中編:遠回りの恋心。
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「おらがなまえを好き……?」
驚いたムースの顔が呆けていたせいか、乱馬はくっと喉を鳴らした。
「だってよう、おめぇの口からシャンプーの名前がほとんど出ないんだぜ?それが生半可な気持ちで考えたらいけねぇことだって、俺でもわかるけどよ。俺から言わせれば、お前がなまえを思う、考える気持ちはなんだか友達を越えてるような気がしてさ」
「おらは……、」
「わぁーってるよ。余計なお節介するつもりはさらさらねぇーぜ。でも気持ちはもう固まってるんじゃねぇかと思ったんでい」
「乱馬……」
おらはシャンプーが好き、なんじゃ。小さい頃からずっと見てきて自分に言い聞かせる。
しかし乱馬の指摘に、真っ向から否定できんかったのはなぜじゃ……?
おらがなまえを好き……?心で呟くとじんわり胸が熱くなった気がした。それはシャンプーに惚れ込んだ気持ちと似ておるような気がせんでもない。
しかし、しかしじゃ。
おらがなまえを好きだと認めたとして、それはそれで都合が良過ぎるのではないか……?
「……どうしたらいいかわからん」
「俺だってわかんねぇよ。一つ言うとするなら――――」
――傷つけたと思うなら、ちゃんと謝ることだな。
乱馬はそう残して帰っていった。
綺麗に染まっていた夕焼け色の空は、すっかり濃紺に色を変えていた。一人残されたムースは乱馬が去ってからも悶々と考えていたが、考えたところでいい答えが見つからない。
そしてやはり“なまえのことを好き”という新たな感情に戸惑いながら、その答えの着地点をさがしている。
……ここで考えておっても埒が明かんな。
頬に当たる風が強くなったのを感じ、ようやくムースは重い腰を上げた。
“好き”はともかく、いまは乱馬の言うようになまえに謝ることの方が大事じゃ。
夜に連絡をしてみよう。折り返しが来ないなら、学校へ出向くか……?
空き地の土管からムースはスタッと飛び降りた。足元の草が、かさりと揺れる。と、同時に、彼の耳は女の子たちの話し声を拾った。
聞き馴染みのあるこの声は――、
「右京って本当に腕が良いよね。いつ食べても飽きないもん」
「ほんと!私は右京のお好み焼きももちろん好きだけど、なまえの手作りのお菓子も好きよ」
「あかねってば、もう。……ありがとう」
――なまえと天道あかねの声だ。
ムースは咄嗟に土管に身を隠した。慌てたせいで気付かれなかっただろうか、いやそれよりも。
久しぶりに聞いた彼女の声でこんなにも安堵するとは――ムースの胸の奥がじんわりとあたたかくなる。それは先ほど感じものよりも、より強く、大きい気がした。
思ったより元気そうだと彼はホッとしていた。
鈴を転がしたような愛らしい声に合う、かわいい笑顔をして話しているのだろう。
思えば、会う度に彼女はあの愛らしい笑顔を自分に見せてくれていた。シャンプーを誘ったあと、というのに。
始めは申し訳なさと感謝でいっぱいだったが、ほんの気まぐれになまえの好きそうな映画やイベントのチケットを取ったこともある。
あの笑顔が見たくて、喜ばせたくて。
『お前さ、なまえが好きなんじゃねぇか?』
どくん。
『お前がなまえを思う、考える気持ちはなんだか友達を越えてるような気がしてさ』
ま、さか。
いや、でもこれは。
「っ、なまえっ!」
そうなのかもしれん。胸の高鳴りはおさまることを知らずどくどくとうるさい。
あのとき乱馬の言葉をすぐに否定できなかったのは、そういうことだ。おらは、なまえのことが――― 。
気づけば、体が先に動いていた。いま、伝えなければ。
ムースは空き地を飛び出し、一回り小さい見慣れた後ろ姿に向けて声を張り上げた。
「なまえっ!」