中編:遠回りの恋心。
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あかねに言われた一言が頭の中でリフレインする。悪気があっていっている言葉じゃないから、嫌な気は全くしない。
ただ、そういえばそうだ。という疑問が残るだけ。
そしてあの会話から二、三日もせずに、話題の中心にのぼった彼――ムースからお誘いの連絡がきた。
電話でお誘いしてくれたときを、ぼんやり思い返す。
『なまえは健康レジャーランドとかいう場所、知ってるだか?』
『知ってるよ』
有名なレジャー施設で、少し前にあかねたちと行ったことがある。……と言っても抗水石鹸騒ぎに巻き込まれて、施設を楽しむ余裕はなかったかな。
『健康レジャーランドで体を動かすのはどうじゃ?』
『……私でいいの?』
……やばい、つい声に出てしまった。
気づいたときにはもう遅い。
『あーー……や、その、なんじゃ。……またダメじゃった』
自虐的に笑い飛ばした彼の声は淋しげで、その声に合う淋しそうな表情が電話越しでも容易に想像できた。
連絡がきた時点でもしかしたらと思ったけれど……やはり彼は意中の相手を誘えなかったらしい。懲りないなぁ、と思う反面、またか……とかわいそうになる。
どうしてこうもシャンプーはムースの努力を見てくれないのだろうか?
シャンプーはシャンプーなりに意中の相手である乱馬を誘うために頑張っているのだから、全部が全部シャンプーが悪いとは言えない。
だけどほんの少しでも振り向いてくれたらいいのに――。
……きっと、恋をすることでみんな好きな人のために頑張るんだ。私がまだ知らないだけで。
『それで、もし、なまえさえよければ、なんじゃが……』
その先を言い淀むような歯切れの悪い口ぶり。
何度このやり取りをしたことか、なにを言いたいかを察するには充分だった。
――もったいないからってなまえを誘わなくたっていいんじゃない?
あかねの声が頭をよぎる。
いいのかな、私で。なんでムースはいつも私を選んでくれるのかな。
……少しでも彼の力になれないかな。
ただその一心で、私はまた『いいよ』と答えてしまう。
『いいんけ!?』
わっと喜ぶ声に安堵した。
せっかく準備したチケットが無駄にならないなら。シャンプーの代わりでよければ。
――ムースが喜んでくれるなら。
電話越しの声のトーンがあがっているのに気づいた。たぶん私も同じ。
すぐに日にちと待ち合わせ時間が決まり、白紙だった週末に色がさした。
そうして約束の日がやってきた。
休日なので、健康レジャーランドは家族連れやカップルたちなどたくさんの人で賑わっている。
「すごい賑わいじゃの〜〜」
「ほんとだね」
笑顔で隣を歩く彼の横顔を見て、心が躍ると同時に……少し背徳的な念にかられる。
本来ならそんな表情を向けたい相手は私ではないというのに。
この関係を知らない人から見ると、ムースの好意に甘えてる私はひどいヤツなんじゃないかと思った。
ムースはシャンプーのために頑張ってるのに、彼の言葉に甘えて。彼を喜ばせたいという気持ちに変わりないけど、おいしいとこ取りしてるだけなのでは、と。
本当にいいのかな、私で。
「……なまえ、どうしただ?」
気づくとムースが私の顔を覗き込んでいた。
がやがやとたくさんの人がすれ違う中、いつの間にか私は立ち止まっていたらしい。
「ごめん!なんでもない」
「そうか?もしや歩くスピードが速かったか?」
「ううん。そんなことないよ、ごめんね。次はどこに行こうか?」
「そうじゃのぅ、そろそろ昼飯時じゃな。あそこの喫茶店に行くだ」
ムースはマップを確認して建物を指差した。
きっと一番近い喫茶店を選んでくれたのは、私が疲れているのだと思った、彼なりの気遣いだったかもしれない。
にこりと笑った彼のメガネが、一瞬太陽の光で反射する。
……だけど。彼が指さしていたのは喫茶店ではなく、インフォメーションだった。
あー、これはツッコめないやつ。触れちゃだめだ。
マップを見たあとに眼鏡を外さなければよかったのに。命の次に大事なものと豪語するのなら。
まるでお約束とでもいうような流れに思わず口元が緩み、ムースにばれないようこっそり笑った。
彼の私を気遣う言葉と行動に、もやもやした気持ちはすっかり晴れていく。