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「夏か。海に行ってみたいな」
テレビを見ていると特集されていた、夏のお出かけ情報。
海には一度だけ行ったことがある。だがそれは幼い頃であり、記憶はほぼない。
カモノハシから背中に傷をつけられてからというもの、森から離れることはほぼなかった。
「海?そういえば行ったことないね」
「え、」
俺の独り言にまさか相槌が入るとは思わなかった。
隣を見るとお玉を片手に同じくテレビを覗きこむ彼女がいた。
「真之介と出会ってから遠出はしたことないもんね」
「あ、あぁ……」
カモノハシ騒動で両親とはぐれたところを俺とじいちゃんで保護して以来、ずっとこの森で俺たちの身の回りの世話をしてくれている彼女。
俺と歳は変わらず、幼い頃から育った仲で……言わば幼なじみ。
俺が行ったことないのだから、一緒にいる間は当然彼女も海へ行ったことはない。
「真之介には生命の水が必要じゃったからな。遠くに連れて行けんからったからのぅ」
そう。背中に大ケガをしてから、俺は生命の水がないとダメな体だったらしい。
キズが治るまでは全くもって知らなかった。
あかねや、あかねや...あかねと誰だったか?とりあえずあかねたちのお陰で背中のキズも治り、生命の水に頼らなくとも生活出来るようになっている。
「生命の水か。あるのが当たり前だったが、俺に必要だとは思ってなかった」
「何度かうっかり口を滑らせたがその都度忘れてくれて助かったわい。お前さんの忘れっぽいとこに救われるとわなぁ」
「……あんた誰だ?」
右隣から衝立を退けながら話す老人は誰だ?
生命の水のことは忘れてもじいちゃんを忘れるやつがあるかー!!
そう叫びながら大粒の涙を流し首を左右に振る老人に合点が行く。
「あ、じいちゃんか」
「真之介はホント忘れっぽいんだから」
彼女が後ろで苦笑いしているのがわかった。
あまり自覚はないが俺は忘れっぽいらしい。彼女のことは忘れないのに、そう言われるのはなんだか少し腑に落ちない。
「ねぇ、真之介のキズも治ったし今年は行ってみない?」
「そうじゃな、たまにゃ違う景色もいいじゃろ」
っっと。いつの間にか俺抜きで話が進んでいる。
何だ?どこか出掛けるのか?
「海よ、海!真之介が行ってみたいって言ったんじゃない」
「そうだったか?」
「そうじゃ!わしも聞いておったぞ!!」
いつそんなことを言ったのかすら忘れた。
とりあえず俺がそう言ったのは確かなようで、二人は俺をよそに話を進めている。
森を出て出掛けるって久しぶりだな。森の番人になってからは学校以外はほどんど遊びにも出掛けてなかったし、隣町に行くことはあっても長く出かけられなかった。
長く出かけられないのには理由があるようだったけど、それがなんだったかはもう忘れた。なんか大事なことだった気がするけど、なんだったか。
じいちゃんと話す彼女をちらりと盗み見しつつ、テレビをぼんやりと眺める。
夏本番!今年のお出かけ情報……。……あ、そうか、なるほど。これで海の話をしているのか。
「この日で決まりね!」
「あぁ、決まりじゃな」
テレビを見ているとカレンダーに自らつけた丸を指差しながら、彼女がこちらを振り向く。
横でOKサインを出したじいちゃんがにやついた顔で髭をいじっていた。
「何のしるしだ?」
「さっき海に行くって決めたじゃない?」
「え?……あぁ、そうだったな」
「海」の単語で思い出した。そういえばそんな話をしていたんだったな。
カレンダーを見ながら嬉しそうに笑う幼なじみの姿が可愛くて口元が緩む。
真之介が忘れないように海に行くって書いたからね。と、今度は日付を丸で囲んだ下を指差していた。
これは忘れてはいけないな。丸が付いている日は海へ行く。海、海、海、海、海、海……っと。
「海か。いいな」
「真之介も楽しみ?」
「あぁ」
お前と二人で遠くに出かけるなんて初めてだからな。
「え、」
「えっっ!?」
「……ん?」
顔を赤くする彼女と対照的に、隣で固まるじいちゃん。
誰も喋らなくなった部屋にはテレビからの笑い声だけが響く。
……ん?俺なんか変なこと言ったのか?
「え、えと、海は二人で出かける、の……?」
「そうだろ?」
今更どうしたんだ?鳩が豆鉄砲食らったような顔をして。
二人を交互に見て、俺はじいちゃんに向き合った。
「俺はそのつもりだったけど、じいちゃんもそれでOKを出してたんじゃないのか?」
「は、ははは、そうじゃ。もちろんそうじゃ。わしはその日老人会に行かなきゃならんくてな」
「ほら、な?」
「……う、うん」
なんだかカラ元気のように笑うじいちゃんと、困ったような顔をした幼なじみの二人に俺は首を傾げた。
妙な空気になった気もしたが、俺とじいちゃんの腹の虫がなったので彼女は台所へ向かい、すっかり話は今日の晩ご飯に変わる。聞けば今日の晩ご飯は煮付けらしい。
そして俺はテレビから流れていたお出かけ情報の海の映像を見てハッとし、カレンダーをもう一度確認した。
あの丸が付いている日は、海に行く日だ!
「海か……楽しみだな。じいちゃん、お土産買ってくるからな」
みそ汁と煮付けのいい匂いがする。もう少しで出来上がるだろう。
食器を準備しようと立ち上がったところで、俺はじいちゃんが泣いてることに気付いた。
どうしたんだ、じいちゃん。泣くほど腹が空いてたのか?
もうそろそろ晩ご飯だぞ。
「ほっとけやい」
よくわからないじいちゃんに、俺は首を傾げるしかなく。飯を食ったら元気になるだろうか。
たぶんじいちゃんのことだ、元気になるに違いない。
さて晩ご飯の食器を用意するか。戸棚を開けて茶碗を三人分準備していく。
そういえば今日の晩ご飯はなんだろう?さっき聞いたはずだが……なんだったか。
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あなたとおじいちゃんは三人で行くつもりだったのに、真之介だけあなたと二人で行くと勘違い。
久しぶりすぎて話がまとまってないー!