ヒース・リヴィングトンの物語


『ヒース・リヴィングトン』としての新しい日々が始まって、数日後。

休日のヒースはリヴィングトン邸の陽当たりの良いサロンで、ダフネと一緒に刺繍の施された古い目録の整理をしていた。
相棒のユキカブリ・ユキも、ダフネが用意してくれた特大の氷のバケツの中で、気持ちよさそうに目を細めている。

「……ねえ、ヒースちゃん。トレニアたら、今日も張り切ってハッコウシティの仕立て屋さんに予約を入れていたでしょう?」

ダフネは柔らかな微笑みを浮かべ、白磁のカップを傾けた。

「はい。『ヒースに似合う最高のジャケットを着せるんだ』って、朝からご機嫌で……。あんなに最初から僕のことを可愛がってくださるとは思っていなかったので、少し驚いています」

ヒースが眼鏡を直しながら恐縮したように答えると、ダフネはコロコロと上品に笑った。

「ふふ、驚くのも無理はないわねぇ。でもね、あの方にとって……そして私にとっても、あなたは本当に待ち望んでいた『お孫ちゃん』なのよ」
「……待ち望んでいた、ですか?」
「ええ。……あの人が背負ってきた『古代の遺物』にはね、触れた者の身体を蝕むような、質の悪い呪いがあったの。……そのせいで、リヴィングトンの直系は昔から子供が授かりにくいのよ。トレニア自身も一人っ子だし」

ダフネの静かな言葉に、ヒースは息をのんだ。

「トレニアはね、私と婚約する前、真っ青な顔でそのことを打ち明けてくれたのよ。『僕と結婚しても、子供は望めないかもしれない。君の人生を奪ってしまうかもしれない』って……手先を震わせながら、本気で泣きそうな顔をして」

ダフネは懐かしそうに、自分のふっくらとした手元を見つめた。

「だから私、言って差し上げたの。『子供ができなくても、私を大切にしてくださるなら一向に構いませんわ』って」
「……ダフネ様……」
「そしたらあの人、なんて言ったと思う? ……狂喜乱舞して私の両手を握りしめてね。それからはもう、どこへ行くにも『僕の!婚約者!!』って腕を差し出してエスコートして、パーティーでも私から片時も離れなくなったのよ」

ダフネはおでこに手を当て、どこか呆れたように、けれど心底愛おしそうに目を細めた。

「お仕事のお話し合いで話しかけられても『緊急でないなら後ほど。今は婚約者との時間を優先したいので』なんて笑顔で突っぱねるでしょう? 私、昔から少しふくよかな体型だったから自分に自信がなかったのだけれど……あの人、私の手を握りしめては『ダフネの手は柔らかくて温かいね。ずっと繋いでいたいぐらいだ』なんて、真顔で平気で言うのよ」
「……っ」

あまりにもストレートで情熱的な若き日のトレニアの姿に、ヒースは顔を赤らめた。

「そんな天然の甘々攻撃を受け続けてねぇ……気がついたら私、すっかりあの人に絆されてしまっていたの。……トレニアという人はね、一度『自分のもの』と決めた存在には、際限なく甘くなってしまう性分なのよ。書類の上であっても、あなたが『孫』になってくれたことが、あの人は嬉しくてたまらないの」

ダフネの深いフォレストグリーンの瞳に、溢れんばかりの愛が宿る。

「私たちが愛し合ってきた歴史の最後に、あなたという誠実で愛おしい孫がやってきてくれた。……だからヒースちゃん。遠慮なんてしないで、あの人の『溺愛』を全部受け止めてあげて頂戴ね」

その言葉の温かさに、ヒースの胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
自分は「居場所を失ったから」ここへ来たのではない。
トレニアとダフネが歩んできた愛の歴史の先に、*家族として望まれてここへ招かれたのだと。

「……はい、ダフネおばあ様。僕……トレニアおじい様からの愛も、おばあ様からの愛も、逃げずに全部受け止めます」

照れくさそうに、けれど誇らしげに答えたヒースに、ダフネは「まあ、おばあ様だなんて」と愛らしく微笑んだ。
その時、サロンのドアが勢いよく開いた。

「ヒース! ダフネ! 最高のカタログが届いたよ! ハッコウシティの最新生地サンプルだ!」

大きなカタログを抱え、少年のように目を輝かせて入ってきたトレニア。
ヒースとダフネは顔を見合わせ、クスクスと温かな笑い声をサロンに響かせた。


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