第四幕・任務
人間界に着くなり飛影はさっさとどこかに消え、蔵馬は志保利さんの見舞いに行くらしい。
私も行こうかと言ったが、先に家へ帰って母達を安心させた方がいいと返された。
そうして蔵馬はいつもの綺麗な顔で笑って、「夕飯ご馳走になるよ」と、ちゃっかり告げて足早に去っていった。
茜色に染まった空の下。
一人取り残された私は、先ほど律儀な牢番に返された宿題の入った鞄を片手に、のんびりと歩く。
きらきらと西日を反射する川の近くでは、子供達が笑い声と共に駆け回り、遠くで親が呼ぶ声に返事をしている。
ひどく穏やかで暖かい、『平和』そのものの景色に自分が生きて帰ってきたことを実感した。
賑やかな河原を通りすぎて住宅街の中へ足を踏み入れ、梅の花の咲く我が家の「霧夜」と流暢な筆致で書かれた表札の横を通り抜ける。
玄関を開けると、ふわりと出汁の香ばしい匂いが鼻を掠めた。今日の夕飯は何だろうか。
「ただいま……」
「小春、お帰りなさい。それで、どうだったの? 霊界に捕まってたんじゃない?」
久々に踏んだ我が家の三和土 で母、燈 にいきなりそんな言葉を投げ掛けられ、私はギクリと肩を強張らせ靴を脱ぐ手を止めた。図星すぎて、乾いた笑いすら出ない。
幻海師範という、人間界でも五指に入る霊能力者の姪である彼女は、十六年前赤子の状態だった私を拾ってくれた命の恩人だ。
「しばらく帰れない」とだけ伝えて出てきたが、最近の私の様子に何かしら感づいたらしい。やっぱり、この母の目は誤魔化せない。
「……相変わらず鼻が利くというか、勘が鋭いよねぇ母さんは」
降参、と両手を上げて言うと母は小さくため息をつき、私のまだ微かに赤い右手首を示す。
「その手。どこからどう見ても枷の跡でしょう。バレないとでも思ったの? 最近やけにピリピリしてたし、志保利さんのこともあったしね……。多分、あなた達がなんとかしたんでしょう?そうだ、ところで秀一くんは? 大丈夫なの?」
母は呆れたように、でも心底安心したように私を見つめ、ふわりと私の頭をひと撫でした。
「ん、とりあえず無事よ。ああ、あと夕飯食べに来るって」
「そう。分かったわ。大した怪我はないみたいだし、荷物置いて、お風呂まず入ってきなさい。桜ももうすぐ帰るでしょうから」
「うん。……あっ、桜に言い訳しといてくれた?」
ニコニコと笑う歳のわりに幼い妹の名前を聞いて、部屋に向かいかけた足を止めて振り返る。
一応、母に適当に誤魔化してもらうよう頼んで置いたのだが、大丈夫だったろうか。
「部活の助っ人で合宿中ってことにしといたわ。……あの娘もあなたが妖怪だってことは昔から知ってるんだし、隠さなくてもいいのに……。気持ちは分からなくもないけど」
安堵の息をついたのも束の間。痛いところを突かれて思わず視線を逸らす。確かにそうなのけれど、妹の桜は母と違って「戦いに生きる者 」の人間ではない。霊感は強いが、戦う力はないのだ。あくまで普通の生活しか知らない妹に、こんな闇は見せたくない。
何より、あの娘の前では冷徹な妖怪ではなく、優しい姉の「小春」でいたかった。
気まずい沈黙をふいに、帰宅を告げる妹の元気な声が取り去った。
「ただいまー! ……あ!お姉ちゃん帰ってたんだ。お帰りなさい! 合宿どうだった?」
私の姿を認めるなり、満面の笑みで抱きついてきた桜を受け止める。無邪気な妹の姿に口元を綻ばせ、跡のついていない左手でポンポンとその丸い頭を撫でた。
「ただいま、桜。……あーうん。結構ハードだったわ」
「そっか、お疲れ様! あ、そういえばさっき病院の近くで秀兄に会ったよ。志保利おばさん明後日退院だって! 本当に良かったね、病気治って!」
「そっか……。うん、そうね、本当に……良かった」
私達が命賭けて決行した秘宝の強奪。
死を覚悟していたというのに、幽助というお人好しで訳の分からない光によってそれは覆され、全員無事に生還した。
想像もつかないような、とんでもない方法で私達を『生』につなぎ止めたあの少年。
(……ホント、訳の分からない)
けれど、運命を変えるような不思議で熱いあの光。
「……あいつの補佐なら退屈はしないわね、きっと」
「お姉ちゃん何か言った?」
「ううん、何でもない。……さてと、じゃ、お風呂先に頂くね」
ひとまず、この疲れと霊界の空気を水で洗い流そう。再び荷物を置きに部屋へ向かう。
途中、ふと大事なことを思い出した。脳裏に幽助の屈託のない笑顔が甦る。
(……そういえば、礼を言い忘れてたな)
私も行こうかと言ったが、先に家へ帰って母達を安心させた方がいいと返された。
そうして蔵馬はいつもの綺麗な顔で笑って、「夕飯ご馳走になるよ」と、ちゃっかり告げて足早に去っていった。
茜色に染まった空の下。
一人取り残された私は、先ほど律儀な牢番に返された宿題の入った鞄を片手に、のんびりと歩く。
きらきらと西日を反射する川の近くでは、子供達が笑い声と共に駆け回り、遠くで親が呼ぶ声に返事をしている。
ひどく穏やかで暖かい、『平和』そのものの景色に自分が生きて帰ってきたことを実感した。
賑やかな河原を通りすぎて住宅街の中へ足を踏み入れ、梅の花の咲く我が家の「霧夜」と流暢な筆致で書かれた表札の横を通り抜ける。
玄関を開けると、ふわりと出汁の香ばしい匂いが鼻を掠めた。今日の夕飯は何だろうか。
「ただいま……」
「小春、お帰りなさい。それで、どうだったの? 霊界に捕まってたんじゃない?」
久々に踏んだ我が家の
幻海師範という、人間界でも五指に入る霊能力者の姪である彼女は、十六年前赤子の状態だった私を拾ってくれた命の恩人だ。
「しばらく帰れない」とだけ伝えて出てきたが、最近の私の様子に何かしら感づいたらしい。やっぱり、この母の目は誤魔化せない。
「……相変わらず鼻が利くというか、勘が鋭いよねぇ母さんは」
降参、と両手を上げて言うと母は小さくため息をつき、私のまだ微かに赤い右手首を示す。
「その手。どこからどう見ても枷の跡でしょう。バレないとでも思ったの? 最近やけにピリピリしてたし、志保利さんのこともあったしね……。多分、あなた達がなんとかしたんでしょう?そうだ、ところで秀一くんは? 大丈夫なの?」
母は呆れたように、でも心底安心したように私を見つめ、ふわりと私の頭をひと撫でした。
「ん、とりあえず無事よ。ああ、あと夕飯食べに来るって」
「そう。分かったわ。大した怪我はないみたいだし、荷物置いて、お風呂まず入ってきなさい。桜ももうすぐ帰るでしょうから」
「うん。……あっ、桜に言い訳しといてくれた?」
ニコニコと笑う歳のわりに幼い妹の名前を聞いて、部屋に向かいかけた足を止めて振り返る。
一応、母に適当に誤魔化してもらうよう頼んで置いたのだが、大丈夫だったろうか。
「部活の助っ人で合宿中ってことにしといたわ。……あの娘もあなたが妖怪だってことは昔から知ってるんだし、隠さなくてもいいのに……。気持ちは分からなくもないけど」
安堵の息をついたのも束の間。痛いところを突かれて思わず視線を逸らす。確かにそうなのけれど、妹の桜は母と違って「
何より、あの娘の前では冷徹な妖怪ではなく、優しい姉の「小春」でいたかった。
気まずい沈黙をふいに、帰宅を告げる妹の元気な声が取り去った。
「ただいまー! ……あ!お姉ちゃん帰ってたんだ。お帰りなさい! 合宿どうだった?」
私の姿を認めるなり、満面の笑みで抱きついてきた桜を受け止める。無邪気な妹の姿に口元を綻ばせ、跡のついていない左手でポンポンとその丸い頭を撫でた。
「ただいま、桜。……あーうん。結構ハードだったわ」
「そっか、お疲れ様! あ、そういえばさっき病院の近くで秀兄に会ったよ。志保利おばさん明後日退院だって! 本当に良かったね、病気治って!」
「そっか……。うん、そうね、本当に……良かった」
私達が命賭けて決行した秘宝の強奪。
死を覚悟していたというのに、幽助というお人好しで訳の分からない光によってそれは覆され、全員無事に生還した。
想像もつかないような、とんでもない方法で私達を『生』につなぎ止めたあの少年。
(……ホント、訳の分からない)
けれど、運命を変えるような不思議で熱いあの光。
「……あいつの補佐なら退屈はしないわね、きっと」
「お姉ちゃん何か言った?」
「ううん、何でもない。……さてと、じゃ、お風呂先に頂くね」
ひとまず、この疲れと霊界の空気を水で洗い流そう。再び荷物を置きに部屋へ向かう。
途中、ふと大事なことを思い出した。脳裏に幽助の屈託のない笑顔が甦る。
(……そういえば、礼を言い忘れてたな)
