって話ですか?」
ぎろりと赤い目に睨まれ、思わず体が跳ね上がる。なんだ、そのことじゃないのか!?と慌てて次の言葉を探すが、ザンザスさんは頷く。
「ルッスーリアさんとベルさんから聞きました」
ザンザスさんは黙ったまま、私は会話が途切れてしまうことに恐怖を覚えそのまま言葉を繋ぐ。
「私も就活中で、あ、就職活動中で仕事探してる最中なんですよ」
前に就職活動と恋愛は似ているところがあると言われたのを思い出す。
確かに、少しだけ似ているかもしれない。
「上手くいっているのか?」
「いや、私の方はなかなか上手くいってなくて、大変です」
「沢田綱吉に泣きつきゃ、解決するだろう」
いきなり幼なじみの名前を出され、私は少しだけ驚いてしまう。
ザンザスさんは、あの雲雀って男でも良いと続けた。
「人に、」
ザンザスさんは黙ったまま私のことを睨みつけており、私は口が乾いていることに気づく。
「人に頼って手に入れたものは、自分の物じゃないですから」
私がそう言うと、ザンザスさんは少しの間黙り、口を大きく開け笑いはじめた。
ふと、幼なじみ達がボンゴレリングを手に入れるために戦った時のことを思いだし、手のひらに汗がにじむ。
なにか間違えただろうか、怒らせるようなことを言っただろうか、生意気だったろうかとぐるぐると思考がまわる。
「気に入った」
「え、あ、それは良かった、です?」
何がですかとは言えず、上機嫌に笑うザンザスさんにつられ、私もぎこちなく笑みを浮かべた。
その日は自宅近くまで送ってもらい、そのままリムジンが立ち去るのを見送る。
なんだ、なんだ、なんだったのだ。
次の日、幼なじみでもある沢田綱吉からの電話により私の意識は無理矢理覚醒し、不機嫌さを隠そうともせず通話を繋げる。
「なに、どしたの?」
「何じゃない!お前、昨日何してた!?」
幼なじみの焦った声を聞き、昨日と呟きながら体を起こす。
「昨日、XANXUSに会わなかったか?」
「え、あぁ!会ったよ!会った会った!お嫁さん探してるんでしょ?九代目のためにって、なんだか人間味を感じるエピソードだよね」
私は台所まで歩き、カフェオレを飲むために鍋に水をいれコンロのつまみをひねる。
「お嫁さんって、お前がXANXUSと結婚するって電報がきてるぞ!どうなってるんだ!」
「え゛」
水が少なかったのかゴポゴポと音を立てながら鍋は少しだけ震えていた。
通話口の幼なじみはとにかく一度こっちに顔だせと言われ、慌ててガスコンロのつまみを消し、出かける支度をする。
幼なじみ、つまりはボンゴレファミリーのアジトへと到着すると何故か守護者一同皆揃っていた。
「お、お疲れ様デース、、、」
最初に私に気づいたのは幼なじみだった。
幼なじみ、獄寺君、山本君が私に詰めより、お互いのことを気にせず口を動かし私はいっぺんに言われても分からないよと白旗をあげる。
骸さんと京子ちゃんのお兄さんはどうどうと三人を落ち着かせていた。
取り敢えず説明をしろと言われた瞬間、後ろのモニターがパッと光り、私も含めた皆の視線が釘付けになる。
「おっひさ~!元気?電報見てくれたぁ?」
「ルッスーリアさん!」
「あら、アータもこっち来てたの?ボスとのお見合い、上手くいったみたいじゃな~い」
「お、お見合い!?」
お見合いと言う単語を聞き、皆の視線がばっと私に向けられた。
「してないですよ!?」
「あらやだ、昨日ボスと会ったんでしょ?」
「え!?あれ、お見合いだったんですか!?」
嘘だろ嘘だろう!?
私の知っているお見合いとは大分装いが違う。
ご趣味は、休日は何をされてるんですの、あらまあそうですの、オホホ、、、っていう雰囲気じゃなかったぞ!?
「そうよぉ。ボスもね、アータとだったら結婚したいって言ってたわよ」
「お嬢、玉の輿ジャーン」
「ベルさん!というか、ちょっと待ってください!なんで、私と結婚する話に、」
「あらやだ、アータが言ったんじゃないの」
ルッスーリアさんからそう言われ、そして私は思い出す。
あの日、ルッスーリアさんとベルさんと会話した内容を。
「そうですね、このまま就職先が見つからなかったらお願いしようかな」
お願いしようかな、お願いしようかな、お願いしようかな、、、。
「あ、あれのことですか!?」
「そうよん、アータがお願いって言ったんでしょう?私がボスに伝えといてあ、げ、た、の、よ~!やだ、私ったら、ナコウドってやつかしらね?」
「いや、あれは!」
もちろん冗談のつもりだった。
だってそうだろう、本当にお嫁さんを探していたとしても私は選ばないだろうし、ルッスーリアさんもベルさんもまさか本気じゃないだろうと口からでた、ノリの良い冗談のつもりだった。
「そうそう、ボスもまたアータのところに顔だすって言ってたから!その時は」
バキッとモニターにヒビが入り、画面が真っ暗になる。
モニターにはトンファーが刺さって、ぶっ刺さっていた。
「ひ、雲雀さん、、、!」
「殺す」
咬みが抜けてますよとは流石に言えず、私は扉から出ていった雲雀さんを慌てて追いかける。
何度か名前を呼ぶも雲雀さんは振り向きもしない、と思ったら。
「君、何やってるの?」
雲雀さんはくるりと私の方へ振り返り、そのまま襟元を掴まれ壁に押し付けられた。
背中に痛みを感じながらも雲雀さんの顔をみる。
雲雀さんはそのままの勢いで私の襟元を締め上げた。
「うぁ、ふっ」
「君の頭が良くないのは知っていたけど、今回のは洒落にならないな。どうするわけ?」
「まっ、てぇ、くる、し、くるひぃ、」
「何て言ってるか分からないな。せっかく君を拾ってあげようと思っていたのに、他の男に媚を売っていたなんてね」
「ちが、うぅ、うって、なんて、」
雲雀さんの顔は楽しそうな笑みを浮かべている。
まずい、どうにかしないと。
雲雀さんの手を引っ掻いてみるが事態は一向に変わらなかった。
「違わない。君の意思を尊重してあげようかと思ったけど、もう良いだろう。僕も随分と待ってあげたからね」
目の前が真っ暗になりそうになった瞬間、何かが弾ける音がし、オレンジ色の光りが目の前を通る。
雲雀さんから解放された私は座り込み、咳き込んでしまう。
「何をしている」
「ザ、ザンザス、さん」
光の軌道の先をみると、銃を握ったザンザスさんがいた。
「俺の女に何をしている」
「俺の、ね。発情期中の猿は山に帰りなよ」
ピクリとザンザスさんのこめかみの神経が動く。
不味い、このままではボンゴレアジトが吹き飛んでしまう。
「テメェも同じだろうが。好きな女を囲えなくて残念だったな」
「なんの話だい?まぁ良いよ。君を殺せばこの子は僕のところに戻ってくるんだから」
「な、なんの、話ですか?」
息を整えながら話を聞く。
囲うの意味が分からなかった、雲雀さんが私を?
「君には関係ない、大人しく僕の言うことだけを聞いていればいい」
「まだ気づかねぇのか、めでたい脳みそだな」
「めでたいって、」
ザンザスさんからそう言われ、私は少しだけ苦笑いをこぼしてしまう。
雲雀さんはトンファーを構え、ザンザスさんも銃を構える。
まずい、そう思った瞬間には紫色とオレンジ色の光が弾け合う。
私は少しでも怪我をしないようにと、頭を腕でガードする。
銃とトンファーだったら銃の方が優勢かとも思ったが雲雀さんも負けてはいない。流石雲雀さんだ。
匍匐前進でこの場を離れようとした瞬間、ザンザスさんに首根っこを掴まれていた。
「行くぞ」
私の口が開くよりも先にザンザスさんが銃の引き金を引き、眩しい光によって目をつむる。
目を開けたらそこはもう地上だった。
「あの!降ろしてください!」
「うるせぇ」
リムジンに押し込まれるとそのまま車は発進し、ギャリギャリと車体は横に流れながら駆け抜けていく。
「うわっ、あ、すみません!」
なんとか踏ん張ろうとするも結局遠心力に負け、ザンザスさんを押し倒すような姿勢になってしまった。
慌てて謝ると、ザンザスさんは何故か私の体を抱き寄せ、お互いの体をくっつけるような体勢になりそのまま座る。
「あらやだ、ボスったら大胆ね」
「ルッスーリアさん!ベルさん!」
目の前の二人は随分と荒い運転の最中だというのに、優雅に腰を預けている。
ルッスーリアさんからは片手を上げ、ご機嫌ようと挨拶をされた。
「ご機嫌よう、じゃなくて!こっちは大変なことに、」
「ボスがわざわざ出向いてくださったのに、貴様!なんだその態度は!!」
運転席から首だけぐわっと回し、そう怒っているのはレヴィさんだった。
「おいムッツリ、前みて運転しろよ。つーか運転荒すぎんだよ」
「な、なんだと!?」
「ちょっとちょっと、二人ともケンカしないの!仲良くなさ~い」
お母さんだ、お母さんがいる。
まるで子供の喧嘩の仲裁に入るお母さんのようにルッスーリアさんが二人に対してぷりぷりと怒っていた。
「うるせぇ」
ザンザスさんの低い声が車内へ響き、ピタリと声がやむ。
私は元々喋ってはいなかったのだが、思わず息を止めてしまった。
「あらやだ、なに息止めてるのよ?大丈夫よ、ボスはアータには怒らないから。ね?ボス」
「お嬢タコみてぇな顔になってんじゃん」
ぶふぅと息を吐き出し口をすぼめるとルッスーリアさんからは水のペットボトルを手渡される。
いただきますと言い、蓋を開け喉を開き勢い良く水を流し込む。
ベルさんからは、からかうような声が聞こえたが気にしないことにした。
ペットボトルの三分の二を飲み終えたところで蓋を閉め口元をぬぐう。
やっと一息つけたと安堵する。
「あの、ザンザスさん!」
ザンザスさんはあの赤い目で私のことをチラリと睨みつける。
うぅ、こわい、でも言わなければと拳をぎゅっと握った。
「わ、私と?結婚?する?って話は、その、」
嘘ですよね、とは言えずその言葉の先を探すが適当な言葉が思い付かない。
ルッスーリアさんもベルさんもなにも言わず、私の言葉を待っていた。
「私のこと、好きってことなんですか!?」
我ながらアホなんじゃないか、今聞かなければいけないことはそこじゃないんじゃないかと頭が痛くなった。
ザンザスさんは黙ったまま私のことを見ていた。
沈黙、沈黙、沈黙、である。
「いや、あの、すみません、、、。間違えました」
そんなわけないだろうに!
じったんばったんと転がりたくなったがこれ以上恥の上塗りをするわけにもいかず耐える。
へへへと乾いた笑みをこぼした私はルッスーリアさんとベルさんがこしょこしょと何か内緒話をしていることに気づけないでいた。
「おい」
「あ、はい、なんでしょうか!?」
思わず体が跳ね上がりザンザスさんの方を向く。
黒い髪の毛から覗く赤い瞳は怒っているのか、それとも心穏やかなのか(まぁ、あの暗殺独立部隊ヴァリアーのボスにそんな瞬間があるのかは分からない)がいまいち分からなかった。
「アイツに囲われるか、俺のところでこき使われるか、どちらが良い」
「あいつ?」
ザンザスさんの話の意図が読み取れなかった私にルッスーリアさんが助け船を出してくれた。
「あのヒバリって男のことよ」
「雲雀さん?なんで雲雀さんが、」
「お嬢気づいてないみたいじゃん、エース君もカワイソ」
お黙りベルちゃんとルッスーリアさんが人差し指の代わりに小指を立て、口をすぼめながら静かになさいと言いたげな動きをする。
「雲雀さんが私を囲うってのもよく分からないし、なんでそんなこと、」
「ねぇボス、あの事はこの子にも伝えて良いんじゃないかしら?」
ザンザスさんは黙ったままだったが、ルッスーリアさんはどうやら肯定の意味だと受け取ったらしい。
ルッスーリアさんのサングラスには自分の顔が写っており、どこを見たら良いの分からなくなる。
「あのね、アータが受けた会社、全部落ちてるでしょう?」
お祈りされたと言ってくださいと軽口を叩く勇気はなく黙って頷く。
「おかしいと思わない?全部落ちてるのよ?何社かは手応えを感じた会社もあったでしょうに」
確かに手応えを感じた会社は何社かあった。
ぜひ一緒に頑張りましょう、入社の打ち合わせがあるので日程についてはまた連絡します、人事担当の人とは握手をした人もいた。
それでも届いたメールはお祈り申し上げますという内容だった。
何故落ちてしまったのか、理由を聞けば教えてくれたかもしれないが、私は聞けずにそのまま受け入れていた。
「あのね、彼が全部そうしてたみたいなの」
「全部って、」
彼、とは雲雀さんのことで間違いないだろう。
全部、とはどういう意味なのだろうか。
ルッスーリアさんは少しだけ答えにくそうに口を開く。
「彼がね、アータが受からないように根回ししてたみたいなのよ。考えてみて、彼だったら簡単に出来るでしょう?」
「そんなわけ、だって、やるメリットが分かんないですよ!」
その瞬間、この場にはそぐわない軽快な音楽が流れる。音は私の携帯端末から鳴り響いていた。
ルッスーリアさんは電話の相手が誰だか気づいていたのだろう。出てみたらどうだと促され、そのまま通話を繋げる。
通話相手は間髪いれず、どこにいるんだ、無事なのかと聞いてきた。
「雲雀さん」
「なに?」
おそらくハンズフリーイヤホンを使っているだろう。エンジンのかかる音が聞こえてきた。
「あの、ちょっと変な話聞いちゃって、雲雀さんが私の応募先に、私が受からないように根回し、したって、、、」
雲雀さんは黙ったまま、私は努めて明るい声で話を続ける。
「そんな訳ない、ですよね!だって、」
「何それ」
「ですよね!雲雀さんがそんなこと、」
「今更気づいたの?」
静かな車内に雲雀さんの声はよく通った。
「相変わらず鈍いね、てっきり気づいてたのかと思ったよ」
「いや、だって、」
「君はどこの会社も欲しがる人材だよ。素直で真面目で、馬鹿がつくほどのお人好しなんだから。あぁ、最後のは誉めてないからね」
「あ、あー、そうなんですか、そうなんですか、、、」
ヤバい、目から何かがこぼれ落ちそうになる。
下を向くとまずい、でもルッスーリアさんとベルさんの顔を見てたらもうダメだと下を向き自分の靴の爪先を見る。
頑張って、って言われて嬉しかったのにな。
「ねぇ、話を聞いて。僕は」
「そこまでだ」
ザンザスさんは私の携帯端末をするりと取り上げ、通話口に向かって言葉を繋げていた。
「知るか、コイツがどう思ったかが全てだ」
ザンザスさんは短く、それだけ答えると携帯端末の電源を落とし、そのままジャケットの裏ポケットにしまってしまう。
あ、返してくれないんだ、と呑気なことを考えてしまった。
「それで、アータどうするのよ?」
ルッスーリアさんは心配そうな顔で私のことを見つめている。私は少しだけ冷静さを取り戻し、笑顔で答えた。
「どうするって、並盛で就職するのは難しそうですね。でも働かないと生きていけないから、どうにかします」
「そんなお嬢に朗報だぜ。実は俺らもジャッポーネに基地を持つことになってよ、そこで働く使用人を探してる最中ってわけ」
「あらやだ偶然!でもぉ、ヴァリアーの使用人なんて大変なんでしょう?プライベートのメリハリも大切にしたいしぃ」
どこぞやのテレフォンショッピングみたいに二人が喋るものだから私は少しだけにやけてしまう。
「いえいえ、ご安心を!お仕事の内容は掃除と洗濯と皿洗いのみ!週休二日制、住み込みも可!」
「えぇ!あらやだお得~!」
耐えきれなくなって思わず噴き出してしまった。
ひいひいとお腹を押さえて笑っていると、ルッスーリアさんとベルさんも笑っていた。
「やっと笑ってくれた」
「そーそー、お嬢に暗い顔は似合わないぜ?」
気を使わせてしまい申し訳ないと謝ると、ザンザスさんは私の頭をグリグリと掴み、少しだけ乱暴に撫でられる。
「それで、どう?アータが良ければ働いてみない?お給料もそれなりに出るわよ」
ルッスーリアさんとベルさんはうんうんと頷いてくれていた。
私はザンザスさんの方へ体を向け、頭を下げる。
「あの、応募希望です!履歴書持ってくるので、面接はいつなら大丈夫でしょうか!」
「お嬢って、」
「アータって、」
「素直で真面目だよなぁ、、、」
「素直で真面目よねぇ、、、」
ザンザスさんは黙ったまま、ルッスーリアさんとベルさんは呆れたような口調で二人の声が重なり私はまた笑ってしまった。
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「そう、分かった。言った通りにお願いね」
「まだやってるんですか、ソレ」
携帯端末による通話を終えた雲雀のそばに、いつの間にか六道骸の姿があった。
汚いものを見た時のような、心底嫌そうな顔を隠そうともせず雲雀へ話しかける。
「もう止めたらどうです?」
「君がそう言うなんて、あの子に対して特別な感情でもあるのかい?」
「違いますよ、見てて気持ちの良いものではありませんからね」
学生時代からの想い人でもある彼女に対して、雲雀は愛情とも執着とも言える感情を抱えていたのは分かっていた。分かってはいたがこれほどまでとは。
六道骸は少しばかり彼女に同情した。
「どうせ無駄なんだから諦めれば良いのにね、頑なに続けてるみたいなんだよ」
「彼女の頑張りを評価してあげようとは思わないんですか」
下品にも上品にも見える笑みを浮かべる雲雀。
何を分かりきったことを!
「あの子には僕だけで良い、その他大勢は必要ない」
はっきりとそう断言し、忙しいからまたねと立ち去る雲雀。
その後ろ姿から目を背けるように六道骸は霧のように消えていった。
-電話、どこからだったんですか?
-雲雀恭弥、さんからだ
-え?なんでウチに?並盛からは離れてますよね?
-それが、この前に面接した子いただろう?
-あぁ、あの感じのいい子ですよね!専務も社長も気に入ってた!
-そうそう、あの子を不合格にしろって電話があってさ
-え!?なんでそんなことを?
-いや、全く分からないんだ。ただ逆らうのは賢くないからな、今回は残念だけど、、、
-あぁ、そうなんですね、、、。素直で真面目そうな、良い子が入ってきてくれたと思ったんですけどねぇ、、、
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