中編:遠回りの恋心。
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「次、あの観覧車に乗らんか」
「うん!」
ムースが教えてくれた喫茶店でお昼ご飯を済ませたあと、私たちは園内を歩いていた。
大きなドームの近くには、レジャーランド名物の大観覧車がある。天気がいい日に乗ると、それはそれは雄大な景色が眺められると好評だ。
幸いにも今日は天気が良く、遠くの山々まで眺めることができそう。
以前、あかねと来たときはシャンプーや乱馬、良牙の抗水石鹸騒ぎに巻き込まれて遊び倒すことができなかった。ハプニングの連続だったけれど、あれはあれで楽しかったかな。
なので今日はムースのお陰で、本来のレジャーランドを満喫している。
これから乗る観覧車だってそう。
実をいうと、前回乗り損ねてちょっとばかし……いや、かなり乗りたかったのだ。
「ほぉ。景色がいいと聞いておったが、なかなかのもんじゃの~」
「そうだね。夕焼けとか、夜景もキレイみたいだよ」
雑誌に書いてあったんだよね、と笑ってみせた。
長い列を並び、ようやく案内された観覧車のゴンドラはぐんぐん空へのぼっていく。
賑やかな音楽や人の声が少しずつ小さくなっていき、視界が開け、うわさ通り遠くの山々まで見え景色は最高だ。
メガネの丁番あたりを押さえ、ムースは「そうなんか」と外の景色をまじまじと眺めている。
「これはなまえが観覧車に乗りたいと思うのも納得じゃな」
「……え、」
観覧車に乗りたいなんて話したっけ?
景色からムースに目を向けた。刹那、視線が交わる。
あっという間にゴンドラは頂点までのぼり、ムースの窓の後ろはキレイな青空だけが広がっていて。爽やかな青を背にするムースがなんだかまばゆい。
瓶底メガネ越しに見えた凛々しい瞳は、私を捉えていた。
「ずいぶん前に天道あかねが言っておったぞ。どこぞの施設で観覧車に乗れなかったから残念そうじゃった、と」
「え、そうなの?」
「いまのなまえを見たらわかるだ。ここの観覧車のことだったんじゃな」
本当は一番最初に乗りたかったのではないか?とムースに笑われた。いたずらっぽく笑ったその表情に胸がぎゅっとなる感覚は、観覧車に乗りたい気持ちが図星だったからなのかも。
思わず恥ずかしくて目線を落とした。
恥ずかしいけど、なんだかむずかゆい気持ちが心地よくてもう少しこうして乗っていたいな。
少しずつ近づいてくる地上の景色を目の端に捉え、
「実はね、そうだったの」
と返そうとした言葉は――ムースの声によってさえぎられてしまった。
「シャンプー!!!」
想い人の名前を叫んだムースの大きな声に、びくりと肩が揺れた。
反射的に顔を上げると、びたっとガラス窓に額をくっつける彼は、その名前の少女――シャンプーを食い入るように視界いっぱいに捉えているようだ。
そんなムースの姿を見て、なぜか動揺する私がいた。
ていうか、どこにシャンプー?
彼と同じように下を覗き込むと、観覧車の近くにある大きなドームの側に彼女はいた。シャンプーはなぜか乱馬にべったりくっついていて、その近くにはあかねやなびきたちの姿もある。
天道家の一家団欒に、なんらかの拍子でシャンプーが紛れ込んだのだろう。
バンッ。
突然の音に驚いて今度はなんだと振り返ると、ゴンドラの中にムースの姿はなく、私一人が取り残されていた。どうやらゴンドラの扉を破って外へ出たようで、扉がない小さな空間にぶわっと風が吹き荒れる。
幸いにもあと少しで終点だったため、高い位置で取り残されることはなかったが、ムースはシャンプーの元に駆けていったようだった。
なんとも表現しがたい呆然とした感情のまま終点まで着き、観覧車を降りて現状を目の当たりにしてしまう。
さっきまで隣で肩を並べていた彼は、想い人を取られまいと必死な形相で声を荒げていた。
「乱馬!おのれシャンプーにべたべたと引っ付きおって!!」
「違ぇだろ!逆だ逆!俺じゃねぇっての!」
「ムース何しに来たあるか!?私と乱馬邪魔する、許さないね!」
「シャンプー!おらと一緒にレジャーランドを周るだ!」
「うるさいね、ムース。お前はひとり帰るよろし」
「あんたたちねぇ……。あら、なまえ?」
なぜかあかねが私を呼ぶ声が、そのときは届かなくて。みんなのやりとりをまた呆然と眺めていた。
……なんでだろう。
彼の気持ちは充分理解しているし、最初からわかっていたことなのに。必死にアプローチしている彼の姿を見て、チクリと胸に小さな痛みが走った。
次はシャンプーと一緒に行けるといいね。ムースなら大丈夫だよ。元気出して。
いつもそうやって励ましてきたのに。励ましていたときの思いにウソはなかったのに。
なんでこうも胸がざわざわして、苦しいんだろう?
足が自然と動いた。一歩一歩確実に、少しずつ速く。
誰かが引き止めるような声も聞こえたが、聞こえないふりをした。どうしてか、少しでも早くこの場から離れたかったのだ。
誰かに聞きたい。この胸の痛みは、何?
to be continued...