中編:遠回りの恋心。
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「ムース!?」
よく通った声に、呼び止められたなまえが驚きながら振り返る。
このタイミングを逃してはいけないと、ムースは足早になまえに駆け寄った。
久しぶりに会ったなまえの顔を見て、自身が思っている以上に、心から愛おしさがこみ上げてくるのをムースは感じていた。
会えない間に考えたのはなまえのことばかり。胸の奥が熱くなる感覚を知らない訳じゃない。なまえの顔を見て、心の中に隠れていた彼女への想いと、悩んでいた気持ちの着地点をようやく見つけて腑に落ちた。
そして彼は独り言ちする。
気付かなかっただけで、おらはなまえに惚れておったんじゃな……と。
「……なまえ、おらの話を聞くだ」
「え……、」
「言いたいことがある」
すぅ、と大きく深呼吸をしたあと、ムースは勢いよく深々と頭を下げた。
「この間のレジャーランドではすまんかった!なまえと来ておったのに、おらはシャンプーの所に行ってしまっただ……本当にすまん……っ!」
「え、ちょ、ちょっとムース!?顔上げて」
「無理だ!なまえのことを考えておらんかった、おらの身勝手さが悪いんじゃ。詫びても詫びきれん!」
「お願いだから、顔上げて?私……怒ってないから」
怒ってない?……なぜじゃ?
ムースはおそるおそる顔を上げる。
しかしなまえの瞳は伏せられたままで、目が合う気配はない。拒絶ともとれる伏せられたままの瞳を見て、ムースは切なくなった。
「……気にしてないから、大丈夫。それより、私の方こそごめんね。せっかく誘ってくれたのに、勝手に帰ったりして」
「そ……れは、おらがシャンプーのところに行ったからで」
「……いいの!ムースがシャンプーを好きってわかってるし、そこを私がとやかく言うことじゃないの。だから気にしないで」
「……違う。たしかに少し前まではそうじゃった。しかしおらは!お前のことが、なまえのことが好きなんじゃ!!」
その一言でなまえの伏せられていた目が上を向く。ようやく二人の視線が絡み合うが、なまえの大きく見開いた瞳が一瞬揺れたのを、ムースは見過ごせなかった。
なまえは思わず口元を片手で覆い、ムースから飛び出た言葉を心で反芻する。
ムースが、私を好き……?
ついさっき私はムースへの恋心に気づいたばかりだというのに。あれだけシャンプーを追いかけていた彼の言葉は、本当なのだろうか?
「……う、そ」
「嘘でない。おらは本気じゃ」
「なに言ってるの……ムースは、」
シャンプーが好きなんでしょう?
「……そうじゃ。おらは……ずっとシャンプーが好きじゃった。それに間違いはない。偽ることもしないだ」
「……、」
「たが、今までおら自身気付かんかったが……、今回のことでお前さんにしばらく会わんようになって気付かされたんじゃ」
おらはずっと、シャンプーを口実になまえと会っていただ。
なまえ以外に声をかけたことはない。いや、他の誰かに声をかけようと思うたことすらない。
お前さんを誘う理由がほしくて、御託を並べておったことすら自分でも気づかんとは……、本当に情けない話じゃ。
じゃからな、なまえ。今から言う言葉に嘘はない。
「おらはお前が……なまえが好きじゃ」
口を開けばシャンプー、シャンプーと言っていた自分が、今度は違う女性の名前を呼んでいる。
なまえにしてみれば都合のいい、やはり身勝手なヤツに違いないだろうが、いま伝えた己の気持ちに嘘はない。
ムースは緊張に耐えかね、手に汗握る拳にぎゅっと力を込めた。
「……すまん。勝手なこと言うておるのは承知じゃ。納得してもらえんでもいい。じゃが……どうしても伝えておかねばならんと思って」
驚きを隠せないなまえは、ムースの告白を聞いて胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。
気持ちを認めたばかりのタイミングで、こんなことが起きるなど誰が想像しただろうか。
あかねと右京に話を聞いてもらったあと、シャンプーを追いかける彼に振り向いてもらうにはどうしたらいいかなんて話も、ちょっぴりしたばかりだ。
こんな嬉しいことがあっていいのかと、なまえは気持ちを認めたときと同じように胸が高鳴っていくのを感じていた。包み隠さず正直に吐露してくれた彼に、私もちゃんと伝えたい。
そしてなまえが私も同じ想いだと、口を開いたときだった。
突如ムースは踵を返し、なまえに背を向けた。
「お前さんの気持ちを催促する気はない。身勝手な男の戯言と思うてかまわん」
「……え、」
「この間のことは許さんでくれ。謝るチャンスをもらえただけありがたいだ。おらがなまえに言いたいのはそれだけじゃ。呼び止めてすまんかった」
なまえの思いを知ろうとしないムースの物言いは、愛の告白というよりはまるで別れを告げているようだ。
好きだと伝えたというのに、ムースはなまえが口を挟む隙を与えなかった。
後ろを向いたのは、なまえの顔が見れないから。早口なのは、なまえの気持ちを聞くのが怖いから……。おらはなんて小心者なんじゃろうか。
彼もまた、自身の思いと行動に葛藤し、正解を探すが今すぐに見つかるはずもなく。
なまえが何も言わなかったのをいいことに、ムースは一歩足を踏み出した。
言いたいことは言えた。
なまえには申し訳ないが、このまま言い逃げさせてもらおうと。
お前さんと共有できた時間は本当に楽しかった。もう少し早く自分の気持ちに気付いおったら、この関係は変わっておったじゃろうか。
そして今を境に、おらたちの関係は前のようにはいかんじゃろう。言うならば失恋確定じゃ。
……どうするけ?おらも良牙のように修行にで出るだか?
「……待って!」
足を踏み出したムースの右腕が後ろから引っ張られた。ムースの足が止まる。
おそるおそる振り返る彼が見たのは、自身の腕を控えめに掴む声なまえの姿だった。