早乙女乱馬
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苦しい。誰か、助けて。
だけど、みんな同じだから、
みんな言わずに頑張っているから。
私だけツラいだなんて、言いたくても言えない――。
ふぅ、とため息をついて腰掛けた。
空を見上げてさっき購入したばかりのジュースに口をつける。
建物の裏側にあるここは、ベンチだけの小さな休憩所。
自販機もないので、ここに来る人は滅多にいない。
なので多少ぼーっとしていても咎める人もいない。
喧騒の中で忙しなく動いている私にとって、ゆったりとした時間の流れるここは、ほっと一息つける安らぎの場所なのだ。
「よっ」
声がした方を見ると、片手を挙げた乱馬がいた。
私の顔を見るなりニッと笑うと、いつものように私の隣に腰掛ける。
「やっぱここにいたか」
「ただでさえ人の多さにやられてるのに、あっちの休憩所行っても人が多いからね……」
「そりゃ言えてらぁ」
ははっと声を出して笑う彼に釣られて笑った。
軽快に笑った乱馬の横顔は学生時代と変わらない。
その笑顔に何度安堵して、何度救われただろうか。
「なぁなまえ」
「なに?」
「おめー、いつまでそうやって笑ってんだ?」
「……は?」
けらけらと笑っていた横顔がこちらを向くと、真剣な眼差しに捉えられる。
乱馬の意図が汲み取れなくて、頭の中は???でいっぱいだ。
なにか、彼に失礼なことでも言ったのだろうか。
乱馬は少し眉を寄せると口を開いた。
「俺の前で無理して笑ってんじゃねーよ」
その言葉と同時に体が傾いた。
ドクンドクンと早鐘を打つ胸の音が耳に届いて、初めて抱き締められていると気付いた。
「乱、馬?」
「ツラいって、きついって、言っていいんだ」
カラーンと、持っていた缶ジュースの落ちる音が聞こえた。
あーあ、まだ一口しか飲んでないのに。
「誰だって不安でいっぱいだ。だけどな、みんな頑張っているからって、思わなくていーんだ。ツラいときはツラいって言え」
そう呟く乱馬の息が耳にかかる。
くすぐったいよ、突然どうしたの?
「我慢する必要なんてない。泣きたいときは泣けよ」
ぎゅっと、肩に回された手に力が入る。
ねぇちょっと痛いよ。
「そうして心を押し殺してっとおめーがダメんなんぞ」
どうして、そんな、ツラそうな声で、ねぇ……。
「……なまえ、もっと周りを、俺を頼れよ。誰も独りぼっちじゃねぇんだ」
考えないようにしていたことを許されたような気がして。
こんな私も弱音を吐いていいんだって認められた気がして。
胸につかえていた不安や痛みが一気に溢れてきた。
「……っ、」
「んだよ、素直に泣けんじゃねーか」
さっきと同じように笑った乱馬がどんな顔をしているのかわからない。
だけど、ねぇ、これって甘えじゃない?
そんな私の嗚咽混じりの声にも、乱馬はけらけらと笑った。
「甘えでもいーだろ。甘えれる相手が俺じゃだめか?」
「だめじゃ、ない」
「だろ」
乱馬はそう言って泣きじゃくる私の頭を、何度も何度も優しく撫でてくれた。
しかしそれもつかの間、乱馬は私の頬を両手で包むと無理矢理上に向かせた。
咄嗟の出来事にされるままの私は、涙でぐしゃぐしゃの顔を間近で見られてしまった。
「うわ、ひでー顔だな」
「な、」
「ははっ。冗談だよ、冗談。ちったースッキリしたか?」
「……うん」
目元をチャイナ服の袖で乱暴に拭われ目を開けると、再び乱馬はにっと笑った。
「無理する前に吐き出せ。おめーがうんざりするほど聞いてやっからよ」
「うん」
「けどな、他のやつの前では泣くなよ。おめーのブサイクな泣き顔見せんのは俺くれーにしとけ」
「なっ!」
ブサイクってなんなの!?って思ったけど、……え?
「に、鈍いやつだな!泣きたいときはお、俺の、そそそ傍で、な、泣けって……、」
遠回しな言い方に私の心がじんわり温かくなるのを感じて、口元が緩む。
さっきまでキザったらしい口振りをしていたというのに、今は顔を赤くさせながら体をギシギシとぎこちなく動かしている乱馬に、思わず笑みがこぼれた。
「なに笑ってんでい」
じとっとした目で私を見る乱馬に、また口元が緩むのを感じながら私は口を開いた。
「ありがとう、乱馬」
「……お、おう」
照れくさそうに笑った乱馬には恥ずかしくて言えないけど、私の心を救ってくれたように、私もあなたの心を救える存在になりたい。
「……そろそろ戻ろうか」
「だな」
ベンチから腰を上げてもう一度空を見上げると、その空は先ほど見た空とは違うような気がした。
それはきっと私の心と同じ、晴れやかな空。
そう感じたのは気のせいではないと、隣で笑う彼を見て私は思うのだった。
END.