中編:遠回りの恋心。
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「……本当に自分勝手!この間のことは気にしないでいいって言ってるのに、許さなくていい?告白してくれたのに私の気持ちは聞かないの?なにそれ!散々、私の気持ち掻き乱すだけ掻き乱して……っ!」
なまえが口を開くほどムースの腕を掴んだ手の力が強くなる。普段なら痛みを感じることのない力強さだというのに、いまは掴まれた腕が痛い。
いや、痛いのは心なのか。
「私は、私は……ムースが好きなのに」
どくん。
なまえの一言にムースの心臓が一際大きく高鳴った。
な、んじゃと……?今のは聞き間違いだろうか?
恐る恐るなまえの顔を見てみると――こちらを見上げるその顔は、いまにも泣き出しそうで、瞳も先ほどより揺れている。決壊するのも時間の問題だ。
おらは好きな相手を笑顔にすることも出来んのか。なんと不甲斐ないやら、情けないやら。
思わぬ形で知ってしまったなまえの想いに触れ、ムースはまた身勝手なことをしてしまったと、言い逃げなどせずちゃんと彼女の言葉を待つべきだったと、自責の念にかられる。
「これでお別れみたいな言い方、しないでよ」
「す、すまん……」
「ムースの正直な気持ちを聞けて嬉しかったのに」
「す、すまなかっただ……」
男はひたすら謝ることしかできなかった。
感情が昂りついになまえの瞳の防波堤は決壊し、頬を流れていく。
その様子に気づいたムースは慌てて自身の懐からハンカチを出し、そっと彼女の頬に触れる。
「……その、なまえ。さっき言うたことは本当か?」
「本当だよ。誠実に話してくれたムースに嘘をつくわけないじゃん」
「そ、そうじゃな……すまん」
ぽろぽろと溢れる涙に申し訳なさを募らせながらも、ムースはなまえが自分を好いていている事実に、嬉しさで心が震えていた。
想いが通じるというのは、こんなにも嬉しいことだか。なまえもおらを好いておるなど、まるで夢のようじゃ……。
「……ありがとう、もう大丈夫」
「……あぁ」
ひとしきり涙が落ち着いたところで、なまえはムースのハンカチを掴んだ。
歯痒くて切なくてほんの少しの怒りが滲んだ涙だったというのに――頬に触れるハンカチを持つ手がひどく優しいことに気づいた途端、涙の感情が変わったことに気付いてしまった。
自身を大切に思う彼の気持ちに触れ、なまえもまたムースと心が通ったことで胸の高鳴りを抑えられないでいた。
そして今度はムースの手になまえはそっと触れた。
「これで仲直りね」
「……あぁ!」
歩み寄ってくれた好意に喜ばない男などいない。ムースは両手で一回り小さななまえの手を、きゅっと優しく包んだ。
指先から互いの熱が伝わる。あんなにもたくさんの時間を共有したというのに、手を繋いだのは初めてだ。
はにかんで笑う彼女の頬は、おそらく赤い。
すっかり日が落ちたというのに手に取るようにわかるのは、彼女の手の熱さが自分の手と頬の熱さと同じだからと、ムースはだらしなく口元を緩ませた。
恥ずかしさに染まる愛らしい表情を、なまえはこれからも隣で見せてくれるだろうか?
いや、見せてほしい。ずっと見ていたい。
中国で生まれ育ったが故に、掟やその類が身に染み付いているのだろうか――きちんとしたケジメが欲しくて、ムースは心を決める。
「なまえ。今さらではあるが……おらと付き合ってくれるだか?おらはお前さんの隣にいたい。また前のようにデートしたいだ」
「断る理由なんてないよ。喜んで……!」
眼鏡越しに見える真剣な瞳と、繋いだ手にぐっと込められた感情が嬉しくて、なまえはこくりと頷いた。ムースだけが引き出せる彼女の特別な笑顔とともに。
ようやくなまえが笑った。
おらだけが引き出せるとびきりの笑顔は、なんてかわいらしいんじゃろうか。こりゃ眼鏡をはずすことなど出来んわい。
遠回りして気づいた己の気持ちと、答えてくれた彼女の心をこれからは大事にしていかねば、と自身の中でムースは決意を固めた。
「(良かったわね、なまえ……!)」
心の中で、あかねは声を大にして叫んだ。
二人はすっかり忘れているが、一組のカップルが誕生した瞬間を、あかねは少し離れたところで見守っていた。
不器用ながらも誠実でありたいと、自身の想いを正直に明かしたムース。相手を思って避けていた想いに向き合ったなまえ。
二人は自身の気持ちに気付く以前より、互いのことを考えている似たもの同士だったのだ。
そんな似た者同士がこれからどんな風に未来を歩むのか見守りたいと、あかねは優しい眼差しで二人をみていた。
「なまえ!今度の週末なんじゃが!」
再び前のように出掛けるようになった私たちは、お互いの時間が合えば必ず何処かへ出掛けている。前と違うところがあるとするなら、友達から恋人に変わったこと。
まさか自分でも彼を好きになるとは思ってもいなかったけれど、今は彼を好きになって本当に良かったと思っている。
「大丈夫、空いてるよ」
彼からかかってきた電話の受け答えをして、携帯の電源ボタンを一回押した。白紙の多かった週末が、いまは彼のおかげで予定のない方が珍しい。いろんなところから面白い情報を聞きつけてくる彼のお誘いに、楽しみが尽きない。
通話の画面から待ち受け画面に切り替わる。
今の待受は、この間ショッピングモールに行ったときに撮ったプリクラの画像。アヒルのスタンプがたくさん押された、私たちらしいプリクラでお気に入りだ。
実はアヒルのスタンプを押すのは最初は嫌がられたけど、
『ムースが一緒にいるみたいで嬉しいから……ダメ?』
そう伝えると
『そんなかわいいこと言われたら断れる男がいるだか?よし、おらが押すだ!』
なんて、彼の方が楽しげに押していた。
そんな思い出も含めてのお気に入り。
「なんや、まぁたムースからか?」
「うん」
「本当、仲が良いんだから」
場所や時間を問わずかかってくる連絡に、同席している友人の許可を取った上で電話を取ると――たまに呆れられるような、からかうような言い方をされてしまう。それが本心でないことはわかっているけれど。
「まっさかなまえちゃんの好きな相手がムースやったとはなぁ〜〜」
「誰を好きになっても、いいでしょっ」
「そりゃもちろんや。にしても、あ~、うちも見たかったわぁ二人の告白シーン!」
「ちょっと、やめてよ」
「本当に素敵だったわ、二人とも。すれ違ってもちゃんと気持ちを伝え合って、見てる私までドキドキしちゃったもん」
「あかねまで」
「なんだー?楽しそうに話してよー」
話が盛り上がっているところに乱馬くんまでやってきて、話に加わろうとする。だけどさすがに男の子に聞かれるのは恥ずかしい。
そして不思議なことに、こういうときの女子の結束力は高い。それぞれの目を見て出た言葉は同じだった。
「「「秘密っ!」」」
「はぁ?」
「乱ちゃん、ガールズトークに男は厳禁やで」
「なんだよ」
「特に今は恥ずかしいからだめっ!」
「なまえまで……んだよ……、(ザバッ)これならいいでしょー?乱子にも教えてー?」
「あんたって人は!」
水に濡れて一回り小さくなったらんまくんを見てあかねが呆れて、右京が笑って。
隣に来たらんまくんに小声で「良かったな。ムースになんかされたらいつでも言えよ」って、私たちの関係に触れてきたことに恥ずかしくなって。
私がいまこうして笑っていられるのも、大事な友人たちと大好きな彼――ムースがいてくれるからだ。
今度ムースに会ったら、言いたいな。
「ありがとう、大好き」
次のデートが楽しみだ。
END.
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シャンプーからヒロインちゃんへの想いを自覚するシーンと告白シーンは、とても悩みながら執筆いたしました。ムースとヒロインちゃん、二人らしい展開に落ち着いたかな、と思います。
初期はあかねちゃんが二人の間を取り持つ展開でしたが、大幅に変えました。
最後までご覧くださりありがとうございました!
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