倒れていた男は目を覚ました。

目の前には広大な草原が広がり、自然の豊かさに満ち溢れていた。男は自分が今まで生きてきた世界とはまったく異なる場所にいることを直感した。しかし、彼には何も思い出せない。名前は健一。それだけが唯一の手がかりだった。

健一の着ている白く新しい衣服は、土地の汚れが目立っていた。だが、澄んだ空気、鮮やかな夕焼け、生い茂る植物、そして鳥のさえずりが、彼の心を静かに包み込んだ。その瞬間、健一は悪い気分ではなかった。むしろ、記憶を取り戻すことに胸が高鳴っていた。

「一体ここはどこなんだ…？」と健一は自問した。

辺りを見渡すと、少し離れたところに村があった。建物の煙突からは煙が立ち上り、夕食の準備をしているようだ。健一の腹は空腹を訴え、彼は気づけば村に向かって歩き出していた。歩く速度が次第に速まり、新しい冒険が始まることへの期待や、孤独を紛らわすこと、同じ境遇の人に会えるかもしれない、美味しい食べ物にありつけるかもしれない、と考えながら、あっという間に村にたどり着いた。

「お腹も空いたし、とにかく村に行こう」と健一は自らを励ました。

村に着いた健一は、住民が彼をどのように迎えるのか不安を感じた。しかし、そんな彼に気づいた一人の女性が手を振って「こんにちは！」と声をかけてきた。彼女には獣の耳と尻尾が生えていた。驚く健一に向かって彼女は微笑んで話しかけた。

「旅のお方ですか？こんにちは、私はミアです。見たところ、かなりお疲れのようですね。大丈夫ですか？」

「実は記憶を失ってしまって、これからどうしたらいいか困っているんです」と健一が打ち明けると、ミアは優しく微笑んで答えた。

「それは大変ですね。でも安心してください。珍しいことではありませんから、村の皆さんも親切にしてくれると思います。私もお手伝いできることがあれば、何でも言ってくださいね。」

「ありがとう、本当に助かります」と健一は感謝の気持ちを表した。

「私の家は宿屋なんです。そこには酒場も併設されています。そこで情報を集めたり、しばらくの間宿を取ったりできますよ。良かったらお連れしましょうか？」

「本当に助かるよ。何も持っていないからどうしようかと思ってたんだ」と健一は正直に話した。

「そんなこと気にしないでください。村の皆さんもきっと助けてくれます。さあ、一緒に行きましょう」とミアはにっこり笑って、健一を宿屋へと案内した。

宿屋に着くと、そこには酒場が併設されていた。宿屋で体を休め、酒場で情報を集め、各々が仕事を探すことがこの村の方針らしい。港町でもあるため、交易も盛んで、上手くいけば仕事だけでなく、当面の生活も安定しそうだ。何せ健一は無一文だからな。

「本当に助かるよ。何も持っていないからどうしようかと思ってたんだ」と健一は再び感謝を述べた。

その時、大きな男が現れ、「どちらさんだい？」と尋ねた。彼も獣の耳と尻尾を生やしている。ミアがすかさず経緯を説明した。

「ロイさん、この方は健一さんです。記憶を失ってしまって困っていたところをお会いしました。どうにか手助けできればと思いまして、こちらにお連れしました」

大男は「ロイ」と名乗り、この宿屋の店主だという。ロイは健一に向き直り、優しい表情で言った。

「健一さん、ようこそ。この村は転生者や異邦人を受け入れてきた歴史があります。だから、安心してくれ。ここでの生活を手助けするよ。食料や物資の調達で人手が足りなくて困っているんだ。うちで働いてくれるなら衣食住は面倒見るからどうだ？」

「本当ですか？それなら是非お願いします」と健一は答えた。

「良かったね、健一さん！これで安心して過ごせますね。ロイさん、ありがとうございます！」とミアは喜びながら言った。

ロイは笑って頷き、「うん、心配しないでいい。ここでは皆が家族みたいなものだからね。健一さん、早くこの村に慣れてくれるといいな。まずはしっかり休んでくれ」

「ありがとうございます。早く覚えて役に立てるように頑張ります」と健一は力強く言った。

「その意気だ。まずは腹ごしらえしながら自己紹介だな。隣の酒場に皆で集まろう」とロイは提案した。

「健一さん、行きましょう！」とミアは健一の手を引いて酒場へ向かった。

酒場に着くと、すでに先客がいた。

「遅いんじゃないの？」と酔いつぶれた様子の小柄な男が言った。彼も獣の耳と尻尾を持ち、酒瓶を一口飲んで虚ろな目で「俺の名はチャーリーさ。わからないことがあったら何でも聞いてくれ」と豪快に笑った。

「ありがとう、チャーリーさん。頼りにしてます」と健一は答えた。

「ここでは皆が助け合って生きてるんだ。何かあったらすぐに言うんだぞ」とロイは優しく言い、チャーリーの背中を軽く叩いた。

次々と料理が運ばれ、野菜、肉料理、スープ、魚料理がテーブルに並んだ。味は薄いが美味しかった。健一は「これ、本当に美味しいですね。こんなに豪華な食事、久しぶりです」と感激した。

「うれしいです、健一さん。村の食事を気に入ってもらえて良かったです」とミアは微笑んだ。

「食べることは生きることだ。腹が満ちると心も落ち着くもんさ」とロイは言って、肉を頬張った。

食べているうちにロイが再び言った。「仕事は明日から徐々に教えるよ。焦らずに少しずつ覚えていけばいい。無理はしないでくれ」

「ありがとうございます。早く覚えて役に立てるように頑張ります」と健一は力強く言った。

「健一さん、頑張ってくださいね。私も応援しています」とミアは励ました。

村人たちの温かい歓迎に感動し、健一も酒を一口飲んだ。その瞬間、彼はすぐに酔っ払い、ロイに連れられ宿屋で眠りに落ちた。今後の不安や疲れが一気に押し寄せ、彼は泥のように眠り込んだ。

そんな健一を見ながら、ロイは「最近、転生者が増えたな」と呟いた。ミアは「他所の文化も知れていいことだよ」と答えた。チャーリーは「増えたってことは、裏で何かが動いているってことだ。吉となるか凶となるかは別にして」と酒瓶を一気に飲み干し、虚ろな目をした。

ロイは深く息をついて言った。「まあ、善悪の判断はこれからするとして、明日また話し合いの場を設けよう。健一さんにも事情を説明しなきゃならないし、彼の記憶を取り戻す手助けもしたい」

「そうですね。新しい仲間が増えるのは嬉しいことですから」とミアは微笑んだ。

「吉と出るか凶とでるか...楽しみだ」虚ろな瞳でチャーリーは言った。