響良牙
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「修業に出る」
ライバルとの決闘を終えたあと、勝敗にも自身の実力にも納得いかなかったのだろうか……砂や汚れのついた頬を服の袖で乱暴に拭いながら、響良牙は一言呟いた。
腑に落ちない顔には悔しさが滲んでいる。先ほどまでの闘いを思い起こしているのか、良牙は自身の手のひらを見つめた。
そんな良牙の表情を隣で見ていた彼の恋人でもあるなまえは、きゅっと眉を寄せる。彼の悔しさに思いを巡らせると、その言葉が出るのは容易に想像できたからだ。
そんじょそこらの男の子たちに比べると格闘において彼は――響良牙は強い。
力強さと打撃のパワーを強みとする良牙が決闘に敗れた相手は、無差別格闘早乙女流を受け継ぐ早乙女乱馬だ。
身体能力の高さ、スピードの速さ、咄嗟の機転も利く拳法の達人でもある乱馬の実力は、素人が見ても一目瞭然。この近辺では抜きん出た格闘の才能をもつ男で、乱馬と対等に闘える相手はそういない。
そんな格闘センスを持つ彼と互角に張り合える実力を良牙も持っているのだが、彼は決闘の勝敗にも自身の力にも満足していないようだった。
強くなりたいと思っているのは良牙だけの話ではない。乱馬もまた無差別格闘早乙女流二代目として日々の中で修業を行っているため、強さに磨きをかけている。互いにライバルに遅れを取りたくない気持ちは同じだ。
乱馬は師である父親や、その父の師でもある八宝斎と修業を日々重ねている。中には小競り合いのような修業とも呼べないものもあるが。
しかし良牙には師がいない。
技を会得する際に師はいたが、ほぼ我流で強くなる彼の修業方法は決まって山ごもりなのだ。決闘に敗れたいま、強さをさらに求めるために彼は修業に出ると言った訳だ。
自身の中での葛藤に整理がついたのか、良牙はぎゅっと拳を握る。それは彼の決意の表れにもみえた。
良牙の様子を見守っていたなまえは応援したい一方でいながら、先の言葉にわずかばかり息をのむ。想定していた言葉だというのに、心にちくりと小さな痛みが走ったのだ。
なまえは取り繕うように慌てて口を開いた。
「……次はどこで修業するの?」
「まずは近場の山へ行こうと考えている」
「そっか……」
先に述べたように良牙の修業は山ごもりが多い。
健脚作りにあちこち練り歩く――否、迷子になっている――のも、基礎体力をつけるには充分だ。重量のあるリュックサックや番傘は、良牙にはいいウエイトだろう。彼のストイックさやタフな精神を育んだトレーニング方法でもある。
しかしながら良牙が修業に出るということは、しばらくの間、二人が会えなくなるという意味もある。
長期休暇中ならばなまえも一緒に行き、料理や身の回りの世話をやけたかもしれない。だが学校があるのでそうはいかない。
会えない時間が長ければ長いほど、会えた喜びは大きい。だからこそ良牙が街にいる間は出来る限り長く彼の側にいたいと思うのは、至極当然な話。
なので急に会えなくなると思うと、それが大好きな彼氏であれば尚の事寂しいものだ。
他愛のない会話をしたり、放課後のデートも、顔を合わせて笑い合うこともしばらくはお預け。
仮にそんなことを口にしたらきっと彼を困らせてしまうのは目に見えているというのに。今まで何度も感じたあの寂しさがまた戻って来るとなると……次に会えるまでの寂しさをどう埋めようかとなまえは考え込んでしまうほかなかった。
「……なまえ?」
呼びかけになまえは声の方へ意識を向けた。怪訝な顔で覗き込む良牙に、なまえは慌てて心の奥底に“さびしい”の四文字をしまいこむ。
「ごめんごめん!考え事してた」
「悩みか?」
「ううん、もっと強くなった良牙を見るのが楽しみだなって思って……」
心の奥の声に知らないフリをしたなまえはいつも通りに振る舞ってみせた。
咄嗟に出た言葉だが本心だ。ひたむきに精進する彼も好きだからこそ、心置きなく修業に行けるよう送り出したいと彼女は思う。
そんななまえの様々な感情が入り乱れる胸の内に気付く素振りのない良牙は、先ほどまでの負けた悔しさに滲む険しい顔から一変して一度目を見開いた。
格闘に打ち込む生活に入るというのに、彼女は弱音を吐くどころか強くなった姿を見るのが楽しみだと言う。離れてしまうのは心苦しいというのに。
愛しい彼女からの言葉に気をよくした彼は、屈託のない笑みを見せる。トレードマークの八重歯がちらりと覗いた。
「……あぁ!俺はもっと強くなるぞ」
「もう充分強いのに?」
「まだまだこれからだ。次の決闘こそ乱馬に一泡吹かせてやるぜ!」
くよくよせず前を向いて言ってのけた良牙は再びぎゅっと拳を握った。
良牙の握った拳の内は小さな傷やマメだらけだ。鍛錬を欠かさない彼の努力が勲章のように深く多く刻まれている。次の修業でも奮闘した傷が増えるのは間違いないだろう。
前を向く彼のやる気に満ちた瞳を見てなまえの口元が緩む。
“ 寂しい ”なんてわがままで修業を引き止めるのはだめだ。こうして前を向いてがむしゃらに頑張る彼も好きになのだから。彼女もまた良牙が修業に励むように、寂しさに打ち勝とうと心に決めた。
そしてなまえはふと思う。
彼の強さの原動力は一体なんなのだろう?と。
どうしてそこまで強さにこだわるのだろう?と。
「良牙はどうしてそんなに強くなりたいの?」
「そ、それは……」
「乱馬くんに勝つため?」
「それもあるが…………、」
「……?」
さっきまでのキリリとした精悍な顔立ちが、少しずつ赤に染まっていく。ぼぼぼっと擬音がつきそうな色付き方に近くで見ていたなまえは目を丸くして、思わず何度も瞬きをしてしまった。
そんな変なことを聞いたかな。妙に目が泳ぐ良牙の言いかけた次の言葉が気になったなまえは、ここぞとばかりに口を開く。
「勝つこと以外にもあるの?」
「なっ!なぜそれを!」
両手をぴしりと伸ばし一歩飛び退いて片足を上げてぎくりとした良牙。あからさまに動揺する姿は先ほどまでの凛々しさからはほど遠い。
自分から言いかけたというのに、この場をしのぐ適当な方便もつけない彼は正直者だ。
「えっと、」「その……、」など、ごにょごにょ口ごもりながら両手の指を絡ませたりもじもじしだす良牙。
下手に出るより次の言葉を待とうと、なまえはじっと良牙を見つめる。ちらちらと様子を伺っていた彼は彼女の眼差しから逃れられないのを悟ったようで、観念したような顔で気恥ずかしそうに視線を足元に落とした。
照れ隠しだろうか頭をかきながら、良牙は呟く。
「……なまえを守るために、強くなりたくて」
「……!」
もう充分強いよ?
思ってもいなかった言葉に目を丸くするなまえは心の中で独りごちする。
「それだけじゃない。なまえに相応しい男でいられるよう努力したいんだ!」
顔を真っ赤にして半ばやっつけのように叫んだ良牙に、今度はなまえが顔を赤くする側になってしまった。
そんなことを考えているなんて知らなかった。ただ格闘で強くなりたいって自身を鼓舞しているんだと思っていたけど、その努力の中に私への想いも含まれていたなんて……。と、なまえは胸の内で驚く。
予想外の発言にじわじわと顔が熱くなっていくのを感じたなまえは照れ笑いをした。
「嬉しい……」
「そ、そぉか……?」
「良牙がそんな風に想ってくれていたなんて」
「俺の強さへのこだわりも原動力も、なまえがいるから頑張れるんだ、ぜ……っ」
良牙にしては珍しい歯の浮くような台詞なのだが、本人も慣れない言葉に片手で顔を覆う。
隠したところで見えてしまう良牙の頬や耳の赤さに、先ほどまで感じていた“寂しい”気持ちが“愛おしい”気持ちに変わっていくのをなまえは感じた。
良牙が努力を重ねる理由に自分がいる。
ライバルに勝つために、相応しい男になるために、全ての原動力はなまえなのだと彼は言う。それがどれだけ嬉しいことか、なまえは良牙と同じように赤く染まる顔を両手で覆った。
「私がいたら、頑張れるの?」
「……あぁ、なまえじゃなきゃダメだ」
良牙は顔から手を離すと一歩踏み出した。
自分より華奢で一回り小さななまえの手を取ると優しくぎゅっと握る。抵抗するつもりはないけれど頬を赤色にしたなまえは手を取られた恥ずかしさに一瞬怯むが、良牙がそれを良しとしなかった。
きりりとつり上がった瞳には熱をはらんでいる。
どんななまえも見逃したくないと眼に焼き付けつつ、彼は口を開く。
「修業が終わったら一番になまえに会いに来る」
「……!」
「強くなった俺を……なまえに見て欲しい。修業の間は寂しい思いをさせてしまうが、待っていてくれ」
「……うん!」
心に燻った寂しい気持ちを一掃し、包みこむような言葉をくれた良牙になまえは顔を綻ばせた。
大好きな彼女の明るい笑顔に良牙もつられて微笑む。
会えない日々が続くのは正直寂しい。だけど大好きな人のことを考えると強くなるのは良牙だけではない。
そしてなまえは思うのだ。
寂しさをバネに、会えない間にこちらも良牙に見合う女性になれるよう努力するのはどうだろうか?と。
そうして良牙が長い修業を終えて二人がよくやく出会えた日。
二人はお互いに見違えた姿に、再び惚れ直すのだろう。
END.
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