中編:遠回りの恋心。
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学校帰り。
あかねと右京はなまえを誘って、右京の家でもある――お好み焼きうっちゃんへと足を運んだ。
まだのれんも出ていない開店前のお店にお邪魔することは初めてではないが、なまえは右京が“臨時休業”の看板を出しているのを見ていた。
普段は右京が帰ると共に準備をしてから開店するはずなのだけど、今日はお店を開けないのだろうか。
「ほらほら、座ってや!」
なまえとあかねはカウンター席へ案内され、右京はカウンターと鉄板越しに二人に向かい合う。
そして右京は慣れた手つきで厨房からお茶を出し、カウンターに二つグラスを並べた。
流れるような動きになまえ惚れ惚れしながら見ていたが、右京が椅子に腰掛けたと同時に口を開く。
「右京、臨時休業するの?私たちがいて大丈夫?」
「構わん構わん。大事な友達が悩んどるときに、のんきに店なんか開かれへんわ」
臨時休業の理由は右京が述べた通りだ。
なまえは知らないが、ここ数日のなまえの様子を心配しているあかねと一緒に、話を聞いてみることになったのだ。
たくさんの人がいる学校では話せないことも、ここなら気兼ねなく出来る。臨時休業の看板を出せば訪ねに来る人もいない。
あかねの家でももちろんよかったのだけれど、なにせ家族が多いだけに、万が一内容を聞かれかねない。
右京が自ら場所を提供したのは、そんな配慮や思いがあってのことだった。
思いもしない右京の発言に出来るだけ平静を装いながら、なまえは首を傾げた。
「……悩んでる?」
「そうよ、なまえ。悩んでるんじゃない?最近ずっと浮かない顔してるわ」
「もちろん、悩みがあることは悪いことやないで?けどなぁ、最近のなまえちゃん見てられへんよ」
眉を寄せ困ったようにこちらを見る二人に、なまえは一瞬息を詰まらせた。
知らない顔して押し通そうと思ったけど……二人にはバレていたんだ。
上手く隠せてると思っていたのに、こんな風に優しく声をかけてくれるのなら、ここ最近の自分はよっぽどひどかったのかもしれない。
「なまえちゃんさえよければ……やけど、聞かせてくれへん?話すだけでも少しは気持ち楽になると思うで」
「……右京」
「右京の言う通りよ。無理にっては言わないけど……私たちなまえの力になりたいの」
「あかね……、」
学校で聞くことも出来ただろうに、わざわざ場所を変えてくれた気遣いが痛いほど嬉しい。それも大事なお店を臨時休業にしてまで。
信頼の置ける二人で、なまえにとっても彼女たちは大事な友達だ。話して茶化すようなことは絶対にしないだろう。
なまえはきゅっと制服のスカートを握った。そして意を決して重い口を開く。
「二人ともごめんね。心配してくれてありがとう。えと、上手く言えないんだけど……ずっと気持ちがもやもやしてて……ね」
「「もやもや?」」
「……実は最近、訳あってムースと出かけることが多いんだけど――――」
なまえの口から出てきた人物の名前に目を丸くした右京は、二人の関係を知らない。
そんな右京になまえはムースとのやりとりを掻い摘んで話した。
ムースの恋を応援していること、ムースの誘いを断ったシャンプーの代わりに一緒に出かけること、そんな関係が長く続いていること……。
「この前も出かけたんだけど、その日から心が晴れないっていうか……」
あかねは見てたと思うけど……、なまえは健康レジャーランドでのことをポツリポツリと話し始めた。
シャンプーの代わりとわかってても一緒に過ごす時間は楽しい。お誘いも嫌じゃない。
ムースがシャンプーを好きなことを応援しているのに、今まで当たり前のことだったのに。目の前でシャンプーにアプローチしてるのを見て、胸が苦しくなったこと。
なんでかすごく悲しくなって。嫌だ、見たくないなんて思ったことも……。
あのとき目の前で見せつけられた、彼の一途な想いと行動。
応援する側ならばその状況に「がんばれ!」と言うべきはずなのに――胸にチクリと走った痛みとざわざわと騒ぐ心に動揺して、ムースを後押しするような言葉はひとつも浮かばなかった。
そして彼から、もやもやする胸の痛みからも逃げるようにその場を後にしたこともあり、なまえの心はすっかり沈んでいたのだ。
少しずつ明かされていくなまえの胸の内に、黙って聞いていたあかねと右京、二人の目が合った。
多分、考えていることは同じ。
口にするのを考えながら話す彼女の様子に、隣に座るあかねはなまえの背中を優しくぽんぽんと撫でた。
その眼差しと手つきは優しい。
「……なまえ、話してくれてありがとう」
「なるほどなぁ。にしてもなまえちゃんらしいわ。一緒に遊びに来てんはなまえちゃんとやろ?置いてかれたあげく、目の前で好きな女にアプローチしてるとこ見て怒らんなんて、ウチには出来んわ」
「それは、ムースがシャンプーを好きなこと応援してるから口を挟む資格はないっていうか……」
「そやね。そやけど、なまえちゃんはそれ見て苦しゅうなったっちゅーことは事実なんやちゃう?それからどんな時でも、ムースんことが頭から離れへんのやろ?」
「……うん」
「こんなになまえのこと悩ませちゃうなんて、ムースってばもう……!」
自分の代わりにぷんすか怒ってくれる二人の様子に、なまえは苦笑いした。
いくら目の前でムースがシャンプーにアプローチしていたとしても、勝手に帰っちゃったのは悪いことだろうに、それすらも肯定してしまう彼女たちは自分に優しすぎやしないか。
そのとき、ムースの顔がなまえの頭をよぎった。
喫茶店を案内してくれた優しい顔や、観覧車で見せたいたずらっぽく笑った姿。なんだか心がむず痒くなる。
そして一途で誰よりもシャンプーを思う気持ちが強い彼のアプローチする様子まで思い返して、あのとき感じたざわざわとした感情が胸に戻って来た。
「なまえちゃん。そのもやもやした気持ちが、なんや知りとーない?」
「右京はわかるの?」
「もちのろんやで」
――それはな、なまえちゃんがムースに恋しているからや。
「……恋っ!?」
予想打にしていなかった発言に、なまえは声を上げた。ガタタッとイスが動くほど驚く。右京はというと、大袈裟にも思えるほど大きく頷き、あかねも控えめにこくりと頷いた。
「私もそうだと思うよ、なまえ」
「あかねまで……で、でも向こうには好きな人がいるんだよ?」
「阿保やな~好きっちゅー気持ちにそんなん関係あらへんわ。それになまえちゃんは相手のことで頭がいっぱいになって、苦しゅうなるほど悩んでるんやで?そんだけ相手んことを……ムースんこと想っとるんやって、ウチは思うで」
ウチかて、どないな時でも乱ちゃんのこと考えとる。一緒におるんはもちろん嬉しいけど、ウチやない女と一緒やったらそらいい気はせんわ。
それがなまえちゃんでも、な?そないなこと言わへんけど。
障害があるほど燃えるもんやで~。あ、流石に相手が結婚してるんは別やけどな。と、冗談まじりに右京は続けた。
「それに大事なのはなまえの気持ちじゃないかな」
その人を応援したいとか、見守りたいって思っても、自分の気持ちを押し殺してまでしなくていいのよ。認めちゃうって難しいけど、自分の気持ちは大切にしなきゃ。ね、とあかねはなまえに微笑みかけた。
本当は私も自分の気持ちを大切にしなきゃいけないけど、私はまだ知りたくない。知らないふりをしていたい。私が乱馬を好きだなんて、まだ――認めたくない。
「せやな、なまえちゃんが自分の気持ちに向き合えたら、一歩踏み出せると思うで」
「私の気持ち……」
「そない難しいことやないし、なっ」
私がムースを好き……?
好きという感情に触れて、なんだか少し体が熱くなり、とくんとくんと心臓が早鐘を打ち出す。なまえはそっと胸に触れてみた。
思えばこの胸の高鳴りは、連絡がきたときや二人で会ったときと似ていた。
自分が気づくよりずっと前から、ムースのことを好きだったのかもしれない。ただ気付くのが遅かっただけで。
相手が好きだからこそ嬉しくなって、相手を思うからこそ悲しくなる。恋に一喜一憂はつきもの。そんなことを初めて教えてくれたのも、紛れもないムースなのだろう。
そっか、このもやもやした気持ちを認めるっていう案外簡単なことだったんだ。好きな人のためにがんばっていた彼や、周りのみんなの行動の原動力はここにあったんだ。
初めて知る感情と速くなる心臓の音に、なんだか恥ずかしさがこみあげる。
……私、ムースが好きなんだ。
うっすら目を細めたなまえが、小さいながらも長く息を吐いた。
「二人の言う通りだと思う……私、ムースのことが好きなんだね」
はにかんで笑うなまえの頬は赤い。
あかねと右京はそんななまえを見て(かわいい)と頬が緩むと同時に、彼女の恋を応援したいと思った。
「あ〜〜〜、今のなまえちゃんの顔、ムースに見せつけたいわ!そないな顔させたんお前やで!ってなぁ!」
「ほぉんと!目に焼き付けてもらわないと!めがねだって外させないわ」
急に立ち上がって熱弁する右京とあかねに、なまえは目を見張った。捲し立てるような物言いに若干引きつつ、交互に二人を見る。
「二人ともどうしたの、急に……。私、どんな顔してるの?」
「恋する乙女の顔やな」
「と〜ってもかわいい顔よ!」
ニコッと笑ってみせた二人の明るさに、思わずなまえは吹き出してしまった。
なにそれ、と頬を赤くしながら笑うなまえを見て、あかねと右京は目を合わせた。
(大丈夫そうね)
(もう大丈夫やな)
ここ最近見ていたなまえのメランコリーな表情が、いつものようにころころ変わる。
悩んでもやもやしていた気持ちが胸の中でストンと腑に落ちたのだろう。すっかり心が晴れている様子のなまえに、あかねと右京は安堵した。
柔らかな笑みを浮かべるあかねと右京を見て、二人が友達でよかったと心から思う。気持ちが落ち着いたのは、なまえに寄り添ってくれたあかねと右京のお陰なのだ。
「あかね、右京、ありがとう。お陰で気持ちが落ち着いたよ」
「いーや、そない礼言われることしてへんで」
「そうよ。もし友達が悩んでいたら、なまえだって同じことした でしょう?」
「……うん」
「持ちつ持たれつ、よ」
ありがとう。なまえがまた笑う。それを見たあかねと右京もまたにっこり微笑んだ。
「やーっと笑ったな、なまえちゃん」
「ほんと、久々になまえの笑顔見た気がするわっ」
「え、そうかな?」
やっぱ笑顔が一番やな。
右京の声にあかねとなまえは頷いた。店へ来る前まで抱えていた沈んだ気持ちは、もうなまえの心から出ていってしまった。
さてと!両手をパチンと合わせた右京は立ち上がると、鉄板の電源を入れた。じわじわと鉄板の表面が熱くなっていく。
臨時休業はおしまいで、開店準備をするのだろうか?
なまえとあかねの考えていることに察しのついた右京は、パチッとウィンクをしてみた。
「うちからのサービスや!あかねちゃんとうっちゃんのお悩み相談室も終わったとこやし、お腹いっぱい食べてきや!」
なんと気前が良いのだろうか。あかねとなまえは手を挙げて喜んだ。
お好み焼きうっちゃんのお好み焼きは、休みの日には行列が出来るほど大人気で、とても美味しい。味だけでなく店主の右京の人柄も相まって店は繁盛しているのだ。
慣れた手付きで生地やソースを出していく右京は、適温になった熱い鉄板に特製の生地を流した。
じゅわわ、と食欲をそそるような音を立てながら、生地は綺麗な円を描き、店内は香ばしい匂いに包まれる。
「さ、リクエストに応えたるで、何のトッピングがえぇ?」
「私、チーズがいいなっ」
「じゃあ私は右京のオススメで!」
「はいよっ」
大きなヘラで生地をひっくり返し、ご指名のトッピングをほどこしていく。
相変わらずの右京の手際の良さに、二人は食い入るように手元を見つめていた。
「とっても美味しそ〜!」
「ほんと、右京のお好み焼きは最高だもんね」
「嬉しいこと言うてくれるやん?おーきに!」
あかねとなまえの言葉に、右京はカラッと笑ってみせた。
きっと出来上がっても、食べても、喜んでくれるんやろうなぁ、ふたりとも。友達ってえーもんやな。
目を輝かせているあかねとなまえを見て、右京の口元が自然と上がる。
やっぱしみんな笑っとるんが一番やな。なんて、しみじみ思いながら。
to be continued...