真之介
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ーーそれは十年以上前の話で。
今では曖昧なものだが、俺はぼんやりとした記憶の蓋を開けて当時を思い返していた。
俺が住む飛御の森は珍しい動物が多く今では人が寄り付かない森だが、小さい頃はじいちゃんが珍獣動物園を経営していた。
大盛況とは言わずとも、連日家族連れやカップルたちで賑わっていた。
そんなある日。
突如巨大化したカモノハシが暴走し珍獣動物園は荒らされ、壊滅状態に陥った。
森に湧き出ている《生命の水》が原因だと誰かが言っていた。そう話していたのは確か頭頂部はハゲていて長い黒髪で髭のある…………長髪で髭の……髭の…………、……誰だったか思い出せない。
まぁ誰かはともかく《生命の水》の影響で飛御の森の動物たちは巨大化し、森は荒れ始めた。
暴走を食い止めるために動物園が壊されたその日から俺は《森を護る番人》になった。
巨大化した動物たちが悪さをしないよう、森から街へ出ないよう見張り森を護るための重要な役目だ。
俺はその役目が嬉しかった。
当時テレビでやってた、なんたら戦隊なんちゃらマン(名前が思い出せない)に出てくる、怪人を倒すヒーローみたいだったからだ。
そのヒーローがデッキブラシで戦っている姿に憧れて、俺もデッキブラシを片手に森をパトロールするようになった。
そんな番人になって数日経った昼下がり。
俺は森の中で女の子に出会った。
『おい。おまえ、どこから来た?』
『……あなた、この森の人?』
ぐしゃぐしゃの髪、ボロボロになった服、泥だらけの靴を履いた女の子の周りには誰もいなかった。
『そうだ。一人か?』
『うん。お父さんたちとはぐれたの』
『じゃあ迷子か』
そう言った途端、女の子は眉を寄せてぐっと我慢するような顔を見せたかと思うと、大粒の涙をボロボロと溢しはじめた。
『ふえええ、お父……さぁん、お母さああん……!』
『お、おい……!』
恐る恐る声をかけたがそいつは俺の顔を見て更に泣き出した。泣きじゃくるその姿に俺は戸惑うばかりでどうもしてやれず、ただ立ち尽くしていた。
というのも、俺には両親がおらず親がいない寂しさがわからない。
そして周りに同じくらいの子供がいないため、泣きじゃくる女の子をどう慰めればいいのかその手立ても知らなかったのだ。
『お、おい!泣き止めよ!』
『うえええん』
『泣くなよお……っ』
困っていると女の子は泣きながら俺の方へと歩いてきているのが目に入った。
やばい。あの女の子がいた付近には珍獣用の罠を仕掛けていたんだ。
俺は足を一歩踏み出した。
『お、おい!その辺には俺が仕掛けた罠がーー、』
みしっ。
ズボッばちんっ。
ヒュンヒュンヒュン。
どかどかどかどか。
足元が揺れ、後頭部への強い衝撃に俺の記憶はここからほんの少し途切れる。
そして意識が戻るといつの間にか木の陰に横になっており、さっきまで泣いていた女の子が心配そうに俺を覗き込んでいた。
『真之介くん、大丈夫?』
『だ、い、丈夫だ。……え?俺の名前……、』
教えたっけ?
ズキズキと痛む後頭部をさすりつつ体を起こしながらそう思っていると、ガサガサと茂みが揺れ、頭頂部がハゲていながら黒髪で長髪の髭を生やした老人が出てきた。
『おぉ真之介、目を覚ましたか』
『……、あんた誰?』
『おまっ、じいちゃんを忘れるやつがあるかーーー!!!!!!』
涙を流し叫びながら老人は俺の頬にグーパンチを食らわせ、その衝撃で老人が誰だか思い出した。
ごめんな、じいちゃん!
『ったく、本当に忘れっぽいんじゃから……』
『ごめんって』
地味に痛い頬を擦っていると、俺とじいちゃんのやり取りを見ていた女の子はホッとしたような顔をしていた。
『ていうか、なんで俺ここで寝てたんだ?』
『お嬢ちゃんが罠に掛かったお前さんをここまで運んでくれたそうじゃ。そして介抱しておるときにお前さんらをわしが見付けてな。ほら、水じゃ』
『ふーん、……そっか。おまえが助けてくれたんだな』
じいちゃんからもらった水を一気に飲み干して、俺は女の子の方を向いた。
『おまえ、名前は?』
『え?……あ、なまえ……、』
『そっか、なまえか。助けてくれてありがとうな』
『……うん!』
不安そうだった目がやわらかく、優しい目になった。
そんななまえの笑顔に俺も自然と笑顔になった。
そんな俺たちを見ていたじいちゃんは、俺の背をポンッと軽く叩くと口を開いた。
『真之介、聞けばなまえちゃんはこの前の騒動でご両親と離れて取り残されてしまったようじゃ』
『えっ……。そうだったのか……』
だからあんなに泥だらけになって泣いていたんだな……ここ数日ずっと父ちゃん母ちゃんを探していたのか……。
じいちゃんの言葉になまえはうつむき、服をギュッと掴んでいた。
俺はまだ会って間もないなまえの泣き顔をまた見るかと思うと、胸が苦しくなった。
さっきみたいに笑ってる方がいい。
そして咄嗟にこう言った。
『ならさ!なまえの父ちゃん母ちゃんが見つかるまで家で一緒に暮らさないか?』
『し、真之介!?』
『いいだろ、じいちゃん!それに森、広いだろ?一人で探すより一緒に探した方がいいって!』
『そ、そうではあるが……』
渋るじいちゃんに俺はヤキモキしながらなまえの手を咄嗟に掴んだ。
『なまえはどう思う?』
『えっ……、えっと……』
俺の言葉に戸惑うなまえはしばらく考えたあと、ゆっくり口を開いた。
『……私も、お父さんとお母さんが見つかるまで……一緒に暮らしたい……』
『だってさ、じいちゃん!!』
『んんんんんんん……っ!!』
なまえがそう言ったことで更に頭を悩ませたじいちゃんだったが、
『……仕方あるまい』
そう言ってなまえを快く迎えてくれた。
なまえの父ちゃんと母ちゃんが見つかる日まで、なまえが寂しくないようにしてあげよう。
泣いちゃわないように笑顔にしてあげよう。
俺はそう心に決めてなまえの手を、相棒のデッキブラシをギュッと握った。
ヒーローは困った人を助けるんだ!
『俺がなまえの父ちゃんと母ちゃん見つけてやるからな!』
『……うん!』
俺の言葉になまえの目がまた優しくなった。やっぱり泣いているより笑顔の方がいい。
『……なんだ。おまえ、笑えるじゃん。笑顔がーーーー』
ーーーーーーーーーけ。
ーーーーーすけ。
「真之介!」
大きな声に驚いた俺は目を開けると勢いのままにガバッと体を起こした。
まばゆい朝日が差しこみ、みそ汁のいい匂いがする。
さっきまで見ていた森の中とは違い、辺りを見渡すとそれは見慣れた我が家だった。
「こら寝坊助。ご飯準備してるから早く食べなー!」
声の方を見ると、そこにはさっきまでの女の子とは変わったなまえの姿が。
幼い顔立ちだったあの頃から比べて大人の女性になりつつある今のその姿に、俺は長く息を吐いた。
……そうか、あれは夢だったのか。
遠い遠い記憶。なまえと出会ったときのーー?
「真之介?どうしたの?」
「あ、いや……夢を見ていたみたいで」
「ふーん、どんな夢?」
確かーー、
俺は朧気な夢をなまえに話し出した。曖昧な記憶でたどたどしく話すものの、なまえは話を折ることなく最後まで聞いてくれた。
「出会ったときの夢かー……」
「はっきりとは覚えてないが、そんな感じだった」
「……珍しいね」
「え?」
「真之介が見た夢のこと、ここまで詳しく覚えてるなんて」
……そうなのか?
俺はなまえの言葉に首を傾げつつ、のそのそと布団から出て支度をはじめた。
夢は見る方だと思う。……いや、見ない方かもしれない。
そんなことはどうでもいいが、すっかり忘れていたなまえと出会った日を思い出したことは嬉しい。
今思えば出会ったあのときから、俺はーーーー。
「ほら、早く朝ごはん食べな?今日は昨日仕掛けた罠を見に行くんでしょ?」
「そうだったか?」
「もう、本当に忘れっぽいんだから」
そう呆れたように言いながら笑うなまえの姿に、夢のなまえとリンクする。
この笑顔は昔も今も変わらないんだな。そう思うとなんだか嬉しくなって、俺は口を開いた。
「『笑顔が似合うな』」
「え?」
「なまえの笑顔が俺は好きだ」
「……え、えええっ」
素直に思ったことを声にした。
……なのに、なまえは奇妙な声を上げると口をあわあわとさせていて……変なことでも言ったか?
少し疑問に思いながら着替えを済ませ、俺は履きなれた靴を履き、デッキブラシを手に取った。
「それじゃあ森へ行ってくる」
「あ、う、うん。行ってらっしゃい」
なまえの返事に満足した俺は朝日でキラキラと光る草葉をかき分け、森の警備へと向かった。
「『笑顔が似合うな』か……」
一人になった家の中でポツリと呟くとそのまま台所にしゃがみこんだ。
それは初めて出会った日に真之介に言われた言葉だった。
両親と離れて泣きじゃくって絶望の淵に立っていたあの数日間、やっと人に出会えたとき嬉しさのあまり泣きじゃくってしまった。
そんな状況にも関わらず、真之介は持ち前の物忘れを発揮し、仕掛けた罠に引っ掛かった。
今思い出してみても笑えるそれは、真之介らしい出会い方だったのかもしれない。
ほどなくして真之介のおじいさんと出会い、森にいる訳を話した。
そして目を覚ました真之介におじいさんが私のことを伝えると、真之介は私を受け入れてくれて。
行き場を失っていた私にとって願ってもないことだったし、一緒に探してくれると言ってくれた言葉がとても心強かった。
そうして言われてあの言葉。
『……なんだ。おまえ、笑えるじゃん。
――――笑顔が笑顔が似合うな』
数日間笑うことが出来なかった私の心を救ってくれた言葉だった。
それを、まさかこのタイミングで同じことを言われるだなんて、本当に思ってもみなくて。
幼い頃の言葉を今の真之介からも聞かされるなんて。
本当にびっくりした。
びっくりしたけど、あのときと同じように胸が、心が、じんわりと温かくなるのを感じた。
今では自覚しているこの気持ちだけど、思い返せば出会ったときから真之介に惹かれていたのかもしれない。
それにしても、今日言うなんてずるい。忘れっぽいのは仮面で本当は確信犯なのでは?
そう思いながら私は腰をあげた。
毎日顔を見合うようになって今日で丸11年。
誕生日でも記念日でもない、なんてことのない一日だけれど、私にとっては特別な一日。
それは真之介に出会った日なのだ。
「……あ。……真之介、朝ごはん食べるの忘れてる」
立ち上がって何も盛られていないお椀が目に留まり、思わず笑ってしまった。
やっぱり真之介は忘れっぽい。でも、さっきのは私も忘れてたから人のこと言えないか。
お腹を空かせて戻ってくるであろう彼を思いながら、多目の昼食を用意しなきゃと考えたけれど、きっと朝ごはんを食べ損ねたことも忘れてるんだろうなぁと私は思うのだった。
「なまえー!腹が減った~!」
「朝ごはん食べて行かないからよ」
「え、そうだったのか?あ、それより聞いてくれ。今朝おまえの夢を見たんだ」
「夢?」
「ああ、たぶんあれはなまえに初めて会った日の夢だ」
「(夢の話したことも忘れてる……)」
END.
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10月30日、初恋の日。
きっと出会ったときからお互い恋に落ちていたのだと思います。
そしてなまえのご両親は行方不明ですが、飛御の森は樹海的な印象がありますので、再び会える可能性はゼロだとおじいちゃんは判断したのだと思います。なので住むことを受け入れてくれたよ。みたいな設定で書いてます!
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