ヒース・リヴィングトンの物語
「……へえ! カルボウがソウブレイズにねぇ!」
遺跡の出口で二人を待っていたトレニアは、破顔してディイの肩をぽんと叩いた。
「ディイくん、進化おめでとう。ソウブレイズは非常に忠義に厚く、頼もしい相棒になるぞ。……よし、祝いと言っては何だが、ワシのソウブレイズを出そう。互いに『もらいび』で炎を高め合い、互いの絆を深めさせるといい」
トレニアがボールから繰り出したソウブレイズは、ディイのソウブレイズよりも一回り大きく、纏う青い炎も深く静かだった。二匹のソウブレイズが静かに剣を交え、青い炎を吸収し合って誇らしげに鳴く。
「す、すげえ……! ありがとうございます、トレニア様!」
大喜びするディイを見送り、馬車でリヴィングトン邸へと戻る道中。
トレニアはどこか静かで、ヒースに余計な雑談を振ることはなかった。
邸宅に着くや否や、トレニアは重厚な声で告げた。
「ヒース。手持ちを預けたら、ワシの書斎に来なさい」
「……はい、おじい様」
書斎の重い扉が閉まる。
部屋の中には冗談の余地も、甘い空気も一切なかった。重厚な木机の前に立つトレニアの瞳は、現場で数々の呪物を無力化してきた「専門家」そのものの冷徹さと鋭さを宿している。
「——さて、ヒース。あのヨロイを、なぜ『いわいのよろい』だと判断したのか。お前の口から理由を聞かせてもらおう」
「……はい。彫刻の模様が植物の蔦のようで美しく、光の当たり方で玉虫色に輝いていました。何より……呪物特有の『嫌な気配』や『重苦しさ』を感じなかったからです。8割方、祝いの品だと思ってしまいました」
ヒースの言葉を静かに聞いたトレニアは、引き出しから数枚の古い羊皮紙を取り出し、机の上に広げた。
「観察力は悪くない。だが……知識が圧倒的に足りん」
トレニアは羽ペンを取ると、羊皮紙の上に素早く図形を描き始めた。
「古代における『祝い』や『神聖』の意匠には、太陽や光を象徴する直線や完璧な円形が多く使われる。一方……不規則な曲線、蔦のような絡みつく意匠、そして微妙な『割れ目(クラック)』の装飾。これらは古代人が『呪いや怨念を封じ込め、外へ漏らさないため』に刻んだ、呪詛の象徴的な文様だ」
「文様……」
「玉虫色の光沢も美しさではない。中の怨念が経年劣化で装飾の金属と反応し、変色を起こした証拠だ。お前が見落としたその小さな違和感こそが、2割の『のろい』の正体だよ」
トレニアは真面目な顔で固まるヒースに、束になった分厚い羊皮紙と羽ペンを押し付けた。
「今夜はこれを覚えるまで書き写しなさい。指が覚えて無意識に判別できるようになるまで、何度でも描くのだ」
「……はいッ!」
これが、トレニア流の教育——物理的な暴力ではなく、徹底的な鍛錬による身体への叩き込みだった。
ヒースが机に向かって必死に図形を描き写し始めると、トレニアはふっと表情を和らげ、深く息を吐き出した。
「……今回はソウブレイズへの進化で済んだから良かったものの、世の中には触れただけで命を吸う呪物も存在する。我が家の『きよめのしお』とて万能ではないのだ。不用意に手を出すのではないぞ」
「はい……申し訳ありませんでした、おじい様」
黙々と図形を描き続けるヒースの頭を、トレニアは大きな手で一度だけ優しく撫でた。そして、壁際に佇む自身のソウブレイズと、傍らで静かに佇むキョジオーンへと視線を移す。
(……ワシのキョジオーンの『きよめのしお』は、あらゆる呪いを防ぎ、無力化する最高の絶対防御。そしてソウブレイズの『むねんのつるぎ』は、敵の命を吸い上げ、己の糧として叩き斬る最強の攻撃役だ)
トレニアは、真剣な眼差しで羊皮紙に向かう弱齢の孫をじっと見つめた。
(ヒースにはこれからコジオ……キョジオーンという最高の『盾』が育つ。だが、たった一人で家を仕舞い、立ち塞がる障害を打ち払うための『攻撃役』は……果たしてこの子に現れてくれるだろうか)
無力化の専門家として、孫の未来に立ち塞がるであろう困難の大きさを知っているからこそ。
トレニアは頼もしい手持ちの二頭を見つめながら、これから一人で荒波へ踏み出すヒースの「刃」となる存在の不在に、静かに気を揉むのだった。
