中編:遠回りの恋心。
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「けっ、なんでぇ、あかねもうっちゃんもよー……」
あかね、右京、なまえの三人が肩を並べてお好み焼き屋うっちゃんへ向かう姿を見送った乱馬は、一人のけ者にされたことにいじけながら学校をあとにした。
ポケットに両手をつっこみ、慣れた足取りで民家の塀を歩く。
俺だってなまえのこと気にしているのによー。
「ニーハオ、乱馬!」
「どわっ!!」
「大歓喜!こなところで乱馬に会えたね!」
「シャンプー……」
そこへ出前途中のシャンプーが、乱馬の背後から自転車に乗ったまま体当たりした。
ごろごろと猫のようにのどを鳴らすシャンプーは、いつの間にか自転車をおりて人目を気にすることもなく、乱馬にべったり寄り添う。
「やぱり私達、赤い糸で結ばれてるね!」
「あのなぁ……ん?美味そうな匂いだな……出前の途中か?」
「!そうだたある!」
つい、美味しそうな匂いに誘われて言葉が出てしまった。乱馬の隣には、自転車の荷台に乗った出前用のおかもちがある。
シャンプーは我に返り、勢いよく立ち上がるとはぁ、と大袈裟なため息を一つ零した。その視線の先には、荷台に積まれたおかもちがある。
「……最近、ちともムースが使えなくて困てるある」
「ムースが使えない?どういうことだ?」
きょとんとした乱馬は、シャンプーの言葉をオウム返しした。
猫飯店でバイトをしているムースは、中国仕込みの腕をかわれ、コロンの厳しい指導にも耐えながら、料理はもちろん仕上げや配膳、接客、そして出前も知る限りでは器用にこなす方だ。
猫飯店でそんな姿の彼を何度も見たことがあるので、何でまた?と疑問が残る。
「何させても失敗ばかりある」
「……そんなにひどいのか?」
「ひどいの一言じゃ済まないくらいね」
またく、逆に仕事が増えてしまたよ。
はああと彼女には珍しく、大きなため息をひとつ。目もあわせずに淡々と話すシャンプーに、乱馬は苦労してんな。と口にする。
そんな乱馬の声に顔をぱあっと明るくしたシャンプーは、乱馬の頬にそっと手を伸ばす。
「乱馬、私心配してくれたか?」
「え?あ、あぁ」
乱馬に応援されるとやる気が出るね。
彼の頬を優しくなでたあと、再び自転車に乗ったシャンプーは、にこっと微笑む。
チリリン、と一つベルを鳴らすと自転車を漕ぎ出した。
「再見、乱馬!」
「あぁ」
そうして乱馬は小さくなるシャンプーの後ろ姿を見送った。
今日は女子の背中を見ることが多いな、と乱馬はぼんやり思う。
姿が見えなくなると、再び家へと足を進めた。
ひょいひょいっと塀から塀へ飛び移るのなんて、お茶の子さいさいだ。
歩きながら両手を空へ伸ばすと、乱馬は頭の後ろで組んだ。
先ほど聞いたばかりのシャンプーの言葉が、頭をよぎる。
「ムースが使えない、かぁ」
なまえといい、ムースといいどうしちまったんだ?
最近なまえとムースがよく出掛けるって言ってたよなー。この間レジャーランドにも一緒にいたし。
でもあの時なまえは何も言わず帰っちまったよな。俺たちがいたことに気付いてたはずなのによ。ま、用があったのかも知れねぇけど……なまえは挨拶しねぇで帰るようなそんな失礼なやつじゃねーし。
学校であかねが聞いてたけど、なんかその先はなんか触れちゃいけねぇ気がして結局聞けなかったよな……。
ムースがおかしいのも、なまえに聞けばなんかわかるかもしんねぇな。
……あ。
「ムース、何してんだ?こんなところで」
「……乱馬」
帰り道にいつも横を通る空き地には、今しがた考えていたムースがいた。
乱馬に呼ばれ振り返る彼は、空き地内を雑然と転がる土管に座っている。
よ、と手を上げ乱馬はムースに近寄った。
「元気ねぇな、シャンプーが心配してたぜ」
「……シャンプーが?」
その名前を引き合いに出せば、必ずと言っていいほど目を輝かせるのに。そんな気配はまったくなかった。思いもしない反応に乱馬は困ってしまう。
心配していた、と身を案じてくれていることも伝えているのだから、尚更だ。
「最近、店も上手くいかないんだろ?」
「あぁ……。おばばに今日は働くなと言われただ」
だからこんなところにいたのか。
乱馬はムースの隣に腰を下ろした。ムースは乱馬の行動を一瞥してから手元に目線を落とした。ムースの手には携帯電話が握られていた。
「なぁ……なんかあったのか?」
「……、」
「……えーと、俺でよけりゃ聞くぜ」
いつもぎゃーぎゃー言い合ったり拳をあわせたりする仲だ。隣に座って語らうなどあまりない。慣れないしんみりとした雰囲気に、乱馬は少し緊張していた。
背中をバシバシ叩いて「元気だせよ!」なんて軽口を叩けるような状況でもないのだ。
暫くの沈黙の後、俯いたままだったムースは意を決したように顔を上げ、じっと乱馬の顔を見据える。
眼鏡越しに見えたムースの瞳が、不安で揺れているのを乱馬は見逃さなかった。
「……どうしたらいいかわからんのじゃ」
ぎゅっと眉を寄せたムースの再び視線が下を向く。サラサラと黒髪が流れ、その表情を見ることは出来ない。
ライバルである自分に、普段ならこんな弱気な姿など見せたくないだろうに。それだけムースが思い悩んでいるのだ。
しかし、こんなシチュエーション滅多にない乱馬は、どう声をかけるべきか考えあぐねるが……言葉が出ない。
唸るような声を出したかと思えば、今度は長いため息をつくムース。
そんなムースが発した言葉に、乱馬はピクリと小さく反応した。
――なまえを傷付けただ。
どこかへ遊びに向かうのだろう小さな子供たちが、空き地の横を元気よく駆けて行く。
その元気な声に掻き消されそうなほど、ムースの声はとても小さくて弱い声だった。