第四幕・任務

 数日後
 
 志保利さんも無事に退院し、南野家に食事を作りに行く必要もなくなった私は、自室の机に向かっていた。
 牢屋でやれたお陰で溜まった宿題は終わり、今度は週末の分を片付けてしまおうと二日分の課題を広げる。
 さて取りかかるかというその時、コンコン、と少し控えめに窓を叩く音がした。 
  
「開いてるわよ、どうぞ?」
 
 自分の部屋が真向かいにある蔵馬が、窓から入ってくるのはいつものことだ。
 が、窓から感じる気は妖気ではなく霊気で、それもふわふわと明るく温かい。覚えのある気に振り返って促すと、気と同じ明るい声が返ってきた。
 
「こんにちはー! 霊界案内人のぼたんちゃんでーす」
 
 ふよふよと櫂に乗って宙に浮かぶ彼女は、振り袖の裾と空色の髪を風になびかせ「やっほー」笑顔で手を振っていた。
 彼女が来たということは、つまり……。
 
「……もしかして指令?」
「ピンポンピンポーン! その通り! 察しがよくて助かるねえ」
「どうぞ、中入って」
「お邪魔しまーす」

 お茶……は無理か、霊体だし。必要かどうかは分からないが、ひとまず机の前にクッションを置いて勧めた。
 
「どうぞ」
「悪いねえ。それと、改めてこの間はありがとう。あんた達のお陰で助かったよ」
「別に大したことはしてないわ。あの娘の妖化を止めてたのは貴女だし……。それで、内容は?」
 
 挨拶もそこそこに本題を促すと、ぼたんは先ほどの明るい笑顔から一転、真剣な顔つきで指を立てた。
 
「うん、月華、幻海って霊能力者のことは知ってるだろ?」
 
 もちろんだ。何せ戸籍上の大叔母である。
 母以上に鋭い彼女も、私が妖怪であることは知っており、多少の手解きを受けたこともあった。
 
「『霧夜小春』が幻海師範の親戚だってことで、今度の任務にあんたに白羽の矢が立ったんだ。彼女が弟子の選考会をやることは知ってるかい?」
「ええ」
「なら話が早いね。月華にその弟子志望者として潜り込んで欲しいんだ」
 
 幻海の奥義を狙う妖怪達に、その能力が渡らないよう見張る、というのが今回の任務らしい。
 確かに彼女の霊光波動拳は、手に入れれば最強無比の武器になる。その能力の秘密は喉から手が出るほど欲しいだろう。
 
「中でも危険なのが『乱童』っていう奥義破りを専門としてる好戦妖怪なんだ」

 聞いたことはある。今まで何人もの修験者や霊能力者を殺し、奥義を奪いとって自分の技にしてきた妖怪だ。
 奴は奥義を奪う度に、人間をさらって『試し切り』の材料にしていると聞く。
 奥義を手に入れれば、その数は倍以上に膨れ上がるだろう。
 幻海が弟子を募ればこういうことが起こることは何となく分かってはいたが、よりにもよって乱童とは……。

「幽助に潜入してもらうことになったんだけど、どうもあいつ一人じゃ心配でねえ。そこで月華をって」
 
 ……要するにあいつが死なないよう、かつ、乱童に奥義が渡らないよう見張っておけということか。

「まあ、幽助の修行も兼ねてるらしいんだけどね。あ、これ幽助には内緒だよ!」 
「……なるほどね。わかったわ」
 
 確かにあれはまだまだ発展途上だ。そして真面目に修行するタイプにも見えない。
 乱童は幽助にはまだ少し手強いだろう。ほっとくのも危険だ。

 (……やれやれ)
 
 どうやらのんびり休日を楽しむ訳にもいかなそうである。
 
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