中編:交換日記と幽霊。
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週末、約束の日。
よく晴れた絶好のデート日和。鳥たちは気持ちよさそうに空を仰ぎ、葉は光をいっぱいにあびてキラキラと輝く。
そんな朝のやわらかな日差しが街を包む中、一人の男がしゅたしゅたと駆け抜けていく。
慣れた足取りで門をくぐり、駆け込んだ先で叫んだ。
「たのもう!天道あかねはいるか!」
「でぇ!?九能先輩……っ!?」
街を駆け回り、天道家の門をくぐり、一家団欒の輪に正座で滑り込んで平然と加わったのは、九能だった。
突然の登場に家族が驚く中、乱馬が声をあげる。
天道家と早乙女家の朝食が天道家長女・かすみによって配膳される中、九能は当然な顔をして天道家の三女・あかねに詰め寄った。
「天道あかね、待たせてしまったな。さあ絶好のデート日和だ!僕と一緒に愛の逃避行といこう!」
「だぁれが行きますか!」
両手を掴まれたあかねは声を張りあげ一喝した。
九能が天道家の一家団欒に突如としてまぎれこむのは今回が初めてではない。しかしながら家主である天道早雲は、なにごとかと彼の動向を見ている。
尚、乱馬の父である早乙女玄馬はパンダの姿になっており“ びっくりしたよ〜ん ”と書かれた看板を手にしていた。
そんな中、九能の自由すぎる行動を見ていた天道家次女・なびきが構わず口を開く。
彼女は九能と同じクラスで席も隣。彼の奇行は見慣れているのだ。
「あらー?九能ちゃん、今日はなまえちゃんとデートなんじゃなかったの〜〜?」
「はっ!僕としとたことがつい……っ!早朝から魅力的な姿を見たばっかりについ本能が動いてしまった。……して、天道あかね。今日ここに馳せ参じたのは、折りいって頼みがあるからだ」
「頼み……?」
あかねの両手を掴んだままの九能はずいっと顔を近付けるが、珍しく真剣な顔をしている。
訝しげに九能を見るあかねだったが、彼から出た言葉に目を丸くした。
「なまえくんの家まで案内してくれないか!」
待ち合わせをしていないの……?
九能とあかねを除くその場にいる全員が同時に思った。出かけるならば、当人同士で事前に待ち合わせ場所や時間を約束するはず。
しかし九能は普遍的な考えの持ち主ではないのだ。
「……待ち合わせはしていないんですか?」
「男たるものデートはレディの家へ馳せ参じるもの!不埒な輩がいるともわからん場所でなまえくんを待たせるなどとんでもない!……がっ!!」
僕としたことがなまえくんの家を知らないではないかああああっ!!!!!
ざっぱーんと豪快な波を背負って涙ぐむ九能だが、迫力は増しても威張ることではない。
あかねは頬を引きつらせながら隙を見て九能の手から逃れた。
交換日記は順調に続いており誘ったデートにはOKの返事をもらえたので、九能はすっかり舞い上がっていたのだろう。
あかねやおさげの女にはアプローチしても拒絶される日々を送っていた彼なので、余程なまえとの交換日記が嬉しかったとみれる。
しかし肝心のデート前になまえの家を聞きそびれていたのだ。
「で、センパイは道案内してほしーってことかよ」
「誰が貴様に頼んでいる。僕は天道あかねに頼んでいるのだぞ」
ぶぎゅる。
乱馬が九能の頭を踏みつけ、彼の体は前のめりになる。九能などお構いなしな乱馬は自身の太ももをぽんっと叩き、軽快に口を開く。
「ま、そーだな。あかね、連れてってやれよ」
「あんたねぇ……!」
なまえのこと心配じゃないの!?
九能の手前、叫ぶのをぐっとこらえたあかねだったが、他人事のように笑う乱馬にわなわなと怒りで震える。あかねは怒りにまかせにグラスを手にとると、乱馬の顔めがけばしゃりと水をかけた。
「いつまで乗っているつもりだ、貴様ぁ!」
あかねが水をかけたとほぼ同時に九能が立ち上がる。咄嗟のことに対応出来ず、らんまは九能の背後で畳に倒れ込んだ。ごちんと頭を打ちながらすっかり姿に変えてしまった彼を見て、あかねがべっと舌を出す。
「だったらアンタが連れてってあげなさいよ!」
「俺はぜってーやだね!なまえになんかあったらどーすんだよ!」
「その声は……おさげの女!?」
聞き覚えのある声にぐわっと勢いよく振り返った九能は、自身の背後にいたらんまを見るやいなや両手を広げぎゅっと抱きしめ――――
「今日も愛らしいぞ、おさげの女よ!青春の一ページにふさわしいデートを僕としようではないかっ!」
「く、来るなぁ!!」
――――ようとする前に。
らんまは咄嗟に父親が先ほど掲げていた“ びっくりしたよ〜ん ”と書かれた看板を手にすると、大きく振りかざしバシッと九能の右頬を払った。
看板が割れるほどの衝撃は見事にヒットし、彼はらんまに触れることすら出来ず、ぐしゃりと畳の上に倒れ込んだ。
「痛い……。そう恥じらわずともよいのだぞ、おさげの女よ……」
「ったく、見境なく抱きつくのとデートに誘うのやめろよな」
らんまの捨て台詞にしくしくと天道家の畳を濡らす九能の右頬は、ぷっくりと腫れ上がっている。
追い打ちのようにげしげしと九能を足蹴にするらんまだったが「見下されるのもまた一興だな……」と呟いた彼にぞわぞわと鳥肌が立ち、すぐにその場から離れた。
あかねをデートに誘い、なまえとのデートのため道案内を頼み、さらにはらんまをもデートに誘うなど、傍から見れば信じられない行動なのだが、九能はいたって真面目だ。
一点の曇りもなく三人が大好きなのだ。
「……でもまさか、本当に先輩が家に来るなんてびっくりです」
「……?どういうことだ?」
あかねの声にむくりと顔を上げた九能はよろよろと起き上がり、その場にあぐらをかく。
次の言葉を待つ九能の視線を感じながら控えめに口を開いたあかねの表情には、どこか迷いがあった。
「……昨日の夜、なまえから電話があったんです。明日出かけるのが(不安で)ドキドキするって」
「ほう、僕と出かけるのが(嬉しくて)ドキドキするのか」
「……なんかおめー、都合のいいように解釈してねーか?」
オウム返しをした九能をげんなりとした顔でらんまはツッコミを入れるが、誰も気には留めなかった。
一方で、あかねは昨晩なまえと交わした電話のやり取りを思い返す。
『明日出かけるのドキドキしちゃって。九能先輩と二人きりなんてないし、どこに行くかもわからないから不安で……』
『そうよね……私も同じ状況になったらなまえと同じ気持ちだと思う。だからね、さっき話して決めたんだけど、私と乱馬も後ろからこっそり着いていこうと思うの』
『え?ほんとに!?』
『なにかあったらすぐ助けられるし、それに九能先輩だけじゃなくて幽霊の〈なまえ〉さんのことも心配だから……』
『……ありがとう!二人が近くにいてくれたら嬉しいし頼もしいよ!……だけど実は、ひとつ困ったことがあって、』
『どうしたの?』
『交換日記に私の家に迎えに行くって書いてあるんだけど……九能先輩、私の家知らないと思う』
『え゛っ?』
『ノートを受け取ってから家に帰るまで見なかったから、先輩に伝えることも出来なくて……。だから、もしかしたら九能先輩があかねを訪ねに来るかもしれない』
『うちに?……あ、そっか!私の家なら知ってるし、なまえの家を教えてほしいって来るかもしれないってことね?』
なまえとの電話でのやり取りを思い返していたあかねの顔から迷いが消えた。深く長い息をつき、彼女は意を決する。
友人が幽霊を成仏させるために振り回されながらもがんばっている姿をずっと見てきた。
あと少しで交換日記も終わり成仏も近いと聞いているので、少しでも力になりたいとあかねは思ったのだ。
『もし九能先輩があかねの家に訪ねて来られたら、私の家を教えてほしいの』
そう電話で伝えてきた友人の声を思い返して、あかねはゆっくり口を開いた。
「なまえからたぶん九能先輩は家を知らないから、もしウチに来られたら家を教えて欲しいって頼まれてたんです」
「む、なまえくんが……!?な、なんと……っ!僕のことを考慮してくれたばかりか、その先を読んだ行動を取ってくれていたとは……っ!」
くうう嬉しい、嬉しいぞおおっ!
ぼろぼろと大粒の涙が零れひとり喜びを爆発させる九能を横目に、らんまはそろりとあかねに近寄った。
出来るだけ小さな声で話しかける。
「いいのか?本当に教えて」
「なまえに頼まれたことよ。それにこっそりついて行くわけだし、なにかあったら助けるって決めたじゃない?」
「そりゃそーだけどよぉ」
「幽霊の〈なまえ〉さんが成仏出来るようになまえががんばってるのをらんまだって見てきたでしょ」
「……わーってるよ。ったく、あの幽霊、ぜってー成仏してもらわねぇとな」
らんまはがしがしと頭をかいた。
デートをする以外に成仏への近道がないものか考えてみたものの、九能はもとより幽霊の〈なまえ〉もデートをする気満々なので、それ以外の道は最初からないらしい。
なまえが腹を決めた以上、あかねとらんまは彼女のサポートに徹するほかなく、今までの努力が無駄にならないよう努めるだけだ。
「よし。そうと決まれば、行くか!」
「えぇ!」
勢いよく立ち上がったらんまとあかね。
未だに涙を流しなまえに想いを馳せる九能の首根っこを掴んだらんまは、ずるずると彼を引きずりながら長い廊下を玄関まで向かう。
「ほら行くぞ、センパイ!」
「む、おさげの女も来てくれるのか?もしやなまえくんとのデートに嫉妬して……」
「するわきゃねーだろ!!!」
「そうかそうか。では今度はお前とのデートを計画しようではないか」
「人の話を聞けっ!!!」
らんまに引きずられながら九能は「恥ずかしがらずともよいのだぞ」と続けるが、らんまは「あ〜〜、も〜〜っ!!」歯をギリギリしながら額に血管を浮かび上がらせていた。
噛み合わない会話をする二人を追おうとあかねも居間を飛び出したとき、天道家長女・かすみに呼び止められる。
「あかねちゃん、朝ごはんを食べないと力がでないわよ」
三人のやり取りを傍で聞いていたかすみは、すぐに家を出るのだろうと理解し、まだ朝食を口にしていないあかねとらんまにおにぎりを用意していた。
すぐには食べられないかもしれない、だけどしっかり食べてほしい。かすみの優しさが具現化されたおにぎりをあかねは受け取る。
「かすみお姉ちゃん、ありがとう!」
「気をつけていってらっしゃい」
やわらかな朝日のように朗らかに微笑むかすみにつられ、あかねの頬が自然と緩む。おにぎりのあたたかさからも姉の思いが伝わってくるような気がしたのだ。
そんな長女と三女のやり取りを見ていた次女・なびきもあかねに声をかける。
「あかね、九能ちゃんだけど……、」
「あかねーー!!早くしろよ!」
ほぼ同じくして玄関かららんまの急かす大きな声が届く。なびきの話を聞きたいあかねだったが、いまは友人の頼みとやらなきゃいけないことが先。
後ろ髪を引かれる思いでその場を足早に去る。
「なびきおねえちゃん、ごめん!帰ってきてから聞くね!」
「……私は別に構わないけど、」
かすみのおにぎりを抱えたまま、あかねはバタバタと廊下を走っていく。
そして玄関に準備していたバッグにおにぎりを詰め込み、らんまと九能とともに家を出るのだった。
妹の後ろ姿をやれやれといった様子で見送ったなびきは、食べかけの朝食を再び口にする。
騒々しかった天道家の居間が途端に静かになり、早々に朝食を食べ終わった早雲と玄馬は、あかねたちのやり取りを見終わったあとは囲碁をしようと縁側に碁盤を用意していた。
「なびき、あかねちゃんになにを言いかけたの?」
「ん〜〜?遅かれ早かれ知る話だし、タイミングはいまじゃなかったのかも」
かすみの問いになびきは飄々と答えた。
普段のなびきは、相手の欲しいものや望むものをお金と引き換えに交渉する抜け目がない性格だ。それが物でも人でも、情報であっても。
妹をよく知る姉だからこそ気付いた違和感をかすみは確認したかったのだ。
「あんまりあかねちゃんやらんまくんをいじめちゃだめよ?」
「いじめてないから!もーお姉ちゃんってば人聞き悪いんだから」
笑い飛ばすなびきだったが、ついさっきまで九能の情報をあかねに買わせようとしていたなんて口が裂けても言えないのだった。