中編:交換日記と幽霊。
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いつもより早く家を出て学校に着いたなまえは軽い足取りで教室に向かう。
部活の朝練で賑やかな校庭とは違い、校内はほとんど人の気配がない。一年F組の教室に着いたところで、様子をうかがうようにして幽霊〈なまえ〉は姿を現した。
{今日は早いですね?}
「うん、日直だから」
{……えっ?}
なまえは鞄を置くと黒板へ向かい、チョークで右端に今日の日付を書いた。
教室にはなまえ以外に誰もおらず、朝の光をいっぱいに浴びた室内はしんと静まりかえっている。
そこへガラガラと扉が開く音が響き、開けた主が溌剌とした声を上げた。
「なまえ、〈なまえ〉さん、おはようっ!」
「おはよう、あかね」
{おはようございます。あかねさんも日直?}
今日の一年F組の日直はなまえとあかねの二人だ。
あかねは自分の席に鞄を置くとなまえの元へ足を運ぶ。
「ええ、そうよ。じゃ準備始めましょ」
「うん。日誌取ってこなきゃいけないから、待っててね」
{あっ、ちょっと……!}
幽霊〈なまえ〉が止める間もなくなまえとあかねは教室を出ていく。
一人取り残されてしまった幽霊〈なまえ〉は少し寂しそうな顔をして、賑やかな窓の外へ視線を向けた。
そしてホームルーム前。
がやがやと賑わう一年F組の扉がガラッと勢いよく開いた。
「ひなちゃん先生まだか?よっしゃ、セーフッ!」
乱馬が駆け込んで入ってきた。未だ賑わうクラスに乱馬は汗を拭うような素振りを見せるが、一切息は乱れていない。
そんな乱馬に「また遅刻ギリギリじゃない」と隣の席のあかねがぼやく。「間に合ったんだからいーだろっ!」と鼻をならす乱馬は、あっ、と声を上げた。
「そーだなまえ、さっき九能先輩がなまえの下駄箱開けてんの見てよ、いちおー一発殴っておいたぜ」
「え"?……ありがとう?」
思わぬ発言になまえは眉をひそめた。
そして気付く。
「もしかして、今朝はまだ交換日記渡してないから、いるかどうか確認されたのかな?」
「なまえ、日直だもんね」
あかねの言葉になまえが頷いたとき、しくしくと泣くような声と合わせて幽霊〈なまえ〉が姿を現した。
{いつ……いつ渡すんですかああぁ……}
「なんや、元気ないな」
{九能さんの元へいつ行けるんだろうとずっと考えてて……}
「ごめんごめん、一時間目の休み時間に持っていくから」
さめざめと泣きながらしょぼんとしている幽霊〈なまえ〉の姿になまえの良心が痛む。
普通なら日直の仕事もパパッと終わるはずだったのだが、担任の二宮ひな子からあれこれ任されそれをこなしている内に時間はあっという間になくなったのだ。
交換日記を九能に渡す時間などなまえにはなかった。
{どうしてノートに明日は日直だって書かなかったんですか……?}
涙で濡れる瞳を見せながら、ポツリと幽霊〈なまえ〉が呟く。
「そんなに重要だと思わなくて……」
{……私はこの日記が拠り所であり全てなんです。外部から情報を得ることも出来ますが、些細なことだろうと書いて欲しいです……}
「う、うん……」
{それに九能さんも校門でずっと待ってらしたんです。チャイムが鳴って肩を落としてトボトボ歩かれているお姿がどんなに寂しそうだったか……もし日直だと知っていらしたらあんなお姿を見ることはなかったでしょうし……}
ポロポロと零れる涙は床を濡らすことなく、幽霊〈なまえ〉の膝当たりで空に消える。
交換日記を始めた当初は今よりはっきり見えていたはずの〈なまえ〉の姿は以前よりうっすら透けている。
その不安定な姿がより幽霊〈なまえ〉の不安な気持ちを表しているようだった。
「……ごめんなさい。〈なまえ〉さんの気持ちも九能先輩の気持ちも考えてなくて……」
{……、}
「ちゃんと伝えてたらこんなに不安にさせずにすんだんだもんね、本当にごめんなさい」
{……ううん。……私こそ、自分ばっかりなこと言ってごめんなさい……}
幽霊〈なまえ〉は涙を拭った。なまえの言葉を受け入れた彼女の顔は、ひかえめに優しく微笑んだ。
そんな二人の様子を見ていた乱馬たちは、
「俺ノートに《おさげの女》って書かれなくて良かったぜ……あそこまで出来やしねぇ……」
「あたしも書かれてたら自信ないわ……なまえの器って大きいわ……」
「こればっかりはなまえちゃんが適任やな」
と、それぞれ思ったことを口にしていた。
そんなやり取りの最中、再び教室の扉がガラッと開く。
「みょうじなまえはいるか!」
生徒たちは扉を開けたのは担任の二宮ひな子かと思っただけに、声を張り上げたその人物に驚いていた。
頬にサージカルテープを付けた九能がそこに立っている。恐らくその頬は先ほど乱馬に殴られたものだ。
なまえと九能が交換日記をしてるというのは全校生徒が知っており、そしてこのノートに幽霊がとりついているというのも――九能を除く――全校生徒が知っている。
始めこそは好奇心で見ていた生徒たちだったが、日に日に興味は薄れ今では日常の一部となっていた。
しかし朝から教室にわざわざやってきた九能の姿に、交換日記でなんかあったのか?とガヤガヤし、九能に注目が集まる。
「あ、はい、どうぞ」
「こ、こ、これを僕はどんなに待ちわびたことか……!」
名前を呼ばれたなまえは鞄からノートを取り出し、九能の元へ行くと交換日記を差し出した。
なまえの姿を見てどことなくホッとしたような顔を見せた九能は、そのノートを見るや否や、顔をぱあっと明るくさせる。そしてひしっと抱きつくのだ。
「ちょっと、離れてください!」
スリスリスリ。
「いいではないか、減るものでもない」
スリスリスリ。
「減ります!減りますからっ!」
頬擦りをしてくるその体をドンっと押し退け九能から離れたなまえは、ぜ~は~と乱れる息を整える。容赦ない腕の強さに潰れてしまいそうだった。
「恥ずかしがり屋さんめ」
九能は押し退けられたことを気にも留めず、自分の頬に手を寄せてそう呟いた。
相変わらずな九能の素振りに呆れるなまえ。さっさと教室に戻ったらどうですか――そう口にしようと顔をあげると、先ほどまでの悪事を働いた同じ人物とは思えないほど真面目な顔をした九能がこちらを見ていた。
「ところでなまえくん、」
「はい……?」
九能の声色が少し低くなる。
いつもならばノートを受け取ると白い歯を見せながらペラペラと饒舌に語り笑って颯爽と去る九能だが、交換日記を手にしたというのに去ろうとせずその瞳はじっとなまえをとらえたまま。その真っ直ぐな眼差しにとらえられ、なまえは視線を反らすことが出来ない。
「今朝は、」
「……え?」
「……今朝は外で会えなかったな」
ふ、と少し九能の睫毛が揺れた。ギラギラとした鋭い眼光ではなく、少し寂しげなその眼差しになまえは一瞬ドキリとした。
もしかして会えなくて寂しかったのだろうか――?いや、まさか。
……だけどこんな先輩の目なんて、見たことない。
「に、日直だったのでいつもより早く登校したんです」
「……日直?……そうか、日直か!そうだったのかっ!」
その言葉を聞いて目を大きく見開き、ノートを受け取ったとき以上に顔を明るくした九能は一人ひどく納得した様子でそうかそうか、と笑った。
コロコロと表情を変える九能になまえの頭の中で?マークが浮かぶ。
「てっきりなまえくんが交換日記に飽きたのだと早合点してしまってな……!」
「……え、」
「こうして教室に出向いて良かった。交換日記も貰い受けたのだしな!はっはっはっ!」
なんだ、そういうことか。
いつも登校して校庭で渡していたから、今朝渡せなかったのことで交換日記を放棄したと思われたんだ。
幽霊の〈なまえ〉さんも言ってた、ずっと校門で待っていたって……。あんな顔しちゃうくらい待ち焦がれていたんだ……。
正直、放棄したい気持ちは山々だけど、このノートは幽霊の〈なまえ〉さんを成仏させるためにしているんだから何があっても最後まで続けなきゃいけない。
なまえはひと息つくと、ゆっくり口を開いた。
「ずっと待っててくださったんですね?すみませんでした。交換日記はそのノートが終わるまでは続けるつもりです」
「本当か!安心したぞみょうじなまえ~~!!最後の1ページまで、君と僕とで愛の言葉を刻み込もうではないか!さて、こうしちゃおれんな。僕の中で充ち溢れるなまえくんへの愛を綴ってくるから楽しみにしていたまえ!ではなっ!」
怒濤のようにそう語り倒すと九能は白い歯を見せながらはははは!と笑ってしゅたしゅたと廊下を駆け抜けていった。
そんな二人の様子を見ていた一年F組の生徒たちは幽霊〈なまえ〉の成仏がかかっていること、そして九能との交換日記を続けなければいけないことに改めて同情と激励の眼差しをなまえに送っていた。