中編:もしも本命には奥手だったら
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廊下を歩き進めるとパソコン室の静寂さとうって変わり、賑やかな光景が広がる。
カフェや縁日のようなものを開いたりとそれぞれのクラスが趣向を凝らした出し物をしており、まさにそれは文化祭ならではのものだった。
「それじゃ、九能ちゃんも文化祭楽しんでね」
階段が見えてきたところで九能にそう言ったなまえ。
なびきのように手を振り、階段へ向かおうと一歩踏み出したなまえの手首を九能は咄嗟に掴んだ。
「待て」
呼び止められたなまえは反射的に振り返る。じっとなまえを見る九能は更に言葉を続けた。
「どこに行く?」
強くも弱くもない力で掴まれたその手は答えを言わぬ限り離してくれそうにもなく、なまえは眉をひそめその手の主を見た。
「別に決めてないけど……なんで?」
「エスコートを任されたからな」
「あれはなびきが私たちを追い出すために言っただけでしょ?」
「なんであろうが、務めは果たさねばならん」
「はあ?」
もとより変なやつだと思っていたが、九能との会話は理解し難いときがある。
本人は線で繋がっているのかもしれないその内容は、なまえにとっては点のように散らばったもので結び付かないと同時に意図を汲み取れなかった。
それに普段の九能は人に指図されることをあまり好いていない。
決めたことにはとことん突き進み、周りを気にも留めない普段の様子はある意味傍若無人であり、それは新しい形の暴君と言ってもおかしくはない。(九能の場合付いてくる民がいないのは目に見えているが)
しかし利害が合致するときは、周囲の意見を受け入れ即座に行動する一面もある。
今回の場合は後者なのだが、なんの利害が一致していての行動なのかなまえは知る由もなく、ただただ暴君・九能の言動に頭を悩ませるだけだった。
「……ていうか九能ちゃん、用事があるんじゃないの?」
先程パソコン室でされていたやり取りを思い出し、なまえは九能に問いかけた。
「ない」
しかし返ってきたのはあまりにも簡潔な答えで、なまえは肯定されるものと思っていただけに拍子抜けしてしまう。
「え、じゃあさっきなびきが言ってた時間っていうのは?」
「……お前が気にすることではない」
「なにそれ」
あやふやな返事にまた眉を寄せるなまえ。
普段ならば白黒はっきりさせる九能だが、パソコン室に来てからというもの適当な返事や曖昧な行動にどうしたいのかわからない。
また考えるのを放棄しなければならなくなったなまえは、はぁと見てわかるほどのため息をついた。
「あー、わかった。もう聞かないことにする」
「ほう、賢明だな」
「あのねぇ……。で、九能ちゃんは何がしたいの?」
「聞かないのではなかったのか?」
「あー、はい、そうね。私がバカでした」
「バカとは言ってないぞ」
「どーでもいいよ!ていうかいい加減離して!」
揚げ足を取るような九能の発言に痺れをきらしたなまえは掴まれていた手を思い切り振り上げた。
どんっ。
その手は勢いのあまり後ろへ弧を描くと、階段を降りてきた人物にぶつかってしまった。
「っわ!」
「え!?」
なまえの手にぶつかった人物となまえの声が重なる。
慌ててなまえが振り向くとその人物は持っていたカップジュースを服に溢し、尻餅をついていた。
「わ、す、すみません!」
咄嗟に謝るなまえを他所に尻餅をついた人物の友人が二人、階段を降りてくると駆け寄った。
「いってぇ……」
「おい大丈夫か?」
「あ~~!俺のジュースが!何してくれんだお前!」
「す、すみません……!」
自らの手をすり抜けたカップジュースの有り様に、尻餅をついた男が座ったまま凄んでくるが、なまえはひたすら謝るしかなかった。
「ていうか、この場合ぶつかったことに怒るんじゃねーの?」
「だよなー……ぶつかってなけりゃジュースこぼれねぇし、服も汚れねぇし」
「そうそう」
冷静なツッコミを入れる友人二人からの冷ややかな目線を感じた尻餅男は、コホンと咳払いをして立ち上がった。
尻餅男は少し頭が弱いようだ。
「……とにかく、お前!どうしてくれんだ!許さねぇぞ!」
尻餅男は勢いよく人差し指をなまえに向けた。
その剣幕にギクリとしたなまえは再び頭を下げると声を張った。
「すみません!」
「謝って済む話か……ん?お前かわいい顔してんじゃねぇか、ちょっと付き合えよ」
なまえが頭を上げるとニヤリと口角を上げた尻餅男の目は、獲物を見つけたハイエナのようにぎらりと光る。
顎に手を添えて上から下まで舐めるようになまえを見つつ近寄った。
「え、あ、あの……」
「お前が付き合ってくれんなら許してやってもいいぜ」
顎に添えていた手をなまえへ伸ばしたその刹那、
「それぐらいにしろ」
尻餅男の鼻先数センチのところに木刀が突き付けられた。