中編:交換日記と幽霊。
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朝、登校しているなまえから交換日記を受け取った九能は内容を読むと即座にペンを走らせた。
その様子を隣の席であかねの姉である天道なびきが眺めている。
噂に聞く交換日記が目の前にあるのだが、幽霊が見当たらない。
なまえと一緒にいるところは見たことがあるというのに、九能の側でその姿を見たことがないなびきは不思議に思っていた。
なまえと同じ名前の幽霊。交換日記が無事に終わると成仏するらしいと聞いたけど、どうなのか。
直接聞くか、または仲のいいあかねや乱馬に聞けばその幽霊の存在も詳しくわかるのだろうけど、そこまで興味もないし、自分に災難が降りかからなければどーでもいいと思っている。
そして九能の周りでは見たことがないということは、九能は幽霊のことを知っているのだろうか?
一心不乱に文字を書きなぐっている九能に隣の席のなびきが話しかけた。
「ねー九能ちゃん、なまえちゃんと交換日記してるんだって?」
「む。今なまえくんへの愛の言葉を刻んでいるのだ。邪魔するな」
「あら釣れないわね」
「清き交際の第一歩に相応しい交換日記だ。お前などには構ってられん」
一心にペンを動かし、視線を向けることなくフンッと鼻を鳴らす九能。
そんな態度を取られることになびきは何とも思っておらず、そのまま会話を続ける。
「あら、なまえちゃんの新しい生写真があるのに。残念ね~~」
「なまえくんの生写真だとぉっ!?なぜ早く言わんのだっっ!」
ギラッと目を輝かせて九能は食い付いた。
「だって九能ちゃんってば写真出してるのに気付かないんだもん。交換日記、書くの大事なんでしょ?」
「交換日記も大事だが、なまえくんの生写真を手にいれるのも大事だ」
「話が早いわねー、九能ちゃんっ!」
そうして九能はなびきから五枚三千円の生写真を購入する。
「ち、な、み、に~~」
バババッ。
「こ、これはおさげの女のブロマイド……!」
サササッ。
「ててて天道あかねのブロマイド……!」
「五枚セット、各二千円よ!」
「買ったぁぁ!!」
机の上にザッと出されたらんまとあかねのブロマイドに気持ちを昂らせ、なびきの言い値で即座に購入する九能。
そして交換日記を始める以前となんら変わらない九能の反応と行動に、この短時間で七千円の収入を得たなびきはにんまりと笑いながら満足げに口角をあげた。
「あいっかわらずねぇ~~ってことは本命をなまえちゃんに絞ったわけじゃなさそーね」
ま、その方があたしにも都合がいいんだけど。取り引き相手が減るのはごめんだわ、そう心で呟くなびき。
その真意を知ることもない九能は
「今更何を言う。みょうじなまえ、天道あかね、おさげの女……みんな本命だ!」
と下衆な発言をするのだが、なびきは気にも留めない。
そしてそんな発言にも面白そうにこう返すのだ。
「あら、でも交換日記はなまえちゃんだけじゃない」
にこにこ笑うなびきの顔を見て九能はピクリと眉を動かした。
まるでそれは本命はなまえとでも言えるような言葉だ。それをそのまま受けとめた九能は、半ば反論するように口火を切る。
「天道あかねやおさげの女とは頻繁に拳と拳で愛を育めるが、なまえくんとは拳で愛を築けないからな。彼女とは愛を語らう方がふさわしい」
「ふーん」
「そうなれば交換日記は一番最良の選択!あの日文房具店で交換日記と出会ったのも運命!なまえくんとせずに誰とする!」
「さー」
「そして今やこうしてなまえくんとの愛を少しずつ育んでいるのだっ!」
「へぇー」
「愛おしい文字で綴られる文章から彼女なりの淑やかな愛を僕は感じる!!なんて魅力的な文字を書くのだろうか!なまえくんの文字をフォントにしてスマホに登録したいがどうすれば……!」
「ふーん」
「あああ愛おしい!愛おしいぞみょうじなまえ!なんて可憐な字なんだ!!」
ガタタッと立ち上がりぶるんぶるんと首を振りながら熱弁する九能。
途中から聞くのも相槌を打つのも面倒になったなびきは机に頬杖を付きながら、机から出した雑誌をペラペラとめくる。
手のひらで転がすのは面白いけれどくどくど語られるのは好きではない。
交換日記ひとつで燃え上がる九能を見るとそれを嫌でも痛感させられるし、再度面倒な奴だと認識させられる。
こんな面倒な奴となまえちゃんは交換日記をしているなんて、あーかわいそっ。
「よく続けてられるわねー、なまえちゃんも」
「何か言ったか?」
なーんにもっ!わざとらしくケラケラ笑ったなびきは、そうそう。と言葉をかける。
――なまえちゃんって、どっちのなまえちゃん?
「……?どっち、とは?なまえくんと同じ名前の女子生徒が他にもいるのか?」
ピタリと九能が止まった。
自分が知るなまえという名前は一人しかいない。
生徒が多い学校だ。同じ名前の女子生徒がいるかもしれないが、思い付くのは彼女だけだ。
なびきの言葉に耳を疑った。
「いるでしょ?九能ちゃんの近くに」
「……?」
知らないはずはないというなびきの口ぶりに九能は首を傾げた。
はて、なまえくんのことではないのか?誰のことを言っているんだ天道なびきは――。
九能が考えを巡らせ始めたその時、わぁっ!?という大きな声がクラスの後ろから聞こえた。
なびきは驚き振り向く。そこにはガタガタッと揺れるロッカーと、驚愕しているクラスメイトたちの姿が。
「きゃー!」
「なんだなんだ!?」
「ロ、ロッカーが独りでに動いてるぞ……!?」
「心霊現象ー!!?」
突然動き出したロッカーに色んな言葉が飛び交い、騒がしくなる2年E組。そんな騒々しい中でも九能は気にする様子もなく、先程から考え込んでいるがやはり思い当たる女子生徒はみょうじなまえ以外にいない。
そして確認のためになびきに声をかけた。
「天道なびき、その女子生徒とは、」
「あー、交換日記に――、」
取り憑いてる、と、なびきは続けようとしたがその言葉は発せられることなく、二人の頭上にある蛍光灯のパンッパチンッという奇妙な音に遮られた。
二人は無言のまま同時に上を見上げる。
蛍光灯はパチンッと音を立てているだけでなく、点いたり消えたりと不自然な点灯を繰り返していた。
「今度は変なラップ音が……!」
「ポルターガイスト現象だ!」
「電気、点いたり消えたりしてない!?」
「おばけーっ!!!」
クラスメイトたちは立て続けに起きる謎の現象にきゃーきゃー騒ぐのだが、なびきはひどく冷静な様子でその騒ぎを眺め、それを引き起こしてるであろう人物を確信して思うのだ。
……どーいう訳かは知らないけど、どうやら幽霊の〈なまえ〉ちゃんって子は九能ちゃんに自分の存在を知られたくないのねー。
そして私を口止めさせようとしてんのね。
どーしよっかなっ。
そう思うなびきに、ポルターガイストにも驚かなかった九能が再び答えを求める。
「それで?どんな女子生徒なのだ、天道なびき」
「その先は有料よ」
「いくらだ」
「三千円っ!」
「買ったぁぁあ!!!」
まいどありっ!そう言ってなびきは折り目の付いていない千円札を受け取った。
非現実的なこのやり取りだが二人の間で金銭が動くのは日常茶飯事である。
そして目力を強めた九能がぐっと詰め寄った。
「で?誰なのだ。僕はなまえくん以外にその名前を知らんぞ」
「あら、なまえって名前は少なくないわよ?」
「それでは答えになっとらん」
「そうね、じゃあ」
ヒントをあげるわ。
なびきは平静に口を開く。
「ヒント?」
「そう。九能ちゃんが《気付いてない》っていうヒントをね」
「……どういうことだ?」
意味深なワードに首を傾げる九能。
はて……?と再び考えを巡らせるも、やはり思いあたる節などない。
「それはなまえという名前に関係があるのか?」
「ええ、もちろん」
なびきのはっきりとした物言いに、もう少し詳しく――九能がそう言おうとしたところで授業開始のチャイムが鳴る。
不完全燃焼のまま話は終わったが、その日その話を九能が深く追及することはなかった。