中編:交換日記と幽霊。
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昼休み。
昼休みは九能が交換日記を持ってくるお馴染みの時間だ。しかしまだやってくる気配がない。
お馴染みのメンバーでお昼を囲み今日は遅いね、なんて会話をしながらお弁当をつつくのだが、ふとあかねが口にした。
「交換日記って言うけど、九能先輩の手元にある時間ってとっても少なくない?」
「そーいや、そうだな」
「私が朝持ってきて夕方持って帰るから、九能先輩が持ってるのって学校にいる間だけじゃないかな」
「学校にいる間だけで三ページってやばくないか。家に持ってかえったら何ページになんだよ……」
「笑えないわよ乱馬……」
自分で切り出した話題とはいえ、乱馬の言葉に顔をひきつらせるあかね。
それを聞きながら交換日記はかなり進んでるのでは、と思った右京が声を出す。
「で、なまえちゃん。その交換日記はあとどんくらい残ってるん?」
「三十ページくらいかな」
「やっぱり相当進んでんなぁ」
「この短期間ですごいわね……」
「ほとんど九能先輩が書いてくださってるんだけどね」
残りのページ数に驚く二人にははは、となまえは苦笑した。
口にしたようにほぼ九能が進めていて自分はほんの少ししか関与していない。
九能先輩のようにたくさん書ければ幽霊〈なまえ〉を早く成仏させてあげられるものの、相手が相手だけにやっぱり一日一ページが限界だ。
「おめーほんっっと、よく続けられるよな。九能先輩が書く日記なんて見れたもんじゃねぇぞ」
そう言ってゾワゾワと背中を震わせた乱馬。幽霊がいようがいまいが、九能と交換日記をしていることに対していろんな感情が込み上げてきて複雑なのだ。
「あたしも九能先輩との交換日記なんてすることになっても、一日も持たなそう……」
「日頃の行いのせいやな。朝もだいぶなまえちゃんに熱烈やったし」
「はははは、」
乱馬の言葉に同意するあかねも同じように複雑な顔をしている。
好意を寄せられるのは嬉しいことだが、九能の性格といい、ところ構わず抱き付いてきたり愛の言葉を語られたりするのは御免なのだ。
それをここ最近毎日経験しているなまえは二人の気持ちが痛いほどわかるが、今は幽霊〈なまえ〉のために我慢するしかない。なまえは苦笑いする他なかった。
もちろんそんななまえの気持ちを三人はわかった上で話している。
あえてそう言ったマイナスなことを口にしないなまえに乱馬はずっと気になっていた言葉を投げた。
「幽霊の〈なまえ〉があのノートに取り憑いてさえなけりゃ、なまえだって九能先輩と交換日記なんかしねーだろ?」
その言葉にあかねと右京も注目する。幽霊〈なまえ〉がいない今なら吐露しても大丈夫だろうか。
毎日あーだこーだ言われるのは少ししんどい気持ちはあるけど、乱馬やあかねのようにそこまで九能が嫌いというわけではない。むしろ先輩はあかねやらんまくんと本当は交換日記をしたいんじゃないかとか、なぜ私の名前を書いたんだろうかっていうそっちが気になって仕方ない。
そんなこと言ったら変な扱いでもされてしまうだろうか――?
なまえはそれを口にするのは寸でのところでやめた。
そして思いとは別の、乱馬たちが望んでいる言葉を声にするのだ。
「うー、うん……」
「だよなー!」
「そら当然やな」
「九能先輩相手じゃねぇ……」
「まーなんにせよ、この調子だったら幽霊の〈なまえ〉が成仏出来んのも時間の問題だな!」
自分の言葉に賛同する三人になまえは何とも言えない気持ちになるが、この場が上手くまとまるならいいか。とやり過ごした。
自分の中で違和感を感じたことも蓋をして。
ガラガラガラッ。
丁度話の区切りが付いたところで教室の扉が開いた。そこに立っているのは先ほどまでの話の中心人物である九能帯刀、その人だ。
「みょうじなまえ!交換日記を持ってきたぞ!!」
「……あ、はい」
よく通る声でなまえを呼び、なまえは九能の元へ向かう。目の前にきたところで交換日記をサッと差し出した。
受け取ろうと手を伸ばしてきたなまえの手を素早く掴むと自分の方へ引き寄せ、ぐぐっと顔を近付けてくる九能。
「やはり君との交換日記が楽しすぎていつも翌日に渡そうと思うのだが、どーもこの手がなまえくんへの愛をしたためるのを止められんでな……」
「は、はぁ……」
「なまえくんの言葉から一字一句逃さずひしひしと愛を受け止めているぞぉっ!僕はなんて幸せなのだろうかっ!」
そう口走るとがばっとなまえを抱き締め、今朝と同じようにスリスリと頬擦りをする。その目からはぶわっと涙が溢れており、九能の感情が爆発しているのがわかる――が。
ぶきゅるっ。
「いーかげんにしろ、おめーはよ!」
乱馬が九能の後頭部を勢いよく踏みつけ、なまえをがっしり掴んでいた両腕はほどけた。勢いのあまり九能はその場に突っ伏す。
「なまえ、大丈夫か?」
「う、うん……」
なまえを自分の後ろに移動させ、九能をギッと睨み付ける乱馬。
朝も助けてやりたかったけど咄嗟のことで動けなかったから、今回はスタンバってて良かったぜ。
一方の九能はゆらりと立ち上がる。その額は赤くなっており、頬同様にまたサージカルテープが貼られるのだろう。
「おのれ早乙女乱馬。僕となまえくんの関係をぶち壊そうとする障害め……」
「うっせーな、さっさと帰りやがれ!」
「ふっ、負け犬とはよく吠えるものだ。僕となまえくんなら貴様のような障害を越えるなどたやすいもの!二人の間に入り込める隙などないものを、そうして指を加えて見ているがよい!」
「んだとぉ~~!?」
「なまえくん、早乙女など気にするな。僕のなまえくんに対する愛は何があっても変わらないからな!はっはっはっ!」
二人の間にジリジリとした闘気が立ち込め、どちらかが一歩でも動けばここで決闘が始まるのでは――固唾を飲んで見ていた他のクラスメイトたちだったが、二人を制したのはなまえだった。
「ごめんね、乱馬くん。九能先輩に言いたいことがあるの」
「なまえ……?」
乱馬に声を掛け、なまえは九能の前に自ら進んだ。
思わぬことに乱馬も九能も拍子抜けするのだが、九能はなまえが自分の方へ来てくれたことの嬉しさに、込み上げていた怒りを忘れる。
「九能先輩」
「ん?」
話を聞こうとほんの少し屈んだ九能の目はキラキラと輝いている。
なまえはゆっくりと口を開いた。
「……今朝は本当にすみませんでした。明日は日直です、とノートに書いていれば先輩をお待たせすることもありませんでしたし……」
「……そのことか、」
「しばらく日直はありませんがまた日直になったり、お伝えしなきゃいけないことがありましたら書きますね」
幽霊〈なまえ〉には日記に書かなかったことを詫びたけれど、当の本人である九能にも同じことをするべきだ。そう思っていたなまえは改めて九能に謝罪をした。
「……君は律儀だな、なまえくん。過ぎたことを気に病むことはない」
「先輩……、」
なまえの肩にぽんっと手を置くと九能はふっと笑ってみせた。
「だがその物事に真っ直ぐ向き合う精神、ますます気に入ったぞ!さすがは僕が認めた女性だ、なまえくん!
……まぁもし次に何かあるようだったら教えてくれると助かる。よろしく頼む」
「……はい」
「ではいい返事を期待しているからなっ。――……、」
「え?」
再び肩をぽんぽんと叩いた九能はご機嫌な様子で高らかに笑いながら教室を去っていく。
驚きのあまり、なまえはその場に立ち尽くしていた。必然的に九能の後ろ姿を見送るかたちになるのだが、そんなこと気にも留めずひたすらに自分の耳を疑った。
週末、楽しみにしている――。
最後にそう聞こえたのだ。
「けっ、いちいちうるせーやつだな、」
上機嫌で去っていく九能の後ろ姿にぶつくさ言う乱馬は、殴ることも出来ず気持ちをモヤモヤさせたままだった。
そして九能が去ったというのに突っ立ったままのなまえに声をかける。
「どーした、なまえ……?」
「……い、いま」
声を震わせながらなまえが振り返えると同時に幽霊〈なまえ〉がびゅっと飛び出てきた。
{なまえさんっ!!!}
「どわっ!?」
突然出てきた幽霊〈なまえ〉の姿に驚く乱馬は「急に出てくるなよ!」と怒鳴るのだったが、頬を紅潮させて興奮気味に話す彼女の一言に更に驚くことになる。
{行きましょう!デート!!!}
「「「デート!!?」」」
「デート……、」
乱馬、あかね、右京の声がシンクロした。ついに来たかこのときが。デートという単語に三人はまたシンクロしてなまえに視線を送った。
週末楽しみにしてるってデートのこと!?いやでも先輩はそんなこと一言も……。
なまえが一人混乱している最中、幽霊の〈なまえ〉が{ノートを見てください!!}と声をあげた。その声になまえは交換日記をパラパラとめくる。
{ここです!!}
ビッとひとさし指でさされたそのページの一部分をごくりと喉をならし、意を決してなまえは読んだ。
………………、…………。
……………………。
…………。
……ところで話は変わるが、次の週末にぜひデートをしよう。
交換日記も残り少ない。なまえくんとデートをした喜びをこのノートに記録として残しておきたくてな。
僕と過ごす時間が、君の中で最高の時間になることをここで約束しよう――――。
「……ほ、ほんとだ……、」
愕然とするなまえの手から乱馬は交換日記を取り、ざっと目を通す。乱馬の後ろであかねと右京もノートを見るのだが、達筆な字で書かれたその文章はデートのお誘いそのものだ。
{もちろん行きますよね!?!?}
「え、ええと……」
キラキラとした目でずいっと詰め寄る幽霊〈なまえ〉に、たじたじの様子ななまえ。成仏出来るよう交換日記はすると決めたけど、デートをするとは言っていない。
しかし九能の性格からして、いつか誘われる日が来るとは思ってはいたが――……さてどうしたものか。
「おい!なまえが困ってんだろ。デートと交換日記は関係ねーじゃねーか。行く行かないはなまえが決めんのが当然だろ」
「せや、アンタの気持ちもわかるけどな、行くんはなまえちゃんやで?んな勝手なこと言わんとき」
{……だって……、}
乱馬と右京の正論に幽霊〈なまえ〉が言葉を詰まらせる。九能が誘ってきているとはいえ、行くのはなまえ。幽霊〈なまえ〉との間に交わされた《交換日記を最後までする》という約束からは逸脱したことだ。
あからさまに落ち込む幽霊〈なまえ〉になまえは見兼ねて話し掛けた。
「……そんなに行きたいの?」と。
その一言に堰を切ったように〈なまえ〉は声をあげる。
{行きたいです!九能さんと一緒に過ごせるなんて夢のようではないですか……!九能さんのお手元にある時間は少ないですし、何よりプライベートな九能さんなんて初日以外見れてませんし!!}
「ミーハーかよ」
「ミーハーね」
「ミーハーやな」
つらつらと息つくひまもなく熱弁する〈なまえ〉に思わず乱馬たちの軽いツッコミが入る。
しかし幽霊〈なまえ〉にはその声は届いていないようで、一呼吸置くとさらに続けた。
{それに……、いつかデートをしてみたいと思っていたんです。あの彼と……でもその願いはもう叶いません。私は九能さんが私を見ていなくても構いません。雰囲気を楽しめるだけでもいいんです!九能さんとのデートに行きたいですっ!}
あの彼とは幽霊〈なまえ〉が生きているときに交換日記をしたかった相手だ。彼女は交換日記だけでなくデートも出来なかったと言う。
半ば泣き落としのようなその口ぶりになまえは気持ちを落ち着かせるように長く息を吐いた。
いつか来ると思っていた。
幽霊〈なまえ〉のためにもその日が来たらそうした方がいいとも思っていた。彼女の口からはっきりと行きたい理由が語られた今、断ることが出来る人などいるのだろうか。
それぞれの注目が集まる中、なまえは重い口を開ける。
「…………わかった」
{……え?}
「デート、行くよ」
{やったー!}
なまえの言葉に無邪気にはしゃぐその姿を見るとこうした方がいいんだと言い聞かせた。交換日記を始めた頃は《~~しないと成仏出来ない》なんて脅されていた自分だったのに、今は進んで面倒事に足を突っ込んでいる。
それにデートも交換日記も放棄したところで〈なまえ〉さんならもう一度させようとするに違いない。何より今までやってきたことも水の泡だ。
そして九能先輩の誘い方は私が行く前提の内容だった。あれじゃ〈なまえ〉さんを断ったって後ろに退くことも出来ない。九能先輩と〈なまえ〉さんはグルではないのか、そう思いたいほど同じことで二人に振り回されてばかりだ。
この調子だと週末はどうなるんだろう……。
なまえはOKを出したものの、きたる週末のデートに向けて先が思いやられていた。
「……やっぱりな。行くって言うと思ったぜ」
「もうお人好しなんだから、」
「せやけどそこがえーとこやし、な」
「「言えてる」」
浮かれる幽霊〈なまえ〉をなだめるなまえの横顔を見ながら、乱馬たちはやれやれとため息を吐くのだった。
その頃、交換日記を渡し終えた九能は二年E組の教室に戻るとツカツカと目的の人物――天道なびきに詰め寄っていた。
「天道なびき。聞きたいことがある」
「あら~~?どーしたの、九能ちゃん。珍しく真面目な顔してるわね」
「僕はいつでも真面目だ。この前話していたなまえという名前のもう一人だが、」
「うん」
――それは僕となまえくんの交換日記に取り憑いているという《幽霊》のことか?
そこには神妙な面持ちでなびきをじっと見つめる九能の姿があった。
To be continued...