「夏休みも今日で終わりだな」

「あっという間だったね」

「すげー楽しかったな」


夕焼け空の下、肩を並べてなまえの家のベランダに佇んでいた。
あんなに楽しみにしていた夏休みもあっという間に過ぎて、今日が最終日。
カレンダーも月の末日。
一枚の紙をめくれば、８月とも、楽しかった長い休日ともおさらばだ。


「夏祭り、花火大会、海にテーマパークに……ふふ、あげたらきりがないね」

「あんだけ遊び尽くすこともねーよな。今までで一番充実してたな」

「私も」


夏休み前から付き合いだしてはいたものの、長い休みともなると一緒にいれるだけでも嬉しいのに、やりたいことがたくさんあって楽しくて仕方がなかった。
あかねに夏休みは家に居候しなくていいんじゃない？と、小言を言われるほど毎日のようになまえと一緒にいた。
しかし夏休みには終わりがあるのは当たり前のことで、やりたいことが他にもあった俺には少し物足りなかった。
なまえは、どうなんだろうか。


「……やり残したこととかあるか？」

「んー、特にないかな？乱馬は？……宿題終わったの？」


ないのか。少し残念。
俺はまだまだたくさんあるのによ。
子供みてぇに心で拗ねた。
……っていうか宿題のことは言うな、宿題のことは。


「え、えー、あ、まぁそれは置いといて」

「こら」

「おめーはやり残したことねぇんだよな」

「乱馬はあるの？宿題以外に？」

「宿題から離れろよ……」


宿題なんか、どーにかなんだろ。
英語なんか特に。だって担当はひなちゃん先生だぜ？
シールセットでもやりゃぁチョロいもんだぜ、きっと。


「それで、やり残したことって？」


なまえに顔を覗き込まれてどきっとする。
上目遣いで見んの、反則だろ。
視線を反らすどころか泳いでしまった。あーほんと、ずりぃヤツ。
だけど話をふったのは俺だかんな、ちゃんと応えねぇと……、応えねぇといけねーよな。
やべぇ、恥ずかしくなってきた。


「……や、やり残したっつーか、やりてぇことっつーか、」

「どーいうこと？」

「その、今日じゃねぇとダメってゆーか、」

「？？」


何日か前にテレビでやってんのを見たんだ。
いつ頃かはわからないが、近年海外で流行っているんだとかでやっていた、アレ。
俺にゃ似合わねぇクッセーやつだけどよ、なまえにゃどんな形であれ伝えてぇって思ったんだ。
あー！考えてっと余計恥ずかしくなってきやがった！


「ええい！！一回しか言わねぇからな。よぉぉく聞いておけよ」

「う？うん」

「よーし」


よし、言うぞ。
たった一言。単語三つだ。簡単なこったろ、なぁそうだろ。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……乱馬？」


あー！やっぱ言えねぇっ！
良牙みたく頭を抱えて左右に振った。こんなの俺らしくねぇ。
言いたいのは山々なんだ。ホントに。


「あ、え、そ、その、えー……コホン」

「別に無理しなくていいよ？」

「無理はしてねぇ！」

「じゃあ、ほら早く」


飛龍昇天破をうつより簡単だ。
大丈夫、笑われねぇはずだから、きっと。
俺は心を決めて口を開いた。


「……っ、なまえ。…あ…、……」


―― I love you...


やっと、言えた。
柄にもないことはわかっている。だけどこれで伝えねば意味がねぇーんだ。


「……え、」


驚いた表情がかわいくて、そして恥ずかしさを隠したくて一回り小さなその体を抱きしめた。


「なに、それ……、」


ぎゅっと胸元の服を掴まれた。
やっぱ、変だったか。あーやめとけば良かった。
テレビなんかに感化されてんじゃねぇーよ、俺。


「反則でしょ……英語なんて」


その発言に俺の言葉を受け止めてくれたと理解してほっとする。
そしてぐりぐりと額を擦り付けてくるその行動、ばか、かわいすぎなんだよ。


「乱馬のくせに。英語苦手なくせに」

「ばっ、さっきの英語の意味くれぇ俺にだってわかる！」

「当たり前でしょ！わかんなくて言うんならタチ悪いわよ！」


そりゃ、そうだな。
ポンポンと頭を軽く叩き、髪を撫でた。
少しずつ辺りは暗くなっている。
なまえは俺の胸を押すと少し距離を置いて見上げてきた。
だから上目遣いは……、あーもう。


「すっごく嬉しい。だから私も伝えさせて」


にこっと微笑むとなまえの口からキレイな言葉が紡がれた。


―― 月が綺麗ですね。


「……お、おう」

「これでおあいこ」


また柔らかな笑顔を見せたなまえに胸の奥がじん、と熱くなる。
夏休み中、この笑顔がいつも隣にあった。今日が終わっても、ずっとこの笑顔を見ていたい。心からそう思う。

顎に手を添えて唇を寄せる。
空に昇る月の光が、二人の重なった影を作り出していた。




8月31日。
I love you.の日。
８個のアルファベット、３つの単語、１つの意味から。



「なぁさっきの意味ってなんだ？」
「え、」
「確かに綺麗な月だよな」
「は、」
「……違うのか？」
「…………古典勉強してこいっ！」
「えええ」




END.


最近は二学期制やらで31日まで夏休みじゃないところもあるらしいですね。風林館高校はどうなのかなー？