ムース
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ムースは眼鏡を沢山持っている。
目が悪いから持っているのだが、普通なら何個もいらない。
しかし彼には、視力の他にも理由はある。
壊す、壊される、無くす……ときりがない。
そんなムースがテレビのCMを見て感動したという。
「何故今まで気付かんかったのじゃ!こんな画期的なものがあるとは!」
画期的なもの、それは――……
「買ってみたんだ?」
「あぁ。店員にも勧められただ」
猫飯店。
開店前の店内で、ムースと私は机を挟んで向かいあっていた。
ムースの手には、彼曰く画期的なもの――コンタクトレンズが入った箱があった。
「これなら早々に無くす心配も壊す心配もなかろう!」
「そうね~体につけてれば大丈夫ね」
しかし、コンタクトレンズを目に入れてないときに無くしたりしないかというのも問題なのだが、ムースが気付いているかはわからない。
そうこうしているうちに、ムースは箱を開け、説明書を読み終わったのか、準備をし始めた。
……日本語の説明書が読めたのか気になったが、あえて触れなかった。
「よし、今からコンタクトをつけるだ」
「うん」
人差し指に乗せた小さな円形の透明なソレを意気揚々と天井に向かって掲げ、ムースは眼鏡を外した。
「……むっ!」
「どうしたの?」
「……眼鏡を外したら人差し指に乗せたコンタクトが見えん」
「……。……近くまで持ってきて眼鏡外せば?」
「そうじゃな」
そう言って再び眼鏡をかけ、顔の近くまでコンタクトを持っていく。
私から見れば近すぎやしないかという距離だが、そうでないと見えない視力だからこそ何も言えない。
そしてまた眼鏡を外す。外した眼鏡は額に乗せて。
「ややっ!?」
「どうしたの?」
「先程まで一つじゃったのが、数が増えおったぞ!なんじゃ、日本のコンタクトは幻術を使うのか!?」
「……は?」
「どれじゃ、どれなんじゃぁっ!!」
また眼鏡をかければいいものを、彼は首を左右に振って悶々としていた。
長い髪がその動きに合わせて揺れ動く。
複数見えるなら、ムースの目は乱視でもあるんだろう……なんてのんきなことを考えていた、その時だった。
コンタクトが落ちた。
「ぬっ!?コンタクトが一人でに動きおったぞ!?どこじゃっ!」
いやいや、あんたの髪に当たって落ちたんだよ。
と、口を開こうとしたその時。
ぱり。
小さな、本当に小さな音を耳が拾った。
「ちょっとムース動かないで!」
「なんじゃっ!?」
彼の足元に屈んで、両足をどけてもらうと…あった。無残に割れたコンタクトレンズが。
それから幾度か試してみたものの、説明してもやはり同じ運命を辿るコンタクトレンズの数々に、やはり彼には眼鏡がいいとその度に思った。
だって、眼鏡の方が確実に大きいし。
コンタクトを乗せた人差し指が、わなわなと震えているのを見たら、いつか目を傷付けるんじゃないだろうかと心配にもなる。
「ねぇムース、私は眼鏡外したムースも好きだけど、眼鏡かけてるムースも好きだよ」
「っ、な!?」
そう言って微笑めば、顔を赤くするのがかわいくてたまらない。
俯いて耳まで赤くした彼が、お前がそういうなら……と言ってコンタクトレンズを諦めるまで、あと少し。
「し、しかし眼鏡をかけたままじゃとお前さんに口付けをするとき邪魔なんじゃ……」
な、何てことを言うんだコイツはっ!
頬の赤みがムースから移ってしまったようだ。自分でもわかるくらい顔が熱い。彼を見るのも恥ずかしくなり、咄嗟に俯いた。
チラリと目線だけムースに向ければ、未だ耳まで赤い彼。
「……ムースが好きなようにしたら、いいんじゃ、ない?」
その一言がいけなかったのか、彼の何かしらのスイッチを押してしまったようだった。
イスから立ち上がったムースは突然私の手首を掴んだ。そしてぐいっと彼の方へ引き寄せられ、顔を覗き込まれる。反対の手で肩を捕まれ、逃げ場はない。
さっきまでの赤面はどうしたんですか!と言わんばかりに目がギラついている。
少しずつ迫ってくる――眼鏡を外した――彼の瞳から目が離せない。ああもうこれ、本当に、
逃げられない……!
「またく!欝陶しいね!」
待って、ムース。
という言葉は、シャンプーの声とお玉で中華鍋を叩いたであろう、カーンッ!という渇いた音で遮られた。
驚いたのは私だけじゃなかったようで、ムースはわかりやすくずっこけてしまった。その瞬間、掴まれていた彼の手の力が抜ける。
「開店前に何してるか、ムース!いちゃいちゃするならよそでするよろし!」
びゅっと勢いよくお玉をムースに向け、シャンプーは目くじらを立てて怒鳴っている。
それはごもっともなお怒りだ。
そう、お店は開店前でいろいろ準備をしなければならないのだ。いくら私たちが恋人同士でいようとも、お店には関係ないことだ。
ただシャンプーの怒りの矛先が私にまで向いてなかったのは、何故だろうか。
それよりも。
……いま止めてほしかったような、そうでないような。状況が状況だけに、あと少し近づいていたらきっと唇が触れていただろう。
何だかちょっと残念。例えて言うなら不完全燃焼か。
「ぬ、すまん……。今から準備するだ」
「ご、ごめんシャンプー」
「わかればいいある」
彼も私もシャンプーには敵わないので、私から離れたムースは試しまくった無残なコンタクトレンズやケースを片付け始めた。
その背中は少し哀愁漂う。
私はそろそろおいとまするか、と考えていた矢先、ムースが振り返った。
大きな眼鏡をかけてたいつものスタイルで。
「すまんな。ちぃとやりすぎて過ぎてしまっただ。続きは今度じゃ」
ムースが動き出したと同時にシャンプーが後ろを向いた。その瞬間を逃さなかったムースは、再び私の手首を掴んで引き寄せると――彼は私の頬に唇を寄せた。
驚きのあまり声がでなかった。
そしてとても近くにしてやったりの顔と、眼鏡越しにこちらを見つめる双眸に気づき、再び心臓が高鳴る。
「……やっぱりムースは今のままがいい」
「なんでじゃ?」
「だって、」
眼鏡越しに見ただけでもドキドキしちゃうのに、眼鏡なしの瞳に見つめらたら――きっと私の心臓は耐えられない。
……なんて言えるか!
「……なんでもない」
「なんじゃそりゃ」
「またサボてるかムース!そろそろ開店ね!」
シャンプーの声が響く。
のれんを片手にシャンプーは引き戸を開けた。
眼鏡をかけ直したムースが厨房に入る後ろ姿を見送って、彼が触れた頬に手を重ねた。
顔が熱い。
やっぱり眼鏡なしのムースに見つめられるのを想像したら、心はきっともたないだろう。
大きくて分厚いトレードマークの眼鏡をつけたムースが厨房越しに手を振るので、振り返した。
「あの眼鏡の店員さん、眼鏡外したらイケメンなんだよー」
「そうなの?見てみたいなー」
知らないお客さんの声にどきり。
もしコンタクトをつけてしまったら、ムース目当てのお客さんがもっといっぱい来てしまうかもしれない。それは彼女としては嬉しくない。
なので私はまたこう思うのだ。
いまのままの君が好き、と。
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ギャグを目指したつもりが…
途中からコンタクトが全く出てこないのは気のせいです…笑