【良人とみいひ】暗転

休日

みいひは珍しく街の中にいた

アイラインの目尻を平日より大きめに跳ね上げ

地元でスーパーに行く時に持つペラペラのエコバッグではなく、スマホと財布を入れたらいっぱいになりそうな小さなコロンとしたバッグを持って

「あの? みいひさんですよね?」

背の高い、心に影がありそうな、顔立ちの濃い青年が見下ろしながら声を掛けてきた

声は低く柔らかく落ち着いたトーンだ

良人と同じ類の声

安心する

「そうです わたるさんですよね?」

見上げながら応えると

「はい」

と返事する

普通さが良い

心が闇に飲まれそうになって、どうしようもなくて、胸に空いたブラックホールに自分が飲み込まれないうちにどうにかしないと取り返しのつかないことになると焦って、

ホストクラブにでも行こうかと考えた

お金を出せば手順を踏まずに手に入る色恋

だけど、翌日のぶり返しが怖いと思った

暗い店の中、キラキラしたグラスで、肩を抱かれながら乾杯して刹那の満足を得ても、

朝の光に一人放り出されたら、落差で余計さみしくなって帰り道泣いてしまいそうだと思った

多分、今の自分には耐えられない

女風はまだ落差が少ない気もしたけど、結局、相手は仕事なのだから、こちらと同じだけ本気にはなってくれない

物凄いきれいな造花より道端の本物の雑草がいいような

そんな気がした

マッチングアプリでさみしさも性のにおいも出さず、仕事の話題と料理の写真でやり取りが続く人を見付けた

「ご飯、どこいきましょうか?」

写真よりかわいいだなんだ殊更に盛り上げてきたりしないのが良い

急に抱き締めてアソコを立てて当ててきたりしないのも良い

そうそう、こういうのが普通の出会いだよね

早く繋がって満たされたいからって、忘れてたよ

「好みが違ってもお互い食べられるものがあるから、ビュッフェにいきませんか?」

提案したら

「なるほど、いいですね」

ふんわり受け止めてくれる感じが良い

「道はですね・・」

スマホでマップを検索した画面を見ながら説明しようとすると

画面をのぞくように体を寄せてきた

ドキッとしたけど、顔を見たら全然わざとじゃない感じで真面目に道を理解しようとしてる顔してた

なんか、でっかいわんこみたいだ

と、かわいく思ってしまった

地図を見るのが苦手な私が方向性を見失うと

スマホで地図を調べて、こっちですね、と案内を引き継いでくれた

ビュッフェで、好きなものを取って食べ、お互いの好きな食べ物の話しをした

嫌いなものはないと話すわたる君に育ちの良さを感じた

地元が東北だからあんまりこういうおしゃれな料理って名前わかんないけど、これもおいしいとかジャーマンポテト食べてるから、おしゃれ?かなぁ?とか思いながら、なんかかわいく見えた

みいひさんの上げてた家ご飯の写真みたいな、ああいうのが本当は好きですと言うから、今度作りましょっかとサービストークしたりした

わたる君が仕事の電話に出ると言って席を外すと

食器の音やおしゃべりの声のざわめきの中で急に孤独を感じた

先月、年度末の月の月初に職場で班長に任命すると辞令を受けた

プレッシャーもあったけど、年齢的にもそのくらいは出来て一人前という考えも前からあったので、うれしくもあった

8人の班員のモチベーションを上げながら、数字アップを図る

もとより長女ゆえの長女気質

みんなを公平に見てそれぞれの良さを本人に言葉で示し良き方向に向かっていくのは得意だ

結構楽しい

しかし、良人と連絡が取れなくなってしまった

職場も有休消化に入ったのか来なくなってしまい、年度末で退職してしまった

休みの日になったらうちに来るかなと思ったけど来ない

次の週も、その次の週も来ない

良人の部屋に行ってみたけど、引っ越したようでいなかった

もっと早く訪ねてたら良かったの?

まさか、引っ越すなんて思わないし・・

年度始めになったら何か種明かしでもあるのかなと期待したが、何もない

電話しても出ない

メッセージ送っても返事もない

他に良い子でもできたんだろうか?

子どもを生めない私は、良人が去ったら追わないと決めていた

良人が私より若い子と結婚して子どもを持つ幸せを祈ると

なのに、なぜかこんなにも胸が痛い

悲しくて苦しくて自然と涙が滲みそうになる

思い出すと辛いから思い出したくないのに、なぜか思い出す

私が誰かに騙されそう利用されそうと心配してくれていた良人

私の一番が自分じゃないと気に入らない良人

いちいち教えて上に立とうとしてくる良人

沼らせようと性のテクニックに走る良人

独占欲のかたまりみたいで私を誰にも渡したくない良人

誰よりも仕事を頑張ってた良人

陰なのに負けず嫌いで強情で真っ直ぐしかなくて笑うとかわいい良人

・・

会いたい

・・

私はこんなに悲しいのに

良人はもう私のこと忘れちゃったのかな?

・・

良人とは同じ生き方を目指してて、ずっと一緒にいれる人かもしれないって思ったりしてたけど

・・

全部、私の勘違いだったのかな

やっぱっり年が違い過ぎたのかもしれない

・・

「すみません ちょっと打ち合わせが長くなってしまいました」

気付くとわたる君が戻って来ていた

「あ いえいえ、大丈夫ですか? もし、仕事入ったなら、今日はこれで解散でもいいですし」

「や、大丈夫です とりあえず、方向性決まったんで デザートとか取りにいきましょうか?」

「わたる君、甘いものもいける感じ?」

「結構いけます」

「じゃ、行こっか」

小さなケーキをお皿いっぱいに並べて、どれがどうおいしいとか話しながら食べた

ビュッフェを食べ終わって外に出ると

「この後どうしますか?」

とわたる君が訊いてきて

もしかして、やっぱっりマッチングアプリで出会ったからホテルとか行きたいのかな?って思ったけど、

初回でエッチしちゃうともう会えなくなるかもしれないと考えて、言うのやめといた

ホストならお店に行けば会えるし、女風セラピストならサイトから申し込めば会えるけど、

一般人だと仕事じゃない分、向こうが会わないと思ったら会うことが出来ない

エッチするまでは会いたいと思われるかもしれないから、餌はあえて先延ばしにすることにした

でも、逆にできないと思ったら今日が最後になって会えないかもしれない

なら、どうせ会えなくなるならわたる君と裸で抱き合いたい

こんな真面目で優しそうなわたる君が、欲情するとどんな顔するんだろう?見てみたい

「公園とか行ってみる? 桜とか咲いてるんじゃないかな」

わたる君の言葉に、淫靡な妄想から現実に引き戻された

「あ うん 行ってみようか」

桜を見ながら公園を散歩して、またねとバイバイした

エッチ出来なかったからもう連絡来ないかなと思ったけど、わたる君は3日に1回は連絡をくれた

仕事も初めてのマネジメント業務で1日1日真剣だ

あっという間に2週間が過ぎた

一人の時間になると、

ズキン

ふと胸が痛む

良人、私がいなくても平気なんだ

もう私のことは忘れたのかな

面倒くさいことも大変なこともあったはずなのに、今ではそれすらも良人の愛だったように思えて、良人からの被害をこうむっていた過去の自分がうらやましい

辛過ぎて耐えられそうもなくて、ずっと飲んでいなかったお酒を飲んだ

麻痺した脳味噌で、わたる君に連絡したら、みいひさんの家ご飯食べたいなぁって言うから、うち来る?とか訊いてて、あー自分酔いに任せてやらかしてるなーとか思いつつ、

わたる君が来るまでにと、肉じゃがとニラ玉とワカメとキャベツのサラダを作り始めた

わたる君は、ビールやサワーを買って来て、みいひさんも飲みましょうと好きなものを選ばせてくれた

わたる君は、おうちごはん最高と、地味なおかずを喜んで食べて、私が問い掛けると応える感じで話す

むしろ、人の話しを聞く方が楽なタイプかもしれないと、仕事の悩みを話してみたら、落ち着いた目で私の目を見ながら、ふんわり受け止めて聞いてくれて、ありますよね、そういえばうちの職場も・・とエピソードを話してくれる

ホストやセラピストのような派手なテクニックもコミュ力もないけど、決して否定から入らない安心感や優しさを感じた

ガードが解けてしまい、酔いも相まって、実は、思い人と別れてしまい、さみしいから泊まって行って欲しいと言ってみたら、セックスできると喜ぶでもなく、思案するような困ったような顔をした

無理なら諦めるから気にしないでと言うと

実は、みいひさんに話してなかったんですけど、メンタルの調子が良くなくてクリニック受診して薬飲んでるんですけど、その影響かアソコが立たないと思うんですと話してくれた

それでもいいならと泊まってくれて

向かい合って手を繋いで寝てくれて、お願いしたら後ろからハグして寝てくれた

良人のこと忘れて自分で自分を幸せにして生きていかなきゃと思いながらも、次の人としてしまったら神様が見ていて二度と良人と会わせてもらえなくなるような気もしていて迷っていたから、わたる君ができない人でちょっと安心した

仕事も滑り出しで細かく声掛けも必要で目が離せず忙しく、わたる君と適度な距離感で温めあって、一人の時は良人がいない胸の傷を塞ぐ修復で休日ずっと眠ったりして

別に全てが空虚な時間という訳ではないはずなのだけれど、

心の根底にいつも暗い深い闇があるような、

そんな重い時間を過ごした


暗転


おわり

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