中編:もしも本命には奥手だったら
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文化祭当日。
「おさげの女~!!ミスコンに出ると聞いたぞーっ!」
「ひっ!く、九能せんぱい……!」
グラウンドを重い足取りで歩いていたらんまの背後からどこから走ってきたのか、九能が抱きついた。
すりすりと頬擦りをする九能に対し、らんまは鳥肌を抑えられず体を飛び上がらせて驚いた。いくら拳法の達人でもブラックオーラをまとっているときに近づかれちゃわからないものである。
そして条件反射か、はたまたお約束なのか、らんまの拳は九能の顔面を直撃した。
「い、いひゃい……」
「あに突然抱き付いてんだ、このタコ!!」
「突然だからいけなかったのか?では今から抱き締めてあげようではないか」
鼻血をボタボタと流しながら九能は両手を広げた。
事前に言えばいーってもんじゃねぇよ!!
らんまの拳は再び九能の顔面へと飛び、お決まりのポーズで彼は地面へ倒れた。
「ちょっと、やめてよ。らんまくん」
「あ!?おめー九能の肩なんか持つのか!!?」
存在すらなかったがらんまと共にグラウンドを歩いていたなまえは二人のやり取りを傍観していたのだが、仰向けで倒れた九能の元へ歩み寄った。
顔を覗きこむと九能は白目を出して気絶している。
「そりゃーだって……大事な人、だし……?」
「な"っ……!……ん?」
なまえの一言に衝撃を受けるらんまだったが、首から下げたデジカメを左手で持ち上げながら、右手がお金のサインに変わったのを見逃さなかった。そのなまえの様子にらんまはげんなりとする。
俺ミスコンに出る→なまえが写真を撮る→ブロマイドとして売る→最大の顧客が九能=大事な人。
……どーせそーいうこったろ。
金の亡者って怖ぇ……先程とは違う震えをらんまは感じた。
「九能ちゃん起きないみたいだし、行く?」
「あ、あぁ……そうだな……」
げっそりとしたらんまをよそになまえは九能を揺すったのだが、全く反応がなく迷った末にその場に九能を置き去りにした。
周りを歩く生徒たちも九能が気絶していることに気を留めないのは、お約束でありいつも見る光景だからかもしれない。
そんな九能を振り返ることなく、二人はミスコンの会場となるステージへ向かった。
グラウンドに設けられた特設ステージの裏には仮設の楽屋が設置されている。その中には様々な衣装に身を包んだ女の子たちがメイクを施していた。
きゃいきゃいとはしゃぐ女の子たちをよそに、一人別室でぶすくれた様子のらんまを見兼ねてなまえは声をかけたのだが、ふてくされた顔は更に不機嫌さを増した。
「らんまくん衣装似合ってるよー!」
「誰が喜ぶかっ!しかもこんっな服、着させやがって……!」
こんな服というらんまの姿は看護師さんそのもの、つまりナース服を着ているのだ。
ナースキャップを乗せているその髪はいつもはおさげにしているものの、ゆるふわカールにされており、おさげとはまた違う雰囲気。
そして首元まで詰められた白衣からは豊満な胸が浮き出ており、タイトな衣装からはそのボディラインがしっかりわかる。
出るべきところは出ていて、引き締まっているところはキュッしまっている。同性から見ても憧れのボディラインだ。
更にそのスカート丈はかなりミニであり、この衣装はらんまに着てもらうべきだと話していたなびきの言葉をなまえは思い出していた。
本当に似合う、それに尽きるのだ。
この衣装はらんまにしか着こなせない。
少しイケナイ気もするが、その背徳感ですらも魅力の一つなのかもしれない。
「だってそういう約束でしょ?」
「く、くうぅ……」
らんまのまだ何か言いたげな表情を見て、なまえはにっこりと笑う。その笑顔にふんっとらんまは鼻を鳴らした。
数週間前に「らんまくんがミスコンに出てくれるといいね」なんて話をしていたなまえとなびきだったのだが、その話は現実となった。
それは自分たちへの金銭面精神面へのダメージと引き換えに。
貯金が趣味の二人なのだが、実は共通の好きな歌手がいる。熱狂的ではないものの普段からよくその歌手の曲を聴いているのは、天道家のみならず彼女らの友人も知ることだ。
その歌手が今年デビュー10周年を迎え、記念ツアーがあるという情報を聞きつけた二人は半年も前からその歌手のライブに行こうと約束をしていたのだ。
そして倍率を勝ち抜きチケットを手に入れた二人だったのだが、こともあろうかチケットを手に入れた当日にそれは灰になってしまった。
チケットを灰にしたその犯人こそが、今なまえの目の前にいる早乙女乱馬である。
『どーしたんだ?』
『なびきお姉ちゃんとなまえちゃんが自分で買ったチケットを……アンタが燃やしちゃったのよ』
『え"っ!!?わ、わ、ごめん!』
『楽しみにしてたけど……でもいいのよ、乱馬くん』
『そうよ、すっごく楽しみにしてたけど気にしないで』
そんな二人の様子に、ごめんなさい何でもします許してください……と、土下座して謝った乱馬に突き付けられた条件が“文化祭のミスコンに出ること”だったのだ。
これは償いのほんの一部でしかないということについては触れないでおこう。
「仕方ないじゃん、燃えちゃったものは」
「……く、ず、ずりぃぞ!おめーもなびきも!言っとくけど今回だけだかんなっ!」
「はいはい」
びっと指を突き出したらんまのその姿をなまえはデジカメに収めた。
画像を確認すると気迫のあるその表情に、なまえは満足げに笑う。
「こ、こら!んなもんまで撮ってんじゃねーよ!」
「これはこれで人気があるんだよー!怒った顔もかわいいね、らんまちゃん」
「あ~の~な~~」
ぽんっと肩を叩かれたらんまはわなわなと拳を震わせている。
白衣の天使と異名をとるその衣装なのだが、今の様子ではその姿も台無しだ。
らんまの表情と握りしめられた拳を見たなまえは、突如視線をあさっての方へ向けた。
「あーあ、あのライブ楽しみにしてたのになー……」
そのなまえの言葉に思わずどきりとして、身体が跳ねたらんま。
急いで取り繕うようになまえの腕を引いて自分に気を寄せた。
「や、やだー!なまえちゃん、もっと写真撮ってぇー!こんなポーズはどうかしら~?」
「さすがらんまくん、そうこなくちゃ!」
たくさん撮るわよー!と、なまえはポーズを決めるらんまにデジカメを向けた。
さっきまでの沈んだ顔はどこにいったんだよ!
心でそう叫びたくなるほどの身の変わりように、らんまは大粒の涙を流しながら笑顔で写真に収められていった。